Sing in Silence 1「姿無きテロリスト」
そして翌日。集合は藩急埋田ビッグマン前だったが、昨日の帰り際長門に「集合場所まで一緒に行こう」とぎこちない上目使いで言われたので、ひとまず早朝長門の家に向かい、マンション前で長門を拾ったわけだが・・・これがまた可愛い。俺が知りうる限り、こいつの私服なんてのは合宿でみた限りご無沙汰で、休日の外行動だというのに毎日学校のセーラー服を着ていたわけだが、今日は違った。いや、全然違った。「変?」暗めの色のスニーカーと黒のフルレングスパンツ、ダークグリーンのジップアップジャケットでボーイッシュにキメた長門。オサレなワンポイント的なペンダントまでさげている。クラッときたぜ長門。「・・・そ、そう?・・・前も見・・・って、私が持っている記憶とあなたが持っている記憶とでは違うんだよね」「そうだ・・・俺は初見だ。いや、SOS団内ではハルヒ以外の全員が初見な筈だ」何故かハルヒだけ、融合時の記憶はおろか以前の長門に関する記憶も完全に別なソレに置き換わっている。まぁハルヒらしいと言えばハルヒらしいし、俺たちにとってはかなり有難かったがね。ともかく可愛いな。「ふふっ。嬉しいな」ああ、俺も嬉しいぜ。いろんな意味で。「・・・・・・ありがと」逆に俺と言えば、極々普通の格好だ。可もなく不可もない・・・だが、こんな可愛く着飾った妖精さんと一緒に歩くって判ってれば、もっときりっとした服装をだな・・・「ううん、普通が一番」そうかい。ありがとうな。「じゃ、行こうかキョン」
「おっそい!!どこほっつき歩いてたの!キョン、罰としてラーメンは奢りよ!!!」判りきったことを言うでない。そもそも長門にはお咎めなしか。「有希はあんたに連れまわされたんでしょ!だからあんたが払うべき!」「・・・わかったよ」俺は所謂電車の遅れというものに巻き込まれて、一時間以上長門と電車内で過ごした。休日の朝とはいえ、車内は都心へ遊びに行く家族の一個中隊や若者の一個大隊などでごった返し、それらの熱気と圧力に苛まれながらも長門とは暫く体密着状態でウハウハな時間を過ごしたわけだが、まぁ密着料と考えればそう高いもんじゃあない。「ふん、素直じゃない。殊勝な心がけね。その弛緩した顔をどうにかすれば団長としてもういう事は無いわ」長門と小一時間密着状態だったから顔も財布の紐も緩んでるなんて、口が裂けても言えんな。「さぁ、まずは午前中の行動班を決めます!」わざわざこの人ごみの中でやるこたないだろ。「うだうだしてると逃げちゃうのよ!」宇宙人や未来人や超能力者は逃げやせんぞ。むしろコバンザメよろしくお前の背後に常に引っ付いているんだが。ま、気がついてもらっても困るけどね。かくしていつもと同じようにハルヒが取り出したつまようじクジを引いた俺たちだったが、案の定俺と長門のペア、そしてその他大勢のペアが出来上がった。「よし、じゃあまた昼な」「わかったわよ。ちゃんと奢りなさいよね」そう吐き捨てるように言いハルヒと朝比奈さん、そして古泉は去っていった。こころなしかハルヒが不機嫌そうに見えたのは気のせいだろう。さて。「何処行く?」「・・・ひとまず、茶屋町の方へ」
茶屋町。埋田地区の北東に位置するこの地区は所謂”藩急村”の一角を成し、三番街を中心として藩急系の店舗が多い。俺が居るこの”古書のまち”とかいうのもその一つである。しっかし、本だらけだな。漫画とかは殆ど於いていない。古書、学術書、辞書・・・ああ、本当鈍器になりそうなものばっかりだな。本じゃなくて板と呼んだ方がいいような巨大な本(地図)まである。本一つ一つがある種の「オーラ」を放っているように感じられるので、それがまた本好きに間魅力的であるのかもしれない。が、俺にとってオーラは単なる「気味悪い圧力」でしかない。重圧に押しつぶされる、とはこの事だな。正直息が詰まりそうだ。「で、長門何を探しているんだ?」この本の・・・密林で何を探そうというのだ。「・・・・・・ジェーン海軍年鑑のバックナンバー。それと・・・まぁいろいろ」そうかい。どこにあるんだろうな。俺にはてんで見当もつかないが。それはそうと。「俺が読めそうなものって何かあるか?」生憎俺は洋書を読むような技能を修得していないし、古ぼけた本をあさって読むような趣味もない。近場の古本屋で十分事足りてる人間だからな。俺が長門にぶつくさ文句を言ってみると、長門は古ぼけた本棚の一角を指し「辞書」ポツリとつぶやいた。「辞書・・・ねぇ」鈍器だな。全部。俺には人を叩く道具にしか見えないや。・・・おっ。何々・・・辞書以外のもあるな。”下戸は電気ブランの夢を見るか?”・・・?・・・グー・・・というわけで俺は器用にも本棚にもたれ掛かって寝てしまった。
「キョン」・・・誰だ。俺はもうちょっと寝たいんだよ。「キョン」誰かは知らんが、本名で呼んでくれ。・・・ってここは何処だ。俺はいつの間にか、赤茶げた大地の上に立っていた。―――俺は知っているぞ。ここはいつも見る夢の中だ。しかしながら、いつも聞こえているはずのあの物悲しげな歌は聞こえない。代わりに―――「――キョ―――きけ――」ノイズで覆われた声がする。声がしたほうを向く。一人の女の子が居た。・・・ハルヒ・・・か?ハルヒだ。何故か体全体にノイズのようなものが乗っている。劣化したビデオテープを再生した感じに似てるな。ついでに声も飛び飛びで、掠れ切れかけたテープか、針が逝かれたレコードのような声をそのノイズで歪んだ口から奏でている。しかし何でまたこんな良くわからん状態でハルヒが出てきたんだ。そもそもここは何処なんだ?「キョン―――危ない―――早く」ノイズが乗ったハルヒは必死な表情で俺に訴えかけてくる。何が危ないんだ、と訊こうとしたが何故か声が出ない。夢の中だからか?「早く―――気がついて――」夢はそこで唐突に途切れ―――
はっと目覚め、ついで我に返った。赤茶げた大地も無い。ノイズの乗ったハルヒも居ない、ただ古ぼけた本が詰め込まれた本棚が目の前にある。だがしかし、心臓が何故かバクバク云っている。変な汗も出てきた。頭もひどく痛い。・・・何なんだ。これは。「―――キョン?」「うわっ!!」いつの間にか心配そうな色を浮かべた長門が隣に居た。「どうしたの?」「いや、ちょっとな・・・・・本の圧力で押しつぶされそうになっただけだ」変な夢を見た、なんていったらややこしい事になるからあえて嘘をついたが・・・もしかしたら変な夢をみちまったのはこいつらの所為か?・・・そうなのかもしれないな。本当に。確かに本から何がしかのオーラは出ているようだし。鈍感な俺でも感じられる。「・・・本は」長門は徐に本棚から一冊のハードカバーブックを取り出し「直接手に触れてその中身を読み取るために存在するもの。本についたシミ、落書き、手垢、汚れ・・・それらが積み重なり、次第に自らの身体の延長線上のようなものと化していく。 だからその本の中に所有者の思念が宿ってしまいやすい。だからそれに中てられたのかもね。だけど安心して。その思念っていうのは悪いものではないと思う」「何故だ?」「本は普通、心を落ち着けてリラックスして読むものでしょ?だから心が荒んだ人は読めない。
呼んだとしても、本の中身にきちんと思いを馳せる事はできない。だから”悪”の本なんて存在しない。ま、本に愛着があった前の所有者の残留思念が強すぎて、結果霊障まがいの事を引き起こしちゃったりする例もあるようだけどね」 長門は手に取った本をパラパラと捲る。「あと、本自体にも何がしかのオーラが存在する。何故かは判らない。多分書き手の思い入れによるものだとは思うけれど・・・。とにかく、私はその本から発せられる良くわからないオーラ・・・いや、暖かさが好き。・・・・・・あ、これ買おう」おっと、それは俺がさっき見つけた「下戸は電気ブランの夢を見るか?」じゃないか。「・・・表題はただのパロディなのに、内容はなかなか面白い」「そうか。じゃあ俺も何か・・・・・」って何も無いな。買うべきものが。「じゃあさ・・・」長門は「下戸は(ry」を俺に差し出し「買って?」とぎこちない上目遣いで見上げてきた。・・・やれやれ。300円だし別にいいか。
本を買ってやった後、長門は自費で俺が買ってやった本以外にも何冊か文庫本やハードカバーを購入した。見た感じ5キロちょっと。ともかく結構な大荷物だったので俺が持ってやることにした。長門はやんわりと拒否したが女の子に大荷物を持たせて俺が手ぶらで居るなんて、 はたから見たら多少の誤解を生んでしまう可能性もあるしな。長門もわかってくれたようで俺に荷物を持たせたまま自由気ままに歩き出した。おい、ゆっくり歩いてくれよ。俺と長門はその後二時間かけて三番街を中心として埋田地下街を闊歩し続ける。長門の服を見繕ってやったり、串かつ屋を横目に見つつ地下にある中古CDショップに行ったり・・・ああ、あとヨドヤバシカメラで某ゲーム機のソフトと長門の携帯(どうやらワンセグが見れるやつが欲しいらしい)を見繕ったな。・・・ってそういえば、長門携帯持ってたんだな。「・・・一応。ってあなたの携帯にもアドレスは入っているはず」本当だ。どうやら皆さんの記憶だけじゃなく携帯のメモリの中身まで書き換えられているらしいな。「私の番号が入っているのが不満?」ぶーと口を膨らませて起こる長門。「いやいや、そういうわけじゃないんだ」「そういうことにしといてあげる」ふん、と言って先に駆けていってしまった。「待ってくれ!」「あら?有希を怒らせるなんて良い度胸じゃないの」俺の背後から女の声。忌々しきじゃじゃ馬娘の声が。
「・・・ハルヒ。これはだな」いやいや、なんでこいつが駅の北側に居るんだ。「南側で回るところは回ったから、駅の北に来たに決まってるじゃないの。それより有希、どうしたの?」「キョンがいじわるした」長門がさっとハルヒの後ろに隠れながら呟く。「・・・いや、その・・・なんだ」・・・と言いつつ、ハルヒの顔と雰囲気をまじまじと観察する。どちらも先ほど俺の夢に出てきた際のそれではないな。ごく普通だ。ということは、あれは単に俺が勝手に妄想したことによって発生してしまった奇怪な夢、ということなんだろう。・・・いや、それかもっと未来のハルヒから送られて・・・「良い度胸じゃない。有希を苛めた上にこの団長様を睨み付けるとは」「睨んだつもりは無いんだ。その・・・」「言い訳なんか聞きたくないわ!!罰として全員にギョーザ奢りよ!!」「おいおいそりゃ無いぜ」「さ!いくわよぉ!!美味しいラーメン屋に!!」俺の発言はいつもの様に無かったことにされた。俺の諭吉さんさようなら。
ハルヒグループと合流して、ちょっと早いがラーメン屋”揚子江”を目指す。昼前に行ったほうが込んでないだろうしね。ということで、地下街を比較的大人数で闊歩し始めたわけだが・・・埋田の地下街ってのはさながら地下迷宮だな。入り組んだ地下道、複雑に絡み合った各種地下街に、地上のビルの地下入り口がこちゃまぜになって、何がなんだかわからん。それに、地図を見ても一帯どこに居るのかすら良くわからん。三番街周辺を歩いていたと思ったら、いつの間にか駅の南側に来ていたわけだし。自分が今どこに居て、どっちの方角に向かって歩いているのかすら全然判らなかった。こっちにいて本来驚くべきは、俺たちじゃなくて南を探索していたハルヒグループの方だったんだな。そんなことを考えながらさほど広くない”路地”といった印象の地下街を抜け、今度は大き目の地下街に出る。出たとたん、ちょんちょん、と長門が俺の服を引っ張る。「どうした?」長門は小声で、なにやら深刻そうな表情で「20mほど先に、何か良くわからないものがある。・・・あの、機械室の中」長門がそっと指差した先には、金属製の扉があった。何の変哲も無い、地下街ならどこにでもありそうなごくごく普通の機械室への扉。「なんだよ良く判らないものって」「・・・ある種の爆発物と一部酷似している。それ以外は実際に見てみないことには何も判らない・・・とにかく」わかったよ。「ハルヒ、長門が言うにはそっちじゃなくて、ここの出口から出た方が近いそうだ」あらそう?とハルヒは前進を中止して俺たちの方に振り返り「じゃ、そっちから・・・」と言葉を紡ぎかけた。その時だった。
ズン!という耳障りなほどに低い音が一瞬響いたかと思ったら、甲高い金属音が響いたのと同時に、何かの細かい粒をともなった突風が俺たちの間をすり抜けた。やはり爆弾だったようだ。煙が待っている所為で爆心地の状況は良く見えないが、なにやら金属製の扉がひん曲がって吹っ飛んでいるのが確認できた。・・・もしこのまま進んでいたら、俺たちのうち誰かはあの金属扉の直撃を受けたわけだ―――けが人が居るのかすら煙の所為でわからん。周囲に居た大勢の人たちは、蜘蛛の子を散らすという言葉を体現するような勢いで爆心地から逃げ、地上への階段に殺到する。火災報知器がけたたましく鳴り響き始める。火災も併発しているようだ。「おい!ハルヒどうするんだ」「地上に出るわよ!!煙の所為で中毒になっちゃうかもしれないしね!」同感だ。まだ死にたくは無いさ。外へ出よう。しかしまぁなんつー事だ。目の前で爆弾テロまがいのことが起きるとはね。あの天6ガス爆発よりかははるかにマシな規模だが、それでも何人かは怪我しただろう。そそくさと地上に出、ひとまず藩急埋田近くのファーストフード店まで後退した。
「しっかしまぁガス爆発とは恐れ入ったわ。死人が出てなければいいけれど」ちゅうちゅうとシェイクをすすりながらハルヒは呟いた。「同感です。ま、あの規模なら出てないとは思いますが・・・しかし、我々があと10mも先にいたら確実に巻き込まれていたでしょうね」「確かにな」ガス爆発じゃなくて爆弾テロだった可能性がある、とハルヒに言ってやったらどんな顔するかな。と考えていたら、どうやら長門は俺の心の中を読み取ったようで、キッと睨みつけてきた。判ってるよ。言うわけ無いじゃないか。ともかく、なんで爆弾テロなんか。世も末だな。「ちょっとトイレ行ってくるわ!」ハルヒが席を立つ。ハルヒがトイレの方に消えるのを確認し、俺たちはいつものような小田原評定的な談義を開始する。「長門さん、どう考えますか?」と古泉。振られた方の長門は「ふぅむ・・・」と暫く唸ったあと「・・・古泉君は?」と逆に尋ね返した。「そうですね・・・本当に爆弾テロだったとしたら由々しき問題です。なんせ僕の仲間が常時はりついて、周囲の危険に目を光らせていたわけですから」「んだよ、つけてやがったのか?」「ええ。申し訳無く思っておりますが、これもあなた方の為です」・・・まぁ良いだろう。今に始まったことじゃないしな。「ひとまず機関のほうにも連絡を入れましたが、向こうもてんてこ舞いのようでして」無意味スマイルを浮かべつつ、ジュースを口に含む。「忙しいのか?」「そのようです。どうやら敵対する組織の活動が活発になってきたようで。もしかするとこの一件も彼らの手によるものなのかもしれません」「その敵の組織とやらは、この間俺が対峙した奴らの関連団体か何かなのか?」古泉は整った顔を静かに横に振り「いいえ。まったく別種の団体です。これは一応あなた方にも――」何かを言いかけたが、のどが渇いたのかジュースを口の中に含んで一息・・・置こうとした。そのとき。
バン!という何かが破裂した音が窓ぶち破ったかと思ったら、とんでもない振動と衝撃が店内を見舞う。また爆発か!?ガシャガシャと音を立てて、ガラスが頭上に降り注ぐ。「朝比奈さん、机の下に!!」ってもう隠れて震えておられたか。ガラスのシャワーがひと段落し、俺はガラスを払い皆を見回す。古泉は隠れる暇も無くガラスの洗礼を受けていた。が、大して怪我もしていないようだ。「長門、大丈夫か?」「大丈夫!それより外!」長門に謂われるがまま外を見てみる・・・と、・・・ああ、滅茶苦茶だ。比較的遠距離で爆発したおかげでこっちは窓ガラスが割れる程度で済んだが・・・「爆発物を特定!ニトログリコールを検知したので恐らくセムテックスと思われる!!」降りかかったガラス片を払いながら、長門が絶叫に近い音量で俺に告げた。「朝比奈さん、絶対に外を見ないで下さい」これは女の子に絶対見せれるようなもんじゃない。「ど、どうしたのよ!みんな、大丈夫!?」便所から驚いた顔をしたハルヒが帰ってきた。「ああ、大丈夫だ。それより絶対外を―――」「・・・な・・・なに、これ」遅かったか。ハルヒが見つめるもの。ちょっとした広場・・・に散らばる、人間。本当に”散らばっている”という表現しかできない。付近の建物のガラス窓は粉々に砕け散り、地上にその残骸を横たえる。何処かのライブラリで見た、三菱重工本社ビル爆破事件の再現だな。・・・いや、これはそれ以上の規模だ。
「・・・ハルヒ」俺は一点を凝視したまま動かないハルヒの目を覆ってやる。これ以上見ちゃ駄目だ。悪夢に苛まれることになるぞ。「・・・・・キョン、手をどけて」「駄目だ。これは免疫の無い人間に見せれるようなもんじゃない」「あんたは免疫あるっていうの?」「あるか無いかと訊かれたら・・・無いな」「・・・・・・あたしは大丈夫」そうか。ぶっ倒れても知らんぞ。そして俺はハルヒの視界を解放する。・・・俺は、眼前の光景を以って自身の行動が間違いだったと気がついた。ハルヒはまるで糸の切れたマリオネットが落下するように、物理法則にしたがって床へと崩れ落ちていった。
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