ニチジョウ
ニチジョウいつもと変わらない放課後。最初に部室に入るのはわたし。いつもと変わらない位置で、昨日と違う本を開く。いつもと変わらない沈黙。階段を駆け上がる無邪気で慌てた様な足音。いつもと変わらない人物だろう。だけど、ドアを開けたのは昨日と違う人物。「長門~!いるか~!?」声の方に視線を向ける。いたのは、少年の目をした、「彼」。「おお!長門!すまん、驚かせたか?」突然だった。確かに驚いたが、何故かわたしは首を横に振る。「そっか。ならいい。ところで長門!クイズだクイズ!」呆気にとられるわたし。いそいそと鞄からペンとルーズリーフを一枚取り出す彼。彼はその紙の上半分に「長」、下半分に「門」という大きな文字を書いた。「さあクイズだ。なんと読むでしょう?」読めない筈が無い。彼の持つ紙には、わたしの姓が書かれているのだから。彼は何がしたいのだろう。わたしをからかっているのか、「ながもん」、とでも言わせたいのだろうか。思考を巡らせながらわたしは答える。「……ながと?」「おう、正解。」本当に彼は何がしたいのだろう。「ながもん」と答えて彼の反応を見るのも良かったかもしれない、と少し後悔していると、彼は嬉しそうに手を動かし、「門」の中に「木」を加える。新しく紙上に現れる、「長閑」という熟語。目を輝かせた彼、「じゃあ長門、これは?」ああ、そういうことか─。彼の言わんとしていることが分かった気がした。「長閑」─、わたしの名前に良く似たその文字は、持っている意味までわたしに似ている、と彼は思ったのだろう。彼らしい。「…読める」わたしは淡々と言う。「それは」彼は真剣な面持ちでわたしの答えを待つ。「──いつものチャイムが鳴る。わたしと良く似たその文字の持つ音は、日常の音に巻き込まれながら、彼の耳に届く。「おお!正解!流石に長門だからなあ、読めるとは思ってたんだ。ああ、これか?いや、6限の現代文ん時、辞書パラパラ見てたら目に付いたんだよ。なんせ『長門』と『長閑』だからなあ。授業が終わる20分前からお前に言いたくて言いたくてしょうがなかったんだよ。」「…そう」「そう。」彼が嬉しそうにわたしの言葉を鸚鵡返しにする。エラー。わたしの中で何かが渦を巻く。彼からわたしが受け取る、苦しさと優しさが混ざった感情。エラー。意思伝達に齟齬が生じる。今わたしが彼に伝えられるのは、これだけ。「ありがとう」彼の顔には疑問符が浮かんでいた。その後、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、古泉一樹達も顔を出し、いつもの部活動となっていた。わたしが本を読み進めていると、偶然だろうか、「長閑」という文字が現れた。ルビも振られていないその文字が、とても愛おしく感じられた。「どしたの有希?なーんか嬉しそうな顔してるわよ?」朝比奈みくるの髪を三つ編みにしている涼宮ハルヒが言う。わたしは顔を上げて答える。「なんでもない。 …今日も『のどか』。」微笑んだ彼と目が合った。 そんな日常。 そんな、ノドカなニチジョウ。
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