“っぅ…やばいわね”
あたしはさっき飲んだジュースに猛烈に当たり散らしたい気分だった。
今日は日曜日。あたしはバカキョンのために家庭教師をしてやっていた。…別にキョンの事が心配だからとか、一緒にいたいからって訳じゃないんだからね。ただ…そう、補習とかになって団の活動をサボられると困るのよ!
…で、今あたしの目の前にはキョンが座っている。真剣な目で問題を解いてるキョン。間違ってるんだけどね。
でも、今のあたしにはそれをバシバシ叩きながら指摘する余裕がない。あたしは足元にある空のペットボトルを見つめた。
まずいは…かなりまずいは。調子に乗ってあんなに飲むんじゃなかった。…これはキョンが悪いのよ!
『ハルヒ、まあ、飲め。暑苦しくてたまらん』なんて言うから。あたしもついつい…だいたいキョンの覚えが悪いから怒鳴って…だから喉が渇くのよ!
“…ぁぅ…”
やばい、本気でやばい。よりによってなんでこんな日に断水?!水道局の怠慢だは!ダムに水がないなんて嘘よ。あたしのダムはもう満水なのよ…。
『ぁぁ…』
思わず声が漏れる。キョンが怪訝そうな顔で見てる。あたしは横座りしていた足を組み変えて正座にする。
“こうすれば踵が当たって直で押さえられるは!”まだいける…と思うけど。断水解除は4時だから…後30分ね。もっと早く動いてよ時計…
まだ、マヌケ面でこっちを見ているキョン。
『ハルヒ、顔が赤いぞ、汗も凄いし。大丈夫か?暑いのか?』
なんて聞いてくるし。大丈夫そうに見えるの?滴る汗を拭うあたし。
て、あんた何クーラーの温度下げてんのよ!嫌がらせ?もう!バカキョン!
…“ヴーーン、ヴーーン ”
その時、床に置いてあったキョンの携帯のバイブが床を伝わり僅かな振動をあたしの身体に与えた。
『…ひゃっ…』
“…プシュッ”
あっ、あれ?今のはまさか?
“ひょっとして…今のはひょっとして…”何か生暖かい感触が下着の中に広がる…。
今、あたしちびった?愕然となる。すぐに確認したいけど今はキョンがいるから無理。今だけどっか行ってよ…キョン。
あたしは祈った。そしたらキョンの奴電話をもって立ち上がり『悪い。親からだ。下で電話してくるは。すぐ戻る』ですって。
部屋を出て行こうとするキョン。チャンスよ!ハルヒ。って…キョン歩かないで…今のあたしに振動は…振動は…。
“プシュッ…ジュッ”
…ぁっぁ…えっ?う、嘘…
その時のあたしにはもう一刻の猶予もなかった。
キョンが部屋を出るのを見ると速攻でスカートの中に手を入れ下着の上から直接股間を押さえる。
“グジュッ…”
あたしの下着は濡れていた。信じられない現実…そして今も染み出すように出てる液体。
“止まれ!止まれ…止まって…お願いだから…
団長たるあたしがこんなところでお漏らしなんて…”
心の中で祈りながら押さえ続ける。
祈りが通じたのか、ちょっと出ちゃったからなのかはわからないけどなんとか止まった…。
…恐る恐る手を離して下着を見る。
“見たくはないけど現状は確認しなきゃ”
純白の下着は薄く黄色く色付き、濡れてしっかりと透けていた。そして白のミニスカートにも…。
“あ、あたしキョンの家で…”
目の前が真っ暗になった。軽いパニックになる。
その時あたしの中でもう一人の冷静なあたしが囁いた。
“大丈夫よ!ハルヒ!まだキョンには気付かれてないわ!今ティッシュを使って吸い取ればごまかせる!”
あたしは冷静な自分を取り戻した。幸い今は尿意が引いている。
あたしは部屋の隅に置いてあるティッシュに向かった。
…刺激を与えないように部屋の隅に向かう。
あと…3歩…2歩…1歩…。
ティッシュの回収成功。作戦の第一段階は成功ね。あとは元来た道を戻るだけ…。
中腰、擦り足で元の場所に戻るとあたしは下着とスカートからおしっこを拭った。
…その時、今迄の比じゃないの尿意があたしを襲った。耐え切れない欲求…。
『ぅぅぅ…』
“負けない…あたしは負けない…”
時計を見る。後5分。この波さえ乗り切れば後は天国よ!ハルヒ!
ティッシュをもった右手を力いっぱい股間に押し当てる。
…
…
…
『ガチャ…』
ドアが開く。
『あースマン、ハルヒ。ちょっとこいず…いや、親がなうるさくてな』
あたしはとっさにドアに背中を向ける事しかできなかった。
全身の震えが限界に近づいてる現状を教えてくれる。
キョンはそんなあたしに近づいてきた。
落ちていたティッシュを拾うのを気配で感じる…。
ダメよ!キョン!そのティッシュはあたしの…あたしの…心の中で絶叫する。
キョンは震えるあたしと濡れたティッシュから想像したのだろう…明らかに検討違いな事を言ってきた。
『大丈夫か?ハルヒ…おまえ泣いてるのか?辛い事があるなら話してみろ…』
そう言うとキョンは“ポン”と、あたしの肩に手を置いた。
『…ぃ…嫌…ダメ…』
今のあたしの我慢はその衝撃に耐えられなかった。
『…あっ…あっ…ぁぁ…』
“ショワーーーッ!”
という布越しに液体が吹き出す音が聞こえる。それは“びちゃびちゃ”と床を打つ。あっという間に広がる水溜まり。白い下着が黄色味をおびなら透けていく。
『ダ、ダメ…見ないでキョン…!』
それだけ言うのが精一杯だった。出せた事への気持ちよさよさより、下着に広がる生暖かい液体の感触とキョンに見られてることへの羞恥心の方が大きかった
一度出始めたものを止める事はできなかった。
下着だけでなく、スカート、靴下にまで不快なものを感じる。
あたしにはその時間が永遠にも感じられた。
“ちょろ…ちょろろ…”
やっと勢いがなくなり、そしてあたしのおもらしは終わった。
あたしは自分に起こった事が信じられなかった。高校生にもなって…ましてや他人の、キョンの前で…消えたくなるような恥ずかしさ…。
『…ハ、ハルヒ?』
キョンの声が背後から聞こえる。突然の事で動揺してるのか声が震えてる。あたしは恥ずかしさで答える事も顔を上げる事もできなかった。
…どうしよう…おもらししちゃった…。
謝らなきゃ…とにかく早くキョンに謝らなきゃ…。
焦りと謝罪したいそんな心とは裏腹にあたしの口をついたのは理不尽な責めの言葉だった。
『…あんたのせいなんだからね…あんたが押さなきゃ全然問題なかったんだから…』
嘘…キョンは悪くない。ジュースがぶ飲みして、もらしちゃったのはあたし。
それでもあたしの理不尽な言葉は止まらなかった。
『…せ、責任とりなさいよ…責任とらなきゃ死刑なんだからね…』
…情けない姿を晒した自分と素直に謝れない自分が許せなかった。
だからキョンに八つ当たりしてるだけ…。解ってる。責任のとりようもないことも、ましてやキョンに責任がないことも…自分が子供みたいなことを言ってることも…。
…
…
…
…キョンはそんなあたしの理不尽な怒りに対して何も言わなかった。
足が濡れるのも構わずあたし前に立つと、一言“ゴメンな”と言ってあたしを優しく抱え上げ、お風呂場に連れて行った。
…お風呂場についた私の服と下着をキョンは優しく脱がせてくれた。
あたしのおしっこのついた物なんて触りたくもない筈なのに…嫌な顔一つしないで…。
それに今はあたしの出したものを片付けるために部屋に戻ってるし。
『シャワーでも浴びてすっきりしろ
…俺は着替えを用意するあと、お前の…始末をしとく』の一言を残してあたしを一人にしてくれた。
“…優し過ぎるよ…キョン…”
キョンの前では団長として弱みは見せられないと思って我慢してた涙が頬を伝う。
お風呂場の中はあたしの出したおしっこの臭いがうっすらしていた。
シャワーを浴びながらあたしは考える。
“あたしキョンに凄いとこ見られちゃったな…キョンになんて謝ろう?
どうしよう…顔合わせられないよ…”
“トントン”
ドアを叩く音。意識を戻す。
『…ハルヒ、着替えここに置いとくぞ。…あ~それとだな。気にすんな。誰にでも…『わかったわよ!そこに置いてって!!』』
あたしは精一杯虚勢を張り声を出す。そして言ってから後悔の念に押し潰されそうになる。
…またやっちゃったは。今なら顔合わせないで謝ることもできたのに…。
あたしの中で“不安”が広がった。
…“不安?”なんで不安なんだろう?
おもらししたことを他人にバラされたらどうしよう…って不安?
…違う。キョンはそんなことするやつじゃない。
そんな事は解ってる。
じゃあ、何の不安?
…そう、キョンに嫌われるんじゃないか?って不安。汚い女だって見捨てられる不安…
なんで嫌われるのが怖いの?
…それはあたしがキョンを好きだから。
初めて自分の気持ちに気付いた…。
シャワーを出る。
…身体はすっきりしたけど心は晴れない。
あたしはキョンの用意してくれた服を着る。
今あたしはキョンの部屋の前にいる。
早く入らなきゃ…謝って、そしてキョンに確認しなきゃ…
でもあたしの足は動かなかった。
きっと嫌われちゃった。見捨てられちゃう…って不安が大きくなる。寒くないのに膝が震える。
『ハルヒか?もう片付けたから入って来いよ』
気配を察したのかキョンがあたしを呼んだ。
『ガチャッ…』
扉を開けて中に入ると部屋の中は綺麗になっていた。
キョンの顔をまともに見られない。でも謝らなきゃ…
『…ゴメンなさい……キョン…こんなあたしの事なんて嫌いに…なっちゃった……よね』
最後のほうはかすれてよく聞き取れなかったかもしれない。
あたしは泣いていた。
いつの間にか『ゴメン…』と『嫌いにならないで…』を連発していた。
そんなあたしに近づいてきたキョンはあたしを優しく抱きしめてくれた。
『俺のほうこそゴメンな。おまえが我慢してるのに気付いてやれなくて…俺が気付いてやれればなんとかできたかもしれんのに…
だからゴメン。…それに嫌いになる訳ないだろ。誰にだって起こりえることだ。だからもう気にすんな。もう済んだことだ…。もちろん誰にも言わない。俺も忘れるからおまえも忘れちまえ!』
『だから泣くな!…いつもの傍若無人なハルヒに戻ってくれ。俺はいつものハルヒが…その…なんだ…好きなんだ!』
えっ?今キョン“好き”って…あたしのこてを。嫌われてないだけじゃなく好きって…。
あたしの涙は止まらなかった。でもそれは今迄の不安から来るものじゃない。嬉しさから来るものだ…。
そんな泣き止まないあたしを見てキョンはいつもの“やれやれ”って表情じゃなく、今迄見せたことのないすっごく優しい眼差しであたしの口を塞いできた…自分の口で…。
そして…。
翌日文芸部室にて…
…今日も暑いわ。なんでこんなに暑いんだろ?授業中“夏だからだろ?”なんて月並みな事を言ったキョンには既に罰ゲームを言い渡してある。
今、眉間にシワを寄せながらパンツ一丁にエプロンで席に座ってるわ。涼しそうねキョン。パンツを残したのは団長としての優しさよ!感謝しなさい!
そんなキョンを見てニヤニヤしてる古泉君を見てると“ホモ説”もあながち間違いじゃない気がするのは気のせい?
『みくるちゃん!お茶!頭痛くなるくらい冷たいやつよ!』
今日何度目かになる注文をみくるちゃんに出す。
その声に反応してあたしを見るキョン。
お馴染みの“やれやれ”って顔で『飲み過ぎだろ!そろそろ止めとけ…』って言ってきた。
…っと…まあ、そうね。みくるちゃんも大変そうだし、また昨日みたいなことになったら嫌だからね。ここらへんで止めとこうかしら。
…でも、今みたいな“やれやれ”な顔じゃなく、あたしを慰めてくれた時のキョンの…今はあたしの“恋人”のあの優しい顔が見れるならまた………
そんな考えを振り払うかのようにちょっと乱暴にコップを置き、いつもの調子で叫んぶ。
『ねえ!キョン!!』
終わり