ポニーテールの秘密・第3章
第3章 4月になったというのに地球に野郎は冬の厳しさを伝え続けている。昨日の夜ちらりと見た天気予報によれば、今日の最低気温は1ケタらしい。そんな天候の中、布団剥ぎなんぞを食らおうものなら俺はシベリアに来た南国民のごとく体を震わせるだろう。 「キョーンくーん!」 そんな訳で俺は今シベリアにやって来た。別に南国民ではないが。ほら、起きたから先下いってなさい。 「はーい。シャミー、ごっはんっだよー」 調子外れな歌と共に妹が部屋を出て行くのを確認してから着替えた俺は、部屋を出る際そこら辺にほっぽってあった通学鞄に足を引っ掛けた。まるでちょっとお待ちと告げる様に。 ━━━しまった。 俺は慌てて鞄をあさる。そして長門から渡された文庫本を取り出し、栞を探す。いくら朝比奈さんの事があったにせよ、これじゃ最初の二の舞じゃないか。 栞には長門の整った字でこう書いてあった。 午後七時。光陽園駅前公園にて待つ。 すまん。長門。恐らく昨日もあの変わり者のメッカのベンチで待っていたのだろう。今日会ったら謝らなきゃな。 そこで再び慌てて時計見た。8時10分ほど。今から支度すれば十分間に合うが、いつ着いても俺の奢りなんだったな。いや、だからと言ってわざと遅れようなんて思っちゃいないぜ。本当だ。余裕を持って家を出た俺は、ちゃんと自転車の存在を確認して駅前の集合場所へ向かった。 9時10分前に着いてみれば案の定と言うか、いつも通りと言うか、俺以外の団員が揃っていた。優しく手を振ってくれる未来人と、ニヤケ面の超能力者と、じっとこちらを見つめる宇宙人と、 「遅い!あんた罰金だからね!」 今みたいに百ワットの笑顔を作る我らの団長。これもいつもの第一声だ。だが、もう俺はハルヒの指摘を突っ込まない。キリが無いからな。それともう1つ、いつもと違うところがある。 「さ、喫茶店へ行きましょ。キョンの奢りのね!」 百ワットが百二十ワットになったな。そんなに俺の財布を軽くするのが嬉しいか。俺はそんな突っ込みを心の中でしてから皆の後に着いて行った。 ポニーテールのハルヒを先頭に。 喫茶店でハルヒが今日の探索について何やら喋っている間、俺はここ数日に起きた怪事件について考えていた。1日だけ姿を消した携帯、自転車。回線が抜けていた電話。そして朝比奈さん。ちなみに、俺は自転車が無くなった時に盗難届けを出さなかった。元々自転車くらいで警察のお世話になりたくもないし、今思えばそれは正解だったんだろう。何故かって?それは俺がある仮説に行き当たったからだ。 あの時、つまり3月30日にはもう1人の俺がいたのではないか。それも未来の俺のはず。その日以前の俺はタイムトラベルしてないからな。そして30日の朝比奈さんを呼び出して何かを吹き込んだ。その吹き込まれた事は朝比奈さんにとって重大なもので、それが原因で31日、俺と探検に行こうと言い出した。携帯が無くなっていたのは、ハルヒとの連絡を絶つ為で、電話の回線も同様だろう。自転車は、俺がハルヒ達の元へ行けなくさせる為、ってとこか。これらは全て未来の俺がやった事で、そうしないと今の俺の未来が変わってしまうから。だが、結局肝心な部分が解明されていない。 何故そんなことをする必要があったのか。 解らない。数学の三角関数並に解らないな。何にせよ、近いうちに俺もタイムトラベルするみたいだ。そうでしょう?朝比奈さん。 そう考えて朝比奈さんを見た時、 「キョン!人の話聞いてんの!?みくるちゃんばっか見てんじゃない」 あぁ、いつものお前並に聞いてなかったよ。すまんな。それより朝比奈さんが赤くなって反応に困ってんじゃねぇか。いや、これが反応なのか。 「とにかく!今日はエイプリル・フールなのよ!街で嘘をついてないヤツを片っ端からとっ捕まえて事情聴取よ!」 いつもの通り意味解らん。ハルヒはガムシロップが大量に溶け込んだアイスコーヒーを一気に飲み干して楊枝を出してきた。 「じゃ、クジ引いて!」 まず俺が引いた。印有りか。次は長門。ってお前もかよ。仕組んだだろ。 「偶然」 あからさまな嘘、と言うか長門流のジョークで返答された。まぁ、俺にも都合がいいのでここは素直に従おう。 なにやらハルヒはご不満な面持ちでむぅと唸っていたが、 「決まったならさっさと行くわよ!」 俺が会計を済ませて店の外に出ると、 「デートじゃないんだから、浮かれるんじゃないわよ!アホキョン!」 と、ハルヒに叫ばれた。わかってるよ。 「じゃ、行きましょ。みくるちゃん、古泉君!」 そう言うと馬の尻尾を振りつつ踵を返した。なんか妙に絡んで来るな。あいつ。 「じゃあ図書館行くか」 こくり。 読書好きの少女は無言で頷く。 図書館までの道中、俺は長門に聞きたいことを聞いておく事にした。 「なあ、俺が探索に来なかった日にだな、えーっと・・・」 俺が言葉に詰まっていると、 「3月30日の時間平面上においてあなたの異時間同位体を確認した」 そう、それだ。で、そいつがだな・・・ 「あなたの異時間同位体は朝比奈みくるに接触したものと思われる」 そ、そうか。言おうとした事を先読みされた気がする。読心術でも使ったのか? 「この世界の概念では説明できない」 そうかい。 しかし、未来の俺が朝比奈さんに何か吹き込んだのは確かのようだな。 「その未来の俺は朝比奈さんに何か言ったのか?」 長門は言うべきか決めかねているようで、首を1ミクロン程傾げた。 「・・・・・・」 この3点リーダは長門のものだ。突然、長門が歩を止め、その大きな瞳をこちらに向けた。 「禁則事項」 それだけ言うと、また前を向いて歩き始めた。これ以上の話は長門のマンションでって事なのだろうか。 図書館に着くなり、長門は本棚の奥へと消えて行ってしまった。仕方ない。適当に雑誌でも読んで暇を潰そう。真面目に読む気の無い雑誌を適当に選び、椅子に座った。今日は寒い中無理矢理起こされたせいか、欠伸が出る。図書館の中は俺の眠りを誘うには十分の温度に設定された暖房が効いていたようで、あっと言う間に夢の世界へ入って行った。 突然の振動。 「おぅわっ!?」 俺の間抜けな声が館内に響く。不審がる周囲の視線の中に、見慣れた大きな黒瞳があった。長門が正面にいる。いつの間に。 その間にも俺の右ポケットは振動を続ける。もちろん、右ポケット自体が振動する訳は無く、ポケット内の携帯電話が着信を告げている訳で、その相手はハルヒだというのも容易に想像できる訳である。 「ちょっと!あんた今何処にいんのよ!?集合時間とっくに過ぎてるわよ!」 すまん。今すぐ向かうから怒鳴るな。 「3秒以内!遅れたら即罰金だからね!」 それで電話は切れた。再び周囲の視線を感じる。大声を出したのはハルヒなのに、俺の方が恥ずかしいとは一体どういう道理だろうかね。 「やれやれ。ハルヒ嬢がご立腹だし行くか」 やはり無言で頷く。手には俺が寝ている間に借りたであろうハードカバーの本があった。 全員分の注文を終えたところでクジを引く。やれやれ。こりゃだいぶ財布のダイエットになるね。午後の探索の組み合わせは、珍しく俺とハルヒになった。 「ふーん、あんたとね・・・」 何だよ。 「ま、いいわ。じゃあ行きましょ!」 何を納得したんだ。全員店を出て、東西へ別れる。古泉のやつは両手に花だ。 「それではまた後ほどお会いしましょう」 そう言った古泉に朝比奈さんは少し様子がおかしいみたいだからよろしく頼むぞ、とアイコンタクトを送る。こいつにこんな頼みをするのは不本意だが仕方あるまい。古泉は了解です、といった具合に微笑む。 ━━━その時、古泉の微笑みが一瞬消え、何やら真面目な顔つきになった。 「あなたも、涼宮さんを頼みますよ」 「あ、ああ」 俺は見慣れない古泉の真面目な顔に対して動揺を隠せずに返事をした。 やつの顔がいつものスマイルになり、 「それでは」 東側へ歩いて行った。 「じゃあまた後でね」 懸案事項の朝比奈さんがあいさつをして来たので、軽く手を振って応えた。 「さて、俺らも行くか」 俺とハルヒは西側へ歩き出した。 今日のハルヒは機嫌が少し悪いのか、何かと俺に絡んでくる。あの日の事をまだ根に持ってるってのか? 「ハルヒ、何かあったのか?」 遠まわしに聞いてみる。ハルヒは俺の隣で前を向いたまま、 「何も無いけど」 けど?けど何だ? 「・・・・・・」 俺の事怒ってるのか?それだったら謝る。すまん。 「ちょ、止めてよ!あたしはあんたに謝ってほしいなんて思ってないんだから!」 「だったらどうしてほしい?今のままじゃ気まずくてどうにかなりそうだ」 「・・・・・・言わない」 何故だ? 「言いたくないの!」 ハルヒが俺を睨む。眼を合わせ続けられなった俺は、前を向いてこう言った。言ってしまった。 「そうかい。勝手にしてくれ」 俺はハルヒを置いて歩き出した。途中でハルヒが気になった俺は後ろを見た。斜め下を向いていたが付いて来ていた。無意識のうちに安心していた。理由はわからんが。 その後は一言の会話もせず、町内を適当に回り、4時前にまたいつもの集合場所に着いた。 他の3人はすでに来ていたようだ。 「今日はもう解散でいいわ。明日も休みにするから」 ハルヒは低いトーンでそう言うとさっさと帰って行った。 古泉がやれやれといった感じで両手を広げて肩をすくめる。そうだよ。俺のせいだよ。 「えっと、じゃあわたしもこれで失礼しますね」 朝比奈さんはハルヒの姿が見えなくなってから帰った。 「じゃあ僕もこれで」 「・・・・・・」 残る2人もそれだけ告げて帰ってしまった。すまんな古泉。久しぶりにお前にバイトが入りそうだ。心の中で謝罪の言葉を述べて、俺も帰路に着くことにした。 自転車を転がして自宅の前まで来ると、黒塗りの車が停まっているのが見えた。夕日に映えるその黒い車体は間違いなく『機関』のものだ。俺は自転車を降り、門の前で足を止める。黒塗りの車の助手席のドアが開き、中からいつものスマイルを浮かべた古泉が現れた。いつかもあったな。あれもほぼ1年前の出来事だが、今でも鮮明に思い出せる。 「どうも。突然ですが、少しお時間を戴けないでしょうか?」 そう言った古泉の顔もまた、夕日に映えていた。
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