涼宮ハルヒの約束
涼宮ハルヒの約束「あんたさ、自分がこの地球でどれほどちっぽけな存在なのか、自覚したことある?」いつだったか、お前はそう言った。あの時お前の言ったとおり、俺は本当にちっぽけな存在だと思う。長門や古泉や朝比奈さんのような特別な力なんて、生憎持ち合わせていないからな。だがハルヒ、お前は違うだろう?お前はこの地球の中心といってもいいくらいの存在だろう?なのに、なぜだ。涼宮ハルヒは、3年前に息を引き取った。俺たち普通の人間と変わらず、ハルヒの死は突然に、そして静かにやってきたのだ。ハルヒのことだ。もし間違って死んでしまったりしても、きっとあいつの意味のわからん能力かなんかで生き返ってくるものだと俺は思っていた。今死ぬことをハルヒは望んでいない。必ず生き返ることを望むはずだ。三年前の俺は、そう確信していた。だが、ハルヒは戻ってこなかった。俺はハルヒの死を理解することなどできなかった。安らかに眠るあいつの顔だって見た。冷たくなってしまったあいつの手だって握った。あいつの葬式にだって行った。墓参りにだって何度も行っている。何度現実を突きつけられても、俺はまだわかっていない。俺はハルヒが戻ってくることを信じてやまないのだ。三年前、ハルヒが死んで、俺たちSOS団はバラバラになった。朝比奈さんはハルヒが死んだ直後の病院で、泣きながら、しかししっかりとした口調で俺たちにこう告げた。「涼宮さんが死ぬことは規定事項なのかどうか・・・私には、わかりません。・・・何も、わかりません・・・。でも、一つだけわかることがあります・・・。未来に帰らなければいけないのは、今、ということです。短い間でしたが・・・本当にありがとうございました。皆さんに会えてよかったです、本当に・・・。もう会えないかもしれないけど・・・」涙で詰まったのか、朝比奈さんは一度うつむいた。そして顔をあげ、少し無理矢理な笑顔を作り、「さようなら」まっすぐ俺の顔を見ながら言った。朝比奈さんは、薄暗い病院の廊下をゆっくりと歩いて行った。小さく震えている背中を見届けながら、俺たちは何も言えずにいた。何か言うべきだったのかもしれないな。だけど、その時の俺の頭には言葉なんてものは存在してなかったように思う。古泉はハルヒの葬式が終わった後、「・・・とても残念です。残念としか、言い様がありません。私たち機関はもう能力を使うことはないでしょう。使いたくても使えない。涼宮さんが居なければ、私たちはこんなにも無力なのですね。何が超能力者だ・・・と。」長門以上に無言を貫く俺に、古泉は喋り続けた。いつもより力なく、いつものようにうざったいアクションをつけながら。「機関は解散しますが・・・僕にはやらなくてはならないことがたくさんあります。・・・後始末、とでも言いましょうか。」お別れですね、と寂しげな笑顔を見せながら俺に言うと、どこからともなく黒い車が古泉を迎えにきた。古泉も俺も、お互いに手を振ることのないサヨナラだった。どこへ行ったのか、後始末とは何なのか・・・俺は何も知らない。あの日以来、俺は古泉に会っていない。長門はというと、ハルヒが死んだ日以来顔を合わせていない。葬式に顔を出さなかった長門を俺は不審に思い、その帰りに長門の家に寄ったのだが、部屋は既に蛻の殻となっていた。 あいつも、情報統合思念体とやらのところに帰ってしまったのだろうか。そうして俺は一人になった。高校を卒業し、今は大学生だ。普通レベルの大学に合格し、一人暮らしをしながら普通の毎日を送っている。ハルヒと出会う前のような、フツーの日常を。友達だってそれなりに居るし、今、彼女だって居る。傍から見れば充実した毎日を送っている。でもな、ちっとも楽しくなんてないんだよ。朝比奈さん、長門、古泉・・・そしてハルヒ。お前らが居ない毎日が楽しいわけなんてないだろうが。一日たりともお前らを忘れた日なんてないさ。こんな日常・・・あまりにも普通すぎて、一人で不思議探索にでも出かけたくなるほどなんだ、ハルヒよ。寂しいじゃねーか。俺を一人にしないでくれよ、ハルヒ。お願いだ。戻ってきてくれよ、ハルヒ―――。静かな部屋に、携帯のバイブ音が響く。一人物思いに耽っていた俺は、その音にびっくりし体を一瞬震わせた。急いで携帯を取ると、画面には彼女の名前と番号が表示されていた。「ああ、俺だ。どうした?」『ねぇ。もちろん明日、空いてるわよね?ちょうど休みだし』「明日?・・・ああ、別に用事はないが。明日がどうかしたのか?」『・・・冗談でしょ?覚えてないの?明日は半年記念日じゃない』「ああ・・・明日で半年だったか、すまないな」『・・・記念日、覚えてくれてたことなかったよね・・・』「・・・すまん」『・・・まぁいいわよ。半年記念日前に喧嘩なんてしたくないもの。』「ああ・・・すまんな。・・・明日はどうする?」『キョンの家、駄目かな?』「ああ、そうしよう。午後、適当に来てくれよ。じゃあな。」電話を切り、俺はため息をついた。明日で彼女に告白をされて始まった交際も半年になる。断る理由が特に無かったから付き合っただけで、別に俺には好きという感情がなかったりする。彼女はしょっちゅう俺に会いたいと言う。きっと彼女の方は俺の事を愛してくれているのだろう。でも、俺が彼女に会いたいと思う時は、俺の中の男が女を求めた時だ。我ながら最低だと思う。ハルヒだったらこんな俺になんて言うだろうか。引っ叩かれる・・・いや、それどころじゃ済まないだろうな。俺は不意にカレンダーを見た。今日は7月6日、明日は7月7日だった。七夕・・・か。次の日、午後2時過ぎに呼び鈴が鳴った。彼女だ。「おじゃましまーす」「ああ、ちょっと散らかってるけど気にしないでくれ」俺がそう言うと、これのどこがちょっとなのよ、とぶつぶつ言いながら彼女は部屋を整理し始めた。あんまり動かしてほしく無い気もするのだがな、片付けるのは確かに面倒なので俺はしばらく何も言わないでいた。彼女の片づけている手が男の秘密ゾーンに伸び始めたところで声をかけ、片づけを中断させる。そうすると彼女は思い出したような表情をし、カバンをがさごそとあさりはじめた。「はいキョン!この本、読みたがってたじゃない?今日寄った本屋でたまたま見かけたから買ったのよ。」「おお、ありがとうな」「読んだらあたしにも貸してよね」本を受け取ると、彼女はゆっくりと俺の体に腕を絡ませる。俺たちはその状態のまま少し他愛の無い話をしていたが、しばらくすると彼女の唇が近づいてきたので、俺はそれに答えようと本を置いた。―――その時、本からしおりのようなものがハラっと落ちた。しおり・・・まさか、長門か?「待った!」「わっ!!何!?」少し大きな声を出し、彼女の体を強引に剥がすと俺は急いでしおりを拾った。ぶつくさ文句を言っている彼女を尻目に、俺の目はしおりに書かれた綺麗な明朝体を認識する。 あの公園で待っている長門だ。こんなやり方は長門しかありえない。長門に違いない。そう思いたいのだ。ただの偶然のいたずらなら暴れるぞ。とにかく、これは長門からのメッセージであり、あの公園とはあの公園だ。俺の脳裏に、ハルヒがよぎる。「なによ・・・どうしたの?なにそれ」「すまん、たった今用事ができた」「はあ?ちょっと何言って・・・」「悪い、埋め合わせは今度する!家を出なくては」「ちょっと、何よわけがわからないわよ!」彼女の荷物を拾い、強引に手を引いて家を出る。わけがわからないであろう彼女は懸命に俺を引きとめようとするが、湧き上がる感情でいっぱいだった俺は、彼女が納得できるような上手い理由を考えることなどできるわけがなく、そのまま自転車に飛び乗る。 終いにはものすごい剣幕で怒鳴ってきた彼女に、俺は「本ありがとう」とだけ告げ、ものすごい馬力でペダルをこぎ始めた。一人暮らしをしている今、あの公園はそんなに近くなく、三駅ほど離れていた。だが、電車を待つ時間は今の俺にとって普段の100万倍増しに苦痛だったからな。今までこんなに早く自転車を飛ばしたことがあっただろうか。ペダルの回転が速すぎて足が空回りしそうになりつつ、俺は公園の入り口を急カーブで突っ切る。ベンチに目をやる。そこには、紛れもない長門の姿があった。あまり変わってはいないが、少し大人びたように見える長門が俺を待っていた。「・・・長門ッ!!」俺は半ば転ぶようにして自転車から降り、荒い息で長門の名を叫ぶ。「・・・久しぶり」そんな俺の叫びにも動じない、三年前と何も変わらない淡々とした声。そして三年前と何も変わらない深海を切り取ったかのような瞳が俺を見つめる。俺はなんだかひどく安心し、そしてひどく懐かしさに襲われた。不覚にも涙が出そうになる。「長門・・・お前・・・今までどこで何してたんだよ」「言語化できない。それより、私は今あなたに話したいことがある。だからここへあなたを呼んだ。」「おう、なんだ?」長門は淡々と続ける。「異空通達情報振動が観測された」「なんだそれは。ハルヒか?」「そう。地球でも宇宙でもない場所からの涼宮ハルヒの意思情報振動が宇宙で観測された。その振動はもうすぐ地球にも到達する」「どういうことだ!?もっとわかりやすく説明してくれ!ハルヒが戻ってくるのか!?」俺は今ほど長門の難しい言葉と俺の簡単な構造をした頭に腹が立ったことはないだろう。長門の難しい言葉を理解できるのは古泉ぐらいだろうけどな。長門は続ける。「宇宙では涼宮ハルヒの意思情報しか観測されなかった。しかし彼女が暮らしていた地球でなら意思を具現化しやすい。宇宙よりより明確な異空通達情報振動が観測できる可能性がある。 私はそれを調査しに地球へと戻ってきた。でも、異空通達情報振動が観測されたということをあなたに伝える判断を下したのは私の意思」「なんなんだよ、その異空なんたら情報振動ってのは」「簡単に表すとするならば、メッセージ、と呼ばれるようなもの。しかし、宇宙で観測された異空通達情報振動は言語化することはできない。」・・・つまり、俺の簡単な構造をした頭で解釈してみると、ハルヒメッセージがどこか異世界から発信され、それがもうすぐ地球にも伝わる、ということだろう。「わかった。じゃあ地球でなら、ハルヒのそのなんたら振動も俺が理解できるものになってる可能性がある、ということなんだな?」「そう。そして、その異空通達情報振動は、あなたへ向けて発信された可能性が高いとされている」涙が出そうになる。・・・俺をどこか遠いところから見ていてくれていたのか?そして、俺にどんなメッセージがあるというのだ。ハルヒ。「到達は、今日の夜頃になると予測されている。しかしどんな形であなたに伝わるのかは予測できていない。そしてそれがあなたに理解できるものなのかは保障できない」 「ああ、それでもいいさ。俺は待ってみる」「そう」「ああ。」そして沈黙。その沈黙を利用して、俺は気持ちを落ち着かせる。心臓がうるさい、ええい黙れ。落ち着いて考えるんだ。俺。いや、なれるか。俺はずっとずっとハルヒを待っていたんだ。なれるはずがない。「・・・ありがとう、長門。」「・・・いい。私は、しばらくは三年前利用していたマンションで調査をする。」「わかった。・・・じゃあ、また会えるんだよな?・・・長門」まっすぐに俺を見ていた長門の目が、ほんのわずかだが揺らいだような気がした「・・・会える。私という個体は、あなたに会うことを楽しみとしていた。そして、今ここで再会することができて嬉しく思っている」「ああ、俺もだよ長門。」ああ、俺は今相当普通じゃないんだろうな。長門の目が、ほんの少し潤んだような気さえした。「じゃあ、今日は帰るよ。また明日、お前に会いに行くよ。話したいことがいっぱいあるし、お前がどうしていたのかも聴きたいからな。ただ、今俺の頭は爆発寸前なほどやばいみたいだ。一人になって頭の中整理してみるよ」「そう」「ああ。本当にありがとうな、長門。」長門の頭を撫でてやる。なんだか、今のこいつを見ていたら無償にそうしてやりたくなった。「・・・・・・・・・じゃあ」「ああ、また明日な。」長門はなんだか機械的に背中を向ける。俺は長門の背中が見えなくなってから、乱暴に放置していた自転車を持ち上げた。少しずつ日が暮れる。俺は家で一人、窓の外を見ながらぼんやり思い出に浸っていた。一つ一つ思い出していたんだ。SOS団で過ごした毎日を。何度も繰り返し頭の中で再生した変わることのない映像も、なんだか今日は違ったものに思えた。あんなことも、こんなこともあったよな。そうして一つ一つ思い出しているうちに、少しずつ視界がぼやけていく。・・・くそ、今日はなんだか涙腺が緩いみたいだな。俺の頬を冷たい水が伝う。最近はやっと涙を流す回数が減ってきたっていうのに。お前が今、すごく近くに居るような気がしてならないんだよ、ハルヒ。一粒、また一粒と目からこぼれていく。俺はお前に会いたい。そして、あの頃は素直になれず、気づくことのできなかった気持ちを、お前に伝えたいんだ。俺は――――・・・その時だった。俺の頬に、暖かく懐かしい、そしてこの世で一番愛しく感じられるような手が添えられた。ゆっくりと優しく俺の涙を拭う。―――俺の目の前に今、確かにハルヒが居る。「・・・もう、泣かないの。バカキョン」ハルヒは俺の涙を優しく拭い続け、そっと笑った。「・・・ハルヒ・・・」「キョン・・・会いたかったの・・・ずっと・・・ずっとキョンに・・・」ハルヒは、あの頃と何も変わらない姿でそこに居た。しかし、俺の記憶に残っているどんなハルヒの笑顔よりも穏やかに笑っていた。「ごめんね・・・突然居なくなったりして。・・・あたし、ずっとアンタを苦しめてたのね。・・・あたし、普通の人間なんかじゃなかったのにね。死んでから知ったわよ。 それなのに、あたしあっさり死んだりして、あんたを苦しめたりして・・・」「ハルヒ・・・俺・・・」言いたいことや言わなければならないことがたくさん俺の喉へと上ってきて、言葉にならない。上手く言語化できない、とはこのことだな。ふっ、と小さく笑いを漏らすと、今度は1000万アンペアの輝きを持つ笑顔を見せた。「いいのよキョン!わかってる。アンタのことなんて全部わかってるんだから!・・・本当よ?」「ハルヒ・・・俺ずっと・・・ずっとハルヒに・・・」だめだ。涙で詰まって声さえ出すのが難しくなってきた。俺はしばらく自分を落ち着かせようと必死になっていた。そんな俺を、ハルヒはとても優しい目で待っていてくれた。反則だろ。泣き止めるわけないじゃねぇか、こんな状況。やっとのことで喋れる状態になり、今度は俺がハルヒの頬にそっと手を添える。すると、今度はハルヒの大きな目から涙がこぼれた。バカハルヒ。同じように涙を拭ってやる。そして、大きく深呼吸をする。「ハルヒ・・・ずっとお前に会いたかった・・・俺はずっと・・・きっと初めて会った日から・・・」俺は、ずっとハルヒに伝えたかった言葉を今―――「好きだ」そうはっきり告げて唇を重ねる。あの時、閉鎖空間でキスした時よりも、きっと俺は、その、色々と上手くなっているはずだった。大人のキスのやり方だって知っている。なのになんでだろうな・・・俺はあの時のように、不器用に唇をぶつけることしかできなかった。でも、なんでもよかった。そんなことどうでもよかったんだ。俺の腕の中に、今確かにハルヒが居る。ずっと会いたかった、ずっと待ち続けた、誰よりも愛おしいハルヒが居るんだ。今、ここに確かに・・・唇を離す。開かれたハルヒの目から、また一筋涙がこぼれる。俺が拭う前に、ハルヒは自分で目をごしごしとやると、また穏やかに笑ってくれた。俺もそれに答えて笑ってみせる。そしてハルヒは笑顔のまま喋りだした。「あのね・・・キョン。あたし、今はここの世界にずっと居ることはできないの」俺は笑顔を一瞬にして保てなくなった。それでも、ハルヒは続ける。「でもね、大丈夫。あたしたちはまた会えるの。絶対よ。あたしは今ね、アンタとまた一緒になるために向こうで頑張ってるのよ。何をしてるのとか、向こうってどこなのかとか・・・それは、うん、そうね。また会えたときにゆっくりたっぷり話すからさ」「俺はお前とずっと一緒に居たい。もう置いていかないでくれ」俺の言葉に、一瞬ハルヒは声を詰まらせる。「・・・ごめんね。でも・・・ほんとに、また会える日がくるから・・・。あたしのこと、信じて・・・キョン」また涙がこみあげそうになる。俺は顔を歪ませて必死に堪える。「大丈夫だよ。アンタは今日、ここであたしへの気持ちを忘れるから」「忘れるわけないだろうが。何言ってるんだ」「あたし、今この世界では一つしか力が使えないのよね・・・。その力で、アンタのあたしに対する恋愛感情を消すの」俺はハルヒが言い切る前に力強く抱きしめた。もうまともに顔が見れねぇ。何を言ってやがるんだ、こいつは。「だめだ。ばかなことはやめろ」「大丈夫よ。あたしと過ごした記憶は消えたりしないわ。ただ、今までみたいに苦しませたりしないから・・・」「お前が好きなんだ」「キョン・・・」ハルヒが俺から離れる。「あたし・・・そろそろ、行かなくちゃ」「・・・ハルヒ・・・ッ」ハルヒの体が一瞬透ける。堪えていた涙が、堤防を破壊して一気に流れ出す。「キョン・・・あたしも・・・アンタのことが好き・・・。それはずっと変わらないから。ずっと・・・永遠に」ハルヒがどんどん薄れていく。耐え切れず俺は、ハルヒの両手をぎゅっと握り締める。ハルヒはそれに答え、俺と指を絡ませた。「ハルヒ!」「キョン、大丈夫よ!アンタは幸せになれる。今まで辛い思いしてた分、ちゃんと笑って暮らせる未来があるんだから。そして、あたしたちはまた会えるの。約束するわ。あたしのこと・・・信じて」ハルヒの笑顔が、消えていく―――「さよなら、またね、キョン。・・・ありがとう」―――・・・ハルヒが死んで5年。そして、ハルヒと再会してから2年が経った。俺は21歳を迎える。そして、今長門と一緒に居る。長門と、そして長門と共にある新しい命と一緒に、だ。出産はもう間近だ。その時に備えて、今俺達は二人病室に居る。あれから、ハルヒと再会してから、長門は普通の人間になることができたという。そして俺たちは毎日のように会い、そして今、こうして二人で暮らしている。結婚式は2ヶ月前にしたばかりだ。結婚式には、なんと古泉や朝比奈さんまで来てくれた。古泉も朝比奈さんも多くを語ってはくれないが、今は月に一度程度、4人で顔を合わせている。きっと二人もハルヒに会ったのだろう。俺は幸せだった。長門が居て、古泉や朝比奈さんも居て。ハルヒが言ったちゃんと笑って暮らせる未来が、今ここにあった。ただ、ハルヒが居ない。それが足りないだけだった。「・・・今日は、七夕だな」今まで沈黙を続けていた病室で、俺はつぶやいた。長門はふいに、ゆっくりと顔をあげる。そしてそのままゆっくりとカーテンを指差した。「・・・空」「・・・?・・・なんだ、天の川でも出てるのか?今日は晴天だったが・・・」こんな所じゃ天の川なんて拝める程の星は見えないぞ、そう言い掛けながら俺はカーテンを開けた。そこには、無数の星。天の川ではない。その星達は、綺麗な幾何学模様を作り上げていた。「・・・これは・・・」呆気に取られる俺に、長門はぽつり、と言った。「『私は、そこに居る』」その言葉の意味を、俺は一瞬で理解した。実はな。俺はやっぱり最低な男みたいだ。あれから・・・ハルヒと再会した時から、俺の気持ちは変わったりしていない。今でも俺はハルヒのことが好きだ。いや、もちろん長門のことだって同じくらい愛しているさ。あの時、ハルヒは俺からハルヒへの想いを消さなかったってことだ。何でかって?それは、長門が人間になることができたことを思えば、答えは簡単に出る。俺は今最高に幸せだ。ハルヒが言ったように、俺はちゃんと幸せになれたんだ。ハルヒが嘘をついたり、約束を破ったりすることなんて一度も無い。あいつは全て有言実行する奴だからな。そう、だから今、俺はあいつが言ったように、ハルヒと再会することができている。もう7歳になる俺の娘。俺と長門の子供だ。黄色いカチューシャをつけて、今、テレビの前に座っている。うさんくさい番組だ。あんなのをUFOなどと呼んで誰が信じるんだ。下手したら飛行機を画質の荒いビデオカメラで撮影したものの方が世間には受け入れられると思うぞ。 ばかばかしくてため息が出そうになう番組だが、俺はチャンネルを変えたりしない。そして前言を撤回する。信じる奴だって居るんだよな。今ここで、熱心にテレビに食いついている俺の娘がその一人だ。最初から最後まで「フィクションです」と言わんばかりのインチキ映像を見せられ、ようやく番組が終わったところで、ずっとテレビに向いていた顔が俺に向いた。大きな目をぱちぱちと瞬きさせて、100万ワットの笑顔で俺に言うんだ。「ねぇキョン、宇宙人って居ると思う?」俺の答えは決まっている。
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