GPS
今日は日曜日なんだけど、キョンと約束がある。昨日は不思議探索だったけど、別れ際にこんな会話があったから。「明日、暇か?」あいつが何故かあたしの靴のあたりを見つめながら言った。「別に用事は無いわね」あいつったら、視線あわせようとしない。緊張しているのが手に取るように分かる。「明日、ちょっと買い物に行きたいんだが」「ふうん。そうなの」「もし暇を持て余し過ぎて暴走しそうなら」あいつはやっと視線をあげて、あたしの目を見つめた。「一緒に付き合ってくれないか?」「どーしよっかなぁ」あたしにとって、とっても楽しい瞬間。どぎまぎしているあいつがとってもかわいい。「まあ無理にとはいわんが…」「…そこで押すのが男でしょ? まあいいわ。付きあってあげる」「そうか…悪いな」「…みんなには内緒よ?」「分かってる」キョンの笑顔がいつまでも胸に残っている。いまでも思い出せるぐらい。もっとも思い出すとほっぺたが緩むのよね。これどうにかならないかしら。
あいつとは友達。彼氏彼女とかじゃないの。暇を持て余して暴走するぐらいなら、あいつと遊びにいってたほうがマシなだけ。でも、なに着て行こうかな。甘ったるい感じがいいかな。それともピリ辛がいいかしら。ちょっとはサービスしてあげないとね。たまにはアメあげないとね。その前に朝ごはん食べなきゃ。腹が減っては戦出来ないって昔の人も言ってたし。そして、あの親父にクギさしとかなきゃいけないし。
洗面所で顔を洗って歯を磨いて髪をとかして…普段の身だしなみなんだけど、今日は、つい時間がかかってしまう。一段落ついたところで、居間に向かった。そこには寝転がって、TVを見ている親父がいた。なんか真夏に動物園でみるシロクマみたい。親父はちらりとあたしの顔を見て、笑みを浮かべた。「彼氏とデートか?」「なに言ってんのよ。そんなんじゃないったら」「その割りにはばっちり決めてるように見えるな」あたしが文句を言う前に、母さんの明るい声が飛んだ。「朝ごはん出来たから、みんなで食べましょ」
「あの彼氏とはうまくいってるのか?」「………………」このシーザーサラダおいしい。ソーセージもパリッとしてて美味しい。「一度逢ってみたいな。どうだ、今晩家に呼ぶってのは?」「………………」スクランブルエッグもおいしいな。パンに思いっきりジャム乗せてっと。「お母さん、コーヒーお代わりちょうだい」「ちょっとぐらいお父さんの言うことに、反応してあげなさい」母さんはそう言いながら、熱いコーヒーを注いでくれた。「彼氏の話は禁句かよ?」「そういうんじゃないって言ってるでしょう? と も だ ち よ」「最近は友達の定義が広くなってんのか……まぁいい。別に交際に反対してるわけじゃないぞ? ただちっと話させろというだけだ。父さん鬼じゃないからな。……お ま え と 違 っ て」親父は箸でハムエッグをつまみ上げながら言った。「父さんはなんでいつも一言多いのよ!」「おまえに言われたくないね」「朝っぱらから、くだらない親子ケンカはやめなさい」母さんがたしなめて、一時的に食卓は静かになった。
食後の会話はすこしだけおとなしかった。「今日は天気もいいし、父さんも出掛けようかな」「……付いてきたら、本気で死刑よ」「勘違いするな、ハルヒ。人の恋路を邪魔するほど野暮じゃない。母さんと出掛けるんだ。な、母さん」たしかに邪魔はしないでしょうね。邪魔は。でも、面白がるのはやめてほしいのよね。恥ずかしいったら、ありゃしない。「いいですよ」母さんは微笑みながら言う。まあ夫婦で出掛けるのならば、文句の付けようがないけど。
自分の部屋で、いろいろ悩んだ末にわりと甘めの格好にまとめた。小さなカバンに財布や携帯をいれて……あれ?携帯がない?そっか、居間に放置しちゃったかもしれない。昨日、夜TVみながらごろごろして、メール打って、おふろ入って寝ちゃったし。居間に降りると、TV台のところにあたしの携帯を発見した。メールや着信がなくてほっとした。親父は着替えていて、出掛ける準備完了といった感じ。めずらしく携帯をいじってる。「なにしてんの?」「母さん待ってるんだ」親父は携帯から顔も上げずに答えた。画面をみれば、地図が表示されていた。見覚えがあるとおもったら、家の回りじゃないの。なにやってんのかしら。「なにその地図?」「んーGPSと連動した地図。最近の携帯はなんでもできるな」「ふーん」「興味ないか?」「メールと通話しかしないもん」「カメラも便利だろう?二人で撮ってくればいい」「そんなことしないわよ」そんな恥ずかしいこと出来る訳がない。誰かに見られでもしたら、どうすんのよ。「そんで父さんに見せてくれ。ああ、ラブシーンは不要だぞ?」親に自分のラブシーンを写して見せるド阿呆が、どこの世界にいるってのよ。まったく。「……いってくるから」「気を付けろよ。…特に狼。送り狼は絶滅してないみたいだからな」「もう、黙ってて」親父は黙って手を振った。あたしは振り返らずに家を出た。
いつもの場所でキョンと落ち合った。いつもと違う格好で意表をつかれた。二人での待ち合わせが、妙に照れ臭いのは何故かしら?分かってる……これが恋なんだってことは分かってるの。でも認めたくない、認めてしまうと、どこまでも落ちていきそうで怖い。あいつを壊してしまいそうな、そんな気持ちを感じてしかたがないの。
いつもの喫茶店に移動したけど、なんだか気恥ずかしさが先に立って、落ち着かない。別にデートしようって言われた訳じゃない。ただのお買い物。でも、あいつも同じみたいで、なんか緊張しているみたいに見える。「今日は、遠出しないか?」キョンが目の前のコーヒーカップに囁いた。「うん。いいわよ」あたしは半分しか残ってないオレンジジュースを見つめながら返事をした。二人だけで、どこか行くのは珍しいことじゃないのに。
電車に乗った。日曜日の電車はすいてるわね。目指す駅までこの電車で、30分ほどかかる。途中で快速に乗り換えれば、20分ぐらいかな。7人掛けシートの端っこに二人で座っている。そのシートに座ってるのはあたしたちだけ。なんか恥ずかしいけど、なんとなくうれしい。窓から差し込む日の光がぽかぽか暖かい。電車に乗ってる限り、春を感じるわね。「途中で快速に乗り換えるか?」そうキョンに聞かれたけれども、あたしは首を振った。「いいんじゃないの?このままで」
電車を降りると、いつもと違う町。大きなビルがいっぱい見えて、ちょっと圧倒された。結構田舎者ね、あたし達。人も多くて、本当に迷子になりそう。もっとも迷子になったら、携帯で呼べばいいんだけど。それに子供じゃないんだから、迷子になんてならないって。キョンがなにも言わずに、あたしの手をつないだ。暖かい手が優しく感じて、思わず息を飲んだ。暇を持て余して暴走しないために来たのに、なんか暴走しちゃいそう……
有名なデパートを何軒かハシゴしたら、結構な荷物になっちゃった。時計は昼を大幅に回っているし、ちょっと歩き疲れた。お腹もグーグー鳴りっぱなし。腹減ったし、昼飯にするか。そう言って、キョンはあたしの手を引いて歩きだした。別に手つながなくてもいいじゃないと思うけど、言葉に出せない。言葉にしたら、二度とつなげなくなる。そう思うと声にならない。しかし、キョンったらどこに行くつもりなのかしらね。「たまにはこういう店で食うのもいいんじゃねえか?」ちょっと高級ムード漂うパスタ屋さんの前で立ち止まったキョンが言う。「結構高いんじゃないの?」「そう思うだろう?ランチは安いんだぜ」「日曜日でもやってんだ……でも、一人1500円ってちょっと高くない?」「いいさ。……付き合ってもらったお礼だ。奢るぜ」「ふ~ん」「なんだよ」「ちょっと見直したかな」照れて耳まで赤くなったキョンを見るのは始めてかも。あたしも実は耳が熱いんだけど、きっと気のせいよね。
ランチにしては豪華な料理を堪能して、お店を出たらおやつの時間になってた。これからどうするのかな。買い物は終わったけど、まさか帰るとかいわないでしょうね?買い物に来たんだから、別にいいんだけど……「なぁ、ハルヒ」「なに?」「ある屋内遊園地のチケットを2枚もってるんだ。昨日新聞屋にもらったんだが」「ふ~ん」よくある話よね。期間限定ご優待チケットね。うちにもあったような気がする。「非常に偶然なんだが、それがこの近くにあるんだ」「そうなんだ」知っててもってきたんでしょ。まるわかりよ。芝居が下手なんだから。「ちょっと覗いてみないか?」「いいわね。おもしろそう」声の調子が変わらないようにするのって、苦労するのね。
屋内遊園地は楽しかった。こんなに楽しかったのって、何年ぶりだろう?相性診断なんてやってみたら、思ったより低い数字が出て二人で落ち込んだりもしたけど、まあそれもご愛嬌よね。いくつかのアトラクションを体験して、古い町並みを再現してるところでアイス食べて、また歩いて。そしてショップでいくつかお土産を買った。なんかまた荷物増えちゃったわね。
「ここって特別展望台があるんだ」あたしは案内板を見ながら、キョンに言った。「いわゆる屋上だろうがな」「いまの時間なら、ちょうど夕焼け見れるわよね」「……いってみるか?」「ここまで来たんだしね」駄目だ、あたし……笑顔が止まらない。
キョンが言うように、特別展望台というのは屋上のことだった。目の前にはきれいな夕焼けがあって、ピンク色に照らされた雲や、ビルの明かりが一望できる。とてもキレイ。こういう場所でおなじみの有料双眼鏡もある。子供のころ、よく親にせがんでみせてもらったっけ。回りはカップルだらけ。あちこちで抱き合ったりしてる。中には彫刻のように動かないカップルもいて、ちょっと恥ずかしいわね。他人を意識する必要はないんだけど。「なんか冷えるね」「これでどうだ?」キョンが背中からあたしを抱き締めた。背中が暖かくなって、おまけにとても気持ちいい。ああ、これなら何時間でも外にいられるわね。「あったかいよ」「そうか…俺もあったかいな」その後のことは二人だけの秘密にしときたい……な。
1Fに降りるエレベータを二人で待っている。回りに人はいないから、さっきの続きをしても大丈夫かもしれない。でも、防犯カメラなんて無粋なものがあるからやっぱりだめね。エレベータはなかなかこない。混んでるのかしらね。カバンで携帯がぶるぶる震え出した。一体誰……?携帯を開いたあたしは、冷水を浴びせられたような衝撃を受けた。なんで、親父がメールしてくるのよ?
1Fのエレベーターロビーで、うちの両親が待ち構えていた。あたしたちを見つけると、二人ともまぶしいほどの笑顔でこっちに歩いて来た。もう……ホント……どうなってるのよ。「どうも。初めまして。ハルヒの父です」親父は満面の笑顔を浮かべたまま、キョンに挨拶した。「あ、どうも。初めまして」「うちのバカ娘が大変お世話になっています。小学生までは素直ないい娘だったんですけど、中学入ってからバカ娘一直線になっちゃいまして」「そ、そんなことはないですよ。あの僕が教わることが多くて」「教わる?……まさか、いかがわしい事をですか?」
あたしは思い切り親父の靴を踏み付けてやった。ホント死刑にしてやりたい。「この通り乱暴な娘ですけど、今後とも仲良くしてやってください」親父は平然とした顔を保ちながら、言葉を続けている。「このままだと娘に殺されかねないので、ここらへんで失礼しますよ。また飯でも食いに来てください。今度は私がいるときに」「あ、この前はごちそうになりました。ありがとうございます」「またごちそうしますんで、是非。では」去って行く親父の後ろ姿に、核ミサイル打ち込んでやりたい。だれかあたしに、核の発射ボタンを寄越しなさい。今すぐ。
結局キョンに送ってもらって家に付いたのは、随分遅い時間。明日学校だっていうのに、ちょっと遊び過ぎたわね。もうちょっと会う時間を早めたほうがいいかもしれない。なーんてね。玄関の鍵をあけて家にに入ると、居間の方からはTVの音が漏れていた。居間を覗くと、両親がニコニコ顔であたしを迎えた。「…ただいま…」「おかえり」テーブルに付くと、母さんがあたしの湯飲みをひっくりかえしてお茶をいれてくれた。親父は楽しげに微笑んでいる。「………もうホント勘弁してよ。なんであたしたちの場所が分かったのよ」「最近の携帯って、いろいろ出来るんだよな」「それがどうしたのよ?」「おまえの携帯の場所、父さんの携帯で分かるように設定しちゃった」「……しちゃったじゃないでしょ、しちゃったじゃぁ」「つけまわしたりはしてないぞ。母さんが映画見たいっていうから、映画見てたんだ。その後、買い物したりして、ひさびさに夫婦水入らずを堪能したよ」「………」「で、頃合いを見計らって、メールしたんだ」「………もう二度とやんないでよ………」脱力感でそれ以上何も言えない。「ああ二度と同じ手はつかわないさ。彼にも会えたしな」「ほ っ と い て く れ な い ? 頼 む か ら」あたしはテーブルに突っ伏しながら言った。「しょうがないな。善処しよう」『善処しよう』じゃないでしょ、このバカ親父!!!
おわり
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