友達から彼女へ、彼女から友達へ
――キョンくんへ―― こんにちは。いきなりですがお手紙を書くことであなたに気持ちを伝えようと思います。 初めにあなたを気にかけたのは、教室で涼宮さんに話しかけたのを見た時でした。 わたしは涼宮さんと同じ中学だったけど、彼女が苦手で喋れなかったのに、あなたはすぐに喋っていましたね。 あなたは優しい人なんだなって勝手に感じました。 それからは、気がついたらあなたを目で追っていました。 涼宮さんに引き摺り回されたり、時には文化祭の発表のためカメラを持っていたり、雨の中でストーブを運んでいたのも見掛けました。 そうやって目で追っていたらいつの間にか好きになってました。 ほとんど話したこともないし、まして接点すら一つもない。 それでも好きになっちゃったんです。 わたしは何の取り柄もないし、顔もよくないし、スタイルもダメです。 部活だってレスリングなんかに入って、女らしくもありません。 それでもあなたが好きだからこの言葉を伝えます。 『付き合ってください』 いい返事がもらえるように期待して待ってます。 ――クラスメイトの日向より―― さて、どうしようか。 朝一番に、こんな手紙が引き出しに入っていたわけだが。 とりあえずは靴箱じゃないことに安堵した。靴箱に手紙が入ってるとろくなことが起こらないからな。 ともかく、返事を考えなきゃな。日向……か。「キョン! ……それ、まさか受けるつもりじゃ無いわよね!?」 しまった。集中して読むあまり、周囲に気を向けるのを忘れていた。 お前には関係ないだろ。これを受け取ったのは俺なんだからな。「バカ! あんたはSOS団に入った時点であたしの物なんだから!」 ……おい、映画撮影のときなんで俺が怒ったのか覚えてないのか?「あ……と、ともかく断りなさい! これは団長命令よ!」 俺の考えなど聞きゃしない団長に愛想をつかし、机に手を叩き付けると廊下に出て行った。 ふざけやがって。俺は誰の物でもないし、世界の為にハルヒにペコペコする気もない。 ハルヒにペコペコするのは古泉達の機関だけで充分だ。「キョ、キョンくん!」 ためらいがちに俺の名前を呼ぶ声。振り向くと、俺にラブレターを寄越した人物、日向がそこにいた。「ごめんね? わたしの手紙のせいだよね……」 気にするな、あれは関係ないからさ。 少し俯いて、申し訳なさそうな表情をする日向。正直、かわいいと思った。 ラブレターには自分を悪く書いていたが、俺的には顔もいいと思うし、メチャクチャ女らしいと思う。 ……そろそろ俺だって幸せになってもいいよな?「……え? ちょっと……キョンくん?」 俺は日向の頭に手を置いた。 古泉、機関の人達、すまんな。またハルヒが暴れだすかもしれん。 手紙の返事……OKでいいか? まだ日向のこと、何も知らないけどさ。「ほ、ほんと? ありがとう……うれしい……」 これでいいんだ。俺の人生は俺の物でしかない。 他の奴等に縛られてたまるか。「じゃ、じゃあお互い部活が終わった後一緒に帰ろう? 正門で待ち合わせして……ダメかな?」 そんなことない。一緒に帰ろうぜ。 俺達はアドレスと番号を交換して、他愛のない話をしながら教室へ戻った。 教室に戻ると、ハルヒは机に突っ伏して不機嫌オーラを振り撒いていた。 声をかけとかないといけないだろうな、原因は俺だろうし。……教室全体からの視線も痛いしな。 ハルヒ。いい加減機嫌を戻せ。ハルヒはゆっくりと顔を上げ、口を開いた。「……どうせ日向と付き合うんでしょ? それでSOS団からも離れて、仲良くやるんでしょ」 日向と付き合うのは間違いないが、SOS団をやめる気はない。「いいわよ、無理しなくて。あんたもう来なくていいわ、イベントには呼んであげるから」 この態度には正直、キレたね。今まで我慢したが、もう無理だ。『パァン!』という乾いた音が教室に響いた。 そう、俺がハルヒをひっぱたいた音だ。「ふざけるな。俺がお前に何をして不機嫌になったのかはわからん。 だがな、言っていいこと、悪いことがある。俺はあの環境が好きだ。 一方的に出て行けなんて言われたらそりゃ怒るぞ。 殴ってすまんかった」 長々と言葉を発した後、すぐに教室を出た。居辛くなったからな。 とりあえず今日は屋上やら部室やらでサボってやる。 まだ予鈴すら鳴っていないが、寒空の下に客人が現れた。予想していた人物達だがな。 ……なぁ、古泉、長門。「用件はお分かりでしょうか?」 どうせハルヒに謝れとか言う気だろ? 断固断らせてもらう。 こいつと話しても無駄だ。何せこいつはハルヒの機嫌を取ることしか考えてないからな。「しかし、久しぶりに閉鎖空間が出たもので厄介なんですよ。もしかしたらあなたはまた涼宮さんと二人であちらへ……」 ちょっと待て。何故ハルヒを叩いた俺があいつと二人で閉鎖空間に行かなきゃならん。 俺があいつを叩いたことで発生した閉鎖空間。じゃあ最低でも俺だけは連れて行きたくないんじゃないか?「涼宮ハルヒは、誰にも邪魔されずにあなたと話したいと考えている」 置物のように黙っていた長門が口を開いた。「だから今夜にでもあなたは閉鎖空間に二人きりになるはず」「前に二人で行った時と同じ規模のものが予想されます。くれぐれも頑張ってくださいね。……それじゃあ、お客様が来たようなのでこれで」 古泉はニヤけ顔と呆れ顔を混ぜたような微笑みで笑い、長門と引き返して行った。「キョンくん! えへへ……わたしもサボっちゃった」 たった今さっき彼女になった日向がそこに居た。「付き合い始めってずっと一緒にいたいから」 これが普通の恋愛ってやつだよな、幸せすぎるぜ。 そのまま一日中、寄り添って喋りながら過ごし、手を繋ぎあって帰った。 今までに較べてはるかに普通で、幸せな生活。 いつまで続くか分からないが、少しでも長く続けばいいなんて思いながら眠りについた。 「キョン、起きて!」 目を開けると、灰色の世界でハルヒが俺を上から覗き込んでいた。 気持ちとしては『やっぱりこうなったか』って感じだな。「また……来ちゃったわね。やっぱりあの変なの出て来るのかしら?」 あぁ、たぶんな。「やっぱりあんた余裕たっぷりね。……いいわ、とりあえず部室に行きましょう」 ハルヒも二回目だし、夢と割り切っているからか、危機感を感じていないようだ。 部室に行き、いつぞやのように茶を淹れた。「……キョン、ごめんね。 あんな酷いこと言っちゃって」 やはり現実ではないと思っているせいか、ここではやけに素直だ。 気にするなよ。俺こそごめんな、叩いちまって。「ううん、いいのよ。……それより色々聞きたいから聞くわよ」 それからハルヒは俺に色々なことを聞いてきた。 日向のどこが好きだとか、朝比奈さんや長門や古泉には伝えるのかとか……。 ごく普通の恋愛話。ハルヒが嫌っていたはずの話を俺達はしばらく続けた。 本心ではハルヒも他愛のない話をするような生活をしたいのかもな。「じゃあ最後! いい?」 おう。何でも聞け。「……あたしはずっとあんたが好きだった。あんたはあたしをどう思ってた?」 意表をつかれた。ハルヒが俺のことを好きだっただと? そんな素振りはどこにも見せなかったじゃねーか。 夢だと割り切れるとそんな冗談まで言えるのか? ……なわけないよな。 俺が見つめたハルヒの表情は、恥じらいを含んでいて、真面目そのものだった。 ……きちんと答えないと失礼だよな。 俺も……実は俺も好きだったさ。「じゃ、じゃあ……」 ハルヒの口を指で塞いで、続きを口にした。 だがな、俺は今、日向という彼女がいるんだ。だからお前の気持ちには応えれない。……お前は、友達なんだ。「そっ……か……」 もしもだぞ、もしも俺がフリーになった時、お前がポニーテールで告白してきたら付き合ってやらんでもないぞ。 と言った瞬間、鉄拳をくらった。「夢だからって生意気すぎ! キョンのくせに!」 ハルヒはいつもの笑顔に戻り、態度まで元に戻った。 しかしだ、話は終わったが元に戻らないということは、脱出方法はあれしかないのか?『ふふふ……よくわかってるじゃないですか』 ……嫌な空耳が聞こえたな。 やれやれ、しょうがない……いや、しょうがなくないな。 今からやることは俺の意思だ。後悔はない。……すまんな、日向。 ハルヒに手招きして呼び寄せた。「なによ。何か用? バカキョン」 もう一度確認だ。俺とお前は友達……いや、親友ってことでいいな?「あんまり言うな、バカ! ……それでいいって言ったじゃない」 しかしだ、友達でも夢の中ならこんなことだって出来るわけだ。 ハルヒを抱き寄せてキスをした。 もちろん、礼儀に乗っ取って目を閉じていて、ハルヒの顔は見えなかったさ。 ……いてぇ! 次に気がつくと、俺はハルヒを抱いていたはずが、布団を抱き締めてベッドから落ちていた。 夢だなんて思いやしない。フロイト先生も微笑んで見てくれてるはずだ。 なんにせよ俺は帰ってきた。 さぁ、残った時間をゆっくりと睡眠に当てるか……。 それから二か月、俺は日向と別れた。 女って付き合いだすと性格変わるって本当だったんだな。 最初はお互い遠慮していたのか、それなりに上手くやっていた。……が、しばらく経った後、日向は俺を束縛したがるようになってきた。 そして決定的だったのは、休日の探索のせいで遊びに行けないからSOS団をやめろと言われたことだ。 その時に俺は悟った。こいつとは気持ちが通じ合わないとな。 俺から別れを切り出した時にそのことを説明したら、泣きながら謝られた。 だけど、俺からは『好き』という感情が完全に失せていたからそこで関係は終わらせた。『いい友達でいような』ってな。 そして別れてから三日が経ち、谷口や国木田にもバレて冷やかされる立場になった頃だった。「キョン、それ食べ終わったら部室で待ってるから来なさい」 いつものように昼飯を食っていると、ハルヒが声をかけてきた。 あぁ、わかった。あと十分くらいで行く。 俺は昼飯を三倍速で詰め込み、さらに突っ掛かってくる谷口を蹴飛ばして部室へと急いだ。 ハルヒ、入るぞ?「あと五秒待ちなさい! ……いいわよ!」 ドアを開けて入ると、待ち構えていたのは得意満面の笑みで、ポニーテールにしていたハルヒだった。 そのまま見とれてしまった俺に、ハルヒは語りだした。「二か月前ね、悲しいけどうれしい夢を見たのよ」 なんだよ、それ。……っていうかいつの間にか伸びたな、髪。「今まではちょこちょこ切り揃えてたけど……その夢を見てから伸ばすことに決めたの」 ……そうか。「でもちょっと寂しいな。やっぱりここ二か月はあたしのこと全然気にしてなかったのね……」 いや、髪が少しずつ伸びてるなってくらいは思っていたが。「まぁいいわ。今日はそんなことの為に呼んだんじゃないの」 ハルヒは俺のネクタイを引っ張り、部室の奥の方まであるかせた。「あの夢のあんたは生意気だったわ」 そ、そうなのか? 俺はその夢を見たわけじゃないからわからないな。「そうなの? じゃあ誰だったのかしら、あれ」 まったく……こいつ実は全部わかってるんじゃないのか? あれが夢じゃないってことも含めてさ。「あんた……別れたのよね? 日向と」 あぁ、ついこないだな。「その生意気な男はこう言ったわ。『俺がフリーになった時、ポニーテールで告白してきたら付き合ってやる』ってね」 …………………。 しばらく沈黙が流れる。どちらからも声を出す様子はないまま、三分くらいが経った。「……あたしの幻想かもしれない。夢は夢でしかないかもしれない。それでも諦められなくて髪を伸ばした」 俺は黙って言葉を聞き続けた。「何でだと思う?」 ……さぁな。「髪を触ってもらって、あの時みたいに『似合ってるぞ、ハルヒ』って言ってもらいたかったから。そして……」 そして……なんだよ、続きは。「あんたにこの言葉を伝えたかったから。『ずっと……好きだった』……」 この台詞を聞いた時にふと気付いた。今の俺達の立ち位置は閉鎖空間でキスした時と同じだ。「あたしと、付き合ってください……」 そして、恥じらいを含んだ真面目な表情。何もかもが似ていた。 ハルヒは意図的にこの状況を作ったのだろう。 ……お前の夢に出た俺も俺の一部だ。責任は取ってやる。 バカか、俺は。こんな時まで恥ずかしくて素直に言葉が出ない。「やだ。そんな言い訳っぽい言葉じゃ、やだから」 不機嫌な時に見せるこいつの唇を突き出す動作。久しぶりに見たな。 悪かった、言い直す。大好きだ、この気持ちに嘘偽りはない。 ようやく見れた、100Wの笑顔。やっぱりこの顔が一番好きだ。「じゃあちょうだい! 友達へのイタズラのキスじゃなくて、彼女への愛のキスを」 そのつもりだ。その為の舞台はハルヒが揃えた、あとは俺がそこに立つだけだ。 俺は一歩前に出て、ハルヒの頭を撫でたり、ポニーテールを持ち上げたりした。「似合ってるぞ、ハルヒ」「ふふふっ、ありがと!」 そのまま俺達は三度目のキスを、恋人として初めてのキスを交わした。 おわり
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