微妙な三角関係
最近、妹の様子が変だ。いつも落ち着きの無い妹だが、最近は特にそわそわしているように感じる。この間も俺のところに来て「もしもサンタクロースがいたら、キョンくんはどんなプレゼントが欲しい?」などという理解に苦しむ質問をしてきた。クリスマスはまだまだずっと先だというのにだ。しかも『男子にプレゼントして喜ばれる云々』といった雑誌を読んでいたし………状況から推測するに、もしかしたら好きな人ができたのではないだろうか。まあそれはいい。妹も子供とはいえ女子なのだから、誰か好きな男子ができたとしても、それは自然なことなのだろう。俺はそんなことにいちいち目くじらを立てるほど心の狭い人間ではないし、むしろ人間的に成長する良い機会だとさえ思っている。しかし、しかしだ。俺に意見を求めてきたことや、読んでいた雑誌から推測すると、別の問題が浮上してくる。つまり、あまり考えたくないことなのだが、相手は俺と同じ男子高校生なのではないかということだ。もちろん分別のある高校生なら、妹からの告白など華麗にスルーしてくれるだろうが、中には谷口のように女に飢えているやつもいるから油断できない。普段の俺なら、こんなことは考えもしないのかもしれないが、この前谷口が「お前の妹、もしかしたら将来、ものすごい美人になるかもしれないなあ。そうなったら俺がもらってやるぜ」などという戯けた事をぬかして、俺をすこぶる不愉快にさせたため、今の俺は少々情緒不安定になっているのだろう。というわけで、おめかしして出かける妹の後をつけてみようと思う。もちろん何も心配ないということはわかっている。過保護だと笑いたければ笑えばいい。むしろこれは妹のためというより、谷口の発言により情緒が不安定になった俺自身の精神衛生上の問題である。って俺はいったい誰に言い訳をしているのだろうか。まあそんなわけで、俺は妹の後をつけるために家を出たのだが、玄関から数メートルも離れないうちに、俺の精神衛生上のもうひとつの問題に遭遇した。「あれ、キョン、あんた何してるの」「な、ハ、ハルヒ、お前こそいったいこんなところで何をしているんだ」「あ、あたしは別に………そう、散歩よ散歩。たまたまあんたの家の近くまで来ちゃったけど」ちなみにハルヒの家は電車で二駅ほど離れている。とても歩いて来れるような距離ではないはずだ。「お前、普段こんな遠くまで散歩に来ているのか」「な、そんなことどうでもいいじゃない。それよりあんたこそ何をしているのよ」なぜ怒られなければならないか理由はわからないが、とにかく俺は妹の後をつけていることと、その理由を説明した。「まあそういうわけなんで、俺に用事があるのならまた今度にしてくれ」「ふーん、それは面白そうね。いいわ、あたしも付き合ってあげるわ」「面白半分でやっているわけじゃないぞ。俺にとっては重大な問題なんだ」「あたしにだって重大な問題だわ。もしかしたらあたしの弟になるかもしれないじゃない」「はあ、なんでお前の弟になるんだ」そう言うと、ハルヒは顔を赤くしながら少し上ずった声で「あ、あんたの弟になるかもしれないって言ったのよ。それより早く後を追うわよ。見失っちゃ元も子もないでしょ」いまさらハルヒに帰れと言っても聞き入れるわけないし、ハルヒの説得に手間取って妹を見失っては本末転倒なので、ハルヒといっしょに妹をつけることにした。妹は駅のほうに向かうと、あたりをキョロキョロと見回してから、駅前のベンチに腰掛けた。誰かを待っているようだ。しばらくすると、水素ガスよりも軽そうな、見慣れた男が、手を振りながら、妹の傍へやって来た。谷口、アイツいくら女にもてないからといって、俺の妹に手を出すとは許せん。さあ、どうやってとっちめてやろうかと考えていると、ハルヒが不動明王のような表情でふたりの方へずんずんと歩いていくではないか。「お、おいハルヒ、いったいどうする気だ」「決まってるじゃない! あのバカをとっちめてやるのよ!」「気持ちはわかるが落ち着け。まず様子を見てから――――――」「あんたねえ、あんなのが弟になってもいいの。あたしは絶対に認めないから」「いや、お前には関係ないだろ」「関係あるわよ! あんたの弟ってことは…………」そこまで言うと、ハルヒは顔を真っ赤にして俯いてしまった。「ど、どうしたんだ。ハルヒ?」「と、とにかく、SOS団員があんなバカを兄弟に持つことは許されないわ。これはあんた個人の問題ではなく、団全体の問題よ!」俺たちが人目もはばからずに言い争いをしていると、谷口は妹と別れて何処かに行ってしまった。まあそうだろう。いくら谷口でもそんな愚行を犯すことは無いと俺は信じていたよ。いや本当だ。「なによアイツ、紛らわしいことしてくれるわね。後でシメてやらなきゃ気がすまないわ」ハルヒは、自分が早とちりしたことを棚に上げて、谷口への不満を口にした。結局、谷口は、結果がどうあれ、ハルヒにシメられる運命らしい。おそらく規定事項というやつなのだろう。不憫には思うが、同情する気になれないのはなぜだろうか。おそらく奴のキャラクターに原因があるように思われる。まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく今は妹のことが俺の一番の優先事項だ。そう思い、妹の後をつけていると、次に妹が出会ったのは国木田だった。ハルヒはふたりが会っているのを見て、口あんぐり状態だ。無理もない。国木田との付き合いが長い俺にも、今の状況が現実とは到底思えない。ハルヒは俺の視線に気付いたのか、コホンと咳払いをひとつして、「いいキョン、もう少しふたりの様子を観察するわよ。早とちりしちゃあ、元も子もないんだからね」珍しく、ハルヒと俺の意見が一致した。いや、誰だってこの状況下では同じ結論に達するだろう。え、なぜ谷口のときはそういう考えに至らなかったかって? それは禁則事項だ。しばらくふたりの様子を眺めていると、谷口のときと同じように、少し会話をしただけで、国木田は何処かに行ってしまった。うんうん、俺にはこの結果は最初からわかっていたがな。しかし、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ不安に思ったのも事実だ。「まあ、あたしの予想通りね。こうなるなるのは最初からわかっていたわ」あれ、なぜか今日はハルヒと思考がシンクロしているような気がするなあ。なぜだろう。情緒不安定なせいだろうか。この後、妹はあっちこっちのデパートを、何かを探しているような感じで、うろつきまわっていた。途中、鶴屋さんと朝比奈さんのペアや、長門にも出会ったが、特に何もなく、少し挨拶を交わしただけだった。しかし、わが妹ながら落ち着きのない奴だなあ。もう少し同級生のミヨキチでも見習って欲しいものだ。そんな妹に、俺とハルヒは一日中振り回され、最後に妹がやって来たところは、光陽園駅前公園だった。俺たちは物陰から妹の様子を伺うことにした。妹は、俺が朝比奈さんに膝枕をしてもらった、例のベンチに座り、誰かを待っているようだった。おいおい、もしかしたらこの状況は非常にやばいのではないだろうか。もし、いま妹の座っているベンチの後ろの草むらから、得体の知れない人物が出てくれば、俺はこの場でパニック状態に陥るかもしれない。妹がそういうことに巻き込まれていることも問題だし、ハルヒがそれを見ているということが、さらに輪をかけて問題だ。チラッとハルヒのほうに視線を向けると、ハルヒは怪訝そうに俺の方を見つめている。「キョン、あんたいったいどうしたの。この公園に来てからなんか変よ」「あ、ああ、いや、なんでもないんだ。それよりハルヒ、もう遅いし、そろそろ帰らなければならないんじゃないのか」「はあ、あんた何言ってんのよ。ここまできたんだから最後まで付き合うわよ」「しかし、夜道の一人歩きは女の子には危険なんじゃないのか」「だ、だったらあんたが送ってくれればいいじゃない」ハルヒはそう言うと、俺から視線をそらして、顔を赤らめながら言った。「あ、あたしは別にひとりでも大丈夫だけど、あんたがどうしても心配だって言うのなら送ってもらってもいいわ」「そ、そうか、じゃあいっしょに帰ろうか」「はあ、なんでそうなるのよ。まずはあんたの妹がここで誰と待ち合わせをしているかを確認してからよ」ハルヒがそう言った後、俺とハルヒの間に気まずい沈黙が流れた。しばらく時間が経った後、ハルヒが俺の方を睨みながら小さな声でつぶやいた。「キョン、もしかしてあんた、あたしに何か隠してるの」「な、なんでそうなるんだ。俺は別に何も隠してないぞ」「うそ、だったらなんであたしを家に返そうとするのよ。この公園にあたしに見られちゃまずいものでもあるわけ」「そんなものあるわけないだろう。ハルヒの考え過ぎだ―――」「待って、誰か来たわ」妹が公園で待っていた相手は、いつも部室で見ているニヤケ面の超能力者だった。「な、こ、古泉」「ちょっと、落ち着きなさい。まだそうだと決まったわけじゃないわ」谷口のときとは違って、ハルヒの落ち着き具合が妙にむかついたが、とにかく様子を伺うことにした。古泉は妹と二言三言話をすると、懐から綺麗に包装されたプレゼントとおぼしきものを妹に手渡した。決定、俺がふたりのほうに向かって歩いていこうとすると、ハルヒが止めに入る。「ちょ、ちょっとあんた何する気」「決まってるだろう。古泉にことの真相を問い正すんだ」「まあ、待ちなさいよ。まず、あたしの話を聞きなさい」そう言うと、ハルヒは谷口のときとは打って変わってとんでもないことを言い出した。「あんたの気持ちはわからないでもないわ。でもよく考えてもなさい。女の子からしたら古泉くんは彼氏には理想的よ。やさしいし、頼りになるし、ハンサムだし、だからこのまま見守ってあげてもいいんじゃない」「な、他人事だと思っていいかげんなことを言うな!」「他人事だなんて思ってないわ。あたしはあんたの妹のことを自分の妹のように思ってるわよ。これはあたしなりによく考えての結論よだいたいあんたは妹のことよりも、まず自分のことを………」なにかいま、ハルヒらしからぬセリフを聞いた気がするが、語尾は声が小さくなってよく聞き取れなかった。それよりもコイツが妙に古泉の方をもつのが気に食わない。俺は胸にモヤモヤしたものを感じ、それをハルヒにぶつけた。「だったらお前が古泉と付き合えばいいじゃないか!」俺がそう言うと、ハルヒは表情を曇らせて俯く。しばらく沈黙が流れた後、ハルヒが声を震わせながらつぶやいた。「あ、あんた本気で言ってるの」「ああ、お前と古泉ならさぞかし美男美女のいいカップルになるだろうよ」俺がそう言い終わるや否や、ハルヒの拳が俺のみぞおちに突き刺さった。ガフッ不意を食らって身をかがめたところにハルヒの平手打ちが飛んでくる。パアン情けないことに、俺はその場に倒れこんでしまった。これはいくらなんでもやりすぎだろう。俺は起き上がりながら、ハルヒを睨みつける。「な、お、お前、いくらなんでもやりす………ハ、ハルヒ?」ハルヒは身体を震わせながら、涙を流していた。一年以上の付き合いになるが、ハルヒが泣いているところなど見るのは初めてだ。「あんたなんか大っ嫌い!!」そう叫んで、ハルヒは俺の前から走り去っていった。俺が呆然とその場に突っ立っていると、背後から声が聞こえてきた。「おやおや、けんかですか。ほどほどにしてくださいね。じゃないと夜中にアルバイトに呼び出される羽目になるので」振り向くと、古泉がいつものポーカーフェイスで立っていた。「古泉! 貴様! 俺の妹に――――」「まあまあ、あなたはどうやら僕を妹さんの恋人と思っているようですが、まったくそんなことはありません。僕が妹さんに渡したのは、妹さんのあなたへのプレゼントですよ。今日はあなたの誕生日でしょ」「な、いったいどういうことだ」「妹さんはあなたへのプレゼントを探していたのです。しかし、お目当てのものが見つからなかったために、あなたのクラスメートや僕に尋ねて回っていた。そういうことです」 古泉の話を聞いて、急に体から力が抜けていくように感じた。いや待て、もうひとつ疑問がある。「お前、なぜ俺、いや俺たちが誤解していることを知っている」古泉は不敵な笑みを浮かべて、さらりと俺の質問に答えた。「ふふふ、あなたや涼宮さんの行動は常に機関が監視してますから、あなたが家を出てから涼宮さんと交わした会話の内容も、機関は全て把握していますよ。だから僕も知りうることができたのです」古泉の回答を聞いて、少し背筋がぞっとした。まさか体内に盗聴器が埋め込まれているんじゃないだろうな。「ご心配なく、公衆の面前であれだけ大きな声で痴話げんかをしていれば嫌でも目立つというものですよ。むしろあなたの妹さんが気付かなかったことが不思議なぐらいです」そう言いながら、古泉は両手を広げて肩をすくめた。「まあそれよりも、涼宮さんには僕のほうから事情を話しておきますので、できれば今夜中に仲直りして欲しいのですが」「そんなことをお前に指図される覚えはない」古泉は、俺の回答を無視したように、俺の肩をはたいて「よろしくお願いしますよ」とだけ言うと、そのまま立ち去っていった。家に帰ると、妹は既に帰宅しており、夕飯の準備ができていた。普段と同じように夕食を食べ、居間でくつろいでいると、妹が笑顔で俺の傍にやってきて、「キョンくん、お誕生日おめでとう~」と言いながら、綺麗にラッピングされた小箱を俺に差し出した。「開けてもいいか」「うん、いいよ」包装をきれいにはがし、箱を開けて中身を確認すると、ブランド物の時計が顔をのぞかせた。「な、お前、これは高かったんじゃないのか」「キョンくんのために一生懸命貯金して買ったんだよ。嬉しい?」そう言いながら顔を近づけてくる妹を見て、不覚にも、少しだけかわいいと思ってしまった。それに正直、俺はここまでのものを期待はしていなかった。だから妹のプレゼントは、少々驚いたが、素直に嬉しかった。「ああ、嬉しいよ。ありがとう」俺がそう言うと、妹は「わーい」と言いながら、シャミセンとじゃれあい始めた。微笑ましいその光景を眺めながら、今日一日会ったことを思い返し、明日ハルヒにどう言って声をかけようかなどと悩んでいると、不意に携帯電話が鳴り出した。こんな遅くにいったい誰だと思いながら、番号を確認すると、ハルヒからだった。「もしもし、ハルヒ?」「キョン、ごめん、もう寝てた?」「いや、まだだが………」いきなりハルヒに謝られたので、少々びっくりした。こころなしかハルヒの声に元気がなく、どこかおどおどしているようだった。「古泉くんに事情は聞いたわ。でね、今日の公園でのことなんだけど………」「ああすまん、俺もあの時は気が動転していて、ちょっと乱暴に言いすぎたと思っているよ」「ううん、そうじゃないの。あの時、あんたに『古泉くんと付き合えばいい』って言われてものすごく悲しかった。それで、前から思ってたことなんだけど、あの時、やっと自分の気持ちに確信が持てたわ。だから……その……」「まて、ハルヒ、すまんが俺はお前が何を言おうとしているのかよくわからん」「あの…ね、あたし…あんたの…キョンのことが…好き…です」「え!?」ハルヒの告白を聞いて、今日の出来事、ハルヒの奇妙な言動や、ハルヒの古泉に対する態度が妙にむかついたことなどが脳裏に浮かんでくる。ああそうか、ハルヒは俺のことが好きだったんだ。そして俺もハルヒのことが………「ハルヒ……、俺もお前のことが好きだ」「キョン……」「ハルヒ、ありがとう、今日はもう遅いから、また明日ゆっくり話そう」「うん、わかったわ。じゃあね」俺が電話を切ると、妹が俺の方をジト目で見つめていた。「な、なんだ」「いまの電話、ハルにゃんから?」「ま、まあそうだが、なんだ……」「ふーん、キョンくん、ハルにゃんと付き合うことにしたんだ。じゃあ、わたしも誰か素敵な彼氏でも見つけようかな」「な、どういう意味だ。なんでそうなる。学校に誰か好きな人でもいるのか」俺が尋ねると、妹は悪戯っぽく微笑んだ。「クラスメートなんて子供ばっかりだから、もっと年上の人と恋愛がしたいなあ」妹の言葉を聞いて、妙な不安が頭をよぎる。だいたいお前も子供じゃないかというツッコミは話がややこしくなりそうなので敢えて言わないでおこう。「古泉さんは……ちょっとわたしじゃ無理かな。すごくモテそうだし、わたしなんか相手にしてくれそうもないなあ」うんうん、あんな胡散臭い奴は駄目だ。裏で何をしているかわからんからな。「国木田さんは……あまりそういうことに興味が無さそうだから、かえって迷惑に思われるかな」うんうん、全くそのとおり、俺もお前と同意見だ、ってまさかこの流れは………「というわけで、谷口さんはどうかなって思うの。面白いし、優しいし、古泉さんには劣るけどハンサムだし、わたし谷口さんの彼女に立候補しようかしら」そう言うと、絶句する俺を残して、妹は居間から出て行った。 ~終わり~
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