従順なハルヒ
今俺は病院のベッドの上で点滴を受けている。何のことはない。ちょっとしたストレス性のなんとかかんとかで、胃の一部が溶けただけだ。何が原因かと言えば、まぁ、色々原因は思い当たりすぎて何とも言えない。クラスでの俺の扱いが、色々な事件の末に妙な風になっていること。隠していた秘蔵AVの配置がズレていたこと。妹に、知らなくて良い余計な予備知識が増えていたこと。後は、来年に控えた大学進学に関してが少々重荷だったことくらいだろうか。そんなこんなで、ともかく今俺は病室で安静にしたいわけだ。「おい、ハルヒ」「なによ」「俺は今から横になって、ゆーっくり休みたいんだ」「あらそう」「だから、いいかげん俺のベッドの横でくつろぐのは止めてくれ。胃に悪い」だが、この女……涼宮ハルヒはそんな俺を一向に構う様子もなく、来て早々「倒れた団員を気遣うのは団長の務めよ!」と言ったきり、横に居座り続けて、お見舞いの品を勝手に食ったり、俺が休んでいた間のSOS団での事件を勝手に報告していたりする。看病というのか病人をオモチャにしにきたのか、ハッキリ言って区別はできない。「なによ。せっかく人がお見舞いしに来ているんだから、もっと丁寧に扱いなさいよ。 だいたいちょっとしたストレスで胃に穴が空くなんて、軟弱過ぎるの! そんなんじゃあ現代社会で生きてけないわよ!」ベッドの横の椅子でふんぞり返るハルヒ。こいつの小言を聞いていると、冗談抜きで胃がキリキリと痛む。なまじ頭だけは良いから、妙に重々しいことを言ってきて精神衛生上よろしくない。「これからは、社会に出ても恥ずかしくないくらいSOS団総出でビッシビシしごいてあげるわ! 覚悟して……」「やめろ」思わず、吐き捨てるような口調になる。「………誰のせいでこうなったと思ってるんだ……」「なによ。あたしのせいだって言うの?」「あ………その、いや…………」これは、明らかに俺の失言だった。無論この胃潰瘍はハルヒのせいではない。あいつらとの活動に、俺が負荷を感じたことがないと言えば嘘になるが、まさか胃に穴が空くようなレベルじゃあない。「そんなことは全然、まったくない……が…………」俺の言葉は尻すぼみになった。ハルヒが下から睨め付けるように俺を見ていたからだ。ある意味、ヘビに睨まれたカエルの気分……というのがこの心境を表すのに適している。「あたし、帰る」「ちょ、ハルヒ! 待て! 待ってててて痛てててて………ッ」急にかかったストレスで、俺の胃は悲鳴を上げた。ハルヒはそんな俺を振り返ることもなく、椅子を蹴って立ち上がると、一目散に病室から出て行ってしまった。無論、胃痛で動けない俺は、その後ろ姿を見送ることしかできなかったわけだ。思えば、これがあのドタバタした1日の伏線になっていたわけなのだな。後々から考えてみれば。 ◆◆間◆◆あれから一週間ほどして、俺は学校に復帰した。胃に空いた穴もほとんど回復し、長門、朝比奈さん、古泉のお見舞いのお陰もあって、フィジカルもメンタルも絶好調となったからだ。しかし問題は一つ。あれ以来、俺は涼宮ハルヒとは会っていないし、一秒たりとも会話をしていない。「よ、よう」「………………」復学早々朝一番の挨拶にも、ハルヒは反応してこなかった。「まだ怒ってるのか?」「………………」返事をしないのも予想の内だ。今までのハルヒの行動を念頭に置いて考えると、一度キッチリ頭を下げておけば、どんなにつむじの曲がったハルヒでも、帰りにSOS団の部室に行く頃には機嫌を直してくれると予想はついている。俺は席に着くと、早速机に手を突いてハルヒの顔を真っ直ぐに見た。「すまなかった。あの件については俺も」「いいの。謝らないで」「悪……ん?」言葉を途中で切られて、俺はかなり怪訝な顔をしていたと思う。「な、なんだって?」「謝らなくていいの。気にしないで」この時の俺はかなり動転した顔をしていたと思う。あの涼宮ハルヒともあろう者が、相手に謝罪もさせずに物事を許したことがあったか?いやない(反語)。「一体どんな風の吹き回しだ。俺はちゃんとこうやって謝罪を」「いいのよ。それより聞いてくれるかしら?」涼宮ハルヒが大人しい。声を荒げたり茶化したりすることなく、むしろ冷静に俺に語りかけてくる。あまりに……そう、あまりに不気味だ。以前どこかで巻き起こった猛烈な勢いの台風が、町を丸々ぶっ潰しておきながら俺の家だけを無事に残しておく時くらいに有り得ない状況である。視線を時折外に向かわせたり、教室に戻したりと挙動不審気味なのが尚更におかしさを煽る。「な、なんだよ」「………何でも言うこと聞いてあげる」「は?」「あたしが、何でも言うこと聞いてあげる」何の冗談だ、と笑い飛ばそうとした。笑い飛ばそうとしたのだが、ハルヒの目は本気だった。茶化すには余りにも真っ直ぐにこっちを見ていたのだ。「…………ど、どういうことだ?」「ッ!」ガタン! と椅子を蹴って立ち上がると、ハルヒはドタバタと駆けながら教室を出て行ってしまった。「おい、待てハルヒ!」俺が声を上げたことで、教室中の視線が俺に向いた。俺は気まずい思いをしながら、視線から逃れるように席に戻るしかなかった。「何でも言うことを聞くだと………どういうことだ?」 ◆◆間◆◆ハルヒはその後、1限から5限までの授業を丸々ボイコットした。鞄を机に置きっぱなしだったから部室にでもいるのかと思ったが、 ガチャッ「…………」「なんだ。長門しかいないのか」放課後部室に入ってみれば、居るのは定位置で読書にふける長門の姿だけだった。ハルヒどころか、我らがメイドの天使様であらせられる朝比奈さんも、どうでもいいが古泉もいない。「どうやら、ハルヒは完全にフケちまったみたいだな。何か知らないか?」「知らない」「そうか」長門の回答は簡潔だった。恐らく全く心当たりがないのだろう。それなら仕方がない、とばかりに俺はオセロを引っ張り出して一人オセロで暇を潰すことにする。ハルヒが部室にないとなれば、これ以上探そうにも探しようがない。となれば、いつも通り部室にいてハルヒが来るのを待った方が得策というわけだ。そして、暇を潰すにも、よっぽどのことがなければ長門の読書を邪魔しないという暗黙の了解がある。お茶も、朝比奈さんが来てから淹れて貰った方が美味しい気がするしな。取り敢えず、まずは白と黒の駒を盤の上に並べて、さっそくオセロを……。「……伝えることがある」「うぉ!?」俺はびっくりして手に持っていた駒を取り落とした。いつの間にか、読書を止めた長門が右隣に立っていたのだ。しかも顔の位置が近いぞ。「なんだ。驚かしてまで伝える内容なのか」「そう」「どんな内容なんだ」「あなたの言うことを、なんでも聞く」「………なんだと?」「あなたの言うことを、なんでも聞く」聞き覚えのあるセリフだ。「長門、それはハルヒに何か吹き込まれたんだな」「肯定する。涼宮ハルヒが一限開始前に通達してきた」「『俺の言うことを何でも聞くように』……てか?」「そう」ハァ、と思わず溜息が漏れた。長門を巻き込んで、あいつは一体なにがしたいんだ。あいつの思いつきは毎度毎度突拍子もないが、今回も突拍子がなさすぎてわけがわからん。「気にせんでもいいぞ。どうせハルヒの戯れ言だ」「そうはいかない」「ん?……そうなのか?」「そう」長門が更に一歩前に出てきた。互いの顔が数センチという近さで、これはちょっと近すぎる。思わず目を逸らしてしまう。「な、なんだ。そんなの本気にする必要はないんだぞ。だいたいいつもの気まぐれじゃないか。 てきとうにやって話を流しちまえばいいんだよ。そんなにいちいち真面目くさってやってたら大変だ」そこまで一気に喋って、チラ、と長門の方へ視線を一瞬戻したが、長門の顔は依然として超至近距離にある。「だいたいだな、俺が言うことを何でも聞くって言ったら……例えば、俺がココでキスをしろなんて言ったら……」「キスを実行する」俺が視線を戻した時、既に、長門との距離はほとんどゼロだった。ふっ、とお互いの息がかかり、そのまま長門のくちびるに俺のくちびるが触れ……そして、すぐに離れた。「終了する」ほんの1秒未満だったが……これは、確実に………その………。「な、長門?」「問題ない。わたしは命令を実行しただけ」長門はいつもの定位置まで戻ると、鞄に本を仕舞い、それを持ってドアの所まで行った。「長門……もう、帰るのか?」「…………………」長門は答えず、そのままドアを開けて廊下の方へ出て行ってしまった。終始無言のままの長門だったが、その無表情には微かに別の表情があった。長門の表情を見分けるのには、俺にも一家言ある。あれは………確かに、少しだけ、長門の顔は赤かった。 ドタン バタバタバタバタッ遠くで誰かが階段から落ちたらしい音が聞こえる。程なく、我らが天使朝比奈さんがやった来たが、彼女によると、「いきなり長門さんが階段から滑り落ちてきて、びっくりしちゃいました……。 あんなに慌てた長門さんを見るのは初めてですよ。 顔だけはずっと冷静な顔だったのが、ちょっと面白かった……なんて言ったら失礼ですけど」だそうである。ハルヒのヤツ、長門に無駄にエラーを蓄積させるとは、まったくけしからんヤツである。本当にそう思う。キスできてラッキーとか、そんなことは全く思わないわけではないが、ともかくけしからんヤツである。 ◆◆間◆◆朝比奈さんが来て、つつがなく着替え終わった後、俺は、定番のメイド服に身を包んだ天使の淹れたお茶を美味しく頂戴していた。今日のお茶はナントカカントカというお茶で、あつ〜い温度で作る渋〜いヤツなのだそうだが、俺には彼女が淹れてくれるというだけで全てが甘露なので、ともかくおいしく頂戴するわけだ。「いや〜、まいどまいどすみません」「いいんですよ。これもオシゴトですから」別段、必ずSOS団に従事しなくてはならないわけでもないのに、それに全力を注ぐ彼女のなんと健気なことか!俺は感涙を禁じ得ず、ついでにお茶をもう一杯所望してしまうのである。「そう言えば、またハルヒが妙なことを思いついたらしいですね。 朝比奈さんは何か聞いていませんか?」「あ、朝ホームルームが終わった後で聞きました。 その……キョンくんの言うことを、必ず聞くようにって言われてます」やっぱりか。「いったいどんなつもりなんでしょうね。 さっきも長門が……その……よくわからないことを言っていて、びっくりしましたよ」先程のことを思い出し、俺が渋い顔をしていた時、 バァン!と勢い良くドアが開いた。「やほー! みんなげんきにょろ?」ドアから飛び込んで来た、このハルヒ並のハイテンションなお嬢さんは、何を隠そう鶴屋さんだ。SOS団の準団員にして常識派の筆頭。そして古泉の組織のパトロンの家系のお嬢様という、肩書きでも中身でもテンションでも、全てにハイの付く朝比奈さんの同級生だ。「どうしたんです? 朝比奈さんならそこに……」「いやいや。今日はみくるに用事じゃなくて、キョンくんの方に用事があるかなっ」「お、俺ですか?」鶴屋さんと言えば朝比奈さん。そういう図式が頭の中でできていた俺には、それだけで十分不審な空気を感じ取ってしまう。「いったい、どんな御用です?」「今日は、キョンくんの言うことをなんでもきいちゃうよっ。ハルにゃんとの約束だからねっ」ビンゴだ。「またそれですか。どんなことでも、って言われても困りますよ」「どうしてかなっ?」「俺だって心身ともに正常な青少年です。そういう所を配慮していただかないと……」話半ばで、俺の手は鶴屋さんにガシッと掴まれた。「つ、鶴屋さん?」「つまり、キョンくんがしたいのはこういうことにょろ〜?」鶴屋さんが手を引っ張り、そのまま朝比奈さんの……その、胸部に俺の手を押し当てた。「ふぇ、ふぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」「ちょ、つ、つ、鶴屋さんこれは!?」「ふっふっふっ……めがっさ柔らかいにょろ?」三人の声が交錯する。その間、俺の右腕は……その……たっぷりとした重量を手の平に感じていた。柔らかさはマシュマロ、固さはゴム鞠、そんな二律背反が混在した感触だ。コンピ研の部長が以前この状況になったことがあったが、これは確かに万死に値する価値がある。「やや、やめてください鶴屋さん!」俺はそう叫んだ。さすがの俺もずっとそうしているわけにはいかない。鶴屋さんの手を振り払い、天使のバストから無理矢理手の平を引き剥がす。「何のつもりですか! いくらハルヒからの命令だって言っても、これはひどすぎます! 朝比奈さんだって、ほら、何か言ってやってくださいよ!」俺が憤慨しながら声を上げると、「でも……涼宮さんの命令だから……」「しかたないかなっ。これはこれで面白いしね!」と頬を赤らめたり、ケラケラと笑っていたりする。ダメだ。真意が読めん。「今、キョンくんがして欲しいというなら、あたしで良ければキッスくらいしてあげるよん?」「待って下さい。俺はキスをして欲しいとも身体を触りたいとも思っていません」「おりょ。キョンくんはお堅いな〜」「お堅いお堅くないじゃないんです。変だと思いませんか? そんな命令?」思わず二人に対して声を張り上げてしまう。この時ばかりは、俺もちょっとばかり腹が立っていたのだ。「それは……涼宮さんがキョンくんのことを思って、のことですよ」「どういうことですか、朝比奈さん?」「だって、キョンくんが倒れたのはストレス性の胃潰瘍だったという話で、 涼宮さんも、それでとっても悩んでいたみたいでしたし……」「あの時のハルにゃんは、長いこと悩んでいたからね〜。それでみんなで人肌脱ごう、ということになったのさっ」つまり、これは俺にストレスが溜まらないように……という対処ということなのか。逆に気をつかってストレスが溜まっている気がしてならないがな。「だ、か、ら。遠慮しちゃダメにょろ〜。 あたしので良ければ、今ならめがっさ格安で! ちょっとだけ体験させてあげてもいいかなっ」鶴屋さんが俺の手を取って、そっと胸元に押しつけてきた。朝比奈さんとは違って、こう、良く締まった身体の上に乗ったソレのアレな感触がジンワリと伝わってくる。「だ……」「だ? 何にょろ?」「ダメです!!」俺は乱暴に手を振り払った。「あららら、嫌われちゃったかな?」「そういうんじゃありません! 俺は……その……」上級生二人が、俺の次の言葉を微笑をしながら待っている。「す、すみません! ちょっと失礼します!」顔を真っ赤にした俺は、全力で駆け出してぶち当たるようにドアを開けると、廊下を駆け抜け、裏庭の方へと走り込んで行った。 ◆◆間◆◆「はぁ………はぁ………」普段しない運動をしたものだから、肺がぜいぜい言っている。ちょうど良いところに裏庭用のイスとテーブルが設置してあったので、そこにどっかりと腰を据えた。なんだ。この状況はいったいどこのエロゲーだ。いや、俺自身全くエロゲーをやったことがないわけではないので、思い当たるタイトルはいくつかあるが。「まったく……ハルヒのヤツも変なことばっかり、考えやがって……」「いや、いいんじゃないですかね。あながち間違った策でもないと思いますよ」独り言のつもりだったのだが、背後から返答があった。「どうです。そこのコーヒーですが一杯飲みませんか?」紙コップを二つ持ってきたのは、いつものうさんくさい笑顔を貼り付けた古泉だった。俺は無言でカップを受け取って、一口グイと煽る。「部室では大変だったみたいですね」「……見てたのか」「いいえ。しかし、あなたの声は裏庭にも聞こえましたからね。大体予想はつきます」冷たいコーヒーをもう一口あおり、火照った身体をクールダウンさせていく。「ハルヒの思いつきも、ここまでくるとちょっとばかり迷惑だな。 さっきお前は間違った策じゃないとか言っていたが、本当にそう思うのか?」「思いますね」「何故だ」「そうですね……簡単な話ですよ」両手を方の高さに上げて「やれやれ」のジェスチャーをした古泉が話を続ける。「あなたは今回、潜在的に受けていたストレスによって胃潰瘍になったわけです。 それを完全な形で回復させるには、あなたが何に潜在的ストレスを感じていたのかを特定し、 それが二度とあなたにストレスとならないようにしなければなりません。 専門家でもない我々は、怪しいと思われる可能性を、一つ一つ潰していかねばならないわけですよ」「………なるほど」一応、筋は通っているように思える。「で、その対策の一つが『何でも言うことを聞く』なわけか」「そうです。あなたは基本的に涼宮さんに行動を制約されていますからね。 一度、あらゆる制約からあなたを開放してみよう、というのが今の涼宮さんの考えだと思われます」ふむと唸って俺はコーヒーをもう一口飲んだ。「古泉。お前はハルヒに何か言われたのか?」「えぇ。『決してあなたには逆らわないように』と申し使っていますよ」「やっぱりか。まぁ、お前なら特に気兼ねもないからその点は安心だな」「そうでもありませんよ?」その時、俺は古泉の目が、普段のニヤけた目とは違う形をしていたのを見ていた。何か……アマゾンや熱帯雨林の特集をやる動物番組で見たことのある、エサを目の前にした肉食動物の様な目をしている。「ど、どういうことだ古泉」「あなたが僕に対して、無意識下でストレスを感じていないとは言えません。 それを確かめるだけです」明かにおかしな雰囲気を感じ、俺は即座に立ち上がろうとしたが……立てない。何故か足に力が入らない……なんだこれは?「古泉……いったいこれは……」「組織の方から支給された物でして。依存性はありませんし副作用もありません。 ちょっとの間身体に力が入らなくなるだけです」古泉が一口も口を付けなかったカップを置いて、俺の目前に移動してくる。「可能性は全て潰しておかねばなりません。 例えば、あなたがわたしに性的な興奮を潜在的に感じていたという可能性も。 これは致し方ないことなのですよ。涼宮さんのため、と思って少々ガマンして頂きましょう」あのニヤニヤした顔が俺の、目と鼻の先にある。ヤツの鼻息が俺の顔にかかってきてこそばゆい。待て。それは明らかに近すぎる距離じゃあないか。「まさか……古泉、お前まさか………」「大丈夫。優しくするから身を任せてください、キョンたん」キモイ!あの古泉がキョンたんなどと言ってくる、この状況が気持ち悪い!それに何だ、何故俺のネクタイをゆるめてシャツの中に手を入れてくるんだ。やめろそこは違う断じてそんな所にストレスは感じていないズボンの中に手を入れるなちょアッー!「アナルだけは! アナルだけは!」思わずそう言って俺は泣いた。童貞だけど処女じゃない。そんなアンビバレンツなキャラクターをこれから一生背負っていく自信は、俺にはない。「やめろ……やめてくれ……」「そんなに嫌がると燃えちゃいますね。可愛いですよキョンたん」「ひぃぃぃぃ………誰か………誰か!」その瞬間、ゲ泉の手がパッと俺から離れた。俺の可哀想な菊の花も、侵攻から開放されてやっと通常運行になる。「しくじりましたね。完全に人払いはしたと思いましたが……そちらが干渉してくるとは予想外です」ゲイは裏庭に植えられた木の下を見つめていた。そこにいたのは、現生徒会書記であり旧SOS団依頼人だった喜緑さんだ。両手を後に組んで、一人静かにこちらを見つめていた。いつの間に現れたんだ!「なんのつもりですか? 穏健派のTFEI端末が独断で動くとは初めて知りましたよ」「涼宮ハルヒに急激な変化を起こされては困るの。あなたの趣味で涼宮ハルヒを暴走させて欲しくないだけよ」そのまま、喜緑さんが何事か……長門の『呪文』のような物を唱えると、急に俺の萎えていた手足に力が戻ってきた。手も……もちろん足も動く!「う、うわぁあぁぁぁぁーーーーーーーーッ!」「キョ、キョンたん! ぐッ!?」俺がゲイ野郎を突き飛ばしてその場を飛び退くと、ゲイはそのまま後にぶっ倒れて尻餅をついた。俺は後も見ずに裏庭からの脱出にかかる。「これはしてやられました」「あなたは尻をやるつもりだったのでしょう?」「つまり、これはそういう意味合いにおいてはあいこ、ということでしょうかね。 僕とあなたはお尻あい、と」「そうなりますね」「フフフフ……」「うふふふ……」バカのような会話を背後に聞きながら、俺はその場を駆け去っていった。 ◆◆間◆◆「はっ………はぁ………はぁ…………」俺は息も絶え絶えになりながら、商店街を歩いていた。寒い冬の最中であるのに、商店街まで一気に駆けていた俺の身体は異常な熱を持っている。今ならきっと頭の上に湯気が見えるぞ。なにせ、学校から商店街までほぼノンストップで駆けてきたんだからな。「はぁ……はぁ……………はぁーーーーーーーーーーー……」大きく溜息。ハルヒは俺のストレスを開放する、などと言っていたが、開放されてるのは他のヤツばかりじゃないか?俺自身が解放されている気がちっともしない。「これは……早急に手を打つ必要があるな。直に発生源を叩く必要があるぞ」呑気に相手の気が変わるのを待っているわけにはいかない。普段SOS団の活動で使う喫茶店を前に、俺は携帯電話を取り出した。 ◆◆間◆◆「なによ」「なにじゃない。俺が呼び出した理由くらい、もうわかってるだろ?」俺は携帯電話でハルヒを呼び出した。最初はゴネていたハルヒだったが、俺が「言うことを必ず聞くんだろ?」と言った途端、即座に「わかったわよ」と言ってココまでやって来た。そして現在、SOS団御用達の喫茶店で、テーブルを挟んでこうして俺とハルヒが向かい合っているわけだ。「理由って?」「みんなに言って回ったんだろ。『俺の言うことを何でも聞くように』ってな」「そうだけど、それがなによ?」くちびるをアヒルの口みたいに尖らせて、ハルヒは不満げな声を上げる。「あんたの体調が悪いって言うから、ストレスにならないようにやったことよ。 あたし悪くないもん」「別にお前が悪いとは言ってない。ただ、そのせいで周りが色々騒がしくてかなわん」「あたしにどうしろって言うのよ」「簡単だ。即刻前言撤回すればいい。そうすりゃ丸く収まる」「嫌よ」フン、と鼻を鳴らすと、ハルヒは窓の外に目線を投げて言葉を吐き出した。「絶対嫌」「………おい、ハルヒ」「嫌だったら嫌。絶対ヤダ!」「俺の言うこと聞くんだろ?」自分で作り出した矛盾にはまったハルヒは、苦り切った顔をして窓の外を見ていた。恐らく、古泉は今頃組織のバイトが急増して大変なんだろうな。「ハルヒ。これは俺の命令だ。みんなに言った言葉を撤回するんだ」「………………」ハルヒはだんまりを決め込んでいる。「その代わりだな……」「………聞こえない! 全然聞こえないわ!」いきなりそう言うと、ハルヒはガタンとテーブルを蹴る勢いで立ち上がった。一口も口を付けられていなかったコーヒーがひっくり返り、テーブルに黒いシミが広がっていく。この騒動に、周囲の目線も一気にコチラを向く。「待て、落ち着けハルヒ」「いいわよもう! あたし帰る!」怒鳴るようにそう言うと、ハルヒは早足にその場を去っていった。周囲の視線や、こぼれたコーヒーのこともあって俺が一瞬躊躇していると、 ガッシャァーーーーz________ン!!と、隣の席に四輪駆動のごっつい車が突っ込んできた。「な………」細かく砕けた窓ガラスが飛び散って、俺の背後を掠めていった。喫茶店内も悲鳴やわめき声に包まれる。「ハルヒ……!?」慌てて入り口の方を見たが、ハルヒは持ち前の駿足でもって駆け去った後のようだった。まるでタイミングを見計らったような事故っぷりじゃあないか?俺は呆然とするレジ係を急かして会計を済ませ、急いで外に駆け出す。 ガシャン ギャー ドスンッ ドカハルヒを行方は捜すまでもなかった。まるで道しるべでも作ったかのように、道なりに事故が多発している所がある。なんだ……あいつはついに世界の崩壊でも願ったのか?その時、ポケットに入っていた携帯電話が鳴った。「もしもし、キョンたんですか? 古泉です」「切るぞ」「冗談ですよ。それより、涼宮さんの状況がかなり悪いことを理解しているか心配で電話したんです」「黙れゲ泉。貴様の声を聞くと耳が腐る」「やはり理解されてなかったようですね。今、その辺りで事故が起こっているはずです」「そうだが、そうだったとしても貴様は黙して語るな」「その理由は、おわかりですか?」「ハルヒが世界の崩壊でも願ったのか? それより他のヤツに代われ。貴様は死ね」「あの……いいかげん、僕も泣きますよ?」ゲイの声が軽く泣きそうになっていた。「よし、死ね。それで事故とハルヒが願ったことと、どういう関係がある」「……………………」「言え、さもないと貴様がゲイだと学校中に言いふらして回るぞ」「涼宮さんは『死にたい』と思ったんですよ。あなたのためにやったことが裏目に出て、更に怒られてしまった。 穴があったら入りたい。恥ずかしい。死んでしまいたいと思った……その結果が、今巻き起こっている事故の嵐です」「つまり……それに巻き込まれて死んでしまいたい、ってことか」「あなたなら上手くまとめてくれると思ったんですがね。どうやらそうもいかなかったようで」「切るぞ。時間がない」「ところで、今これを教えて上げたわけですから僕の……」通話を切った。「余計なこと考えやがって……」俺は事故の起こった通りを急いで駆けていった。途中、電柱の後で「死にたい……」とベソベソ泣く茶髪のゲイがいたような気がするが、恐らく気のせいだったのだろう。 ◆◆間◆◆転倒、転落、衝突、居眠り運転、うっかり、よそ見、物を落としたり、放り投げたり、火を付けたり、その他考えられる限りの事故を起こした商店街を駆け抜け、俺はついに商店街を抜けて住宅街に入ってしまった。住宅街でも、犬が吠えて駆け抜け、自転車が電信柱に突っ込み、猫がひっくり返り、通り一面阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈していた。俺は息を切らして足を止め、ここで一つの事実に気が付くわけだ。「お……追いつかない……」持久走、短距離走、障害物走でもトップを誇る涼宮ハルヒの駿足に、運動不足の俺が追いつくわけがない。いつ事故に巻き込まれてケガをするかもわからないこの状況で、ウサギとカメの昔話を実践している場合じゃないんだ。この状態になったハルヒが居眠りをしてくれるとも限らないし、居眠りの代わりが事故だったら尚更実践できるわけがない。「ドラ○もんみたいな扱いで悪いが……ここは一つ長門に……」そう思った時、見計らったようなタイミングで携帯電話が鳴った。「も、もしもし?」「涼宮ハルヒの追跡経路をナビゲートする」長門だった。「長門か!? どうしてこんなタイミング良く……」「急がないと間に合わないから」「そうだな。今はどうこう言っている場合じゃねぇ。じゃないとハルヒが事故にあっちまうからな」「それだけとも言えない」「? どういうことだ?」「見つければわかる」「で、どうやってハルヒを見つけるんだ」「あなたと涼宮ハルヒの体内に位置探知用のナノマシンは注入済み。ナビゲートは簡単」い、いつの間にそんな物を仕込んだんだ。今日は手首を噛まれた思い出もないぞ。「あなたには部室で」部室……あの時のキスはそう言う意味があったのか!流石長門だ。この時の事を想定して既に手を打ってあるとは。でも、それならいつもみたいに手首を噛むだけでも良かったんじゃないか?「進路方向、次の角を左」無視か。今はそんなことを言っている場合でもないしな。俺は即座に駆け出して左に曲がった。 ◆◆間◆◆「ハルヒ!」驚いたことに、ハルヒは商店街から住宅街へ出ると、そのまま住宅街をグルリと回って再び商店街へ戻ってきていたらしい。長門の説明では何だかんだの心理作用がナントカカントカの回帰を起こしたらしいのだが、ともかく、俺は長門のナビゲートによって、再び商店街へ戻ってきたハルヒの進路方向へ先回りしていた。「っ!!」「こら、逃げるんじゃない!」商店街中程の店の軒下に隠れていた俺は、商店街の大通りに駆け込んできたハルヒの前に奇襲的に登場し、抱きつくようにして無理矢理ハルヒの足を止めさせた。聞いたところによると、ハルヒはスピードを微塵も落とさずに走り続けていたらしい。遠くから声をかけようものなら、あの駿足であっという間に遠くへ逃げられてしまう。というわけで、俺は商店街の入り口にあった本屋(自転車が突っ込んで片づけで忙しそうだった)で立ち読みをするフリをしていたわけだ。「放して! 放しなさいよ!」「放してたまるか! 絶対に放さないからな!」この寒い中、お互い汗を撒き散らしながら取っ組み合う。こっちだって命懸けだ。あいつが呼び寄せていたものが、やっと見えてきたわけだからな。 /´〉,、 | ̄|rヘl、 ̄ ̄了〈_ノ<_/ (^ーヵ L__」L/ ∧ /~7 /) 二コ ,| r三'_」 r--、 (/ /二~|/_/∠//__」 _,,,ニコ〈 〈〉 / ̄ 」 /^ヽ、 /〉'´ (__,,,-ー'' ~~ ̄ ャー-、フ /´く//> `ー-、__,|タンクローリーだ。『危険物注意』の看板のひっついたガソリン満タンのタンクローリーが、商店街の向こう側に見える。どうやら妄想は一人事故にあって痛い思いをするというレベルを越えて、周囲を巻き込んで盛大に散るというレベルになったらしい。こいつをネガティブに暴走させ続けると、どっかの国が打ち落とした人工衛星の破片さえ呼び込みかねんぞ。「命令だ! 俺の話を聞け! まずはそれからだ!」「嫌だったんでしょ? だったら命令なんて聞かない! 聞いてやらない!」ちくしょう、こいつ完全にヘソ曲げてやがる。しかも本気で暴れるから、いつ振りほどかれるかわかったもんじゃない。今逃げられたら、後に迫ったタンクローリーにペシャンコにされた上に大爆発だ!「ハルヒ……いいか、命令だ!」「嫌よッ!」「ハルヒ、俺にキスをしろ!」「いや……何?」ハルヒがやっと暴れるのを止めて、俺の目を見た。「お前が俺にキスするんだ」「な、なんでそんなこと……」「他の誰も俺の命令を聞かなくてもいい。お前だけに聞いて欲しい」俺の目線は、ハルヒを真っ直ぐに見ていた……わけではなかった。実のところはその先に見えるタンクローリーを見ていた。タンクローリーは、既に、ハルヒの背後百メートルを切った所にあったのだ。「キョ……バ、バカ! 何言ってんのよ!」「ハルヒ」俺はそれだけ言うと、ハルヒの胴に回していた手を解いて、手を顔に添えた。「バカ……バカキョン………」タンクローリーはグングンとその距離を縮めていた。もうハルヒの背後五十メートルの所にあった。追記すると、ハルヒの目は潤んでいたと思うような気がする。「お前がするんだぞハルヒ。命令なんだからな」「………わかったから、目を瞑ってなさいよ」「丁寧に言ってくれ」「目を瞑って。おねがい」タンクローリーはすぐそばに迫っていた気がする。だが、その後どこでタンクローリーが止まったかまではわからない。それから数分、俺は目を瞑りっぱなしだったからだ。----「キョンさ。あたし今日掃除当番だから、先に部室行っててくれる? 後で行くから」「おう、わかった。掃除サボんなよ」「サボらないわよ。あんたも活動サボらないでよね」「おいおい、他に言うことがあるだろ?」「……楽しみにしているんだからね」俺はそう言って、ニヤニヤしながら教室を出た。今のハルヒの一言に、教室中の人間が仰天していたようだ。谷口は目も口も全開で仰天していたし、あの国木田でさえも目を剥いていたんだからその衝撃の具合もわかるってもんだ。「きょ、キョンくん?」「朝比奈さんじゃないですか。どうしたんですか、こんな所で?」教室を出た所で、ドアの脇に立っていた朝比奈さんに気が付いた。二年生であり、全校生徒の憧れの的でマドンナで天使の朝比奈さんがこんな所にいるのは、確かに不思議と言えば不思議だ。「うん………あの……キョンくんを待っていたんだけど……」うん。明日俺の下駄箱にカミソリ入りの呪いの手紙が入っていてもおかしくないセリフだ。今の俺には微塵も怖くない所だがな。「あの……これって、本当にキョンくんと涼宮さん?」そう言って見せられたのは、携帯電話の画面だった。画面には、タンクローリーの乗り入れられた商店街を背景に、抱き合ってキスしている俺とハルヒの姿が写っている。「どうしたんですか、これ?」「あのね、これが学校中にメールで出回っているらしいの。その……『涼宮ハルヒ熱愛発覚!!』って」「なーんだ、そんなことですか」俺はアッハッハと笑い飛ばした。朝比奈さんも、それにつられてエヘヘと笑う。「そうですよね。怪文章の類ですよね、こんなの」「いえいえ。ただの事実だから笑ったまでですよ。 な、ハルヒ? 俺達ラブラブだよな?」朝比奈さんと廊下の生徒達、そしてクラス中が再び仰天するのを感じながら俺は堂々と胸を張った。「そ、そうだけど、それがなによ……」「もっと他に言うことがあるだろ?」「ら……ラブラブよ! あたしはキョンが大好きッ! これでいいでしょ、もうっ!」ふふ、と俺は笑って肩をすくめた。「何の問題もありませんよ、本当」
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