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「水晶の夜⑨」(2020/03/07 (土) 01:28:45) の最新版変更点
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<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、朝比奈さんの家を知ってる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「知りません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">教えてくれるわけもないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉君の家を知ってる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「知りません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">知りたくもないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの子の自宅は？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「知りません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは極端に自分のプライベートをおれに話したがらない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">知っているのはハカセくんの家庭教師をやっていることくらいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この時計でさえおれの自宅に郵送されてきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門さんの家は？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「よく知ってます。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">よくＳＯＳ団で集まる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">というより、ハルヒよりおれの方があそこに上がったのは早かった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君に見つけてほしくないんだったら、そんなところにいるわけないじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかりやすいって言うんだったら、おれの家にいたほうがはるかにわかりやすい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うちの家族だったらどんな時でもあいつを上げるだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの子がものすごく臆病なことは知ってるはずよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">根本的な所から言わなきゃならないようだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「『わたしはここにいる』っていうのは、『わたしはここから動かない』っていう意味なんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わからなかったらどんなに楽だったろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あれはあいつからのはっきりとした拒絶の言葉。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここから動かないから何をしても無駄だという意味。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからあのメッセージを受け取った後、長門の家に向かうことができなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話をかけることさえできなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
古泉に言われて電話をかけたが、あいつが世界を捨てようとしたのをおれが救ったというのも勘違いじゃないだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今日、「ここにいる」という言葉は全てそのニュアンスで使われている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門に言った「おまえがここにいる」。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門が言った「あなたがそこにいた」。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門が言った「あなたがここにいる」。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全て「そこに当然存在する」という意味だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何よりもあいつ自身が「おれはここにいる」に対して「そこを動くな」と返してきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そういう意味じゃなきゃいけないんです。あいつが『会いに来てほしい』と願ったなんて絶対におれは信じません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが願えば必ず叶う。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはそう信じているんじゃなくて、知っているんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの力について、ある程度話してもいいだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今更だし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはかつて、全宇宙に向かってあのメッセージを発信しました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">仮に、仮にですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが『わたしはさびしい。さびしいから誰か会いに来て』と願ったなら…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰か会いに来るはずじゃないですか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰もあいつに会いに来なかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの前に誰もあらわれなかった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなバカなことがあるか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「長門や朝比奈さん、古泉にあいつが会うことができたのは、それから三年近く経ってからです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それまでずっとあいつがひとりぼっちに耐えていたなんて、おれは信じません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長ほかが急に戸惑ったような顔をした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どうでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">知るか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だからあいつはあの時、『わたしはここから動かない。誰が来てもここから動かない。さびしくなんかないから。』と全宇宙に宣言したんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはそう信じています。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだか気まずい沈黙になっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何も知らないで他人の秘密に踏み込んでいくからそういうことになるんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もういい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっき脅かしておいたから、他にもらすことはないだろうし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">徹底的に言ってやる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あの時、あいつにおれが声をかける前、なんだか寂しそうに見えたのは……、きっと見間違いです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだ見間違いだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おれがあいつと一緒に……、あのメッセージを書き上げてやった後は、あいつは満足そうにトコトコ帰っていきました。これは絶対に見間違いじゃありません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ほとんどあいつは仕事をせずに、全部おれがやらされたことは言わない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言ってたまるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あの『わたしはここにいる』というメッセージを発信して帰ったあと…、帰り道のあいつに『おれのことをよろしく』と声をかけた時には、あいつは怒ったような顔をしていましたが…、本当に不機嫌だったんじゃないことがおれにはわかったんです…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスを」は言わない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時でさえ恥ずかしかったんだから。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……なんだかまた空気が変わった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">最初にキョトンとしたような顔。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">次に呆然としたような顔。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">次に信じられないものを見たような顔。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これを各段階で全員が一斉にしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり電波か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「繰り返します。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは『さびしいから会いに来て』なんて願ってないんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あれは『ここから動かない。どんなことがあってもわたしはわたし。さびしくなんかない』っていう決意表明なんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが願ったら、誰かが会いにくるはずです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど織り姫も彦星も、宇宙人も、あいつに会いに来ませんでした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こんなことを言ったら本当に救急車を呼ばれるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">常識的に考えて、宇宙人が会いに来るなんてあり得ないし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつに誰も会いに来なかったことはおれがいちばんよく知っています。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「織り姫と彦星、七夕……、笹の葉じゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことはわかっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">話の腰を折らないでほしいんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰も来なかったことをおれは知っています。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なぜならあの夜おれは、あいつと一緒に星空を見上げていたんですから！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの空から誰も来なかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの星たちは水晶のようにきれいだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれは、ハルヒを受け入れてはくれなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たまらなく美しくありながら、一つ一つが見る者を拒絶していた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">つめたい光。拒絶から絶望へといざなうきらめき。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あれこそが水晶の夜だったんだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どっかと腰を下ろした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「全てを拒絶し、全てに拒絶された少女。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少なくともそう思いこんでいた、思いこまされていた少女。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなあいつのたった一つの願いが叶わなかったなんておれは信じません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
自分のいるところの外にも世界があると信じたあいつの、一縷の望みが叶わなかったなんておれは信じません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">闇に閉ざされた少女の必死の祈りが届かなかったなんておれは信じません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつはさびしくなんかなかったんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰かに会いに来て、なんて祈らなかったんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぽろりと涙が落ちた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「暗く冷たいところにいたあいつにせめて、一筋の光が差し込んでこなかっただなんて……、おれは信じません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だってそれじゃあ、あいつがあまりにもかわいそ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ガンッ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「かわいそうなのは君の頭よ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり認知症なの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自己陶酔はけっこうだけど、周りを不愉快にするなって言ったでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">モノサシで殴るのはやめて下さい…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そこはさっき長門に殴られてコブになってるんですが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、あいつの願いが叶わなかったと思うんですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでそんなバカなこと信じなきゃいけないのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの子の願いが叶わなかったなんて誰が信じるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ここにいる全員が…、あの子の願いが完璧な形で叶ったことを知っているわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰があいつの願いを叶えてやったんだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり……、古泉だろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの後ハルヒは、古泉に会ったんだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もし…、あいつの願いを叶えた奴に会ったら…、やさしくしてあげて下さい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自販機のコーヒーでも奢って下さい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれが奢らなくてもいいなら節約になる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぶん殴ってやるわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「店長……、もう殴ってますけど。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰が一発だって言ったのよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「すでに二発殴ってますけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何でそいつはいいことをしたはずなのに殴られるんですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉を殴る気か？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">止めないけど。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だって、あまりにもバカだから！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">下手に頭が切れるぶん、余計に腹が立つわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店員と言い争い？をしていた店長さんがこっちに向き直った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君はさっきあの子の君のいない三年間がさびしくなかったと信じさせたとか言ってたけどね…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ジョン・スミスか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつはハルヒに「宇宙人、未来人、超能力者はいる」という情報を与えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">経典宗教と同じだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聖書は聖書そのものじゃなくそこに書かれている情報が意味を持つ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本自体を神聖視したら偶像崇拝になってしまう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ハルヒにとって重要だったのはジョン・スミスそのものじゃなく、彼から与えられた「情報」なんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それが長門、朝比奈さん、古泉を呼び寄せた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その情報を温めていた間はさびしくなかったと信じさせることができた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君はそう信じさせたりしてないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なるほど、おれにそんな影響力があるはずがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君はあの子に、さびしくなかったと信じさせたんじゃなくて……、思い出させたのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何はともあれ、あいつの願いが叶ったんなら……、それでいいです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おれは、おれのいない三年間、あいつが孤独だったら良かったと願っていたのかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">恥ずかしい話だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">幸いなことに、どうやらそうではないらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ただ、それをさせたのがジョン・スミスじゃなくて古泉だということだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれは今日、ハルヒに三年前に古泉に会ったことを思い出させた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それによってハルヒに自分が孤独だったわけじゃないことを思い出させた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉は自分がハルヒにとって何なのかをすでに三年前に知っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">知っていたからこそ接触することができた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれに不満がないわけじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつをニトログリセリンとして扱っていたことは気に入らない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつはニトロなんかじゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">不発弾だったんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつまでも誰にも触らせないようにするべきじゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつまでもあいつの周りを立ち入り禁止にするべきじゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そんなことをしたからあいつは自分が孤独だったわけでもないのに、孤独だと思い込んでしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そう思い込まされていたんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">不発弾ならば、多少時間をかけてでも丁寧に信管を取り外してやればいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それだけのことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君がやったように？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれにはそういうやり方しかできなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつに対して腫れ物に触るみたいな距離を取ってから接触するということがどうしてもできませんでした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそのやり方が結果的にはハルヒにとって最善だったと信じています。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉もそうするべきだった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、古泉君のやり方ができた？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今、できないと言った筈ですが。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だったら、君のやり方が古泉君にできたと思うの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「できたはずです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ものすごく不愉快な答えが返ってきそうな気がするけど、一応聞いてみるわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何で？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれにできたことが古泉にできないわけがない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、何で君にできたなら古泉君にもできたと思うわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それをおれの口から言わせようというのかこの人は。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">悪趣味だな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはハルヒの気持ちがおれなんかよりも古泉に向か」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ガンッ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱり最後まで聞くと不愉快になりそうだったから殴らせてもらったわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">頭と心が痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どちらかというと心が痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ウソね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門さんは君の心にかすり傷さえつけさせないって言ってたけど、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここにいる全員がよってたかっても君を傷つけることなんてできない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">残念だけどね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君が女に自分のことを言われてキレるようなせこい男じゃないことはわかっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれが原因じゃないわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君は誰もがほしくてたまらない物を最初から持っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君の言い方を借りれば、神様から徹底的にエコヒイキされている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">神様はおれを虐待しているが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と言えばさらにめんどくさくなりそうなので黙っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君みたいな幸せな男を、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">持てる者を持たざる者が傷つけるなんてできないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">モテるのはおれじゃなくて古泉のほうです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、『上からの演繹』って知ってる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">佐々木がそんなことを言ってたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「判断材料から結論を出すんじゃなくて、結論をあらかじめ設定してしまい、その結論に合うように判断材料である事実の方を捻じ曲げてしまうことですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言葉だけ知ってても意味がないっていう典型ね、君は。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何が始まってもいないのに終わってしまった、よ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">物語ならとっくに始まってるじゃないの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">三年前の七夕、最高ののシチュエーションで始まったじゃないの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかも、絶賛進行中じゃないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつと古泉のドラマがどんな風に始まったか、おれは知らない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">知るつもりはない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどこれだけは言える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉はもう、あいつをニトロみたいに扱うべきじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼女として扱うべきだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
自分が相手に好意を持ち、相手から好意を受けていることがわかった以上は何らかの決断をするべきだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「たから決断をしなさいって言ってるでしょ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君の仕事はあの子の不安を根本から取り除くことなわけね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もうあの子の不安は相当程度取り除かれている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それが君の功績だと認めるのにはやぶさかでないわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの子の、君を見る時のキラキラした目を見れば誰にだってわかるもの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だけどね、あの子が必死に握りしめている命綱に対してさえも突っ張った態度しかとれないのは、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もうご両親に対する不安からじゃないわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君に対する不安よ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あの子をめんどくさい奴だとか言ってるけど、あの子をめんどくさくさせているのは君自身よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門も今日はめんどくさかったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門さんに対してはあれでいいわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">丁寧に伏線を張ってから一気にたたみ掛ける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あれ以上はないってくらいに完璧だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどハルヒちゃんには、もうそんな段階じゃないでしょう！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君がのんびりと前置きしている間に、あの子はどんどん不安になる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">シュリーフェン・プランだとか釣り野伏せだとか…、君のやり方はまだるっこしいのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">作戦っていうものはねえ、もっとザックリしてなきゃいけないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">津野田是重みたいなことを言う人だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰かが言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「店長のやり方ですね…、常に攻めの経営。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これに関しては誰にも文句は言わせないわよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わたしは常にこの方法で勝ってきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">次に何をするべきかわからない時は、とにかく全速力で敵艦隊に突入するのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度はネルソンだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それとも桜井規矩之左右か？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの子の不安を完全に取り除くものすごく簡単な方法を教えてあげるわ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">アレやりなさい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">アレ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えーと、あれとは……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「アレって言ったら決まってるでしょう！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かつて世界を失いかけた少女に全てを取り戻させた、問答無用の反則技よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつにだって尊厳があるでしょう！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">できればやらずに済ませたいんです！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから反則技なんです！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから今日もそれだけは使わずになんとかまとめました！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君は女の尊厳ってものを根本的なところではき違えているみたいね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おれはかつて、あっちの世界に行こうとしていたあいつの手首をひっつかんで、無理やりこちらに引きずり帰しました！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんな強引な方法しかなかったのかと今でも思ってます！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどあの時は、それしかなかったんです！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君、あの子が本当は、自分が特別に扱われるんなら多少乱暴にされてもいいと思ってることを知ってるはずよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからそれをやるのはおれじゃなくて、もう一人の男です！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もうあいつの名前を言うのはいやだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、そんなことを言ってると、今度こそ後ろから刺されるわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門はもうそんなことはしません！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門さんじゃないわ、ハルヒちゃんよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはおれを殺しませんよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうかしらね……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「世界六十億人を殺しても、あいつはおれだけは殺さないんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分の両親を含めて、世界中の全ての人間を殺す。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
人間だけでなく、山も海も花も草木も、そこに転がっている石ころさえも、すべて否定するっていうことです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">世界を捨てるっていうのはそういうことです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なるほど……、それでもあの子が君だけを殺さないのはなぜ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「原因なんか知りませんよ。おれが知っているのは結果だけで」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ガンッ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">コブになっているところを狙ってるでしょう…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">モノサシで語るのはやめて下さい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「メジャーで語ってあげようかしら…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">えーと？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これを君の首に二重にまわしてキュッと…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">死にたくないです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの反則技…、それをすればあの子が言うことをきくだろうと思ったのはなぜ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
これはあの子の気持ちじゃなくて君がどう思ったかを聞いているんだから、ごまかさずに答えなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「えーとですね。これも原因は知りませんが、あいつはどうやら肩にトラウマがあるみたいです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">他人のトラウマを利用するのはいいことじゃないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「肩もみでもするっていうこと？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いえ、座ってる時のことじゃありません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきも言いましたが、あいつは常におれの前に立つんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君はさっき、車道側に立つって言ってたわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「車道側の後ろに立ちます。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
真横からの暴走車両には対応できませんが、斜め後方から来たら、おれが先にはねられることができます。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どっちにしろ、どこから来るかはわかりませんから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこから来るかわからないから暴走車両なんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あれ？ あいつは絶対に事故に遭わないんだったかな？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの子が常に、無防備な背中を君に晒しているのは？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">座っている時はおれの背中の方が無防備なんだけどな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門はああ言ったが、おれがあいつを襲うわけがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ただの安心感ですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「『ただの』だの『程度』だの『だけ』だの言うんじゃないわよ。うっとうしいわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">立ち上がってマネキンに正対し、両肩をぐっと摑んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">マネキンの顔をじっと見つめながら言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはこうされると、誰の言うことでも聞くんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話じゃなかったらこうしてたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">楽だし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰の言うことでもっていうのは…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれの言うことでさえ何でも聞くからで」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ガンッ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからモノサシは…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「メジャーじゃないだけ感謝しなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ありがとうと言ったらまた殴られるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっき長門にそうされたし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「切れるはずがないものを切れる心配をしているのは君も同じよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">せめて告白すべきよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それであの子との縁が切れてしまうのを心配してるわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違いますよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことをしたらあいつを傷つけるだけです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今日の混乱は全てここに起因しています。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「告白されて傷つくって意味がわからないけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何を言ってるんですか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「女ってのはけっこう『格』ってやつにこだわる！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長にではなく、店全体を見回しながら言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それを受けるにしろ受けないにしろ、自分に告白してくる男が周りの女たちにどれだけ評価されているかによって自然に自分の格が決まるような気がする。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女は自分のために、着飾る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鏡を見るために、着飾る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして他の女に見せるために、着飾る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ほとんど女にしか価値がわからない衣服が商品として通用し、こういう女しか来ない店に需要があるのはそのためだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
女は、その被差別意識から男に対する時は連帯するが、その内部は決して一枚岩ではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女集団のヒエラルキーがある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかもそのカーストは決して性差のような絶対的なものではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この子にはかなわない、この子よりはマシと、それぞれの位置で思っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから美人と不美人の階級闘争など起こりようがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
谷口が女にもてないのは、女たちが密かに、自分の心の内だけでやっていることを「表現」してしまうからだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから、谷口がバカにされているのは自業自得なんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうでなきゃいけない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これだけは予定されたものであってはならない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
アニメやマンガじゃあるまいし、主人公にバカにされるためだけが役割のキャラクターを造形する神様など、おれは認めない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無論女たちだって、男が自分たちを格付けしているだろうことはわかっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しかしそれを公表されれば、自分たちがやっている後ろめたいことを異性にえぐられているような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">谷口に褒められても誰も喜ばないのはそのためだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ここに入ってきてはっきりとわかりましたがね、何でこんな美人とサエない男が一緒にいるんだとみなさん思ったでしょう？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに多くの女たちが目を伏せた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この二人が彼氏彼女の関係であるはずがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうであったらあの娘は大したことはないと思いませんでしたか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">みんな居心地悪そうな顔をしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど絶対にお互いに目を合わせようとはしない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからあの後すぐに思ったんですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なぜこれだけ女たちがいるところであんな、ウェディングドレスを着ておれの隣に立ってほしいなんて言ってしまったんだろうって。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もちろんすぐに気がつきましたよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
二人だけの時ならともかく、多くの同性がいるところでこんなことを言ったら、あいつの挌を下げるだけだって。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつを傷つけることにしかならないって。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今日大騒ぎをしてフォローしなくちゃならなかったのはね、結局はこれが原因です。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれの心ない一言によって、あいつを傷つけてしまったからです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかし決して目を伏せようとしない女が一人いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「たしかに、ここに入ってきた時の君をナメていたのはわたしを含めてみんなそうよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君が試着室の前であの子に『似合ってるぞ』って言うまではね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門さんとの会話を聞くまでは、ここまでスゴい男だとは思わなかったけど。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれにとってはどうでもいいことですけどね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつものことだし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうね、君にとってはどうでもいいこと。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君は本心からわたしたちなんかにどう思われてもかまわないと思っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君は涼宮ハルヒと他の女をはっきり区別している。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど、最初にそれをしないと宣言していたのに、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここにきてあの子を一般論の女に当てはめるのはどうしてなの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんであの子も他の女と似たような考えをすると思うの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはですね、奴が………」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わざとニヤリと笑ってみせた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今日初めて笑えたような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……女の中の女だからですよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いい意味でも悪い意味でも。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「女の中の女みたいなあの子を……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんもニヤリと笑った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そっこらへんの下らない女どもといっしょにするんじゃないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">バッシーン！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何だ？ 平手打ちされた？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに顔を手で殴られるのは傷つくぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんて思ってる暇はなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">髪をつかまれて顔を腰の辺りまで引っ張り下げられた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「痛いですよ、ちょっと！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いくらなんでも今のは我慢できないわ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">みんな、あとはお願いね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君は事務所まで来なさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">髪をつかまれたまま階段を連行された。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">事務所の床に正座させられた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女を馬鹿にしているのか、と言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">していないと答えたら、だったら告白しろと言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">フラれるのはいやだと答えたら、やっぱり本音はそれかと言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「背水の陣」という言葉を知らないのかと言われたので、井陘の戦いにおける韓信の戦術について出典からくわしく説明しようとしたら殴られた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
溺れるのはいやだ、玉砕するのはいやだと言ったら、もし玉砕したらこの場で裸踊りをしてやると言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなものは見たくないと言ったらまた殴られた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒのなら踊っていなくても見たいと言ったらまず告白しろと言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
攻撃は最大の防御という言葉を知らないのかと言われ、今日はとりあえず負けではないのでそこまでしなくていいと答えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
すると「あの子を絶対に逃げられないようにしておきながら常に自分は退路を確保しようとするのは卑怯だ」と言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「勝ったら逃げる、負けたら粘る」が軍事学のセオリーだと言ったら開き直るなと殴られた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「どうせあいつから逃げられるわけがないんだから、おれとしては追いつめられるのを待っていればいい」と本音を言ったら頭突きまでされた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ようやくやってきたハルヒがおれの顔を見て「誰にやられたんだ、あたしの前に連れて来い」と大騒ぎを始めた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「階段から落ちた」と言ったら、「あたしをまたあんな目に遭わせる気か」とハルヒにまで殴られた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれにトラウマが増えた。</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、朝比奈さんの家を知ってる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「知りません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">教えてくれるわけもないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉君の家を知ってる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「知りません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">知りたくもないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの子の自宅は？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「知りません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは極端に自分のプライベートをおれに話したがらない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">知っているのはハカセくんの家庭教師をやっていることくらいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この時計でさえおれの自宅に郵送されてきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門さんの家は？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「よく知ってます。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">よくＳＯＳ団で集まる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">というより、ハルヒよりおれの方があそこに上がったのは早かった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君に見つけてほしくないんだったら、そんなところにいるわけないじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかりやすいって言うんだったら、おれの家にいたほうがはるかにわかりやすい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うちの家族だったらどんな時でもあいつを上げるだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの子がものすごく臆病なことは知ってるはずよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">根本的な所から言わなきゃならないようだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「『わたしはここにいる』っていうのは、『わたしはここから動かない』っていう意味なんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わからなかったらどんなに楽だったろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あれはあいつからのはっきりとした拒絶の言葉。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここから動かないから何をしても無駄だという意味。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからあのメッセージを受け取った後、長門の家に向かうことができなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話をかけることさえできなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
古泉に言われて電話をかけたが、あいつが世界を捨てようとしたのをおれが救ったというのも勘違いじゃないだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今日、「ここにいる」という言葉は全てそのニュアンスで使われている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門に言った「おまえがここにいる」。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門が言った「あなたがそこにいた」。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門が言った「あなたがここにいる」。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全て「そこに当然存在する」という意味だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何よりもあいつ自身が「おれはここにいる」に対して「そこを動くな」と返してきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そういう意味じゃなきゃいけないんです。あいつが『会いに来てほしい』と願ったなんて絶対におれは信じません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが願えば必ず叶う。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはそう信じているんじゃなくて、知っているんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの力について、ある程度話してもいいだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今更だし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはかつて、全宇宙に向かってあのメッセージを発信しました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">仮に、仮にですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが『わたしはさびしい。さびしいから誰か会いに来て』と願ったなら…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰か会いに来るはずじゃないですか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰もあいつに会いに来なかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの前に誰もあらわれなかった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなバカなことがあるか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「長門や朝比奈さん、古泉にあいつが会うことができたのは、それから三年近く経ってからです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それまでずっとあいつがひとりぼっちに耐えていたなんて、おれは信じません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長ほかが急に戸惑ったような顔をした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どうでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">知るか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だからあいつはあの時、『わたしはここから動かない。誰が来てもここから動かない。さびしくなんかないから。』と全宇宙に宣言したんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはそう信じています。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだか気まずい沈黙になっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何も知らないで他人の秘密に踏み込んでいくからそういうことになるんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もういい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっき脅かしておいたから、他にもらすことはないだろうし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">徹底的に言ってやる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あの時、あいつにおれが声をかける前、なんだか寂しそうに見えたのは……、きっと見間違いです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだ見間違いだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おれがあいつと一緒に……、あのメッセージを書き上げてやった後は、あいつは満足そうにトコトコ帰っていきました。これは絶対に見間違いじゃありません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ほとんどあいつは仕事をせずに、全部おれがやらされたことは言わない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言ってたまるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あの『わたしはここにいる』というメッセージを発信して帰ったあと…、帰り道のあいつに『おれのことをよろしく』と声をかけた時には、あいつは怒ったような顔をしていましたが…、本当に不機嫌だったんじゃないことがおれにはわかったんです…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「世界を大いに盛り上げるためのジョン・スミスを」は言わない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時でさえ恥ずかしかったんだから。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……なんだかまた空気が変わった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">最初にキョトンとしたような顔。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">次に呆然としたような顔。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">次に信じられないものを見たような顔。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これを各段階で全員が一斉にしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり電波か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「繰り返します。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは『さびしいから会いに来て』なんて願ってないんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あれは『ここから動かない。どんなことがあってもわたしはわたし。さびしくなんかない』っていう決意表明なんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが願ったら、誰かが会いにくるはずです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど織り姫も彦星も、宇宙人も、あいつに会いに来ませんでした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こんなことを言ったら本当に救急車を呼ばれるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">常識的に考えて、宇宙人が会いに来るなんてあり得ないし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつに誰も会いに来なかったことはおれがいちばんよく知っています。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「織り姫と彦星、七夕……、笹の葉じゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことはわかっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">話の腰を折らないでほしいんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰も来なかったことをおれは知っています。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なぜならあの夜おれは、あいつと一緒に星空を見上げていたんですから！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの空から誰も来なかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの星たちは水晶のようにきれいだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれは、ハルヒを受け入れてはくれなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たまらなく美しくありながら、一つ一つが見る者を拒絶していた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">つめたい光。拒絶から絶望へといざなうきらめき。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あれこそが水晶の夜だったんだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どっかと腰を下ろした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「全てを拒絶し、全てに拒絶された少女。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少なくともそう思いこんでいた、思いこまされていた少女。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなあいつのたった一つの願いが叶わなかったなんておれは信じません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
自分のいるところの外にも世界があると信じたあいつの、一縷の望みが叶わなかったなんておれは信じません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">闇に閉ざされた少女の必死の祈りが届かなかったなんておれは信じません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつはさびしくなんかなかったんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰かに会いに来て、なんて祈らなかったんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぽろりと涙が落ちた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「暗く冷たいところにいたあいつにせめて、一筋の光が差し込んでこなかっただなんて……、おれは信じません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だってそれじゃあ、あいつがあまりにもかわいそ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ガンッ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「かわいそうなのは君の頭よ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり認知症なの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自己陶酔はけっこうだけど、周りを不愉快にするなって言ったでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">モノサシで殴るのはやめて下さい…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そこはさっき長門に殴られてコブになってるんですが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、あいつの願いが叶わなかったと思うんですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでそんなバカなこと信じなきゃいけないのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの子の願いが叶わなかったなんて誰が信じるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ここにいる全員が…、あの子の願いが完璧な形で叶ったことを知っているわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰があいつの願いを叶えてやったんだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり……、古泉だろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの後ハルヒは、古泉に会ったんだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もし…、あいつの願いを叶えた奴に会ったら…、やさしくしてあげて下さい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自販機のコーヒーでも奢って下さい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれが奢らなくてもいいなら節約になる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぶん殴ってやるわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「店長……、もう殴ってますけど。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰が一発だって言ったのよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「すでに二発殴ってますけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何でそいつはいいことをしたはずなのに殴られるんですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉を殴る気か？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">止めないけど。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だって、あまりにもバカだから！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">下手に頭が切れるぶん、余計に腹が立つわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店員と言い争い？をしていた店長さんがこっちに向き直った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君はさっきあの子の君のいない三年間がさびしくなかったと信じさせたとか言ってたけどね…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ジョン・スミスか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつはハルヒに「宇宙人、未来人、超能力者はいる」という情報を与えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">経典宗教と同じだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聖書は聖書そのものじゃなくそこに書かれている情報が意味を持つ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本自体を神聖視したら偶像崇拝になってしまう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ハルヒにとって重要だったのはジョン・スミスそのものじゃなく、彼から与えられた「情報」なんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それが長門、朝比奈さん、古泉を呼び寄せた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その情報を温めていた間はさびしくなかったと信じさせることができた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君はそう信じさせたりしてないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なるほど、おれにそんな影響力があるはずがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君はあの子に、さびしくなかったと信じさせたんじゃなくて……、思い出させたのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何はともあれ、あいつの願いが叶ったんなら……、それでいいです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おれは、おれのいない三年間、あいつが孤独だったら良かったと願っていたのかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">恥ずかしい話だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">幸いなことに、どうやらそうではないらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ただ、それをさせたのがジョン・スミスじゃなくて古泉だということだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれは今日、ハルヒに三年前に古泉に会ったことを思い出させた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それによってハルヒに自分が孤独だったわけじゃないことを思い出させた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉は自分がハルヒにとって何なのかをすでに三年前に知っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">知っていたからこそ接触することができた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれに不満がないわけじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつをニトログリセリンとして扱っていたことは気に入らない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつはニトロなんかじゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">不発弾だったんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつまでも誰にも触らせないようにするべきじゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつまでもあいつの周りを立ち入り禁止にするべきじゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そんなことをしたからあいつは自分が孤独だったわけでもないのに、孤独だと思い込んでしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そう思い込まされていたんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">不発弾ならば、多少時間をかけてでも丁寧に信管を取り外してやればいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それだけのことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君がやったように？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれにはそういうやり方しかできなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつに対して腫れ物に触るみたいな距離を取ってから接触するということがどうしてもできませんでした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそのやり方が結果的にはハルヒにとって最善だったと信じています。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉もそうするべきだった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、古泉君のやり方ができた？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今、できないと言った筈ですが。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だったら、君のやり方が古泉君にできたと思うの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「できたはずです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ものすごく不愉快な答えが返ってきそうな気がするけど、一応聞いてみるわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何で？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれにできたことが古泉にできないわけがない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、何で君にできたなら古泉君にもできたと思うわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それをおれの口から言わせようというのかこの人は。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">悪趣味だな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはハルヒの気持ちがおれなんかよりも古泉に向か」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ガンッ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱり最後まで聞くと不愉快になりそうだったから殴らせてもらったわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">頭と心が痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どちらかというと心が痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ウソね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門さんは君の心にかすり傷さえつけさせないって言ってたけど、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここにいる全員がよってたかっても君を傷つけることなんてできない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">残念だけどね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君が女に自分のことを言われてキレるようなせこい男じゃないことはわかっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれが原因じゃないわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君は誰もがほしくてたまらない物を最初から持っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君の言い方を借りれば、神様から徹底的にエコヒイキされている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">神様はおれを虐待しているが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と言えばさらにめんどくさくなりそうなので黙っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君みたいな幸せな男を、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">持てる者を持たざる者が傷つけるなんてできないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">モテるのはおれじゃなくて古泉のほうです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、『上からの演繹』って知ってる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">佐々木がそんなことを言ってたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「判断材料から結論を出すんじゃなくて、結論をあらかじめ設定してしまい、その結論に合うように判断材料である事実の方を捻じ曲げてしまうことですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言葉だけ知ってても意味がないっていう典型ね、君は。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何が始まってもいないのに終わってしまった、よ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">物語ならとっくに始まってるじゃないの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">三年前の七夕、最高ののシチュエーションで始まったじゃないの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかも、絶賛進行中じゃないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつと古泉のドラマがどんな風に始まったか、おれは知らない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">知るつもりはない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどこれだけは言える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉はもう、あいつをニトロみたいに扱うべきじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼女として扱うべきだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
自分が相手に好意を持ち、相手から好意を受けていることがわかった以上は何らかの決断をするべきだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「たから決断をしなさいって言ってるでしょ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君の仕事はあの子の不安を根本から取り除くことなわけね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もうあの子の不安は相当程度取り除かれている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それが君の功績だと認めるのにはやぶさかでないわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの子の、君を見る時のキラキラした目を見れば誰にだってわかるもの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だけどね、あの子が必死に握りしめている命綱に対してさえも突っ張った態度しかとれないのは、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もうご両親に対する不安からじゃないわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君に対する不安よ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あの子をめんどくさい奴だとか言ってるけど、あの子をめんどくさくさせているのは君自身よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門も今日はめんどくさかったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門さんに対してはあれでいいわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">丁寧に伏線を張ってから一気にたたみ掛ける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あれ以上はないってくらいに完璧だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどハルヒちゃんには、もうそんな段階じゃないでしょう！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君がのんびりと前置きしている間に、あの子はどんどん不安になる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">シュリーフェン・プランだとか釣り野伏せだとか…、君のやり方はまだるっこしいのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">作戦っていうものはねえ、もっとザックリしてなきゃいけないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">津野田是重みたいなことを言う人だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰かが言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「店長のやり方ですね…、常に攻めの経営。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これに関しては誰にも文句は言わせないわよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わたしは常にこの方法で勝ってきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">次に何をするべきかわからない時は、とにかく全速力で敵艦隊に突入するのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度はネルソンだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それとも桜井規矩之左右か？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの子の不安を完全に取り除くものすごく簡単な方法を教えてあげるわ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">アレやりなさい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">アレ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えーと、あれとは……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「アレって言ったら決まってるでしょう！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かつて世界を失いかけた少女に全てを取り戻させた、問答無用の反則技よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつにだって尊厳があるでしょう！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">できればやらずに済ませたいんです！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから反則技なんです！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから今日もそれだけは使わずになんとかまとめました！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君は女の尊厳ってものを根本的なところではき違えているみたいね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おれはかつて、あっちの世界に行こうとしていたあいつの手首をひっつかんで、無理やりこちらに引きずり帰しました！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんな強引な方法しかなかったのかと今でも思ってます！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどあの時は、それしかなかったんです！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君、あの子が本当は、自分が特別に扱われるんなら多少乱暴にされてもいいと思ってることを知ってるはずよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからそれをやるのはおれじゃなくて、もう一人の男です！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もうあいつの名前を言うのはいやだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、そんなことを言ってると、今度こそ後ろから刺されるわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門はもうそんなことはしません！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門さんじゃないわ、ハルヒちゃんよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはおれを殺しませんよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうかしらね……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「世界六十億人を殺しても、あいつはおれだけは殺さないんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分の両親を含めて、世界中の全ての人間を殺す。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
人間だけでなく、山も海も花も草木も、そこに転がっている石ころさえも、すべて否定するっていうことです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">世界を捨てるっていうのはそういうことです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なるほど……、それでもあの子が君だけを殺さないのはなぜ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「原因なんか知りませんよ。おれが知っているのは結果だけで」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ガンッ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">コブになっているところを狙ってるでしょう…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">モノサシで語るのはやめて下さい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「メジャーで語ってあげようかしら…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">えーと？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これを君の首に二重にまわしてキュッと…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">死にたくないです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの反則技…、それをすればあの子が言うことをきくだろうと思ったのはなぜ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
これはあの子の気持ちじゃなくて君がどう思ったかを聞いているんだから、ごまかさずに答えなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「えーとですね。これも原因は知りませんが、あいつはどうやら肩にトラウマがあるみたいです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">他人のトラウマを利用するのはいいことじゃないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「肩もみでもするっていうこと？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いえ、座ってる時のことじゃありません。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきも言いましたが、あいつは常におれの前に立つんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君はさっき、車道側に立つって言ってたわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「車道側の後ろに立ちます。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
真横からの暴走車両には対応できませんが、斜め後方から来たら、おれが先にはねられることができます。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どっちにしろ、どこから来るかはわかりませんから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこから来るかわからないから暴走車両なんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あれ？ あいつは絶対に事故に遭わないんだったかな？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの子が常に、無防備な背中を君に晒しているのは？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">座っている時はおれの背中の方が無防備なんだけどな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門はああ言ったが、おれがあいつを襲うわけがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ただの安心感ですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「『ただの』だの『程度』だの『だけ』だの言うんじゃないわよ。うっとうしいわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">立ち上がってマネキンに正対し、両肩をぐっと摑んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">マネキンの顔をじっと見つめながら言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはこうされると、誰の言うことでも聞くんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話じゃなかったらこうしてたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">楽だし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰の言うことでもっていうのは…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれの言うことでさえ何でも聞くからで」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ガンッ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからモノサシは…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「メジャーじゃないだけ感謝しなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ありがとうと言ったらまた殴られるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっき長門にそうされたし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「切れるはずがないものを切れる心配をしているのは君も同じよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">せめて告白すべきよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それであの子との縁が切れてしまうのを心配してるわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違いますよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことをしたらあいつを傷つけるだけです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今日の混乱は全てここに起因しています。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「告白されて傷つくって意味がわからないけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何を言ってるんですか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「女ってのはけっこう『格』ってやつにこだわる！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長にではなく、店全体を見回しながら言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それを受けるにしろ受けないにしろ、自分に告白してくる男が周りの女たちにどれだけ評価されているかによって自然に自分の格が決まるような気がする。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女は自分のために、着飾る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鏡を見るために、着飾る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして他の女に見せるために、着飾る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ほとんど女にしか価値がわからない衣服が商品として通用し、こういう女しか来ない店に需要があるのはそのためだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
女は、その被差別意識から男に対する時は連帯するが、その内部は決して一枚岩ではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女集団のヒエラルキーがある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかもそのカーストは決して性差のような絶対的なものではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この子にはかなわない、この子よりはマシと、それぞれの位置で思っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから美人と不美人の階級闘争など起こりようがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
谷口が女にもてないのは、女たちが密かに、自分の心の内だけでやっていることを「表現」してしまうからだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから、谷口がバカにされているのは自業自得なんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうでなきゃいけない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これだけは予定されたものであってはならない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
アニメやマンガじゃあるまいし、主人公にバカにされるためだけが役割のキャラクターを造形する神様など、おれは認めない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無論女たちだって、男が自分たちを格付けしているだろうことはわかっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しかしそれを公表されれば、自分たちがやっている後ろめたいことを異性にえぐられているような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">谷口に褒められても誰も喜ばないのはそのためだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ここに入ってきてはっきりとわかりましたがね、何でこんな美人とサエない男が一緒にいるんだとみなさん思ったでしょう？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに多くの女たちが目を伏せた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この二人が彼氏彼女の関係であるはずがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうであったらあの娘は大したことはないと思いませんでしたか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">みんな居心地悪そうな顔をしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど絶対にお互いに目を合わせようとはしない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからあの後すぐに思ったんですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なぜこれだけ女たちがいるところであんな、ウェディングドレスを着ておれの隣に立ってほしいなんて言ってしまったんだろうって。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もちろんすぐに気がつきましたよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
二人だけの時ならともかく、多くの同性がいるところでこんなことを言ったら、あいつの挌を下げるだけだって。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつを傷つけることにしかならないって。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今日大騒ぎをしてフォローしなくちゃならなかったのはね、結局はこれが原因です。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれの心ない一言によって、あいつを傷つけてしまったからです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかし決して目を伏せようとしない女が一人いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「たしかに、ここに入ってきた時の君をナメていたのはわたしを含めてみんなそうよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君が試着室の前であの子に『似合ってるぞ』って言うまではね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門さんとの会話を聞くまでは、ここまでスゴい男だとは思わなかったけど。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれにとってはどうでもいいことですけどね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつものことだし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうね、君にとってはどうでもいいこと。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君は本心からわたしたちなんかにどう思われてもかまわないと思っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君は涼宮ハルヒと他の女をはっきり区別している。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど、最初にそれをしないと宣言していたのに、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここにきてあの子を一般論の女に当てはめるのはどうしてなの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんであの子も他の女と似たような考えをすると思うの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはですね、奴が………」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わざとニヤリと笑ってみせた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今日初めて笑えたような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……女の中の女だからですよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いい意味でも悪い意味でも。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「女の中の女みたいなあの子を……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんもニヤリと笑った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そっこらへんの下らない女どもといっしょにするんじゃないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">バッシーン！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何だ？ 平手打ちされた？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに顔を手で殴られるのは傷つくぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんて思ってる暇はなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">髪をつかまれて顔を腰の辺りまで引っ張り下げられた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「痛いですよ、ちょっと！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いくらなんでも今のは我慢できないわ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">みんな、あとはお願いね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君は事務所まで来なさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">髪をつかまれたまま階段を連行された。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">事務所の床に正座させられた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女を馬鹿にしているのか、と言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">していないと答えたら、だったら告白しろと言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">フラれるのはいやだと答えたら、やっぱり本音はそれかと言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「背水の陣」という言葉を知らないのかと言われたので、井陘の戦いにおける韓信の戦術について出典からくわしく説明しようとしたら殴られた。</div>
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溺れるのはいやだ、玉砕するのはいやだと言ったら、もし玉砕したらこの場で裸踊りをしてやると言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなものは見たくないと言ったらまた殴られた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒのなら踊っていなくても見たいと言ったらまず告白しろと言われた。</div>
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攻撃は最大の防御という言葉を知らないのかと言われ、今日はとりあえず負けではないのでそこまでしなくていいと答えた。</div>
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すると「あの子を絶対に逃げられないようにしておきながら常に自分は退路を確保しようとするのは卑怯だ」と言われた。</div>
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「勝ったら逃げる、負けたら粘る」が軍事学のセオリーだと言ったら開き直るなと殴られた。</div>
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「どうせあいつから逃げられるわけがないんだから、おれとしては追いつめられるのを待っていればいい」と本音を言ったら頭突きまでされた。</div>
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ようやくやってきたハルヒがおれの顔を見て「誰にやられたんだ、あたしの前に連れて来い」と大騒ぎを始めた。</div>
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「階段から落ちた」と言ったら、「あたしをまたあんな目に遭わせる気か」とハルヒにまで殴られた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれにトラウマが増えた。</div>
