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12,セカイ系青春ウォーカー  支払いを終えた古泉と一緒に外に出ると、タイミングを見計らったかのように俺たちの前でリムジンが静かに停車した。古泉が呼んだお迎えとやらなのは容易く察しが付いたが、駅前の雑居ビルでごった返す一角にリムジンは不釣合い過ぎて軽くファンタジイ入ってるよな、これ。客観的に見て。 「乗って下さい」  古泉が後部座席のドアを開けて俺を車内に促す。断る理由も躊躇う理由もさっきの古泉の一言で木っ端微塵にぶち壊されていた。  長門が? 危ない?  理由はまだ説明されちゃいないが、しかしてこういった類で嘘を吐くような男では古泉はないのを――一年半の付き合いなんだ、俺はよく知っている。だとすれば信じて全乗っかりする以外に道は無い訳で。  リムジンを運転していたのは老齢の紳士、いつぞやSOS団全員でお世話になった新川さんだった。去年の五月を思い起こさせるようなスーツ姿は本職のドライバと言われても誰も疑うまい。それほどにしっくりと似合っている。 「新川さん、お願いします。とりあえずは彼の家で」 「分かりました」  古泉の指示と前後して車は驚くほど滑らかに走り出した。ホバーでもしてやがんじゃないのか、ってくらいにな。これは車が良いのか、それとも運転手の腕が良いのか。聞いてみたところで新川さんは謙遜するだろうが多分、両方だろう。 「早速ですが、説明を始めさせて頂きます。時間が惜しいので」  喫茶店と同じく向かい合うように座った古泉が喋りだす。 「先ずおかしいと思ったのは長門さんがこの件に関して行動を見せていない事でした。彼女は誰よりも早く時間の途絶を察知していたのに、僕が問うまで情報さえ頂けなかった」 「長門がいくら無口だって言っても、そこまで何も話さないのはオカしいって言いたいのか。そりゃ、まあ確かにな。だが、そこまで不思議でも無い気がするんだが」  どれだけ言ってもアイツは一人で背負い込む癖を直そうとしやがらないし。 「僕も同じように思っていました。そうは言っても彼女は長門有希(ウチュウジン)ですから、と。僕らと同じ感覚で語る事は出来ません。しかし考えてもみて下さい」 「何をだ?」  古泉は一呼吸矯めて、 「どうして長門さんに来る十二月二十四日に起こるであろう時間の途絶が察せられたのでしょう?」 「え、いや、それは……ん?」  確かに――確かに。具体的に何がどうおかしいのか俺には分からないが。しかし、違和感が有る。何か大切な事を忘れているような。 「もっと分かり易く言い直しましょうか。なぜ、長門有希に未来が分かるのか。宇宙人だから? いいえ、宇宙人であったとしても彼女に未来など分かりようがないのです。他のインターフェイス――朝倉さんや喜緑さんとは違い、彼女は」  一年前、長門は選択した。初めて、あいつ自身の意思で決断した。忘れてはいけない。その引き金を引いた誰あろう、俺だけは。 「異時間同位体との同期を絶っている」  古泉の話を聞きながらいつの間にか俺は両手を膝の上で祈るように組んでいた。忘れちまっていた大事なこと、大前提。もしも長門に何かあったら……己の馬鹿さ加減を悔やんでも悔やみ切れない! 「では、朝倉さんや喜緑さん、もしくは他のインターフェイスや彼女の上司に教えて貰ったのでしょうか。これも可能性は低いと考えますね。ここ一年半、長門さんはとても変わられました。勿論、僕らからしてみれば良い意味で、ですが。 異時間同位体との同期を絶ってご自身の未来を見えなくさせたのも非常に『人間臭い』と、そう言えるでしょう。そんな長門さんの変化を情報統合思念体は、どうも観測対象として見ている節が有るのですよ」  ――私の役目は観測だから。あの悪夢のエンドレスサマーに長門はそう言った。アイツの言う、いや、宇宙人の言う観測とは能動的に手を加えない事を指す。 「だとしたら、どうでしょう?」 「宇宙人が長門に入れ知恵するような真似はしないな。未来を教えるような事も、だ」 「ええ、可能性は低いと考えますね。極力、長門さんのことは放置しようと考えているのではないでしょうか。可愛い子には旅をさせよ、ではありませんが。では、ここで話を最初に戻しましょう。さて、どうやって彼女は時間の途絶を知ったのでしょうか」  後、未来を知っていそうなのは……朝比奈さんか? 彼女なら未来人だし、得意分野なんじゃないか。 「いいえ、朝比奈さんは何も知りませんよ。彼女のタイムマシン――時空通信デバイスが動作不良を起こしていないのは先日申し上げたとおりです。であるならば、何も知らない事が唯一無二の特性である朝比奈さんは今もって尚、世界が危機に瀕している事など夢にも思わないでしょうね」 「まあ、気付いてたら泣きながら電話してくるだろうしな……」 「そういう事です。では、もう一人の朝比奈さんでしょうか?」  いや、朝比奈さん(大)は長門と接触する事をどこか怖がっている節が有る。それは多分、朝比奈さん(大)が接触する事によって未来が変わってしまう可能性の高いナンバーワンが長門だからだと俺は勝手に思っているのだが。  苦手、と。朝比奈さんはそう長門を評した。嫌い、ではないのが救いだな。 「ええ、同様の理由で僕も朝比奈さんには避けられているようです。さて、これで長門さんの情報源は全て潰したでしょうか。おや、これは困りましたね。彼女はどうやって未来を知り得たのでしょう? いいえ、彼女は未来など知らない」 「どういう事だよ、古泉。お前は長門から未来を聞かされたんじゃなかったのか?」 「あれは『未来』ではなかったのですよ」  未来じゃない場合、「それ」はどのような言葉で表現されるのが相応しいのか。はい、古泉の解答。 「――『犯行予告』だったのです」  古泉は続ける。 「犯人が長門さんに告げた、ね。そう、彼女が飼っているのは猫ではありません。恐らくは事態の元凶です」  思い返せば、長門は事件に関して硬く口止めをされていた。俺はそれを長門の親玉によるものだと思い込んだが、それよりも犯人によるものだと考えた方がよっぽど筋が通る話じゃないか。いや、長門の親玉が一連の犯人って可能性も否定出来ない。  猫の世話をするために分裂しているって話もそうだ。俺も宇宙人の情報操作能力ってのが実際の所どれほどのものなのかなんてのはよく分かっちゃいないが、しかしたかが猫のための分身を一人生み出すくらいで会話を制限されるほど長門のスペックが低いとは改めて考えれば思えない。 「長門さんの様子がおかしかった理由ですが、必要最低限の機能を付与された分身を学校に通わせていた、といった所ではないかと考えます。他に全力を費やさねばならない事が有った。もしくはご本人は犯人に既に軟禁されていて、その事実を僕らに伏せるために制限の加えられた分身を通わさせられていた――勿論、ここまで全て僕の考え過ぎならばそれに越したことはありません。いえ、そうあって頂ければそれが一番良いのですが」 「学校に通ってた方が分身だったってのか……いや、これ以上は長門の無事を確認してからでも遅くないだろ。それより古泉、佐々木を巻き込もうとする理由を聞かせろ」  長門に何が起こっているのか、実を言えば俺はもっと聞いておきたかった。友人の窮地かも知れないんだ――相談、情報の共有、解決に向けたシミュレート、そんなのはどんだけやっといてもやり過ぎって事も無いはずだろ。だが、当たり前に俺たちに時間は湯水のように有る訳じゃあない。だから話す内容も取捨選択をせねばならん。  だったら何から話すべきか。とりあえずは家に着くまでに結論を迫られている「佐々木をこの件に巻き込むか否か」で違いあるまい。  現在地から俺の家までは多分、車で五分くらい。新川さんの運転ならもっと早いかも知れない。この人、裏道とか凄く知ってそうだもんな……と、これは運転手姿が彼に余りに似合っているせいで俺が偏見を抱いているだけかも知れんが。 「ええ。それですが……正直、危険な道に佐々木さんを引きずり込もうとしている感は否めません。けれど僕らだけでこの件は解決出来ない可能性が有るんですよ。貴方にはどうかご理解頂きたいですね」 「俺たちだけでは解決出来ないと考える根拠を言え。それが言えないなら佐々木の同行は無しだ。佐々木を――友人を危なっかしい目に遭わせるかも知れない。ならば俺を納得させられるだけの理由を披露するのはお前の義務だ、古泉」  でもって俺の義務でもある。納得もしないで佐々木を世界規模の珍事に巻き込めるかよ。  古泉は軽く溜息を吐いた。いつの間にか、誰かと同じく祈るように組んだ両手へとその視線を落として、言う。 「……佐々木さんを誘わなかったその結果、長門さんを失う事になっても貴方は後悔しませんか?」 「え?」 「ああ、あの時アイツの言う事を素直に聞いておけば良かった、などと後で悔やまれても僕にはどうする事も出来ません。その事をきちんと理解していますか?」 「うぐっ、そ、それは……」 「佐々木さんが貴方にとって特別である事を僕は理解しています。貴方が彼女を非常識な世界には巻き込まないようにしようとしている事も、正しく。以上を加味してお答えください。僕の選択はそんなに信用なりませんか?」  リフレインだと、そう思った。SOS団を辞めようとしたあの放課後の。  あの時はハルヒと俺で、俺が古泉の立ち位置だった。乗っかってるものの重さは全然違う。けど信用を問うているのは同じだった。あの時の俺は決して疚しい事を考えていた訳じゃなかった。なのに、変に勘繰られて噛み付いた。  もしかしたら……もしかしなくとも、今の古泉は同じ気持ちなのかも知れない。  正しい事をしたい、と。それだけの奴に俺は試すような事を言ったのだとしたら、ソイツは只の悪趣味じゃないか。 「一つ聞かせろ、古泉」 「はい」 「選択の末に何が有っても、その責任は半分くらい肩代わりしてくれんだろうな」  古泉がはっと顔を上げる。ま、どんな言い方をしてもコイツなら真意を汲むだろうとは思っちゃいたが。けどな、そんな分かり易く嬉しそうな顔するんじゃねえっつの。お前に従順な子犬みたいな可愛さは求めてないんだ。  あーあ。なんだかこっちまで恥ずかしくなってくる。もっとこうニヤリと笑うだけだとか、ハードボイルドな路線を俺は強く要望するね。 「是非も有りません」 「フィフティフィフティ……いや、ロクヨンくらいでどうだ?」 「良いですよ。ちなみにどちらが六ですか?」  笑いながら聞いてくる古泉。そりゃ決まってる。 「ロクデナシの方が四だろ」  下手の考え休むに似たりだ。コイツならきっと良い判断をしてくれる。俺はそう知っているはずだ。だよな、経験則とやら。 「って訳だから、ロクデナシは全権委譲をさせてもらう。今回はもうお前の仕切りでやっちまえよ、副団長。で、後ででいいから俺に対して十分な説明責任を果たせ」 「了解です」 「後、何があってもお前一人の責任じゃ、絶対に無いからな」  やり取りをずっと運転席で聞いていた新川さんが音も無く笑った。バックミラー越しに目が合ったのは一瞬で、次の瞬間には新川さんの視線は前方に向けられていたけれど。なんだろう、微笑ましいものを見ているような眼差しだったのは俺の気のせいじゃない……よな。  もしかして今、青春してんのか、俺。非日常ここに極まれりって内容だってのに。 「はい。有り難う御座います……っと。そろそろ、貴方の家ですね。どうか首尾よくお願いしますよ。時間も余り有りませんので」 「佐々木を連れて来れば良いんだな」  それもなるべくスムーズに。さて、どうするか。  やがて、車は発進した時と同じように音も無く停車する。古泉に見送られて飛び出した車外は、冬という季節を俺の身体にどこまでも訴えていた。うう、寒い。……ああ、車にコート置きっぱなしだ。  ま、すぐに戻るしいいか。そう思っただけなのだが。 「では、行こうかキョン」  俺の部屋、椅子に座って読書をしていた佐々木は帰ってきた俺の姿を見るなり、開口一番そう言った。  おい、話が早過ぎるだろ。っつーか俺はまだ一言も喋ってない。 「その様子だとよほど時間が惜しいのだろう?」 「いや、あの」 「余計な問答は僕と君の間柄では不要さ」  言いながら佐々木は部屋の隅に畳まれていたコートを手に持つ。部屋の中央で呆然としちまう俺に向けて、扉を開けた少女が問い掛けた。 「どうしたんだい?」  どうしたもこうしたもない。なぜ、佐々木は外出を俺に促がしているんだ? いや、外出する気だったけども!  古泉が事前に連絡を入れていたのか? だがしかし、アイツがケータイをいじっていた素振りは無い。そもそも佐々木と古泉の間にメールアドレスのやり取りが有っただとか考えたくないし。第一、連絡が行っているのならば家の外で待っているのが筋ではないか?  そんな俺の疑問に(質問もしていないのに)佐々木は玄関でブーツの紐を結びながら回答した。 「階段を上ってくる音がいつもとは違って焦燥に駆られていたね。幾ら急いでいたからと言って一段抜かしは感心しないな。あれは危ない。今度からは控えたまえ。これは友人としての忠告だ。 後はそうだね、この寒いのにコートを持っていない点。学校や喫茶店に忘れてくるなどとはちょっと考え難い。屋内から一歩外に出ただけで意識させられるような気温なのだから。ならばどう考えるのが妥当かな。すぐそこまで暖房の効いた車で送って貰ったと僕は考えた。 ここまで来れば簡単だ。前者と後者を合わせれば、君は取り急ぎ家に寄っただけなのだと僕がそう推察しても不自然ではあるまい? つまり君にはこれから用事が有るのだから必然、家庭教師は中止だろう。 しかし、だ。ならば僕には事前連絡が有るべきでね。だが、それがない。これはどういう事かな、キョン。いや、君がそこまで薄情な人間ではないと僕は知っている。 君は家に寄った。これが何かを取りに来るためだろう。僕に連絡は無かった。つまり家庭教師中止だが――しかし、僕に用は有る」  ホームズ先生が一時的に降霊したんじゃないかってレベルの観察眼と推理だ。そこまでの思考をものの二、三秒で行ってしまえるこの親友ははっきり言って規格外。それも超が付くだろう。 「君が僕に火急の用と言えば、それはもう思い至るのは一つしかない。……キョン、実を言えば僕はずっと待っていたのかも」  ブーツを履いた少女はコートを翻してこっちを見、満足そうに、まるでどっかの傍迷惑な団長サマみたいに微笑んだ。 「――君の見ている世界は余りに楽しそうだから。子供みたいについ嫉妬してしまっていたんだ」  俺を先導して外へと出て行くソイツのショートコートのはためきは……笑うなよ、ドラクロワが描いた自由の女神の持つトリコロールの旗にとてもよく似ていた。 「悪いな、また巻き込んじまう」  背中に向けて投げた言葉は等速真逆のベクトルでもって投げ返される。 「ありがとう、また巻き込んでくれて」  キャッチボールの手本みたいなやり取りだと、なんとなくそう思った。 「やあ、どうも。ご無沙汰しています、佐々木さん」  律儀に車の外で待っていた古泉は、俺と佐々木の姿を認めるなり微笑んで後部座席のドアを開けた。コイツの天職はホテルのベルボーイで間違いないと俺が脳内で断言してしまえる程にその仕草は自然で、かつ洗練されている。  しかしながら、余りに違和感が無さ過ぎて促がされるままに車に乗り込むのを逆に躊躇っちまいそうな辺りは流石の超能力少年である。面目躍如とはこの事だな。いつもながら胡散臭いぞ、古泉。 「……リムジンは予想出来なかったな」  佐々木が苦笑する。分かる、その気持ちはよく分かるぞ。こう、俺たちみたいな庶民には靴のまま乗っていいものなのかどうかからまず説明して貰わなきゃならんよな。  戸惑う佐々木に先行させるのも悪い。レディファーストなんて時代遅れも良い所だしな。俺が乗り込むと佐々木もそこに続いた。対面に古泉が向かい合う形となる。全員が乗り込むと車はまた静かに動き出した。 「飲み物を出すのは止めておきましょうか。この街は坂が多いですし」  飲み物、冷蔵庫、果てはグラスまで有るのかよ。リムジン、マジでパねえな。 「それで、古泉くん」  佐々木は鋭い。勘というのもそうだが、それよりは何と言うか……鍛冶屋が削いで削いで削ぎまくったらいつの間にか刀が脇差になっちまってたって感じの鍛え抜かれた鋭さを持っている。 「僕は何をすればいい?」  そこに一切の無駄を排除しようとソイツが試みる時、会話は息を飲むほど美しい芸術品になる。理由も目的も状況説明も相手も人数も、何一つ聞く事無く。ただ自分の役割一つに的を絞ったその台詞がいの一番に口から出て来る佐々木を見て、聞いて、古泉が珍しくも驚きの表情を浮かべた。 「……怖いですね、貴女は」  恐らく少年も悟ったのだろう。佐々木という少女の特異性。っつーか、俺が見る限り古泉と佐々木は結構似通った部分が多いんだけども。説明好きなトコとか、推理能力の無駄な高さだとかな。この共通項が同病相哀れむとなるのか、はたまた同類嫌悪に転ぶのか、そんなんは知らん。 「それとも、余程信頼なさっておいでなのか。いえ、失礼。僕が口を出すことではありませんね」 「この車に乗るというのがそもそも信用を前提としているのだよ、古泉くん。普通ならば多少貞操の危険を感じるものさ」  言葉に反しておちょくるように言う佐々木。確かにそうだ。男三に女一。しかも黒塗りのリムジンと来れば、俺でも逃げるわ。女じゃないけど普通に黒のリムジンは怖い。しかしそれでも、まるでそんな事は取るに足らないとどこか超然とした佇まいから放たれるその皮肉に古泉が肩を竦めた。  メタリックブラックの放つ威圧感に指摘されるまで気付かなかったのは俺が非常識に散々慣らされているからだろうか。普通普遍の高校生からどんどん遊離していっているこの身に今更ながら溜息が零れる。やれやれ。 「それもそうです。配慮が足りず申し訳有りませんでした、佐々木さん。僕を信頼してこの車に乗ってくれているのはひとえに彼の友人だからですか?」 「八割といったところさ。キョンの眼は信用に値する。少なくとも僕の持ち物よりはずっと誠実で、実直だ」  本人の目の前でそういう事をよく言えるな。俺なら無理だぜ。赤面待った無し。 「残りの二割を聞いても?」 「分からない訳でもないだろう、古泉くん。君なら」 「ええ」  古泉は微笑んで肯定するが俺にはちっとも理解出来ない。俺の周囲きっての説明役が二人揃って説明を放棄とか、完全に蚊帳の外である。 「好奇心、でしょう?」  ……俺、帰っていいかな? 「先ほどのご質問、佐々木さんに僕が何を期待しているかですが――端的に言うならば『僕に出来ないこと』を求めています」 「なるほど。その発言内容には僕がかつて願望実現能力の器として橘さんたちに見初められたことも含まれていると、そう考えていいのかな」  苦笑する古泉と貼り付けたような笑みを崩さない佐々木。俺? 俺はなんか居ても居なくても同じようだったから窓の外を見てる訳だ。必要が有ればこっちに話しかけてくるだろうよ。俺の本番は長門のマンションについてから。それまでは精々ボタン同時押しで静かにゲージでも溜めておくさ。  先手必勝。開幕超必は俺の得意技だ。そうは言っても掌から火の玉とか出たりしないけどな、どっかの誰かと違って。 「一を聞いて、とはまさに貴女のために有るような言葉ですよ」 「褒め過ぎだよ。僕がわざわざ呼ばれるのにそれ以外の理由は思い付かないだけさ」 「ご謙遜を。とは言えそのように思われるのも無理ありませんか。何かしらの抑止力になって貰えるだろうとの、希望的観測が佐々木さんにご同行頂いた理由の一つですし」  抑止力、ねえ。何を佐々木に止めさせるつもりなのやら。多分コイツに出来るのは反論を封じるとか、その手の類だけだぞ。ま、俺にはそれすらも手に余るが。  ……俺の名誉のために言わせてもらう。これは決して俺が劣っているという話ではない。俺の周囲がなぜだかやたらめったらハイスペックなだけなんだ。 だから、みんなも相対的に人を評価するのは程々にしておこうな。人を無闇に傷付けるのは避けるべきだなんて俺が一々言わなくても分かるだろ? 「なにしろ、今回は願望実現能力の持ち主が相手のようなので。頼りにさせて頂きますよ、佐々木さん」 「やっぱりそういう事なんだね。正直、僕なんかで何が出来るのかという話だけれど、それでも僕以外に縋る藁も無いのだろう?」  溺れている割には爽やかオーラを振り撒いて止まないけどな、ソイツ。……って、今、なんだか聞き捨てならない発言が有ったぞ。巻き戻しと再生を要求する。ええい、誰かビデオデッキのリモコンを持てい! 「願望実現能力だと?」 「おや?」 「んん?」  佐々木と古泉が同時に俺の方へと視線を向ける。なんでだ? 俺は当然の疑問を口にしただけだぞ。 「ああ、失礼。そういえば貴方にはちゃんとご説明していませんでしたね」  説明が無いのは佐々木も同様のはずだが……いや、ホームズ先生にかかればそれこそ「こんな事も分からないのかい、ワトソン君」ってなモンなんだろう。 「長門さんの能力を犯人は一時的に制限した、という朝比奈さんの言は覚えていらっしゃいますか?」 「お前、俺のことを鶏か何かと勘違いしてないか」  よく見てみろ、鶏冠(トサカ)なんてどっこにも付いてないっつーの。嘴もな。 「覚えてるよ」 「でしたら、その時点で犯人像をある程度絞れる事もお分かりになられますね。長門さんにそんな事が出来る存在はそう多くない。僕ら超能力者は無論、遥かに高度な科学技術を持っているてあろう未来人にすら無理でしょう。  出来るとすれば長門さんの統括である情報統合思念体、もしくは敵対存在ともいえる天蓋領域……後は涼宮さんくらいのものです。いえ、より正確に言うならば――願望実現能力。情報操作能力の上位に位置している『それ』」 「なんだかパソコンのアクセス権限みたいな言い方だな」 「その例えでおおよそ正しい捕らえ方かと。と言いますか、その捕らえ方が恐らく現代地球人類による理解の限界でしょうね。長門さん達の情報操作能力をゲストアカウントとすれば涼宮さんの願望実現能力はアドミニストレータ権限に相当するでしょう。掌上の孫悟空ですよ。ヒエラルキーを考えれば制限を掛けるのもきっと朝飯前です」  だったら去年の十二月の一件はパスワード漏洩、もしくはハッキングだな。それがどうしたって訳じゃあないが。身近な例に置き換えるってのは理解を促がすと同時に本質を見逃し易くもなるらしいし……誰が言ってたんだっけな。まあ、いいか。 「でもよ、古泉。その選択肢からなら天蓋領域……周防九曜が暗躍してるってのが俺には一番有りそうな話に聞こえるぜ。お前がハルヒの仕業だって考える根拠はなんだ?」  まさかあの馬鹿、十二月恒例行事か何かと勘違いして、またシステムログインパスワードをクラックされたんじゃないだろうな。 「いいえ、誰も涼宮さんの仕業だなんて言っていませんよ。それに、その線は朝比奈さんに否定されたばかりじゃないですか。そうではなくて、ですね」  超能力者が珍しく言い淀む。代わりとばかりに口を開いたのは佐々木だ。 「涼宮さん以外の願望実現能力の持ち主の出現、だね。詳しい事は僕にはよく分からないが、多分古泉くんの予想はこんな所ではないのかな?」 「……流石です」  その三点リーダに含まれた意味を五十文字以内で答えなさい。いや、誰かマジで今すぐここに飛んできて解説頼む。 「……ん?」  首を捻って、佐々木の発言を咀嚼して反芻して。  ハルヒ以外の。  願望実現能力の。  持ち主の。  っておい、大事件じゃねえか!! あんなヤツがもう一人とかマジで洒落になってねえんですけど!! 「あの、すいません。世界の終わりとか十日程前から僕は言っていた気がしますが、それはずっと貴方の中で洒落になっていたのでしょうか?」  あ、ヤベ。古泉、もしかしてちょっと怒ってる? 「……まあ、いいです。貴方の危惧はどうやら正しく的を射ているようですから。神様が二人居る。ご想像通り、これはちょっとした恐怖ですよ」  確かにハルヒが二人居たら世界が終わる。正確には俺の人生が終わる。俺の人生と書いてセカイとルビを振るのは、これは言わなくてもご理解頂けるだろう。過労死が本気で心配になってきた。今の内に生命保険に入っておくべきか。 「おい、佐々木。未成年って生命保険に入れるのかな?」 「早々に諦めないでくれよ、キョン」  冗談だ。緊迫した空気を和ませようと俺なりに考えた末の自嘲系卑屈ギャグだ。そんな冷ややかな眼を向けるんじゃなくって、我慢とかせず笑ってくれていいんだぞ。 「ところでお二人は二神教の宗教と言えば何を想像されますか?」 「あー、悪い。ウチは仏教だ。宗派とか知らんが、特に問題は無いし不自由も感じてない」  そんなんだから宗教に余り興味は無い事は言わんでも察しろ。 「パッと思いつくのはゾロアスタ、かな。ただ、あれも善悪二元論である他の一神教と何が違うと言われたら解答に窮する程度の知識しかない」  ゾロアスタ教ってのはアフラマズダって神様とアンリマユって神様の争いを軸としたペルシャの宗教だ。確かに二神教と言えない事も無いのだが、良い方の神様が最後には勝つぞって明言されている事から一神教と言われる事も多い。  その辺りはキリスト教とか仏教なんかも一緒で、所変われどホモサピエンスカテゴリ、良い神様と悪い神様が争うのは朝比奈さん的に言うところの規定事項なんだろうな。孫悟空の強さを分かり易く読者に教えるためのヤムチャが主役であってたまるかとか言われたら、俺は世間の世知辛さに涙を流す以外に悲しみを昇華する術を知らない。  話が脱線した。 「十分です、佐々木さん。世界に一神教と多神教は蔓延れど二神教は存在せず。僕が言いたかったのはそこですから。主神は一人であるべきなんです、世界のためにも」 「僕に当てこすっているのかい?」  佐々木の台詞が無ければ古泉が含ませた皮肉にも俺は気付けなかった。四月の件を古泉が根に持っているとは思ってはいない。この副団長はそこまで暗澹とした性格でもないからな。  だが、職務意識には忠実なコイツとしては牽制球くらい投げなければならないのだろう。運転席には新川さんも居る。機関のリムジンとなれば会話の録音をされていたって不思議じゃない。にしたって、そんなので一々雰囲気を悪くされては堪らないしな。  ……仕方ない。フォローを口にしようとした俺――を古泉は視線でもって止めた。 「少し。お気に障ったのならば謝ります、すみません」 「いいさ、気にしていない。振り返れば僕にも非は有る。そのつもりはさらさら無かったとは言え、第三者に誤解を招くような行動を取ったのは事実だし」  確かに、あの頃の佐々木がただの恋愛相談を目的としていたなんざお釈迦様でも気付けないしなあ。 「そう言って頂けると助かります。話を戻しますが」 「ああ、頼む。俺としちゃハルヒ二号が現れたって悪夢にお前が思い至った根拠を聞いておきたい」  いや、語呂的に二号じゃなくて二世の方が良かっただろうか。でも、それだと常時寝癖の超能力者っぽいしなあ。 「消去法でそれしか考えられないからです。この考え方ならば僕が願望実現能力の発露を感知した点にも納得がいきますし、割に合理的な解だと考えますが」 「犯人が九曜さんではないとするのはなぜだい?」  佐々木の質問に古泉はさらりと、 「彼女には世界を崩壊させる理由が有りませんから」  ……そうだったか? 結構、危ういレベルでしでかしやがった気がするけども。 「よく思い出してください。四月の事件では変化と観察をその目的としていました。つまり、彼女たち天蓋領域は方法を別としてスタンスは情報統合思念体に非常に近しいと言えるでしょう。崩壊は本意ではない、そう考えます」  そう言われたところでなぜか釈然としないのは四月の事件で結局、周防九曜が何をやろうとしていたのかが俺にはよく分かっていないからだろう。いけ好かない未来人、藤原に力を貸してハルヒを危険な目に遭わせてまで果たしてアイツは何がしたかったのか。  これはきっと本人にしか分からず、そして本人の口から聞いてもきっと俺には分からない。宇宙人と分かり合うなんてのは只の一般人には荷が重い話さ。  ――宇宙人とは分かり合えない。当たり前だ。当然だ。  けど、長門は――長門有希は違う。宇宙人だけど――言ってることはたまに、いや、結構意味分かんねえけど。  それでもアイツとなら分かり合えそうな希望を、俺は出会ってからずっと持ってる。  ずっとずっと持ち続けている。  アイツはそこが違うんだ。他の宇宙人とは決定的に。無口で無表情で本ばっか読んでて会話は続かなくて。必要最低限の業務連絡くらいしか能動的に喋りゃしないし、問い質さなきゃ厄介事を全部一人で背負い込もうとするし。  なんだよ……なんだよ、それ。すっげえ人間臭いじゃん、アイツ。 「なるほどね」  佐々木が苦笑する。 「崩壊は九曜さんの本意ではない。そして、それが今回の黒幕候補から彼女が除外される理由となる訳で。いやいや、何が起こっているのかよく分かっていないままに手を貸す事を決めたのは僕だが、それにしてもとんだ大事に巻き込んでくれたものだよ」  少女は言って俺の方を向く。その目は言葉とは裏腹に隠し切れない好奇心を湛えていた。お気に召したようで何よりだ。 「今度は世界崩壊の危機だなんて。君たちは毎度毎度スケールが大き過ぎて逆に笑えてくる」  くつくつと、喉の奥でくぐもるように笑うその姿は不敵。ああ、やっぱりだ。やっぱりコイツも類友で、朱に交わったら赤くなって、そんでもってこの状況を楽しめる側の人間だった。古泉が目を細める。 「残念ながら笑い事ではありませんよ、佐々木さん。僕たちはエラく、マジです」 「これは失礼」  おい、そのマジになってる「僕たち」とやらにいつの間にか俺も含まれているんじゃないだろうな。本気になるのが格好悪いとか捻くれた現代っ子思想を曝け出そうとしているってんでもねーけど、それにしたってこう、なんだ。 「違いますか?」 「悪いな。正直、心境を言わせて貰えば今回は微妙だ。力の入れ方がよく分からんっつーか、なんか空回りさせられちまってる感じでな」  会話パートはもうそろそろお開きだろう。窓の外を見て気を引き締める。  長門のマンションはもう程近い。車が停まったら新川さんへの礼もそこそこに脚が跳び出していくだろう事は想像に難くなかった。十七年連れ添ってきた身体なんだ。助けようと。助けたいと。芯から熱を持って疼いているのは誰よりも俺がよく知ってる。  今行くからな、長門。 「空回りと、申しますと」 「分かってんだろ。実害、ってのがここまで一度として無いんだよ。だから世界の危機だなんだ言われても俺には実感が薄い。お前ら超能力者はハルヒの力が動いているって肌で理解してんのかも知んねーし、それで警戒態勢スイッチ入っちまってるんだろうが」  超能力者じゃない、未来人じゃない、宇宙人じゃない、神様じゃない俺は本来なら場違いだ。ワールドワイドかつハリウッドスケールなヒーロー&ヒロインものじゃ、画面にだって映れやしない。そんな事は分かっている。 「俺は違う」  子供の頃、憧れたヒーローは嘘っぱち。そう知っちまった。だから、そういうのじゃない。そんな大それたモンはもう求めちゃいない。 「世界とかそんなモンは知ったことか。長門(トモダチ)がなんかちょっとヤバそうだから俺は学校帰りに様子を見に行くだけだ」  それでいい。それくらいでいいんだ、俺は。 「その結果として、たまたま世界を救っちまったりするかも知れんがそりゃ二次的なモンで、副産物で」  だから、そんな重過ぎるモンの責任は持てない。 「……はあ、僕らのヒーローは捻くれ者で困ります」  誰がヒーローだ、誰が。しみじみと溜息を吐くな力無く首を振るなお手上げのポーズを取るな。佐々木もこっちを見て意味深に微笑むんじゃない。言いたい事が有るなら言ったらいいだろうが。  一頻りして、古泉は顔を上げた。 「でも、貴方はそれでいいんですよ。貴方の正しさは僕が、そして機関が保障します。世界はこっちで担当しましょう。超能力者には超能力者の役割が有るんです。ですから貴方は――僕は貴方に、」  車はゆっくりと速度を落とす。ようやく長門のマンション前に到着だ。ドアノブに手を掛けて今か今かと車の停止を待つ俺に副団長は言った。 「僕の大切な友人を託しても?」 「当たり前だ」  後な、ソイツは「僕の」じゃない。「僕らの」だ。そこんとこ間違えんな。  ってな訳で話は決まった。なら、行こう。今すぐ走り出したい気持ちをマグマみたいに腹の底に据えてエネルギィに。常識的な展開に手を振って推進力にして。SOS団プロデュース、非常識でご都合主義なドタバタ活劇を始めようじゃないか。  佐々木が背後で嘆息する。 「……やれやれ」  悪い。もしもこの世界がテレビドラマなら、オープニングを入れるのはやっぱりこのタイミングだったわ。 13,タイムパラドックス あるいは 涼宮ハルヒの激励  さて、プロローグにしては長過ぎるが、しかし以上の事は本当にプロローグに過ぎなかった。  本題はここから、この突入から始まる。本当は十日ほど前から始まっていたのかも知れないが、そこんとこはどうでもいい。  二十数年後、山から吹き降ろす風があらゆる全てを焼き尽くすような八月某日、「彼女」を絶望という名の暗い海へ、恐怖と言う名の奈落の底へ突き落とす事が起きたのだ。  ――あらかじめ言っておく。  ソイツは誰もちっとも悪くないことだった。

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