ポニーテールの秘密・エピローグ
エピローグ ついこの間までゴチャゴチャになっていた俺の記憶と谷口の証言との齟齬は、完成されたパズルの絵の様に組み上がっていた。無論、俺とハルヒの間柄もな。 ちなみに今は4月の2日で、9時に駅前に集合して俺の奢りの喫茶店にてくじ引きをした後の不思議探索午前の部だ。悲しいかな、俺の隣にいるのはお得意の営業スマイルを顔に貼り付けた古泉であり、たった今、昨日のタイム・リープ紀行の顛末を話し終えたところだ。所々端折りはしたが。 「いやぁ、助かりましたよ。それまでのあなたと涼宮さんの目に見えぬ争いと言いますか、緊迫した様子は決して見ていて気持ちの良いものではありませんでしたからね」 目に見えないんじゃなかったのか。 「僕は例外ですよ」 古泉は含んだような微笑みをして間を置いた。 「彼女の精神状態に異常をきたした場合、閉鎖空間内の神人の活動によってそれを知ることが出来ますから」 そんな事は去年散々聞かされた。 「いえ、お気付きでないのならそれも良しなんで」 「どういう事だ」 「それにしても、」 俺の質問はスルーかい。 「今日の涼宮さんは非常に魅力に満ちています。これまでに無いほど。昨日のあなたの行動は、僕が思っているよりも功を奏した様ですね」 「みたいだな」 それ以上は何も言わなかった。俺は古泉に昨日の出来事を端折りながら話したが、その中でも大幅に端折った出来事を思い出していた。それこそ、パズルがカチリと音を立てて完成するかの様な出来事だ。 俺はハルヒの背中が見えなくなるのを確認して、 「やれやれ・・・これで終わりかな」 と誰に言うでもなく呟き、ベンチに腰を据えた。 ふと夜空を見上げた。見上げたところで何も無い黒い空について語れるはずも無いので、何となしに見上げただけだ。 「終わりました?」 のわっ、なんて形容し難い声を上げてしまった。空を見上げていた俺の視界に突如、朝比奈さん(大)の麗しい顔が3倍ズームで入って来たのだ。それも逆さまで。 ゆっくりとベンチの後ろから移動した朝比奈さんが隣に座った。どうやら学生版朝比奈さんは長門の部屋に置いて来たみたいだ。 「この時間帯のわたし、少し様子が変だったでしょ?」 そう。朝比奈さん(小)の言動についてはいまだ疑問符がついたままなのだ。そして、今俺の目の前にいる女性はその未来型であり、未来の情報を重んずる彼女がそれ以外の行動をとるはずも無く、当然彼女も俺が見た意味深な行動をとったはず。その彼女からその言動の真意を知る事ができる、なんてのは火を見るより明らかだ。 「確かに様子が普段と違ってました。理由を教えてくれますか?」 朝比奈さんは地面に目線をやり沈黙していた。禁則事項なのか?とも思ったが、やがてぜんまいを巻き終えたオルゴールのような口調で話し始めた。 「わたしね、この時間帯のわたしに未来、つまり、4月2日に飛ぶように指令を出したの」 この時間帯の朝比奈さんと言うのは恐らく3月30日以前の彼女だろう。 「その通り。正確に言うと、3月29日のわたしなんだけど」 朝比奈さん(大)は、ここからはわたしが体験した事を話しますね、と言った。 「指令の通り未来に飛んだわたしはあるものを見たの」 俺の方を見て微笑む。何を見たと言うのか。 「このベンチの前で話している2人。あなたと涼宮さんの仲直り」 何てこった。見られない様に配慮したと言うのに、朝比奈さんはそれ以前からすでに見ていたという事か。 「ごめんなさい。その時は最優先強制コードだったから仕方なかったの」 知らぬが仏って言葉もありますし、厳密に言えば俺自身が見られた訳じゃありませんから。そう言ってくれるとありがたい、そんな言葉を予想していた。だが、彼女の口からは俺の予想を打ち砕き、驚愕へと導く言葉が発せられた。 「でも、わたしが見たのは仲直りなんかじゃなかった。それよりももっと幸せそうな2人だった・・・」 朝比奈さんの瞳が潤んだ。 「その時ね・・・私こう思ったの・・・ああ、キョンくんは涼宮さんを選んだんだって・・・もうわたしには・・・振り向いて・・・くれないんだっ・・・てっ・・・」 最後は小鳥の様な小さな呟きだった。それと共に潤んだ瞳からはとめど無く涙が溢れ出した。 「でも・・・もしかしたら朝比奈さんを選んだかもしれないじゃないですか」 朝比奈さんの涙を止めるために手遅れの抵抗を試みたが、彼女は首を横に振って右腕を俺の目線の高さに挙げた。 「わたしじゃ・・・キョンくん、気を使っちゃうでしょ?」 思わずハッとした。彼女の右腕には、俺が贈ったブレスレットが巻かれている。あの日、デパートで俺が贈ったブレスレットだ。 古泉、長門、そして目の前の朝比奈さんと立て続けに核爆弾を打ち込まれてきて、俺の精神は他に類を見ない程のキャパシティオーバーだと思っていた。だが、彼女のそれは積載容量を遥かに超えた2トントラックのタイヤの様だった。 「今だけ・・・わがまま聞いてもらえますか?」 ええ、こんなヘタレの俺で良ければ。 「ふふっ・・・おりがとう・・・」 妖精のごとき笑顔を向け、彼女は俺の胸に顔をうずめ泣き続けた。震える彼女の肩に腕を回す。言っておくが、煩悩なんてものは俺の脳内に存在しない。 しばらくして、朝比奈さんが顔を上げた。俺も腕を解く。 「今日、わたしが言った事はあの子には禁則だから、あの子からわたしの気持ちを聞く事はありません。でもね━━━」 突然の目眩。ダメだ。目を開けていられない。俺は暗闇の中、必死に朝比奈さんの言葉に耳を傾けた。 「あなたの事を好きだった人がいた。その事実を・・・忘れないでほしいの」 その言葉を最後に、俺の意識は暗闇へ消えた。 「朝比奈さん!」 目覚めた場所はあのベンチではなく、長門の部屋だった。隣で朝比奈さん(小)が寝ている。 「あなたは4月1日から元の時間平面上に帰還した」 長門か。 「朝比奈さんは?」 長門は俺の隣に顔を動かした。視線の先には可愛げな寝息を立てている朝比奈さんがいた。 「いや、すまん。未来から来たほうの・・・」 「朝比奈みくるはあなたの意識が回復する22分48.6秒前に帰還した」 俺が言い終える前にそう言われた。 それから俺は長門にあらましを話し、帰路に着く事にした。帰り際、 「朝比奈みくるから伝言。『あの子にはいつも通り接してあげて』」 「わかった。じゃあ、今日はありがとうな」 「いい」 なんて解ってはいたが重要な言伝を聞き、部屋を後にした。 「どうかしましたか?随分考え込んでいた様ですが」 古泉のこの言葉で我に返った。 「いや、何でもねぇよ」 「僕のトリックについて考えているのかと思いましたが」 何だよトリックって。そう言った時の古泉のニヤニヤを見てようやく気付いた。 「お前・・・あの時閉鎖空間がって・・・」 古泉のニヤニヤは止まらない。 俺は黒塗りの車の中で、 『で、どんな事が起きたってんだ?』 『閉鎖空間です』 と古泉に言われた。しかし、長門は、 『この時点で閉鎖空間が観測されないのは彼女の時空改変能力が極端に失われているため』 と言っていた。 「どういう事だよ」 「あなたの決心を後押しするための方便といったところですよ」 確かに、古泉及び『機関』への罪悪感が無ければ、今の俺は無かったというのは否定しないが。 「それに、あの時言った通りです。僕はあなた達の友人であり、『機関』の人間でもあると言う事ですよ」 古泉はしてやったりの微笑みを作る。 「やれやれ」 とんだ友人がいたもんだ。 「そろそろ戻りましょうか。涼宮さんがご立腹なさる前に」 「そうだな」 俺達2人は駅前へと向かった。 こうして俺はこの先2年間、降ろしたはずの荷物を2倍にして再び背負う事になった。この荷物は明日にでも降ろせるのだが、降ろした瞬間ハルヒに変化し、三度俺の背中に乗っかり、右に行けと言ったコンマ2秒後に後ろに戻れと言い出すのだ。雑用らしいか? 違うな。俺にとってのハルヒはもう荷物なんかじゃない。じゃあ何なのかって?それはヘタレの俺には言えない。いつか、俺がしっかりした男になったら言うさ。この高校生活の内に。それに、ペナルティは嫌だしな。 4月1日、エイプリル・フール。嘘をついても許される日。あの時のハルヒへの気持ちは嘘じゃないのか?なんて言われるかもしれない。だが、そんな事は関係無い。何故なら、その時の俺は4月2日の俺だったからさ。 完
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