SOS団プレゼンツ 第一回 涼宮ハルヒ争奪戦 ―キョンの最終試練―
…なんだ、何が起こった?どうして俺は閉鎖空間にいるんだ?古泉お前のドッキリ企画か頼むから止めてくれ…―古泉!?どこにいる古泉!?隠れても無駄だ出てこい!『―彼ならここに招待しなかった。お前にしか用はないからな』瞬間、空が震えた。今気付いたが、ハルヒが作り出した閉鎖空間よりも暗い。そして、『彼』の声によるものだと気づくまで少々の時間を要した。…どこにいるんだお前は!?古泉は?長門は?朝比奈さんは?どこだ!!『彼らは元の世界で何も変わらず過ごしているよ。お前が居なくなって驚いているかも知れないがな』…何で俺だけこの世界に呼び出した!『お前は知っているのではないか?この世界がどのような世界なのか?』この世界・・・この空間は、ハルヒが無意識下のストレスを発散させるために用意され、そして赤い玉をした超能力者に破壊されるかりそめの空間。ハルヒの不満が大きくなればなるほど拡大し、ついには元の世界と入れ替わってしまう可能性のある、言わば人間の細胞を蝕む癌細胞のようなもの。 俺はかつてこの空間に二度来たことがある。一度は癌細胞を消滅させるエスパーと、そしてもう一回、全て癌細胞に作り替えようとした他称神様と。…癌細胞というのは聞こえが悪いか。神様はノアの箱船に俺だけを乗せ、新天地を求めていたんだ。そして、俺の必死の説得により、神様は洪水を止め、元の世界に返してくれた。『この世界は、自分が望む様に森羅万象を決定づけることができる。涼宮ハルヒの情報改変能力の一端を担っている。4年前、俺はこの能力を手に入れるため、涼宮ハルヒに接近した。だが、涼宮ハルヒは俺に感づいたのか、無意識のレベルで俺と接点が出来ないよう遠ざけていた。去年、この高校に入学するのに併せて俺はこの高校へ入学させた。入学当初は特に変化は見られなかったが、それから約二ヶ月後のある夜、突然情報噴出が止まってしまった。涼宮ハルヒの存在が消失していた。俺は涼宮ハルヒの能力を手に入れることが出来なくなったと思い、絶望した。幸運なことに数時間の時を経てその異常状態は元に戻っていた。俺は安心していた。そのときは。しかし、涼宮ハルヒから噴出される情報は月日が経つにつれて減少していた。またしても同じ目に遭ってしまう可能性があった。だがもう一度チャンスが訪れた。二ヶ月前より、涼宮ハルヒの情報噴出が復活の兆しを見せていた。この機会を逃せば、二度と手に入らないかも知れない。だから俺は涼宮ハルヒに接近した』…こいつは4年も前からハルヒの存在を追いかけていたのか。ハルヒは無意識に気づいていたんだな。こいつがストーカーだと。そして、情報云々の話が出てくるというとは、こいつは長門のパトロンの親類と言ったところだろうか?『この世界の存在を教えてくれたのは、俺が拠所にしているこいつの有機生命体だ。その情報の痕跡が存在していた。有機生命体がもつ情報など、俺にとって些細な物であると考えていた。だが依代となった有機生命体がもっているそれは、涼宮ハルヒに影響を受けたと思われる情報の痕跡を宿していた。その情報より、涼宮ハルヒが進化の可能性を秘める情報を持つだけでなく、情報自身を有為無為に改変させることが分かった。これは俺にとっても有意義な情報であった。これであいつらに復習できると悟ったからだ』…あいつら?誰だ?また新しいキャラクターが登場するのか?今度は異世界人か?いい加減勘弁してくれ。『あいつらは俺の存在に嫉妬し、執拗なまでに追いかけ、俺の存在を、情報を構成する連結要素を崩壊させようとしていた。俺はこの星が存在する恒星集団にある、比較的大きな白色巨星に身を隠し、ひたすら耐えていた。どのくらいの時間が経ったのかは分からない。時間超平面を移動したところであいつらにはそれほど意味のない事だったしな。…俺は、無限とも思われる時間が過ぎたある瞬間、俺は情報爆発による情報噴出を確認した。俺はその目で情報噴流を確認したかったが、あいつらからの邪魔が入り、それが不可能になった。しかしその後、俺を招集するための情報が情報噴出源の極近くから確認された。その情報は、俺に対するあいつらからの追跡を完全に遮断していた。まるで俺のみを導くかのように。俺はその情報を元に、この惑星へと降り立ち、情報噴出源を捜索することにした。こいつの体に身を宿してな』…なんとなく分かった。こいつはやはり長門と同じような存在。ただし敵対していた。恐らく長門の親玉や、それに類推されるやつらに滅ぼされそうになったのだろう。そして地球に逃げて、彼の体に憑依していた。長門の親玉達をやっつけるために、こいつの体に憑依したという訳か。…ハルヒの能力を奪ってな。『この世界ではあいつらも干渉することが出来ない。だから俺の存在を崩壊させる事が出来ない。だが、涼宮ハルヒの能力を完全に得ることは出来ないようだ。涼宮ハルヒからの抵抗が激しい。完全な物にするためには、『鍵』であるお前の力が必要だ』…俺をどうするつもりだ!!『俺はお前を崩壊させる気はない。お前という有機生命体を構成する情報を融合し、俺の一部にする。そうすることで、涼宮ハルヒの能力は完全に解放され、思うように力が行使できる。ただ、有機体は必要がないから排除するがな』 なるほど、つまり、俺は情報だけお前に取り込まれ、死んでしまうと言うことだろ?『融合だ。お前の情報は残る』だから、俺の意志やら決定、つまり、脳みその働きはなくなるんだろ?『その通りだ。だが悲観することはない』嫌だ。悲観だらけだ。俺の情報だけ取り出しても、俺という人間は存在は消えるし、人間の行動が出来なくなるのであれば、それは死と同じ事だ。『…しかたあるまい。ならば無理にでもお前の情報を融合し、涼宮ハルヒの能力を解放させる』そう言って、『彼』は具現化した。―あれは、神人!?『彼』が具現化したと思われる神人は、しかし俺の知っている物とは微妙に異なっていた。まず、色は鮮やかな海碧色ではなく、黒い、虚無の色をしていた。まるで、全てを否定するかのように。『涼宮ハルヒの力を存分に発揮できないため、色々と制約がある。だが、お前を取り込むのには訳はない』そういって、『神人』は右手を俺に向かって差し出してきた。とっさに俺は逃げ出していた。こいつとシェイクハンドをする気はさらさら無い。―あまり動きは早くないため、普通に走っていれば捕まらない。だが、俺には体力という限界値が設定されている。このままだと、俺はいつか奴に取り込まれてしまう。―くそ!長門!古泉!どっちでもいいから早く助けに来てくれ!!「………只今到着した」あくまで淡々と、冷たく喋る声が、今回は心強く聞こえた。―無口少女と、清涼少年のカップルのご登場だ。『貴様ら…どうしてここに!!』「この空間での活動は、僕の専売特許でしてね。勝手に商売を始められて寡占するのはルール違反ですよ」古泉は、俺と下らない世間話をするように『神人』に語りかけていた。だが、いつもと様子が少し違う。元々この空間では古泉は赤い玉になって空を飛んだりしている。しかし今回の古泉は、いつもの体に赤いオーラの様な物を薄く纏っているのみであり、さらに言うと若干ノイジーに霞んでいた。長門は赤く発光はしていないが、ノイズがかかっているのは古泉と同様だ。…長門。一体どうゆうことだ?これは?「…古泉一樹の力と情報統合思念体の力を使って、この空間にアクセスした。涼宮ハルヒの不十分な力で確立しただけならば、古泉一樹の能力だけで容易に進入可能であった。しかし、彼は涼宮ハルヒの能力の他に、自分の能力、そして拠代となった人間の情報を行使してこの空間を具現化している。だから我々も、能力のスカラー合成、最適化を行ってこの空間にアクセスできるようにした。だが完全ではないため、ノイズがかかるなどの瑕疵が見られた。私も、古泉一樹の能力も、通常より著しく低下していると思われる」長門の演説を久しぶりに聞いた気がする。こいつにも、蘊蓄を語りたい事と時間と場所があるのだろう。「…この世界は、『彼』が作り出した閉鎖空間のため、涼宮さんが作り出したそれとは勝手が少々異なるようです。どちらにしろ、この世界を具現化している『彼』を倒さないと、この世界から戻ることは出来ないでしょう」…できるのか?「できなくはない。ただし保証はしかねる。この空間の不安定要素や彼の未確認不確定要素、私と古泉一樹の未知未到達な力場合成が原因にあげられる」どのくらいの確率だ?「悉皆不安定要素を排除し、優位な計算をした場合52%、不利な計算をした場合18%。ただし悉皆不安定要素の誤差が確定できないため、この数字に有効性を見出だすことができない」要は俺たちの頑張り次第ってことか。「そう。そして、この数字を無意味なものにしている一番の理由は、あなた」俺が!?「あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。彼の力を無効化するのも、最大限に引き出すのもあなた次第。この世界並びに元の世界の生殺与奪はあなたにあるといっても過言ではない。あなたが元の世界に帰ろうとする意思が強ければ強いほど、涼宮ハルヒにその想いは伝わる。その結果、不完全に力の融合を果たしている彼との亀裂が生じ、彼は涼宮ハルヒの力を保てなくなる」…なるほど。長門が饒舌なことに驚きを隠せないが、いまはちゃんと話を聞く事に集中していた。「…さて、お話はこの程度にしておきましょう。あまり長く話していると、『彼』は涼宮さんの能力と完全に融合を果たすかも知れません」 古泉の話に、ふと『彼』の姿を見ると、『彼』は『神人』の姿で暴れていた。といっても、八つ当たり気味に何かにあたっているのではない。神人の力を抑え込もうとしているようだ。その証拠だろうか、『彼』が生み出した神人の色が、やや青く、濃い藍色のような色になっていった。「融合を完全なものにはさせません!」古泉は赤いオーラをさらに発揮させ、『神人』に近付いていった。ノイジーな長門の高速詠唱が傍らで聞こえる。「…今の古泉一樹の能力は、私の能力との連携に依って成り立っている。逆も然り。どちらかが倒れてしまえば、どちらの能力も機能しなくなる」…この空間が、それ程イレギュラーと言うことか。古泉は、いつか見たように『神人』の周りを回り、攻撃の様なものを加えていた。だが『神人』のほうも黙ってはない。古泉に向かって攻撃をしていた。ただ、いつぞやみた神人とは違い、あの『神人』は手を伸ばし、さらにその手の平に当たる部分から数十本の触手を伸ばし、古泉に襲いかかっていた。古泉はそんな攻撃も楽々と回避、あるいは撃墜し、本体の方に攻撃をかけていた。そして、右腕の半分以上を切り落としていた。切口からはどす黒い液体が流れ、地面に滴っていった。…これは、特に俺の出番はないようだ。巻き添えを食らわないように離れた方が良いな。古泉は立て続けに攻撃していた。そして、左手首も同様に切り落とし、頭の攻撃に向かっていた。―刹那、古泉は叩かれた。まるで人間が自分の周りを纏りつく虫をおいはらうように。「古泉!」「…大丈夫。生命活動に影響を与える様な怪我はしていない」『神人』は右手で古泉を振り払っていた。先ほど古泉が切り落としたはずの右手で。…長門!どう言うことだ!?右手が復活しているぞ!あいつは再生能力があるのか!?「彼には涼宮ハルヒの能力を再生するような治癒能力は具わっていない。彼は特異的局地的に時間平面を移動させ、自分の情報構成要素を過去のものにし、あたかも右腕を復活させたかのようにした。…迂闊。忘れていた。彼は自身の極近辺の時間平面を局地的に任意変換することができる」なんだそりゃ!いくら切り落としても、『彼』が元の姿に戻すことができるってわけじゃないか!そんなのを相手にどうするんだ!「…彼のコアを破壊する必要がある」その、コアってのはどこだ?「あそこ」長門が指差したのは、『神人』の胸のあたり、人間でいう心臓の辺りである。よく見ると、『彼』の姿をした人間が埋め込まれている様に見える。あれを狙えば、『神人』を倒せるというわけか。「…ただし問題がある。彼自身は基本的に二足歩行性有機生命体、所謂人間である。彼は巻き込まれただけ。構成要素はあなたや古泉一樹と同じ。そのため、コアを攻撃することにより、彼の有機体に損傷を与えることになる。有機生命体への肉体的損傷は、有機生命体の生命活動を脅かすこととなる」 あいつ自身は宇宙人が作ったインターフェイスではなく、普通の人間と言うことか。確かに、普通の人間を倒すのは忍びない。…他に良い方法はないのか?「時間移動をされる前に彼を巨人の中から抜き出し、情報結合を解除すればよい」できるのか?「――わからない…。でも、やる」…長門が久しぶりに自分の意志を見せた気がする。…よし、長門、やっちまえ!「……そう」そう言って、長門は高速詠唱を開始した。古泉の周りに赤いオーラが復活する。赤い玉はまたしても『神人』に向かって攻撃していた。「パターン0FC85-12D、回避、時間移動を確認。続いて12Eに移る」長門の指令に対し、古泉は恐らく長門の指示とおりに動いていた。…もう数えるのすら億劫なパターンの攻撃を繰り返していた。裏から回り込み、コアを取り出す方法、手足をもぎ取り、動けなくする方法、触手を腕や足に絡ませる方法…様々な攻撃を繰り返していたが、こちらの意図に気付いた時点で時間移動を開始し、自身を初期化していた。そして、それは非常にまずい展開になっていた。『神人』は時間移動により体力も元に戻るらしく、攻撃の手は休まることを知らなかった。だが、こちらの二人はあからさまに最初より動きが落ちている。人間の古泉はもちろん、長門ですら動きに陰りが見られ始めていた。この空間では、長門すらプレッシャーをかけられているのか?―ドンッ―
嫌な音が耳に響いた。…古泉が、『神人』の触手に貫かれていた。「古泉ぃぃ!!」
古泉は、力無く落下していった。俺は無我夢中に、あいつの元に走っていった。「……うっ……これ……は……お恥ず………かし…………い…ところ………を…見ら……れ…まし…ゴフッ!………」古泉!喋るな!じっとしていろ!!今手当てしてやる!!!「危ない!逃げて!!」長門の、今まで聞いたことのない悲鳴が聞こえた。後ろを向くと、触手が迫って来ていた!やばい!!―俺は反射的に目を閉じていた。半ば諦めていた――ドンッ―先程、古泉を貫いた時と同じ音がした。…死ぬ時って、痛みを感じないんだな…ん…痛くない?…というか、どこも怪我をしていない?じゃあ、今の音は…―俺の網膜には、触手に貫かれた長門が映っていた―
「長門ぉー!!」俺は長門の元へ駆けていった。触手は貫いていた長門を外し、『神人』の元に帰って行った。「―長門!しっかりしろ!長門!!」「……大丈夫。肉体…の…損傷は…対した事はない……。古泉一樹……程…大きな怪我を負っている……わけではない…でも…私達二人…が…相互に使用する……力の…大半……を…失った……コアを引き出す……のは…不可能…に近いレベル…にまで…減少した…」…もういい!喋るな!おとなしくしろ!「…問題ない…私の残った力で…古泉一樹と…私の…肉体再生…を…行う……ただ…力の大半…を失った…ため……時間が…掛かる……私は…あなたに…賭ける…先…にも…言ったが…あな…た……の…『元の世界に戻る』…という…願望が………涼宮…ハルヒ…の…元に…届けば…この……空間……は…崩壊…せざ……るを……得な…く…なる……彼女………の……力を……依り…代…に……して…いる……以上……彼…の……力……だけ……では……この……空間…は……存在……で…き…な…い……か…ら……」…もう喋るな!!お前らは傷を治せ!『神人』に気付かれぬ様、死んだ振りをしてろ!あとは俺が何とかする!!「……わかっ……た……」そう言って、長門は目を閉じた。…全く息をしていないようにみえる。古泉もだ。死んだのではなく、死んだ様に見せかけている仮死の状態なんだろう。あいつらが死ぬわけがない、そんなわけがないんだ。―さて、俺の番だ。俺は『神人』に向かって、歩き始めた―「長門と古泉を倒してしまうとは、さすがだな。だが、俺が倒せるかな!?」…俺は精一杯の虚勢をはり、悪の大魔王の様な台詞をはいた。……怖いなんてもんじゃない。さっさと逃げ出したい。だが、古泉と長門をほっぽるわけにはいかない。『お前の頼みの綱だった限定空間の破壊者、対有機生命体用端末はあんな状態だ。お前に何ができる?』…できるさ。この空間を脱出した実績はあるもんでね。ここにはハルヒはいないが、あいつに俺の意志を伝える事ならできるだろう。「おいハルヒ!聞いているか!俺だ!頼みがあるんだ!みんなをここから出してくれ!変な奴に付きまとわれているんだ!お前しか頼る奴がいないんだ!頼む!助けてくれ!」 俺は閉鎖空間の空に向かって叫んだ。『…神頼みか。所詮は有機生命体。情報の不確定さが如実に現れているな』何度とでも言え。「ハルヒ、長門や古泉も怪我をしている。お願いだ。この世界を壊してくれ」『無駄だ。お前が鍵であることは知っている。そして、そのような手を使う可能性もな。だからこの世界に外部からの繋りを遮断する遮蔽場を存在させた。お前の神頼みは神に聞こえはしない!』「ハルヒ!頼む、俺たちがこの世界に取り残されてもいいのか!?聞いてくれ!ハルヒ!!」『無駄だ。諦めろ』『神人』から触手が伸びて来た。逃げるのは間に合わない!―バシッ――瞬間、触手が千切れていた。「…間に合いました。大丈夫ですか!?キョン君?」―そこに立っていたのは部室専用のお茶汲みメイド、俺の癒し的存在、朝比奈さんだった―「朝…比奈…さん?なぜここに…!?」「キョン君に言われて来たんです」先ほどまでのスーツ姿ではなく、いつもの制服姿で朝比奈さんはそう答えた。「…俺に?いつ?」「…今のあなたから四日後のキョン君です」『神人』は、触手を切られたことにだろうか、激しく悶絶していた。「…なるほど、またあの時の様に、未来からの介在があったというわけですか」「いえ、違います。キョン君の命令です」「え…?でも、未来からの命令がないと動けないんじゃ?」「そのとおりなんです。キョンくんに言われて、未来からの通信を見たら、『何があってもキョン君の命令に従え』という最優先強制コードが発令されていたんです。驚いてキョン君に相談したら、『今から言う時間―四日前の午後七時、鶴屋邸で行われた争奪戦の特設ステージに時間移動してください』と言われたんです。でも、TPDDの許可がないから無理って言ったんですけど、『大丈夫だから』って言われて。そしたら、本当に移動できたんです。本来は許可を得ないと、使用不可能なのに…。キョン君、どうしてですか?」「俺にも分かりません。そして、どうしてこの空間に入ってきたんですか?そして、その力は何ですか?」「それもわからないんです。キョン君が、『その時間の俺を助けてくれ。願えば力が出るはずです』って言われて。…時間移動して、この空間侵入した瞬間、キョン君が襲われてたの。助けなきゃ、って思ったら、いきなり触手が切れて……ごめんなさい」「いえ、あなたのおかげで助かりました。ありがとうございます」「こちらこそ…。キョン君を助けることができて嬉しいです」とんでもない能力を身に着け、小未来から来た朝比奈さんは、こんな状況にも関わらず、笑顔で返してくれた。『貴様!どうやってこの空間に侵入した!』『彼』が叫んでいた。ご自慢の遮蔽空間を、あっさり三人に突破され、気が立っている様だ。『貴様もあいつらの様に貫いてやる!』『神人』は、朝比奈さん(みちる改)に触手を向けていた。その数、およそ百に近い。だが、朝比奈さん(みちる改)が手を向けた瞬間、激しい音を立てて全てを撃墜していた。まるで長門の高速詠唱を利用しているかの如く。「朝比奈さん、いつのまにこんな能力が…」「私にも分かりませ~ん!」泣きそうな顔で触手を迎撃していた。何故自分にこんなことができるのか、本当に困惑している様だ。「キョン君、元の世界に戻る方法を実行してください!」「朝比奈さん、あなたも知ってるんですか?元の世界に戻る方法を?」「私には、あの巨人を倒すほどの力は無いみたいです!」朝比奈さん(みちる改)は触手を撃墜しながら喋っていた。「だから、キョン君、元の世界に戻れるよう涼宮さんにお願いしてください!」「朝比奈さんもその方法が一番だと思うんですか?でも、先ほどやりましたが反応が無いんです」「それは、キョン君の本心を見せてないからです!本気で願ってください!本来の世界でやり忘れていた事があるんじゃないんですか!!」―やり忘れていた事―…朝比奈さん(みちる改)の言葉で目が覚めた。俺はうわべばかりの願いをハルヒにしてたのか。だからハルヒは願いを叶えてくれなかった。…わかった。本当に帰りたい、その理由をハルヒに伝える!「ハルヒ!!」俺は声を張り上げ、空に向かってハルヒに問い掛けた。「俺はお前に言わなければいけない事があったんだ。だが、俺はそのことに気付くまでにかなり時間が掛かってしまったんだ」『神人』の攻撃は朝比奈さんが抑えている。だが、休まる気配が無い。「この争奪戦中、特に最終試練で、俺は言い様のない焦燥感と苛立ちが襲ってきたんだ。谷口に『俺が涼宮と付き合ってもいいんだな』と言われ、国木田に『涼宮さんには、僕よりお似合いの人がいる』と言われ、焦ったんだ。その時は何で焦ったか分からなかったんだ。どうしようも無いほど馬鹿だな、俺は。そして、古泉に悟られ、ようやくその気持ちに気付いたんだ」『神人』と朝比奈さんは攻防を続けているが、俺はその音が聞こえてなかった。ハルヒに想いを伝えるのに必死だった。「だから、最後の一人には、絶対負けたくなかったんだ。…しかし、負けてしまった。この時ほど、負けて悔しいと思った事は無かったよ。お前を他人に取られるのがこんなに気分が悪かったとは、自分が一番びっくりだ」気のせいかもしれないが、『神人』の攻撃が少し収まった気がする。「ハルヒ、俺は…お前が…」そこで、俺は一端言葉を切ってしまった。「キョン君、躊わないで!想いを伝えて!私何も聞こえてませんから!」朝比奈さん(みちる改)の、聞こえているのに聞こえて無いと言う、フォローになってないフォローが飛んできた。「―お願い…あなたの…意思が…総てを…握っている―」「…僕に…教えてくれた事は…嘘だったんですか…?…お願いします…あなたの…想いを…涼宮さんに…」―みんなのためにも、俺のためにも―『神人』からの攻撃が、一層激しくなる。―ハルヒが、俺たちを元の世界に戻してくれる様に―「ううっ!」朝比奈さん(みちる改)の顔が厳しくなる。―ハルヒに、伝える。俺の想いを―
―そして、俺は言った。「―ハルヒ、この続きは、元の世界に戻ってからだ」『………!!!』三人が、声にならない声を上げていた。「…キョン君…」「………」「…あな…たは…」「…おいおい、勘違いするな。俺は言わないとは言ってない。この世界の中、ハルヒの夢の中で言っても仕方のないことなんだ。俺がハルヒに、面と向かって言わなければいけないんだ。現実世界の、本物のハルヒにな」『………』全員が、沈黙した。『神人』さえも。「だから、俺たちを帰してくれ、ハルヒ。無事帰ってきたらお前に伝えたいんだ。俺の想いを」―刹那とも永遠とも思える時間が流れた。そして、閉鎖空間に亀裂が生じた―『なにっ!この世界が崩壊し始めている!…そうはさせん!』『神人』は、その崩壊を持ち堪えようと、自信の力を使用し、崩壊を修正し始めた。「あなたの思い通りにはさせません!」その時、復活した古泉が空を飛び、『神人』周囲を周り、攻撃していた。右腕、右脚、左肩…ことごとく切断していた。『…!………!!』「…時間移動はさせない。情報結合解除を申請する」『!!うおああああ!!』『神人』は煌めく砂のごとく、崩れ落ちていた。『グァァァァ……ルァァァァ………ュァァ………………』『神人』は、完全に砂となって消滅した。『彼』を残して。―瞬間、空が割れ、光が差し込んだ―――俺が気を失っていたのはそんなに長くはなかったかもしれない。横を見ると、長門、古泉、朝比奈さん(みちる改)も、同時に目を覚ましていた。…やれやれ、助かったようだな。それに二人とも傷は大丈夫のようだな。「ありがとうございます。あなたのおかげで、又もや世界は救われた様です」…そんな大層なことはしてないつもりだったのだがな。そういえば長門、あいつの正体は、お前の親類か?「…違う。あれは発展的異時間偏向改変種型情報集積体。その最後の生き残り」…またわけの分からない名前が出てきやがった。奴の特徴と、お前の親玉との関係を分かり易く教えてくれ。「情報統合思念体と彼らは起源からして異なる。彼らは純粋な情報ではなく、時間軸の波動的振舞いから発生した情報の痕跡。彼らは時間平面を量子的に捉えるだけでなく、連続性のある波動的にも捕らえることができる。また、時間を平面だけでなく、積分してより高次の時間軸を容易に操作できる。それは、情報統合思念体でさえ困難な能力。情報統合思念体はその能力を危険なものとして調査していた。彼らが時間を操ることによって、宇宙の法則・情報を無に帰す可能性があったから。実際、彼らの中にそれを実行しようとするものが現れた。そのため、情報統合思念体は彼らの存在を危険なものと判断し、存在を消去しようと試みた。幾多の攻防の上、情報統合思念体は彼らを残り一体まで追い込んだ。この銀河の白色巨星―この惑星でデネブと呼ばれる恒星の辺りまで追い込んだのは分かっていたが、ずっと消息不明だった」…追い込んだと思ったら、地球にまで逃げてきてたのか。「…そう。彼の情報の痕跡を解析したところ、彼は四年前の7月7日、この惑星に降り立った。あなたが示した、あの模様によって」げっ!俺が四年前のハルヒに命じられて書いたあの幾何学模様によって、本当に宇宙人を呼び込みやがったのか!あいつは!しかも織り姫と彦星を通り越して、百倍くらい遠いデネブに願いをかけるとは!「あの日、あのメッセージに惹かれるまま、彼は周辺の民家に降り立ち、涼宮ハルヒに影響を受けたと思われる一人の少年に乗り移ってた。そして意識下位下までその存在を身を隠し、我々に気付かれない様にすると同時に、涼宮ハルヒの動向を観察していた。高校に入学してから涼宮ハルヒの情報噴出の増減が激しかったため、ついにコンタクトすることを選んだ。折しも人間の彼もまた同じ思いとなっていた」…なるほど、それが彼なのか。その微妙な存在感をキャッチして、ハルヒはストーカーだと思ったわけか。「人間の彼は、僕たち超能力者の候補の一人だったのでしょう。だから、涼宮さんに惹かれるものがあったのかも知れませんね。丁度、あなたの中学の時のご学友が、長門さんに惹かれたように」…なるほどな。こいつもハルヒや宇宙人にひっかき回された、気の毒な奴だったんだ。ところで、朝比奈さんのとんでもないパワーはどこから?「朝比奈みくるから、彼らの情報の一部が集積されていることがわかった。恐らく、先程解除した情報結合の一部情報を朝比奈みくるに移設した模様」「ひぇぇっ…!私そんなことされてたんですか…一体誰が…」朝比奈さん(みちる改)が可愛い悲鳴を上げる。「この情報は比較的共有性・類似性のある、時間平面理論を理解しているものに適用することができる。だが、器が有機生命体である以上、移設しても情報はやがて揮発してしまう。持って一週間。でもこの情報を今の時間の朝比奈みくるに移設する。恐らく、それが既定事項。…許可を」長門は朝比奈さん(みちる改)を指差し、指示を仰いでいた。「…わっ、わわわかわかわかりましたぁ!き、既定事項なら仕方ありましぇぇん!おね、お願いしますぅ」半ば脅されているように了承する朝比奈さん(みちる改)。でも、なんで未来から時間移動の指示がなかったんだ?「彼らは朝比奈みくる達が使う時間平面理論より、高次な理論を使用する。時間移動にジャミングをかけるのは容易い。人間が彼らと同じ理論を使用するためには、有機生命体であることを止めなければいけない」 なるほど、だから普通の未来人はTPDDを利用した時間移動ができず、俺の指示に従え、という命令を出したわけだ。恐らく、朝比奈さん(大)がな。「…あなたの使命は終わったはず。…朝比奈みくるに帰還命令を」そう言って、長門は俺に朝比奈さん(みちる改)の帰宅申請をした。…何で俺が?「朝比奈みくるは、今、あなたの命令に絶対服従をしている。だからそれを解き、未来の時間に帰してやるべき」そうだな。だが、絶対服従か…いい響きだ。別れる前にあんなことやこんなこ……スマン、長門。冗談だ。だからそんな冷たい目で見ないでくれ。「…そう」コホン、では、朝比奈さん、あなたは元の世界に戻ってください。戻り次第命令を解除します。「…わかりました。でも、何時がいいですか?」前回は一分しか無くて大変だったから、今回は五分くらい見ましょう。あなたがあちらの世界から消えた、五分後でお願いします。「…サー、イエッ、サー!」朝比奈さん(みちる改)は、キュートな号令をあげた。もしかして、未来での上官の指示に対する返答は、あんな感じなのかもな。…………。…朝比奈さん(みちる改)は、人気のない、ステージの奥まったところで時間移動を行い、帰っていったようだ。さて、ではこちらの朝比奈さん(みくる)に情報を埋め込むとしましょう。俺がハルヒを寝かせた場所で、ハルヒと朝比奈さんは静かに寝息を立てていた。ハルヒはともかく、朝比奈さんは起きていたはずだが…いや、何となく分かった。朝比奈さん(大)が気絶させたのだろう。…既定事項とは言え、自分に変な能力が付随するってのに、大変だな、未来人は。長門が高速詠唱を唱え、何やら手をあげ、円を描き、それを朝比奈さんに注入するような仕種を見せ、最後に、やっぱりというか、噛み付いていた。―そして一言、「終わった」…それが合図だったかのように眠り姫二人が起き出した。「…あれ!?みんな?え?争奪戦は??」「…私、なんで寝てるんですか?涼宮さんを看病してたのはおぼえているんですが…」俺は二人に説明をした。ハルヒの宣言に逆ギレした彼に、ハルヒと朝比奈さんが気絶させられ、俺と古泉が止めに入り、彼を説得した。改心した彼は泣いて謝り、もう手出しをしないことを約束し、帰って行った。―どうだ?完璧だろう?しかしハルヒはジト目で、「じゃあ鶴屋さんはどこ行ったのよ?」しまったぁぁ!考えてなかった!!俺の内心の焦りに、古泉が助け船を出してくれた。「鶴屋さんは使用人、侍従その他の人と一緒に、避難してもらいました。長門さんは二人の看病をしてもらいました」……おい古泉、そんな出任せ言って大丈夫なのか?(大丈夫です。鶴屋さんは実際にそのとおりしてもらいましたから。あなたがこの世界から消えているうちにね)…なるほど、用意のいい奴だ。「…古泉君が言うなら本当よね。わかったわ。キョン、信用してあげるから感謝しなさい!」…なんで古泉は信頼して、俺は信用されないんだ。忌々しい。―その後、後片付けをして鶴屋さんにお礼を言って、帰ることになった。俺はハルヒと帰る方向が同じで、途中迄暗い道ということもあり、一緒に帰ることになった。『………………』そして二人とも沈黙していた。…かなり気まずい空気である。俺は閉鎖空間で言ったあの台詞と、続きの台詞を思いだしていた。正直、恥ずかしい。その思いが、ハルヒへの会話を遮断していた。「―ねぇ、キョン」ハルヒが突然、声を掛けてきた、あぁ、な、なんだ?「―何でもない」ハルヒはそう答え、また黙ってしまった。―また沈黙。やれやれ、どうするかな。いっそここで、あの続きを喋っちまうか?そう考え、俺は空を見上げた―「おいハルヒ!」「―っ!な、何!」ハルヒは驚いた表情で俺を見ていた。「上を見ろ」「…え?…あ……すごい…綺麗…」空の上には天の川が燦々と輝いていた。照明が少ない道を歩いているのが幸いした。「あれがベガにアルタイル、そしてあっちがデネブだ」「…あんた、以外と詳しいのね」「まあな、この時期、親戚の子供たちに教えてやってるからな」「ふーん…。…ねえキョン、あたしの願い、叶わなかったわね」「願い?」「あの七夕の願いよ」「ああ…そうなるのか」「でも、やっぱりいいわ。あたしはまだ彼氏なんていらないわ。今回みたいに、変な奴に付け回されることになると困るしね」「…大丈夫だ。そうゆう時は俺が助けてやる」「…え…うん…」「…なあハルヒ。第二回争奪戦は何時開催だ?」俺は唐突に話を変えた。「…そうねえ…。やっぱり秋かしらね?スポーツの秋、読書の秋、食欲の秋…何をするにしてもいい時期よ!いろんな試練を考えられるわ!あんたは今度は試験官兼警備員に昇格させてあげるわ!挙動不審なのがいたらあんたの権限で失格にしていいわ!」 「それは面白そうだが、丁重にお断りさせて頂く」「何よ!あんたに否決権なん…」「俺は、参加者として参戦する」「え…?」「参加者として参戦して、必ず優勝する。そして、お前に言うべきことあるんだ」「…何…を……!?」「…それはな………」「…それは………?」「それはな、優勝してからのお楽しみだ!」「…!何よ!またからかったわね!」「ははははっ、スマンスマン」「……………さっき夢の中と同じじゃない………期待して損しちゃった………」「何か言ったか?」「え?何でもないわ。…わかったわ。参加者として参戦しなさい。…それからキョン、あんたにこれあげるわ」ハルヒはそう言って、自分の袋から花束を取り出した。「…これは…向日葵?」「そう、向日葵よ。今日あんた頑張ってくれたから、そのお礼よ」「どうしたんだ?この花?」「あいつにもらった花よ。誕生花ばかり集めたんだって。でも誕生花って、色んな定義あるから一種類だけとは言い難いのよね。…正直、気持ち悪いから捨てたかったんだけど、花に罪はないしね。それに、あたしが花を受けとらなかったら、あんな野郎に育てられるのよ?それか捨てられるか。花が可哀相だわ。だから預かることにしたの」 「なるほどね。でも、何で向日葵だけなんだ?他にも色々あるじゃないか?」「そっ…それは…その…あんたにでも育てられそうなのはこれくらいだからよ!それに今日の記念として家に飾っておけば、第二回争奪戦のやる気も湧いてくるでしょ?」「…そうだな。…8月7日で思い出したよ。お前、もう一度七夕のお願いしてみろ。仙台の七夕祭りを始め、他の地方では今日やるんだ」「そうなの?何で?」「節句を月遅れでやる風習もあるんだよ。それに実は今日、旧暦の7月7日なんだ。七夕は本来旧暦で祝うものだ。もしかしたら今日の方が願いがかなうかもしれんぞ」「……そうなんだ……」ハルヒは暫く沈黙した後、「…そうね。お願いしてみる!」ハルヒは手を合わせ、星に願いごとをしていた。俺も同様に願いごとをした。「…あんたは何を願ってたのよ?」「…同じ内容さ」「…また進学とか就職の願いなの?やっぱりあんたは俗物ね。もっと大きな願いを成就させてこそ、願いは意味があるものなのよ!」 ハルヒ得意の理論に、黙って頷く俺。―悪かったな。お前と同じ内容の願いでな―心の中で、そう叫びつつ。「…あんた、わかってるわね?」願いごとを終えたハルヒが、俺に話しかけて来た。「あんた今回のペナルティもあるし、自分で優勝予告を宣言したのよ。団員としてあたしを盛り上げるためにも、あんた自信のためにも絶対優勝しなさい!そうでないと…」ハルヒは、とびっきりの、そして、俺の一番お気に入りの表情である、あの100Wの笑みで俺に言った。
―許さないわよ!―※エピローグに続く
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