佐々木さんの密かな楽しみ
ある日、同じクラスの親友にこんな話を振られた。 時間が戻せたらいいな――と。 なぜそんな話をと聞いてみたところ、「こないだロト6を家族で買ったんだが、惜しいところで外れてしまってな。しかも、このハズレ方というのが嫌味でよ、当選の番号が、1/15/23/28/36/41だったんだが、俺が買ったやつに2/16/24/29/37/42ってのがあったんだ。全くついてねえな。時間を戻せたら、全部一つずらせと言ってやりたい気分だ」「それは嫌味でも何でもない、ただの現実じゃないのかい? 当たらないというのが宝くじというものだろう」「……そんな身も蓋もない返し方をされても困るんだが」 ジト目で返してくる彼に、あたしはくくっといつもの苦笑を投げて、「それは失礼。でも、やはり僕としては時間を戻すという考えには至らないな。せいぜいもう一回挑戦してみようとか、出現数字の傾向でも調査してみるかなぐらいで終わると思うよ」「前向きでいいよな、佐々木は」 そう彼はいつもの嘆息を吐く。 普通の発想ね。とても平凡で庶民的な発想。じっと彼――キョンを見て、そんなことを考えてしまう。 普段ならここで終わり。たわいもない会話で終了。だけど……どういうわけだか、キョンに対してだけはつい深く突っ込みたくなる。なぜだろう? 理由はやっぱりあれなんだろうけど。 あたしはすっとキョンの机の上に身を乗り出すと、「でもキョン。キミは時間を超えて過去に行き、未来を変えるという行為をしてみたいと思うのかい?」「しょっちゅうあるね。あの日の大失敗とか、恥ずかしい自分の行動を過去に戻って制止してやりたいとか、やりたいことを上げればキリがない」「へえ、キミの失敗談とやらは非常に興味があるんだが。教えてくれないかい?」「冗談じゃねえよ。過去に戻って抹殺したいぐらいなのに、どうして他人に語らなきゃならんのだ」 と、ここでキョンはあたしに少し顔を近づけると、「さっきから聞いていると、まるで佐々木はそんなことをしたくないと聞こえるんだが。それはあれか、消してしまいたい過去なんて全くないっていう完璧人生なのか?」「まさか。僕にだって恥ずかしい体験や思い出したくもない失敗なんて腐るほどにある。ただ、わざわざ過去に戻ってそれを修正したいとまでは思わないって事だよ。そんな夢物語が現実になるとも思わないしね」「手段がないっていう理由ならわかるが、あってもやりたくないって言うのか?」「そうだよ。全く思わない」 意外そうな顔を見せるキョン。こうなるともういつもの展開で、あたしのペースだ。「キョン、キミは過去を変えるなんて言うことを平然に言っているかも知れないが、それに伴って発生する被害を考えたことあるかい? さっきキミが言ったとおり、宝くじの抽選番号を変えてしまえば、本来当選するはずだった人の金額が減ってしまうんだ」「……別にちょっと減ったぐらいで影響が出るとは思わないが」「仮にその人が当選金で借金を返済するはずだったら? 最悪、キミが割り込んだせいで半額になってしまうわけだが、それで返済できなくなるかも知れない」「まあ……そうかもな。だが、それも事前に調べておけばいいだけじゃないか? 影響範囲もきっちり調べておいて全く他人に悪影響が出ないということが分かればいいだろ」「それでも僕は遠慮したいね」 あたしのつれない反応に、彼は首をかしげる。「もう少し切り込んでみようか。例えば、僕が30分前に戻ってキミを階段から突き落とした場合、今僕が話しているキョンはどうなると思う?」「消えるんじゃないか? いや――パラレルワールドとかいって、それはそれ、これはこれになるのかもしれないな」「過去から現在へは連続している。キミが五体満足でいる過去がなくなったって言うのに、今全く無傷のキミがここに存在し続けるって言うのは少々矛盾するんじゃないかな?」「まあ……確かに。ならやっぱり消えちまうんだろうか」「正直、平行世界とかはよく分からないからパスしておくよ。だから、僕も過去を変えた時点で今ここの僕たちはばっさり切り捨てられると思っている」「だが、佐々木の行動しだいなんじゃないか? 俺を階段から突き落とせば、確かに今こうしてのほほんと机に座っている俺は消えてなくなるかも知れないが、背後から後頭部を突っつくぐらいなら何も変わらずに、俺はこうして佐々木としゃべっていると思うぞ」「そうだね。その場合、99.99%同じ記憶と人格を保持したキミが僕の前にいるだろう。だけどそれは全くの別人でもある」「…………?」 彼は理解できないというように眉をひそめた。構わずあたしは続ける。「過去を変えた時点で、どんな同じパターンを歩んでも切り捨てられた未来と、そこから生まれた未来は別のものさ」「んなバカな。だってほとんど同じ記憶と人格を保持しているんだろ?」「そうだよ。ほぼでも、全く同じでも別人だ。そうだね。例えば、キョンのクローン人間を今すぐここに作り出せたとしよう。その場合、キミと全く同じ記憶と人格を持っている人間が二人いることになる。想像できるかい?」「……ああ」「で、そのうち一人を消してみよう。さて、消された方の意識はもう一人の方に引き継がれると思う?」「いいや……多分きえちまった方はそこで終わり……だな」 ここでキョンはようやくあたしの言っていることに意味に気がついたらしい。なるほどという表情を浮かべている。「同じように、例え全く同じ現象の連続が続いても、切り捨てられた未来はそこまでだよ。新しく生まれた方には同一人物に見えるけど、やっぱり別人というそっくりさんがいるだけ」 あたしはすっと窓の方に視線を向ける。数十億という人間が住む世界がそこから延々と続いている。「僕はそんなことはしたくない。それではまるで大量虐殺じゃないか。過去を変えた僕はいいかもしれないが、その結果で切り捨てられた人たちが数え切れないほどできてしまう。そんなことをしてまでしたいとは思わないね」「虐殺って言うことはないんじゃないか? 別に銃や刃物で殺す訳じゃないんだから」 彼の発言にあたしはやれやれと首を振ると、「キミはどうやら外傷があってこその死だと思っていないかい? 僕はそれは違うと思うよ。死って言うものがなんなのか。個人的意見だけど、それは認知している生命が停止し、その人から発信される情報が停止され、なおかつそれを受診した記憶が交信されない状態じゃないかと思っている」「訳が分からん」「つまり、その人は口を発しない、身動きしないという認識が死につながるんじゃないかってことさ。それは外傷に起因する必要はない。それこそ、全くの行方不明――これはまだ生きているんじゃないかっていう希望を抱かせるけど――でも言い訳だし、さっき言った過去の改変による未来の切り捨てでも同じ事だよ。本来あるはずだった時間の流れを切り捨ててそこにいた人たちを消し去ってしまうんだから。れっきとした殺人行為だね」 キョンは首をかしげて理解に努めているが、あたしは構わずに続ける。このたたみかけの時の彼の反応が最高なんだ。このかわいげのある態度を見たいがために、ついどうでもいい話を続けてしまう。「ついでに言えば、誰も知らない形で未来を切り捨ててしまった場合は、死とは言えないと思う。だって誰もそれを知っている人がいないんだから。だけど、この場合、過去を変えてしまった人は知っているんじゃないかな?おっと、ここで過去を変えてしまった人も、切り捨てられた未来から来たんだから消えるんだろ?というツッコミはストップだ。その話まで始めると昼休みが終わってしまうからね。で、僕が過去を変えたなら、切り捨てられた未来の人々を認識できてしまう。それは僕が原因による殺人だよ。全く冗談じゃないね。数十億の人々の死を抱えてまでそんなことをやりたいなんてごめんこうむるよ。ましてや、それがお金が欲しいなんていう低俗な理由なら論外だ」 ここで午後の授業の開始のチャイムが鳴り響く。残念。もうちょっと目を回しているキョンを見ていたかったんだけどな。 あたしは椅子から立ち上がると、「キョン、キミが漫画や映画の影響を受けるのは一向に構わないけど、たまにはそこから発展して考えてみるのもおもしろいんじゃないかな?」「……全くお前にはかなわねえよ」 そう言ってキョンはごそごそと午後の授業を始める。 あたしは自分の席に戻ってからも、彼の姿を見続けていた。 ――明日はどんな話でキョンの目を回してやろうかって考えながらね。
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