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「水晶の夜⑤」(2020/03/07 (土) 01:27:34) の最新版変更点
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<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ受話器を叩き切るな。それは長門ん家の電」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ガシャーン！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話だ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は小さくため息をついた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やれやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君……、本当にあの子が君のことを忘れたかもしれないと思ってたの…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつがさっきそう言っていたのを聞いていたでしょう？ ずっと不安でした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わたしたちは君があの子を一方的に突き放してからいきなり引き寄せるのは機嫌を取るためのテクニックなのかと思ったけど、本当はただのバカだったのね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うわ、初対面の人にもバカって言われた！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっとくらい女が拗ねたからって、そのまま受け取ってどうするのよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">きっとあの子、自分の名前を忘れたとしても、君との思い出を捨てたりはしないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話が鳴った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">通話ボタンを押した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">つい自分でやってしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたの勝ちです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえか、古泉。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでおまえまでここに電話してくる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「携帯には出てもらえないと思いましたから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「スピーカーになってるんだ。話せないことはしゃべるな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「心得ました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まだ半分だがな。おまえがのんきに電話をかけていられるっていうことは…おさまったのか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「見事なものです。一日に二度も涼宮さんを救うとは。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺があいつを救ったんじゃない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういうことです？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつが祈ればおれを守れる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「当然です。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはおれのことを忘れていなかった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「当然です。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつが俺を救ったんだよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮さんがあなたのことを決して忘れたくなかった、というだけのことじゃないんですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはそう信じてくれた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが信じさせたんじゃないですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">めんどくせえな、おまえも。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今のおまえにいちばん必要なものは何だかわかるか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うかがいましょう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「『割り切り』だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「便利な言葉ですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もともとおまえが言ったんだろうが……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかし、あなたが今日負けてしまえば良かったとも思います。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何を言ってるんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたはこの後、長門さんのバグをきれいに消去してしまうでしょう。つまりいつもの通り、涼宮さんと長門さんの両方を、最後まで守りきってしまうのでしょう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「文句があるのか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは今日、さっき自分で言った通り、涼宮さんか長門さんか、どちらかを決定的に傷つけてしまえばよかった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">頭に血が上った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「てめえ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どちらにしろあなたは、いつかはそれをやらなければならないのですから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんがコクリと頷いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでもかんでもおれにやらせやがって……、おまえがやれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなただから許されるんですよ……。あの二人はあなたには何をされても、最後には許さないわけにはいかない。そういうさだめなんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことはない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつはさっき「たとえおれでも許さない」と言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……おかしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何かが足りない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきあいつの言葉をそのまま受け取ってはならないと言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの言葉を受け取るためには、もう一段階が必要な気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはさっき、『誰かを傷つけたら自分が痛い』と言った。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なるほど、他人の痛みを自分の痛みとして引き受けるとは、さすが涼宮さんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえはもっと嘘が上手い奴だと思っていたがな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「本音を言え。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……涼宮さんらしくない、平凡な思想ですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。ものすごくチンプな言葉だ。そんなことはなぁ………」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰だって知ってる！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「他人を傷つければ自分が傷つけられる。当たり前だろうが！ </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">生きているだけで誰かに傷つけられる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">生きているだけで誰かを傷つける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど死ねばさらに誰かを傷つけることになる！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">朝倉のあの言葉を思い出していた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「他人とまったく触れあわずに生きていくことなんかできない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分が傷つくことによって初めて他人を傷つけていたことを知る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">傷つけたり傷つけられたりしながら、のたうちまわりながら生きていくしかない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">のたうちまわりながら、他人との距離を測るようになる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこまで踏み込んでいけば人を傷つけるのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこで踏みとどまったら、傷つけずにすむのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お互いに間合いを測りながら生きていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰でも他人との折り合いをつけて生きていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんであいつはおれと出会うまでそんなことさえ知らなかったんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰のせいだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえらのせいじゃねえのか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あいつのあの容姿で、あんな調子のことを続けていたら、ひどいいじめを受けていてもおかしくない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかしあいつの性格にはそんな陰が一切ない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつがいじめられれば良かったとか、陰があったほうがいいとか言ってるわけじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">問題なのは、あいつには被害者意識も加害者意識も全くないってことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少なくともあの五月まではそうだった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何故だ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえらがガードしたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それもあいつのストレスになりそうなものを排除しただけだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ただ物理的にあいつから遠ざけただけだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの目から、嫌なものが見えないように隠しただけだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつは、どんなに他人を傷つけていても、傷つけていることさえ知らされなかったんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何がナントカ空間だ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ストレスなんてものはなぁ、誰にだってあるんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何であいつだけが特別なんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかし…、我々はそうするしか…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつが『やる』前になんでアレが発生すると思う？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それは、そういうものだとしか……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカ言え。長門は何の前触れもなくやったぞ！ </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえも言っていただろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いきなり改変してしまえばみんな最初からそうだったと思う。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰も今の世界に疑問を持たない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だったらそれはそれでいいじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本気でやるつもりだったら長門みたいにやっちまえばいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">要するに、おまえらを脅かしてるんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どうにかしろって脅してるんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">拗ねてるだけだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言い過ぎです！ あなたがそんなことを言ったと知れば、涼宮さんが悲しみます！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺には言う資格があるはずだぜ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど拗ねてることが悪いわけじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰にだってそんな気分の時がある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">問題なのはおまえらのやり方だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さんざん甘やかしやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたに言われたくありません！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">結局今日も、あなたがどうにかしたじゃないですか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからやり方の問題なんだよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ニトログリセリンみたいな扱いをしやがって…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当にそうなっちまったじゃねえか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人間はな、ニトロみたいな扱いをされればニトロになるしかないんだよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえら、あのままでいいと思ってたのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの映画撮影の時でさえ、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが俺にあいつを許すべきだと言ったとき、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">世界だの神だのそんなことしか言わなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの行動そのものの正当性について何も言わなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">純粋に一人の人間としての行為として見たとき、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">先輩と友達を池に放り投げた、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">純真な少女に酒を飲ませて濡れ場を演じさせようとした、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人間をオモチャ扱いした、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これがなぜ正しいのか言ってみろ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">得意の嘘で言いくるめてみろ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれを納得させてみろ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今言ってみろ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっさとやれ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言え！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたをだますなんてことができるわけがないでしょう！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたはその人の本質を一目で見抜いてしまいます。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから夏合宿ではあなたに見破られているとも知らずに我々は茶番劇を続けていました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あなたはベトンの要塞みたいな涼宮さんの精神の遮蔽物をわずか数週間で粉々に突き崩してしまいました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
三勢力ともあなたと接触したときは一切の嘘をまじえずに手の内をさらすしかありませんでした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれを持ち上げてごまかそうって言うのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういうのが卑怯だっていうんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だいたい嘘をまじえずにってなんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">朝比奈さんのことをフリだとかいいやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「冗談だって言ったでしょう！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">調子に乗って口が滑っただけです！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">直前に言った涼宮さんをめぐる闘争については全て事実です。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そこまではあなたは黙って聞いていました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど朝比奈さんの様子を演技だと言った時あなたはすぐに顔色を変えました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「結局あいつのあの時の行動の正しさについては何も言えないんだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれがあいつを許す気になったのはおまえの下らない講釈を聞いたからじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">谷口のおかげだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当におまえらは何の役にも立たねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だいたい朝比奈さんが好んであんなことをしていたと思っているのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">仕事だからあそこにいただけだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ましてＳＯＳ団がなかった中学時代、あいつの周りから誰もいなくなっても当たり前じゃねえか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「仕方がなかったんです！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
涼宮さんが今のようになるには、その人を傷つけることがすなわち自分が傷つくことなんだと思える人が必要でした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あのころはあなたに頼るわけにはいかなかったんです！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">中学時代の涼宮さんにとって、あなたはただの…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「アカの他人だな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ただの初恋の人でしかありませんでした……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そういうのをアカの他人っていうんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いっぺん会ってあいつの言うことを聞いただけで、なんか責任取らされてたまるか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの、お話の途中で悪いんだけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが話に割り込んできた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君が笹の葉の季節に出会った女の子って……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「中学一年のころのハルヒですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの状況でわざわざ他の女の話をすると思いますか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君ならやりかねないと思ったけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この人とは初対面のはずだけど、何でこんなことを言われるんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、誤解を解いておこう。古泉は別にほったらかしにしておいてもいいだろうし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつが失った十五年のうち、三年間だけをとりもどしてやりました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういうこと？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そうは言っても、あいつの過去そのものに干渉したり、記憶をいじったりしたわけではありません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それはやったらいけないことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おれがやったことは、おれと出会う前の三年間がさびしくなんかなかったんだと、現在のあいつに信じさせただけです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ジョン・スミスに出会ったことで、自分には味方がいたんだと信じさせた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、おまえがあの時のことを覚えていたらの話だが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえは忘れてはいないのか？ あいつはおぼえていたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「フン、君はまだそんなことを言ってるの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何をえらそうに『さんざん甘やかしやがって』よ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが小さくため息をついた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君がいちばんあの子を甘やかしてるじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あ、古泉と同じことを言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門にも言われたか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あの子があんなに繊細で傷つきやすくなったのはね、君があの子をガラス細工みたいにバカ丁寧に扱ってるからよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それは……、大切なものだから…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「限度があるわよ！ 女の子はね、ガラス細工みたいに扱われれば本当にガラス細工になっちゃうのよ！ </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当に男って女を無責任に甘やかすのね。君も、この古泉君も…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あ、古泉と同じに扱われた。なんかイヤだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……今まで完全に「俺対店じゅうの女ども」だった空気に微妙な変化が生まれた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長以外の店員たちがなんだか複雑な表情をしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたたちもあの子みたいに丁寧に扱われたい？
やめときなさい。あとがつらいわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まあ、今日は特別サービスです。あいつを怒らせちゃいましたからね。俺としてはあいつが俺に出会うまではひとりぼっちだったと思わせておいた方が都合がよかったんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そこまで突き放すことなんかできないくせに…。どうせここまで甘やかしたんだったら、残りの十二年間も取り戻してあげたら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まあ、いくら君でもそこまではできないか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「できますよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉はハルヒからいきなりいらん力を与えられた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門も朝比奈さんも命令によってハルヒに接触した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれは違う。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれは自分からあいつに声をかけました。おれは自分の意思であいつに近づきました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここまで関わってしまった以上、ほったらかしにするわけにはいきません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は振り返って電話のマイクにしゃべった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なぁ、古泉。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんです？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは、完全におれに下駄を預けてしまえばいいと今でも思っているか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もちろん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「本来こんなことはおれたちの仕事じゃないと思わないか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何を言いたいのかわかりませんね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの五月、なぜあそこに呼び出されたのがおれだけだったんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが涼宮さんに唯一選ばれた人だからですよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、なぜおれだけが選ばれたんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「珍しいですね、惚気るおつもりですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえはもっと嘘が上手いはずだ。嘘をつくなら本気でだませ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは何を言いたいんですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もう八ヶ月も前だ。機関でもあの事件のことを細かく分析しているはずだ。俺もあの時のことについてずっと考え続けてきた。俺が気付くようなことだ。おまえらなら他のデータとも照合して分析することが可能だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが何を言いたいのか、僕にはさっぱりわかりません！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「答えろ、古泉！ なんでおれだけが呼び出されたんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうしても俺の口から言わせたいらしいな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱり卑怯者だよ、おまえらは…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんであそこに、あいつの両親がいなかったんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ受話器を叩き切るな。それは長門ん家の電」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ガシャーン！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話だ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は小さくため息をついた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やれやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君……、本当にあの子が君のことを忘れたかもしれないと思ってたの…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつがさっきそう言っていたのを聞いていたでしょう？ ずっと不安でした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わたしたちは君があの子を一方的に突き放してからいきなり引き寄せるのは機嫌を取るためのテクニックなのかと思ったけど、本当はただのバカだったのね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うわ、初対面の人にもバカって言われた！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっとくらい女が拗ねたからって、そのまま受け取ってどうするのよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">きっとあの子、自分の名前を忘れたとしても、君との思い出を捨てたりはしないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話が鳴った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">通話ボタンを押した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">つい自分でやってしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたの勝ちです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえか、古泉。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでおまえまでここに電話してくる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「携帯には出てもらえないと思いましたから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「スピーカーになってるんだ。話せないことはしゃべるな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「心得ました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まだ半分だがな。おまえがのんきに電話をかけていられるっていうことは…おさまったのか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「見事なものです。一日に二度も涼宮さんを救うとは。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺があいつを救ったんじゃない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういうことです？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつが祈ればおれを守れる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「当然です。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはおれのことを忘れていなかった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「当然です。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつが俺を救ったんだよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮さんがあなたのことを決して忘れたくなかった、というだけのことじゃないんですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはそう信じてくれた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが信じさせたんじゃないですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">めんどくせえな、おまえも。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今のおまえにいちばん必要なものは何だかわかるか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うかがいましょう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「『割り切り』だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「便利な言葉ですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もともとおまえが言ったんだろうが……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかし、あなたが今日負けてしまえば良かったとも思います。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何を言ってるんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたはこの後、長門さんのバグをきれいに消去してしまうでしょう。つまりいつもの通り、涼宮さんと長門さんの両方を、最後まで守りきってしまうのでしょう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「文句があるのか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは今日、さっき自分で言った通り、涼宮さんか長門さんか、どちらかを決定的に傷つけてしまえばよかった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">頭に血が上った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「てめえ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どちらにしろあなたは、いつかはそれをやらなければならないのですから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんがコクリと頷いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでもかんでもおれにやらせやがって……、おまえがやれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなただから許されるんですよ……。あの二人はあなたには何をされても、最後には許さないわけにはいかない。そういうさだめなんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことはない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつはさっき「たとえおれでも許さない」と言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……おかしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何かが足りない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきあいつの言葉をそのまま受け取ってはならないと言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの言葉を受け取るためには、もう一段階が必要な気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつはさっき、『誰かを傷つけたら自分が痛い』と言った。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なるほど、他人の痛みを自分の痛みとして引き受けるとは、さすが涼宮さんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえはもっと嘘が上手い奴だと思っていたがな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「本音を言え。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……涼宮さんらしくない、平凡な思想ですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。ものすごくチンプな言葉だ。そんなことはなぁ………」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰だって知ってる！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「他人を傷つければ自分が傷つけられる。当たり前だろうが！ </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">生きているだけで誰かに傷つけられる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">生きているだけで誰かを傷つける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど死ねばさらに誰かを傷つけることになる！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">朝倉のあの言葉を思い出していた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「他人とまったく触れあわずに生きていくことなんかできない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分が傷つくことによって初めて他人を傷つけていたことを知る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">傷つけたり傷つけられたりしながら、のたうちまわりながら生きていくしかない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">のたうちまわりながら、他人との距離を測るようになる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこまで踏み込んでいけば人を傷つけるのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこで踏みとどまったら、傷つけずにすむのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お互いに間合いを測りながら生きていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰でも他人との折り合いをつけて生きていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんであいつはおれと出会うまでそんなことさえ知らなかったんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰のせいだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえらのせいじゃねえのか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あいつのあの容姿で、あんな調子のことを続けていたら、ひどいいじめを受けていてもおかしくない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかしあいつの性格にはそんな陰が一切ない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつがいじめられれば良かったとか、陰があったほうがいいとか言ってるわけじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">問題なのは、あいつには被害者意識も加害者意識も全くないってことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">少なくともあの五月まではそうだった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何故だ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえらがガードしたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それもあいつのストレスになりそうなものを排除しただけだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ただ物理的にあいつから遠ざけただけだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの目から、嫌なものが見えないように隠しただけだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつは、どんなに他人を傷つけていても、傷つけていることさえ知らされなかったんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何がナントカ空間だ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ストレスなんてものはなぁ、誰にだってあるんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何であいつだけが特別なんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかし…、我々はそうするしか…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつが『やる』前になんでアレが発生すると思う？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それは、そういうものだとしか……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカ言え。長門は何の前触れもなくやったぞ！ </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえも言っていただろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いきなり改変してしまえばみんな最初からそうだったと思う。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰も今の世界に疑問を持たない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だったらそれはそれでいいじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本気でやるつもりだったら長門みたいにやっちまえばいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">要するに、おまえらを脅かしてるんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どうにかしろって脅してるんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">拗ねてるだけだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言い過ぎです！ あなたがそんなことを言ったと知れば、涼宮さんが悲しみます！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺には言う資格があるはずだぜ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど拗ねてることが悪いわけじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰にだってそんな気分の時がある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">問題なのはおまえらのやり方だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さんざん甘やかしやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたに言われたくありません！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">結局今日も、あなたがどうにかしたじゃないですか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからやり方の問題なんだよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ニトログリセリンみたいな扱いをしやがって…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当にそうなっちまったじゃねえか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人間はな、ニトロみたいな扱いをされればニトロになるしかないんだよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえら、あのままでいいと思ってたのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの映画撮影の時でさえ、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが俺にあいつを許すべきだと言ったとき、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">世界だの神だのそんなことしか言わなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの行動そのものの正当性について何も言わなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">純粋に一人の人間としての行為として見たとき、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">先輩と友達を池に放り投げた、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">純真な少女に酒を飲ませて濡れ場を演じさせようとした、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人間をオモチャ扱いした、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これがなぜ正しいのか言ってみろ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">得意の嘘で言いくるめてみろ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれを納得させてみろ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今言ってみろ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっさとやれ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言え！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたをだますなんてことができるわけがないでしょう！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたはその人の本質を一目で見抜いてしまいます。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから夏合宿ではあなたに見破られているとも知らずに我々は茶番劇を続けていました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あなたはベトンの要塞みたいな涼宮さんの精神の遮蔽物をわずか数週間で粉々に突き崩してしまいました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
三勢力ともあなたと接触したときは一切の嘘をまじえずに手の内をさらすしかありませんでした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれを持ち上げてごまかそうって言うのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういうのが卑怯だっていうんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だいたい嘘をまじえずにってなんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">朝比奈さんのことをフリだとかいいやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「冗談だって言ったでしょう！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">調子に乗って口が滑っただけです！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">直前に言った涼宮さんをめぐる闘争については全て事実です。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そこまではあなたは黙って聞いていました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど朝比奈さんの様子を演技だと言った時あなたはすぐに顔色を変えました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「結局あいつのあの時の行動の正しさについては何も言えないんだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれがあいつを許す気になったのはおまえの下らない講釈を聞いたからじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">谷口のおかげだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当におまえらは何の役にも立たねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だいたい朝比奈さんが好んであんなことをしていたと思っているのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">仕事だからあそこにいただけだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ましてＳＯＳ団がなかった中学時代、あいつの周りから誰もいなくなっても当たり前じゃねえか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「仕方がなかったんです！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
涼宮さんが今のようになるには、その人を傷つけることがすなわち自分が傷つくことなんだと思える人が必要でした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あのころはあなたに頼るわけにはいかなかったんです！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">中学時代の涼宮さんにとって、あなたはただの…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「アカの他人だな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ただの初恋の人でしかありませんでした……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そういうのをアカの他人っていうんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いっぺん会ってあいつの言うことを聞いただけで、なんか責任取らされてたまるか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの、お話の途中で悪いんだけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが話に割り込んできた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君が笹の葉の季節に出会った女の子って……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「中学一年のころのハルヒですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの状況でわざわざ他の女の話をすると思いますか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君ならやりかねないと思ったけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この人とは初対面のはずだけど、何でこんなことを言われるんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、誤解を解いておこう。古泉は別にほったらかしにしておいてもいいだろうし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あいつが失った十五年のうち、三年間だけをとりもどしてやりました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういうこと？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そうは言っても、あいつの過去そのものに干渉したり、記憶をいじったりしたわけではありません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それはやったらいけないことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おれがやったことは、おれと出会う前の三年間がさびしくなんかなかったんだと、現在のあいつに信じさせただけです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ジョン・スミスに出会ったことで、自分には味方がいたんだと信じさせた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、おまえがあの時のことを覚えていたらの話だが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえは忘れてはいないのか？ あいつはおぼえていたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「フン、君はまだそんなことを言ってるの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何をえらそうに『さんざん甘やかしやがって』よ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが小さくため息をついた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君がいちばんあの子を甘やかしてるじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あ、古泉と同じことを言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門にも言われたか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あの子があんなに繊細で傷つきやすくなったのはね、君があの子をガラス細工みたいにバカ丁寧に扱ってるからよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それは……、大切なものだから…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「限度があるわよ！ 女の子はね、ガラス細工みたいに扱われれば本当にガラス細工になっちゃうのよ！ </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当に男って女を無責任に甘やかすのね。君も、この古泉君も…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あ、古泉と同じに扱われた。なんかイヤだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……今まで完全に「俺対店じゅうの女ども」だった空気に微妙な変化が生まれた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長以外の店員たちがなんだか複雑な表情をしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたたちもあの子みたいに丁寧に扱われたい？
やめときなさい。あとがつらいわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まあ、今日は特別サービスです。あいつを怒らせちゃいましたからね。俺としてはあいつが俺に出会うまではひとりぼっちだったと思わせておいた方が都合がよかったんです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そこまで突き放すことなんかできないくせに…。どうせここまで甘やかしたんだったら、残りの十二年間も取り戻してあげたら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まあ、いくら君でもそこまではできないか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「できますよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉はハルヒからいきなりいらん力を与えられた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門も朝比奈さんも命令によってハルヒに接触した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれは違う。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれは自分からあいつに声をかけました。おれは自分の意思であいつに近づきました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここまで関わってしまった以上、ほったらかしにするわけにはいきません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は振り返って電話のマイクにしゃべった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なぁ、古泉。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんです？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは、完全におれに下駄を預けてしまえばいいと今でも思っているか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もちろん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「本来こんなことはおれたちの仕事じゃないと思わないか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何を言いたいのかわかりませんね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの五月、なぜあそこに呼び出されたのがおれだけだったんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが涼宮さんに唯一選ばれた人だからですよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、なぜおれだけが選ばれたんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「珍しいですね、惚気るおつもりですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえはもっと嘘が上手いはずだ。嘘をつくなら本気でだませ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは何を言いたいんですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もう八ヶ月も前だ。機関でもあの事件のことを細かく分析しているはずだ。俺もあの時のことについてずっと考え続けてきた。俺が気付くようなことだ。おまえらなら他のデータとも照合して分析することが可能だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが何を言いたいのか、僕にはさっぱりわかりません！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「答えろ、古泉！ なんでおれだけが呼び出されたんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうしても俺の口から言わせたいらしいな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱり卑怯者だよ、おまえらは…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんであそこに、あいつの両親がいなかったんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
