「ねえみくる、たまには上級生らしい事をしてみたいと思わないかい?」
帰りがけに、鶴屋さんがそんなことを言い出しました。
今日は鶴屋さんと二人きりで帰宅です。
何時もSOS団の皆さんと一緒なんですけど、今日はわたし達の学年だけ補習が有ったんで、皆さんとは別行動なんです。
「上級生らしい事、ですか?」
「そうそう、上級生らしい事さ。みくるってさ、SOS団の中じゃ唯一の上級生だろう? それなのに、上級生らしい事ってしてないみたいだし。そういうあたしも、あんまりしてないわけだけど」
鶴屋さんが説明してくれます。
そういえば、あたしは皆さんより上級生でした。
SOS団は涼宮さんが団長で、古泉くんが副団長、キョンくんも割としっかりしている方だし、長門さんは長門さんで頼りになるんでついつい忘れかけちゃいますけど、学年でみたらわたしだけが一つ上なんですよね。
鶴屋さんは、SOS団の団員じゃないけど名誉顧問で、わたしと同じ学年です。
でも……、二人とも、上級生らしい事は何もしていない気がします。
「何か無いかなっ、上級生らしい事」
「ううん……」
「週末に何か出来ればいいんだけど……」
鶴屋さんが考えます。
今週末はSOS団の皆と鶴屋さんという6人で、遊園地に行くことになっています。
涼宮さん曰く、これも市内探索の一環らしいです。
遊園地は市内じゃないんですけど、そんな細かい事は気にしない……、というあたりが、涼宮さんらしいですよね。
「遊園地では、上級生も下級生も無いと思うんですけど」
「そっかなあ……、んじゃあ、お弁当を作っていくとか?」
「それって上級生と関係無いと思います、元々作っていく事になってますけど」
「ありゃ、そうなのか……。ああでも、みくるの弁当は楽しみだな。ハルにゃんや長門っちに取られないようにしないとね!」
鶴屋さんが手を振り上げます。
わたし、お弁当にはそんなに自信ないんですけど……、でも、期待してくれるのはちょっと嬉しいかも知れません。
長門さんと涼宮さんと鶴屋さんが居るから、たくさん作らないといけませんね。
キョンくんと古泉くんという食べ盛りのはずの男子高校生二人が居るのに、それを差し置いて女子高生三人の胃袋の心配をするなんて何だか変な感じもしますけど。
「しかし、遊園地が駄目なら普段出来ることかな?」
「そうですね。……ううん、でもなんでしょう」
「勉強を教えてあげるとか?」
「えっと……。それは、ちょっと無理だと思います」
涼宮さんはすっごく頭が良いですし、長門さんはそもそも規格が違いすぎます。
古泉くんは理系なので、彼が習っている事は一学年上の私にも分からないことだらけなんです……。
キョンくんは……、涼宮さんに止められそうですし、こっそり教えることは出来ますけど、ばれた後が怖いです。
わたし、隠し事ってあんまり得意じゃないんですよ?
「ふうん、そっかあ……。けど、それ以外だと何だろうね」
「何かを教えるっていうのは、難しいと思うんですけど……」
「何か有るかなあ……」
それかた、わたし達ふたりは色々言い合いながら坂を下っていきました。
上級生と下級生。
普段あんまり考えた事無かったんですけど、改めて考えてみると難しいですね。
翌日、部室に行ったらキョンくんと古泉くんだけが居ました。
二人が向かい合って勝負をしています。
今日はオセロかな? 初心に戻るという感じでしょうか。
そうそう、涼宮さんと長門さんは買出しに行ってしまったそうです。
何を買いに行ったんでしょうか?
気になりますけど、二人にも分からないそうです。
わたしは二人にお茶を注ぎました、それからのんびりと盤面を見ていました。
特に何かすることが無い時は、こうやって二人の勝負を目で追っているんです。
わたしにはルールが分からないものの時も有るんですけど、結構楽しいんですよ?
結果は大体決まっているんですけど。
オセロが終わり(予想通りキョンくんが勝ちました)、キョンくんがオセロを片付け、古泉くんがダイアモンドゲームを取り出しました。
「朝比奈さんもどうですか?」
古泉くんが誘ってくれたので、わたしも参加する事にしました。
たまには、こういうのもいいですよね。
駒を動かしつつ、わたしは二人の顔を見ます。
古泉くんは真剣、キョンくんも今は割と真剣です。
わたしは……、わたしも、二人と似たような表情なんでしょうか?
ダイアモンドゲームは、劣勢の古泉くんとわたしが何時の間にか連合状態になっていましたけど、結果としてはキョンくんが一番でした。
古泉くんほど弱くは無いんですけど、わたしもあんまりボードゲームは得意じゃないんです。
ゲームをしまって、わたしがお茶を入れます。
日はそろそろ傾いています。
「涼宮さん、遅いですね」
「今日はもう戻らないかも知れませんね」
「あれ、そうなんですか?」
「ええ、6時になっても帰ってこなかったら帰っていいそうです」
そう言って、古泉くんは胸ポケットに入れていたらしい鍵を取り出して見せてくれました。
部室の鍵です。
涼宮さんから預かっていたみたいですね。
時刻は、5時45分。
もう一勝負をするには、ちょっと足りないかも知れません。
キョンくんがどこから取り出したのか文庫本を開きかけ、古泉くんがノートパソコンを開きます。
「あ、あの……、二人にお話が有るんですけど、良いですか?」
邪魔をしたら悪いような気もしたんですけど、わたしは、気になっていたことを切り出すことにしました。
昨日、鶴屋さんに言われたことです。
涼宮さんや長門さんにはちょっと話し辛いですけど、キョンくんや古泉くんなら何か答えてくれるかも知れません。
本人に聞くのは反則かも知れませんけど。
「何ですか?」
「朝比奈さんの話なら、なんでも聞きますよ」
「え、えっとですね……。あの、わたし、たまには上級生らしい事がしたいと思ったんですけど。……、どうやったら、上級生らしいことが出来るでしょうか?」
わたしは、思い切って問い掛けました。
キョンくんと古泉くんが目を丸くして、それから、顔を見合わせます。
あれ、あれあれ。
わたし、変なこと聞いちゃったんでしょうか?
「……朝比奈さんは、普段から上級生らしいと思いますが」
「同感ですね、僕もそう思います」
え、え、そうなんですか?
「お前と同感ってのは何か癪だな」
「そう言わないでくださいよ。まあ、とにかく……、特に気にしなくても、あなたはちゃんと上級生らしく振舞っていると思いますよ?」
古泉くんが、そう言って片目を瞑りました。
隣でキョンくんがちょっと嫌そうな表情をしています。
「そうでしょうか……」
「そうですって、俺が言うんだから間違い有りません」
「どんな根拠ですか、それ」
「五月蝿い古泉、混ぜっ返すな」
「もうちょっと筋道立てて説明する努力をしたらどうですか? まあ口で説明するのは少し難しいことだというのには同意しますが」
「五月蝿いな、こういうのは雰囲気の問題で――」
「朝比奈さんは真剣な様子なのに、あなたはそれを雰囲気で誤魔化す気ですか?」
「だから――」
「ああん、喧嘩は駄目ですっ」
言い合いになりかけた二人に対して、わたしは思わず大きな声で言ってしまいました。
「……すみません、朝比奈さん」
「……」
キョンくんは謝罪してくれましたが、古泉くんは何故か無言でわたしの方を見ています。
別に謝罪して欲しいわけではないんですけど、その訳知り顔の理由がちょっと気になります。一体どうしたんでしょうか。
「……古泉くん?」
「そういうところは、上級生らしいと思いますよ」
「えっ、あ……。そう、ですか?」
「ええ、とても」
古泉くんは、そう言って笑いました。
隣のキョンくんが、やっぱり嫌そうな顔をしています。
それから、その日は3人で坂を下りました。
結局涼宮さんと長門さんは来なかったんですよね。
買出しって何なんでしょう、気になるんですけど……、まあ、そのうち分かりますよね。
「あ、今日のゲーム、とっても楽しかったですよ」
別れがけに、わたしは二人に向ってそう言いました。
「いえいえ、俺も楽しかったです」
「こちらこそ、また3人以上でやれるゲームが有ればお相手願いたいですね」
「はい、わたしからもお願いしますね」
二人っきりで顔を突き合わせているキョンくんと古泉くんを見ているのも悪くないですけど、自分が加わるのも悪くないですよね。
あ、今度は涼宮さんや長門さんも一緒に出来ると良いな。
毎日は駄目でも、たまになら誘いに乗ってくれますよね?
それからわたしは、ちょっとだけいい気分で帰宅しました。
古泉くんもキョンくんも、わたしのことをちゃんと上級生だって思ってくれているみたいですし。どういうところがそうなのかも、ちゃんと言ってもらえました。
本当は、喧嘩になりかけるような事態そのものが無い方が良いと思うんですけど……、それはちょっと難しいんでしょうか?
それとも、そこまで上手く立ち回ってこその上級生なんでしょうか?
ううん、やっぱり難しいですね。
やっぱり、上級生らしく振舞うためにはもっと頑張らないといけないかも知れませんね。
キョンくん、古泉くん、涼宮さん、長門さん。
みんな、大事な大事なSOS団の仲間で、大事な大事な下級生なんです。