そらをとぶこいずみくん
(※結論から言うと冒頭部分紛失して出だし切れてます。持ってる方足してくださるとこいずみくんが喜びます) そらをとぶこいずみくん
前略。そんなわけで入学早々意味不明な部活に入ることになってしまった俺である。
「さぁ! ここが今日から部室だから! よろしくぅ!」「ちょっと待って」 二つ続いた声は共に女性のものだ。前者は前回の美人、名前を涼宮ハルヒというらしい。 後者は部室と呼ばれ連れて来れられた場所にいた謎の眼鏡っ娘。「なによ?」 涼宮が尋ねる。「あいつは何者」 俺の傍らでキラキラした笑みを浮かべている歩く犯罪者、こいずみくんを指して少女は言った。「何って、そらをとぶこいずみくんよ。そして、これからアタシが作る部活にここにいる全員が入るってわけ!」 わけ、じゃねぇよたわけが。つうかこいつもこいつで容姿以外はどっか飛んでるな。「断固断る」 眼鏡娘が言った。「どうしてよ?」 涼宮は落ちている一万円札を見逃す人間を見るような目で眼鏡を見た。「わたしはまだ前科を持ちたくない。それ以前にあのようなモノと空間を共にしたくない」 何やら妙な言い回しをする女である。まぁ気持ちは激しく同意するがな。俺だってできることなら今すぐここから立ち去りたい。「すぐに慣れるって! 大丈夫よ。アタシはもう慣れたしね」 お前が慣れようと彼女には無関係だろ。「下手するとはっ倒してしまうかもしれない」 ぎょっとする発言にもこいずみは動じない。真性変態である。うむ。「楽しい部活になりそうですね」 とか言ってやがるしな。マジ消えてくれ。つうか空に帰れ。「こいずみくんはちょっとやそっとじゃ倒れないから、まぁ大丈夫でしょ」 こいつの口癖は「大丈夫」なのだろうか。つか、さっきから眼鏡女が露骨な殺意を裸身男に向けているんだが。当の本人気付いてないし。
「えーっと、あと一人部員が必要のようね」 もらったばかりの生徒手帳を読みながら、涼宮が言った。「勧誘に行きましょ!」 ……マジか。
「ふえぇぇえええ! やっ、やめ! やめてくらさぁぁあああい!」 やべ、死ぬほど可愛い。思わず抱きしめてしまいそうだ。 しかる後に連れてこられたのは二年生だった。とびっきりのプリティフェイスと、驚くほど豊かな胸部。朝比奈みくるさんという名前らしい。ぶっちゃけ惚れた。「な、何なんですか、こここここ、どこここここ」 震えすぎで台詞になってないあたりがまたグーである。あまりの可愛らしさに、俺も彼女を拉致した少年犯罪集団の一味にカウントされることを失念したほどである。 「さ、部員も揃ったし! さっそく部の名前を発表するわ!」 涼宮が息を吸い込んだ。「SOS団よ!」
S そらをとぶこいずみくんと O 大いに盛り上がるための S 涼宮ハルヒの 団
略してSOS団である。ぶぁっはっはっはっはっは! 笑いがとまんねーぜ! バカじゃねぇのか! ……そして俺はそのバカの一人なのだ。あらためて輝かしき青春にグッドバイだ。 ダブルキャストすか。俺たち出番いらんやん。「ってわけでみんな! これから放課後はこの部室に集合!」「断る」「却下!」 眼鏡娘――長門有希と言うらしい――長門の茶々をあっさり拒否し、涼宮はご機嫌でそう言った。 やれやれ、どうなっちまうんだこの集団は。
「わたしの家に寄って行って。いいから寄って行って。拒否したら殺す」 とまで言われてはついていかないわけに行かないだろ! ……というわけで長門の家である。ザ・高級マンション。一人暮らしかよ。お前どんだけお嬢様なんだ。「ツッコミ無用」 あ、はい、そうですか。で、何の用だよ俺に。「実はずっと前からあなたのことが好きだった」「な……!」 直接手を触れずに顎の関節を外すたぁやるじゃねぇか貴様! ってちょっと待てよ。どういうことだ。俺はこいつとは今日あったばかりなんだぜ? なのにどうして告白されねばならんのだ。いや、よく見ればこやつもなかなかに、そうだな、眼鏡を外せばいけるかもし―― 「冗談。本気にするなバカ」 がっ! れ、レベル高ぇなてめぇ。オラワクワクしてきたぞ。「話というのは他でもない。あの変態男の事」「あぁ、早急に対処すべき重要な問題だな」 俺は急に劇画調シリアスフェイスを繕って言った。「実はわたしは宇宙人。信じなかったら今この場で血祭りに上げる」 はいはい信じますとも! 長門様の言うことでしたら何なりと。「素直で助かる」 お前が脅したんだろ! と今すぐツッコミたくなるのを全力でこらえ、「で、宇宙人って何だよ」 そこから長い話が始まったが媒体の都合上一行に押さえねばならん。長かったんだうん。「……ということ」「なるほど」「あの二人は放っておくと新世界の神になりかねない」 どっかで聞いた台詞だがここはスルーだ。俺の煽り耐性をナメてもらっちゃ困る。「阻止しなきゃならんということか」「そう」
窓の外はいつの間にか雷鳴と豪雨が鳴り響き、勇者が中盤の山場を迎えた状況のような、まさにそんな感じの雰囲気だった。
……俺、今日入学したんだけど。
「お話したいことがあります」 と呼ばれれば二つ返事で地の果てまでもストーキングしちゃいますよ朝比奈様。いや、これでは変態だ。俺は反面教師的に変態にだけはならないと昨日心に誓ったんだ。 昼休みだった。まだクラスにも全然慣れてないのに、というか涼宮の変人ぶりについて今日谷口とかいうアホに聞いたばかりなのに、その教室に彼女は現れたのである。冗談抜きに周囲の空気が輝いてたぜ。エターナルフォースシャイニング。一瞬で周囲の大気ごと輝かせる。相手は卒倒する。正にそんな感じだ。
「前置きはめんどいのでなしにしますけどっ、あたしは超能力者と未来人なんです」 ちょwww待ってくださいwww突っ込みどこ多すぎですwwwwwwっうぇ「その内力を見せれると思うんです。期待して……待ってて」 妙に色っぽかった。待ちます。えぇ。何光年でも。いや、光年は距離だ。何万年でも待ちますよ。
そんな感じで放課後になった。入学二日とは思えぬ密度である。しかも明らかにベクトルがおかしい。
俺が部室のドアを開けると、長門が意味ありげな目配せをして来た。俺は神妙に頷きを返す。 間もなく――、
バサバサバサ!「やぁみなさん! 今日もすがすがs――」
バゴォォォオォオオオオオン!!!
長門有希特性スーパーバズーカの炸裂である。バズーカと言いつつ思い切りまわし蹴りしたのは気のせいだろ。じゃなきゃ俺はコンマ一秒ほど白い布切れの幻覚を見たことになる。 「忘れないとあなたもこの窓から吹っ飛ばす」 忘れた。何のことか。あぁ、こいずみ飛んでったなぁー。はっはっはっはっは! 奴が窓から登場するであろうことはとっくにシュミレート済みであり、昨日の作戦会議の時点で既にして決まっていたプロジェクトだった。
「ハローみんな! 元気ー?」 と言いつつ団長の涼宮現る。いつの間にか部が団になってるがそんなことは重要じゃない。「あれ、こいずみくんはまだ?」 まだだ。つうか今日はもうこないと思う。今ごろ太平洋上空を旋回中じゃないか。「やあ! 遅くなりました!」「なぜいるんだてめぇぇええええ!!!」 過剰に反応してしまうのも無理はない。瞬きしたら向かいのイスに腰掛けていたのだからな!「僕はここの団員ですから!」 KOOLなスマイルだぜこいずみくん! などと言っている場合ではない!「ふぃぃ、遅くなりましたぁ……」 俺の険しい表情はものの二秒でとろけた。ろれろれにくたびれて朝比奈さんが現れたからである。「体育があったんでぇ、着替えるのに手間取っちゃって……ふひぇ」 あっー! ブラ紐見えてr――「ひでででででで!」 長門に頬が千切れんばかりの握力でつままれた。ふふ、ふひはへん。「みんな集まったわね!」
そうして放課後が幕を開けるのである。大抵こいずみは空中を漂っていて、見たくもないものをこれでもかと俺の網膜に投射してきやがった。いつか燃えるごみに出してやる。 一方の長門も緋村抜刀斎的殺人視線をこいずみに注いでいたが、当人はまったく無関心であった。 しかしそれで読書できてるんだろうか。明らかに視線と行動が一致してないんだけど。 涼宮はさっきこいずみと共にふたつ隣の部室に行って強奪してきたパソコンで何やら調べ回ってはこいずみと何やら喋っている。えらい楽しそうだな。つか、コンピ研の部長氏は一体どんな極刑に処せられたのだろう。配線にこの部室に来た彼の表情が一時間経った今でも忘れられん。なんまいだぶなんまいだぶ。 「決まりね!」 突然涼宮が叫びだした。朝比奈さんの行動描写がまだだったのに! ショートケーキの苺最後に食べる派なのに! ばか!「明日は市内探索するから!」
また厄介事を運んできた黒髪美人と裸身変態である。
……勘弁してくれ。
休日の朝九時集合だと。糞くらえ! てなわけで裸の男が微笑み続ける悪夢から目覚めた俺は、小学三年の妹の「どこいくのぉ?」コールに生返事して家を出た。 直後、違和感に気付いた。「今日は曇りか……?」 何やら視界が妙にかげっているのである。つうか俺の周りだけ……、「のわぁああっ!!」「やぁどうも」 頭上にこいずみが寝そべっていた。もち裸体で。「お、おま、お前なぁ!」「ははっ、朝からハイテンションですねっ。いいことです」 集合は駅前だろ! 何でここにいるんだよ!「僕はあなたの守護者ですからね。どうですか、このまま駅までひとっ飛――」「いらん!」「おや、それは残念ですね。では僕もたまには歩くとしま――」「先に駅に行ってろ!」
何とか裸男との朝の散歩だけは避けることに成功し、ようやく持って俺は駅前につく。「遅いわよっ!」 涼宮は今日もゴキゲンである。いやふつうに可愛いけどさ。その原因が、「遅かったですね。だから飛んで来ればいいとあれほど」「うるせぇ、お前は黙ってろ!」 こいつだってのは納得いかん。 ふと隣からブツクサ念仏のような言葉が聞こえた俺は隣を見た。「今日こそ殺す今日こそ殺す今日こそ……」 な、長門。あんまり焦らない方がいいと思うぞ。「あなたはあいつと同類だと思われることに腹が立たないの」 そりゃムカつくけどさ。「ふぇぇぇ、おくれちゃいましたぁぁ」 そこへ朝比奈さんKOURIN! である。私服も可愛いっすよ先輩! 一生ついていきます!「ぶぁ」 長門にグーでパンチされた。いたひ。「あなたもこいずみの駆除に全力で取り組むべき。人類の平和がかかっている」 人類て。お前宇宙人じゃない――「ぶぁ」「あなたを殺したくない」 もう死にそうです。マジ勘弁してください。「それじゃ市内探索ぅ! れっつらごーっ!」
幼稚園児のようにのん気な涼宮の声を受け、俺たちは喫茶店へ転がり込んだ。 どういうわけだろう。一糸纏わぬ男が同行しているのに、道行く人は全く意に介さずといった具合だ。こりゃどうなってるんだ。「こいずみの姿は一般人には見えない」 長門がつぶやいた。そりゃマジか。俺も一般人のはずだが。「そこは伏線。まだ触れちゃダメ」 そっすか。……てかマジか!「はーい組み分けしましょっ!」 涼宮がクジを差し出した。
「いやぁ、すがすがしい天気ですねぇー」 俺の心に曇天の空模様が展開されている。今にも膝の力が抜けてorzしてしまいそうだ。「何でお前と二人きりなんだ……」 悪夢は続いていた。もうイヤだ。正視できないよぅ。どうしようもないくらいわさわさだよぅ。「まぁよいではないですか。お話したいこともありましたし」 俺には話などない。お前今すぐそこの川に飛び込め。「承知しましたっ!」「って、えぇぇぇえええ! 実行すんの! ねぇ!」 こいずみはおもむろにバッシャーンと小川にダイブすると、そこらの鯉や何やらが率先して忌避するようなクロールで無意味に泳ぎ始めた。「はっははははは! いやぁ、水浴びは気持ちいいですねっ!」
決定。こいつはギネス級のバカだ。
「で、何だよ話って」 犬のように髪から雫を撒き散らすこいずみから三メートルの距離を置き、俺は言った。「他でもありません。涼宮さんのことです」 俺は思わず眉をひそめてこいずみの方を見てしまい、見たくもないものが思い切り視界に入った。
「彼女は普通の人間ではありません」
うん。 だってお前に感動するんだもんな。どう見たって普通じゃないじゃん。そいでお前はもっと普通じゃない。「そういうことではありませんよ。彼女は僕や長門さん、朝比奈さんよりもっとインクレディボーな力を所持しているんです」 お前の言い回しのせいで何か台無しだよ、色々な。すでにお前がいる時点でもうドリフだけどさ。「どんな力だ」「彼女は天界人です」
……。 空気がこおった。いや凍った。「意味が分からん」「ですから、彼女はこの地上の人間ではないのです。本来、僕と同じく天上界で暮らしていたはずの存在なのです」 何を信じればいいんだ? 長門が宇宙人とか、朝比奈さんが未来人で超能力者てのは、何か勢いで信じちゃったんだが、そういやお前は何者だよ。「お察しの通り、天使です」「察してねぇよ」「本当はこんな急に転校してくるつもりは――」「してねぇだろ」「言ってませんでしたっけ? 僕一年九組ですよ」 言ってねぇぇえええ! まっぱのまま授業受けてるのか! マジで捕まれ! 禁固1000年!「千年ですか? それくらい何でもないですけど、ちょっと退屈そうですねぇ」 冗談だ。……で、天使ってなんだよ。からかってんのか。「いいえ。えらくマゾです」「マジだろ。重要な台詞間違えんな」「そうそれ、それですよ。マジ」 だから飛べるのか……。天使ってほんとにいたのか。全然信じてなかったよ。「だからあなたには見えるんですよ。信じない人に信じさせるために、僕のような存在がいるわけです」 甚だしくウソ臭い話だった。だが目がマゾ、いやマジだ。「で、天使は普段何やってんだよ」「人々を幸福にしています。そのくらい考えなくてもわかるだろ」 何で急にタメ口なんだよ。それ以前に俺全然しあわせじゃねぇし。むしろどんどん不幸になってる気がする。「あなたの理性がそう言っていても、ここはどうですか?」「あっ……ら、らめぇ……」 何やら本心をかき乱された気がした。そしてそこにはハルヒや長門、朝比奈さんと楽しそうに笑っている俺の姿があった。こいずみもいた気がしたが敢えてノーコメント。 「そう、僕といると幸福数値が急上昇します。例えて言うならLv.1のゆうしゃが急に魔王を倒せるくらいにはヒッピーになれます」 ハッピーだろ。バカキャラはもう需要足りてんだよ。それに微妙にファミコン表記すんな。「それで、涼宮とどういう関係があるんだ」「彼女は天界人の皇族に生まれついた天使です。端的に言えば皇女にあたります」 な、何だそりゃ。確かに可愛いのは認めるが、あいつはお前みたいに無礼な格好でもないし飛べないだろが。「いいえ、彼女もちゃんと飛ぶことができますよ。僕のような下っ端とも違って、彼女は皇族ですしね。ただ、自分が飛べるなどと夢にも思っていないだけです」 俺はあの百ワットスマイルで両手をブーンさせて宙を舞う涼宮を想像して、即座に首を振った。「認めんぞそんなもん」「それが真実です。彼女がこの地上に落ちたのは、かれこれ十四年前に遡ります」 とうとう本格的に語りだしちゃったよこの男。「王と妃は、たいそう悲しみました。もうそれはそれは、食事も喉を通らないくらいに」 そりゃ災難だな。「ですが翌日には気持ちを新しくして吹っ切りました」 早っ! 立ち直り早っ! てか忘れちゃダメだろ王様!「我々天使は仕事山積みですからね。小さなことにいちいちかまけていられないのです」 いや小さくないから! 跡取りいないじゃん!「もともと世襲制ではないのですよ」 そんな設定はいいから! というかわが子なら血眼で捜すだろ普通。「いいえ、血も繋がってません。我々天使はセックスしませんから」 ぬけぬけと言い放つな。あぁもう! 俺は帰るぞ!「あ、そうですか? それじゃ続きはあなたの自宅で」 なぁぁあああっ!!!
午後の部である。「えぇ~っ、こいずみくんとまたバラなの? ぶーっ」 寝起きの三歳児のようなことを言いつつ涼宮は朝比奈さんと去って行く。 つまり、「……ころす」 怖っ! 長門、落ち着け。こいずみは話せば分かるやつだ。「こいつと話すことなど何もない」「長門さんも元気なようで何よりですよ」「決闘を申し込む」 は? 長門さん? 何を言ってるのでしょうかい?「わたしと勝負しろ。勝ったほうが負けたほうの言うことを何でも一つ聞く」 びしっとこいずみに指を突きつけて長門は言う。こいずみはやれやれとばかり首を振って、「しょうがないですね……。分かりましたよ」「ちょっと待て! いくら何でもそれは」「心配ありません。あなたにはまだ説明していないことがいくつかありますしね。負けませんから大丈夫です」 何がどう平気なのか全く分からない。というか俺はいつのまにこいずみを擁護するような立場に立っているんだ!?「それで、何の勝負をするんですか?」「十番勝負inN宮市内」 長門は淡々と言った。
「よーい、どん!」 俺がなぜだか合図した一番目、商店街400m走は長門が速攻で勝利した。 こいずみは飛行禁止、長門は宇宙能力禁止のガチンコバトルだったが、ぴたぴたと歩く古泉は、「天使が走るというのはどうもしっくり来ないんですよね」 などと意味不明なことを言ってあっさりとペケ1を引き受けた。 さて二番目。「ふっ、はっ、それっ!」「……」 華麗にステップを踏む裸体男と制服少女。某ダンスゲームの最高難度、いったいどこの人間が踊るんだというような、高速矢印乱舞をものともせず、対有機生命体なんたらと変態は踊り続ける。 「はいっ! はっ! はぁあっ!」 こいずみはさすがに華があった。ステップもいちいちリズムに乗っているし、舞い散る汗が特殊効果になってキラキラきもちわるいおえぇ。「おぉぉぉぉ」 ギャラリーの声であるが、はたしてこいずみがどのように見えているのかかなりの疑問である。対する長門は途中の動作をすっ飛ばすかのようなキレまくりの挙動で、三世代ほど未来を先取りした先鋭的な舞を披露した。途中スカートがいい感じにめくれ上がった気がするが、ヘタするとまた殺されかねないので心にしまっておこう。で、結果――、 「不覚……」 マジで悔しそうな長門は、ワンポイント差で古泉に負けた。こいずみははっきり言えばパーフェクトで、それゆえにキモさ炸裂だった。観衆は拍手しまくりだけど。 第三戦、コロッケ大食い対決は長門が勝利、第四戦、川沿い競歩対決はこいずみの勝利。 第五戦――、「じゃんけんぽん、あっちむいてホイ! じゃんけんぽん、あっちむいて」「ほいっ!」 ……だんだん内容がショボくなってないか? つか元からだろうか。「勝った」 長門が勝ちを収めた。そこで電話が鳴る。「早く集合しなさーい! もう10分も過ぎてるわよっ!」 まだ半分しか終わっていなかったが、次回に持ち越しということになった。今のところ長門の勝ち越しだが、こういうのは往々にして同点になる宿命があると俺は踏んでいる。 「みくるちゃんと二人だけでも結構楽しめたわ! 次はぜひこいずみくんと一緒になりたいけどね!」 ハルヒは終始機嫌よく、それがまた可愛かった。だが俺の心は朝比奈さん一筋である。「今日は一緒になれませんでしたね……ちょっと残念」 頬を赤らめてそう言ってくれる彼女に心中でガッツポーズと勝利の舞を踊った俺である。
そして帰り道――、「……ついてくんな!」「それじゃ先に行ってますね」 そういう問題ではない。自宅に全裸男が上がりこんでみろ。俺は即勘当だ、勘当パーティだ!「大丈夫、僕の姿はご家族には普通の高校生に見えるはずですから」
で、自宅。部屋のドア開けたらニコニコ顔の自称天使がいちもつ丸出しで出迎えてくれる俺の心境を誰か分かってくれ。「さてそれでは」 とこいずみは前置きする。「どこまで、ご存知ですか」 お前が話したことだろ! ご存知も何もねぇよ、進行度くらい覚えとけ!「ちょっとログを拝見……あぁ、セックスのくだりまでですね」「いちいちその単語を使うな!」「そう。それで涼宮さんです。僕は彼女を天界に連れて変える使命を仰せつかりました」 はぁ? 意味が分からん。だったら何で俺のとこに来るんだよ。「いきなり彼女にすべてを打ち明けてしまうとまずいからですよ」 そりゃなぜだ。「彼女は王族の娘です。天界の王には世界改変の力が与えられます。そしてそれは彼女にも断片的に受け継がれているのです」 な、なんだってー!!! いやいやいや、いくら何でも俺がそんな話をおいそれと信じるわけないだろ。アホか。いや、バカだったなお前は。「信じる信じないはあなたの勝手ですが、そういう理由によって、彼女が世界を自由に作り変えてしまうのは困るんですよ。だから様子を見つつですね、僕が彼女を空に連れて帰る、と」 俺関係ないじゃん。何でそんな話をするんだ?「僕の直感があなたを名義上の守護元とするのが得策と訴えているからです」 帰れ。もういい。電波話モウイイ。「徐々に事実を明かしていって、ひと月以内には涼宮さんに帰ってもらおうという算段です」 三段でも四段でもいいが、俺を巻き込むのはよせ。「あなた、今日結構楽しんでいたような気がするんですが、そんなに当事者になるのはイヤなんですか?」 お前、まず自分の姿を見てから言え。俺がなりたかったのはシリアスな戦隊モノとかの傍観者だ。コメディですらないギャグマンガの主人公になるつもりなんかなかった。断固。「まぁ、あなたにご迷惑はおかけしませんよ」 そこで俺は思い当たる。「それじゃ朝比奈さんとか長門は何なんだ?」 あいつらも涼宮に関心があるとかって話だった。あいつらもそのテンカイがどうしたいう話を知っているのか? 俺の言葉にこいずみは首を振って、「いいえ。天界のお話は万人にできるものではありません。あなたは協力者ですから。言ってみれば特例ですよ。選ばれしモノ、そう、ユーはブツですよ」 意味の分からない変換をするな! そのまま地獄に落ちろ!「では今日はこのへんで」 そう言ってこいずみはするりと退室した。なぜか普通に歩いて帰った。あのぴたぴたいう足音がえらい不気味である。 ……そして俺は思った。
俺、モノローグしすぎ。
「やばい。早くも20kbとか行っている。こんな予定はなかった。やめてくれ、もう終わろう。な?」「いいえ、まだまだこれからです。あなたのアナルは僕のものですから! HAHAHAHAHA!!!」
「アッーーーーーーーー!!!」
……最近、夢見が悪い。
四月はそろそろ下旬に差しかかろうとしていた。 あれから、長門とこいずみの戦いはこいずみが逆転勝ちをして、以来長門はしばし沈静化したようだった。とはいえある時、「そうか。奴を情報連結解除すればいい。簡単なこと……くくくくく」 とか聞いたような気がする。情報連結なんたらって何だ? あの時の長門の笑みが今も夢に出る。「いやぁ~おいしいですねぇ、このお茶」「あ、ありがとうございまぁす、えへへ」 すっかり当たり前の風景になったすっぽんぽんこいずみと朝比奈メイドの会話。朝比奈さんがメイドになってしまった顛末も語るべきなんだろうが、きっと誰かが素晴らしい想像力で補ってくれるからあえてここで口にしまい。
「ねぇキョン、何かいいイベントに思い当たりない?」 キョン。さて誰のことだろうね。「アンタ以外にいないでしょ」 本当にいつの間にかそう呼ばれていた。今まで一度もこんなけったくそ悪いあだ名で呼ばれたことがなかった。なんだよキョンって。「いい名前です。僕も呼んでいいですか?」 断固断る。
「ちょっと待ってキョン。話があるの」 帰り際、ハルヒに呼び止められた俺である。……そろそろ来るとは思っていた。最近、日増しにこいつの表情がぽかんとし出しているからな。入学当初の溌剌とした笑顔は若干抑え目になっている。 「何だよ」 俺たちは屋外の丸テーブルに移動する。他三名は、何やら意味ありげな視線をめいめい俺に飛ばして帰っていった。何が言いたい。「あんた、SOS団はどう?」「どうって何だよ」 入学前に全裸男に出くわし、学校の敷地を踏んだと思いきやわけの分からん団への入部を確約させられた俺に感想を求めるというのは、一体どういう神経回路なのだろうハルヒのやつめ。 「なくなっちゃったりしたら、やっぱイヤ?」「なくなるってどういうことだ」 と、言いつつも、もちろん俺は分かっていた。昨日の夜、こいずみは俺に後は連れて行くだけ、と言っていた。なにかあるとするならば今夜辺りが山だろう。おそらくハルヒはすべてを聞かされた。 自分にまつわるあの仰天話を。俺と違って、こいつの頭は風通しがいいらしいし、そっくり信じて今この場で俺と話しているのかもしれない。「あたしさ。転校、しなきゃいけないかもしれなくって」 ハルヒは珍しく言いよどんだ。神妙な表情。「入学したばかりなのにか?」「そう。両親が海外に行くことになって。さすがに一人暮らしは……できないから」 しおらしくしているハルヒは正直可愛かった。俺そんなことばっか言ってるな。だが冗談抜きだ。 こいずみにまつわるエピソードがなくて、朝比奈さんさえいなければ今この場で婚約発表したいくらいに。だが若気の至りでそんなことをしたところで、待っている未来がどうなるのか俺には想像もつかんし、俺は本来この話に無関係なはずだった。 「そりゃ残念だな」 そんなことしか言えなかった。だって考えてもみてくれよ。こいつはマジモノの天使なんだぜ? 何のとりえもない凡庸一般人のこの俺にできることなんざたかが知れてるだろ。「残念……よね。あたしも残念」 ハルヒはへへっと笑った。どうしてそんな笑い方するんだ。「あたしさ。これまであんな風に、気心知れた友だちみたいなグループ、持ったことなかったから」 お前くらい明るければどんな奴とも仲良くなれるんじゃないのか? そう言うとハルヒは殊勝に首を振って、「だめ。何ていえばいいの? 何か違うのよね。みんな普通っていうか、当たり前の遊びしかしないのよ。有希やあんたやこいずみくん、みくるちゃんみたいに、ぶっとんだ感じが足りないの」 シリアスにギャグを言ってるようにしか聞こえず、思わずツッコミそうになったが全身全霊でセーブしておく。「だから、あんたとこいずみくんが空から降ってきた時、これだ! って思ったのよ。この人たちならあたしを変えてくれる。そうに違いない、って」 思い込みと言っちまったらそれまでかもしれんが、ハルヒの表情は思った以上に深刻に見え、そんな理由から俺はどういう態度を取ればいいのか迷った。「せっかくいい仲間に会えたのにな」「あのなハル――」
突然だった。 それゆえに俺はまったくわけが分からなかった。ただ、温かくて柔らかい感触だけが、一点に感じられて。数瞬遅れてから、それがハルヒの唇だと気がついた。「!!!」 どうして俺がハルヒにキスされてるんだ!? こいつが好意持ってたのはこいずみじゃないのか?さっぱりわからない。これまで俺に見向きもしてなかったはずなのに……。 間もなくハルヒは俺から離れ、面を伏せて、「さよなら」 止める間もなく走り去った。 信じられないくらい、ハルヒは足が速かった。
「出て来い! いないのか! 変態天使!」 俺はハルヒを完全に見失った時点で、暗くなった空に向かって叫んだ。「変態天使はひどいですね」 後ろを向くとそこに奴はいた。相変わらず裸体だ。だがもうギャグはいらねぇ。「ハルヒに言ったんだな。全部」 決然と視線を飛ばす俺に、こいずみはいつになく真剣な表情をして、「えぇ。彼女には天に帰って、本来の使命を果たしてもらう必要があります」「お前、今までのこと見てたのか」 その問いにこいずみは諦観するような弱った顔になり、「答えなきゃいけませんか? 何にしろ彼女は今夜天に――」「答えろよ! 見てたのか、見てないのか!!!」 自分でも信じられないくらい大声だった。何熱くなってるんだ? 俺。 こんな失笑モノのストーリー、まじめに演じたっていいことないぜ? きっと報われなかったり、バカバカしい幕切れが待ってるに決まってるんだ。だが、それでも俺は叫ばずにいられなかった。 理屈じゃ割り切れない何かが、生まれて初めて俺の中で煮えたぎっていた。 こいずみはクスッと笑って、「見てましたよ。ついでに言えば、彼女は立ち去る間際に泣いていました」「……てめぇ」 どうして笑うんだ。あいつが言ったこととか、思ったこととか、お前は俺以上に分かってるはずだ。 俺は奥歯を食いしばっていた。「まぁ当然の反応かもしれませんね。これまでずっとこちらの世界で暮らしていたんですから。無理もありません」 お前は本当に天使なのか? 天使って人をしあわせにするのが仕事なんだろ? ハルヒは悲しんでたじゃねぇか。「彼女もまた天使です。人間ではない。もともと十四年の歳月は長すぎました。もっと早く迎えに来るべきだったんです」「あいつがここに残るわけにはいかないのか」 俺の言葉にこいずみは肩をすくめ、「散々話したでしょう。もう賽は投げられたのです。短い間でしたが、なかなか楽しかったですよ」 そう言って羽ばたきだすこいずみ。マヌケな仕草なのに、俺には真似して追いかけることすらできない。「待て! 逃げんのかよ! おい、変態! バカ! 帰って来いよ!」「さようなら。もう会うことはないでしょうね」 その後に信じられない速度でこいずみは飛び去った。月の光と重なって、すぐに姿は見えなくなる。「……くそ!」 俺は即座に駆け出した。まだ靴に履き替えてなかったが、んなこと気にしねぇ。ハルヒが行ってしまう。止めなきゃいけない。なぜだか強くそう思った。ハルヒ、待ってろ、必ず連れ戻してやるからな――!
「はーーーっ、はーーーーっ」「息切らしすぎ。とりあえず飲んで」 出されたのは緑茶だった。「さんきゅ。すまない……ごくごくごく」「82度」「ぶふぉぁあああつつつつつつ!」 先に言えよ!「喉元過ぎれば熱さ忘れる」「口が熱いんですけど!」「で、何用?」 長門は首を傾けた。そうだった。ハルヒがいなくなっちまうんだ! 連れ戻さないと!「それで?」 それで、じゃないだろ。SOS団がなくなっちまうんだぞ!「わたしは別に困らない。むしろあの猥褻男がいなくなってせいせいする」 ハルヒは無関係じゃないか。「彼女は気の毒。しかしそういうさだめならば仕方ない」 諦めんのかよ。俺は嫌だぞ。お前だって、結構いままでの放課後を楽しんでたんじゃないのかよ。「……」 ほら見ろ。お前の急な絶句は図星の証だ。「……ち」 ぺろりと舌を出す長門であった。よし、まずは宇宙人が味方になった。「急いだ方がいい。朝比奈みくるも至急呼び出すべき」
「あっ……あの、はぁ、はぁ、一体何なんですかぁ? 突然集合って、ひぃ」 息を切らせて目を半分潤ませる朝比奈さんに、俺はまた顔が液状化しそうになったが、長門に肘で鳩尾をトスッと突かれて身をよじる。のぉぉ……これ本気でやられたら昼食リバースしそうだ。 俺はあらかたの事情を説明した。朝比奈さんはお目々ぱちくりしっぱなしで、それがまた可愛かったのだが、表情を乱すと長門の殺人エルボーが炸裂するので、俺は手に汗握ってポーカーフェイスで説明を終えた。噛みまくったけどな! 「……というわけなんでふぇ。です」 朝比奈さんはほへーとかふぇーとか言っていたが、やがて、「よく分かんないけど、あたしも涼宮さんを助けるために必要なんですね?」 と言ってくださった。感極まる。ありがとうございます。「で、長門、こっからどうすりゃいいんだ」「結局わたし頼りか……やれやれ」 結局も何も俺がお前を頼ったのはこれがはじめt「ぐふぇ」「黙るよろし」 どんどんサディスティックになっていくバイオレンス長門さんであった。いいね。よくない。……今一瞬新シリーズに使えそうだとか思ったけど何の電波だろうなあはははははは! 「朝比奈みくる」「は、はいぃ!」 長門の刃物のような言葉に背筋を伸ばす朝比奈さん。「今から二時間前に戻る」「へ?」 これはもしかしてタイムトラベルとかいうやつか! あの憧れの!? ドク! ドク! マーフィいかん! 来ちゃいけな――「ぐふぇ」 な……何もいってないぞ長門。「何か腹が立った」 ひどい八つ当たりである。つうか俺こいつ本格的に嫌いになりそうだよぉうぅぅ。 長門は朝比奈さんに続けて言う。「とりあえず申請して。通らなかったら宇宙人に脅されてるって言って」 長門は手刀を朝比奈さんの首筋に当てた。ちょwおまwwww「もう長引きすぎ。このへんはちぇきちぇき行かないと」「……ちゃきちゃき、じゃないのか?」 頬を赤らめる長門。
……勝った!
「ぐふぇ!」
おお、キョンよ、しんでしまうとはなさけない「死んでない。つうか立て」 長門に無理矢理起こされた。そっすか。俺人形すか。「愛のムチ」「長門……?」「なんでもない。朝比奈みくる、早くして」 言われた朝比奈さんは挙動不審になりつつ、「ははははいぃ、えっととと、と、通りましたぁ!」「それじゃレッツでゴー」
タイムトラベラー、俺。 やべ、イイ。すっごくイイ。
「いきまぁぁぁあす!」 行きましょうどこまでも。うふふふふふ。
……うっ。
――長門有希より入電。
「このシーンは食事中のあなたを配慮して情報介入を加える。まかせて」
キョン「あっははははは! ほうらこいずみぃ、お花が咲き乱れてるよう」こいずみ「ほんとだぁ、うふふふふふh」
「以上。時間遡行完了」
――入電解除。
「ほれひれはらひ……」「いけない、キョンくんの時間酔い止めるの忘れてましたぁ」「構わない。男ならこれくらい気合で乗り切れ」 立て続けに声が聞こえ、俺は酩酊状態から立ち直る。「で、お前は誰だ」「台詞違う。ここはどこだ」「そう。ここはどこだ」 長門の眼鏡顔がかろうじて見える。「さっきから二時間前。わたしたちは今からこいずみを打ちのめしに行く」 組長。勘弁してください。「指詰めるか貴様」 などとやり取りしてる場合なのか?「じつは結構せっぱ詰まっている。今すぐ北高へダッシュ」
「ふぇぇぇぇぇ……、はぁ、ひぃ」「ぜーぜー、は、はぁ、はぁ……」「だらしない」 宇宙人に言われたくねぇ! 俺と朝比奈さんは生身の人間なんだよ!「人種差別いくない」 どっちがだ……。「そろそろ奴が現れる」 ここは屋上である。途中にあった時計を見る限り、どうやら二時間前というのは本当らしかった。「この時を待っていた。積年の恨み、今こそ晴らす」 キュピーンと擬音を付けたくなる言葉を淡々と言って、長門は両手にグローブをはめて……って、「長門、何やってんだ!」「指紋を残さないようにする」 ……もう勝手にやっててくれ。長門、お前暴走しすぎ。俺がかわりに謝っときます。サーセン。
「あっはははははははは!」 直後、甲高い笑い声が宵闇に響いた。 見上げると、両手を優雅に振るこいずみが高速で空を飛んで――、
チュドドドドドドドドドドドドドォォオオオオオオン!!!!
撃ち落とされた。「こいずみ、こいずみぃぃぃいいいいいいいっ!」 思わず叫んでしまった。敵なのに。いちおう。「完璧。鮮やかな仕事。またつまらぬモノを撃ってしまった」 また!? ねぇまたって言った今!?「あなたはさっさと追いかけて」「何を……ぐふぇ!」
そうだった。
「すまん、長門! 朝比奈さん! ありがとう!」 俺はすぐさま階段を駆け下り始めた。くっそ。気付くのが遅すぎたんだ。俺のバカ。自分を責めたって何にもならないが、今の俺には全力で走ることとあいつらに感謝することくらいしか他にできることがないんだ。ハルヒ、待ってろ。今行くからな。 「……てか」 俺は正門にて足を止めた。
「ハルヒどこだよ!」
そうだった。何たる失態! もともとどこ行ったか分からないから長門頼ったんじゃん! 今さらだけど俺「!」使いすぎじゃないか? まぁいい。で、どうすりゃいいんだ!
「呼んだかしら」
その声に俺は振り向いた。腰まで届く長い髪、穏やかな微笑み、そいつは――、
「誰だっけ?」「も、もう! わたしよ! 朝倉涼子! クラスメートの名前くらい覚えてよね」 ピンと来ねぇ……。入学してからこっち、クラスメートなんざロクに話してなかったからな。「ネタバレするとわたしも長門さんと同じ宇宙人なのよ」 そうかい。つうか急いでるからまたにしてくれ。「ま、待ってよ! 何のためにわたしが出てきたと思ってるの?」 何のためだ。「オウム返し……。あーあ、所詮わたしはバックアップだったかぁ」 いや意味わかんねぇし。「涼宮さんのいる所まで案内してあげる。ついて来て」 そう言うなりあさ、あさ、……えーと、長髪女は坂道を走り出した。藁にすがる思いで俺は走り出す。ツッコミどころがありすぎてツッコめない。つまりずっと俺のターン! ……モノローグ疲れてきた。
長引きすぎだったが、たどり着いたのは東……中の前だった。「それじゃ、わたしはさっさと身を引くわ。涼宮さんとおしわわす、おしあわせに」 長髪女は噛み噛みでどっかに消えた。
「ハルヒ!」 そう、ハルヒは今にも飛び立ちそうだった。両手を水平に上げて、しかし、こいずみと違い羽ばたかない。「な――!」 突如ハルヒの背中から翼が生えた。いや、正確には、半透明の羽が肩甲骨のあたりにふたつ現れた。 あいつの話はマジだったのか……!「待てハルヒ!」 俺はハルヒの手首をつかんだ。「キョン……?」 振り向いたハルヒの横顔が月明かりに照らされた。「ハルヒ……」 涙が頬を伝っていた。瞳は今も潤んでいる。「キョン……あたし……」「行くな。行かないでくれ! 俺、こんな土壇場になってやっと分かったんだよ。あんなバカみたいな連中だけどさ、今までけっこう、いや、すっげぇ楽しかった。みんなお前が勢いでSOS団を作ってくれたおかげなんだ! だから……頼む。行かないでくれ!」 そのまま手を引いて降りてくるハルヒを抱きとめた。「うぅぅぅ、キョン~」 ハルヒはぐしぐしになって泣いていた。バカ。やっぱり行きたくなかったんじゃないか。「だって、だって……こいずみくんがぁ」「あいつの言うことなんか聞かなくていい。お前は世界を作り変える力を持ってるんだろ? だったらその力でこれまで通りの日常を過ごせるようにすればいいじゃねぇか」 本気でそう思った。誰がなんと言おうと。たとえ、天界だかどこだかで王様だかお妃様が困ろうと、知ったことか。ハルヒはここにいたいんだよ。生まれついての掟だか何だかでかぐや姫状態にさせられてたまるかってんだ。 「うぅぅぅ~、キョン~」 こんなに脆い奴だとは思ってもみなかった。いつも元気な態度を貫いていたのは、一種のつよがりだったのか……。「ごめんね……ごめん、うっ、く」「バカ、泣くな」 俺たちは地べたに座り込んだまま、カッコ悪く抱きしめ合っていた。 ハルヒの背中には、半透明の真っ白な羽が長く上まで伸びていた。わずかに欠けた月の光が、きらきらと翼を輝かせた。「ハルヒ」「なに……?」 俺はハルヒに唇を合わせた。何も考えずに、自然に出た行為だった。
わずかな時間が経って、俺たちは顔を離して見つめ合った。「キョン……」 ハルヒは儚い笑顔となって、「ありがとう」
背中の翼が、徐々に薄くなっていって、消えた。
月の光だけが、何もなくなった空間を照らし続けていた。
さて、俺はいつものように坂を登って高校への道を辿る。「ようキョン!」 追いついてきた男に肩を叩かれる。「えっと、お前は確か……」「いい加減覚えろよ、谷ぐ――」「おはよう」「あぁ、おはよう朝倉」 続けて追いついてきた長髪女あらため朝倉涼子。あの時はとんだ無礼をした。暗かったから分からなかったが、またこれがたいそうな美人なのである。「ぐふぇ!」 この鋭いエルボー。間違いなく世界レベル。さては……「おはよう」 やっぱり長門有希か。登校中に会うなんて珍しいな。ははは。「あなたの登校時間に合わせてみた」「はい?」
……ぐふぇ。
さて、教室に入って、「おはようキョン! 聞いて! みくるちゃんの新しい衣装注文したの!」 朗らかに黒いことを言うのはハルヒである。満面の笑顔。普通に可愛いから困る。「そ、そりゃぁよかったなぁ、うん」 しあわせ一杯夢一杯である。何でも次はナース服だって話だ。「それとキョン」 ハルヒは声をひそめて言った。「あたしも何か着てみようかと思うんだけど……何がいい?」 直後茶を飲んでるわけでもないのに盛大にむせてクラス中の視線を集めたのは言うまでもない。
ようやっと放課後。ゴールデンウィークも近付いて、るんるん気分で戸を開けた俺の前に、「やぁ、今日も元気ですか?」 意味もなく全裸でラジオ体操する男が一人。「まぁなっ」 どっかと椅子に座る。もちろんそこにいたのはこいずみである。さて、なぜこいつが今もここにいるのかというと、話はあの夜の直後に遡る。
………………
「こいずみくんは悪くないもの。だから、今まで通りみんなが部室にいられるようにするわ」 ハルヒは言った。もちろん俺は反対しない。さっきは成り行きで感情をぶつけてしまったが、あいつだってたまたま俺からすれば敵に見えるような立場にあっただけなのだ。「俺はお前に従うぜ。なんせ俺はヒラ団員だしな。団長には逆らえません」 両手を上げて降参のポーズ。「もう、バカキョン……」
……… …… …
と、これだけなんだけどな。うん。え? その後? な、何のことであろうか。こほん。さ、よい子は寝る時間だぞー。はっはっはー。「どうしたんですか?」
意識を今に戻すと、目の前に男の裸があった。
あぁ不意打ちだけは今でもキツい。くそ。自業自得とは言えいい加減服を着ろよ!「別に着てもかまわないんですけどね」 あっさり通った。だったら初めから着ろ! 変態!「いやぁ、当惑するあなたを見るのが思いのほか楽し――」 突如こいずみの目の色が変わり、両手を羽ばたかせて窓際に飛びすさった。
チュドドドドドドドォォォォォオオオオオン!!!
また始まった。長門vsこいずみ……えーと、これで四戦目? 部室内にもうもうとたちこめる煙霧で俺はむせて、煙がなくなる頃には二人とも姿を消していた。てか、長門に至っては放課後になってからまだ一度も姿を見てないし。 俺はすぐさま窓際に駆け寄った。上空にこいずみ、屋上に長門。耳をすますと声が聞こえる。「今日こそ猥褻野郎を絶滅させる!」「受けて立ちますよ。何度でも……ね」 今こっちにウィンクした気がする。……うぇ。「こんにちわぁ~っ」 振り向くとそこには朝比奈さんぐぁっ!「こんにちは」 俺は和やかに挨拶する。へへへ、やっぱ今日もくぁいいっすね。「ぐふぇっ!」 後頭部に何か得体の知れない物体が直撃した。……消しゴムか? 長門め。何つう精度だ。「今お茶いれますね~」 るんるんである。はぁー、ビバ平和。「長門さんとこいずみくんはまたバトル中ですかぁ?」 そうなんですよ。もう参っちゃってね、はははは。「やーっ、ほーーーーーぅ!」 パタリとドアを開けてハルヒが登場。「みくるちゃん、新しい衣装届いたわ!」「えっ、ほんとですかぁ?」 そう。なぜだか朝比奈さん、コスプレにノリノリなのだ。何かハルヒと趣味が合うのかもしれないな。 やれやれと俺は廊下に退室し、部室を貫通して長門とこいずみのバトルサウンドは聞こえ続けていた。あぁ、日常ってえぇなぁ……。誰があの超決戦の責任取るのかとか、近所から丸見えじゃないかとか、そんなのは些末な問題なのさ。そうだよな? ハルヒ。
「でーっきたー! キョン、入っていいわよ!」 かくして俺は部室に戻る。後でバイオレンスアンドロイドと、丸出し天使もどきが帰ってきても、和やかにむかえ入れてやるとしよう。「朝比奈さん、似合いすぎっすよ! あぁ! かわい……」
ぐふぇ!
(おわり)
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