未来からのエージェント 第一部 朝比奈みくるの真実
未来からのエージェント第一部 朝比奈みくるの真実プロローグ時間とは不思議なものだ。かつて、とある科学者はこういった。「時間について聞かれなければわたしは知っている。聞かれるとわたしは知らない」実のところ、時間についての理解がそれほど進んだとは言えない。それは、時間旅行が可能になった今の時代でもそう変わらない。あの時間平面に常駐的な観察者を派遣することには多くの議論もあり、反対も多かった。派遣が決した後も人選は難航した。派遣するエージェントをどの様な人物にすべきか。徹底的に優秀なエリートを送るという選択もあった。が、実際に時間管理局がした選択は徹底的に無垢な観察者を送る、という決定だった。人間にはミスがつき物だった。だが、何も知らなければ、真実をもらすこともなく、間違った行動もとりようが無かった。実際、彼女が「禁則事項」として教えられている『秘密』の殆どが嘘八百だった。禁則事項でない事実のほとんどには意図的な嘘が用いられた。涼宮ハルヒが3年前に通過不可能な時間の壁を作ったというのもうそ。彼女がキョンと余り仲良くしてはいけない、と言うのも嘘(大体、そんなことが本当に大切なら、なんであんなに愛らしい観察者を派遣する必要がある?人はいくらでもいるのに)。だが、彼女に対してつかれたもっともひどい嘘はそんなことではなく、もっと根本的なものだった。自分が騙されているとも知らず、涼宮ハルヒの観察者としての責務を果たそうと精一杯頑張っているその少女の名は、朝比奈みくる、と言った。第一章 みくるの1日朝比奈みくるは、毎朝、起きる時にちょっとだけ良心の呵責を感じる。ベッドから起き上がり、パジャマを着替えて洗面し、食卓につき、両親に「おはようごさいます」と言うときだ。みくるの「両親」はまさに美男美女を絵に描いたような好人物達だった。朝比奈一郎(43)は、ちょっとした会社を経営している人物だった。一般には知られていないが、ある分野では世界的なシェアを獲得しており、長い不況の間も一度も経営が揺らぐことは無かった。社員の信望も厚く、要するに典型的な好人物である。彼がみくるを心から愛しているのは誰が見ても明らかで、それは毎朝、みくるが「おはようございます」と彼に言うときに彼が返す微笑をみれば明らかだった。その微笑はこう言っていた「君がいてくれるおかげで僕は本当に幸せだ!」。一郎の妻、淑子(40)も、端正な見た目のキャリアウーマンでそこそこ有名な企業で理系の研究者をしており、多忙な中、娘への愛情表現と職業上の業績を両立させると言う離れ技をやってのけている稀有な存在だった。淑子は饒舌なタイプではなかったが、みくるをみつめる眼差しには愛情があふれていた。毎朝、3人は親子として食卓を囲み、たわいない会話を楽しんだ。が、実際には、みくるは彼らの娘などではなかった。一郎と淑子の最愛の一人娘、マナは、みくるのこの時間平面での設定年齢と同年齢で、高校入学を目前にして無謀運転の乗用車にはねられて即死した。実際、みくるが派遣されてマナと置き換えられなった場合には、一郎と淑子は事故の1年後に自ら命を断っていたはずだった。みくるはマナの写真を見たことがあった。見るからに利発そうで、大きなくりくりっとした瞳がチャームポイントのその顔はどちらかというとみくるよりは涼宮ハルヒを思い起こさせた。毎朝、「おはようございます」と言う度、彼らの笑顔見る度、みくるは胸を痛めた。彼女のせいでマナの記憶は朝比奈夫妻の記憶から欠落しているのである。朝食を終え自室に戻った彼女の頭の中でコールサインが瞬いた。彼女の時代の人間にとっては「コンピュータ」とは脳内に埋め込まれた余分な情報機能のことに過ぎなかった。みくるは、コールに応じて、脳内端末を開いた。初老の男性の映像が端末に写り、みくるはほっとした。「先生」「みくるくん、先生はやめたまえといつも言っているだろう。今は、僕は君の上司なんだから」「す、すみません、管轄官」「では、定時報告を」「はい、エージェント番号0256A、当該時間平面におけるコードネーム、朝比奈みくる、定時報告をします。観察対象は過去24時間に大きな変異を引き起こしていません。以上」「よろしい、みくるくん。ご苦労だった」「....。」「どうした?」「はい...。」「また、朝比奈夫妻のことを気に病んでいるのか?」「そういうわけでは」「何度も言っただろう、みくるくん。彼らは君が行かなければ、自ら命を断っていたんだ。もういちど、あの映像を見たいかね?」みくるは、朝比奈夫妻の最期の映像を一度だけみたことがあった。いや、実際には、みくるはその映像を最後までみることは出来なかったので、正確には一度も見たことがない、と言う方が正しいのだが。みくるが現在の任務を承諾したのは多分にその映像を見せられて、みくるが行くことで彼らが救われる、と説得されたせいもあった。「いえ、結構です」「自信をもて。君は彼らを幸せにしているよ。『人を救うのは真実ばかりにあらず』、そう教えただろう?」「はい、わかりました、管轄官」みくるは端末を切った。実際にこのやりとりにかかった時間は瞬きする程の短い時間だった。外からは、一瞬、意識がとんだだけにしか見えなかっただろう。みくるは思い直すと部屋を出て、両親に挨拶すると学校に向かった。任務を果たすために。第二章 機関からの情報俺が部室に入って行くと珍しく先に来ていた古泉が俺のところにやってきて、こう言いやがった。「お話が」解ったから、それ以上、顔近付けるなよ。俺はいつもの中庭に連れ出され、自販機のジュース(古泉のおごりだ。どうせ、経費か何かで落とすんだろうから、遠慮する必要もなかろう)を飲みながら、テーブルに向かい合って座った。「なんの話しだ?」「朝比奈さんのことです。彼女は未来から派遣されたエージェントではありません」「何いってる、古泉?薮から棒に。俺は朝比奈さん(大)とだって会ってるんだぞ。彼女が未来人じゃないなんてありえないぞ」「彼女が未来人ではない、とは言っていません。エージェントではない、と申し上げているのです」「なんだって?じゃあ、なんだって彼女はここにいるんだ?彼女の目的は?」「ダミーです」「ダミー?」「はい。機関は他に本物のエージェントがいるとにらんでいます。朝比奈さんは目くらまし、というわけです」「誰が本物なんだ?」「わかりません、しかし、機関は本物のエージェントが誰かを知りたいと熱望しています。そのために、朝比奈さんを利用する必要があります。協力して頂けますか?」「なんで、俺がお前に協力せねばならない?」「涼宮さんの安全のためです」「ハルヒの?」「そうです。涼宮さんは未来人にとっては単なる時間旅行のさまたげにすぎません。機関や思念体の様に、彼女の存在そのものを必要とするわけではないのです。未来人達は涼宮さんを「消そう」とするかもしれません」「そうなら、なぜ、いままではやらなかった?」「わかりません。ただ、我々は、朝比奈さんが涼宮さんにもっとも近しいエージェントだとみなして来ました。よって、朝比奈さんを抑えておけば、未来人達が実力行使にでようとしても対抗できると。が、もし、別人が『真の』エージェントだとすると我々には防ぎ様がない。いま、この瞬間にも涼宮さんに魔の手が迫っているかもしれません。協力してください」俺には状況がよく飲み込めなかったが、どうやら、俺は朝比奈さんを裏切るかハルヒの命を危険に晒すか、の二者択一を迫られているようだった。古泉、本当にお前って、物事を面倒にする天才だな。俺はどうすりゃいい、一体? * みくるが部室にむかおうとしているとき、脳内コールが瞬いた。「はい?あ、管轄官」「至急、帰還せよ」「えっ?」「君の正体がばれた。非常に危険な状態だ。5分後に時間移送を設定した。接続を維持するように」「えっ、えっ、ばれたって、誰に何がばれたんですか?」みくるが未来から来た観察者であることは古泉くんも長門さんも知っていることだ。いまさら、何が「ばれた」と言うのだろう?「朝比奈さん、いっちゃダメだ!」「キョ、キョン君」向こうからキョン君が走って来る。なんでキョン君が?わたしが時間移送することを知っているの?「時間移送のスケジュールを繰り上げた。10秒後にする。10,9.8...」「朝比奈さん、接続を切るんだ。早く!」「みくるくん、接続を維持したまえ、5,4」「朝比奈さん切って、早く!」「3,2,1...」第三章 陰謀5分後には、みくるはうつむいて部室に座っていた。あの一瞬、キョン君と管轄官のどちらを選ぶことを迫られたあの瞬間。思わず、接続を切ってしまった。「先生」の言うことに逆らったのは生まれて初めてのことだった。「朝比奈さん、あぶないところでした。あのまま強制送還に応じていたら今ごろは、おそらく...」「どうなったんですか?」「もう、二度とここには戻って来られなかったでしょう。悪くすれば朝比奈さんの生命に危険が...」「そんな、管轄官に限ってそんなことをするわけはありません!」この時間平面に派遣される前にみくる自身の両親の記憶は「封印」された。そんなみくるにとって、先生だった管轄官は唯一の心の支えであり、親代りだった。その管轄官がわたしの命を狙う?みくるにとっては現在起きていることは想像をはるかに凌駕した事態だった。「残念ですが、朝比奈さん、以後、未来との通信は一切しないで下さい。通信すると強制送還されて、その後は...」「嘘です!」「朝比奈さん、気の毒ですが、機関の判断ではあなたは真の「観察者」ではありません。あなたはダミーで真のもっと有能で強力なエージェントがこの時間平面に派遣されているようです。敵をだますにはまず味方からということでしょう」自分は観察者ではない?他に本物がいて、自分はおとり?みくるにとって古泉の説明を右から左にはいそうですか、と納得するのは難しかった。こういうとき、頼るべきなのは...「キョン君、キョン君もそう思うんですか?」「朝比奈さん、俺だってこいつのいうことを右から左に信じる程単純じゃない。でも、こいつが俺に「朝比奈さんはダミーです」と言った直後に強制送還となると....」「朝比奈さん、よく考えて下さい。いままで、時間移送の予告はどれくらい前にありましたか?10秒前、いや、5分前だったことは?」みくるはだまりこんだ。5分は愚か、最低1日前には予告があり、秒単位で移送のタイミングが告げられるのが常だった。時間移送はそれほど微妙な作業なのだ。古泉くんが言う通り、これは異常事態だった。でも、管轄官は「非常に危険な状態」と言ったのでは?「問題は、誰に取って危険だったか、ということですね?彼らにとって危機的な状況だったのでしょう。朝比奈さんは御自分が危険だ、と判断されたのでしょうが...」「管轄官と、もう一度...」「朝比奈さん、だめだ、危険すぎる。もし万が一、古泉が正しかったらとりかえしがつかない」「でも、でも、なんでわたしが....」「未来人は、『真の』観察者を隠そうと必死なのですよ。あなたはその最大の鍵です。遺憾ながら、機関の目的は真の観察者の探索で、朝比奈さんの身柄の安全ではありませんが。ただ、今のところは朝比奈さんは安全です。機関は全力で朝比奈さんの身柄の安全を確保するつもりです。ですから、協力してください」「でも...」「朝比奈さん、ハルヒが危険に晒されているかも知れないんだ。協力してくれ。朝比奈さんとハルヒを危険に晒すわけにはいかないんだ」みくるの目の前は真っ暗だった。裏切られた?仲間たちに?ずっと騙されていた?今、頼れるのはSOS団のみんなだけ?ショックのあまり声も出ない状態だった。「わかりました。とりあえず、キョン君と古泉くんを信じます。わたしはどうすれば?」「『真の』観察者は朝比奈さんのごく近しい人物でしょう。かならず、なんらかのアクションを起こして来るはずです。そこを捕まえます」「じゃあ、わたしは?」「しばらくは我々3人(古泉、キョン、長門)の誰かと行を共にしてください。自宅に戻るのも困ります」「そんな...」「ハルヒはどうするんだ?俺たちが朝比奈さんにつきっきりだとバレるのは時間の問題だぞ」「大丈夫です。任せて下さい」しばらくしてハルヒが入って来ると、古泉はこんな作り話を始めた。「朝比奈さんは正体不明のストーカーに付け狙われています。その人物は朝比奈さんのごく近しい人物のはずで、いずれ、実力行使にでてくるはずです。男女の別も不明です。我々4人で朝比奈さんを交替で24時間監視します」思いのほか、ハルヒは単純で、古泉の言うことをうのみにした。ひょっとしたら、最近、何も無かったので「事件」に餓えていただけかもしれないのだが。「みくるちゃんにストーカー行為とはいい根性ね。のこのこ出てきたら首根っこを抑えてやるわ。安心しなさい!」俺たちはみんなで朝比奈さんを24時間監視するプランを立てた。夜は、長門さんのマンションに泊まるのがよかろう、ということになった。第三章 鶴屋さんみくるは不安にかられながら部室で過ごした。部室の外には捩り鉢巻きをして、「用心棒」という腕章をつけ、竹刀をもっったハルヒが腕組みをしてつったっている。メイド服に着替えようとすると、「今日はいいですから」と言われてしまい、お茶は古泉くんが入れてくれた。窓際にはいつもどおり長門さんが座っている。「窓からの侵入は長門さんが防いでくれます。外は涼宮さんが...」「でも、お前はハルヒが狙われるかも知れないと言ったじゃないか?かえって危険じゃないのか?」「今ここで襲ってくれれば、長門さんも僕もいるわけですからかえって好都合ですが、彼らもそこまで馬鹿じゃないでしょう。彼らが今、守りたいのは『真の』エージェントの正体です。涼宮さんの命ではありません。機関が気にしているのは、万が一、未来人が涼宮さんに危害を加えようとした場合、対抗できなくなることです。いますぐ、涼宮さんにどうこうということは...」みくるはそんな会話をぼんやりと聞いた。聞いているうちに涙が出てきた。自分はいわば「スパイ」なのに、今の自分を守ってくれているのは所属組織ではなく、ここにいるみんななのだ。あり難くて涙が出てきた。と、携帯が震えた。メイルだ。画面には鶴屋さんからのメイルが表示されていた。「なんで鶴屋さんが?」 みくる、落ち着いて読んで。いますぐそこを出るんだ。『機関』はみくるを 『消す』つもりだよ。古泉くんもぐるさ!信じちゃダメだよ。いますぐそこを出て。 中庭で待っているからさ!いますぐだよ!急いで! みくるは思わず、携帯を取り落としそうになった。そんな、古泉くんがわたしを殺そうとしている?もう誰を信じたらいいかわからない。キョン君と二人っきりで話したかった。でも、この状況で、キョン君と二人で出ていったら、古泉くんは絶対、怪しいと思うだろう。ダメだ。キョン君にはあとで話そう。「あの、ちょっと...」「どうしました?」「ちょっと外へ...」「あ、はい、そうですか、じゃあ、僕がご一緒しましょう」「でも、あの...」「古泉、お前らしくもなく鈍いな。解んないのか?」「ですが...」とドアがガチャリと開くとハルヒが首を出した。「何、もめてんのよ。みくるちゃんトイレに行きたいの?じゃあ、あたしが一緒に行くからいいわよ。古泉くん達はここで待機してなさい!」「ですが...」「古泉くん、トイレの中までいっしょに入るつもり?ここはあたしに任せなさい」「は、はい」ハルヒは朝比奈さんを連れて出ていった。不安そうに見送る古泉。「どうした、心配なのか?トイレならすぐそこだ。なんかあってもお前や長門なら対応可能だろう?いますぐ、ハルヒに手を出したりしないって言ったのはお前じゃないか?」「そうですが、嫌な予感が...」「考えすぎだろ」だが、この時ばっかりは古泉の方が正しかったことを後で俺は思いっきり思い知らされることになる。 *みくるがハルヒと歩いていると向こうから鶴屋さんが走って来た。「ハルニャン、部室が大変だよ。いますぐ行って」「どうなったの?」「ストーカーがのこのこと現れたんだけど、手強くて、あっちの3人が苦戦中なんだ。すぐ行って!みくるは引き受けるからサ!」「え、そうなの!待ってなさい、目にもの見せてやるわ!」涼宮さんは走っていってしまった。「みくる、急いで、嘘はすぐバレるよ。時間がないんだ」「あ、はい」みくるはとりあえず、鶴屋さんについて行くしかなかった。第四章 攻撃「ストーカーはどこ!」ハルヒがそう叫びながら部室に飛び込んで来たとき、俺と古泉はのんびりオセロをやっている所だった。「ハルヒ、何寝ぼけてるんだ?ストーカーなんて来てないぞ」「え、だってさっき鶴屋さんが...」「しまった!」立ち上がった古泉の顔面は蒼白だった。「鶴屋さんはぐるですよ!」「何言ってるの、古泉くん。そんなわけないでしょ」「よく考えて下さい。ストーカーの件はSOS団員以外には知られていません。鶴屋さんにも朝比奈さんは言ってないのです。にも関わらず、鶴屋さんはそれを知っていた。我々以外にこの件を知っている人物はストーカー当人だけですよ。ということは...」「じゃあ、鶴屋さんがストーカーだったっていうの?そんな馬鹿な!」「ストーカー、もしくは、ストーカーに関係する誰かです。とにかく、至急、鶴屋さんから朝比奈さんを引きはなさないと。長門さん、朝比奈さんは今どこに?」俺たちはいっせいには長門の方を見た。が、長門は身じろぎもしない。「有希?」ハルヒが長門のそばに行って肩を揺すると長門はゆっくりと床にくずおれた。「ゆ、有希?た、大変、凄い熱よ! 有希、有希、しっかりして!」「涼宮さんは長門さんを保健室へ。僕と彼は朝比奈さんと鶴屋さんの後を追います」「しょ、しょうがないわね。じゃあ、後からあたしも行くから、連絡を絶やさないのよ!」「はい、それでは」俺と古泉は部室を飛び出した。「古泉、どうなってる?」「未来人が本格的に攻めて来ましたね。決着をつけるつもりでしょう。で、まず、邪魔者の長門さんの機能を停止した」「そんなことできるのか?長門は大丈夫なのか?」「未来人と言えども、情報統合思念体の情報端末の封鎖は簡単ではないはずです。向こうは相当焦っていますね。我々のまだ知らない何かを朝比奈さんは知っているようですね。朝比奈さんは重大な秘密を握っているようです。うかつでした。未来人のターゲットは『真の』エージェントの正体ではなく、朝比奈さん御本人だったようです」「いまさら、そんな。どうするんだ」「機関に連絡して鶴屋さんと朝比奈さんを探させます」「でも、なんで鶴屋さんが?」「わかりません。ですが、鶴屋家は機関の銃様なパロトンですからね。その気になれば、機関の情報は筒抜けでしょう」「くそ、なんてこった」「とにかく、早く彼女達を探さないと....」「探すってどうやって」「それが解れば苦労はありません」俺は嫌な予感がした。もうニ度と生きた朝比奈さんには会えないんじゃないか、そんな気がして来たのだ。第五章 正体みくるは鶴屋さんに連れられて校門へ行くと、そこで待っていた黒塗りの乗用車に乗った。「鶴屋さん...」「みくる、いきなりでごめんよ。でも、今まではあたしは何も知らないことになってたからさ。今日、みくるが危険だって聞いてさ。とっさに」「この車は...」「鶴屋家、お抱え運転手の車だよ。大丈夫。口は硬いよ。それより、急いで未来に帰るんだ」「え、でも...」「みくる、あたしを信じて。古泉くんはぐるだよ。キョン君は騙されてるんだ」みくるは迷った。管轄官、古泉くん、そして鶴屋さん。誰を信じるべきか。キョン君と話したい。キョン君だけは中立な立場のただの一高校生だ。彼だったら、わたしがどうすべきか、相談にのってくれるはずだ。「キョン君と相談したいです」「だめだよ、キョン君も騙されてるんだ。あたしを信じて、みくる、友達だろ?キョン君と連絡をとったら、みくるはすぐにみつかってしまうよ、機関に」「でも...」みくるは迷った。どうしよう。鶴屋さんを信じたかった。でも、いままでみくる達から距離をおいていた鶴屋さんにいきなりこんな突っ込んだことを言われても違和感がある。「みくる、よく考えて。管轄官は『非常に危険な状態だ』って言ったんだろう?すぐもどらないとダメだよ」「それはそうだけど...」とここで、みくるの頭にいままで一度も思い浮かんだことが無いような閃きがうかんだ「鶴屋さん、なんでそんなこと知ってるんですか?」「えっ?」「管轄官のことなんて、誰にも話してないのに...」「そ、それは..」「鶴屋さん、降ろして下さい。やっぱりキョン君と相談してから決めます」と、みくるは鶴屋さんが銃の様なものをみくるに向かって構えているのに気づいてど肝抜かれた。「みくる、お願いだよ、おとなしく未来に帰っておくれよ。そうじゃないとこの引き金を引く破目になる。みくるを傷つけるなんてあたしにはできないよ」「いま、接続を回復したら、でるのは管轄官じゃないんですね?」「知らないんだ、知らないんだよ、みくる。でも、みくるが帰らないとみんな困ったことになるんだ。おねがいだよ、みくる」「鶴屋さん...」あの鶴屋さんをここまで追い詰める事態とは一体なんなのか、みくるには想像もつかなかった。だが、もう選択肢はなさそうだった。「わかりました。未来に戻ります」「ごめんよ、みくる、本当にごめん。本当ならこんなこと...」その時、乗っていた車が激しく横スピンすると急停車した。見ると前方には何台か車が止まって道を塞いでおり、車からは時間管理局のユニフォームを着た局員達がバラバラと降り立つところだった。鶴屋さんは慌てて、銃口をみくるの方に向けたが、一瞬、引き金を引くのに躊躇した。次の瞬間には、管理局員が車に乗り込んで来て、鶴屋さんは激しく抵抗したが、鶴屋さんが引き金を引いたときには、ポンという軽い音と共に、車の天井に大きな穴が空いただけだった。そのまま、鶴屋さんは車からひきずり出されて、連れて行かれてしまった。みくるは後ろから肩を叩かれて、飛び上がった。が、ふりかえったみくるの目に飛び込んで来たのは管轄官の笑顔だった。「管轄官!」みくるは管轄官の胸に飛び込んで思いっきり泣いた。「すまなかった、みくる君。邪魔が入ってしまってね。迎えに来るのがすっかり遅くなってしまった」「管轄官、私がダミーに過ぎないって言うのは本当のこと何ですか?」「いや、それは『機関』の誤解だよ。君は立派な観察者だ」「じゃあ、なんで...」「未来人にもいろいろ派閥があってね。君の『正体』を快く思わないもの多いんだ」「わたしの『正体』って...」「みくる君、いまから言うことをよく聞くんだ。君はね、未来人じゃないんだ」「え?」「厳密な意味ではね。君はこの時間平面の人間だよ。君の記憶は操作されているんだよ」「そんな、なんでそんなことを?」「遠い未来からこの時間平面にエージェントを送り込んでそのままにするのには膨大なエネルギーが必要なんだ。常駐のエージェントを置くのは無理なんだよ。だから、代わりに君の様なこの時間平面に元から存在していた人間をエージェントに仕立てているんだ」「なんでそんなひどいことを...」「みくる君、驚いてはいけないよ。マナ、という娘は存在しない。もともと存在しないんだ。君は朝比奈夫妻の本当の娘なんだよ」「そんな。じゃあ、あの自殺シーンは...」「あれは本物だよ。『君が』来なければ朝比奈夫妻は最愛の娘の事故死に耐えられず、自ら命を断つはずだった、というのは本当だ」「おっしゃっている意味がわかりません」「高校入学直前に死ぬのはマナという娘ではない。君自身なんだよ」「えっ」「我々は過去に干渉して君の運命を変える代わりに、エージェントとしての使命を与えたんだ。だがね、我々が過去に恒常的にエージェントを配置する力を持たないことは最重要の機密なんだよ。機関や思念体側には決して知られてはいけない、ね。だから、機関側が君の『正体』を、疑い始めたとき、我々の側には動揺が走ったんだ。過激な一派が君の抹殺を図ったんだ。証拠隠滅、というわけさ。鶴屋というあの娘は彼らの道具にされていたんだ」「鶴屋さんは一体...」「それは知らない方がいいよ、みくる君。彼女の記憶は我々が操作しておく。明日になれば辛い記憶はきれいさっぱりなくなるはずだ」「わたしはこれからどうすれば...」「いままでと同じさ。何も変わらない。君が自分の正体に気づいている、という以外はね。さあ、もう時間だ。わたしは行かなくては。君の「友人」達がやって来るからね」「管轄官」「なんだね」「まだ、わたしはここにいてもいいんですね?」「ああ。だがずっとではない。君は本当は死んでいないはずの人間だからね」「はい、でもしばらくは...」「しばらくは大丈夫。それでは」次の瞬間、管轄官は消えていた。まわりを見回すと、管理局員もいなくなっており、運転席には鶴屋家の運転手がぐったりと伸びているばかりだった。「朝比奈さん!」ふとみると、キョン君と古泉くんが駆けて来るところだった。わたしのかけがえのない「友人」達。みくるは車から降りると思いっきり手を振った。エピローグ古泉くんは、自分が(も?)本当のエージェントであり、ダミーではないことをみくるが告げると、渋々ながらも信じてくれた。「ですが、機関もそれなりの根拠を持って出した結論ですから最終的な結論はもうちょっと待って頂かないと...」とかいっていたけれど。結局、ストーカーが出てこなかった上に、鶴屋さんまで「なんのことだが覚えがないにょろ」とか言い始めたので涼宮さんはかなり荒れ始めた。おそらく、古泉くんが渋々折れたのは閉鎖空間の始末が忙しくて、あれ以上、食い下がっていられなかったからじゃないかな。鶴屋さんは管轄官が言った通り、何も覚えていないようで、元の底抜けに明るい鶴屋さんに戻った。長門さんも今はなんともないようで、今までどおり、窓辺でぶ厚い本を読んでいる。で、結局、キョン君にだけは本当のことを話した。わたしが未来人じゃないというと本当に驚いたようで、朝比奈さん(大)のこととつじつまが合わないと言っていたので信じてくれたかどうかは解らない。実際、本当のところ、いまでも何が本当で何が嘘かはみくるにも良くは解ってはいなかった。でも、結局のところ、今は管轄官の言うことを信じるしか無い。それになにより、みくるにはひとつだけうれしいことができた。とりあえず、自分は「未来人じゃない」と思うことにしたから。もう毎朝、朝比奈夫妻に微笑かけられても、うしろめたく思わずに、微笑返すことができるから。本当の娘として。
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