鶴の舞 終幕
ずいぶんと長い夢を見た俺は、起きたときも現実と夢の境目が分からなくなっていた。だが、妹の頭突き攻撃によって完全に頭が冴えた。うーん、ワイルド。「だから頭突きは止めろって言っただろ?」朝飯を食いながら妹に釘を刺す。「だってキョン君、全然起きてくれないんだもーん」「正当化するな!」妹はニコニコと笑っている。・・・くそ、後で妹お気に入りのプリンを食ってやる。「あれ、昨日はカレーだったっけ」「あれ~、キョン君覚えてないの~?」いや、確かに昨日はカレーのはずだ。なぜなら、朝食はカレーだからだ。昨日の残り物を使って朝の朝食は作られる。これぞ永遠の真理。おそらく昨日作ったのだろう、台所には鍋が置いてある。これで確定。だが・・・夢の中での夕食の方が頭に残っている・・・。だが、詳しくは思い出せなかった。(・・・俺はどんだけ長い夢見てたんだ?我ながら、自分の脳に呆れるよ)なぜか、唇も変な感触が残っていた。朝のハイキングコースを歩きながら、俺はずっと思い出そうとしていた。(なんだろうな・・・、嬉しいことと悲しいことを一気に叩きつけられたような・・・)不鮮明な記憶だけが頭に残っていた。「おい~っす、キョン!」・・・誰かと思ったら谷口か。「どうしたぁ?そんな思いつめた顔してぇ!」「・・・今の俺の顔、そんな感じなのか?」「おう!何かあったのか?」こいつに言っても何も解決しなさそうだが、とりあえず昨日見た(であろう)夢の話した。といっても『なんか幸せだった』とか『泣いていた』ぐらいのことしか言えなかったが。「ふ~ん・・・」おいこら、言わせておいてその態度はなんだ?!もう少し協力しろ!「だって、断片的すぎてわかんねえもん」まあ確かにそこら辺は同意するが。「とは言え」急に会話に入ってきたのは、「あれ、国木田、いつの間にいたんだ?」「へへへ、こっそり盗み聞きしちゃった」「だったら挨拶とか何かしとけよ。びっくりするだろ?」「いやあ、だってキョンがあんなに真剣になっている顔なんて、そうそう見られたものじゃないからね」「真剣?俺が?」「うん、すごく真面目な顔だったよ」そんなに俺は夢の内容が気になっていたのか・・・「んで、国木田は何が言いたいんだ?」「あ、そうそう。キョンが夢の中で泣いたっていうのは、結局、言ってみれば悪夢だよね」いや、そんなに明るく言うな。「悪夢だったらなんなんだ?」「悪夢を見たときは、他人にその夢のことを話すのが一番いいんだって」悪夢ねえ。確かに、そんな感じだったかもしれない。でも・・・「嫌なことと幸せなことが1:1だったらそれは悪夢なのか?」国木田が考えるポーズをとった。「う~ん、じゃあ、キョンがその夢を悪夢と思っているのかで分かると思う」そいつは簡単な判断の仕方だ。考えるまでもない。「最高の、夢だったさ」
その日から丸十年、俺はまだ夢の内容を思い出そうとしていた。しかし、ずっと考えていたのにもかかわらず、今だ何一つとして思い出せない。ふと、俺は思い出した。夢のことではなく、隣にいる俺の女房のこと。(そういえば、まだはっきりと言ってなかったな・・・)一応プロポーズの際に言うはずだったのだが、俺がそれを言う前に相手から抱きつかれたので(ま、いいか)とそのままでいたからだ。高校時代、恥ずかしくて言えなかった言葉。―昔の呼び方で、呼んでみようか―
俺は女房の名前を呼ぶ。横を向いた彼女の髪は、俺の希望にそったポニーテール。笑顔が眩しい。高校時代に戻ったような気がした。
「大好きです・・・鶴屋さん」
満面の笑みを浮かべた女房と抱きつきながら、俺はようやく、夢の出来事を思い出した。
・・・十年も要したか・・・。さて、今日はどこへいこうかね。そうだ、桜の花が舞い落ちる、彼女の家の庭に出よう。―夢の続きを、するために―終幕
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