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「水晶の夜⑥」(2020/03/07 (土) 01:27:49) の最新版変更点
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<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">絶対にあそこにはあいつの家族がいなければならなかったんだ！。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰だって、明日世界が終わると知っていたら、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでいて自分が助ける手段を持っていたとしたら、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何はともあれ家族を逃がそうとするに決まってるじゃねえか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、涼宮さんが虐待を受けていたとかそういう…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなわけがあるか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やめましょう！ これは我々が踏み込んでいいことじゃありません！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
かなりぼかした表現をしていたはずだったが、古泉が「虐待」という言葉を使ったせいで一気に露骨なものになってしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今、不特定多数の人が聞いている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店内の女どもが居心地悪そうにこちらを見ている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あとでなんとかしなきゃならんな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは宇宙人、未来人、超能力者、異世界人に会いたがっていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なぜ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本来あいつはガチガチの不思議マニアというわけではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その証拠に今は不思議探索も当初の目的とは違い、なんだかリクリェーションじみたものになっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつが超自然のものに遭遇したがったのは、自分がそんな特別な体験をしたかったからだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分だけが特別でありたい？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ふざけるんじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰だってそうだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰が五万人の中の一人でいたがる？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰がちっぽけな存在で満足したがる？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰だって特別な存在になりたいに決まってるじゃねえか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえの言う通りだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
誰であっても自分と等価交換できるモノなんか、この世のどこを探しても見つかったりしない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それはいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">問題なのはあいつが、自分の父親が隣にいるのにああ考えてしまったことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつがまだ小学生、少女っていうより子供と言った方がいいような年齢だぞ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">父親にとって幼い自分の娘が特別な存在じゃなくてなんなんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">両親にとって特別な存在、それが全ての人間のスタートのはずだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから他の４９９９９人と自分は違うと信じることができる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は左腕の時計をちらりと見た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが虐待を受けていたなんてことはありえない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">両親にとってあいつが特別な存在なのは確かだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかし娘に自分が特別なんだと思わせることには失敗した！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺達がやっていることは結局のところ、あいつの育て直しのプロジェクトでしかない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まさしくあいつからの救難信号……、ＳＯＳだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「結局あいつの孤独っていうのは……、誰かに自分だけを認めてもらいたい、誰かに自分だけを見てもらいたいっていうあがきなんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だからジョン・スミスに、他の誰も考えそうにない特別な自分の思いを認められたと思えれば、孤独だったと信じないですむ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰かに…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんがこっちを見てつぶやいた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そう、誰かにです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺でもいいのだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからもしその時がきたら、あいつの十二年間をとりもどしてやるつもりです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">生まれてからずっと孤独だったことなどないと信じさせます。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺には切り札があるんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もしそれが俺でもいいのだとしたら切り札として生きます。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「『好き』っていうの？ それともキス？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何を言っているんだろうか。この人は真面目なのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「切り札は一度返してしまえば終わりです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まあ、何十回でも使えるカードは『切り札』じゃないわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺が持っている唯一最強のカード…それは」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれの死体ですよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、なんてこと言うの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
沖縄に派遣された陸軍第三十二軍司令官牛島満は「おれが死んでも最後まで戦え」と言って自決した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">海軍沖縄根拠地隊司令官太田實は「沖縄県民の今後を頼む」と言って自決した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">牛島司令官の遺言のせいで生き残った兵士や民間人は降伏することができなくなった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
両者の違いは沖縄を本土防衛の捨て石とするという陸軍の方針と、沖縄決戦に全てを賭けて後のことは考えないという海軍の方針を反映させたものであり、単なるパーソナリティーの違いだとは言えない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして二人とも自分の死体を目的のために使ったことは同じだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「死体の持つカリスマを甘く見ちゃいけません。これほどあいつに影響を与えるものは無いと言っていいでしょう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">朝倉が言っていたやり方だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">情報爆発を起こさせる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">時間を巻き戻させるか。存在そのものを消させるか……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「方法は言えませんがね。もしおれがあいつより先に死ぬはめになったら、あいつの無意識に対する俺たちからの影響、つまり自分は孤独ではないという思いはそのままにして、あいつの意識からおれのことをきれいに忘れさせます。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">大丈夫です。うまくやります。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そうすればあいつは生まれてから今まで決して孤独ではなかった、そしてこれからも孤独ではないと信じることができます。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………やらないわよ、君は。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういうことでしょうか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君みたいなやさしい子が、あの子から君との思い出を取り上げたりはしないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もしあいつが突然いなくなったら、おれはそんなことを信じず、みっともなく捜しまわるでしょうね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">というより、やった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鶴屋さんに腕をねじり上げられた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">朝比奈さんに殴られた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門を壁に押し付けてしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">谷口の胸倉をつかんだ。これはいいか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、それよりは……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつがそこまで無様なことになるとは思えないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その時になったらわかるわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その時か…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだ、来るか来ないかわからないその時のことを考えている場合じゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今やらなくちゃならないことがある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉、１８０度反転して新正面に正対する。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話の「切」ボタンに指を当てた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「作戦行動に入る。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ブツッという音がしたと同時に声がした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「聞こえてる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">びっくりするじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
電話っていうのは着信音がして、受話器を取って（スピーカーボタンを押して）はじめてつながるものだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが古泉一樹と急を要しない問題についていつまでも話しているから。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">シュリ―フェン作戦はスピードが命のはず。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">涼宮ハルヒを落とした以上はさっさとわたしを攻略するべき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">落としたとか攻略とか言うんじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたに聞きたいことがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何でも聞け。どうせ俺はここから逃げられないんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが涼宮ハルヒに与えたもの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「世界がどうとかそういうことか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺は形に残るものをあいつにやったことなんかないぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは食べてなくなってしまうものしか彼女に与えていない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">涼宮ハルヒはそれを不満に思っている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺にさんざん飯をおごらせても喜んでいないということか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいたいあいつがモノなんかもらってよろこぶか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「喜ぶ。あなたから貰えたものならなんでも喜ぶ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当はあなた自身を部屋に置いておきたい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり俺は所有物か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかし現状では不可能。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから会えない時、あなたを思い出すきっかけがほしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人は何のきっかけもなく思いを呼び起こすことは難しい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それは見て触れることができるものでなければならない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ちょうどあなたが彼女の水着姿の写真を大切にしているように…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「少しニュアンスが違った。あなたは写真を見て彼女を思い出しているだけではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼女の代用品にしている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなことを言いたくて電話してきたのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ジョーク。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえな…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしはあなたからもらった物が一つだけある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">会えない時にあなたを思い出させてくれるもの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">キリスト教徒が十字架を見て神をイメージするように。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">仏教徒が仏像を見て浄土に居るような気持ちになるように。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">…なんだか偶像崇拝じみた話になってきたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「遺族が遺影や位牌を見てその人を思い起こすように。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これはわたしにとって、あなたの魂を呼び出すための憑代。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">………おれ、生きてるんだけど。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが作ってくれた図書カード。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これだけは涼宮ハルヒにはまだ与えられていないわたしだけの特権。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ずいぶんつまらんもんだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">タダだし。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">左腕の時計を見たくなったが我慢した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれが作ってやっただけでおれからもらったものとは言えないかもしれんし。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう一つあったことを思い出した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえに何かやったか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あのルーズリーフ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その物にその人がどんな形であれかかわっていればそれでいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ドラマがあればいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">高価なものである必要はないか、高価なものならそれはそれでいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それを手に入れるために努力したこと自体がドラマになる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが大きく頷いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こういう思想が男に金を使わせているんだぞ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえ、何かほしいのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">カレーと図書館ではダメなのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたに聞きたいとことがあると言ったはず。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたが涼宮ハルヒだけに与えたものがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">モノなんかやってないってさっきおまえが言ったろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「目に見える物体ではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたに必要とされるということ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたに求められるということ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰よりも一緒にいたい、と思われること。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">有機生命体の男性から女性への最大の贈り物。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この星の弓状列島の住民が千年以上かけて作った言葉を借りるなら……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「恋。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なぜあなたが彼女にだけそれを与えたのか、それを聞きたい……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなこと聞いてどうするんだよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ただ、聞きたいだけ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なぜあなたはわたしにはそれを与えてくれないのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わたしはあなたに心を与えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">心を与えられたら次にそれがほしくなるのは自明の理。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんの方をちらりと見てみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">困ったような表情をしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいたいあいつはそんなもの欲しがってないぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼女は関係ない。これはあなたとわたしの問題。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえ一人の問題だろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とはもちろん言えない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはわたしが……、人間ではないから？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは人間にしか見えないぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わたしの今の姿は仮のものでしかない。本来わたしは思念体の一部。概念だけの存在。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえは、俺が朝倉みたいな奴にまた襲われることがあるのかと聞いた時、なんと答えたか覚えているか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしがさせない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは思念体の意思ではなく自分がやると言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分というものがあると宣言した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">親の一部ではないと自覚していた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">すでにおまえにはあの時自我があった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえはあの時、まぎれもなく感情を持っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからあの時すでに、おまえはまぎれもなく人間だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">読書好きのおまえだったら知っているだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人間たちのあいだで使い古された言葉だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「我思う、ゆえに我あり。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしが人間……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「では……、わたしの胸が小さいから？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……シリアスからいきなり脱力させるんじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふざけてるんだったら切るぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふざけてなどいない。わたしにとっては大きな問題。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店員どもが大きく頷いた。店長がそれをあきれたように見ている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「先々週の水曜日の団活のことを覚えている？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いきなり立ち上がってこっちに来たから何だと思ったら、本のカドで殴りやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたはあの時、いつものように朝比奈みくるの胸をぼうっと見ていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それに気づいた彼女は照れてうつむいた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あわてて視線をそらしたあなたは涼宮ハルヒの方を見た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">涼宮ハルヒはあなたを睨み付けながら胸をぐっと突き出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたはそれを見てニヤリと笑った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">涼宮ハルヒはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">次にあなたはわたしの胸を見て小さくため息をついた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぶっ叩きたくなった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">よく見てるな。おまえの観察対象はハルヒじゃなかったか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店の中のある傾向の人たちがこっちをにらんでるぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あのな、こういう言い方をすると語弊があるかもしれんが、俺はおまえら三人の中でいちばん朝比奈さんに女を感じていない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">比較の問題ではないかもしれんが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたはわたしたちに隠れて朝比奈みくるとデートをしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">結局そこにもどってくるのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから！ デートじゃねえって！ 何回言えばわかるんだ！ おまえもハルヒも！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何十回言われても納得できない…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「結局君のその軽率な行動が全ての引き金になったってわかってる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わかってますよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「逆説的な言い方になるかも知れんが、朝比奈さんに女性を感じていないからそんなことができた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「朝比奈さんっていう人はなんていうか…、生きた女性っていう感じがあまりしない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少なくともおれはそう感じている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺にとって…天使というか美の女神というか…、ボッティチェリのビーナスというか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">文字通りの高嶺の花というか…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ここにいない人だからって好き勝手に言うのは感心しないわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">悪く言ってはいないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もしあの人に『汗を拭いて下さい』ってハンカチを差し出されたとしても、決して受け取ったりしないだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんていうか……、絶対に汚したくないというか……、そんなことはできないというか……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒとは違うな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつはいつか自分の手で汚したいと思っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「できもしないくせに……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつか、ですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俗っぽい言い方をすればだ。おれはあの人のことをテレビに出ているアイドルのように感じている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの人に毎日のように会っているということがなんだか信じられない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">サインを貰って床の間にでも飾っているのがおれにふさわしいような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから一緒に待ち合わせをして出掛けたとしても、デートだとは思えない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんだかアイドルの追っかけをしているか、親衛隊みたいにくっついているだけのような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえは違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの閉ざされた空間でのたった一つの外とのつながり。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ディスプレーの黒い画面に浮き出された白い文字。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえに『あたしがさせない』と言われた時まず思い出したのはそれだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからこそその話はしないことにした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">………裏切りのような気がしたから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「朝比奈みくるとの逢い引きは涼宮ハルヒへの裏切りではなく、わたしと図書館に行くのは裏切り？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱり……、おまえを女だと意識していたんだろう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「アメフトの試合にはわたしだけを連れて行けば用がすんだのに、あなたはわざわざ涼宮ハルヒと朝比奈みくるを連れて行った。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉も連れてったな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼はオマケ。オマケ以下。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは副団長だぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたが彼を邪険にあつかっているため、いつの間にか全員が彼を軽んじている。それでも涼宮ハルヒは彼が部室にいることを望んでいる。わたしたち三人とあなただけではみな緊張感に耐えられない。そういう意味で彼は必要。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ひどい扱われようだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたのせい。涼宮ハルヒはそれを憐れんで彼に副団長の地位を与えた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなことはどうでもいい。アメフトに全員連れて行ったのは同じ理由だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ならばもう一度問いたい。あなたはわたしを人間だと認めてくれた。女だと扱ってくれている。胸が小さいからでもない。なのになぜ私には『恋』が与えられない？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうしても言わなくちゃならんのか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「聞きたい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれはおまえには嘘をつかないぜ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「承知している。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これを聞いても傷つくなよ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「了解した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえがハルヒじゃないからだよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、『傷つくな』という命令を解除する…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">立ち上がって電話をプツッと切り、しゃがんでコードを引き抜いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">コード先の接続部品をかかとで踏みつぶした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、なんてことするのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">椅子にどっかりと座った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「固定電話の通信回線の連結を解除しました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自分が何をやったかわかってるの？ 器物破損よ！
学校に連絡して処分してもらうわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今はあいつの声を聴きたくないんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつにこんなことをしても無駄だとはわかっているが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒじゃないからハルヒにしかやったものはやれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">完璧なトートロジーだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">雨が降るから天気が悪いと言ってるのと同じだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こんなことであの長門が納得するはずがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこまでも論理的な奴だからな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いっそ警察の方がいいかもしれないわね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">突然後ろからザワザワっていう声が聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「い、いらっしゃいませ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はそいつに背を向けたまま言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえにもプライバシーっていう概念はないようだな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話じゃなく、この空間そのものに干渉しやがったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「迷惑だった……？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">右腕の肘から上を机の上に乗せて足を組む。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ボールペンが転がっているな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だらしなく椅子に背をもたれかからせた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自然に半身になる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">顔だけはまっすぐなままだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">死んだままの電話を見つめながら言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いいぜ、長門。おれとおまえの仲だ。」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">絶対にあそこにはあいつの家族がいなければならなかったんだ！。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰だって、明日世界が終わると知っていたら、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでいて自分が助ける手段を持っていたとしたら、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何はともあれ家族を逃がそうとするに決まってるじゃねえか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、涼宮さんが虐待を受けていたとかそういう…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなわけがあるか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やめましょう！ これは我々が踏み込んでいいことじゃありません！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
かなりぼかした表現をしていたはずだったが、古泉が「虐待」という言葉を使ったせいで一気に露骨なものになってしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今、不特定多数の人が聞いている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店内の女どもが居心地悪そうにこちらを見ている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あとでなんとかしなきゃならんな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは宇宙人、未来人、超能力者、異世界人に会いたがっていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なぜ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本来あいつはガチガチの不思議マニアというわけではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その証拠に今は不思議探索も当初の目的とは違い、なんだかリクリェーションじみたものになっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつが超自然のものに遭遇したがったのは、自分がそんな特別な体験をしたかったからだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分だけが特別でありたい？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ふざけるんじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰だってそうだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰が五万人の中の一人でいたがる？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰がちっぽけな存在で満足したがる？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰だって特別な存在になりたいに決まってるじゃねえか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえの言う通りだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
誰であっても自分と等価交換できるモノなんか、この世のどこを探しても見つかったりしない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それはいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">問題なのはあいつが、自分の父親が隣にいるのにああ考えてしまったことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつがまだ小学生、少女っていうより子供と言った方がいいような年齢だぞ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">父親にとって幼い自分の娘が特別な存在じゃなくてなんなんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">両親にとって特別な存在、それが全ての人間のスタートのはずだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから他の４９９９９人と自分は違うと信じることができる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は左腕の時計をちらりと見た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが虐待を受けていたなんてことはありえない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">両親にとってあいつが特別な存在なのは確かだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかし娘に自分が特別なんだと思わせることには失敗した！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺達がやっていることは結局のところ、あいつの育て直しのプロジェクトでしかない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まさしくあいつからの救難信号……、ＳＯＳだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「結局あいつの孤独っていうのは……、誰かに自分だけを認めてもらいたい、誰かに自分だけを見てもらいたいっていうあがきなんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だからジョン・スミスに、他の誰も考えそうにない特別な自分の思いを認められたと思えれば、孤独だったと信じないですむ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰かに…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんがこっちを見てつぶやいた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そう、誰かにです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺でもいいのだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからもしその時がきたら、あいつの十二年間をとりもどしてやるつもりです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">生まれてからずっと孤独だったことなどないと信じさせます。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺には切り札があるんです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もしそれが俺でもいいのだとしたら切り札として生きます。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「『好き』っていうの？ それともキス？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何を言っているんだろうか。この人は真面目なのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「切り札は一度返してしまえば終わりです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まあ、何十回でも使えるカードは『切り札』じゃないわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺が持っている唯一最強のカード…それは」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれの死体ですよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、なんてこと言うの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
沖縄に派遣された陸軍第三十二軍司令官牛島満は「おれが死んでも最後まで戦え」と言って自決した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">海軍沖縄根拠地隊司令官太田實は「沖縄県民の今後を頼む」と言って自決した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">牛島司令官の遺言のせいで生き残った兵士や民間人は降伏することができなくなった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
両者の違いは沖縄を本土防衛の捨て石とするという陸軍の方針と、沖縄決戦に全てを賭けて後のことは考えないという海軍の方針を反映させたものであり、単なるパーソナリティーの違いだとは言えない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そして二人とも自分の死体を目的のために使ったことは同じだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「死体の持つカリスマを甘く見ちゃいけません。これほどあいつに影響を与えるものは無いと言っていいでしょう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">朝倉が言っていたやり方だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">情報爆発を起こさせる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">時間を巻き戻させるか。存在そのものを消させるか……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「方法は言えませんがね。もしおれがあいつより先に死ぬはめになったら、あいつの無意識に対する俺たちからの影響、つまり自分は孤独ではないという思いはそのままにして、あいつの意識からおれのことをきれいに忘れさせます。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">大丈夫です。うまくやります。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そうすればあいつは生まれてから今まで決して孤独ではなかった、そしてこれからも孤独ではないと信じることができます。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………やらないわよ、君は。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういうことでしょうか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君みたいなやさしい子が、あの子から君との思い出を取り上げたりはしないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もしあいつが突然いなくなったら、おれはそんなことを信じず、みっともなく捜しまわるでしょうね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">というより、やった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鶴屋さんに腕をねじり上げられた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">朝比奈さんに殴られた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門を壁に押し付けてしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">谷口の胸倉をつかんだ。これはいいか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、それよりは……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつがそこまで無様なことになるとは思えないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その時になったらわかるわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その時か…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだ、来るか来ないかわからないその時のことを考えている場合じゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今やらなくちゃならないことがある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉、１８０度反転して新正面に正対する。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話の「切」ボタンに指を当てた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「作戦行動に入る。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ブツッという音がしたと同時に声がした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「聞こえてる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">びっくりするじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
電話っていうのは着信音がして、受話器を取って（スピーカーボタンを押して）はじめてつながるものだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが古泉一樹と急を要しない問題についていつまでも話しているから。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">シュリ―フェン作戦はスピードが命のはず。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">涼宮ハルヒを落とした以上はさっさとわたしを攻略するべき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">落としたとか攻略とか言うんじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたに聞きたいことがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何でも聞け。どうせ俺はここから逃げられないんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが涼宮ハルヒに与えたもの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「世界がどうとかそういうことか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺は形に残るものをあいつにやったことなんかないぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは食べてなくなってしまうものしか彼女に与えていない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">涼宮ハルヒはそれを不満に思っている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺にさんざん飯をおごらせても喜んでいないということか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいたいあいつがモノなんかもらってよろこぶか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「喜ぶ。あなたから貰えたものならなんでも喜ぶ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当はあなた自身を部屋に置いておきたい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり俺は所有物か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかし現状では不可能。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから会えない時、あなたを思い出すきっかけがほしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人は何のきっかけもなく思いを呼び起こすことは難しい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それは見て触れることができるものでなければならない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ちょうどあなたが彼女の水着姿の写真を大切にしているように…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「少しニュアンスが違った。あなたは写真を見て彼女を思い出しているだけではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼女の代用品にしている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなことを言いたくて電話してきたのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ジョーク。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえな…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしはあなたからもらった物が一つだけある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">会えない時にあなたを思い出させてくれるもの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">キリスト教徒が十字架を見て神をイメージするように。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">仏教徒が仏像を見て浄土に居るような気持ちになるように。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">…なんだか偶像崇拝じみた話になってきたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「遺族が遺影や位牌を見てその人を思い起こすように。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これはわたしにとって、あなたの魂を呼び出すための憑代。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">………おれ、生きてるんだけど。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが作ってくれた図書カード。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これだけは涼宮ハルヒにはまだ与えられていないわたしだけの特権。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ずいぶんつまらんもんだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">タダだし。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">左腕の時計を見たくなったが我慢した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれが作ってやっただけでおれからもらったものとは言えないかもしれんし。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう一つあったことを思い出した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえに何かやったか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あのルーズリーフ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その物にその人がどんな形であれかかわっていればそれでいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ドラマがあればいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">高価なものである必要はないか、高価なものならそれはそれでいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それを手に入れるために努力したこと自体がドラマになる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが大きく頷いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こういう思想が男に金を使わせているんだぞ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえ、何かほしいのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">カレーと図書館ではダメなのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたに聞きたいとことがあると言ったはず。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたが涼宮ハルヒだけに与えたものがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">モノなんかやってないってさっきおまえが言ったろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「目に見える物体ではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたに必要とされるということ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたに求められるということ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰よりも一緒にいたい、と思われること。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">有機生命体の男性から女性への最大の贈り物。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この星の弓状列島の住民が千年以上かけて作った言葉を借りるなら……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「恋。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なぜあなたが彼女にだけそれを与えたのか、それを聞きたい……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなこと聞いてどうするんだよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ただ、聞きたいだけ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なぜあなたはわたしにはそれを与えてくれないのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わたしはあなたに心を与えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">心を与えられたら次にそれがほしくなるのは自明の理。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんの方をちらりと見てみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">困ったような表情をしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいたいあいつはそんなもの欲しがってないぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼女は関係ない。これはあなたとわたしの問題。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえ一人の問題だろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とはもちろん言えない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはわたしが……、人間ではないから？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは人間にしか見えないぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わたしの今の姿は仮のものでしかない。本来わたしは思念体の一部。概念だけの存在。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえは、俺が朝倉みたいな奴にまた襲われることがあるのかと聞いた時、なんと答えたか覚えているか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしがさせない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは思念体の意思ではなく自分がやると言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分というものがあると宣言した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">親の一部ではないと自覚していた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">すでにおまえにはあの時自我があった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえはあの時、まぎれもなく感情を持っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからあの時すでに、おまえはまぎれもなく人間だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">読書好きのおまえだったら知っているだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人間たちのあいだで使い古された言葉だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「我思う、ゆえに我あり。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしが人間……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「では……、わたしの胸が小さいから？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……シリアスからいきなり脱力させるんじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふざけてるんだったら切るぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふざけてなどいない。わたしにとっては大きな問題。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店員どもが大きく頷いた。店長がそれをあきれたように見ている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「先々週の水曜日の団活のことを覚えている？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いきなり立ち上がってこっちに来たから何だと思ったら、本のカドで殴りやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたはあの時、いつものように朝比奈みくるの胸をぼうっと見ていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それに気づいた彼女は照れてうつむいた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あわてて視線をそらしたあなたは涼宮ハルヒの方を見た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">涼宮ハルヒはあなたを睨み付けながら胸をぐっと突き出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたはそれを見てニヤリと笑った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">涼宮ハルヒはフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">次にあなたはわたしの胸を見て小さくため息をついた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぶっ叩きたくなった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">よく見てるな。おまえの観察対象はハルヒじゃなかったか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店の中のある傾向の人たちがこっちをにらんでるぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あのな、こういう言い方をすると語弊があるかもしれんが、俺はおまえら三人の中でいちばん朝比奈さんに女を感じていない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">比較の問題ではないかもしれんが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたはわたしたちに隠れて朝比奈みくるとデートをしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">結局そこにもどってくるのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから！ デートじゃねえって！ 何回言えばわかるんだ！ おまえもハルヒも！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何十回言われても納得できない…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「結局君のその軽率な行動が全ての引き金になったってわかってる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わかってますよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「逆説的な言い方になるかも知れんが、朝比奈さんに女性を感じていないからそんなことができた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「朝比奈さんっていう人はなんていうか…、生きた女性っていう感じがあまりしない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少なくともおれはそう感じている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺にとって…天使というか美の女神というか…、ボッティチェリのビーナスというか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">文字通りの高嶺の花というか…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ここにいない人だからって好き勝手に言うのは感心しないわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">悪く言ってはいないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もしあの人に『汗を拭いて下さい』ってハンカチを差し出されたとしても、決して受け取ったりしないだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんていうか……、絶対に汚したくないというか……、そんなことはできないというか……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒとは違うな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつはいつか自分の手で汚したいと思っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「できもしないくせに……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつか、ですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俗っぽい言い方をすればだ。おれはあの人のことをテレビに出ているアイドルのように感じている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの人に毎日のように会っているということがなんだか信じられない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">サインを貰って床の間にでも飾っているのがおれにふさわしいような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから一緒に待ち合わせをして出掛けたとしても、デートだとは思えない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんだかアイドルの追っかけをしているか、親衛隊みたいにくっついているだけのような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえは違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの閉ざされた空間でのたった一つの外とのつながり。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ディスプレーの黒い画面に浮き出された白い文字。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえに『あたしがさせない』と言われた時まず思い出したのはそれだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからこそその話はしないことにした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">………裏切りのような気がしたから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「朝比奈みくるとの逢い引きは涼宮ハルヒへの裏切りではなく、わたしと図書館に行くのは裏切り？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱり……、おまえを女だと意識していたんだろう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「アメフトの試合にはわたしだけを連れて行けば用がすんだのに、あなたはわざわざ涼宮ハルヒと朝比奈みくるを連れて行った。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉も連れてったな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼はオマケ。オマケ以下。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは副団長だぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたが彼を邪険にあつかっているため、いつの間にか全員が彼を軽んじている。それでも涼宮ハルヒは彼が部室にいることを望んでいる。わたしたち三人とあなただけではみな緊張感に耐えられない。そういう意味で彼は必要。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ひどい扱われようだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたのせい。涼宮ハルヒはそれを憐れんで彼に副団長の地位を与えた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなことはどうでもいい。アメフトに全員連れて行ったのは同じ理由だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ならばもう一度問いたい。あなたはわたしを人間だと認めてくれた。女だと扱ってくれている。胸が小さいからでもない。なのになぜ私には『恋』が与えられない？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうしても言わなくちゃならんのか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「聞きたい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれはおまえには嘘をつかないぜ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「承知している。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これを聞いても傷つくなよ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「了解した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえがハルヒじゃないからだよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、『傷つくな』という命令を解除する…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">立ち上がって電話をプツッと切り、しゃがんでコードを引き抜いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">コード先の接続部品をかかとで踏みつぶした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、なんてことするのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">椅子にどっかりと座った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「固定電話の通信回線の連結を解除しました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自分が何をやったかわかってるの？ 器物破損よ！
学校に連絡して処分してもらうわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今はあいつの声を聴きたくないんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつにこんなことをしても無駄だとはわかっているが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒじゃないからハルヒにしかやったものはやれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">完璧なトートロジーだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">雨が降るから天気が悪いと言ってるのと同じだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こんなことであの長門が納得するはずがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこまでも論理的な奴だからな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いっそ警察の方がいいかもしれないわね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">突然後ろからザワザワっていう声が聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「い、いらっしゃいませ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はそいつに背を向けたまま言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえにもプライバシーっていう概念はないようだな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話じゃなく、この空間そのものに干渉しやがったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「迷惑だった……？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">右腕の肘から上を机の上に乗せて足を組む。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ボールペンが転がっているな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だらしなく椅子に背をもたれかからせた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自然に半身になる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">顔だけはまっすぐなままだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">死んだままの電話を見つめながら言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いいぜ、長門。おれとおまえの仲だ。」</div>
