赤ク染マル
「ねえ、キョン」 ……決めました。「何だよ」 決めました。「今度の休みだけどさあ――」 僕は今日、涼宮さんを殺します。僕の手で。 もう、僕は耐えられない。 あの彼女の良く通る声が、花火のような笑顔が僕以外の誰かに向けられることに。 ……ええ。彼女の心は僕に向いていない、当然そんな事は百も承知です。 僕に向いていない、どころではないことも十分過ぎる程わかっています。 分かっているのに、なぜ? ……自問自答してもそれはわからない。分かったら苦労はしません。 ただ僕が分かるのは、この恋が報われないものであることと、それが歪んでいること。 それなら、歪んでいるなら、どうだと言うのですか? 正常であろうとなかろうと彼女への気持に偽りはない。 たとえば人殺しは時に制裁の名の下に正当化される、 ならば善悪に絶対的な基準など存在はしない。そんな曖昧な世界であるから信を置くべきは自分の意思のみ。 だから、彼女の命を奪います。 この地上にいる誰も彼女から笑顔を振り撒かれないように。 誰も彼女から言葉をかけてもらえないように。 誰一人として彼女に愛されないように。 今、彼女が心から笑いかけるのはただ一人です。 でもその一人の命を奪うのは駄目です。僕が怨まれますから。 だからこそ彼女を殺す。 僕は『一人とその他大勢』の『その他』にカテゴライズされている。 でも、彼女が死ねば『全部』の一部分になれる。彼の立場は下がる。 つまり相対的に僕の立場は上昇する。 ね? そうして学生服にナイフを忍ばせて、僕は涼宮さんを呼び出しました。 放課後、SOS団が終わった後、彼女の教室へ。「どうしたの古泉くん、用事って?」 ああ、そんな無防備に笑わないで下さい。僕の決意が鈍りますから。 でも僕は作り笑いを浮かべて作り話を切り出す。「ええ、実は今度の長期休みの計画につい――」 と突然教室の扉が開き、そして聞き慣れた声が響く。「お、何やってんだ? ハルヒと古泉」 心がざわつく。 ……彼が来た。 ……彼女を好きな彼が。 ……彼女が好きな彼が。「なんか話があるんだって。あんたは?」「忘れ物だ」 そう言ってから机の中身をあさる彼。暫くそうした後、目当ての物が見付かったようで、「取り込み中邪魔したみたいだな。……じゃあ、また明日」 彼女の頬に軽く口づけしてから出ていこうとする。「……っのエロキョンッ!」 それに怒りながらも照れる涼宮さん。 そんな二人を見た瞬間、何かが頭の中で入った。 唐突にどす黒くて吐気を催す負の感情が渦巻く。 僕にするまいと決めていた事を……させる。 喉が痛くなるほどの雄叫びを上げ、ポケットからナイフを引き抜き、彼に突き刺す。 左の胸に、心臓に、突き抜けろとばかりに全力で。 驚愕の形を作った彼の口が動く。でも動くだけで何も言わない。 僕を見る彼の目にあるのは疑問でもない。驚きでもない。ましてや怒りでもない。 ただ悲しみ。彼女に会えなくなる事への哀しみ。 ……そんな目をするな。 ……するなよ。「そんな、目を、するなッ!」 引き抜く、刺す。引き抜いて、刺す。 刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して……刺す。 崩れ落ちた彼の体をさらに刺す。 気付くと肩で息をしていた。 ……血の海とはよく言った物ですね。海で遊んだ子供みたいに濡れている僕を彩るのは赤い海水。 彼の心臓から湧き出る血潮。温かい。 息を呑む音がするから、振り返ると涼宮さんが腰を抜かしていた。 ……ああ、そんな怯えた目をしないで下さい。 僕は安心してもらうために彼女の両頬に手を添えて、じっと見つめました。 どれくらい経ったでしょうか? 僕が手をどかすと頬を赤く染めた涼宮さんがいます。 そんな彼女の様子に思わずみとれてしまいました。 朱に染まったあなたも美しい。 だから、どうか笑って下さい。いつもみたいに、弾けるように。 僕もほら、笑いますから。 だってあなたには笑顔と明るい色が一番似合うのだから。だから……、「古泉、くん?」 なんで泣きそうなのでしょうか?「どうして?」 なんで怒りそうなのでしょうか?「どうしてキョンを?」 ……なんで笑ってくれないのでしょうか?「ねぇっ!?」 おかしいな?「なんでこんなこ……痛っ!」 おかしいな? なんで笑ってくれない?「痛いっ」 おかしいな? なんで僕を見てくれない?「古い、ずみくん。いた……」 夕焼けに照らされた教室は真っ赤で綺麗ですよ。ほら、見てください。ほらっ!「……っ!」 ……そんなモノよりあなたの方が綺麗です。真っ赤に染まったあなたの方が。 でも惜しむらくはその表情。「いた、ぃよぅ。きょ……ん、キョン……」 苦悶の表情で地面に転がっている涼宮さん。「……ょん、……んっ」 ああ、すっかり忘れてた。彼女を殺さないと。それが僕の一番最初の目的ですから。 屈み込んで、彼女の澄んだ瞳を覗く。うるんだ目からとめどなく涙が流れている。 僕はそっとその涙を拭う。すると、彼女の顔に赤い筋がつく。 それを拭うとまた別の紅い線が……。「ちぇっ」 あきらめた僕は手に持ったナイフを振り上げた。 そして彼女の耳元に口を近付けて、最期に言う。「涼宮さん。僕はあなたが――」 見開かれた彼女の瞳。 下ろされた僕の右手。 彼女の胸に刺さったナイフ。 時が止まったかのようだった。……………… 次の瞬間、僕は部屋で目を覚ましました。「……」 無言のまま携帯を見る。 日付は変わっていない。ただ、時間が巻き戻っている。 ……要するに彼女は最期の最期に僕へ選択肢を作ったのだろう。 また、同じことを繰り返すか、あるいは止めるか。「はて」 もし、『今日』が気に入らないなら僕の存在を消してしまえばいいのに……。 なのに彼女は僕に選ばせてくれるという。 こんな僕に。 ……だから僕は選び直した。 こんな僕にやり直しをさせてくれた彼女に感謝して、でも高校へ向かう。 ポケットにナイフを潜め、心に歪んだ炎をともして高校へ向かう。 今日もきっと、世界は赤く染まる。FIN.
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