キョンの完全犯罪 中編 ~「証拠が無きゃ、作りゃいいのよ!」~
「ちなみに、あなたはあの本を受け取ってませんよね?」「ああ。今日まで知らなかった。谷口って作家になったのか?」「はい。五年前にデビューしまして、それの記念として、あの本を執筆したそうです。五年前に同窓会もどきが行われたのはご存知で?」「ああ、一応聞いてた」「あれは彼の主催だったんですよ? 資金もすべて彼が出しました。同窓会というよりは、豪華なパーティーでしたよ」ほお、作家って儲かるんだな。俺も作家になればよかった。「小説家といってもピンからキリまでいますからね。彼はその『ピン』の方だったんでしょう」俺も高校生活を小説にしてたらその『ピン』になれたんだろうな。「それにしても谷口にそんな文章力があったとはな……」「話は変わりますが、犯人は誰だと思いますか?」「さあな。本当に犯人は同級生なのか? 俺が受け取ってないんだから、そこには二冊あるのは当然だろ? 途中で栞が挟んであったとかいうのも検察側のでっち上げじゃないか?」 「長門さんがそんなことをするとは思えませんがね。それにしても驚きましたよ。検事が長門さんで、判事があなただなんて」「裁判員には朝比奈さんと鶴屋さんもいるぞ。見たか? 記録係に喜緑さんまでいたぞ」「傍聴席のマスコミの中にも見たことのある顔がいくつかありましたね。佐々木さんがいたのには気づきましたか?」「なに!? いたのか?」俺は思わず立ち上がってしまった。「ええ、あなたの席からだとよく見えたと思うんですが」驚いた。かなり驚いた。「驚いたな……そういえば、谷口が書いた本ってどういう本なんだ? まだ聞いてないんだが」「【面白すぎた高校生活】というタイトルで、主に我々のことが書いてあります」「ノンフィクションか」「ええ。ほとんど事実なんですか、あなたと涼宮さんが交際していたということになってましたね」「なんだそれは。なんだそれは!?」思わず二回言った。演技だが。「それも事実じゃないですか? 傍から見てればカップルでしたから」「……今思えばそうだったかもしれんな」
「あなたはどう思いますか?」なにがだ。「彼女が無罪だと思いますか?」「さあな。俺は証拠や証人によって証明されたことから判決を下すことしかできん。個人的な意見を言わせてもらえば有罪だな」「これで無罪にしてはくれませんかね」古泉は懐から分厚い封筒を取り出した。見なくても中身はわかる。「なんのつもりだ」「俗に言う……賄賂です」「冗談でも言っていいこととそうでないことがあるだろ」「本気なんですがね。機関としても彼女が刑務所に入るのは望ましくないので」カチンときたね。俺は立ち上がって叫んだ。「ふざけるなっ!! お前は俺を舐めてんのか!? 判事に賄賂だと!? 出て行け!! 出て行けぇぇええ!!」「すみません。すぐに出て行きます」古泉は椅子から立ち上がって玄関へと向かった。最後に古泉はこう言った。
「たまには図書館でも行ったらどうですか?」
図書館へ行くと、七年前より少し背の伸びた長門がいた。「こんなところでなにしてんだ?」「事件当時の新聞記事を調べている」どうやら長門は検事になってからも図書館へ来ているようだ。長門の横の机には本が山積みになっている。その中にはカバーが取れた【面白すぎた高校生活】(著者:谷口)があった。「この本はお前が家から持ってきたのか?」「そう」【面白すぎた高校生活】は白いカバーを外すと、黒い表紙が表れる。カバーの下が黒い本なんて本は滅多にないので、タイトルを見なくてもすぐにわかった。長門の隣に座り、パラパラとページをめくってみる。すると、谷口の独特な文章が現れる。パラパラとページをめくっていると、あることに気づいた。
結末が俺が知っているものと違う。最後の十ページが違う。俺が読んだときは「キョンは涼宮と別れ、東京へと旅立っていった」とかそんなことが書いてあったのだが、これは違う。「キョンは涼宮と結婚した」とか書いてあるじゃないか。どういうことだ?「長門、これ結末がおかしくないか?」なんて聞けるわけがない。俺が本を受け取ったということになり、自動的に犯人は俺になる。ここは大人しくしていたほうがいいな。「今も図書館にはよく来るのか?」コクと数ミクロン頷く長門を見るのは七年ぶりだ。なにもかもが懐かしい。「あのころは楽しかったな……」それにしても、これは一体どういうことだ? 長門がやったのか? なんのために?裁判で使うのか?「長門、ハルヒは本当にやってないと思うか?」「わからない」「だよな……」「ただ……」「なんだ?」長門は俺の目を見て言った。
「彼女は悪くない」「……ああ、わかってる。だがそれだけで無罪にはできん」長門もハルヒを無罪にしたいようだ。だが、それはできない。俺としては、ハルヒには刑務所に入ってもらわなければならない。もしハルヒが無罪になれば、俺は裁判官ではなく被告として法廷に立つ羽目になる。それだけは避けたい。「そう。だから真犯人を探さなければならない」
「そうだな。真犯人は誰だと思う?」
長門は何も言わず、俺を見つめている。
「長門?」
「あなた。犯人はあなた」
「なぜそう思う?」
「あなたがもし被害者から本を受け取っていたら、すべての辻褄が合う。あなたが被害者を殺害し、現場に本を忘れた」
「ほお。だが証拠は無い。残念だな」
俺はそこから立ち去った。
……俺は捕まらないからな。絶対に逃げ切ってやる。証拠はひとつも無いんだ。捕まるわけがない。
家に帰って、あの本が一体どういうことなのか考えた。俺が谷口から本を受け取ったことを証明するものだろう。じゃあ、どのようにして証明しようとしているんだ?俺ならどうする?内容を言わせるのが一番良い。
容疑者に本を一晩貸し、内容を覚えたかどうか聞く。一度読んだ内容をまた読むということはあまりないんじゃないか? だから、容疑者がその本を読んだことがなかったらそれを読む。逆に、その本を読んだことがあったら読まないだろう。そこに罠を仕掛ける。一晩貸した本の結末を少し変えておく。するとどうなるだろうか。読んだことがなかった人間は変えられた結末を言うが、読んだことのある人間は本来の結末を言う。これで、容疑者がその本を読んだことがあるかどうか証明できる。
長門はそれをするつもりだ。だから最後の十ページが別のものに差し替えられていた。長門はおそらく今日か明日には、あの本を俺に貸すだろう。騙されるかよ。俺は負けん。
「キョン、なんであんたが裁判官なの?」「俺が聞きたいね」勾留されているハルヒに面会に来たのだが、やはりこいつは七年経っても変わらない。「まさかお前が谷口を殺すなんてな……」「あたしはやってないわよ!!」「わかってる。冗談だ。なんでお前が疑われたんだ? 現場から何が見つかった?」「あんた判事なのに冒頭陳述聞いてなかったの? 現場に指紋が残ってたのよ! あたしの!」「なんでそんなもんが谷口の家にあるんだ?」「裁判中は裁判に集中しなさいよ。弁護側の冒頭陳述にあったでしょ? 谷口の家に行ったからよ!」「冒頭陳述は長すぎて聞く気にならん」「それじゃ話にならないじゃない。よく裁判官なんてやってられるわね。ちゃんと聞いときなさいよ! あたしのために!」七年前までの俺の口癖を、俺の代わりにハルヒが言った。「やれやれ」「で、なんでお前は勾留されてんだ?」「被告人だからよ」「被告は全員勾留されるわけじゃない。定まった住所を持たないか、証拠の隠滅をする可能性があるか、逃走する疑いがある人間だけだ。お前はどれだ?」「一つ目ね」「なに?」お前、定まった住所を持たないのか? てっきり証拠隠滅をするからだと思ったぞ。「証拠って……証拠は全部検察側が持ってるじゃない。あたしは時々実家に帰ったり、仕事で名古屋に泊まったりするのよ」「証拠は全部検察側が持ってるって、新しく見つかるかもしれないじゃないか。証拠が」「何言ってんのよ。今存在している証拠は弁護側と検察側が全部回収しつくしたわ」「今存在してるってどういうことだ?」「これから証拠が生まれるかもしれないってこと。証拠が無きゃ、作りゃいいのよ!」作る? 証拠を?「今からか?」「古泉君に頼んで今、証拠を作ってもらってるわ」「どういう証拠を?」「次の審理をよく聞いてればわかるわ」
自宅に帰ると、郵便ポストに一冊の本が入っていた。そして一枚の手紙が添えられていた。
『谷口さんが書いた本です。次の審理までに読んでおいてください。 古泉』
何もかも、思い通りだ。
後編 ~これはあれか? 古泉任三郎か?~
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