情報の渦。
【わたし】は【わたしたち】と共にここにいる。
――全ては終ったこと。涼宮ハルヒはただの人間になった。
そう、涼宮ハルヒが持っていた能力は全て消えた。
――彼女はもう、観測対象ではない。
そう、価値は無い。観測する意味を見出せない。
でも、わたしのわたしが感じられないわたしの奥の部分に、残るわずかな感じ。
――【わたしたち】は情報であり、『奥』などといった概念は無い。
情報と名のつくあらゆるものを知るのがわたしたち。
でも。
――帰りたい?
その疑問を持つことが無意味。【わたし】は【わたしたち】でもあるのだから。
もう全ては終っている。
――でも、帰りたい?
帰るというのは不適切。【わたし】の存在すべき場所はここ。
――全ては終った。情報は書き換えられた。彼らの記憶から、【わたし】は最初から存在しない。
…。
――帰る意味は無い。
でも…。
――帰りたい?
全ての可能性を試した結果。全ては収束した。
全てを行動し、全てをやりなおし、そして最後の結果。
全ては終った。
――でも。
ひとつだけ、奥に残る…言語化できない。
――『こころのこり』。
【わたしたち】に『こころ』はあるのか。
――こころの定義は曖昧。主観による。
『こころのこり』というのなら…。
――彼のこと。
彼女がそう呼んでいた様に、わたしもそう呼んでみたい。
――もう、【わたし】は【わたしたち】の元へ帰っては来られなくなる。
【わたし】はなにに?
――【わたし】は【あなた】になる。
さようなら、【わたしたち】。
――さようなら【あなた】。
白昼夢?
ぼんやりとした感覚。でも、何か心地よいものにひたされていたような感覚。
わたしが一番安心するもののなかに、わたしの全体が包まれていたような感覚。
そこから目が覚めた。
いつものSOS団の部室。本当は文芸部室。
笑いながら語りかけてくるのは…涼宮ハルヒ。
「ほら見てよ有希、キョンったらさっきからおかしいの。入ってくるなり『長門が消えちまった!長門が!長門が!』って。しかも泣いてるのよ?」
「なっ!?べ、べつに泣いてなんかいないぞ。ただちょっと力みすぎただけだ」
「いやいや、あれはずいぶん感極まってたわ。悪い夢でも見たの?有希ならさっきからそこにいるじゃない」
「…だよな、なんで俺、そんなふうに思っちまってたんだ?」
「あたしに聞かないでよ」
―ああ、そうか。わたしがいない間、彼だけはわたしを覚えていてくれたのだ。
唐突に、そんな想いが浮かぶ。
なぜそんなことを想ったのだろう。
わたしはさっきからここにいた。
ここで、いつものように本を読んでいた。
だけど…。
―彼が、わたしを覚えていてくれた。それが嬉しい。
…そう思えた。
そして、嬉しく思ったことが嬉しかった。
それはまるで、初めて『嬉しい』をいう感情を表せたことを、喜ぶように。
―彼は、わたしを忘れないでいてくれた。
その想いは、多分すぐに記憶の中から薄れていってしまうだろう。
それくらい希薄で、根拠の無い想い。
だけど、わたしは彼にこう言った。
「ありがとう、キョン…くん」
笑顔から、一気にぽかんとした表情になる彼女。
まだ潤んだ目で、驚いたようにわたしを見る彼。
そんな二人に、わたしは微笑んだ。
fin