あま~い短編8
肌刺す寒さと温かココア窓の外を除き見る舞い散る雪と静かな町並み世界が無音で包まれる一人の男と 一人の女互いは互いを見詰め合う男は笑ってブローチ差し出し女は黙って想いを受け取る静かに箱から取り出して髪にちょこんと色が付く灰色の髪に白いブローチまるで冬の空のように静かに微笑む宇宙人
これはある晴れた日のことだ。 大学も無事卒業し、いっこうに生活水準を改善してくれない国家権力に使われる仕事に大変屈辱的と思いつつも、谷口のアホから安定していると言うだけで羨望のまなざしを向けられるのも悪くないとごまかしている社会人一年目に突入している。 で、へとへとになってようやく迎えた休日ぐらい休ませてほしいものだが、それを決して許さない奴が約一名。週末になると決まって俺のところにやってくる超大型台風のお出ましだ。『キョン、とっとといつもの喫茶店に来なさい。私より遅かったらおごりの上に罰金だからね!』 突然、電話が鳴ったかと思えば、それだけ言って通話終了だ。30秒もかかっていない。経済的って良いよな。俺の体力・精神力ももっと経済的に扱ってくれればいいんだが。 結局、疲れた身体に鞭を打ちながら、のこのこといつもの場所に向かう俺。「遅いわよ、おごりだからね」 やっぱりすでに喫茶店に到着しているハルヒだった。つーかハルヒ、グラスの中身が空になっているが、まさかここから俺を呼び出したんじゃないだろうな? ただ、ほかのメンバーはいないようだ。ハルヒだけとは珍しい。「で、今日は何の用だ? 悪いが疲れているから、明日また得体の知れないツアーに行くなら拒否権を発動するぞ」「その拒否権は、あたしの拒否権で上書きね。反論は一切認めないわよ」 まさに横暴。しかし、日本は民主主義国家だぞと言ったら、明日からハルヒ総統による独裁制になりそうだからやめておく。 その後、しばらくハルヒは黙ったまま俺をじっと見つめていたが、やがて意を決したように頷き、一枚の用紙を俺の前に差し出した。「とっととこれにサインしてよね。他の必要なところはあたしが全部書いておいたから」 差し出されたものをみて俺は唖然とした。「おいハルヒ」「何よ?」「これはなんだ?」「見たままでしょ」「だったら、ここに書いてある文字を読んでみろ」 俺は差し出された紙の『意味』がストレートに表現されている部分を指さす。「イヤ。そのくらい自分で読みなさい」「いいから」「あんた、それくらいも読めなくなったわけ? 五月病……じゃなかった、社会人ボケなんじゃないの?」「あのな……」 あくまでもしらを切るハルヒをさらに追求しようとするが、「いいからとっととサインしなさい!」 と俺の顔面につきだしてきた。やれやれどうしてこうストレートな奴なのかね。ものがものなんだからもっとロマンチックなムードを演出しつつ、雰囲気のある会話でさりげなーく言う努力とかしろよな。ほかの連中を連れてこなかったのはハルヒなりの配慮なのか、ただ単に気恥ずかしかっただけなのかは知らんが。 差し出されたのは、婚姻届けだった。つまり、あー、なんだ、ハルヒなりのプロポーズとでもいえばいいのだろうか?しかし、俺の名前以外は全部書いてあるし、手際の良いことに誰だか知らない証人のサインまできっちり書き込まれている。これじゃ、タチの悪い詐欺の契約書へのサインを迫られているみたいだぜ。「……嫌なわけ?」 不満たらたらな俺にアヒル口になるハルヒ。こういうリアクションは器用だと思うよ。 そんなハルヒにちょっと意地悪したくなるのも、男なら当然だろ?「俺が拒否したらどうするんだ?」「却下。拒否権を発動するわ」「なら、俺の拒否権で上書きな」「ダメ、団長であるあたしは拒否権は3回使えるの。平のあんたは一回だけ。一回でも使えることに感謝してほしいわね」 なにがなんでも俺の拒否は認めるつもりがないようだ――別に本気で拒否する気もないけどな。「やれやれ……」 俺は溜息を吐きながらサインしてしまった。まさか、こんな唐突に結婚しちまうとは。さらば、独身の俺。こんにちわ、既婚の俺。「ほらよ、書いた――」 サインを終えて、顔を上げた俺の目に入ったのは、発光していそうなほどのハルヒの笑顔だ。しかも、俺に向けられると必ず厄災が降りかかるあの満面の笑みときている。「やっぱやめた!」「遅い!」 ハルヒに渡すまいと、あわてて婚姻届を取り上げようとするも、こいつが一瞬の隙を見逃すわけがない。超高速な手さばきであっという間にそれを確保されてしまった。きっとカルタとか百人一首とかは無敵の強さを誇っていたにちがいないと確信するほどの手さばきだ。「んふふふふふ~♪ キョン、あっさりサインしちゃったけど、これがどういう意味だかわかってる?」 ……一体何をたくらんでやがる? 背筋に冷たいものが走り、そこへ冷や汗が流れるもんだから余計に気持ち悪い。「これからあんたとあたしは夫婦。当然、隠し事もなし、財産も共有って訳ね。つまりこれからあんたの財布のひもはあたしがにぎるって寸法よ」「げっ!」 やっぱりタチの悪い詐欺だった。してやられたな、こりゃ。 ……でも、どうしてすがすがしい気分なんだよ、俺? why? とっとと婚姻届を鞄にしまい込むとハルヒは、「さて、さっき言ったとおり、明日の日曜日は休んで良いわよ。来週に向けてたっぷり休養をとって起きなさい」「ってことは、来週は何かあるのか?」「来週は3連休じゃない! こんな活動のチャンスを逃してたら、いつやるって言うのよ! あ、みんなもちゃんと呼んであるから、安心して」 相変わらずハイテンションな奴だ。俺も少しその元気を分けてほしいもんだね。 と、ハルヒは何やら妙に慎重に鞄を持ち上げると、「さて、あたしは来週の準備があるから帰るわよ」「おい、さっきの婚姻届、役所に届けなくていいのかよ?」「どうせ、今日はやってないでしょ。あたしが平日暇なときに出しておくわよ」 本当にムードもへったくれもない奴だ。二人でなかよく届けるのが、一般的かつ俺の理想的な夫婦というものなんだが。「じゃあ、俺も帰るか。来週はいろいろあるようだからな」 俺はそう伝票を持って――って俺何も注文してねえよ――喫茶店を出ようとしたが、ハルヒに突然それをひったくられる。 ハルヒはそれを持って背を向けたまま、「まあ、こんな日だもんね。たまにはあたしがおごるわ」 こんな日がどんな日なのかは知らないが、俺は何も飲んでも食ってもいないんだからおごりじゃないだろ。でもまあ、せっかくのハルヒ様のおごりだ。無粋なつっこみは控えておこう。これもきっとハルヒなりにムードを出しているんだろうからな。そうだよな、そう思わんとやってられん。 でも、ハルヒがいつも通りに振る舞っているという気持ちもわからなくない。だってそうだろ?たかが紙切れ一枚で俺たちの関係がかわっちまうってのはゴメンだしな。 そんなこんなで喫茶店を出る俺たち。そして、ハルヒはびしっと俺の顔を指さして、こう言った。「これからもよろしくね、キョン!」 ああ、こっちもよろしく頼むぜ。 そんなある晴れた日のいつもと同じ日常だった――
ある晴れた日の昼休みのこと。キョン「…なあハルヒ」ハルヒ「なに」キョン「お前って入学当初からずっと学食みたいだけど…いつも一人で食ってんのか?」ハルヒ「そうよ。それがどうかした?」キョン「…いや。別に」ハルヒ「何よそれ。だったら聞いてくんな」キョン「あ、ああ。スマン」その後、わたしが学食でいつものように一人で食べているとキョンが来ました。キョンってば「たまには学食も良いなと思ってさ。…えっと…他に席空いてないみたいだし…隣り良いか?」だって。そのときは「勝手にすれば」なんてついキツイこと言っちゃったけど、本当はすごい嬉しかった。次の日バカの谷口から聞いた話によると、「昨日キョンはお弁当を忘れたらしく、それで学食に行った」みたい。…だとしたら昨日キョンの机の奥に入ってたお弁当。…あれは一体誰のだったんだろう?
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