カエル男2
あれから一週間、俺の願いなどどこ吹く風、順調に変な噂が流れていた。例のカエル男である。どうやら校内の各所に出没しては消えているらしい。なにやら本格的な不思議事件の到来である。不思議な出来事といえばSOS団団長であるところの涼宮ハルヒが見逃すはずもなく、それはつまり団員も強制的に巻き込まれるわけであって、必然的に俺達は関わることになるわけだ。まったく、世の中の仕組みとは実に不思議なものであることよなあ。「今日集まってもらったのは他でもないわ」 いつも集まってるがな。「最近噂となっているカエル男については知っているわね。校内に出没しては生徒を部屋から閉め出して消えるというあれよ。得体の知れない人物があちらから近づいてきてくれるなんて実に喜ばしいことだわ。私達SOS団としては、この興味深い事件を放っておく訳にはいきません。」 やはりか。こうして俺の平穏は終わりを告げるわけだな。「そこで、私達でカエル男を捕獲するわ。こういう事態を待っていたのよ、私は。カエル男もそう望んでいるに違いないわ。なんせ私達のきぐるみを盗んでいくような奴だからね」 銀河団を丸ごと詰め込んだようなキラキラした目で満面の笑みを浮かべている。もう止まらない。 「実はこの部室で見つめ合いました」等と告白したら、ハルヒのテンションうなぎ上りすること請け合いだが、それを話すには高確率で、何故今まで黙っていたのかという質問が付属してくることに疑いはなく、わざわざ地雷を踏むような趣味を持たない俺は黙っていることにした。まあ目撃証言なら複数あるようだから問題ないだろ、俺が黙っててもさ。「ところで、きぐるみがなくなったのはいつからだったかしら。誰か覚えている人いる?」「う~ん、カエルは普段着ないから…」 朝比奈さんが人差し指を頬に当てて考える仕草をしている。実に愛らしい、俺にもっと画才があれば全人生をかけてこの愛らしいお姿を描いていく所存だが、あいにく俺には描いた絵を見た妹が抱腹絶倒する程度の絵心しかない。思い出したら腹が立ってきた。「ボードゲームの保管状況なら覚えているんですが」 微笑を湛えつつ少し困った様子で古泉が言う。「……」 長門なら覚えていそうだが、あんまり興味がなさそうだ。しょうがない。「1週間前だな」 俺が答えると、意外な回答者の登場にハルヒがこっちを少し驚いた顔で見ている。「よくそんなこと覚えてたわね、キョン。まさかあんたがカエル男なんてオチじゃないでしょうね」 しまった、やぶ蛇だったか。SOS団雑用係たる俺らしくない発言だった。俺はカエル男の第一目撃者であることを悟られまいと言葉を続けた。「ちょっと待て、そんなことより誰が目撃者なのか把握してるのか、ハルヒは」「当然じゃない。こんな面白そうな事件、極悪生徒会が見逃しても、SOS団団長たるこの私が見逃すわけにはいかないわ。そうでしょ古泉君」「仰るとおりですね」 イエスマンめ、こいつは他に言うことはないのか。「この一週間でカエル男の目撃件数は4件、目撃者は阪中さん、鶴屋さん、谷口、国木田の4人よ」 何だそりゃ、全員俺達SOS団と関わりの深いメンバーじゃねーか。とうとう彼らにも変態的、宇宙的、未来的、超能力的なパワーが伝染したのか。証言を得るのは簡単そうだが、何か引っかかる。 しかしながらだ、今回ばかりは俺も調査に関してはやぶさかじゃない。なんといっても把握している限り、最初の目撃者は俺のようだし、さすがに北高生全員にとって目に見える形での変態的事件は放置し難い。それに、俺の好奇心もまだまだ一般高校生レベルのボーダーラインは切っていないつもりだからな。「え、あれって涼宮さんたちじゃなかったの?」 目撃者第1号―正確には第2号―の阪中はこう語った。その気持ちは分かる、痛いほどよく分かる。なんせカエル男のきぐるみは元々俺達のものだし、校内一の奇行集団として名が轟いているからな、俺達は。まあ、一般的北高生の素直な感想というものだろう。「阪中さん、そのときの状況を詳しく聞かせて頂戴」 ハルヒが目を輝かせている。輝きすぎてビームがでてくるんじゃないかってほどの輝きぶりだ。「うーん、先週の火曜日だったかな。教室に筆箱を忘れたから、取りに戻ってきたのね。ほら、キョン君と廊下ですれ違った時。部活の終了時刻前なのに教室のドアがすっかり閉まってておかしいとは思ったんだけど、気にせずに入ったの。そうしたら、カエルのきぐるみの頭だけをかぶった男子がいて、びっくりしてぼーっと見てたら教室から押し出されて、ちょっと怖くなってその日はすぐに帰っちゃったのね。次の日筆箱はちゃんと机の中にあったからよかったんだけど」 状況は俺のときとほぼ同じか。俺が月曜日、阪中が火曜日に遭遇したわけだ。確かに阪中とは火曜日の放課後にすれ違った。トイレに行ったときだったかな。「私達のクラスにも現れていたとはね、由々しき事態だわ」 表情と台詞が合ってないぞ。「いいのよ、そんなことは。深刻な顔をするのはあんたに譲るわ、光栄に思いなさい」 ああ、思う存分悩むとするぜ。これから俺に降りかかるであろう困難な事態を想像してな。「阪中さん、ありがとう。とっても参考になったわ。J.Jによろしく伝えといて」 そう言うやいなや恐ろしいスピードでかっとんで行った。今のハルヒならオリンピック短距離走でメダルも狙えるかもしれないな。俺達は阪中への挨拶もそこそこにハルヒの後についていった。見ると、携帯で誰かに電話をかけながら突っ走っている。大方相手は鶴屋さんだろう。「ハルにゃん、こっちこっち」 中庭のテーブルで手を思いっきり振り上げて叫ぶ鶴屋さんの姿があった。待ち合わせの電話をかけていたわけか。「鶴屋さん、早速本題に入ってもいいかしら。あなたが見たって言うカエル男のことなんだけど、詳しく聞かせてもらえない?」「わはははっ。何かと思えばあのことかっ。変な奴だったからねっ、よっく覚えてるよ!先週の水曜日にハルにゃんのとこにちょろっと顔出した後のことさ。その日は日直だったからね、帰りに日誌を職員室に届けてたんだっ。そしたら生徒会室から変な気配がしたんだっ、言葉では表現しにくいけど変な感じがさ。そしたら、カエルのきぐるみかぶった変な男子がいたんだっ、もう爆笑さ。笑いながら外に押し出されて、もう一度笑おうと思って中見たらもういないんだもん、また爆笑しちゃったよ!」 なるほど、最後のところで何を笑ったのかという疑問は残るが、やはりこういうパターンなわけだ。しかし鶴屋さんはつくづく大物だと実感するね。阪中のような反応が俺の思い描く女子の反応なんだが、これは偏見なのか。「ふんふん、今度は生徒会室ね。あの性悪生徒会長がカエル男に食い殺されでもしたら笑うところだけど、今回ばかりは放っておけないわよね、不思議があたしを呼んでるわ。ありがとう、鶴屋さん。今度みくるちゃんの秘蔵写真あげるわ」「ふぇ、秘蔵写真って何ですか?いつの間に撮ってたんですか?」「どういたしましてっ!みくるの写真ならいくらでも欲しいなっ!」 俺としても切に御開示願いたいところではあるが、そんなこと言うとハルヒの眼光に吹き飛ばされそうなのでここは我慢しよう。後で鶴屋さんにそれとなく尋ねる必要はあるが。 次は谷口と国木田か、あのお気楽帰宅部コンビはもう帰ってると思うんだが。「それなら安心してくれていいわ。昼休みに事情聴取済みだから」 いつの間にそんなことしてたんだ。全く気付かなかったぞ。「あんた寝てたじゃない」 そういえばそうだった、今日の睡魔は強敵だったんだ。おかげで午後の数学・物理の波状攻撃は全滅だった、いつもの事だろなんて突っ込みは勘弁してくれ。 谷口がカエル男に遭遇した状況はこうだ。木曜日の昼休み、いつものように俺達と飯を食っていた谷口はトイレに行った。それは俺も覚えている。問題はその後だ。どうやら谷口は男子トイレで例のカエル男に出会い、例の意味不明な行動に遭ったらしい。そういえば、帰ってきたあいつの様子がどことなく変だったような気がしないでもない。あいつのことだ、あんなことを話して頭の心配をされるよりは黙っておこうと思ったのだろう。 国木田は金曜日に遭遇したらしい。あの日のあいつは少し具合が悪そうで、英語の時間中に保健室に行った。その時だ。保健室には保険医の代わりにカエル男が待ち受けており、一度追い出された後、もう一度入ってベッドで横になっていたら何かの用事を済ませた保険医が戻ってきた、という具合だ。 なんだろう、何か引っかかるな。何か…。
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