第一章 ファーストイブ
クリスマスの少女第一章 ファーストイブハルヒのパワーがすっかり衰えを見せたのは高校2年の秋の事だった。「もう僕の超能力は発揮されることもないようですね」ハルヒが来る前のSOS団室でオセロで負けながら古泉は言った。確かに、ハルヒは最近、めっきり「まとも」になって来た感じだ。かつては溢れる才能を持て余し、非建設的な方向に能力を浪費していた感じだが最近は建設的な方向にその才能を向けつつあるようだった。正直、この前の文化祭でハルヒが監督した映画は、ちょっと高校生の手慰みを超越したレベルだった。「そうなると、SOS団も御用済みだな」「そういうことになりますね」既に、受験勉強をするふりをしなくてはいけない朝比奈さんはSOS団の活動にはたまにしか参加しなくなっていた。古泉の解釈ではこれは「朝比奈さんの任務が終わりつつある」ことを意味しているのだそうだ。俺はちょっと溜息をついた。朝比奈さんが帰ってしまうのは非常につらい。古泉もバイトを引退し、ハルヒはまともになり、俺は平凡な高校生に戻り、って、長門はどうするんだ?ふと気になってしまって、長門の方を見ると、「うわっ」いつのまにか、俺のすぐ後ろに長門が立っていておどろいた!音もなく近づいて来るのはやめろよ、長門。心臓に悪い。「読んで」またぶ厚い本を差し出している。「あ、ああ」家に帰るとお約束の様に、本に栞が入っていて、「午後7時に駅前公園でまつ」と書いてある。もったいぶった奴だな、長門も。なんでいまさら。指定時刻に駅前公園に行くと、初めての時と同じ様に長門はベンチにぽつねんと座っている。「待ったか?」と聞くと頷き、「こっち」と手招きする。行き先は言わずと知れた長門のマンション。なんでこんな面倒なことをするんだ、長門?部屋に入るとまたお茶を出される。「長門、なんの話だ?」なんでこんなまどろっこしいことをするんだ?「あなたが最初にこの部屋に来たときを再現したかった」そりゃまたなんで?「想い出」って何の話だよ長門。「本日、情報統合思念体は私の待機モード移行を決定した」は?なんだ待機モードって?「涼宮ハルヒの力の発現は当面無いと思われる。だから私が常時起動している必要は無い」どういう意味だ長門。「私は活動を停止する」何?「1年に1日だけ、再起動する。機能維持のため」何の話をしている長門?「その日はクリスマスイブの日。場所はUSJ。毎年、クリスマスイブに私は再起動する。24時間だけ」長門、まてよ、なんだそれ、わかんないぞ。「さようなら。楽しかった」次の瞬間には長門は消え去っていた。俺はショックのあまり、呆然としたままマンションを出て、帰宅し、次の日は休む大義名分もなかったから仕方なく登校した。学校に行くと長門はカナダに急に転校したことになっており、連絡先は不明、という。ハルヒは朝倉の転校の時の10倍くらい、大騒ぎし、同じマンションにおしかけて、同じ管理人を尋問したが、何も解らなかった(当然だろう)。それ以来、俺はSOS団室にはあまり行かなくなった。長門も朝比奈さんもいないのに団室行ってどうする?とりわけ、壁際で黙々と本を読んでいる谷口ランクA-の少女がいないのは堪えた。実際、長門が転校すると、文芸部はおとりつぶしとなり、俺たちが団室に入り浸る大義名分もなくなり、SOS団は自然消滅した。ハルヒとはあいかわらず、腐れ縁だったし、古泉ともよく話したが、それでもSOS団はもう存在していなかった。結局、SOS団は長門という存在がいてこそ成立していたのだった。長門がいない場合SOS団は意味がない。他の奴とは別に団室に行かなくても話しもできるし、いっしょにいろいろできる。だが、黙って本を読むだけの奴と「いっしょにすごす」には団室に行くしかなかったからな。永遠に続くと思われたSOS団があっけなく消滅して1ヶ月ほど経ったとき、俺は突然、あしたがイブだと言うことに気がついた。SOS団消滅以来、ハルヒとの関係は、友人以上恋人未満の微妙な関係を維持していたが、イブにUSJにいっしょに行くって感じでも無かったので、なんとなく、イブの日は別行動になっていた。で、俺は思い出したんだ。『1年に1日だけ、再起動する。機能維持のため』『その日はクリスマスイブの日。場所はUSJ。毎年、クリスマスイブに私は再起動する。24時間だけ』長門がいなくなるというショックだけで気が動転していたが、長門は確かにUSJでクリスマスイブに再起動すると言ったのだった。ダメモトで行ってみるしか無いな。そんなわけで、俺はイブの日、開園と同時にUSJに一人で入園した。特にあてがあったわけじゃない。USJと言ったってだだっ広いし。USJなんてこの年になって一人で来てもおもしろいところじゃあないし、かといって、いるかいないか解らない長門を探しに来るのに誰かを連れて来ることもできないしな。俺はアトラクションにも乗らず、ただ、園内をふらふら歩き回った。長門、どこにいるんだ?それとも何かアトラクションに乗らないとだめなのか?そう思ったとき、突然、遠くでベンチに座って本を読んでいる小柄な少女が目に入った。北高の制服を着ている。俺は走った。いそいで走って行かないとまた目の前で消えてしまうような気がしたから。「長門!」その少女はゆっくり顔を上げた。「待っていた。きっと来てくれると思っていた」俺は慌てて携帯を取り出した。とりあえず、ハルヒと古泉に知らせないと。が、長門は携帯をかけようとする俺を止めた。「今日は、あなたと、二人だけでいたい」そうか、長門。解ったよ。長門だけが制服なのはちょっと奇異だったが、はたから見たらその日の俺たちはただの高校生カップルにしか見えなかっただろう。適当に園内をぶらつき、適当に飲み喰いし、適当にアトラクションに乗った。いつもながら長門は無口だったけど、ずっと俺の右腕の袖をつかんで放さなかった。一日はあっと言う間に過ぎてしまい、閉園の時間になってしまった。「長門」長門は上目使いで俺を見ると、そっと袖を放した。「わたしは行けない」「なぜ?」「これは情報統合思念体が決めたこと」「なんでこんなひどいことを」「ひどくはない。私は本来なら消去されて然るべき存在。待機モードで残れたのは情報統合思念体の温情」そんなことってあるか、長門。ひどすぎないか?「いい。行って。また来年も来て」ああ、くるよ、きっとな。
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