カエル男4
さて、最後の仕上げだ。目撃情報はないが、俺は念のためと思って長門を跳び箱の中へと誘導した。この慎重さは自分で自分を褒めてあげたい。見習え、未来の俺。 準備OK、体育倉庫は窓がないので時間がよく分からない。まあ、誰も来ないとは思うが始めてくれ、長門。「了解した」 薄暗い室内に長門の声が響く。何言ってるんだかわからん早口のあれだ。これで今回の事件は終わりか…。俺達の時間ではもう午後8時くらいかな。そういえば某少年名探偵のアニメを見逃したなどと考えている俺の耳に、力強くドアに手をかける音が響いた。何だ、目撃者はもういないはずだろ? そう思っていた矢先、勢いよくドアが開いた。……ハルヒと…俺?俺は状況を把握できていなかった。ハルヒは目撃情報なんて語っていなかった。どういうことだ。それよりなんで俺が一緒にいるんだ。つーかハルヒを止めろよ、俺。一瞬で色々と考えを巡らせる。跳び箱に腰掛けて考える人のようなポーズを取っていた俺はさぞ変態に見えたことだろう。「いたーーーーーー!!」 有らん限りの声を張り上げるハルヒ、まるでネッシーを見つけたハルヒだ、いや喩えになっとらん。その手には痴漢撃退唐辛子スプレーが握られている。まさか、まさかだよなハルヒ。 そしてハルヒVS俺の壮絶な鬼ごっこが始まった。体育倉庫をひっくり返したような大騒ぎ。何故か長門のいる跳び箱だけは微動だにしない。いや、その不思議パワーは俺も守ってくれていたのか唐辛子スプレーをくらっても平気だった。何から何まで悪いな、長門。 にしてもだ、体育倉庫の入り口付近で立ち尽くしてる俺は何やってんだ。何か考え込んでいるようだが、俺が捕まったらお前もやばいんじゃないのか。何とかしてくれよ、この状況を。 その時だ、突っ立っていた俺が一言何かを叫んだ。同時にカエル(頭)をハルヒに両手で鷲掴みにされた。カエル(頭)が脱げる、ヤバイ。せめてもの抵抗に、俺はハルヒから顔を背けた。 重い金属の衝突音が鳴り響きドアが閉まった。ハルヒは…?いない…。突っ立ていた俺が何とかしてくれたのか?ガタンと音が響いて跳び箱から長門が出てきた。「完了した」 俺はその場に座り込んだ。時間平面の歪曲とやらの正常化を感知したのか、朝比奈さんと古泉が入ってくる。今度ばかりは終わったと思った。まさか未来と繋がっていたとは。しかもあの様子、カエル男探しをしていた風だった、そう遠くない未来だ。「大丈夫ですかあ?」「なにやら凄まじい目に遭った顔をしていますが」 俺は事の成り行きを説明した。自分の説明不足だったと朝比奈さんは何度も頭を下げてくれたが、そんなことより後ろで楽しそうに話を聞く古泉が気になった。 酷く疲れたが、その日は古泉いきつけの店とか言うラーメン屋で晩飯を食って帰った。珍しく古泉の奢りだ。長門がラーメン2杯に餃子を食っていたのを困った顔で見つめていたが、それぐらいの苦労はしてもらわないとな。ああ、それとなんだかハルヒを除け者にしてるみたいですっきりしないから、今度みんなで来よう、古泉の奢りでさ。 体育倉庫でのハルヒとの決闘のおかげで疲れきった俺は昨日は泥のように眠れた。おかげで今日はなにやら寝覚めもいい。そんな俺を教室で出迎えたのは、変なスプレー片手にご機嫌なハルヒだった。それは…唐辛子スプレー…。「あら、よく分かったわね。カエル男捕獲の秘密兵器よ。昨日あれから買って来たの。今日の昼休みに校内探索開始するから、付き合いなさい」 ああ、俺はあいつと一緒にいた俺を見てるからなあ。付き合わなきゃいかんのだろう。規定事項だ…。しかし、カエル男(俺)を救った俺はあの時何を叫んでたんだ。大騒ぎのおかげでよく聞こえなかった。そんなことを考えていたから午前の授業に身が入らなかったんだ、そうに違いない。 昼休み、ハルヒがせめて飯を食わせろという俺を引きずって向かった先は体育倉庫だった。いきなりか。「カエル男が好き好んで人の多い場所に現れるとは思えないわ。調べるならまずはこういう所でしょ」 なあ、他の場所見てからにしないか。「なんで?」 …なんとなくだ。 口先でハルヒに敵うはずもなく、俺は観念して体育倉庫を開けるハルヒの後ろに立った。 薄暗い中に開いた扉の形に光が差し込む。その中には…いた、『俺』だ。「いたーーーーーー!!」 間髪いれずハルヒが叫んだ。近くで聞くと鼓膜がおかしくなるような大声だな、全く。『俺』も『俺』だ。何変なポーズで考えこんどる。ハルヒが今まさに飛び掛らんとしているぞ。 かくしてハルヒVS『俺』再放送が始まった。傍から見ているとハルヒの超絶フットワークをかなり紙一重でかわしている。 凄いな、俺。こんな動きが出来たとは知らなかった。 いや、アホな事を考えている場合ではない。俺は確かに何かを叫んでハルヒから『俺』を救ったはずだ。だが、どうすればいい?ここまでテンションの上がったハルヒを止められる言葉とは何だ?「ジョン・スミス」か?いや、それはまずい。この言葉のもつ意味を一番よく知っているのは俺だ。『俺』を助けるにしたって危険すぎる。 一人で考えを巡らすうちに『俺』はどんどん追い詰められていった。 次の瞬間、ハルヒの手がカエル(頭)にかけられた。ヤバイ!!「ハルヒ好きだ!!」 セカンドインパクトも真っ青なくらいインパクト絶大な台詞を俺は叫んだ。ああ、昨日の夜、長門を跳び箱へ隠した冷静な俺はどこに行ったんだろうね。俺はカエル(頭)を持ったままこっちを見て固まるハルヒの腕を思いっきり引っ張って扉を閉じた。さあ、この状況どうしよう。 非常に気まずい空気が流れた。カエル(頭)を持った女子と男子の空気ってのがどんなもんか知らんが、まあ察してくれ。話の口火を切ったのはハルヒだった。「よく聞こえなかったわ。」 へ?「帰る」 はにかんだ表情を見せてハルヒは教室に戻っていった。 なんつー恥ずかしい事言ったんだ、俺。しかも今度はハルヒは夢だなんて思ってくれない。どうする。どうすんのよ、俺。 午後の授業はもう放心状態だ。魂が抜けてアンドロメダ星雲辺りまでは吹っ飛んでいたと思う。後ろの女はずっとカエル(頭)をかぶってるしなあ…。 放課後、俺は一足先に部室へ行った。さてハルヒがどんな顔をして現れるか…。 ハルヒが来るまでの間、古泉は俺に今回の騒動の原因を説明してくれた。今回のことはこの様々な力が飽和状態となったこのSOS団部室こと魔窟が元凶らしい。力の均衡が崩れて時間平面をぶっ壊したというわけだ。何故力の均衡が崩れたのかという質問に古泉はこう答えた「涼宮さんが何かを望んだから、と考えるのが自然でしょうね。今回の事件で何か得るものがあったんじゃないですか、涼宮さんには」 俺が「ハルヒの望んだもの」とやらを考えていると、ハルヒは拍子抜けするほど普通に部室へ入ってきた。「お待たせ。さあ皆、カエルの頭は取り戻したけど中味をまだ捕まえていないわ、今日も張り切ってカエル男探しに行くわよ!分かってるわね、キョン。サボったりしたら、死刑だから」 右手でピストルのポーズをとって、満面の笑みを湛えるハルヒに俺は答えた「分かってるよ、死刑はいやだからな」END
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