7.現実? > 終幕
「もう、キョンのばかっ!!」頭が痛いと思ったらハルヒと頭がぶつかったらしい。っていうかお前、また寝袋持ち込んでたのか。「…だって…心配……だったから」消え入りそうになる声。ああ、俺はこれが聞きたかった。おはよう世界!ところで今、何日だ?「あんた、3日間も眠りっぱなしだったのよ。でも元気そうじゃない。心配損だったわ」そうか。3日間。その間に俺は色々大変だったんだぜ。「何よ。走馬灯でも見たって言うの?寝てる間に」まさか。でも、まあ、お前に話す筋合いはないな。「そんなの言われたら余計に気になるじゃない。教えなさいよ、キョン!」やなこった。人にはプライバシーってもんがあるんだよ。そう言うとハルヒはらしくもなく黙り込んでしまった。…お前も、大分変わったなあ。もちろん良い意味で。これは口には出さなかった。
後日。古泉の計らいによって早期に退院した俺は普段通りに坂を上る。教室の俺の席に髪の長い誰かが座ってる…なんてこともなく、普段通りに空席。…そういえばあれは結局何だったんだろうね?プリントなどはハルヒが毎日俺の病室に置きに来ていたので、机の中に溜まっているプリントを見てへこむこともなく、通常通りだ。「よ、キョン」「おはよう。元気になったんだね」谷口に国木田。お前らも俺の非日常的な側面は知らないだろうが、いつも通りってことがこんなに嬉しいとは夢にも思わなかった。「…涼宮とは何か進展あったのか?」いきなりそれかよ谷口。お前はもうちょいデリカシーってもんを持て。そんなんだからいつまでもナンパ成功率が低いんだ。「あはは。そりゃそうだよね。でも、僕もちょっと気になったな。前みたいに毎日病室に通ってたみたいだし」…俺の知ってるハルヒはそれぐらいのことは当たり前にやってのけるやつだ。ま、そんなことはもちろん言わずに適当にはぐらかしておいたが。
「あの…あ、あたし、今回のこと、よく、その…分かってなくって…」ごめんなさい、と朝比奈さんがぴょこりと頭を下げた。でも俺は朝比奈さん(大)も見たのでいつか朝比奈さんにも全てを解するときがくるのだろうとは思っている。なので俺はその件については何も語らない。「いえ、こちらこそ心配かけてすみませんでした」これが精一杯だ。俺は朝比奈さんの淹れたお茶をすする。今日もおいしいですね。「そうですか?嬉しいです。これ、今日のために新しい茶葉を買ってきて淹れたものなんですよ」朝比奈さんの笑顔はそりゃあもうこの上ないくらい魅力的で、そんなのを見せられたらネガティブだってふっとぶ、なんてもんだ。ありがとう朝比奈さん。あなたは最高の癒しですよ。…そんなきざったらしい台詞が浮かんだけれど口に出せるはずないじゃないか。全く、頭のねじが緩みすぎてるんじゃないか?俺。
「あの世界はあなたの夢の具現化ですよ。思い通りになるけれど思い通りにならない。矛盾した世界なんです」「矛盾のない世界がどこにある」「…そうですね。第一、僕の存在自体もある意味においては矛盾の塊のようなものですから」「お前自身の話はどうでもいい。…その内、聞くかもしれんがな。 それよりも今はこの3日間の話だ。現実世界では俺は眠りっぱなしで病院にいた。 それには納得する。だって俺は実際起きてなかったんだからな。 でもあれは何だ?夢だけど…夢とは言い切れないような、」「実は機関自身もまだ実態はつかめていません。分析の途中です。知りたいようでしたら逐一報告させますよ。 …それはともかく、これは僕自身の見解によるところが多い機関の『答え』なのですが。 涼宮さんのそれとは別個の閉鎖空間、という風に捕らえています」「俺には世界を作り出す力なんかないだろ」「涼宮さんがあなたに世界を作り出して欲しい、あなたの望む世界を見てみたい。…そう望んでいたとしたら?」「お前のは詭弁だ」「そうです。実のところ機関にはよく分かってないんです。理屈の積み上げなら得意なんですが…聞きますか?」長ったらしくなりそうな上に真相をこいつの口から聞きだすにはどうも手間がかかりそうだったのでノーと言った。「そうですか…まあ、そうですよね。僕に語らせたら長くなりますよ?新たな精神に関する空間について、だなんて」だろうな。まあ、その話は俺が不眠症にでもなったら話してくれよ。そんな小難しい話を聞かされたらすぐ寝れるだろ。「承知しました」古泉のハンサムスマイルは相変わらずで俺は舌打ちしたくなったが古泉自体に非はないのでやめる。…お前も機関も、回りくどいんだよ。全く。
***
_SOS団部室_某日、昼休み_以下の会話は未来人・宇宙人・超能力者のものである。一部しか記録されていない・・。資料的価値、なし。
「…で、結局、分かってるんでしょう?…あたしには報告がないんです。全然、分からないままで…」「さあ、どうでしょう。僕に能力が宿った時のように、これは直感です。だから僕が正常でない可能性を考慮しなければならないんですよ」「古泉君は大丈夫です。だって、今だって彼のことも、涼宮さんのことも、気遣ってるじゃないですか」「わたしもそれについては保証する。それにしても、問題は、彼」「まだ、『一般人』の域からは抜け出してないんですよね?」「そう。ただし『涼宮ハルヒに多いに関わることの出来る一般人』は彼しかいない、その事実は変わらない」「そういう意味では…言葉としては間違ってるかもしれませんが、機関では希少種なのでは、と言ってます」「キョン君は普通ですよ」「…僕だってそう思ってますよ。言ってるのは彼を真に知らない人間です」「………うまく言語化できない。けれど、彼はここに戻るべき人。彼の居場所は……ここ」
「で、朝倉を再構成したのはお前なのか?」「そう。わたしと…それから、喜緑江美里」それから、と喜緑さんの名前を言うまでに少し間があったような気がするが気にしない。「でも、失敗だった」…俺もそう思わなくはない。俺のよく分からん、むちゃくちゃな具現化能力に操作されていた時はともかく、『あたしは本当に今度こそこの世界から消えちゃうけどね』少し迷ってしまったのは紛れも無くあいつのせいだ。「あなたは…朝倉涼子を重要視している?だとしたら、あれは完全な誤り。記憶の消去を行うべき」おいおいちょっと待て長門。そりゃあたしかに朝倉はそれなりに美人だし、あの一面を除けば性格だって良かった。「それはあなたが彼女を重要視しているということに値するのでは?」それにははっきり言おう。「違う」「…じゃあ、なぜ」そりゃあ俺は朝倉に特別な感情を抱いてなんか無い。ただ、こうも超能力的・宇宙的・未来的な何かに巻き込まれすぎていると、「…あいつはまあ、宇宙人で俺を攻撃してくるような面さえ見せなけりゃ、一番『普通』だからな」そういうことだ。あらゆる日常に退屈しきって面白いことを日常に求めたハルヒのように、俺はあらゆる非日常に飽きがきて日常を求めていたのだ。普遍性を。そしてそれはあらゆる意味でまっとうなことだと思う。そりゃそうだ。だって俺は一般人だからな。「…理解した」そう言うと長門はいつも通り黙々と本を読み始めた。次の瞬間、バン、と勢いよく部室の扉が開いた。「さあ、今日は町に不思議探索に行くわよっ!」今日も楽しい非日常的日常の始まりだ。
了
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