ドッグファイト! ~その②~
闘犬の試合当日。ルソーは緊張しながらも、何かふっきれたような清々しい表情で戦っていた。俺はそんなルソーの後姿を見ながら、ふと例の夜の邂逅を思い出していた。あいつが告白すると言っていた愛しの相手がどこの犬かは知らないが、雄々しく悠然としたルソーの戦いぶりを見ていると、不思議とあの言葉の意味が重くリアルに感じられた。 ただ純然たる愛のために戦う。種族は違えど、あいつも男だったってことだ。予想通りというか見た目通りというか、ルソーは破竹の勢いで勝ち進んでいった。ついさっき準決勝の試合が終わったばかりだ。もちろん、準決勝もルソーは勝ち残った。ただ真っ直ぐなあいつの目を見ていると、きっと優勝できるに違いないという自信がわいてくる。何故だろう。 やはり、それだけ俺があいつの力を信じているからってことだろうか。ちとくさいセリフになっちまったな。長門「………次の試合が、最後の試合」キョン「ああ、泣いても笑っても次の決勝で全てがきまる。全力を出し切ってこいよ、ルソー」ルソー「ええ。元よりそのつもりです」みくる「それにしても、涼宮さんはどうしたんでしょう。こんな大事な日に」古泉「大事な用があると言っていましたからね。仕方ないですよ」阪中「ルソー、ついに決勝よ。あなたの1年間の成長、私に見せてね」ルソー「はい、阪中さん」長門「………そろそろ、時間」阪中「さあ、行きましょう。ルソー」最終戦は、俺たちSOS団の面々 (ハルヒを除く) もセコンドとしてルソーに続いた。リングに入り、対角線上にいる決勝戦の相手を見て俺は言葉をなくした。なんだありゃ……。何を食ったらあんなデカい犬が育つんだ? 地球外生物じゃないだろうな。1年後のルソーも大人を乗せて走れるくらいデカいが、相手はそんなルソーと比べてもまだデカいぞ。ウェイト差が異常過ぎるだろ? ありゃ名前はボブ・サップかヘイスタック・カルホーンに違いない。ハルヒ「やっぱり勝ち残ってきたのね、ルソー。それでこそSOS団団長が目をつけた犬だわ」キョン「ハルヒ!? なんでお前がここに?」ハルヒ「何でって、見れば分かるでしょ。うちの愛犬の付き添いよ」キョン「その規格外生命体はお前ん家の犬なのか!? もうお前とは3年の付き合いだがそんな犬を飼ってるなんて知らなかったぞ」ハルヒ「特にPRはしてなかったからね。かわいいでしょ、うちのトリカブトちゃん」キョン「……なんて名前つけやがるんだこの飼い主は。飼い主の性格を如実にあらわしているじゃないか」ハルヒ「キョンのくせに。何を失礼なこと言ってるのよ」審判「セコンドアウト」ハルヒ「ま、お互い本気で実力を出し合っていい試合にしましょうね、ルソー」阪中「ル、ルソー……大丈夫?」ルソー「大丈夫ですよ。ご心配には及びません。必ず、自分は勝って帰ってきますから」古泉「阪中さん。セコンドアウトですよ」阪中「ルソー、信じてるからね!」ルソー「分かってますよ。この勝負、自分のためにも、あなたのためにも絶対に負けられないのですから」阪中「え?」ルソー「なんでもありません。行ってきます」審判「青コーナー、阪中家所属、ルソー・阪中!」審判「赤コーナー、涼宮家所属、トリカブト・定春!」トリカブト定春は強かった。強いなんてもんじゃない。これはほとんどイジメだ。イジメ格好悪いとあの飼い主に進言してやりたいところだが、残念ながらハルヒは対角線上のコーナーの人だ。 序盤でルソーの鋭いローキックがトリカブトの足を何度かとらえたが、ピストルみたいなルソーの拳に対してリボルバーかライフルのようなパンチを矢継ぎ早に放つトリカブトの前にはなす術なし。逆転の一撃とばかりにハイキックを狙ったルソーの懐に、トリカブトが低空のタックルでもぐりこむ。バランスを崩したルソーはそのウェイト差をいかんともしがたく、最悪の形でダウンしてしまった。 トリカブトにマウントをとられたのだ。ハルヒ「トリカブちゃん、そのまま一気に決めるのよ!」キョン「なんだその中途半端な名前の略し方は! おいルソー、抜けろ、なんとかさばけ!」ハルヒ「うっさいわね、他人の家の事情に口出しするんじゃないわよ! そのままじっくり焦らずに対処するのよ!}定春「Hey you.勝ち目はないんだぜ。さっさと負けを認めちまいなYO!」ルソー「そうはいかない……自分は、この一戦に大事なものを賭しているのだ」定春「言うじゃないか、ジャップ。だがな、大事なものを賭けて戦っているのが自分だけだと思うなYO」ルソー「思いあがってはいないさ。キミも大切なものを守るために戦っているんだろう。それは分かっているつもりだ。自分もそうだからな。だから、さっさと負けを認めろなどと言われたくないのさ」 定春「減らず口を。この状況でも空元気がふかせるとは、いい度胸してるじゃないか。だが、これでどうだYO!」ルソー「ぐうぅぅぅ!」阪中「ルソー!」古泉「まずいですね。ルソー氏のガードポイントが下がっていく」阪中「もうやめて! あなたはよくやったわ。これ以上は…!」キョン「待て阪中! タオル投入はなしだぜ。そいつはルソーには、ちと残酷すぎる」阪中「でも!?」キョン「最後まで見とどけてやれ。それが、やつの願いだ」定春「惜しかったな。もう少しでお前のご主人様がタオルを投げて試合終了だったのにYO。あの地味な男が止めたおかげで、お前の苦しみが長引いちまったZE」ルソー「キョンさん……。感謝する」定春「この期に及んでまだそんなことを! いいだろう、てめえは徹底的に完膚なきまで叩き潰してやんYO!」ハルヒ「トリカブト! 馬鹿、今勝負に出たりしたら…!」キョン「チャンスだルソー! お前の力、見せてやれ!!」ルソー「うおおぉぉぉぉ!」定春「し、しまった!」古泉「定春氏の脇が空いた! ルソー氏が足を抜きましたよ!」阪中「ルソーが足をかけて…。あれは、下からの三角締めなのね!?」定春「こ、こんな苦しみ……!」ルソー「早くギブアップしろ! 頚動脈に入っているぞ!」定春「………ギ、ギブ…アップするもんかYO…」ハルヒ「なに言ってるのよ!? 早くギブアップしなさい!」定春「ご主人様……。うぅぅ…ギブ…アップ…」阪中「ルソー!」キョン「大丈夫か、ルソー!」ルソー「……自分は…勝った、のですか?」古泉「そうですよ。あなたは勝ったのです。立派な勝ちっぷりでしたよ」ハルヒ「この馬鹿! 技が決まったらギブかタップしなさいって教えてたでしょ! 何つまんない意地はってるのよ!」定春「クーン」キョン「いいじゃないか。それくらいにしてやれよ。定春もちょっと背伸びしてみたかったのさ」阪中「良かった。ルソーが無事で。よく頑張ったわね」ルソー「阪中さん……」阪中「あなたみたいな家族を持って、私も鼻が高いのね」ルソー「阪中さん、少し、あなたにお話が阪中「今だから言えるけど、私ね、実はルソーが優勝することに願をかけてたのね」ルソー「願?」阪中「そう。私ね、ずっと言いたいことがあったの。ずっと前から。でも勇気がなくて。なかなか言えなかったのね。だからもしあなたが優勝できたら、絶対に今度こそは伝えようって思ってたのね。あなたが優勝してくれて、本当によかった。私もあなたに勇気をもらえたから。胸を張って伝えることができるわ」 ルソー「阪中さん……」阪中「私、これから古泉くんに告白してくるわね」ルソー「……え?」阪中「ありがとう。結果がどうあれ、やっと前へ進めた気がする。あなたのおかげよ、ルソー」ルソー「はあ……どうも……」キョン「ルソー、もう行くのか。阪中に挨拶していかなくていいのか?」ルソー「ええ。会うと、別れが辛くなりそうですから」キョン「あいつ、お前と再会できるのを1年待ってたんだぜ。いなくなると、また寂しがるんじゃないか」ルソー「阪中さんには古泉さんがいますよ。大丈夫です。これでよかったんですよ。自分には高嶺の花だったんです。元々」キョン「闘犬優勝者とは思えない弱気な発言じゃないか。負けた定春が悲しむぜ」ルソー「それにね。自分はもう1年前のルソーじゃないんです。こんな日本の一地域の闘犬大会で優勝したくらいじゃ、満足できないんですよ。もっと自分の力を試してみたい。自分がどこまでやれるのかを知ってみたい」 キョン「ストリートファイターみたいだな。で、どこに行くつもりなんだ」ルソー「未定ですよ。インドに手足を自在に操る怪僧がいると聞いたことがあるんで、手始めにインドへでも行ってみようかと思ってます」キョン「インドか。ワールドワイドだな。スケールの大きいことで」ルソー「そろそろ、時間のようです」キョン「ああ。元気でな。たまには帰ってこいよ」ルソー「何かあったら呼んでください。世界の裏側からだって駆けつけますよ」キョン「じゃあな」ルソー「では」阪中「ルソ─────!」ルソー「さ、阪中さん!?」キョン「悪い、阪中には俺から連絡いれといた。飼い主に黙って行っちまうなんて、不良犬のすることだぜ」阪中「ルソー、私まってるから! 1年でも2年でも、あなたが帰ってくるまで! ずっと待ってるのね!」ルソー「キョンさん……阪中さん………ありがとう………」ルソー「さよならは言いません! 行ってきます!」 ~完~
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