朝比奈みくるの未来・第2章
第2章 鶴屋さん(ここはあたしの報告です:みくる☆)
昨夜のお酒のせいもあるのでしょうか、頭が重たいです。ペットボトルの麓甲のおいしい水を飲みながら、お家まで送ってくれたキョンくんのこと考えてたら、嫌われちゃったかもって思って、悲しくなって涙が出てきました。よせばいいのに、一人で考えているとどんどん悪い方向に考えちゃって、大泣きしてしまいました。
鶴屋さんがあたしが二日酔いで潰れていないか、心配の電話をかけてくれた時、ちょうどその時だったんです。そんな変なことで泣いていたので、ちゃんと理由を説明できなくて、変に誤解されちゃったかもしれません。夜にでもまた謝っておきます。
ところで、今何時頃でしょう。壁時計を見ました。お昼を少し廻ったところです。昨日はお食事もお酒もあたしにしてはたくさんだったので、まだお腹は空いてません。それよりも胃のあたりが少し気持ち悪いです。講義もありませんし、お水だけ飲んでもうしばらく寝ていましょう。
『ピンポーン』
呼び鈴が鳴りました。重い頭を支えるようにふらふらと出ると、カメラ付きインターフォンの画像に映っていたのは鶴屋さんでした。少しそわそわしているようです。
「あっ…どうしたんですか?」
少し気まずくて、なんか顔を合わせづらいです。あ、でも、向こうにはあたしの顔は見えないですよね。
「いやー、お腹空いてないかなって思ってさっ。ねっ」
手に持ったチェーン店のドーナツ屋さんの箱を持ち上げて見せながら、ウインクする鶴屋さん。彼女なりに気を遣ってくれたのでしょう。もう大丈夫ですよ、上がってください。そう言って外玄関のオートロックを解除しました。
「どもにょろどもにょろ」
いつもの明るさで鶴屋さんがお部屋に上がってきました。いつも通りにしてくれて、なんだか心安らぐのを感じます。
「あの…さっきはみっともないとこ、ごめんなさい。あっお茶淹れますね」
本当にごめんなさい。訳が解らなかったでしょう。大したことじゃないですから。もう大丈夫です。
あたしはお茶を淹れようと立ち上がったところを、止められました。
「あっ、いやーとりあえずお茶はいいっさ。あのさっ、キョンくんと何があったのか、差し支えなかったら教えてもらってもいいかな。実は、みくるが泣いてたから早とちりしちゃってさー、ハルにゃんと一緒にキョンくんに説教しちゃったんだよねー。でもキョンくんの目を見てたら、やましいことはしてないみたいだし、ハルにゃんも勘違いしたままみたいだからさっ。あたしこそ、ごめんっ」
えっ、キョンくんと涼宮さんにもあたしが泣いてたの言っちゃたんですか? ええー!? 恥ずかしいなぁ…どうしましょう…。
「ごめんよっ。うかつだったよ。てっきりキョンくんがみくるに酷いことしたんじゃないかって、あたしもトサカに血が登っちゃってさっ。いやー、すまん。この通りっ。ちゃんとフォローはしとくから。ほんとごめんっ」
両手を合わせて拝むように腰を折りながら、鶴屋さんは謝ってくれました。
あたしのこと思ってくれてのことですからいいです、頭を上げてください。泣いてたあたしが悪いんです。だから、ねっ。
「ごめん、ありがとうみくる。良かったら、聞かせてもらってもいいかな? できることなら、なんでも力になるからさっ」
うん、つまらないことで一人で悩んでて悲しくなっちゃっただけなんです。もしかしたらキョンくんに嫌われたんじゃないかって思っただけで…ぅぅ…。
「あっ、いや、良かったらでいいからさっ。今日は止めといたほうがいい?」
あたし、もうグダグダです。
余計な心配させちゃってごめんさない。鶴屋さんはあたしの大事なお友達です。だから、お話します。でも、キョンくんと涼宮さんには絶対に内緒にしてくださいね。
「うんいいよっ。あ、でもハルにゃんの誤解を解かなきゃいけないから、少しはいいっかな?」
だ、ダメです。言わないで…嘘でもいいから誤魔化してください。
手をぱたぱたさせて、言いました。余裕がなくなると手をぱたぱたさせちゃうのはあたしの癖です。自分でもなんかやだなぁ。
「わかった。ハルにゃんの方はなんとかするからさっ。後でいい理由考えよっ? ごめんね」
ありがとう。鶴屋さんは本当に人の気持ちをよく理解してくれる人だから、信頼しています。うん、お願いしますね。どこからお話したらいいですか?
あたしは、昨夜のことをお話しました。
今年の講義も終わって、開放的な気分になってたこと。それでお酒を呑んで、少し酔っちゃって、キョンくんと涼宮さんのいつものようにじゃれ合ってるっていうか、それ見てたら、なんだかちょっとモヤモヤしちゃって、2次会では少し飲み過ぎちゃったこと。そしたら、結構酔ってしまって、キョンくんにお部屋まで送ってもらったこと。まずここまでお話しました。
「で、そこから何かあったのかい?」
鶴屋さんは聞きました。もう4年を越えるお付き合いですから、好奇心からでなく真剣に聞いてくれているのがわかります。
「うん、あたし、帰ろうとするキョンくんを引き留めたの。二人っきりでお話したくなって…」
「続けて。その前にやっぱりお茶もらっていいっかな?」
ティーブレークを挟んでから、二人であたしのベッドに腰掛けてお話を続けます。
キョンくんとは、始めは普通にお話していたんです。あたしの学部ではどんな講義があるのですか? とか、第二外国語の選択はフランス語が簡単ですよ。とか、そんなお話ね。
それから、学食はどこがおいしいとか、どのメニューがお勧めとかそんな話しをして。そういえばクリスマス直前だからなのか、キャンパス内でもペアをよく見ますよねとか話しになって。じゃあ、今度あたしとお勧めメニュー一緒に食べてくださいねって言ったら、いいですね、ハルヒ達も呼びましょうって言うの。
まだ酔ってたからかな、あたし、キョンくんに絡んじゃって。ううん、普段はそんなことできないから、お酒の力を借りちゃったのかな。おねーさんの言うこと聞けないのーって、キョンくんに抱きついて。慌てるキョンくん見てたら…あの、その…かわいいなって思ってほっぺにキスしちゃって…。そしたらキョンくん、わわわってオロオロしながら後ずさりして。なんだかからかいたくなっちゃって、追っかけて…。お部屋の隅で動けなくなったキョンくんのお顔、覗き込んだの。そのときは涼宮さんも長門さんもSOS団のこととか、全部忘れてた。…キョンくんもあたしのことじっと見てた。
そしたら…なんかね、もの欲しくなるってこういうことかな。あたし目を瞑ったの。キスしてくれないかなって思って。でもキョンくん、「嬉しいですけど、今の朝比奈さんは朝比奈さんらしくないですよ。今日はもう帰りますね、おやすみなさい」って。その時はキョンくん根性なしくらいしか思わなくって、すぐ寝ちゃったんですけど…。
朝ね、起きたらね…ぅぅ、ぐすっ、あたしね。キョンくんに酷いことしちゃったかなって。酔った勢いであんなことして。キョンくんも好きでもない人からそんなことされたら困るだろうし。何やってるんだろうって。そしたら、すごく悲しくなって…、なんかあたし最低の女だなって。一人でいろいろ考えてたら、どんどん悪い方にしか考えられなくて。
ふえ、ふええぇぇん…。だからキョンくんは全然悪くないの、あたしが悪いの…うぇぇぇっぇぇ……。
わたしは、告白しながら鶴屋さんの胸に顔を埋めて泣いていました。鶴屋さんは、あたしが落ち着くまで、そっと背中を撫でていてくれました。
「口に出したらちょっと楽になったかな?」
うん。
悩みって、吐き出すと楽になるていうのは本当です。ありがとう鶴屋さん。
「そっかぁ、やっぱりみくるはキョンくんが大好きなんだね」
あたしはゆっくりと頷きました。顔が熱くなります。
「大丈夫、キョンくんはそんなことでみくるのこと嫌ったりしないよっ。これはあたしが保証するさっ。でもね、ほんとに好きなんだったら、声に出して言うことも必要なんじゃないかなっ。それとも、誰かに遠慮してるのかなっ?」
涼宮さんのことが頭に浮かびました。次に長門さんが。
「キョンくんが誰を好きかは知らないけどさっ、何もしなかったら、進まないよ? 誰かに盗られちゃうかもよっ?」
えっ、嫌です。そんなの。でも…。あたしがきっかけで起こった、涼宮さんが世界を新しく作ってしまおうとした時のことが甦ります。あれ以来、あたしはキョンくんに素直に感情をぶつけられなくなったのです。またあんなことになれば…未来がなくなってしまうから。そう心の中で呟きました。
「んー、何かが気になってるみたいだね。これは勘だけどさっ、たぶんみくるが心配するようなことにはならないかもしれないよっ?」
えっ、どういうことですか? 驚きました。心の中を見透かされた思いです。鶴屋さん、涼宮さんのこと何か知っているのかな…。
「まあ、ここはおせっかい鶴にゃんに任せてもらえるかなっ。ハルにゃんへの言い訳も含めてねっ。送ってもらってタクシー代払ってもらった上に、部屋についたらゲロ吐いて始末までしてもらって、情けなくって泣いてたとかってでも言っとくさっ」
うん、お願いします。鶴屋さんなら涼宮さんの誤解はすぐに解いてくれるでしょう。それにしてもゲロ…は酷いと思いますぅ。
「あははは、まあそのあたりはいいの考えとくよっ。ま、決めるのはみくるだっぽ。あたしはね、みくるには幸せになって欲しいんだ。なんかいつも何かに遠慮してて、貧乏くじ引くようなタイプだしねっ。友達失くしてでも欲しいものは奪わなきゃいけない時ってのもあるもんさっ。今がその時かは判かんないけどねっ。ハルにゃんも長門っちも、SOS団も大事な友達だけど、あたしにとってみくるは一番大事な大親友なのさ。あたしはいつでもみくるの味方だよ。応援してるよっ」
ありがとう…。
また涙が出てきます。あたしって、本当に泣き虫だな。
「まあ今日はゆっくり考えなっ。お酒と涙でむくんだ顔してたら、運も男も逃げてくってもんだっ。じゃあねっ。あっ、見送りはいいにょろよ。ああそう、今のみくるにはなにか魔法がかかってるみたいだから、心配無用だよ?」
そう言うと、鶴屋さんはぶんぶんと手を振って帰って行きました。この時代にいいお友達がいて、本当に良かったです。それも鶴屋さんで…。
胸の中のモヤモヤを吐き出したら、少しお腹が空いてきました。買い置きのクリームシチューのカップスープをコタツに入って食べました。鶴屋さんが置いてってくれたドーナツはまた後で食べますね。
そのまま後ろにごろんと寝そべって、天井を眺めながらキョンくんのことや鶴屋さんの言葉、涼宮さんのこととか考えていました。キョンくんはあたしのことどう思ってるんだろう。先輩として? それとも…。
あたしとキョンくんの二人の未来はありません。あたしが知ってる規定事項はキョンくんと涼宮さんの未来。間に入り込もうとしたら、前みたいに世界を変えようとしてしまうかもしれない…。でも鶴屋さんの今なら大丈夫ってどういうことでしょう。魔法って一体…。頭がごちゃごちゃになりました。
『ぴろりろろろ…』
携帯電話が鳴りました。考えながらうたた寝していたようです。慌てて着信相手を見るとキョンくんからでした。すこし躊躇って9コールくらいしてから、着信ボタンを押しました。
もしもし…みくるです…。
「…あの、その…なんか、俺、朝比奈さんに失礼なことしちゃったみたいで…ごめんなさい。何をしたのか覚えてないんですけど、とにかく謝ろうと思って」
うふ、大丈夫、キョンくんのせいじゃないですよ。だから心配しないでくださいね。鶴屋さんには、さっき説明しましたから。そちらはもう大丈夫ですよ。鶴屋さんが、涼宮さんにはフォローを入れるからって言ってました。
「あ、そうですか、すみません。二人が家に押しかけて来たときはマジで殺されると思い
ましたよ。あ、大丈夫です、説教されただけで殴られたりは…。ハルヒのことはお言葉に甘えて鶴屋さんにお願いしましょう。ええ…」
それからキョンくんとは普通に笑い合い、他愛もない話しをしました。なんだか胸がぽかぽかしてきます。
「じゃあ、また」
キョンくんが電話を切ろうとしました。ちょっと待ってください。
鶴屋さんの言葉に後押しされなければ、自分からはなかなか言えない言葉を言いました。
「あのぉ、キョンくん。明日、お時間ありませんか?」
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