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「シスターパニック! 第6話」(2020/03/12 (木) 14:33:00) の最新版変更点
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<div class="main">6話<br>
<br>
<br>
夢で見た、真っ白な世界に辿り着いた。<br>
これが元のハルヒの深層の中……か?<br>
「キョン、久しぶり。……って毎日会ってるわね、兄妹だし」<br>
今回は声だけじゃなくて本体付きらしい。正直、久しぶりの本物のハルヒとの再会がうれしい。<br>
本当に会えて……うれしいぞ。<br>
「な、なに真顔で恥ずかしいこと言っちゃってんのよ! バカキョン!」<br>
確かにバカかもしれん。ハルヒが目の前にいるだけでそれしか見えなくなってる。<br>
しかしだ、何でハルヒの姿が少しだけ薄くなってるんだ?<br>
「え~と、せっかく来てくれたけど……あたし、戻ってあんたを待つわね。約束だし」<br>
そう言うと、ハルヒの姿は少しずつ薄れていった。<br>
ちょっと待て!<br>
「なによ、あんたも早く戻って来なさいよ。……キョン兄」<br>
小悪魔のようにハルヒは俺に微笑みかけた。……何が『キョン兄』だ、洒落になんねぇよ。<br>
違う、お前が戻るんだ。早く俺達の日常に帰ってこい。<br>
「……嫌よ。今の生活の方がずっといいわ。少し刺激にはかけるけどね」<br>
何なんだ、このわがままさは。まるで意地を張ってる時の妹のようだ。<br>
<br>
しばらく言い合うと泣き出すんじゃないのか? ……あるわけないか。<br>
お前、言ってただろ? 宇宙人とかを見つけ出して一緒に遊ぶって。お前が妹ならそんなのも出来ないぞ?<br>
「だから、構わないわ。あんたを起こして、一緒に学校に行って、何でもない話をして帰る。<br>
それだけであたしは幸せなの。鈍感なあんたは気付いてないだろうけどね」<br>
俺の妹になるだけで幸せだと言うのか、こいつは。<br>
……ふざけるな、俺がどんな気持ちかもわかって無いくせに。<br>
「あんたがふざけないでよ。普通の人間って自負してるなら気付いてたんでしょ?」<br>
何をだよ。<br>
「だ、だから……その……あ、あたしの気持ちよ」<br>
ここで考えてみよう。こいつの俺に抱いてる感情とはなんだ?<br>
1、SOS団の団員その1 2、パシり 3、自分の行動の邪魔をするウザい奴。<br>
……くらいだよな?<br>
「……呆れた。よくわかんないけど、あたしは消えるわ。もうあんたとは会えないわね。<br>
あたし自身なにが起こってるかわかんないけど、これからはずっと《妹》として顔を合わせるのよ」<br>
ハルヒの姿がほとんど消えかかっている。マズい、時間が無い。<br>
待て! まだ言ってないことが幾つかある!<br>
勢いで叫んでみたが、本当に言いたいことは一つだ。なんて情けない。<br>
ハルヒは振り向くと、うんざりしたような表情で俺を睨みつけた。<br>
「何なのよ、バカキョン。いい加減にしなさい」<br>
俺は、お前が好きだ。<br>
「へ?」<br>
妹じゃない、お前が好きだ。《涼宮ハルヒ》が好きなんだよ。<br>
お前の気持ちがどうであろうが、俺の気持ちはそういうことらしい。<br>
<br>
よくもまぁ、スラスラと言葉が出るもんだ。愛の告白って雰囲気じゃないぞ、これは。<br>
「ほんと? あっ……」<br>
俺の目前で、ハルヒは消えた。……と思ったら、すぐに出てきた。<br>
なにがしたいんだ、こいつは。<br>
「キョン兄、まさか帰ってこないつもりなの? ……嫌だからね!」<br>
おい、ハルヒ。演技はいいから何か答えろ。<br>
「演技って何よ。それより、早く帰って来なさいよ! ……話があるって言ったじゃない」<br>
……あぁ、そういうことか。このハルヒは妹ハルヒだ。ということは元のハルヒは俺を置いて戻ったのか?<br>
くそ、頭がゴチャゴチャだ。<br>
「ゆびきりしたじゃない……針千本のますわよ」<br>
妹ハルヒは俯いてそう言った。<br>
……元のハルヒと妹ハルヒの立場が逆転したのか? つまり、この白い世界の外は元の世界か?<br>
ひとまず置いておくか。<br>
悪いな、針千本も飲むわけにはいかない。……帰りたいんだ。わかってくれ。<br>
「わからない! あたしだってハルヒよ! ずっとキョン兄が好きだったの!」<br>
………………すまん。思考回路が限界に達した。<br>
人間、考え過ぎると知恵熱が出るって本当なんだな。<br>
俺は頭が痛くなり、全身が熱くなって、目を閉じた。容量オーバーってやつだ。……やれやれ。<br>
<br>
<br>
「キョン!」「キョン兄!」<br>
目を覚ました俺を迎えてくれたのは、白い世界と二人のハルヒだった。<br>
どうやら、元のハルヒと妹ハルヒ、どっちもいるらしいな。……もう何でも来いって感じだ。<br>
「キョン兄、あたしと帰ろう? ご飯作ってあげるわ」<br>
「キョン、さっきの言葉ね……もう一回部室で聞かせてよ」<br>
二人のハルヒはお互いに違うことを言いつつ、俺に手を差し延べた。<br>
<br>
……多分、手を取った方だけが残るんだろうな。しかし……。<br>
もう片方はどうなるんだ? 消えちまうのか?<br>
ハルヒ二人に向かってそう言った。<br>
元のハルヒのいる世界に戻したいが、妹ハルヒとの約束も破りたくないくらい、情が移っている。<br>
そんなバカな俺に、元のハルヒは声をかけてきた。<br>
「どっちでも、あたしはあたしよ。消えたりなんかしないわ。<br>
……あんたが楽しいと思う生活を選びなさい」<br>
迷わず、元のハルヒの手を取った。やっぱりこいつがいなきゃ俺はダメだ。<br>
「嘘つき。針千本飲んでよね……バカ兄。どこにも行かないって……バカぁ……。<br>
帰ってきたら……告白しようって……」<br>
妹ハルヒは、泣きながら消えていった。……どこに行ったのかを、後でここで起こっていたこと全てを長門に聞こう。<br>
それよりも、今はとりあえず帰ろう。暖かい手を握ったまま……な。<br>
目を閉じて、流れに身を任せて頭の中で呟いてみた。聞こえるかはわからないけどな。<br>
『おい、長門。全部終わったぞ』<br>
それが通じたのか、グルグルと回る感覚の後、俺は気絶した。<br>
<br>
<br>
手には暖かい感触……というより、ハルヒの手があった。<br>
ここは……長門の部屋か。<br>
朝比奈さんと3年間、寝続けた、いわくつきの場所で、ハルヒと手を繋いで寝ていた。<br>
「んぅ……バカキョン」<br>
寝言か? ……幸せな奴め。<br>
とりあえず、ハルヒは元に戻ったようだ。一安心だな……。<br>
「お帰りなさい。成功してよかったですぅ……」<br>
朝比奈さんと、長門に古泉。見事に3人揃って襖から覗いていた。……変態か?<br>
「こっちに来て。話がある」<br>
<br>
わかってるよ、長門。全部詳しく聞かせてもらうぞ。<br>
ハルヒの手をゆっくり離し、布団をしっかりと着せてから長門の元へ歩いた。<br>
<br>
「あなたが涼宮ハルヒと話をしている途中で、何回か入れ替わりが起こった。<br>
だから、涼宮ハルヒを肉体ごとさらってきた」<br>
お前な……さらうってなんだよ。しれっと怖いことを言うな。<br>
俺のツッコミなど完全に無視で、長門は続けた。<br>
「あなたの目の前の涼宮ハルヒが入れ替わったり、同時に出てきたのは、本体の精神の移りかわりの影響」<br>
ニヤニヤと笑っている古泉も口を挟んできた。<br>
「あなたの告白で、涼宮さんの気持ちも揺らいだのでしょう。妹もいいけど、恋人も……みたいな感じです。<br>
そこからこのような事態になったと推測されます。<br>
しかし、あなたが元の涼宮さんを選んだことでその揺らぎが止まり、元の涼宮さんが帰ってきたのでしょう」<br>
解説ありがとよ。これでお前等が全部わかってるってこともわかったよ。<br>
ところで、気になるのは二点だ。聞いていいか? 長門。<br>
少し斜め上を見た後、『いい』と返事が返ってきた。<br>
ここ数日のハルヒ以下、その他の人物の記憶はどうするのかと……妹ハルヒはどうなったんだ?<br>
「両方とも、涼宮ハルヒの力を使い、消去する。記憶については改竄まで施す」<br>
いつもと変わらない調子で話す長門の中に、安堵の色が見えている。<br>
俺達の無事を喜びながら、俺の質問に答えているんだろう。<br>
しかし消去か……。嫌なもんだな。どうにか残せないか?<br>
「不可能。残した場合、涼宮ハルヒの記憶がそれによって甦り、自分の能力に気付く恐れがある」<br>
だろうな……。悲しいもんだよ、あれでも妹として可愛がってたんだ。<br>
<br>
思わず溜息が出た。ちょっとした出会いと別れか。……仕方が無いと言えばそれまでだけどな。<br>
隣りの部屋で寝ているハルヒのことを思いだした。<br>
記憶の改竄をするなら、あの告白も覚えてないのか。……約束も。<br>
部室で聞かせろ……だったよな。<br>
長門。ハルヒの記憶をいじったら、俺とハルヒを眠らせたまま部室に送ってくれないか?<br>
珍しく、長門が誰にでもわかるような驚きの表情を浮かべた。<br>
「……何故?」<br>
約束したんだよ。あいつが忘れてても、俺が忘れられん。……それに、約束を破ると針千本飲まされるからな。<br>
指に光るリングに目をやった。消えちまったあいつも『ハルヒ』だからな。<br>
長門は古泉や朝比奈さんとしばらく顔を見合わせると、頷いた。<br>
「……わかった」<br>
よし、これで俺の役割はここまでだ。<br>
襖を開けて、ハルヒの手を握って横になった。<br>
「ふふふ、キョンくん。やっとわかったみたいですね」<br>
「そうですね。最初からこのように出来れば手間はかからなかったのですが……」<br>
二人の話し声を聞きながら俺は深い闇に潜っていった。次に目が覚めたら部室か。<br>
ハルヒはなんて言うかな……。<br>
<br>
<br>
目を覚ますと、見慣れた景色はなく、ハルヒの寝顔がそこにあった。……天使みたいだ。<br>
「ん……ぅ……わわっ! キョン、何で!? えぇっ!?」<br>
ハルヒはかなり慌てて起き上がった。そりゃ、起きたら俺と一緒に部室で寝てたら慌てるよな。<br>
軽く暴れるハルヒの手を、離さないように強く握り締めて声をかけた。<br>
おはよう、ハルヒ。<br>
「あぅ……は、はい。おはよ……」<br>
キャラが変わってるな。まだ、全然状況を把握出来てないんだろうな。<br>
<br>
「……って、バカキョン! 何してたのよ、何日も学校来ないってどういうこと?」<br>
長門の記憶改竄によると、俺が何日も学校を無断欠席したってことになってるらしいな。<br>
「し、心配したんだからね……。団長として……」<br>
あぁ、悪かった。いろいろとあったんだ。<br>
「そう……じゃなくてあんた! どうして手を握ってるのよ! 離しなさい!」<br>
……嫌だね。離したら距離とるだろ。とりあえず落ち着いて話を聞け。<br>
ハルヒにしては珍しく、従順におとなしくなった。妹ハルヒの名残か?<br>
いや、そんなのはどうでもいい。今はたった一つの言葉を伝えるのが先だ。<br>
ハルヒ、よく聞けよ。<br>
<br>
『俺は、お前が好きだ』<br>
<br>
ハルヒは、口をパクパクさせて、目を丸くして顔を近付けてきた。<br>
「な、ななな何言ってんのよ! ……あ、あたしちょっと用事が!」<br>
だから、逃げるなって。<br>
さらに手を強く握って、引っ張った。<br>
「は、離してってば! ほら、家に帰んないと心配かけるし、ね!?」<br>
……俺のこと、嫌いか? もし、そうなら……離すから。<br>
握る力を緩めて、ハルヒの意思に任せた。……まぁ、心変わりなんてよくあることだしな。<br>
昨日までのハルヒが俺を好きでも、今日になったら変わった……でもしょうがないさ。<br>
すでに、俺達の手は指先が触れ合ってるだけになっていた。……と思ったら、俺の手は包まれた。<br>
「バカ。嫌いなわけないじゃない。ただ……驚いただけよ」<br>
両手で包まれた俺の右手は、そのままハルヒの胸元に持っていかれた。<br>
「……うれしい。ありがと」<br>
俺も、うれしいよ。<br>
<br>
そう言うと、喜びがフツフツと湧き上がってきた。これが本当の幸せか。……良いもんだな。<br>
「ねぇ、キョン。あたしのこと、どれくらい好き?」<br>
あ~……、海よりも深く、山よりも高くだな。<br>
「もっと具体的に! あたしはね、これくらい好きよ」<br>
強烈な衝撃と共に床に倒れこんだ。妹に飛びつかれるのをハルヒにやられたわけだ。<br>
「どう? 具体的でしょ」<br>
なんて奴だ。今浮かべてる笑顔が、今までに見たどんな笑顔よりもかわいい。<br>
こんな笑顔を隠し持っていたとは……うむ、至福だ。<br>
ハルヒを抱きかかえながら唇にキスをして、5秒程押しつけた後、ゆっくりと顔を離しながらハルヒに話しかけた。<br>
俺は、これくらい幸せだな。<br>
「……バカキョンのくせに生意気」<br>
生意気でけっこうさ。とりあえず一回帰るか。<br>
窓を見ると、陽がそれなりの位置まできている。<br>
部活動生達の声が聞こえるから今日は土曜か日曜だな。……デートとかしたいな。<br>
立ち上がろうとした俺を、ハルヒは止めた。<br>
……どうした?<br>
「一つ、約束してよ」<br>
なんだ? メチャクチャ真面目な顔して。<br>
さっきまではしゃいでいたのが嘘のように、真面目な顔をしていた。……すぐに赤くなったが。<br>
「あ、あ~……あたしを、し、し、幸せにしてよね!」<br>
正直、驚いた。今のこいつはただの一般的な恋する少女になっている。<br>
<br>
神様だとか、進化の可能性なんかじゃない、恋する高校2年生だ。……初めて見るな、こんな顔をしてるハルヒは。<br>
あぁ、任せろ。絶対に幸せにしてやるよ。<br>
「約束なんだからね! ほらっ、小指だして!」<br>
ハルヒに言われるがままに、小指をだした。<br>
<br>
――ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのます、ゆびきった――<br>
<br>
学園祭ライブの時のような真面目な声じゃなかった。<br>
それは、おどけるような、照れ隠しをするような、優しい優しい声だった。<br>
そんな声で歌われた『ゆびきり』の歌を聞いて、自然と涙が零れた。……恥ずい。<br>
「ちょ、ちょっと! なに泣いてんのよ!」<br>
わ、悪い。ちょっとある奴のことを思い出しちまった。……なんでお前が泣いてんだよ。<br>
涙を拭いハルヒの顔を見る。その頬に伝うのは、一筋の涙だ。<br>
「あたしは泣いてないわよ、泣いてるのはあんたじゃない。……まさか、照れ隠しのつもり?」<br>
泣いてる様子など全然見当たらないくらい平然と、ハルヒはそう言い放った。<br>
いや、本当だぞ。ほら。<br>
ハルヒの涙を指で掬い、見せてやった。<br>
「ほんとだ……何で?」<br>
いや、俺に聞かれても。<br>
「あたしには思い出すような人とか事とか無いのに……。泣いてるのも気付かないくらい自覚も無いのよ?」<br>
そうか、そうなんだな。この涙は、妹ハルヒの涙だ。もう消えてしまったあいつの涙なんだ。<br>
ハルヒに聞こえないように、顔を背けて呟いた。<br>
……悪かったな、約束、守れなくて。<br>
「え? 今なにか言った?」 いーや、なんにも。それより、どこか行くか? デートしに。<br>
「え!? で、デートってあんた……」<br>
嫌ならいいんだが……。<br>
<br>
「あ~、違う違う! 行く、連れてって! えっと……街! 買い物でいいわ!」<br>
わかったよ。じゃあ、行くか。<br>
立ち上がってズボンをはたくと、ポケットに異物感を感じた。なんなんだ?<br>
これは……いつの間に?<br>
俺が妹ハルヒに買ってやったペアリングの片割れ。それが何故か俺のポケットに入っているわけだ。<br>
「どうしたのよ。早く行きましょ?」<br>
……まぁ、選択肢は一つしかないよな?<br>
ハルヒ、手繋ぐから手を出せ。<br>
「む……わ、わかったわよ。まったく……普通、男なら黙って手を取るでしょ?」<br>
文句を言いながら渋々と出されたハルヒの手を取り、リングをつけてやった。<br>
これ、お揃いだからな。プレゼントだ。<br>
それだけを伝えると、すぐに足早に部室を出た。何故かって?<br>
恥ずかしくて真っ赤な顔を見せられると思うか? 俺には無理だね。<br>
「ま、待ちなさいバカキョン!」<br>
俺は、階段手前でハルヒに捕まった。<br>
……かと思うと、さっきのお返しと言わんばかりにキスされた。……誰かきたらヤバいよな。<br>
おい、いきなり何しやがる!<br>
「んふふ~。あたしね、今、これくらい幸せになっちゃったから! 教えてあげたのよ!」<br>
……ははは、ニヤけちまう程幸せだな、こりゃ。<br>
行こうぜ、ハルヒ。<br>
「うん!」<br>
今度こそ、きちんと手を繋いで階段を降りて行った。<br>
付き合い始めたついでに、今日からは、奢りじゃなくてワリカンになるとうれしいんだがな。……頼むぜ、ハルヒ。<br>
<br>
<br>
唐突に始まった、ハルヒが妹になるという騒動がやっと終わった。<br>
妹ハルヒとの別れはけっこう辛いものがあったが、これはこれでしょうがない。<br>
それよりも、元のハルヒとずっと一緒にいれることの方が幸せ過ぎてな。<br>
<br>
結局、長門や古泉や朝比奈さんも、ハルヒが起こす超常現象が少なくなり、穏やかな毎日を過ごしている。<br>
……まぁ、全部丸く納まってるってわけだ。<br>
ちなみに、今はSOS団が全員、俺の家で遊んでいる。理由は雨だ。まったくもって忌々しい。<br>
「でね、最近ハルにゃんがよく家に来るようになって思ったの! 昔からお姉ちゃんがいてくれたらよかったのにって!」<br>
……おいおい、妹よ。話が楽しいのはわかるが、頼むからふざけたことを言うな。<br>
「ふえぇ~……、確かに、涼宮さんがお姉ちゃんだったら楽しそうですよね」<br>
朝比奈さんまで……頼むからその話題を煽らないでください。悪気はないんだろうが。<br>
「わたしも、興味がある」<br>
おい、長門。<br>
「僕も、涼宮さんみたいな素敵な方が姉に欲しかったですね」<br>
こいつに至っては確実に楽しんでやがるな。後で追い出すか。<br>
ハルヒ、こんなふざけたことに耳を貸すなよ。お前は俺の……いや、何でもない。<br>
「ちょっと! 『俺の』の続きは何なのよ?」<br>
続きは言わなくてもわかるはずだ。そうさ、こいつは俺をからかって遊んでるだけなのさ。<br>
だから、たまにはやり返してもいいだろう?<br>
『俺の』の続きはな、大事な大事な彼女……だ。だからな、姉なんかになってもらっちゃ困る。<br>
「おやおや」「ふえぇ……」「…………」<br>
3パターンの反応と共に、ハルヒは顔を真っ赤にしていた。<br>
「ば、バカ! あんた、み、みんながいる前で何言ってんのっ!」<br>
「ハルにゃん、顔真っ赤だよ~!」<br>
こういう時に、空気の読めない妹が役にたつな。ハルヒは一人、壁の方を向いて顔を見られないようにしていた。<br>
ハルヒへの仕返しも終わり、俺は外の様子を窺った。すっかり雨は止んでいる。<br>
よし、雨もあがった事だし、探索に行くか。<br>
<br>
手早くみんなを部屋から追い出して、ハルヒと二人になった。<br>
ほら、ハルヒ。みんな待ってるから行こうぜ。<br>
「あ、あんたが仕切らないでよ。団長はあたしなんだからっ!」<br>
へいへい、行きましょうぜ。団長様。<br>
「……その前に、さっきのうれしかった言葉のお礼よ」<br>
ハルヒは短くキスをしてきた。ほんの一瞬、触れただけのキスだったがな。<br>
「じゃあ、遅いほうが奢りだからっ!」<br>
元気よく俺の部屋を飛びだして行く後ろ姿。<br>
やれやれ、ジメジメしてるのに元気だな。ま、そういう所が好きなんだけどな。<br>
階段をうるさく音を立てて降りて行くハルヒに、俺は大声で呼び掛けながら追いかけた。<br>
「おい、ハルヒ! 俺達の分はワリカンだからな!」<br>
<br>
<br>
おわり</div>
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<div class="main">6話<br />
<br />
<br />
夢で見た、真っ白な世界に辿り着いた。<br />
これが元のハルヒの深層の中……か?<br />
「キョン、久しぶり。……って毎日会ってるわね、兄妹だし」<br />
今回は声だけじゃなくて本体付きらしい。正直、久しぶりの本物のハルヒとの再会がうれしい。<br />
本当に会えて……うれしいぞ。<br />
「な、なに真顔で恥ずかしいこと言っちゃってんのよ! バカキョン!」<br />
確かにバカかもしれん。ハルヒが目の前にいるだけでそれしか見えなくなってる。<br />
しかしだ、何でハルヒの姿が少しだけ薄くなってるんだ?<br />
「え~と、せっかく来てくれたけど……あたし、戻ってあんたを待つわね。約束だし」<br />
そう言うと、ハルヒの姿は少しずつ薄れていった。<br />
ちょっと待て!<br />
「なによ、あんたも早く戻って来なさいよ。……キョン兄」<br />
小悪魔のようにハルヒは俺に微笑みかけた。……何が『キョン兄』だ、洒落になんねぇよ。<br />
違う、お前が戻るんだ。早く俺達の日常に帰ってこい。<br />
「……嫌よ。今の生活の方がずっといいわ。少し刺激にはかけるけどね」<br />
何なんだ、このわがままさは。まるで意地を張ってる時の妹のようだ。<br />
<br />
しばらく言い合うと泣き出すんじゃないのか? ……あるわけないか。<br />
お前、言ってただろ? 宇宙人とかを見つけ出して一緒に遊ぶって。お前が妹ならそんなのも出来ないぞ?<br />
「だから、構わないわ。あんたを起こして、一緒に学校に行って、何でもない話をして帰る。<br />
それだけであたしは幸せなの。鈍感なあんたは気付いてないだろうけどね」<br />
俺の妹になるだけで幸せだと言うのか、こいつは。<br />
……ふざけるな、俺がどんな気持ちかもわかって無いくせに。<br />
「あんたがふざけないでよ。普通の人間って自負してるなら気付いてたんでしょ?」<br />
何をだよ。<br />
「だ、だから……その……あ、あたしの気持ちよ」<br />
ここで考えてみよう。こいつの俺に抱いてる感情とはなんだ?<br />
1、SOS団の団員その1 2、パシり 3、自分の行動の邪魔をするウザい奴。<br />
……くらいだよな?<br />
「……呆れた。よくわかんないけど、あたしは消えるわ。もうあんたとは会えないわね。<br />
あたし自身なにが起こってるかわかんないけど、これからはずっと《妹》として顔を合わせるのよ」<br />
ハルヒの姿がほとんど消えかかっている。マズい、時間が無い。<br />
待て! まだ言ってないことが幾つかある!<br />
勢いで叫んでみたが、本当に言いたいことは一つだ。なんて情けない。<br />
ハルヒは振り向くと、うんざりしたような表情で俺を睨みつけた。<br />
「何なのよ、バカキョン。いい加減にしなさい」<br />
俺は、お前が好きだ。<br />
「へ?」<br />
妹じゃない、お前が好きだ。《涼宮ハルヒ》が好きなんだよ。<br />
お前の気持ちがどうであろうが、俺の気持ちはそういうことらしい。<br />
<br />
よくもまぁ、スラスラと言葉が出るもんだ。愛の告白って雰囲気じゃないぞ、これは。<br />
「ほんと? あっ……」<br />
俺の目前で、ハルヒは消えた。……と思ったら、すぐに出てきた。<br />
なにがしたいんだ、こいつは。<br />
「キョン兄、まさか帰ってこないつもりなの? ……嫌だからね!」<br />
おい、ハルヒ。演技はいいから何か答えろ。<br />
「演技って何よ。それより、早く帰って来なさいよ! ……話があるって言ったじゃない」<br />
……あぁ、そういうことか。このハルヒは妹ハルヒだ。ということは元のハルヒは俺を置いて戻ったのか?<br />
くそ、頭がゴチャゴチャだ。<br />
「ゆびきりしたじゃない……針千本のますわよ」<br />
妹ハルヒは俯いてそう言った。<br />
……元のハルヒと妹ハルヒの立場が逆転したのか? つまり、この白い世界の外は元の世界か?<br />
ひとまず置いておくか。<br />
悪いな、針千本も飲むわけにはいかない。……帰りたいんだ。わかってくれ。<br />
「わからない! あたしだってハルヒよ! ずっとキョン兄が好きだったの!」<br />
………………すまん。思考回路が限界に達した。<br />
人間、考え過ぎると知恵熱が出るって本当なんだな。<br />
俺は頭が痛くなり、全身が熱くなって、目を閉じた。容量オーバーってやつだ。……やれやれ。<br />
<br />
<br />
「キョン!」「キョン兄!」<br />
目を覚ました俺を迎えてくれたのは、白い世界と二人のハルヒだった。<br />
どうやら、元のハルヒと妹ハルヒ、どっちもいるらしいな。……もう何でも来いって感じだ。<br />
「キョン兄、あたしと帰ろう? ご飯作ってあげるわ」<br />
「キョン、さっきの言葉ね……もう一回部室で聞かせてよ」<br />
二人のハルヒはお互いに違うことを言いつつ、俺に手を差し延べた。<br />
<br />
……多分、手を取った方だけが残るんだろうな。しかし……。<br />
もう片方はどうなるんだ? 消えちまうのか?<br />
ハルヒ二人に向かってそう言った。<br />
元のハルヒのいる世界に戻したいが、妹ハルヒとの約束も破りたくないくらい、情が移っている。<br />
そんなバカな俺に、元のハルヒは声をかけてきた。<br />
「どっちでも、あたしはあたしよ。消えたりなんかしないわ。<br />
……あんたが楽しいと思う生活を選びなさい」<br />
迷わず、元のハルヒの手を取った。やっぱりこいつがいなきゃ俺はダメだ。<br />
「嘘つき。針千本飲んでよね……バカ兄。どこにも行かないって……バカぁ……。<br />
帰ってきたら……告白しようって……」<br />
妹ハルヒは、泣きながら消えていった。……どこに行ったのかを、後でここで起こっていたこと全てを長門に聞こう。<br />
それよりも、今はとりあえず帰ろう。暖かい手を握ったまま……な。<br />
目を閉じて、流れに身を任せて頭の中で呟いてみた。聞こえるかはわからないけどな。<br />
『おい、長門。全部終わったぞ』<br />
それが通じたのか、グルグルと回る感覚の後、俺は気絶した。<br />
<br />
<br />
手には暖かい感触……というより、ハルヒの手があった。<br />
ここは……長門の部屋か。<br />
朝比奈さんと3年間、寝続けた、いわくつきの場所で、ハルヒと手を繋いで寝ていた。<br />
「んぅ……バカキョン」<br />
寝言か? ……幸せな奴め。<br />
とりあえず、ハルヒは元に戻ったようだ。一安心だな……。<br />
「お帰りなさい。成功してよかったですぅ……」<br />
朝比奈さんと、長門に古泉。見事に3人揃って襖から覗いていた。……変態か?<br />
「こっちに来て。話がある」<br />
<br />
わかってるよ、長門。全部詳しく聞かせてもらうぞ。<br />
ハルヒの手をゆっくり離し、布団をしっかりと着せてから長門の元へ歩いた。<br />
<br />
「あなたが涼宮ハルヒと話をしている途中で、何回か入れ替わりが起こった。<br />
だから、涼宮ハルヒを肉体ごとさらってきた」<br />
お前な……さらうってなんだよ。しれっと怖いことを言うな。<br />
俺のツッコミなど完全に無視で、長門は続けた。<br />
「あなたの目の前の涼宮ハルヒが入れ替わったり、同時に出てきたのは、本体の精神の移りかわりの影響」<br />
ニヤニヤと笑っている古泉も口を挟んできた。<br />
「あなたの告白で、涼宮さんの気持ちも揺らいだのでしょう。妹もいいけど、恋人も……みたいな感じです。<br />
そこからこのような事態になったと推測されます。<br />
しかし、あなたが元の涼宮さんを選んだことでその揺らぎが止まり、元の涼宮さんが帰ってきたのでしょう」<br />
解説ありがとよ。これでお前等が全部わかってるってこともわかったよ。<br />
ところで、気になるのは二点だ。聞いていいか? 長門。<br />
少し斜め上を見た後、『いい』と返事が返ってきた。<br />
ここ数日のハルヒ以下、その他の人物の記憶はどうするのかと……妹ハルヒはどうなったんだ?<br />
「両方とも、涼宮ハルヒの力を使い、消去する。記憶については改竄まで施す」<br />
いつもと変わらない調子で話す長門の中に、安堵の色が見えている。<br />
俺達の無事を喜びながら、俺の質問に答えているんだろう。<br />
しかし消去か……。嫌なもんだな。どうにか残せないか?<br />
「不可能。残した場合、涼宮ハルヒの記憶がそれによって甦り、自分の能力に気付く恐れがある」<br />
だろうな……。悲しいもんだよ、あれでも妹として可愛がってたんだ。<br />
<br />
思わず溜息が出た。ちょっとした出会いと別れか。……仕方が無いと言えばそれまでだけどな。<br />
隣りの部屋で寝ているハルヒのことを思いだした。<br />
記憶の改竄をするなら、あの告白も覚えてないのか。……約束も。<br />
部室で聞かせろ……だったよな。<br />
長門。ハルヒの記憶をいじったら、俺とハルヒを眠らせたまま部室に送ってくれないか?<br />
珍しく、長門が誰にでもわかるような驚きの表情を浮かべた。<br />
「……何故?」<br />
約束したんだよ。あいつが忘れてても、俺が忘れられん。……それに、約束を破ると針千本飲まされるからな。<br />
指に光るリングに目をやった。消えちまったあいつも『ハルヒ』だからな。<br />
長門は古泉や朝比奈さんとしばらく顔を見合わせると、頷いた。<br />
「……わかった」<br />
よし、これで俺の役割はここまでだ。<br />
襖を開けて、ハルヒの手を握って横になった。<br />
「ふふふ、キョンくん。やっとわかったみたいですね」<br />
「そうですね。最初からこのように出来れば手間はかからなかったのですが……」<br />
二人の話し声を聞きながら俺は深い闇に潜っていった。次に目が覚めたら部室か。<br />
ハルヒはなんて言うかな……。<br />
<br />
<br />
目を覚ますと、見慣れた景色はなく、ハルヒの寝顔がそこにあった。……天使みたいだ。<br />
「ん……ぅ……わわっ! キョン、何で!? えぇっ!?」<br />
ハルヒはかなり慌てて起き上がった。そりゃ、起きたら俺と一緒に部室で寝てたら慌てるよな。<br />
軽く暴れるハルヒの手を、離さないように強く握り締めて声をかけた。<br />
おはよう、ハルヒ。<br />
「あぅ……は、はい。おはよ……」<br />
キャラが変わってるな。まだ、全然状況を把握出来てないんだろうな。<br />
<br />
「……って、バカキョン! 何してたのよ、何日も学校来ないってどういうこと?」<br />
長門の記憶改竄によると、俺が何日も学校を無断欠席したってことになってるらしいな。<br />
「し、心配したんだからね……。団長として……」<br />
あぁ、悪かった。いろいろとあったんだ。<br />
「そう……じゃなくてあんた! どうして手を握ってるのよ! 離しなさい!」<br />
……嫌だね。離したら距離とるだろ。とりあえず落ち着いて話を聞け。<br />
ハルヒにしては珍しく、従順におとなしくなった。妹ハルヒの名残か?<br />
いや、そんなのはどうでもいい。今はたった一つの言葉を伝えるのが先だ。<br />
ハルヒ、よく聞けよ。<br />
<br />
『俺は、お前が好きだ』<br />
<br />
ハルヒは、口をパクパクさせて、目を丸くして顔を近付けてきた。<br />
「な、ななな何言ってんのよ! ……あ、あたしちょっと用事が!」<br />
だから、逃げるなって。<br />
さらに手を強く握って、引っ張った。<br />
「は、離してってば! ほら、家に帰んないと心配かけるし、ね!?」<br />
……俺のこと、嫌いか? もし、そうなら……離すから。<br />
握る力を緩めて、ハルヒの意思に任せた。……まぁ、心変わりなんてよくあることだしな。<br />
昨日までのハルヒが俺を好きでも、今日になったら変わった……でもしょうがないさ。<br />
すでに、俺達の手は指先が触れ合ってるだけになっていた。……と思ったら、俺の手は包まれた。<br />
「バカ。嫌いなわけないじゃない。ただ……驚いただけよ」<br />
両手で包まれた俺の右手は、そのままハルヒの胸元に持っていかれた。<br />
「……うれしい。ありがと」<br />
俺も、うれしいよ。<br />
<br />
そう言うと、喜びがフツフツと湧き上がってきた。これが本当の幸せか。……良いもんだな。<br />
「ねぇ、キョン。あたしのこと、どれくらい好き?」<br />
あ~……、海よりも深く、山よりも高くだな。<br />
「もっと具体的に! あたしはね、これくらい好きよ」<br />
強烈な衝撃と共に床に倒れこんだ。妹に飛びつかれるのをハルヒにやられたわけだ。<br />
「どう? 具体的でしょ」<br />
なんて奴だ。今浮かべてる笑顔が、今までに見たどんな笑顔よりもかわいい。<br />
こんな笑顔を隠し持っていたとは……うむ、至福だ。<br />
ハルヒを抱きかかえながら唇にキスをして、5秒程押しつけた後、ゆっくりと顔を離しながらハルヒに話しかけた。<br />
俺は、これくらい幸せだな。<br />
「……バカキョンのくせに生意気」<br />
生意気でけっこうさ。とりあえず一回帰るか。<br />
窓を見ると、陽がそれなりの位置まできている。<br />
部活動生達の声が聞こえるから今日は土曜か日曜だな。……デートとかしたいな。<br />
立ち上がろうとした俺を、ハルヒは止めた。<br />
……どうした?<br />
「一つ、約束してよ」<br />
なんだ? メチャクチャ真面目な顔して。<br />
さっきまではしゃいでいたのが嘘のように、真面目な顔をしていた。……すぐに赤くなったが。<br />
「あ、あ~……あたしを、し、し、幸せにしてよね!」<br />
正直、驚いた。今のこいつはただの一般的な恋する少女になっている。<br />
<br />
神様だとか、進化の可能性なんかじゃない、恋する高校2年生だ。……初めて見るな、こんな顔をしてるハルヒは。<br />
あぁ、任せろ。絶対に幸せにしてやるよ。<br />
「約束なんだからね! ほらっ、小指だして!」<br />
ハルヒに言われるがままに、小指をだした。<br />
<br />
――ゆびきりげんまんうそついたらはりせんぼんのます、ゆびきった――<br />
<br />
学園祭ライブの時のような真面目な声じゃなかった。<br />
それは、おどけるような、照れ隠しをするような、優しい優しい声だった。<br />
そんな声で歌われた『ゆびきり』の歌を聞いて、自然と涙が零れた。……恥ずい。<br />
「ちょ、ちょっと! なに泣いてんのよ!」<br />
わ、悪い。ちょっとある奴のことを思い出しちまった。……なんでお前が泣いてんだよ。<br />
涙を拭いハルヒの顔を見る。その頬に伝うのは、一筋の涙だ。<br />
「あたしは泣いてないわよ、泣いてるのはあんたじゃない。……まさか、照れ隠しのつもり?」<br />
泣いてる様子など全然見当たらないくらい平然と、ハルヒはそう言い放った。<br />
いや、本当だぞ。ほら。<br />
ハルヒの涙を指で掬い、見せてやった。<br />
「ほんとだ……何で?」<br />
いや、俺に聞かれても。<br />
「あたしには思い出すような人とか事とか無いのに……。泣いてるのも気付かないくらい自覚も無いのよ?」<br />
そうか、そうなんだな。この涙は、妹ハルヒの涙だ。もう消えてしまったあいつの涙なんだ。<br />
ハルヒに聞こえないように、顔を背けて呟いた。<br />
……悪かったな、約束、守れなくて。<br />
「え? 今なにか言った?」 いーや、なんにも。それより、どこか行くか? デートしに。<br />
「え!? で、デートってあんた……」<br />
嫌ならいいんだが……。<br />
<br />
「あ~、違う違う! 行く、連れてって! えっと……街! 買い物でいいわ!」<br />
わかったよ。じゃあ、行くか。<br />
立ち上がってズボンをはたくと、ポケットに異物感を感じた。なんなんだ?<br />
これは……いつの間に?<br />
俺が妹ハルヒに買ってやったペアリングの片割れ。それが何故か俺のポケットに入っているわけだ。<br />
「どうしたのよ。早く行きましょ?」<br />
……まぁ、選択肢は一つしかないよな?<br />
ハルヒ、手繋ぐから手を出せ。<br />
「む……わ、わかったわよ。まったく……普通、男なら黙って手を取るでしょ?」<br />
文句を言いながら渋々と出されたハルヒの手を取り、リングをつけてやった。<br />
これ、お揃いだからな。プレゼントだ。<br />
それだけを伝えると、すぐに足早に部室を出た。何故かって?<br />
恥ずかしくて真っ赤な顔を見せられると思うか? 俺には無理だね。<br />
「ま、待ちなさいバカキョン!」<br />
俺は、階段手前でハルヒに捕まった。<br />
……かと思うと、さっきのお返しと言わんばかりにキスされた。……誰かきたらヤバいよな。<br />
おい、いきなり何しやがる!<br />
「んふふ~。あたしね、今、これくらい幸せになっちゃったから! 教えてあげたのよ!」<br />
……ははは、ニヤけちまう程幸せだな、こりゃ。<br />
行こうぜ、ハルヒ。<br />
「うん!」<br />
今度こそ、きちんと手を繋いで階段を降りて行った。<br />
付き合い始めたついでに、今日からは、奢りじゃなくてワリカンになるとうれしいんだがな。……頼むぜ、ハルヒ。<br />
<br />
<br />
唐突に始まった、ハルヒが妹になるという騒動がやっと終わった。<br />
妹ハルヒとの別れはけっこう辛いものがあったが、これはこれでしょうがない。<br />
それよりも、元のハルヒとずっと一緒にいれることの方が幸せ過ぎてな。<br />
<br />
結局、長門や古泉や朝比奈さんも、ハルヒが起こす超常現象が少なくなり、穏やかな毎日を過ごしている。<br />
……まぁ、全部丸く納まってるってわけだ。<br />
ちなみに、今はSOS団が全員、俺の家で遊んでいる。理由は雨だ。まったくもって忌々しい。<br />
「でね、最近ハルにゃんがよく家に来るようになって思ったの! 昔からお姉ちゃんがいてくれたらよかったのにって!」<br />
……おいおい、妹よ。話が楽しいのはわかるが、頼むからふざけたことを言うな。<br />
「ふえぇ~……、確かに、涼宮さんがお姉ちゃんだったら楽しそうですよね」<br />
朝比奈さんまで……頼むからその話題を煽らないでください。悪気はないんだろうが。<br />
「わたしも、興味がある」<br />
おい、長門。<br />
「僕も、涼宮さんみたいな素敵な方が姉に欲しかったですね」<br />
こいつに至っては確実に楽しんでやがるな。後で追い出すか。<br />
ハルヒ、こんなふざけたことに耳を貸すなよ。お前は俺の……いや、何でもない。<br />
「ちょっと! 『俺の』の続きは何なのよ?」<br />
続きは言わなくてもわかるはずだ。そうさ、こいつは俺をからかって遊んでるだけなのさ。<br />
だから、たまにはやり返してもいいだろう?<br />
『俺の』の続きはな、大事な大事な彼女……だ。だからな、姉なんかになってもらっちゃ困る。<br />
「おやおや」「ふえぇ……」「…………」<br />
3パターンの反応と共に、ハルヒは顔を真っ赤にしていた。<br />
「ば、バカ! あんた、み、みんながいる前で何言ってんのっ!」<br />
「ハルにゃん、顔真っ赤だよ~!」<br />
こういう時に、空気の読めない妹が役にたつな。ハルヒは一人、壁の方を向いて顔を見られないようにしていた。<br />
ハルヒへの仕返しも終わり、俺は外の様子を窺った。すっかり雨は止んでいる。<br />
よし、雨もあがった事だし、探索に行くか。<br />
<br />
手早くみんなを部屋から追い出して、ハルヒと二人になった。<br />
ほら、ハルヒ。みんな待ってるから行こうぜ。<br />
「あ、あんたが仕切らないでよ。団長はあたしなんだからっ!」<br />
へいへい、行きましょうぜ。団長様。<br />
「……その前に、さっきのうれしかった言葉のお礼よ」<br />
ハルヒは短くキスをしてきた。ほんの一瞬、触れただけのキスだったがな。<br />
「じゃあ、遅いほうが奢りだからっ!」<br />
元気よく俺の部屋を飛びだして行く後ろ姿。<br />
やれやれ、ジメジメしてるのに元気だな。ま、そういう所が好きなんだけどな。<br />
階段をうるさく音を立てて降りて行くハルヒに、俺は大声で呼び掛けながら追いかけた。<br />
「おい、ハルヒ! 俺達の分はワリカンだからな!」<br />
<br />
<br />
おわり</div>