ポニーテールの秘密・第2章
第2章 すっかりここ1年間の回想に浸っており、尚且つ外には満開の桜が咲いている。そんな状況で俺と俺以外の人間との昨日の記憶に食い違いがあった事を忘れていた俺を誰が責められようか。不覚にもこのニヤケ面によって思い出すとはな。 「やあ、どうも。昨日はどうしたんです?」 寝坊だよ、寝坊。 「それはまた珍しい。ですが、聞くところによると朝比奈さんとご一緒だったそうですね」 誰に聞いたんだ。つうか俺は昨日ずっと家に居たんだ。 「キョンくん、どうぞ。お茶です」 「あ、すみません」 「ふふっ。どういたしまして」 メイド服に身を包む彼女はペコリと頭を下げる。うむ、いつも通り麗しい。 ━━━朝比奈さん。 周りの奴らによれば俺は昨日このお方と一緒にいたらしいが・・・有り得ない。俺は俺1人であって、2人に分裂でもしない限り━━━ その時の俺の顔は果てし無く間抜けたものだったに違いない。それを察してか、誰かが声を掛けた。 「キョン、あんたさっきからみょーにみくるちゃん見てるわね。昨日のデートでも思い出してた訳?」 「ひぇっ!?」 今の声はもちろん朝比奈さんのものだ。何度も言うが、俺は昨日ずっと家にいたし、朝比奈さんとも会っとらん。 「どうだが。団長の電話もメールもぜーんぶ無視しちゃって。いい根性してるわよ。あんたはこの先のジュース代5回分奢りだから。わかった!?」 わかったよ。どうせ罰ゲームじゃなくても奢る破目になるんだからな。ところで、朝比奈さんに罪をかぶせる訳じゃないが俺だけなのか? 「みくるちゃんはいいの。これからいじくるからね!ねぇ~、みくるちゃ~ん?」 「ふえっ!?キョンくんひどいですよぉ」 すみません、朝比奈さん。事情は後で説明します。説明と言うより仮説か。 俺はふと部屋の隅に目をやった。読書に没頭する対有機生命体ヒューマノイド・インターフェース、長門有希がいた。はは、いつの間にか宇宙用語を覚えてしまったよ。長門の大きな黒瞳からは、ただ平穏な毎日が送られていることしか読み取れなかった。 その後はぬるくなったお茶をすすりながら古泉とオセロをやり、戦績表に白丸を書いていくだけだった。いつもの通り長門が本を閉じたところで解散になった。今日は早いな。まだ2時にもなってない。部室での別れ際、ハルヒが、 「明日は9時に駅前集合!明日はエイプリルフールだから不思議もたくさん転がってるはずよ!」 とか理屈になってない理屈を飛ばして部屋を出て行った。 「キョン!明日は絶対来なさいよ!来ないと死刑だからね!」 と言うのも忘れずに。 「みくるちゃんもっ!」 「ひゃいっ!」 なんてやり取りの後、部室に残った俺達4人は台風一過のようにしばし沈黙を保っていた。不意に、古泉と目が合うとにっこりと微笑んできた。何だよ。 「いえ。では、僕もこれで」 それだけ言うと超能力少年は部室を出た。 「・・・・・・」 長門は首をこちらに向け、右手を差し出してきた。その手には薄めの文庫本が握られていた。 「読んで」 長門がこう言う時は馬鹿正直に本を読んではいけない。もう学習済みだ。 「わかった。なるべく早く返すよ」 建前上はこう言っておかないとな。 「そう」 首の向きをドアの方に直し、長門もまた部室を後にした。 ここからが本題かな。俺の後ろで申し訳無さそうに俯いている朝比奈さんが。 いまだに俺の頭の周囲をぐるぐると回っているモヤを取る鍵を握っているのは間違いなく彼女だろう。朝比奈さん、と声を掛けようとしたら━━━ 「キョンくん、ちょっと探検しませんか?」 と、天使のような妖精のような笑顔でそう言った。━━━探検? 「えぇ、まぁ、かまわないですけど」 むしろ嬉しいくらいなのだが、今の俺の脳は頭に浮かぶ「?」マークの正体を解き明かす事で精一杯だった。━━━何処へ?━━━何故?━━━しかも2人で? そんな俺の心情を察知したかのように、朝比奈さんが再び口を開いた。 「ふふっ。じゃあ着替えるからキョンくんは外で待っててくれる?」 はい。自然に声が出てしまう。学内ナンバー1の美少女にダイナマイトスマイルで言われたのだから仕方あるまい。俺だって健全な男子高校生って事だ。部室から出てドアに寄りかかる。 だが、喜んでばかりではいられない。朝比奈さんが俺を単独で指名する時は、朝比奈さん(大)の指令かもしれんからな。俺にも聞かなくちゃならない事がある。 そんなことをぼんやり考えていると、突然背中の支えが消えて俺は後方にバランスを崩した。あぁ、いつかもこんな事があったな。その時は完全に倒れてハルヒに怒鳴られたっけ。だが、今回は、 「わっ、大丈夫?」 朝比奈さんが支えてくれた。顔の距離が数センチというところにある。栗色の髪がゆれ、ほのかなシャンプーの香りがする。この体勢はマズイな。そう感じた俺は急いで体勢を直した。 「すいません。朝比奈さんこそ平気でしたか?」 「わたしは・・・もっと・・・そのままでも・・・」 え? 「あっ!ご、ごめんなさい!不謹慎ですよね!気にしないで」 そうですか。何と言ったのか気になるところだが、そうも言ってられんしな。 「朝比奈さん、俺も昨日の事で話したいんでいきましょうか」 本心と言うか、何の気なしに言ったつもりが、彼女からは意外な応えが返ってきた。 「えっと・・・昨日の事は・・・その・・・き、聞かないでほしいんです」 それはまた一体どうして。 「キョンくんなら、すぐわかると思うの。だから・・・」 朝比奈さんは今にも泣きそうである。Why?俺のせいか?いや、ここには俺しかいないだろ俺! 「わ、わかりました。だ、だから、泣かないで下さい」 「・・・ごめんね」 ダメだ!泣きそうだ!強行突破だ! 「ほら、もう行きましょう!今日は俺が付き合いますから」 朝比奈さんの右手首を取って部室を飛び出した。 「・・・キョンくん」 俺と朝比奈さんは今デパートのお茶売り場に来ている。朝比奈さんの希望で、何やら部室の茶葉が切れてるそうだ。さっきまで泣きそうな顔をしていたのが嘘のように・・・演技ですか?まさかね。朝比奈さんに限ってそんな芸当は出来ないだろう。彼女なら、演技しようとしたらすぐにバレてあたふたするのが関の山だね。 ところで、俺はデパートに来るまでにかなり大胆な事をした。いつかのハルヒとの閉鎖空間に勝るとも劣らないくらいだ。個人的に、あの時のことは永劫封印してから怪しげな呪文をかけ、最後に紐をかけておきたい出来事なので比較に用いたくはないのだが。つまり俺が何をしたかと言うとだ、SOS団の部室からこのデパートまで朝比奈さんの右手首をとって驀進してきたのである。その上途中から右手を直に握って。部活中の生徒や、丁度帰宅しようとする生徒がいたにもかかわらず、だ。新学期、北高に俺の居場所はあるのかな、ははは。谷口や国木田は喋ってくれるだろうか? 「キョンくん」 いじめられる前に誰かロープを・・・ 「キョンくん?」 古泉に拳銃頼むか?いや・・・ 「キョンくんっ!」 はいっ!何でしょうかっ!? 「んもう・・・キョンくんが付き合ってくれるって言ったんじゃないですかぁ」 俺の思考が絶命寸前になっていた間に、朝比奈さんがふくれっ面になってしまった。 「す、すみません。で、何かありました?」 「ダメですよ?ちゃんとエスコートしてくれなくちゃ。あと、新しく買ったお茶淹れてみたんですけど、味見お願いできますか?」 もちろんお願いされます。朝比奈さんの選んだお茶を断る理由など存在しようか。うむ。うまい。美味しいですよ。 「ほんとう?よかったぁ」 今回のお茶も色々効能やら成分やらがあるみたいだが、ここは割愛させて頂く。いつも思うのだが、部室にそんな高級なお茶を置かなくていいのでは。 その後は、洋服売り場や雑貨コーナーを転々とした。雑貨コーナーで革のブレスレットをプレゼントした。今日は俺が連れ出したんだしな。もちろん、俺のポケットマネーで買えるような代物だから大したものじゃない。それでも朝比奈さんはしきりに「ありがとう」とお礼をしてくれた。 デパートを出てからはすぐに別れた。お互い制服だし、教師に見つかると面倒だ。別れ際、朝比奈さんは俺がプレゼントしたブレスレットを右手首に付けて、その手でさよならのジェスチャーをしてくれた。やはり、天使のような妖精のような笑顔で。 こうして、俺と朝比奈さんの探検は終わった。 「結局、聞けなかったな」 まあ、いいか。今日はワケ有りっぽかったしな。 家に帰った俺はどうやら結構疲れていたらしく、メシ食って風呂に入ったらすぐに寝入ってしまった。朝比奈さんには気を使っちまうみたいだ。無理も無い、か。 もちろん、長門から借りた文庫本を思い出したのは妹の布団剥ぎを食らった後である。 第3章へ
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