家族旅行 第三話
飛行機に乗り込んで、シートに腰を落ち着けた。足も伸ばす余裕あるし、座り心地もいい。狭苦しいシートを想像してたけど、これなら快適ね。あたしは窓際の席で、親父は通路側。母さんは親父とあたしの間に座った。親父はまた文庫本を読み始めている。母さんは機内誌に目を通しはじめた。あたしも本でも読もうかな。有希ほどじゃないけど、あたしも本は結構読むほうだし。おなじみの救命設備のアナウンスが流れて、スチュワーデスが実演やったりしているのを横目で見ながら、読書タイムの始まり。なんか滑走路が混んでるとかで、しばらく離陸見合わせって、なんとかならないのかしらね。滑走路増設すればいいじゃない? そういう問題じゃないのかしら。いよいよ順番が来たみたいで、飛行機が走り始めた。途中でシートに押し付けられるまで加速して、ふわりと空に浮いた。窓際から外を眺めると、どんどん飛行場が小さくなっていく。そして航空写真のように町が見える。あいつはいまどこかな。電車に乗ってるのかな。目的地に着いたのかな。まさか途方に暮れた顔なんかして、妹ちゃんに冷やかされたりしてないでしょうね。そんなだらしない男じゃ困るんだけれど。飛行機はどんどん上昇していく。海と空しか見えなくなるまで、あたしは窓の外を眺めていた。
気が付いたのは、どすんという軽い衝撃を感じたからだった。いつの間にか寝てしまってたみたい。ボケた頭で窓の外を見ると、空はきれいな夕焼け。見たことのない飛行場の明かりがぼんやり点灯しているのが見えた。「ついたの?」「そうよ」あたしの独り言に母さんが答えた。「到着よ」飛行機は地面をゆっくり滑走している。どこに誘導されてるのかしら。機内はざわめきはじめているけど、まだ飛行機は動いている。あたしは読んでいた本をカバンにしまって、窓の外を眺め続けている。見たことのない風景が流れている。日本人じゃない人達がいっぱいいて外国に来たんだって実感する。飛行機がゆっくりと止まった。シートベルトのサインが消える前にみんな立ち上がっている。親父や母さんはなにもせず、ぼんやりしているみたいだけど。シートベルトのサインが消え、親父や母さんはシートベルトを外した。親父は大きく背伸びをして、母さんもそれに釣られたように背伸びをしてて、なんかおかしい。「さて。降りるか」親父はそういいながら、立ち上がった。母さんも立ち上がり、あたしも立ち上がる。順番を守って飛行機の搭乗口を抜けた。あれ、タラップで飛行場に降りるのね。直接ゲートにつながるんだと思ってたけれど。タラップを降りると、かすかな風が流れていて、それは潮の香りがする。ちょっと蒸し暑い。独特の空気の香りにちょっとむせそうになった。彫りの深い南国の人が笑顔を浮かべてお出迎えしている。親父はかるく会釈してその脇を擦り抜けた。母さんも微笑みながら親父の後を追う。あたしは異国の空気を胸いっぱい吸い込んで、二人の後を追った。
入国審査して荷物を受け取って税関を通れば、国際空港のロビーに出た。これ、本当に国際空港なの?なんか予想してたよりも小さいけど。なんか日本のちょっと大きい空港ぐらいじゃない?「ここからどうやって移動するの?」あたしは親父にたずねた。「レンタカーだ」親父は短く言って、きょろきょろ辺りを眺めている。「カウンターがどこかにあるはずなんだが……」親父はレンタカー屋のカウンターを見つけると、大股でそこに向かった。いかにも現地の人が笑顔で迎えた。親父はにこにこしながら英語で受付の人に話をはじめた。あたしでも分かる簡単な英語で、ほとんどカタカナでしゃべってるように聞こえる。でも受付の人がしゃべってるのは良く分からない。英語なのかしら。イントネーションが違うようであたしには良く分からない。でも親父は平気な顔で受け答えしながら、差し出された書類に記入をはじめた。書類を書き終えると、親父は鍵を受け取った。軽く手を振ってバイバイ。「あの人、英語しゃべってたの?」「ああ」「良く分かるわね?」「レンタカーを借りるときに聞かれることはどの国でも大体同じだろう。それを踏まえて何を言わんとしているか推測すれば分かる」「でもよくカタカナみたいな発音で通じるわね」「機械にしゃべってるならともかく相手は人間だからな。理解しようと努める。父さんの経験では発音がダメで通じないことはないな」「そうなんだ」「さて、レンタカー置き場はこっちだな」レンタカーは日本製のセダンだった。トランクを空けて、親父が全員分のスーツケースを押し込んだ。親父はそのまま運転席に乗り込み、母さんが助手席に座った。あたしは後部座席に座ることになる。シフトレバーの上に、小さな液晶TVがついてた。「それ、TV?」「カーナビ」親父はエンジンをかけながら言った。「道路地図と現在地が分かって道案内してくれなきゃ、一発で迷子になる」「やっぱり普通より高いの?」「知らん。カーナビ付きしか見てないし、予約しないからな。父さん頭悪いのを自覚してるんで、補えるものがあるなら、積極的に利用するんだ」そういいながら親父はカーナビを操作しはじめる。使い方わかってんのかしら。「知らない。が、住所なりなんなりで目的地を登録できるはずだ。そのやり方をいま探してるんだ」すぐそのやり方がわかったみたいで、親父は独り言をいいつつ目的地を入力した。「よし、準備万端。出発しよう」
目的地まで車で10分ぐらいで、ほとんど真っすぐな道だった。これならカーナビいらないんじゃないのかしら。親父はコテージの管理棟っていうのかしら、フロントでいいのかしら、とにかくそういうところに車を止めた。「ちょっと待っててくれ」親父はそう言い残すと車から降りた。10分ほど待っていると、親父は戻って来た。手に鍵をもっていた。車に乗り込むと、親父は手にしていた鍵を母さんに渡すと、車をまた走らせた。「えーと、ここらへんにあるはずなんだがな……」うっそうと茂った木であたりがよく分からない。まだまだ外は明るいのにね。「あ、あれか」親父はそのコテージの駐車スペースに車を止めた。やっと到着ね。道中何もなくて、かえってつまんないわね。トランクからスーツケースを取り出して、それをコテージに運ぶのは親父の係だった。あたしと母さんはコテージの中に入った。結構広いリビングと小さいキッチンもある。ベッドルームは二つで、そしてバストイレが完備されてる。おまけにエアコンまであるし。リビングにはソファセット、大型TVもおかれている。ソファの前におかれたガラステーブルには、TVリモコンと、電話機の子機がおかれている。なんか南国って感じのインテリアがいいわね。二日間だけとはいえ、ちょっと夢見るような生活が出来るって感じね。コテージの中をあちこち探検しているうちに、親父がスーツケースを運び終えたみたいで、あたしを呼ぶ声がする。「じゃあ晩飯食いに行こう。豪勢なディナーらしいぞ」
晩ごはんはバーベキューだった。これでもかって肉に野菜に魚と果物を食べて、もうなにも入らない。でも、幸せ。ふらふらしながらコテージに戻った。親父は大きいソファに腰を降ろすと、リモコンでTVをつけた。TVっ子なんだから。母さんはいそいそとバスのほうに消えた。あたしは電話機の子機を取り上げた。これ、日本に通話できるかしら?「ほほう、ラブコールですか。隅に置けませんなぁ」親父がニヤニヤ笑いながら言った。「そうよ、彼氏にラブコールするのよ。悪い?」「悪くはない。国際電話のかけ方知ってるか?」「そこに書いてあるわ」「ならいい。通話料はそんなにかからないはずだが、長電話は勘弁してくれよ」「ふん。そんなこと分かってるわよ」あたしは電話の子機をもって、自分の部屋にしたベッドルームに入った。大きなダブルベットに飛び込んでから、電話をかける。あいつの番号はいっつもみてるから、もう暗記しちゃってる。もう忘れようったって、忘れられない。何度か目の呼び出し音のあと、電話がつながった。「もしもし」怪訝そうなキョンのよそ行き声が聞こえた。「もしもしー」「あ、ハルヒか」「そうよ。だれだと思ったの?」「通知不可能って表示がでたんで、誰かと思ったぜ」「国際電話だからかなぁ?」「そのせいか? そっちはどうだ」「ん、快適よ。部屋は広いし、ご飯はおいしかったし、言うことないわね」「そりゃ良かった」キョンが楽しそうに笑った。「いまは田舎にいるの?」「いや、妹が急に熱だしちまって、中止になっちまった」「え、じゃあ家にいるんだ」「ああ。うんうん唸ってる妹ほっとくわけにもいかんからな」「そうね。じゃあ4連休はどうするつもり?」「ま、怠惰に過ごさせてもらうよ。妹元気になれば、どこかに出掛けるかもしれんが」「そっか」「ああ。いまはどこにいるんだ?」「ん?コテージよ」「そりゃそうだろうが……」「ああ、自分のベッドルームよ。すんごい大きなダブルベッドでふかふかなの。キョンでも横にねれるぐらい大きいのよ」「ほう」「あんたの部屋のシングルベッドなんて目じゃないわね。あれじゃ一人でも窮屈でしょ。絶対二人で寝れないもん」「シングルベッドだからな、一人用だ」「これ、ホント気持ちいい……やばい、寝ちゃいそう」「風呂入れよ」「言われなくても入るわよーだ」「羨ましいな、まったく」「ふふん、せいぜい羨ましがってなさい……でも、いつか、一緒に来れるといいね」「……そうだ、な」キョンの照れた声に、胸がちょっと変ね。なんかベッドの上でごろごろ転がりたくなる。そんな自分も最近では認められるようになって来たけど。でも、明らかにおかしい。あーやだやだ。こんなんじゃ、SOS団を率いる立場も怪しく思われちゃうわね。「ハルヒ………」キョンが柔らかい声であたしの名前を呼ぶ。ちょっとうっとりしちゃうんだけど、これどうにかならないものかしら。他の人にこんなとこ見られたくないわ、絶対。「なに?」「……………」「もしもし?」「……………いや、なんでもない」「ばか。言いたいことあるなら言いなさいよ」「帰って来たら言うよ」照れ笑いがムカつくわね。「………ひねくれ者」「おまえに言われるとはな」「ふん。素直に言いたいこと言えないのはひねくれ者で十分よ」「ハルヒはどこまでいってもハルヒだな」「うるさい」キョンたら黙り込んじゃって、なんか吐息だけ聞こえる。目を閉じてみれば、キョンに抱き締められているような錯覚を感じちゃう。遠くに波の音が聞こえて、なんだか気持ちいい。 「あんまり長電話できないよな」残念そうにキョンが言った。「そう……ね」「じゃあ、また暇ならかけてくれ」「また明日かけてあげるわよ。寂しくて泣いちゃわないよーにね」「ああ、頼む。じゃな」「じゃあね。……ばーか」「なんで甘ったるい声でバカって言うんだ?」「恥ずかしいからに決まってんでしょうが。じゃあね」「ああ、おやすみ」「おやすみ」電話が切れる音さえも甘く感じるのは、どうしてかしらね。どうも耳までおかしくなってるみたい。不治の病なのかしら、それともいつかは直るのかしら。まあ直らなくても別に困んないか。「ハルヒもお風呂入っちゃなさ~い」ドアの向こうから母さんの声が聞こえた。あたしはベッドから起き上がって、お風呂にはいる準備を始めた。
小鳥のさえずりが聞こえてきた。波が打ち寄せる音が遠くに聞こえてくる。かすかに目を開くと、まぶしい日の光が目に入って、枕に顔を押し付けた。どんどん意識がはっきりしてきた。ここどこ……そか、あたしは海外旅行に来てて、コテージにいるのか。いま何時なんだろ。起き上がって、時計をみた。7時か。早い訳でもないし、遅いってわけでもない時間ね。目をこすりながら、ベッドから起き出して、リビングに出た。キッチンで母さんがなにか料理を作ってる。いつのまに材料仕入れたのかしら。「おはよう」母さんにあいさつした。「おはよう」母さんはいつもと変わらない様子で朝ごはんを作ってる。旅行に来たっていうのに、料理しなくてもいいと思うんだけど。「そうねえ。でもいい材料みつけたから、やっぱりねえ」「どこで見つけたの?」「朝、お父さんと散歩に行ったら貰っちゃったの」「それって、何時よ」「6時ちょっと前ぐらいよ。ハルヒはぐっすり寝てたから」「あ、そう…」「そうなの。もうちょっとで朝ごはんできるから、待ってなさい」「そういえば、親父は?」「外にいると思うわ」リビングの窓は開け放たれていて、カーテンが風に踊っていた。そこから外を眺めた。白い砂浜と、その向こうには青い海が見えた。親父の姿が見えた。もう水着姿で、なんかライフジャケットみたいなものを着込んでいる。あとで教えて貰ったところによると、一つは本当にライフジャケットで、もう一つはハーネスって呼ばれる装備ね。サーフボードを脇において、長い棒をつないでいるみたい。なにをしてるのかしら。リビングの窓から外に出れるようになっていた。あたしはサンダルをつっかけて、外に出る。もう日差しが強くて、風が結構吹いてる。あとでUVケア必須ね。さすが南国ってところかしら。「なにしてんのよ?」「ウィンドの道具借りたんで、組み立ててるんだ」親父は長い棒をビニールのシートに差し込みながら言う。「ウィンド?」「ウィンドサーフィン。セイルを組み立ててるんだ」「帆ってこと?」「そうだ。組み立てると翼状になって、飛行機の翼と同じ原理で揚力が生まれる。その揚力を人がボードに伝えて前に進むんだ」「へえ、そんな趣味あったんだ」「昔取った杵柄ってところだな」「おもしろいの?」「死ぬほど疲れるが、おもしろいぞ」「ふうん」「二人ともー朝ごはんできたわよー」母さんの声が風に乗って届いた。「ご飯だって」「食ってから組み立てるとするか」親父は立ち上がり、砂を払って歩きだした。親父は朝ごはんを食べたら、即外に出ていった。いつもならTVの前にどっかり座ってるのに、どうしたのかしらね。「久しぶりに遊ぶ気になってるからじゃないかしら」母さんはキッチンで食器を洗っている。「ひょっとして自分が遊ぶために、ここに来たとか?」「だから、当てにするなっていったのよ」「え、買い物とかどうするのよ」「昼になれば帰ってくるわよ。そうすれば連れてってもらえるかもね」「どういうこと?」「お昼食べたら、また海にいっちゃうかもしれないんだけど、風次第ね」母さんは半分あきらめているような口調で言った。
午前中、親父はほとんど海に出っぱなしだった。ほんと、なんか恨みでもあるのかというような勢いで、一人でウィンドサーフィンを楽しんでいる。ま、あたしは相手してもらわないと泣いちゃうような子供じゃないっていうか、そもそも親父に構われたくないから好都合ね。だからシュノーケルつけて海中散歩を楽しんだ。透明な海に潜って、きれいな魚やサンゴを眺めながら夢中で泳いだ。ときどき仰向けになって海に浮かんで、空を眺める。波というかうねりに体を負かせる。この空は日本にもつながってるのね。遠い遠いところだけど。観光地見て回る旅行もいいけど、こうやって一カ所に止まってのんびり過ごすってのも悪くないわね。浮かぶのをやめて、立ち上がった。波打ち際が遠く見えるところまできちゃったけど、まだまだ足が付くところがうれしい。日本じゃちょっと考えられないわね、これは。
あっという間にお昼になった。どうやら母さんはずっとコテージで読書してたみたい。それでいいのかしら。親父はどうしたことかシャワーを浴びて、普段着に着替えている。コテージ近くのレストランで、お昼を食べた。お店を出ると、さっきまで強く吹いていた風がやんでいる。「風、止んじゃったわね」「ああ。天気予報通りだな。午前中一杯風が吹くけれど、午後は無風ってな」「知ってたんだ」「海で遊ぶ以上天気予報を頭に入れとくのは常識だ。というわけで、買い物に出るか」現地の人が行くようなお店をまず巡った。子供みたいなサンドレスが気に入って何着も買っちゃった。ちょっと丈が短いんだけど、それはなんとでもなるし。母さんはおおきなツバの付いた帽子を買って、親父は何枚かシャツを買った。「ブランド品街もあるが、みていくか?」「興味なーし」とあたし。「お財布見たいわね」と母さん。母さんの一言で、ブランド品街を歩いてみた。高級ブランド品のお店が立ち並ぶ一角は、やっぱり日本人の姿が多い。別にそれがどうのって訳じゃない。あたしは興味ないってだけ。まあ貰えるもんならありがたく貰っとくけどね。自分で買おうとは思わないな。母さんはすこし迷いつつも有名どころのお財布を買った。そのまま町を散策する。日本とは全然違う南国の景色が新鮮でたまらない。町の空気、歩いてる人、売ってるもの。すべてが刺激に満ち溢れてる。現地の子供たちが元気に路地裏を走り抜けて行く。いかにもお母さんって体格の人が、そのあとをのしのし追いかけて行くのが見えた。親父はなぜか日本人カップルに写真を頼まれている。機嫌よく撮ってやっているけど、たまには断ってもいいんじゃないかしら。そのまま夕方まで街で過ごして、夕食も街のレストランだった。
コテージに戻ったのは夜になってから。虫の声は日本とあまり変わらないような気がする。うるさいってほどでもないけど。お風呂に入って、パジャマかわりにもってきたジャージのハーフパンツと、コットンのタンクトップに着替えた。母さんも親父もみっともないっていうんだけど、楽なのよねえ。これ。電話の子機はベッドルームに置きっ放しになってる。さ、あいつに電話掛けてやらないと、泣いちゃうかもしれないしね。電話の呼び出し数回待つと、ほっとする声が聞こえてくる。「もしもし。ハルヒか?」「そーよ。国際電話で誰が掛けてくるってのよ?」「まあおまえしかいないがな。確認したいのは人情ってやつだ」「そっちはどお?」「ごく個人的なことでいえば、妹はいきなり元気になりやがった」「よかったじゃない」「まあそれはな。ただ、大混み必定の動物園なり遊園地につれてかなきゃならん」「あ、なるほど」「元気100倍なのはかまわんが、今日ぐらいおとなしくしておけというのに、まるで言うことをきかん。困ったもんだ。で、そっちはどーだ?」「楽しいわよ」あたしは話を聞かせてやった。今日あったことを朝から晩まで全部話してあげる。そうすれば、あたしと同じ体験をしたことになるかもしれないから。「楽しそうでなによりだな。本当に羨ましいぞ」「へへん、あんたもね。大人になったらこういうことできるだけの甲斐性ないとね、愛想尽かしちゃうんだから」「まあ、できるだけのことはしたいがな」おおげさなため息が聞こえる。「なによぉ、その溜め息は」「いくら稼げばそんだけのことが出来るのやらだ」「さぁねえ。親父の年収に興味ないしねぇ。なんなら聞いてみようか?」「いや、いい。おまえの親父さんのことだし、なんかはぐかされそうだ」「ウソはいわないと思うわよ。ただ……」「ただ、なんだ?」「身も蓋も無いところあるから、やけに具体的な話始めちゃうかもしれない」「親子だな、本当に」「失礼ね。性格全然違うわよ。あたしはあんな我が儘で人をおちょくるのが大好きな性格じゃないもの」「……そ、そうか」「なによ。なんか不満?」「いや。そういう訳じゃない」「本当かしら……」しばらくそうやって、また無言になる。この瞬間って結構好きなのよね。なんか吐息だけ聞こえてきて。目を閉じるとキョンと二人でベッドにいるみたい。いけないいけない、そんな乙女チックな妄想に浸ってる場合じゃなかった。「日曜日は遊べる?」「ああ。でも、休んでたほうがいいんじゃないのか?翌日から学校だぜ」「ふん、あたしの体力をなめちゃいけないわよ。それより……」「…そうだな」「じゃ、そろそろ切るね」「ああ。……ハルヒ」「なに?」「………すまん」「意味わかんないけど、ひょっとして照れてるの?」「そういうことだ」「ふうん。………ばぁーーーーか」「………それは照れてると受け取っていいのか?」「そうよ。照れてんの」ふたりでくすくす笑った。いつまでも笑っていたいわ、ふたりでね。「じゃあ、そろそろね」「ああ。お休み」「お休みなさい」つい、受話器にキスなんかしちゃった。一人で恥ずかしくて、顔が熱いじゃないの。こんなんじゃ、眠れないかもしれない。それでもあたしは部屋の電気を落として、ベッドにもぐりこんだ。
続く
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