涼宮ハルヒの本当に憂鬱リメイク「たいせつなもの」後編
「やあ、どうも。お久しぶりですね」
「古泉、朝比奈さん、長門も……」
教会から飛び出した先には、ご丁寧に礼服を着込んだかつての仲間がそこに立っていた。
何を思ったのかは知らないが長門は男装だ。
似合ってるからいいけどな。
古泉と長門はさほど変化が見られなかったが、朝比奈さんは高校時代に何度か会った朝比奈さん(大)だった。
「涼宮さん、式には僕らも呼んでいただきたかったですよ?」
昔と比べても遜色無いお得意の表情で「残念です」と、それほど残念そうでもなく肩をすくめる古泉。
「だって、三人とも連絡がつかないんだもの。ちゃんと招待状は出したけど返ってきちゃうし……」
「涼宮さんごめんなさい。あたしも引越して、それっきり連絡がとれなくて……」
謝る朝比奈さん。
この人の言う引越しってのは、自分が本来あるべき時間へ、ってことなのかな。
余裕があればあとで聞いてみよう。
「まあ、なんとか友人から話を聞いて式場までたどり着けましたので問題ありません。招待状はありませんでしたが、事情を話したら快く受付の方が通してくださいましたので、一部始終を拝見させていただきましたよ」
そう言って、俺のほうをチラッと見る古泉。
まさか、お前──
「『俺は、一生涼宮ハルヒを』」
「やめろ!恥ずかしい」
やっぱり古泉は古泉のままだった。
お前は性格を少し改善しろ。
「冗談ですよ」
クスクス笑いやがる。
相変わらずムカつく野郎だ。
「でも、素敵でしたよ。本当に映画みたいで」
にっこりと、実に包容力溢れる笑顔で朝比奈さん。
「八十点」
長門はただ一言。
二十点分は何がいけなかったんだろうか。
「ちょっとキョン。こういう場面で百点出さないででいつ百点出すのよ」
腕に抱えたハルヒが顔を寄せて説教をたれてくる。
「そう言われてもな……」
それはそうと、いい加減疲れたから降りてくれ。
「ったく、だらしないわね」
別に体を鍛えてるわけじゃないからな、勘弁してくれ。
「ちょっといいですか?」
「ん?」
古泉が、いささか真剣味を帯びた表情で割って入ってくる。
「それぞれ理由は違えど、僕らの任務が終わったわけではありません」
結局任務優先ってコトかよ。
しかし、ハルヒ本人を目の前にしてそんなこと言っていいのかとも思ったが、こいつが自ら言うぐらいなんだからきっと平気なんだろう。
俺も遠慮なく会話を合わせる。
「今日もその一環ってわけか」
久しぶりに古泉を睨みつけていると、朝比奈さんが笑顔でやんわりと俺の言葉を否定した。
「キョン君、それは違います」
「え?」
そして長門が口を開く。
読んでいた文庫本から目を離さずに、
「仲間だから」
「長門……」
まさか、長門の口から仲間という言葉が出てくるなんてな。
この三人も、SOS団という枠が無くなった以上、共に行動する理由も無くなったんだよな。
高校を卒業したあとは、きっとそれぞれがそれぞれの考えで行動していたんだろう。
高校で出会う以前のように。
それなのに、ハルヒを祝福するためにこうして集ったんだ。
それぞれの属する組織の思惑を無視し、SOS団の団員としてこの場に集ったんだ。
「古泉……悪い」
「いえ、いいんです。それに、あなたは僕にとってかけがえのない友人ですからね。友人のためならば、いつ、どこへでも馳せ参じますよ」
キザったらしいスマイルで言い放つ。
「お前、よくそんな恥ずかしいことが言えるな」
「ほめ言葉として受け取っておきますよ」
相変わらず食えない奴だぜ。
しかし、懐かしいな。
まさかこうして三人と会えるなんて思ってなかった。
柄じゃないが、グッときちまった。
「ちょっと!団長であるあたしをさしおいて何盛り上がってるのよ。ちゃんとあたしにもわかるように説明しなさい!」
人がせっかく感傷に浸ってるというのに、ハルヒの奴が全てを台無しにしてくれた。
仕方ないといえば仕方ないんだけどな。
困ったような笑顔で古泉。
「お教えしたいのはやまやまなのですがね。それに、あまり時間が無いと思いますよ?」
そう言って古泉が視線で新たな人物の登場を告げる。
親父さんはまだ教会の中で鶴屋さんと対峙しているのであろう。
旦那さんが一人駆けつけてきた。
「ハルヒさん、待ってください。僕も、もう何がどうなってるのか……」
さすがに当事者だけある。
訳がわからないとはいえ花嫁を追って来たのは結構なことだ。
俺としては、あのままの流れで翻弄して煙に巻きたかったんだが、
そうは問屋が卸さないってな。
さっきまでの様子からだと、もうしばらくは行動不能だと予想してたんだがな。
さて、どうしたものか。
ここは俺が男同士ケリをつけるべきかな。
頭の中でそんなことを考えていたんだが、まさか今ここであのフレーズを聞くことになるとは思ってもいなかった。
「ただの人間には興味ありません」
「へ?」
旦那さん、予想外のハルヒの言葉に目が点になってるぞ。
「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい」
「ハルヒさん?一体何を……」
俺も初めて聞いたときは我が耳を疑ったもんだぜ。
「あんた、どれに該当するの?三秒だけ待ってあげるから答えなさい。三……二……一……」
「ちょ、ちょっと待ってください!あなたが何を言っているのかよくわからないけど、僕と一緒になれば、苦労しない生活を約束します!」
旦那さんは必死の形相で訴えるが、あんた、ハルヒのこと何にもわかっちゃいないよ。
「……さっき言ったでしょ。ただの人間には興味無いって」
ハルヒはにべもなく言い捨てる。
「じゃあ、そこの彼は宇宙人か何かだっていうのかい!?」
「む……」
確かにハルヒの理論だとそうなるな。
「残念だけど、このキョンはただの人間よ」
俺はただの人間であることを誇りに思ってるぞ。
自分の尺度でものを語るな、恥ずかしい。
「なら、どうして僕じゃないんだ!?どうして僕じゃいけないんだ!?」
瞳に涙をためて旦那さんが叫ぶ。
これは俺の勘だが、おそらくこの人は今まで挫折というものを経験せずに生きてきたんだろう。
それが、この涼宮ハルヒという超イレギュラーな存在によって今までの完璧な人生初の挫折を今わうことになる。
かわいそうなことだが、初めての挫折としてはかなりハードルが高いと思う。
思いつめて自殺なんてしないでくれよな。
「あんたみたいなつまんない男と一緒になるわけないでしょ、バカ!行くわよ、キョン!」
ハルヒの言葉にその場で崩れ落ちる哀れな道化。
初対面の人に向かって言っちゃ悪いが、結果としてはハルヒに踊らされたピエロでしかないからな。
立場が違えば同情したかもしれないが、今回は勘弁してほしい。
それに、花嫁を奪った男に同情されたくもないだろ。
「さて、あとのことは僕たちにお任せください」
いつも尻拭いさせてすまないな、古泉。
「情報操作は得意」
あまり派手にやらないでくれよ、長門。
相手は一般人なんだからな。
「……」
せめて頷いてくれよ。
「キョン君」
「朝比奈さん」
久しぶりに会うが、大人っぽさと子供っぽさが見事なまでに混じりあい、独特の魅力を放っている。
「涼宮さんを幸せにしないと、死刑ですよ」
そう言ってミクルビームのポーズ。
映画撮影時は恥ずかしがりながらミクルビームって言ってたのにな。
これも人生経験が生み出す心の余裕か。
「みくるちゃん、変わったわね。雰囲気も、胸も」
まじまじと朝比奈さんの顔と、特に胸を凝視しながらハルヒが言う。
昔の朝比奈さんなら慌てふためいて軽いパニックを起こしていただろうが、目の前に佇む朝比奈さんはハルヒのオヤジ臭い言葉にも動揺することはなかった。
「ふふ。あたしももう大人ですからね」
そう言って優しく微笑んでくれた。
きっとこの朝比奈さんは、単純に俺たちと同じだけの時間を過ごしたわけではないのだろう。
もしかしたら、俺たちの倍くらいの時間を過ごしているのかもしれない。
「朝比奈さん、今何歳ですか?」
高校時代にした質問を、今再びしてみる。
朝比奈さんは少しだけ考えるような素振りを見せるが、
「禁則事項です」
ま、予想してたけどさ。
「積もる話もあるでしょうが、そろそろ出発したほうがよろしいかと」
旦那さんを草陰に隠しながら古泉が言う。
何をやっているんだ、お前は。
「そうね、モタモタしてらんないわ。タクシー拾えないかしら」
「その点も抜かりはありませんよ。長門さん」
「あれ」
視線はあくまで文庫本に向けたままで、長門が指差した先には一台のバイク。
「使って」
「使って、って……いいのか?そもそも誰のだよ」
誰のものかわからないバイクに乗っての逃走劇は確かにドラマのようだが、そのあと捕まるなんてのはイヤだぞ。
「そのバイクは差し上げますよ。二人の門出を祝って、僕たちからのささやかなプレゼントです」
なんて用意周到な奴なんだ。
これも機関のバックアップあってのものなのかね。
何か裏があるんじゃないだろうな。
「さすがは古泉君ね。それでこそSOS団副団長だわ!」
そんな俺の考えなど知る由もないハルヒのおほめの言葉。
「ありがとうございます」
恭しくお辞儀をする古泉を見ると、SOS団時代が思い出される。
またこいつらとともに過ごしたい、なんてことも思ってしまう。
無理な注文だってことはわかってる。
それが叶わぬ願いなら、せめて、また五人で集ってくだらない話でもしようぜ。
「そうですね。あの、あたし色々お茶のお勉強したんです。そのときにでも、是非みなさんに飲んでほしいな~、なんて」
「……子供の顔が見たい」
「僕も賛成です。先ほどの話についてはそのとき、次回の集会でということでいかがですか?涼宮さん。……いえ、団長」
俺も含め、全員の視線がハルヒに集る。
「そうね。今日という日のこの時刻、SOS団の再結成を宣言するわ。だから、また絶対に会いましょ!遅刻欠席は罰金なんだからね!」
そこにいたは、心にわずかの陰りも無く自分を信じ、自分の欲求を満たすために俺たちを満足するまで振り回した三年前のハルヒ。
我らがSOS団団長、涼宮ハルヒだった。
やっぱりお前はそうでなくちゃな。
「さて、そろそろ相手方の出席者が異常を察する頃でしょう。お二人は早々に逃げたほうがよろしいかと」
「ああ。いろいろとすまなかったな」
長門からバイクのキーを受け取り、急いでバイクにまたがる。
その後ろでは、ハルヒが俺の腰に手を回して寄り添っていた。
「では、またお会いしましょう」
「二人とも、お幸せに」
「グッドラック」
三人の声に手を振って答え、俺は──俺たちは走り出した。
がむしゃらに走り、気付けば北高の近くまで来ていた。
特にここに向かって走っていたわけじゃないんだけどな。
さすがに長いこと運転して疲れた。
ゆっくりとバイクを走らせながら高校時代を思い返していると、唐突にハルヒが口を開いた。
「いつの間にバイクの免許なんて取ったのよ」
「大学の仲間の影響でな」
ウエディングドレス姿のハルヒを乗せているとさすがに人の視線が集中するが、もう気にしないことに決めた。
「なかなか爽快だろ?」
「悪くはないわね。これがちゃんとしたデートならね」
そうかい。
「ところで……どうだった?」
「? 何がよ」
「美しい姫君をすんでの所で救い出したつもりなんだがな」
俺の言葉で全てを理解したらしいハルヒは声を尖らせる。
「ふんっ!来るのが遅いわよ。団長を待たせたら死刑だって、高校時代にあれほど言ったでしょ」
死刑ね。
少しばかり意地悪な質問をしてやろう。
「俺を死刑にして、そのあとお前はどうするんだ?」
「そ、それは……」
途端に口ごもる。
かわいいぞ、ハルヒ。
「そ、そんなの当たり前でしょ!今さら気付いたの!?」
照れ隠しのつもりか、つっけんどんな態度のハルヒ。
そんなところもかわいく思えてしまうな。
それはそうと、確かに俺は気付くのに時間がかかりすぎちまったよ。
「お前が好きだっていう自分の気持ちにもな」
「……バカ」
なんとでも言ってくれ。
これからお前の「バカ」だの「アホ」だの、数え切れないくらい聞くことになるんだからな。
「あ~あ。これであたしも勘当の身ね」
「後悔してるのか?」
俺も旦那さんに引け目を感じていないわけじゃない。
人間としてはわからないが、社会的ステータスでは明らかに向こうに軍配が上がるからな。
それを考えると、俺はハルヒにとてつもなく悪いことをしてしまったんじゃないかと思えるんだ。
「冗談。あんなつまらない男と一緒に残りの人生過ごすくらいなら死んだほうがマシよ」
そう言ってくれるのはありがたいがな。
「でも、本当によかったのか?あの人と一緒になれば将来も安泰だろうし、きっといい暮らしもできるぜ」
「……あんたね、人をさらっておいてそんなこと言うわけ?」
ジトッとした声色でハルヒが言う。
「……それもそうだな」
もう済んだことだ。
それも旧友を巻き込んでのドタバタ劇を繰り広げたんだ。
後戻りなんてできっこない。
「しかし、俺なりに憎い演出をしたつもりだったんだがな。お気に召しませんでしたか、お姫様」
「やめなさい、大根役者」
「へいへい……」
やっぱり俺には向いてないのかね。
「やっぱりキョンはいつまでたってもキョンね。やることが二流止まりよ。全然変わってないわ。みくるちゃんと大違い」
そいつは手厳しいな。
せめてこれからお前に認められるような男になるよう努力するさ。
「……そんな必要ないわよ」
お前が変われって言ったんだろうが。
「人の話はちゃんと聞きなさいよね。変われなんて言ってないわよ。あんたが変わって何でもできるスーパーマンになっちゃったらあたしはどうなるのよ?あんたに養われるの?そんなの癪に障るわ」
「それ、結構ひどいこと言ってないか……?」
まあ、おとなしく家庭に入るタマじゃないよな、こいつは。
「キョンは……そのままのキョンでいてくれればいいのよ」
「……そうかよ」
もっと素直になってくれてもバチは当たらないと思うぜ、ハルヒよ。
「それは今後のあんた次第ね」
「かわいくねえなぁ……」
「うるさいわね。それはそうと、今後の予定を聞かせなさいよ」
「予定……?」
「だから、今後のあたしたちの生活についてよ。暮らす場所も」
その声には少しばかりイラつきが感じられる。
多分、次に俺が言う言葉でこいつの機嫌はさらに損ねられることだろう。
「何も決めてない」
「はあ?冗談でしょ?」
ほらな。
悪いが冗談じゃないんだよ。
「今だから言うが、まさかこうもうまくいくとは思ってなかったしな」
実際うまくいきすぎだと思う。
たくさんの仲間が力を貸してくれたというのもあるが、それを考慮しても余裕で合格点をつけてもいいぐらいの出来だ。
「そんな半端な計画しか立ててなかったわけ?やるからには目撃者全員殺してでも目的達成させるくらいの意気込みで来なさいよ」
さすがにそれはやり過ぎだと思うがな。
「そう言うなよ。俺だって覚悟決めて退学願い出してきたんだぜ。そこらへんを汲んでくれないか」
「じゃあ、何?あんた、今絶賛無職中なわけ?」
「そうなるな」
「信じられない!」
「気持ちもわかるが、まあ落ち着け」
谷口の奴、高校時代の奴らにかたっぱしから連絡つけたみたいでな、カンパを集めてくれたんだ。
結構な額になったんだぜ。
もう谷口に足向けて寝れないな。
「当分は食うに困ることもないはずだ、二人で暮らす分には。その間にでも仕事を見つければいいさ」
人生なんて意外とどうにでもなるもんさ。
あんまりいい暮らしはさせてやれないかもしれないが我慢してくれよな。
瞬間、俺の腰に回されている腕にギュッと力が込められたのを感じた。
「ねえ、キョン。言いにくいんだけど、さ……」
「子供の名前は何にする?良識の範囲内で頼むぞ。ぶっとんだ名前は子供がかわいそうだからな」
お前に任せると大変なことになりそうだ。
命名に関しては俺も口を挟ませてもらう。
「……堕ろせって言わないの?」
驚きの色を含んだ声でハルヒが言う。
お前の考えてることなんてお見通しだ。
自慢じゃないが、三年の空白があったとしてもお前という人間については誰よりも理解しているつもりだぜ。
「お前の子に違いはないだろ。くだらないこと言うんじゃねえよ」
しおらしいのはキャラじゃないだろ。
「お前はな、もっと堂々としてればいいんだよ。団長がそんなんじゃ、団員だって困惑しちまうよ」
ハルヒを支えるのがSOS団時代の俺のポジションだった。
三年間平団員だったが、それなりに誇りを持ってやってたつもりなんだ。
このポジションはそう簡単に人に譲れるもんじゃないぜ。
どれだけ金を積まれたとしてもノーサンキューだ。
「……ありがとう」
くぐもった声で呟いたあと、小さく泣き声が聞こえた、
ま、これは聞こえなかったことにしておいてやるか。
ややあって、
「キョン」
「この子が産まれたら、毎日エッチするわよ」
「はぁっ!?」
いきなり何を言い出すんだ、お前は。
「たくさん子供作るの。団長命令だからね」
「子供作るって、お前。その、なんだ。色々あるだろ?将来設計とか、そういうのが」
「年に一人の計算で、とりあえず十年くらいかしらね。あ、双子、三つ子の可能性も考えると……うん、夢が広がるわね」
聞いちゃいねえ。
「ねえねえ、キョン」
「今度はなんだよ」
子供だけで野球チーム作りたいってか?
それともサッカークラブか?
もう何言われても驚かないからな。
「大好きよ……キョン」
後日談へ
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