Break the World 第三話
第三話 ― 悲愴 ― 待て待て、とりあえず考えろ、俺。 大体こんな極端な二択しかないってのがバカげてる。 ハルヒのとんでもパワーだったら少しどころか大いに我が侭を通せるはずだろ。 自分達の住んでいた世界をハルヒが否定でもしない限り…… そこまで考えて思い当たった。そうだ。こいつは否定する奴だ。 かつて閉鎖空間に閉じこもったのは、自分の望まない世界を否定した結果らしいし、 その中で俺だけは一緒にいたいと願われたからあの場所に呼ばれた。 俺と自分以外の世界は「要らない」って深層心理では思っていたって事だ。 つまり、ハルヒと力は今繋がりが無くなりかけていて、 力の暴走の結果もまた、ハルヒの願望なのだ。俺と二人で生きるという願望。「なあ、ハルヒ」「なに」「世界を壊してまで、お前は俺を選ぶのか……?」「…………」ハルヒは黙ってる。「……答えてくれよ。俺にそこまでの価値なんて……、」「あるわよ」 ハルヒの突発的な回答に俺の方が言葉に詰まった。 本気で思ってる。ハルヒの目はマジだと言っていたからな。「あたし、きっと内心ではそう思ってる。キョンだけいればいいって」「どうしてだよ。古泉や、長門や、朝比奈さんは?」「皆良い人だし、大事な仲間だとは思うわ。でも、キョンには替えられない」 どうやら、俺の優先順位は世界とSOS団よりも高いらしい。 普段の扱いからはとても想像のできない結果なんだがな。 それはそうと、このままここに居てもしょうがなさそうだ。 俺はとりあえず自分の家に行ってみたいと思った。 ハルヒにそう言うと、ハルヒは自分も行くと言い出す。「お願いよ……最後の時間くらい、一緒に過ごしたい……」 まるでドラマの展開だ。こんなベタなのが最も嫌いなんじゃなかったか?こいつはよ。 とりあえず移動しようと思ったが、その時また目の前が眩しくなり、立ちくらみがした。 目を開けたら家の前に居た。そうやら瞬間移動みたいな能力も付いたらしい。 最後のサービスってか。余計なお世話だ。 どうやら物理法則は俺達に通じないらしく、ドアをすり抜けて家に入れた。 中で見たのは、ひたすらに泣く母親とぼんやりとする妹、俯いている父親だった。 妹はたぶんわかっていないのだ。兄が今後二度と喋らない事の空虚さを。 それを知るのはもう少し時間が経っての事なのだろう。 そう思うと自分が死んだことを実感させられる。正直泣きたい気分だ。「キョン……大丈夫?」ハルヒが俺の腕にすがりついて声をかけてくる。「ああ、そんなに酷い顔してたか?」「うん……まるで死んだみたいな顔だった……」 実際に死んでるからな。なんて冗談を飛ばす余裕は無かった。 俺はそこに居るのが耐えられず、来たばかりなのに家を出た。「親父、お袋……あと妹よ……先立つ不幸を……許してくれ」 家に向かってそれだけ言うのがやっとだった。 最後なのに、自分でも意外と思えるほどに執着が無い。 本来なら死んだ時点で終わりだし、案外とそんなものなのかも知れないな。「ハルヒは……どうする?家族の顔くらい見たいんじゃないのか?」「そうね……でも怖くなってきた……」「いや、行った方がいい。最後になるかもしれないんだ」「……わかった」 また目の前に光。気付くと見知らぬ場所。そういえばハルヒの家に行った事は無い。 ハルヒが俺の手を引いて歩いて行く。 家の中に入ると、やはり似たような状況だった。こちらは夫婦共に泣くような事が無かったが、 内心泣きたいのであろう事は表情からわかる。今にも崩壊してしまいそうな顔だ。 俺はここに居ていいのかわからなくなってきた。俺は何も考える余裕は無かったが、 ハルヒはハルヒなりにかけたい言葉があるのかも知れない。「俺は外に出てようか?」と聞いたが「ううん、傍に居て……」と返された。 だが、ハルヒは意を決したのか、両親の元に歩いていった。 手を引かれた俺も必然とそこに立ち会う事になる。「お母さん、お父さん。あたし、死んじゃったみたい……ごめんね」「今まで育ててもらったのに、こんな突然に別れて……」 謝罪を述べるハルヒの頬を涙が伝わる。「あたし……何も出来なかった…………」「今までいろいろしてくれたのに……」「でもね…………あたし、今幸せなの」「好きな人と一緒に居られて、あたしとっても幸せ」 ハルヒ……。俺はハルヒの言葉の中に込められた俺への感情が垣間見えた。 ハルヒが思い続けていた事……。こいつはこんなに……。「もう行くわ……ごめんね……」 それだけ言うと、ハルヒは家を後にした。
家から出て、少しの場所に公園があった。 どこでも良かったのだが、俺は何故かここで休みたかった。 ハルヒもそれを了承した。座ろうか悩んでいる時にハルヒが切り出す。「キョン……あたし……」 ハルヒはあれだけ俺を想ってくれていた。なのに俺はなんて答えた? 気持ちは嬉しい?出来れば応えたい?ふざけるな。 今すぐさっきの俺をぶん殴ってやりたい。何をごまかしたんだ。俺は。 照れくさかった?この肝心な時にか。どこまでバカなんだ。 もう迷いは無かった。俺は残された時間だけでもハルヒと過ごしたい。 「いいんだ……俺もお前が好きだ。だから何も言うな」 俺はハルヒを抱きしめた。そうするのが自然だと思えた。 途端にハルヒはダムが決壊したみたいに大声で泣き出した。 夜空にハルヒの泣き声だけが響いていく。 「あと1日もしないで世界が消えるなんて、信じられないわね」「ああ」 俺とハルヒは寝転がって夜空を見上げていた。星が良く見える。 表面的には何も変わったように見えない町並み。 誰も世界のタイムリミットなんて知らないで過ごしている。 明日が当たり前に来ると信じている。もうその中に俺達は居ない。「この星を見るのも、今が最後なんだな」「そうね……でもキョンと一緒で良かった」 二人で横になって星を見ている中、俺はふとハルヒの横顔を見た。 さっきまで泣いていたこともあって、少し赤い。 俺の視線に気付いたのか、ハルヒも俺に視線を向ける。「どうしたの?キョン」 微笑みながらハルヒが俺に問いかける。「いや、お前の顔を見れるのも、あと少しかもしれないと思ったらな」「そうね……もっと早く言えば良かった……」 残念そうに、本当に残念そうにハルヒは言った。 こうしてみると本当に可愛い顔立ちをしている。 俺は今までこいつのこんな笑顔をどう思っていただろう。 不吉の予兆くらいにしか思っていなかった。なんてバカだったんだ。 今目の前にいるのは神でもなんでもない、一人の女の子だった。 お互いにしばらく目線を合わせていたが、恥ずかしくなったのかハルヒが目をそらした。 「ねえ、キョン」「なんだ」「あの灰色の世界って、本物だったの?」「そうだ。次元の隙間みたいなものらしい」「じゃあ、あの時キョンとキスしたのも?」「……ああ、本当におきた事だ」 それを聞いてハルヒは再び俺に目線を合わせてきた。「それじゃあ、ファーストキスはとっくに済んでたのね……」「あーいや、あれはだな……」「ふふ、何慌ててるのよ」 俺が視線を何所に移そうか考えていると、ハルヒがくっついてきた。「あれ、夢じゃなかったんでしょ?」「ああ……」「そっか……」 何やら含みのある言い方だ。だが、特に追求はすまい。「あたしね……きっとあの時からキョンが好きだったんだと思う」「結構……前からだったのか」「最初から意識はしてたけど、男としてって感じじゃなかった」「あれがきっかけになったのか」「そうね……あの時はとっても嬉しかった」「当時の俺は正直に言うとちっとも嬉しくはなかったな」「勢いだったの? それ結構酷い話よね」 そう言いながらもハルヒは笑っていた。 それから俺とハルヒは多くの話をした。 今まで出来なかった、色々な話を……。 気が付いたら眠ったらしい。こんな状態でも眠くはなるのか。 と、呑気な事を考えていた。ハルヒはどうしたんだ? 横にいるはずのハルヒを見る。ハルヒはまだ眠っていた。 俺の腕を枕代わりにして、安らかな表情で寝息を立てていた。 眠っているハルヒはいつもより二倍くらい可愛かった。 その寝顔をもう少し見ていたかったが、やらなきゃいけないこともある。「おい、ハルヒ」「ん……」「起きろ。どうやら寝ちまったらしい」「え……あ、うん……」 目を擦りながらハルヒがゆっくりと体を起こす。「どれくらい寝たかわからないが……きっと時間はそんなに残されてないだろうな」 その言葉でやっと状況を思い出したらしい。「あ……」と声を漏らした。 太陽が空高く昇っている。だが、具体的な時間はわからない。「とりあえず、部室に行くか」 何で部室なのかはわからない。だが、なんとなく部室がいいような気がしていた。「そうね……」ハルヒも同じ気持ちらしかった。 俺が部室の光景を思い浮かべると、また目の前が眩しくなる。 何度やっても慣れないな……と思ったが、とりあえず部室には着いた。 もう世界の命運は僅かの間に決まってしまうらしい。その選択権が俺達にある。 もう一度自分に問いかける。「お前は、世界の命か、自分達の命か、どっちを取るんだ?」 何度考えたって正しい答えなんてわからない。地球の60億といるかもわからない宇宙の命を全部足して、 俺とハルヒ2人の命と釣り合うかなんて理解できない。だってそうだろう? どんなに多くの命だって、俺達が救ったことを理解する術はない。 味わうものがいなければ世界を救ったってしょうがない。 だが、俺達が二人の世界を優先してしまったら?ここは消えて無くなる。 家族や、SOS団の皆や、クラスの連中や、見知らぬ人たちの命まで巻き添えにして。 自分を想ってくれる一人の女と、自分自身が生きる為の代償がなんでそんなに高いんだ? だが、代弁者は言ってた。程なくして慣れるだろうと。 周囲の人間が居ない事が当たり前の世界。傍にはずっとハルヒが居てくれる。 あいつの言う通りだ。人なんて簡単に慣れてしまう。最初は心を痛めても、 次第にそんな世界があった事すらも忘れて、俺とハルヒは暮らしていくのだろう。 そこから始まる世界だってあるのだ。この世界を残せば、新しく生まれるであろう歴史も殺す事になる。 自分と言う存在の証を、消す事になる。この世界を残したって俺を覚えているのは今生きている皆だけだ。 永遠に語りづがれる存在じゃあるまいし、皆俺達の事を忘れていく。 自分を残せない世界。自分達が作っていく世界。どっちが正しいかなんて、俺には分からない。 分かるはずが無い! 「ねえ……キョン」 ハルヒが声をかけてきた。その言葉で俺は深く沈んでいた思考から引き揚げられた。「キョンは、どうしたいの?」 俺は考えている最中だった。誰か客観的意見が出せる人が欲しいくらいだ。「あたしはね……」 そうだ。ハルヒはどう思ってるんだ。俺と同じように世界と自分の命を天秤にかけられて、 理不尽な選択肢を迫られた状況で、ハルヒは何を考えたんだ? 「あたしは……キョンと一緒に居たい」 俺はそのまま意識を失いそうな気さえした。ハルヒはもう決めている。 この世界の数多の命よりも、俺と居る世界を選んだのだ。 確かに、そんな想いがあったからかつての世界の改変も起きたんだろう。 自分と、俺以外の全てを否定したあの灰色の世界。 あの時と違うのは、元の世界に変える場所が無いって事。「確かに家族や、皆の命を犠牲にしちゃうのは嫌だけど……でも」「あたしは……それでもキョンと居たいの……」「それは勢いとかじゃないのか?俺は世界の命を犠牲にしてまで必要なんかじゃ……」「必要なのよ……。あたしには……キョンの方が大事……」「ハルヒ……」「新しい世界に行けば、ずっとキョンと居られるんでしょ? あたしは……その方がいい」 自分をそこまでハルヒは想っている。世界の命よりも、自分の存在を選んでいる。 それだけで俺は十分だった。ハルヒを抱きしめる。 ハルヒも涙を流しながら、俺に抱きついてきた。これが生前だったらどんなに良かっただろう。「ハルヒ……すまん」泣きながら、俺は告げた。「え……?」ハルヒが一言だけ声を出す。「俺は、やっぱりこの世界を残してやりたい」泣きながら、俺の想いを伝える。「俺だってハルヒと一緒に居たい。消えちまうなんてまっぴらだ」「世界のためだって言って自分の命を割り切れるほど俺は強い人間じゃない」「だが、それでも俺が居たこの世界を消すなんて……俺にはできないんだ」「キョン……」 俺達は抱き合ったまま泣いていた。 「本当に……本当にすまん……ハルヒ」「キョン……バカァ……どうしてよぉ……」 理論的に説明なんてできなかった。確かに俺がそこに戻れないのは残念だ。 まだまだやりたかった事だってあるし、せっかくハルヒと通じた想いも消えてしまう。 それだけでも耐え難い苦痛ではあった。だが、ハルヒと二人の世界のために、 俺が今まで楽しく過ごした人生の拠り所を壊してしまうのは、自身の否定とも思えた。「でもな、ハルヒ……決めるのはお前に任せるよ」「え……?」「いつだって決めるのはお前だったろう?」「キョン……」「俺はこの世界を残したい。でもお前が新しい世界に生きたいなら、俺は黙ってついていくよ」「あ、あたしは……」「いいんだ。お前がやりたいように……やってくれ」「でも、それじゃ」「お前が決めることが、俺の決定だよ。俺は自分の考えを言っただけだ」「キョン……キョン……」 俺を抱きしめる腕に力が入る。 それでいい。俺はあの時だって、結果としてはハルヒの願望より元の世界に引き戻すことを選んだ。 世界の為なんて大それた事は言わない。あれはほとんど俺自身のためだった。 ハルヒにしてみれば自分の理想を壊された事だとも言えた。あれがハルヒの望んだ世界なのだったら。 だから、今回はハルヒに任せよう。責任放棄と思われるかも知れないな。 実際俺には選びかねる選択だ。結果を受け入れる事だって覚悟だろう。 今回ばかりは万能宇宙人の長門にすら干渉できない世界だ。俺一人で出来ることなんて無い。 ハルヒと二人で、選べる未来は結局一つなのだから。 「本当に……あたしが選んでいいのね?」「ああ、お前が選ぶ結果なら、きっと正しいさ」「ありがとう……キョン」 そう言って笑顔を作るハルヒはやはり愛おしかった。「しかし、間もなく世界崩壊って感じが全然無いな」「そうね、まるで嘘じゃないかって思うわ」 部室の窓から校舎を見ると、ポツリポツリと生徒が見える。 今日は天気も良いし、気温も中々暖かいと言えるくらいだ。 平凡な日常が目の前にはある。世界が壊れる前だってのに。 もっと地震が起きてるだとか、空が変な色だとかって状況だと、 また感じるものも違うのだろうにな。なっても困るか。「とりあえず、決めたらあの爺さんを呼べば良いらしいが、どうやってやりゃいいんだ?」「あたしに言われてもわかんないわよ。キョンこそ何か知らないの?」「いや、あんなのが出たこと事態初めてだしな」「ちょっと!! 人がせっかく腹括ったんだから! 出てきなさい!」 「そんなに大声を出さずとも、ちゃんと届いているよ」 また後ろから声がした。振り返るとそこには"代弁者"が居た。「何よ、居るんだったらさっさと出てくればいいのよ」「心に迷いがあるといけないのでね。……その様子だと、心は決まったのだね?」「ええ、決めたわ」「……良かろう。それでは聞かせてもらおうじゃないかね」 「君達二人の命を代償にして、君達の居た世界を残すか」 「君達二人の居た世界を代償にして、君達の新しい世界を創るか」 ……ハルヒの選択に、世界の命運がかかった瞬間だった。
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