ロックンロールスターダスト 第1話
「みんな!大ニュースよ!!」一月の肌寒さが背筋を震え上がらせるとある放課後。暇を持て余す放課後のひと時を暖かいストーブのきいた部室でマッタリと過ごしていた俺は、このかけがえのない安息の時を、勢いよくドアを開けた涼宮ハルヒの、歓喜と希望に彩られた一声で台無しにされたのであった。「・・・ハルヒよ、今度は何だ」既にルーチンワークと化した俺の諦念を滲ませた突っ込みと共に、部室にいた全員――朝比奈さん、長門、古泉の視線がハルヒに向けられる。あ、いや、正確に言えば長門だけは我関せずで本に視線を固定したままだが。さて、ハルヒがこの手の『大ニュース』とやらを持ってくる時には、「絶対に押すなよ?」と念を押した芸人がその二秒後には熱湯風呂に突き落とされるくらいの高確率で、何かしらの騒動の種となることを、改めて説明するまでもないくらいに俺は学んでいる。ハルヒは今度はどんな核兵器の発射ボタンに手を伸ばそうとしているのか・・・。「これよ!見てみなさい」ハルヒが得意げに俺達に突き出したのは、一枚のチラシだった。「何じゃこりゃ?」見れば、そのチラシには横文字がびっしり並んでいる。そして一番上にデカデカと書かれているのは・・・、「『西宮ロックフェスティバル』・・・」「そう!来る2月にこの西宮で大規模なロックフェスが開催されるのよ!」俺はこの時点で既に次にコイツが何を言い出すのか、大体の予想がついていた。正直その予想が当たらないことを切に祈っていたのだが・・・。「我がSOS団でコレに出るわよ!」ハイ、悪い予感的中。寧ろさっきのは予感じゃなくて一種の未来視だったのかもしれない・・・。あれ、そしたら俺も超能力者の仲間入り?とかくだらない現実逃避に浸ってる場合ではない。「ちょっと待て。確かに俺達は文化祭でバンド演奏はしたことがある。しかし・・・」俺はもう一度ハルヒの持っているチラシに目を凝らした。「見るとこりゃ、れっきとしたプロのバンドが出るイベントだろう?」列記されていた横文字はイベントに出演するバンドの名前だった。その殆どは知らない名前だったが、何個かは辛うじて聞いたことのあるものだったので何とか気づくことが出来た。「そうよ。それが?」それが?じゃねえ。ハルヒの脳内では『常識』というセクションがどうやら年中休みっぱなしらしい。「ちょっと拝借」すると古泉がハルヒの手からチラシを奪い取り、まじまじと見た。「凄いですよ、このイベント・・・海外の大物ロックバンドが沢山来るみたいですよ? このモアシスとかナルバーナとかテレビヘッドとかブラックコールドペッパーズとか・・・。 超有名どころじゃないですか?」そしてスラスラと出演バンドの名を読み上げ、驚いてみせる。「え?わたしは一つも知りませんよ?これって新しい食べ物の名前ですか?」横からチラシを覗き込んでいる朝比奈さんにはどうやら全く理解不能らしい。ちなみに長門は相変わらず本の虫だ。「・・・お前、いつからそんなにロックに詳しくなったんだ?」「いや、以前文化祭でベースをやったでしょう?それからロックが好きになってしまって・・・。 最近は色んなバンドを愛聴しているのですよ」「・・・まあ、いい。それよりハルヒよ、お前は俺達でこのイベントに出るつもりなのか?」「そうよ。さっきそう言ったじゃない。アンタ耳ついてる?」「・・・」声も出ない。だがここは頑張って突っ込まねばならないだろう。「あのな。こりゃあプロのイベントだ。たかが文化祭での演奏経験しかない俺達が出れるわけがないだろう? というかそれ以前にこのチラシに書いてある出演バンドしか参加できないのは決まっているのだろう?」うん。見事な正論。アマチュアにも満たない急造バンドだった俺達が、いくら文化祭ではそれなり好評を博したとはいえ、いきなりプロのライブイベントなんかに出演出来るわけがない。すると、ハルヒは得意げに腕を組み、不敵な笑みを浮かべ、「裏、見てみなさい」と、言い放った。「ウラぁ?」ハルヒの言うとおり、チラシを裏返すとそこには・・・「『特別企画!アマチュアバンド一組限定で出演募集!キミ達もあのニシロックのステージに立てるかも? 選考オーディション参加受付中!』ですって・・・」朝比奈さんが、俺に代わってその内容を代読してくれた。つーかニシロックって何だ・・・。センスワリぃ・・・。「なるほど、そういうことですか」しきりに頷く古泉。「さすが古泉君、理解が早いわね!つまり、あたし達でコレに応募するってワケ! そこに書いてある通り、一曲分のデモテープ審査を突破して、 次にオーディションに参加して一曲演奏、それで審査員に見初められればOKってことよ」ようやく理解した。つまりこのイベントにはプロでないアマチュアバンドも参加できるオーディションの企画があるのだ。そして、ハルヒはそれにSOSバンドで応募しようとしてるってワケだ。「しかし、ハルヒよ。出れるのは一組だけって書いてあるぞ。 これだけのイベントだし応募者も殺到するだろう。 たかが高校生の急造バンドの俺達が選考通過するのは難しいんじゃないか?」世界の大物バンドが集まるほどの大イベントだ。バンドマンにとってはまさに憧れの舞台に違いない。ならば世の幾多のアマチュアバンドが応募しているだろうし、それこそあのENOZなんかも応募しているかもしれない。俺達が出演できる可能性なんて、芸人が熱々のおでんを引っ付けられても何もリアクションをとらないくらいの低確率だ。「そんなのやってみなければわからないでしょ?もし合格したらあのニシロックのステージに立てるのよ? テレビ中継なんかもあるだろうし・・・、これは我がSOS団の存在を世に知らしめる大チャンスだわ!」全国の恥晒し、の間違いだろう。俺は全力で反対したかったが、残念ながらハルヒのエンジンは既に点火済だ。もう止める術はない。「それじゃあ早速オーディションに向けて練習するわよ! ちなみに文化祭の時と同じであたしがボーカル、有希がギター、みくるちゃんはキーボード、 古泉君はベース、キョンはドラムね。 そうと決まったら早速機材借りてスタジオの予約しなきゃ!」こうして俺達SOSバンドのロックフェスティバル出演の野望が動き出したのであった。さて、ここは学校の最寄り駅から二駅ほどいった街にある某スタジオ。またもや軽音楽部から強奪してきた楽器を手にした俺達であるがなぜか古泉のベースだけ自前らしい。「あの文化祭からベースに嵌ってしまいまして、貯金をはたいて買ったんですよ。 ちなみにこれはミュージックマンのスティングレイというモデルでして・・・、 あのブラックコールドペッパーズのベーシストのブリーが昔使っていたのと同じモデルなのですよ?」いつの間にやら古泉は立派なロックマニアになっていた。まあこんな薀蓄はサラリと聞き流したが。そして、キーボードの朝比奈さんは一音一音を確かめるように、鍵盤に手を置いている。長門は相変わらず小さな身体に不似合いな大き目のギターをぶら下げ、仁王立ちしている。「それじゃあ早速リハーサルやるわよ!」アンプにつないだギターをジャーンとかき鳴らし、そう宣言するハルヒ。「ちょっと待て。やるのはいいが何の曲をデモテープにするつもりだ? God Knows...やLostMyMusicはENOZの曲だし・・・他人の曲というわけにもいかんだろ」そういや文化祭には三曲ハルヒの自作曲を演奏したが・・・あれをやるつもりなのだろうか。するとハルヒは腕組みをし、自慢げに「実は一曲新曲を書いたのよ。『FirstGood-Bye』って曲よ」と、言うとギターでコードを刻みながらマイクに向かっておもむろに歌いだした。『もっと解りあえたなら 今仲良くしてるあの子が私で――』スタジオに響き渡るハルヒの伸びやか歌声。馴染みやすいきれいなメロディが疾走するロックビートに乗って俺の鼓膜に突き刺さる。うん。確かにいい曲だ。コイツはやはりその手の才能がかなりあるらしい。この曲ならもしかするといけるかもしれない。ただ問題は・・・やはり演奏だろう。基本的に器用なハルヒや人智を超えた存在の長門は別として、いつぞやの文化祭の時はハルヒのトンデモ力のせいでプロ並みの腕前になっていた朝比奈さんと古泉だが、基本的には楽器素人であり、今回もしそのハルヒによる補正がないとなれば、演奏能力は些か不安である。そして何よりも俺である。ドラムの俺は前回も最後まで皆の足を引っ張ってしまった。その時は何とか気合と根性で乗り切ったものの、あれから勿論ドラムなど叩いていない。それにいきなりハルヒに曲を渡された段階ですぐに覚えられるかも不安だ・・・。「じゃあとりあえずキョンと古泉君! バンドはリズムセクションが重要だわ。私がコードを弾くから二人であわせてみなさい」ハルヒにそう命令され、俺は仕方なくドラムセットに座る。スティックが手に吸い付く感覚が随分と久し振りなように感じる。「それでは、リズムキープお願いしますよ?僕達で息の合ったところを涼宮さんに見せてあげましょう」ボンボンと指で弦を弾きながら俺にウィンクする古泉。キモイわ、阿呆。気を取り直し、俺はハルヒが合図を出すのを待つ。そして、ハルヒが最初のストロークをしたのを確認し、スティックを振り上げる。(ん・・・やっぱり久し振りだとちょっとリズム感が・・・)些かたどたどしいビートに、古泉がベースで重低音を被せていく。(あれ・・・古泉のヤツ、こんなに上手かったけ・・・)古泉の指捌きは滑らかだった。俺のたどたどしいビートとズレ気味ではあるが、輪郭のハッキリした、腰に響く硬質なベースサウンドをクネらせている。以前のハルヒ補正の加わった時ほどではないものの、とても素人とは思えぬプレイだ。俺は何とかリズムを修正しようと悪戦苦闘しながらも、そんな古泉を意外に思っていた。そして一通りの演奏終了後、「古泉君はかなり良かったわよ!」ハルヒは古泉のプレイに賞賛の意を示した。「お褒めに預かり光栄です」古泉は恭しくハルヒに一礼する。「キョン、アンタはもうちょっと頑張りなさい」「・・・面目ない」「よし!それじゃあ次はみくるちゃんよ!」ハルヒはキーボードの前で立ち尽くし、ポカンと俺達の演奏を見ていた朝比奈さんに向き直る。「・・・わ、わたしですか?」「もう一回あたしがコードを弾いてみるから適当にあわせてみて」「そんな、適当って言われても・・・」「つべこべ言わずやる!」「ふぁ~い・・・」ハルヒがまたストロークを始める。朝比奈さんもハルヒ補正がかからなければコードのコの字も知らない音楽素人だったはずだ。きっと満足な演奏は望むべくも・・・と思っていると、「こんな感じですか~?」古泉と同様、あの文化祭の時ほどではないもののハルヒの刻むコードに何とかついていき、要所要所でキラリと光るフレーズを弾いている。これはとても素人とは思えない演奏だ。「うん!みくるちゃんもなかなかね。じゃあ次は有希!」ハルヒはご機嫌にそう言い放つと、長門の傍に寄り添ってギターソロについて説明しだした。俺はその隙を狙って、古泉と朝比奈さんをスタジオの隅っこに手招きで呼び寄せ、声を潜めて二人を問いただした。「二人とも何であそこまでマトモな演奏が・・・まさかまたハルヒのせいだとか?」すると古泉と朝比奈さんは意外そうに顔を見合わせた。「いいえ、今回は文化祭の時のような異常な事態は今のところ起こっていないようですが」「わたしも・・・別になんともありませんよ?」「いやだって・・・二人とも楽器素人じゃ・・・」「ああ、練習したんですよ。わざわざ自前のベースまで手に入れたのですし、 暇な時を見て家ではよくベースを弾いていたんです。 まあその内また涼宮さんがバンドに興味を持つ可能性もありますし、その時に僕達が相変わらず下手なままだと 涼宮さんの機嫌も悪くなりますからね。自分の趣味にもなって世界平和にも繋がる。一石二鳥ですよ」そういや最近は例の閉鎖空間もあまり出ないそうで古泉は随分暇だったらしいからな・・・。「わたしもです。文化祭でキーボードを演奏してたら面白くなっちゃって買ったんです。 安いエレクトーンですけど・・・それでちょっと練習して。この時代の楽器も面白いですよね」まさかあの歌わせればポンコツ(失礼)の朝比奈さんが音楽に興味を持つとは・・・。「つまり二人は自力で上達した、と。そうすると問題は俺だけか・・・」「そうなりますね」「頑張ってくださいね、キョンくん」・・・これは不味い。このバンドで俺だけが素人レベルで浮いている。ふと見れば、長門がこれまたやはり唖然とするような早弾きソロを決めている。何とかみんなについていけるよう頑張らなくては・・・。「さぁて、それじゃあ一回みんなで合わせてみましょう!」そうしてその日は終始ハルヒ作曲の新曲を練習した。そしてそれから一週間というもの、放課後は毎日スタジオ通いが続いた。徐々に俺もドラムの感触を思い出してきているし、バンドのアンサンブルも揃ってきている。「うん!コレならイケるわ!早速、デモテープを作りましょ!」そして、バンドリーダーハルヒの許可が下り、やっとのことで俺達SOSバンドはデモテープの録音に入ったのであった。――録音終了後・・・「ウン!いい演奏だったわ!これなら一次審査突破間違いなしね! キョン、早速これを郵送してきなさい!」満面の笑みで、演奏の入ったMDを俺に差し出すハルヒ。「・・・なんで俺が」「つべこべ言わない!今回もアンタは足を引っ張りかけたんだし、コレぐらいしなさいよ」「・・・ヘイヘイ」さて、こうしてデモテープは無事完成し、オーディション事務局へとつつがなく郵送された。果たして、俺達は一次審査を突破できるのだろうか。まあ、十中八九無理だろう、そう思っていたのだが・・・。「ウソ・・・合格って・・・マジかよ」「ふん、順当な結果だわ」「これはこれは・・・これからまた忙しくなりますね」「わぁ~凄いです~」「・・・・・・・」思い思いの声に部室が包まれる。約一名は相変わらず無言だが。数日後――帰ってきた一次審査の結果は合格だった。俺は俄かに信じられなかったのだが、書類に何度目を通しても『合格』の2文字が目に入る。「なになに・・・やはり二次審査はスタジオでの生演奏オーディションですか。 審査員の前で僕達が生演奏をして、それでニシロックに出演するに相応しいバンドか否かを 判断される、というわけですね。誤魔化しがきかないガチンコというヤツですね。 どうやらこの審査で出演できるかどうか決定するようですし」古泉が代表して書類を読み上げる。「上等だわ。あたし達の演奏でスタジオの屋根を吹き飛ばしてやりましょ」得意満面に笑みを浮かべ、恐ろしいことをさらりと述べるハルヒ。「生演奏ですか~?緊張しますね・・・」不安そうに顔をしかめる朝比奈さん。「・・・・・・問題ない」やっと喋ってくれた長門。「これは本当に気合を入れてかからなくてはいけませんね。涼宮さんのためにも」そして君の悪い目配せをして俺に囁きかける古泉。こうして俺達SOSバンドはあろうことか一次審査を突破してしまった。何で俺たちのようなバンド暦ウンヶ月の駆け出し急造バンドが・・・。ということは他のアマチュアバンドは俺達以下だったということだよなあ・・・。――俺は本気で日本の音楽業界の未来を憂いたい気分になった。
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