恋愛感情は精神的な病の一種
恋愛感情は精神的な病の一種 その日は、不必要なほど早く目が覚めた。 なぜか、目覚まし時計のアラームが早めにセットされていたからだ。何かの拍子に設定時刻がズレてしまったのだろう。 原因は不明だが、確率論的にはありえない事態ではない。 二度寝する気にもなれず、早めに朝食をとって、家を出た。 向かうは、中学校。 普通に授業を受けて、放課後はキョンがこぐ自転車の荷台に乗せてもらって塾に通う。 それが変わらぬ日常。 突然宇宙人が襲撃してきたり、未来人がやってきてとんでも未来を語ったり、超能力者が現れて目の前でスプーンを曲げてくれるようなことなどありえない。当たり前のことだ。 キョンは、そんな非日常をどこかで期待しているようだが。 キョンか……。 最近、興味深いあだ名をもつ彼のことが気になって仕方がない。 気がつけば、彼のことばかり考えているような気がする。 この感情の正体はとっくに分かっているのだが……。 いっそのこと、この感情を彼に告げてしまおうか。 彼はこの手にことについては、天才的なまでの鈍感さを発揮する存在だ。はっきり告げなければ、いつまでも気がつかないに違いない。 そんなことを思っているうちに、中学校に到着する。 自分のクラスに入ろうとしたとき、中から女の子と男の子の声が聞こえてきた。 私は、あわてて身を隠した。キョンとは違って、このシチュエーションが何を意味するのか気がつかないほど、私は鈍感ではない。 やがて、「ごめん」という男の子の声が聞こえた。 その数秒後には、女の子が泣きながら教室を駆け出していった。私の存在には気づかなかったようだ。見覚えはあるが、名前は分からない。別のクラスの女の子なのだろう。 私は秒数を数え、ちょうど五分たったところで、教室に入った。 その五分の間に、登校中に考えていたことは雲散霧消してしまっていた。 その代わりに、昔のある人物の言葉が明確に思い出された。 恋愛感情は精神的な病の一種。 男の子は複雑な表情で席に座っていたが、私はさりげなく自席についた。 キョンはいつもどおり、ギリギリにやってくるだろう。 それまで、今日の塾の予習でもすることとしよう。 今から思えば、私は臆病だっただけなのかもしれない。 いまさらいっても仕方のないことではあるけれども……。 未来。 地球衛星軌道、「機関」時空工作部第二軌道基地。 上級工作員朝比奈みくるは、任務を終えて帰還したところだった。 所定様式での報告をすませる。 情報通信デバイスを通じて、時空監視局からの観測データをダウンロードした。 介入時点より先の時間帯は規定どおりに経過中。 つまりは、任務成功ということだった。 任務といっても、たいしたことをしたわけではない。 目覚まし時計のアラーム設定時刻を早めにズラしてやっただけのことだ。 本来なら、上級工作員が自ら手をつけるような仕事ではない。だが、彼女はあえて志願してこの任務におもむいた。 佐々木さんには悪いことをしてしまったかもしれないけど……。 そうは思っても、さほどの罪悪感があるわけでもなかった。 「機関」時空工作部が、あまたの人々の不幸を踏み台にしてでも目的を達成する組織であることは、とっくに分かっていたことだし、それを分かった上であえてそこに属し続けることを決めたのは、ほかならぬ自分自身である。 すべては、この世界と私の思い出を保全するため。 そのためには、佐々木さんがキョン君に告白することはあってはならないことだった。 彼が、初恋の女性以外で、女性として明確に意識する最初の相手は、涼宮さんでなければならない。 そうでなければ、あの二人きりの閉鎖空間での白雪姫へのキスはありえないことになってしまう。 もしそうなってしまえば、この世界はまるごと消し去られてしまうことになっただろう。 そこでふと、一つの言葉が脳裏に浮かんだ。 恋愛感情は精神的な病の一種。 涼宮さんと佐々木さん。その二人が共通して口にした言葉。 確かにそのとおりなのだと思う。 自分の先祖であるキョン君に恋していたあのころの私は、病気だったのだろうと……。終わり。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。