雄猫だった少女~永久ニ君ノ唄~ 第三話 「不明による不明の行い」
異常な何かとは様々な物に影響を与えてしまう。 異常であるが故に純粋だから仕方ない事なのだが、即ち真っ直ぐな心と曲がった心が生じる。 曲がった心というのは。厄介で、普通なら通らないような場所の範囲まで通ってしまう。 それによって受ける影響というのは人それぞれだが、私はまともな人を見た事はないよ。 だからよくあるだろう。異常な執着心が人を殺す事がね。 人間は日頃通らない道に心を通すと慣れてないからバランスを崩してしまうのさ。 Arakawasan Yabai 著「少女の愛と哀しみの輪舞」より 第三話「不明による不明の行い」 「ご主人様ぁ♪」いつも寝る時には俺に抱きついてくるシャミセン。そんな訳で今日もシャミは俺に抱きついている。今のシャミセンは女の子。再三何度も認識している。再三何度もこうやって抱きつかれている。だけど、やばい。本当にドキドキして仕方が無い。上目遣いで俺をじっと見てくるシャミセンはそれはそれはもう可愛い。そりゃ生前のシャミ、つまり雄猫時代のシャミが妹の部屋から逃げて布団の中に隠れてきてそのまま寝た事はある。だが、これとそれとは話が違う。今のシャミは、そう!猫耳少女なのだ!いつもは俺のパジャマを貸してやっているが今そのパジャマは乾かし中。そんなわけでシャツを着せているが、親や妹の下着を奪う訳にもいかないのでノー下着。裸シャツって奴だな。だから人の温もりがパジャマ越しに感じられるのだ。小さいけど膨らみも。「んふふー♪ご主人様」・・・シャミの顔が首に埋められる。そして、「ッッッッッッ!!!!!」 うわぁあぁぁああああぁぁあああッッ!!(絶叫IN心の中) 元猫だからとはいえ、猫耳で猫の尻尾がついているとは言え、人間なんだから首筋をなめるなぁあああぁあああ!!「あれ?ご主人様どうしました?」「ふっ・・・何でもないさ。シャミは可愛いなと思っただけさ」クール。よくぞクールに決めた、前原K・・・じゃなくてキョンよ!!これぞ男の中の男!そう男は黙ってクールに決めなければいかんのや!!「ご主人様、表情の変化が面白いです。んーんにゅー・・・眠くなってきました・・・」「そっか。なら眠気を我慢せず寝た方が良いぞ。おやすみ、シャミ」「はい。ご主人様、おやすみなさい。大好きですよ」にっこりと。純粋無垢な笑顔でそう言うと、シャミは安らかな寝顔で心地良さそうに寝息を立てて寝始めた。「・・・やれやれ・・・ん?」俺はそこで携帯がバイブで震えている事に気付いた。「・・・もしもし」『もしもし。大丈夫かな? 寝てたかな?』「いや、大丈夫だぞ・・・阪中」俺は電話の相手の名前を呼んだ。電話越しに溜息にしては大きな安堵の溜息が聞こえた。『良かったのね・・・。ごめんね、不安で寝れなくて電話掛けたのね』「不安でありながら俺か? 現状から見ると助長しかねないように思うんだが?」『私はキョンくんは無関係だと思ってるから大丈夫なのね』俺は冗談的な口調で言ってはいたが、実は内心返答にハラハラしていた。そんな訳でこう返してくれた阪中に俺は心の中で感謝をした。『キョンくんは・・・どう思うの?今回の事に関して』「俺は・・・そうだな。俺が全くの無関係だとは思えないんだ」少し迷った。こう言っても大丈夫なのかと。だが俺は正直に述べる事にした。自分の考えを。「俺とあまり会話をしない奴等が俺と会話して結果、連続で発生して連続で人が死んでる。無関係にしては出来すぎてる」 そうだ。 柳本も、由良も、鈴木もそうだ。日頃話さないような奴等ばっかり。佐伯、阪中に関しても同じ事が言えるのが今の不安だ。「そういや・・・佐伯、行方不明なんだよな・・・」『大丈夫かな・・・心配なのね・・・』「大丈夫だと信じたいな・・・」苦々しい気持ちが後から溢れて、尚も後から溢れる。どうしようもない不安が押し寄せては引き返していく事無くそのまま進む。捻りっぱなしの水道水のようにそれは留まることを知らない。信じたい。そう言ったがその自信が無い。信じきる自信が。だからこそ、『キョンくん、今から会わない?』いきなりの提案に俺は返答が出来なかった。『あのね・・・そのね・・・私の姿を見ればきっと安心するんじゃないかなーって・・・思ったのね・・・だから、その・・・・・』語尾が段々と小さくなっていく。そして、沈黙が流れる。しばらくそのまんま俺達は黙っていた。だがふと『よし』という決意のような声が小さく聞こえて、『学校で会いたいのね・・・良いかな?』と言う阪中の声が沈黙を破った。「・・・あぁ、OK」『えっと・・・ご両親に見付かった時はごめんなさいなのね・・・じゃあ、学校で』そこで電話は切られた。俺はそっと俺に抱きついているシャミの抱擁から名残惜しい気持ちで抜けるとカーディガンを羽織った。そして自転車の鍵とサイフと懐中電灯と共にこっそりと一階に下りて、こっそりと外へ出た。自転車の鍵を外して跨って、学校へと向かい走り出す。何となく急いでいるのは人を待たせてはいけないという常識からだろうと思う。 ・・・・・・・・。 夜の街。その静けさの静かさに俺は何となく奇異なものを覚える。それは差。賑やかな場所も暗闇の中で静まり返っていて、昼間とは違うその差を俺は楽しんでいた。そして、学校前の心臓破りの坂が見えた。ここをどう上るか。自転車で一気に駆け上がるか。それとも歩いて押すか。俺はそこで悩んでしまい立ち止まってしまった。この時点で勢い任せで上る事も出来ないので俺は自転車を押して上る事にした。しばらくして、「キョーンくーん」と、そんな風に後ろから声が掛かった。後ろを振り向くと、そこには登る阪中が居た。服装は寝巻きのみ。俺の姿を見つけたからか阪中は少し小走りで俺の方に走ってきた。俺は立ち止まって待つ。「はぁ・・・はぁ・・・」「走らなくても良いのに」「そうもいかないのね・・・はぁ・・・私はキョンくんに会いたかったから・・・」「え?」「あ・・・な、ななななな何でもないのね!!」阪中は物凄く慌てた様子だった。俺にはよく解らないけど。それにしても俺に会いたかったから、ね・・・。そんなに寂しかったのだろうか。まさかただ単純にそんなの抜きで俺に会おうなんて思わないだろうしな・・・。そんなこんなで坂を上りきる。「さて・・・どうする?このまま校舎に侵入しちゃうか?」俺はそう言って笑った。「しちゃうのね・・・クチュン!」「寝巻きだけで出てくるから風邪引きかけてるんじゃないか? ほら」俺は着ていたカーディガンを脱ぐと阪中に渡した。「そ、そんな悪いのね。キョンくんが風邪引いちゃうし・・・」「大丈夫だ。これでも体は強い。んでもって脱いだ以上は着ない。だから阪中が着ろ」「ありがとうなのね・・・。っしょと・・・んふふっ。キョンくんで暖かいのね・・・」その言葉に思わずドキリとした。「さ、さぁ、行くぞ」「うん! レッツゴー、なのね」阪中はとても嬉しそうな笑顔で頷いた。夜の学校はとてもとても静かだ。いつもの様子とは真逆。電気でも点いていなければ完全に恐怖空間なんだろうが、生憎職員室部分等には電気が灯っている。進入経路は事務室前が普通だが用も無いのに入っては怒られる。なので別の進入経路を探す。たまに日直が窓を閉め忘れる事があるので一階の全教室の窓をくまなく調べる。すると、一箇所だけ鍵が掛かっていない場所があった。見回りの先生の怠慢もこれで明らかだ。「よし」「こういうの憧れてたのね・・・楽しみなのね」持ってきていて正解だったとここで俺は懐中電灯を取り出すとスイッチを入れた。 カチッ。 照らされる廊下。俺と阪中はそろりそろりと窓を開けてそろりそろりと教室の中へ入った。手始めにした事は黒板への落書き。相合傘を書いてそこに「涼宮」と「ハルヒ」と書いた。同一人物の相合傘。我ながらなかなかナイスなアイディアだ。「ふふっ・・・たまにはこういう不良も楽しいのね」「だな」俺達はそんな風に点々と教室を周った。机の向きを逆にしたり、椅子を上に上げたり・・・。そんな下らない事をして楽しんだ。ただ器物損壊になるので夜の校舎窓ガラスを壊して周る事はしない。まぁ、多少はリスペクトしてるし、やれるならやりたいもんだがね?そんなこんなで様々な教室を回って変なイタズラをしまくる。俺はそんな事をしている最中で阪中が気になって仕方が無かった。どうしてだろう。疑問に思って、思う。きっと俺と関わって死にやしないかと恐れているのだ、と。俺のせいで人が死ぬのが怖いのだ、と。だけどそんな心配ではないのだとどこかで理解していた。では何か? 答えはすぐに解った。 「・・・ねぇ、キョンくん」俺達の教室に入る前に阪中が俺に声を掛けた。阪中は扉を開けてそのまま中に入る。「なんだ、阪な―――か!?」突然、俺は阪中に抱き付かれた。いきなりの事にどうすれば良いのか解らない。何が起きた。抱きつかれた。誰に。阪中に。それを理解しながら出来ていない故に理解しようと暴走する俺の頭にそれは聞こえた。「ぐすっ・・・ひぐっ・・・・・」阪中の泣き声。「・・・阪中、どうしたんだ?」「キョンくん・・・私、怖いのね・・・本当は怖いのね・・・電話であんな事言ったけど、本当は怖いの!」「そりゃ・・・俺と関わって死ぬってのはな・・・・・」「そういうのとは違うのね! 私が死ぬ事より・・・キョンくんが、みんなから避けられやしないかって・・・」「お、俺の心配?」意外な言葉に俺は少し素っ頓狂を上げてしまった。「だって、私が死んだら・・・キョンくんはますます関連性を疑われちゃうでしょ? みんな、顔には出さないけどキョンくんの事避け始めてるんだよ?」「あー。それは谷口や国木田から聞いたよ。まぁ、何かあってもアリバイは立証してくれるから大丈夫だ」「・・・でも・・・心配。私が死んだら、私のせいでキョンくんが・・・いじめられちゃうかもしれないし・・・・・」理解が出来ない。いや、言ってる事は解る。ただ、「どうしてそんなに心配してくれるんだ?」その一点が解らなかった。阪中はそっと顔を上げて俺の顔を泣き顔で見つめる。しばらく無心でその顔を見つめあったまま、時間が少し流れる。「・・・―――だから」阪中が言葉を吐いた。「え?」俺は聞きなおした。 「私は・・・キョンくんが好きだから」 一瞬、全ての空気が止まった。そのまま全ての空気が沈んだ。そして全ての空気が黙った。「もう一回言うね・・・私は、キョンくんが好きなのね。好きなのね! 大好きなのね! 超愛してるのね!!」「な・・・・・・!?」なんだってー!!そう叫びたい気分だった。そう、それはたとえば土曜日が正曜日と改称されて、月火水木金正日!になったような気分。もしくはハルヒが消極的な眼鏡っ娘になったり、古泉が実は女だったみたいなビックリ。意味解らないけど、そんな気分だ。とにかくそれぐらい驚いた。「・・・阪中・・・」さっきの阪中が気になるっていう気持ちの意味が解ってしまった。顔を下に向けて肩を震わせて泣く阪中を見て解ってしまった。なるほど。そういう気持ちだったのか。俺が抱くのはそういう気持ちだったのか。 ―――なら、別に良いじゃないか。 「・・・俺で、良いのか?」阪中が顔を上げる。「俺なんかで良いのか? 俺より魅力的な奴なんていくらでも居るのに。榊とかさ・・・それでも、良いのか?」「・・・私にはキョンくんがオンリーワンだから」にっこりと潤んだ瞳を細めて微笑む。その言葉に俺は華奢な体を抱き締めていた。「阪中・・・」「キョンくん・・・これはどういう返事なのね?」「・・・今日から俺所有って事だ。離さないぞ、ってな」阪中が俺の方へその顔を真っ直ぐ向ける。「キョンくんこそ、私で良いの? 涼宮さんとか、SOS団には可愛い子が沢山居るのに・・・」「あぁ、お前が良いんだ・・・誰かの言葉を借りるなら、阪中が俺のオンリーワンだからな」「キョンくん・・・私で良いの、ね・・・ぐすっ・・・うぅ・・・ありが、とう、なのね・・・うぇ・・・」「こちらこそ、ありがとう・・・」いつからだろう。あぁ、そうだ。随分前からだ。こういう事態になる前からこんな気持ちだった。やれやれ。俺ってどれだけ鈍感なんだろうか。時分の気持ちさえも長年理解できてないなんてな。俺は自嘲しながら、泣く阪中を抱き締め続けていた。そのまま星空を見てふと気付く。天の川が見えたから。「今日は、七夕か・・・」「えへへ・・・恋が叶ったのね」俺は思わず呟いた。「彦星と織姫が出会ってるといいな」「うん」阪中も頷いた。だって、そう思わずにはいられないだろ。俺達が幸せなのはきっと願い事を叶えてくれたからなんだから。 ・・・・・・・・・・・・・・・・。 しばらくして俺達は教室を出た。廊下を歩く俺達の間に空いた恥ずかしさという隙間。さっきは感情のまま抱き締めてしまって今更だが、腕を絡めるとか、手を繋ぐとか、そういうのは恥ずかしくて出来ない。この気恥ずかしさが抜けるまではやらない。二人の距離に慣れるまで。でも、せっかく恋人同士になったんだ。恥ずかしい事をしてみようじゃないか。「阪中」だから、「何、キョンく―――んぅ」唇くらいは、味わっても良いよな?「ん・・・ご馳走様」「・・・きょ、キョンくん・・・」お互いに恥ずかしくなって、顔を逸らした。だけどそれで距離は狭まった。自然と俺達は手を繋いでいた。ぎこちない繋ぎ方だけど、しっかりと。それは甘い時間。 ―――だった。 職員室に近付いた時に漂ってきた、その猛烈な生臭い匂いを嗅ぐまでは。一度は嗅いだことのある匂い。それは鼻血の時によく嗅ぐ匂いだ。とても身近にあるけど、そうそう嗅ぐことはない匂い。「な、何の匂いだろう・・・キョンくん」血の匂いだなんて言えない。言えるわけが無い。喉が渇いた気がして唾を飲んだ。阪中が俺の腕に抱きつく。そっと、そっと職員室に近付く。俺が半身先を進んで。そして、柱の陰から職員室の扉を見た。開いていた。開いていた先は、空いていた。 紅い空間が、ぽっかりと空いていた。 「!!」見えた。紅い点、紅い光沢、紅い匂い。人の足、人の手、人の首、人体模型でしか見た事が無かった臓器。垂れ下がった眼球。有り得ない方向に捩れて曲がった体。七夕の日には相応しくない短冊が、職員室という笹の葉からぶら下がっていた。「っ・・・・・・・!!」吐き気がした。だけど我慢する。これを阪中には見せてはいけないという気持ちの方が強かった。「ど、どうしたのキョンくん・・・?」「・・・離れるぞ」「え?」「良いから・・・!!」俺は阪中の手を引っ張って事務室前へと向かった。早く、誰かに知らせないといけない。だから事務室に向かった。だけど、尚更匂いはきつくなった。冷や汗が噴出しては噴出し、つられて悪寒もしてくる。「きょ、キョンくん・・・・・・・・」阪中が俺の服の袖をぎゅっと強く握った。「・・・・・・・・・・」一歩。事務室へと近付く。どこかがおかしい。一歩。事務室へと近付く。異様なまでに紅い。一歩。事務室へと近付く。何かがある。そして、一歩。事務室へと近付く。そこに見えたのは、 人の形をした何かと散らばった赤と黒と白のどろりと溶けたオブジェだった。それが人だと唯一知らせているのは、眼球や髪の毛達だった。「いやぁぁあああぁぁああああああああッッッッッ!!!!!」阪中がそれに発狂して叫ぶ。俺は咄嗟にその阪中を抱き締めた。その判断は正しかったと言える。「落ち着け、阪中!落ち着け!!」「いやぁああッッ・・・いやぁあああああああぁあああッッッッッ!!!!」俺も発狂したい気分だった。だがそんな事をしては危険過ぎた。ここで発狂させたまま離してはどうなるか解らないから。だってまだ血も肉も臓物も瑞々しいんだから。それはまだこの人間が”解体”されて間もないという事。だとしたら、 ―――近くに、犯人が居るかもしれないんだから。 だからこの少女を離すわけにはいかない。「阪中・・・冷静になるんだ!」そんな事をして多分五分ぐらい。ようやく阪中が落ち着いてきた。「・・・ごめんなのね、取り乱しちゃって・・・」「いや、仕方ないだろう・・・俺だって発狂しそうだったんだからな」「ありがとうなのね、キョンくん・・・私、理性を完全に失っちゃったのね・・・危険だったよね・・・・・」阪中も十分危険性は理解しているようだ。犯人が居るかもしれない、という確立がある事に。なら一度冷静になってしまえば安心である。もちろん、100中100が安心というわけでは全く無い。「危険から彼女を守るのが、彼氏の役目さ」何はともあれ俺は親指を立ててそう言った。「ありがとう。でも・・・これから、どうすれば良いのね?」「俺は静かに家に帰った方が良いと思うな。通報したら通報したで夜の学校で何をしてるのかと怪しまれる事になる。阪中も。それだけは避けたい」すると阪中はどこかへ目を逸らした。何か言いたそうにたまにこちらへ視線を向ける。「どうした?」「えっと・・・子供みたいかもしれないけど・・・今、実は・・・家に誰も居ないのね。だから、その・・・不安というか怖いというか・・・」「じゃあ、俺の家に来るか?」すんなりとその言葉が出た。「良いの?」「まぁー、作戦は少し立てるぞ」 ・・・・・。 俺達は一回阪中の家に寄った。そこでお泊りセットと俗に言われる荷物を取る。そして、自転車の籠に阪中の荷物、後ろに阪中を乗せて、俺は家へと向かう。あとは簡単だった。まず阪中には外で待って貰う。俺は家の中に静かに入って、何やら仏頂面で起きていたシャミに阪中が来るという事を説明した。「も、もしかしてご主人様と別々の布団ですか?」「いや、それは大丈夫だ」「ほっ・・・良かったです・・・」・・・これって浮気じゃないだろうか。大丈夫だよな、猫だし。そんでもって窓から合図を出して阪中にブザーを押して貰う。連打する事によって妹など家族が起床。そして玄関を開けて阪中はこう言うんだ。「夜分遅くにすいません。阪中と申します。今、家に一人なんですけど事件のせいで怖くて・・・。 あのそれで色々な女友達の家を回ったんですけど、泊めてくれなくて。それで今はもうこんな時間だから歩くのも怖くて・・・。 だから、その・・・よろしければ泊めてくれませんか? お願いします!」もちろん馬鹿馬鹿しいぐらい陽気で馬鹿馬鹿しいぐらい優しい家族はOKを出したさ。理解して、こういう作戦にしたんだからな。そして、シャミとの約束を守れるだろうという事も予測済みだ。家族はこう言うに違いないからな。「妹ちゃんの部屋で寝て下さる?」そして、その通りになった。そんな訳で阪中は妹の部屋で寝る事が決まった。妹のあのはしゃぎよう・・・阪中が寝れると良いんだが・・・。まぁ、大丈夫だろう・・・多分。一仕事を終えて俺は部屋に戻る。「お帰りなさい、ご主人様」「ただいま、シャミ」俺は布団に潜る。そうするといつものようにシャミがぎゅっと抱きついてきた。ただ、どことなくいつもより力が強い。気がする。しかし、眠い。とっとと寝よう。「おやすみなさいませ」「あぁ、おやすみシャミ」そう挨拶を交わして、俺達はゆっくり目を閉じた。 ・・・・・・・・・。 <SIDE SYAMISEN> ご主人様が寝てしまった後。私は眠れずに物思いに老けていました。大好きなご主人様が連れてきたあの子はルソーの主人の阪中さんでした。解ってしまうご主人様との関係。大切な関係。今までは私のご主人様を奪おうとする人は皆消してしまいたいと願って消えました。ですが、今回はこういう形でその願いは叶いませんでした。理由は私がよく家を飛び出しては実はこっそりルソーと遊んでいたからというのが強いと思います。少し悲しかったです。きっと、いつか私を離れてしまう日が来てしまうのだと思いますと。どんなに願っても。どんなに嫌でも。いっその事、殺してやりたいとも思いました。ですが、「私から離れて・・・いつか阪中さんに行ってしまわれるのでしょう・・・・・・・」私はペットだからただ従うだけなのです。「・・・シャミ」ふと、その御声が聞こえて私ははっとしました。「・・・ご主人様。起きていたんですか・・・」「泣くな。俺は阪中のところに良行くとしてもお前を手放さないから。阪中とは話し合うからさ」「え・・・ですが・・・私は・・・・・」「そりゃな、最初は信じないとは思うよ。信じたところで・・・まぁ、な。だけど、阪中もお前の事は知ってるんだから」「・・・ご主人様」「お前は、俺のペット。他の奴等のペットじゃない」「・・・はい」「だから安心しろ。必ず丸く収まるさ」「ありがとうございます・・・」「大切なペットを二度も失いたくはない」ご主人様は私を好きというわけではないのは話を聞いてても解ります。だけど、私はご主人様にとって大切なのだと思うと、とても幸せなのです。今日は優しい温もりが、いつもよりも暖かく思えました。・・・だけど、これって浮気っていうものなのでは・・・。大丈夫・・・ですよ、ね? <SIDE OKABE> 学校は、まさに狂気だった。忘れ物を取りに来た俺の目の前には宿直の先生方が宙からこっちを睨みつけていたからだ。中には眼球無しの空洞で目を合わせてくる死体も在った。パニックになりそうだったがそれを必死に抑える。まずは警察だと思ったが電話は繋がらない。だから事務室の電話を借りる事にした。しかし、事務室も事務室前に近付いて、そこにも死体が転がっているのに気付いた。ズタズタになってどうしようもない状態の。判別出来ない死体。髪の毛と血に染まった衣服が唯一、それが女子だと物語っていた。事務室の窓は血や肉がへばりついて真っ赤に染まっている。「正気沙汰とは思えねぇな・・・」俺は事務室に入って電話を手に取った。だが、繋がらない。「・・・どうなっている」見れば電話線が無い。俺は警察を呼ばなくてはと思い公衆電話を探そうと思い外に出ようとした。だが、それ以前に事務室の扉が開かなかった。内側のノブが壊されていたからだ。「っ・・・」俺はそこでぞくりとした。何かがすぐ後ろに居る気配がしたのだ。それを証明するかのように、「うふふっ」笑い声がした。「駄目だよ? 勝手な事したら・・・ねぇ、岡部先生?」「なんで俺の名前を・・・うちの生徒か」「ううん。関係ないよ? だって・・・関係無いんだもん」その言葉の直後。 ―――ゴッ、グチュッ、 「ぐぅっ・・・・!?」何が起きたのか解らなかった。肋骨が動いたかのような感触。手が右胸から突き抜けていた。その手に、白い物を掴んで。「ふふっ・・・肺は外しておいてあげたけど、出血多量で死ぬかもね。肋骨も一本引き千切ったし」そう言ってその手に握っていた白い骨をことりと床に落とした。「ぐふぁ・・・あがぁあ・・・・・・!!!」手を引っこ抜かれて、穴からごぼごぼと血が溢れる。痛みもどんどんと溢れていく。絶え間なく激しく。今まで感じた事もない痛み。そりゃそうだ。胸を貫かれるなんてされた事が無い。「本当は貴方達は死ななくて良いんだけど、ご主人様から目を逸らさせる必要があるから」「ご主人様・・・?」「そう、ご主人様」そう言って事務室のノブなしドアをどうやってか開けた。姿を何とか目で捉える。猫のような耳、猫のような尻尾。それか幻想かコスプレかのどちらかの類以外の何物でもないシルエットが見えた。その手にはドアノブ。そうか、それがあれば開けられるな。「じゃあね。ゆっくり死んでいく恐怖を味わいなさい・・・うふふっ」「っ・・・待て・・・!!」 バタン。 相手はこちら側のドアノブを取り外してから締めた。出られないようにか。用心な奴め。このまま死んだとすると他の死体に比べれば死んでも随分マシな部類に入るんだろうが、生憎それ以前に死にたくない。「ぐっ・・・くそ・・・・」電話は使えない。傷は深い。絶対絶命だ。だが冷静さを欠く訳にはいかない。教師としてな。とりあえずまずは止血だ。事務室には応急処置出来る程度に包帯等が常備されている。俺は床を這ってそれを死ぬ気で取り出した。消毒は・・・まぁ、染みるだろうけどやらなきゃ仕方ない。そんなわけで消毒液を適当に吹きかけた。その痛みに皮脂がじわりと浮かんだがこれぐらい我慢しよう。「あとは、包帯を巻けば・・・」俺は壁に寄りかかって傷口に別の布を押し当てて包帯をなるべくきつくぐるぐると巻いた。この体では満足に力も出せないが、これでも体育教師だ。包帯ぐらいなら巻ける。「・・・あとは・・・このまま生き長らえれたら・・・大丈夫だな・・・・・・」死ぬか。生きるか。俺はその勝負の淵に立つ自分を応援する事しか出来ない。動いて無駄に血を傷口から出すより動かずに明日を待つ方が良いのは明白だ。だいたい、公衆電話がどこにあるか俺は把握してないんだからな。「ハンドボールを・・・なめるなよぉ・・・・ふんがぁああぁあああ!!」もはや気合しか俺にはない。冷静に叫ぶ。「ふんがぁあああ!! ぶるぁぁぁぁぁああああああああああッッッッ!!」そんな気合の雄叫びに関して近所の住人が不審人物が居る、と警察に電話した故に助かったのは皮肉なものだ。今日は七夕なのに何だかなぁ・・・。まぁ、死にたくないって願い事を叶えてくれた、と考えれば結果オーライ、か。俺は辿り着いた病院の病室の中でそう考えていた。処置を受けて、まぁ、とりあえずは安全だ。傷は結構でかいのでこのまま入院らしい。ちなみに、本当に肺は傷付けられてなかった。「それにしたって・・・何だったんだ・・・あれは・・・」病室のベッドで回想する。ご主人様から目を逸らす為、と言っていた。ご主人様とは何を示す言葉なのか。「目を、逸らす・・・」該当する人間は、誰だ。キョンか? だがキョンに関しては様々なアリバイがある。まぁ、確かにクラス内でキョンに関わらないようにしようという動きがちらほら見えているが・・・。「しかし、キョンと何か関係があるのか・・・?」俺は首を傾げた。その時、 ―――ズルッ。 そんな音が聞こえた。 <SIDE KYON> 翌日。阪中を部屋に呼んでシャミセンの紹介をするのはとてつもなく大変だった。・・・と思ったら案外あっさりだった。そりゃ最初は驚いていたさ。家族には内緒にしてる、なんて言って女の子を見せ付けられたんだからな。しかも裸シャツ。何事かと思うのが当然だよな。でもシャミが阪中に近付いて俺に聞こえないコソコソ声で何か阪中に言ったら「本当にシャミセンなのね!?」と真っ赤な顔をして大声で叫んだ。俺は慌ててその口を塞いだ。何でかって? 決まってるだろ。直後、慌ててシャミがクローゼットに隠れて、上がってきた妹に俺と阪中がダブルで適当な言い訳をして追い返す。つまりは、シャミセンの名前を聞くと妹がマッハ5ぐらいでやってくるというわけさ。「駄目だぞ、阪中・・・。妹は、シャミセンが大好物だったんだから」「ごめんなのね・・・」そんなわけで少女シャミは晴れて彼女公認のペットになったわけである。・・・こうあっさり行くと逆に阪中が俺を軽く見てるんじゃないかと不安になるわけだが・・・。「良い彼女貰いましたね、ご主人様。阪中さんは素晴らしい人ですよ。きっと幸せになります」とシャミが言ったので、まぁ、その心配は大丈夫なんだろう・・・メイビー?
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