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「水晶の夜④」(2020/03/07 (土) 01:26:55) の最新版変更点
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<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒが沈黙した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これを言うのはまずいかもしれんが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">仕方がない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その子、名前は？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「聞かなかった。自分からも言わなかった」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そう……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこでとか、いつの話かとか聞かれても答えられないがな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……そう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだかしんみりしているみたいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえはあの日のことを忘れてないのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえと俺の本物の出会いの日を、ちゃんと覚えているのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聞くことはできない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどこれだけは言える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえ……、ほんとうにひとりぼっちだったのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">静寂が店の中を包み込む。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきまでの針のむしろのような沈黙とはちがい、本当にやさしい静けさだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しばらくしてからハルヒが声を出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた本当に有希に変なことしてないでしょうね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえのしんみりは三十秒続かないんだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「してねえよ。さっき言ったろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「変なことをしているのは、あなた達。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、その台詞は部室で聞いたからもういいだろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いい加減その手の話題は勘弁してもらいたいんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あの、孤島に行った時、あなたはピンクのキャミソールに、直立していなければ中が見えそうなミニスカートをはいていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれはキャミソールじゃないわよ！ ただのノースリーブよ！ そうよね、キョン！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「正直言ってよくわからん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「彼はあの時、あなたの服装など見ていない。彼が見ていたのはあなたの肩と腕と脚と臍と……下着。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あああ、あれはキャミソールだ、キャミソール。長門が言ってる下着ってのはそのことだ、うん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そうよね、あれはキャミソールなのよ。あんたあたしのキャミソール姿をジロジロみてたわよねえ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ、俺が見てたのはキャミソールだ。ピンクでかわいかったぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたにかわいいって言われてもうれしくともなんともないわよ、バカ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これは手厳しいな、ハハハ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつもこんな感じじゃないのよ、ウフフ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……俺たち二人以外は誰も笑ってないな。ああ、なんか連帯感…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたはギリギリのミニスカートでありながら彼に臀部を向けて何度も四つん這いになっていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、やっぱり許してくれないのか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたたちのこんな会話まで聞こえてきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『ハルヒ、もうちょい右だ。』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『こんな感じ？』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『いいぞ、ありがとう。』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『いくわよ…、３、２、１…』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その後、彼が唾を飲みこむ音が聞こえた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うーん…、右って何のことだったかしら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え、えーとあれだ。王様ゲームの割り箸のことじゃねえか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それを引く時に３、２、１って…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">で、緊張のあまり唾を飲みこんだんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あ、あの時はよく恥をかかせてくれたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『大好き』の寸止めなんかしやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれはおしおきよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがズボンはいてきたらあんたあきらかに不機嫌そうだったじゃないの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時は古泉君や妹ちゃんもいたんだからね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ちょっとは場所をわきまえなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「３・２・１の後、ミニスカートのあなたは彼に向かって立て膝をした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、俺たちの会話をスルーするな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかも王様ゲームの後わざわざスカートに履き替えて彼の正面でずっと安座し続けた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼は拗ねていたからか見ないようにしていたが、結局あなたの方を見た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼が自分の方を見てくれた時のあなたのホッとした顔は今でも忘れない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、忘れていいぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは女ばかりになったらいきなりジャージに着替えた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あそこは冷房が強すぎるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">墓穴を掘るな……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「冷房が強いのは館中全て同じ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたは女たちの前より彼の前の方が露出度が高い。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ひ、ひとを露出狂みたいに言わないで！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さらにその日の夜……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な、長門それだけは…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたと彼は泥酔したフリをしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、俺はなんにも覚えてないんだが、おまえは覚えているか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あたしも…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいじょうぶ。わたしが覚えているから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門てめえ、さっきの俺のセリフをパクッたな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">またメールが来た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本文 「一度はストレスが沈静化したものの、ついに閉鎖空間が発生。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉…、これは俺のせいじゃなくて長門のせいだぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">…まだいいか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今はこっちをどうにかしないと。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">がんばれ機関。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">がんばれ古泉。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「泥酔したフリをしたあなたは彼に抱きつき……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしが抱きついたんじゃないわ！ キョンが抱き寄せたのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う、おまえが抱きついたんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたが抱き寄せたの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうじゃなくておまえが…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、まだあたしに恥をかかせたいわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ごめんなさい…。じゃなくて……、そうだ、俺がソファーに座って背もたれにそって腕を伸ばしていたら、おまえが酔っぱらってたまたまこっちに倒れ込んできたんだ。そうに違いない。うん、……ハルヒ、そうだって言え！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「………、あんたさあ、あの時、あたしの方をチラッと見たかと思うとあさっての方を見て、腕を伸ばしたかと思うとまたしばらくしたら引っ込めて、またあたしの方を上目遣いで見て、また腕を伸ばして…ってそれを何回くり返してんのよ！ 有希はにらんでるし、みくるちゃんは真っ赤になるし、古泉君は笑いをこらえてるし、相方のあたしが恥ずかしいわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが早く空気を読まないからじゃねえか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんであたしまかせなのよ！ ……って、あんたどれだけヘタレなのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うるせえ！ 俺がヘタレでおまえに迷惑をかけたことがあったか？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、今のは本気かしら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……さすがにこれはまずい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、今のはつっこむな、命令だ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">問題はこいつだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、今の発言はなしにしてくれるとうれし」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いきなりスピーカーが叫びだした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「みなさーん、ここにヘタレ野郎がいますよー。こいつはねえ、ずっと昔からあたしのことがほしくてほしくてたまらないくせに、一年近く手を出せない、意気地なしですよー。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お、おまえまさか、今の俺の状況をわかってて言ってるんじゃねえだろうな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君……、耳をふさいでも状況は変わらないわよ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハ、ハルヒてめえ…、恥かかせやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「今のはあたしが恥をかいたの！ こういうことを女の子に言わせること自体が恥をかかせてるの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">見なくてもわかる。女どもが全員首肯してるんだろうな、くそ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたはさらに彼の腿の上に座った。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「腿の上とか言うな。せめて膝の上と言え！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「膝の上に座ることなど不可能。言語による伝達には齟齬が生じることが多いが、それでもなるべく正確に表現すべき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どっちでも同じよ、バカ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ちょうど背もたれのある椅子が近くにあったので電話の前まで引きずってきて座った。長時間立ちっぱなしだったからな。疲れた。足を組んで座った。よし完璧だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン～、あんたまさかあたしの体を思い出して、おっきくしたりしてないわよねえ～。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
女どもの視線が突き刺さっているのが後ろをふり返らなくてもわかる。身の潔白を証明しようと思っても動きようがないのがつらい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ハルヒ、俺が今どんな状況に置かれているか、おまえにわかっているとしか思えないんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">見えるのか？ 実はこれがテレビ電話だったり…、さすがにそれはないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたし知ってるのよ～。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それは知ってるだろうな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたあの時もおっきく……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれは！ おまえが！ その上に座るからだろうが！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「へええ、あたしのせいなんだ…。だけどあんた、あの後あたしの体の、エッチなところをさわったりしたわよねえ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「エ、エッチな場所とか抽象的な言いまわしをするんじゃねえ！ 人に聞かれたら勝手に想像されるだろうが！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「具体的に言ってほしいの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言ってほしくありません！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なぜそういうことをわたしたちの前でやる。二人で部屋でやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「二人っきりでできるわけないじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">恥ずかしくて死んでしまう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あのなあ、ハルヒ。あのことはお互い無かったことにしたんじゃ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれえ、そんなこと話し合ったっけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">話し合ったら無かったことにできないだろうが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まあとにかく覚えてはいるんだな…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、あたしに忘れてほしいの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">忘れてほしいわけじゃない。忘れてほしいわけじゃないんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それとも、覚えててほしいわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういうのとも違うな。忘れないでいながら、無かったことにしてほしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、それは虫が良すぎるわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わかってますよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あのことは、忘れないでいて、そのまましまっていてほしい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ニュアンスが伝わったかな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたいいの？ あたしにそんなことを言って。しまっておいていいんなら必要なときに取り出すわよ。あの夜のことをあんたの人生を縛るのに使っちゃおうかな～。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何を言い出すんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「よく考えろ！ 俺もおまえも１６歳だ。お互い無限の可能性が…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたの可能性なんて一つでいいの！ どうせあんたのことだから選択肢がいくつもあるといつまでも選ばないからね…。あたしがかわりに選んであげるわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">冷や汗がじっとりとシャツににじんで気持ちが悪い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱ受話器に向かって土下座か？ とりあえずあやま……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「謝ったりしたら、あんたを警察に突き出すわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">くそ……。どうすりゃいいんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうねえ。あれを着せてあげたら許してくれるんじゃないかしら。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが外の結婚相談所のウィンドーを指さす。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだな。古泉に言ってあそこのパンフレットのモデルのアルバイトをさせよう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君に着せてもらえなければ意味がないのよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはウェディングドレスの着付けなんかできませんよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そういう意味じゃないってわかってるでしょう？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">現実逃避くらいさせて下さい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わった……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">な、何が？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたの十八年ちょうどの人生。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、俺は十六歳だ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この国の法律によると男性は…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うるせえ！ 他人事だと思いやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……キョン、あんたいやなの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">急に不安そうな声を出すな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「階段じゃないんだからなんでもかんでも三段とばしするんじゃねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ひどく寒い。暖房強めてくれ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「フン、冗談よ。あたしがあんたの人生なんかほしがると思う？ 自惚れないことね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぜえぜえ息が切れているのがわかる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……良かった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきのこういう反応にはムカついたが、今は本当に良かったと思う。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">助かった……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんでメールが来るんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本文 「閉鎖空間が急速に拡大。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">冗談じゃなかったのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「半分は冗談。半分は本気っていうところかしら。君があまりにも乗り気じゃないから、まるっきりの冗談っていうことにしたみたいね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">泣きたくなった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒ、おまえの趣味はおれを困らせることか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何が違うんだよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒの趣味はあなたに甘えること。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはあんたの趣味でしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしはあなたほどには彼に甘やかされていない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「要するにうらやましいわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………やる気？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やるわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっさとやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えっ………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わったら教えろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんで俺が一日に三回も女のケンカにまきこまれなきゃならん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえら二人の異常なほどの負けず嫌いが今回の騒動の原因の一つだとわかってるか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「朝比奈さんだったらきっとおまえらに譲るだろうな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わったのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わったわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わった……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何がだ？ 俺の十六年余りの人生とか言うなよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わったのは、あなたの青春。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「スルーしないでほしい。ジョーク……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきの会話を蒸し返しているのかと思ったぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それよりも、あたしの方があんたより甘やかされているってどういうことよ！ あたしは団長なのよ！ こいつに甘えるわけないじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒは何もないところから情報を生み出す力を持っている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おいっ、それはハルヒに聞かれちゃまずいだろ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わけのわからないことを言うんじゃないわよ！ キョンはみくるちゃんには優しいし、あんたのことを気遣っているけどね。あたしには…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言葉を変えていえば、あなたは嘘つき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ…、あたしがいつ嘘をついたって言うのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「彼が朝比奈みくるに優しいのは朝比奈みくるが彼に優しいから。彼がわたしに嘘をつかないのは、わたしが彼に嘘をつかないから。あなたは彼に優しくもできなければ、正直な態度を取ることもできない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしがキョンに優しくないっていうのは認めるけどね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはあなたが、彼よりもはるかに価値がある人間だから？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「誰がそんなことを言ったのよ！ あたしの前に連れて来なさい！ なぶり殺しにしてやるわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そう言ったのはおまえだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「この子なりの謝罪なのよ。君に対してついひどいことを言ってしまったことへの、ね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そう、嘘。あなたはそんなことを思っていない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「うそじゃないわよ！ 誰であっても自分と等価交換できるモノなんか、この世のどこを探しても見つかったりしないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたはコンピ研との勝負の前にもそんなことを言っていた。そして負けたら自分が出ていけと言われて、彼を涙目でにらんでいた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたはあたしには平気でうそをつくのね！ あたしあの時泣いてなんかいなかったわよ！ だって、キョンがあんな奴らに負けるわけがないでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんな奴ら」呼ばわりするな。あの時点ではコンピ研は完全な被害者だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういうこと？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は店長さんにことのあらましを説明した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まあ、負けてもいい勝負だったんですがね。ハルヒに勝たせてやりました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">閉鎖空間を恐れたわけではないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君はあの子をお隣さんに取られても良かったわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「先方が断ってきました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつらにハルヒを受け入れられるとは思えん。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話をもどす。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もどすな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、あたしがいつ嘘をついたって言うのよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼のことが少しも大切ではないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼が迎えに来ることなど期待していないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼が自分にとってからかいの対象でしかないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もっと早く彼に出会いたかったわけではないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼に会いたいわけではないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼の行動にやきもちをやいたことなどないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼の名字がほしくないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼のせいで泣いたわけではないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼のものになりたくないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼が傷ついてもかまわないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼と人生をともにしたくないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼の好きな髪型に変えていないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何よりも、彼のことが大嫌いだという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたは今日だけでも彼にこれだけの嘘をついている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから告白じみたことをしても信じてもらえない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今のあなたは眠り姫ではなく狼少年。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから起こしてもらえない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたはうそつき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、いい加減にしろ！ いくらなんでも嘘つき呼ばわりするな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「事実と違うと知りながら発言することを嘘というはず。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「嘘をつくっていうのは誰かをだまそうとすることだ。３歳の子供でもだませないような嘘を嘘とは言わねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">久しぶりに後ろから声がした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あーあ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ずいぶん楽しそうな声だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言っちゃった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが俺を見てにやりと笑った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「知らないわよ～。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺の何を知らないのか知りませんがきっと知らないんでしょうね。あなたとは今日が初対面のはずです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、あたしはねえ、今まで嘘をついたことなんか一度もないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それが嘘だろうが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな人間がいるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえはもっと上手に嘘をつく練習をしろ。下手すぎて聞いていて苦しい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何言ってんのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえに『大嫌い』と言われて本当に嫌われていると思えれば、あきらめもつく。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、あたしに『大嫌い』って言われて、それが嘘だと思いたくないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それが嘘だろうが本当だろうがおまえにそんなことを言われたくない。だけどおまえが今日言った『大嫌い』はただの嘘じゃないな。あの時の本音がいくらかなりとも含まれている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「つまりあんたは、さっき有希が言った大部分のことを全て嘘だと思ってるわけね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ん？ なんだか俺の方が追いつめられていないか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">完璧なまでに余計なことを言ったような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「つまりあんたは、あたしがあんたのことを大切に思っていて、実はあんたが迎えに来ることを期待していて、あんたが決してからかいの対象なんかじゃなくて、あたしがもっとあんたに早く出会えれば良かったと思っていて、あたしがいつもあんたに会いたがっていて、あんたが有希やみくるちゃんを見ているたびにあたしがやきもちを焼いていて、実はあんたの苗字を欲しがっていて、さっきあたしを泣かした犯人はあんたで、あたしがあんたのものになりたがっていて、あたしがあんたを傷つけることを何よりも恐れていて、あんたの残りの人生を欲しがっていて、実はあんたの気を引くためにポニーテールにしたことがあることを知っているっていうわけね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………そこまで自惚れてねえよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ふふん。そうね、バカ。そんなことあるわけないじゃないの。だけどあんたはそう思ってるっていうことね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ということは、今言ったようなことは改めてあたしからあんたに言わなくてもいいってことね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだろう、この敗北感は…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とりあえず先に進もう……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、結局おまえはハルヒに何が言いたいんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒ、あなたは朝比奈みくるのように彼に優しくできない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わたしのように彼に対して正直になれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでもあなたは彼に守られている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたがいちばん甘やかされているというのはそのこと。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だから、あたしはキョンみたいな奴に守られているなんて嬉しくないって、何回言えばわかるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは今、この瞬間でさえ、彼に守られている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「仲たがいをしている今でさえも、あなたは守られている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒ、気持ち悪い笑い方をするな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あんた女の子に気持ち悪いって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「目じりが思い切り垂れ下がっているにもかかわらず、頬の緩みをなんとか顔中の筋肉を使って引締めようとしているため細かく痙攣している。まるでニラメッコをしているヒョットコのよう。今の顔を携帯のカメラで撮った。今から彼の携帯に送信する。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやぁぁぁぁっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ジョーク。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あっ、あんたねえ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけどなぜ？ あなたが笑っていれば彼が喜ぶ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうせなら最高の笑顔で……って違うわ！
なんであたしが恥ずかしい思いをしてまでキョンを喜ばせなきゃならないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そう。あなたがミニスカートをはいて彼の前で体育座りをしたり、立て膝をしたり安座したりするのは羞恥に耐えてまで彼を喜ばすためではない。どんなことをしてでも彼に見てもらいたいから。つまり自分のため。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、それじゃあこいつがそれをして自分で喜んでるみたいじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつは俺を警察に突き出すとか言ってたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「二人とも馬鹿。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いきなりバカとか言うなよ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒ。彼を警察に突き出すことなどできない。あの時のあなた達の体勢はあなたの協力なしにはありえなかった。つまり犯罪ではない。あの場にいた目撃者たちの一致した見解。あれは猥褻行為ではあっても強制猥褻ではない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ワイセツとか言うんじゃねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたも馬鹿。涼宮ハルヒに土下座などしても喜ばない。彼女はあなたの卑屈な姿勢を見たいと思ったことなど一度もない。彼女があなたに土下座をさせるのはあなたに新しい下着を買ったことを自慢したいため。色を聞くのはあなたの好みに対するリサーチ。あなたがどんな色でも似合っているかのように言うので内心不満に思っている。なぜなら、事前準備だから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんの準備だよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「本人には聞かない方がいい。きっとあなたを殴る。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聞かねえよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「クリスマスイブ、わたしの部屋に全員来た時のことを思い出した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は長門が次に何を言い出すのかはっきりと予想することができた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ツイスターゲーム。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒ、あなたは彼とツイスターゲームをすることを望んだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれは古泉君が用意したんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが望んだから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしは古泉君にそんな指示をしてないわよ！
古泉君はキョンと違って気が利くの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ツイスターゲームを用意した古泉一樹を気が利くと評価している。つまり、あなたはあのゲームを望んでいたということ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐ………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかし長門ってここまで弁が立つやつだったかな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつもほとんどしゃべらないくせに今日は完全にハルヒを圧倒している。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もともと頭がいい奴だからな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけど、誰とやるかはルーレットで決めたじゃないの！
あたしはキョンと押し合いへしあいするなんて絶対いやだったんだからね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その理屈は長門には通用しねえぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは彼とゲームをすることを強く望んだ。わたしの操作が及ばないほどに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「操作って……、あんたまさかインチキしようとしてたの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自分以外と彼がゲームをすることを望まなかったと言ってもいい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「こらぁ、有希！ 自分に都合の悪いことはスルーするなぁ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自分が彼以外とゲームをすることを望まなかったと言ってもいい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まさかあんた、実はキョンとツイスターゲームをしたかったとかそんないやらしいことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まるっきりかみ合っていないにもかかわらず先に進んでいく会話っていうのも珍しいな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやらしいなどとあなただけには言われたくない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かみ合ったぞ。長門が妥協したな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたし達はね、ルーレットの通りのことをしたにすぎないのよ。古泉君が何がなんでも出た数字の通りにやらなきゃだめだって言うし。体に触りたかったわけでも、触られたかったわけでもないのよ！ もう一回言うわよ。全てはルーレットの数字！ 偶然よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">実は墓穴を掘ってるっていうことをおまえは知らないんだよな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどいい。長門はハルヒが偶然を必然に変えてしまうことを言うことはできない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無意識を証明することなど絶対に出来ないはずだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒがそうさせたとは言えないからな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「味をしめたあなたは、冬合宿の時も同じことをした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれも古泉君が…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの時の、あなたの服装。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思い出した。やばい……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは真冬にもかかわらず彼とツイスターゲームをする時にはノースリーブとホットパンツ一枚、生足で登場した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あそこは暖房が効きすぎていたわね、キョン。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだな。部屋着でも暑いくらいだった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「やはり共犯者のいやらしい連帯感を発揮する。あなたが涼しげな格好をしていたのは彼の前だけ。女ばかりになるとダブダブフカフカのスエットに分厚い靴下を履いていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おばさん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「団長？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ゆ、許してほしい……。今の発言だけは謝罪する…。二度と彼に聞こえるように『おばさん』などと呼ばない…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「許してくれないと、さっきのヒョットコのような顔を彼に見せる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたやっぱり写真撮ってたの？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う。わたしが顔真似をする。さっきのあなたの顔はこんな感じ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやぁぁぁぁっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これをあなたの顔だと言って彼に見せる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やめてぇぇぇぇっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだかすごく見たくなってきたぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたは黙ってなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うるさいぞ、おばさん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………あたしは拗ねた！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「冗談だ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
女と話す時に体重のことと年齢のことだけは冗談にしちゃいけないってのはほんとだったんだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたりまえ…。だいたいこの騒動の大本は君があんなスタイルのいい子をデブ呼ばわりしたからでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
スタイルのいい奴だからふとってるって言われても気にしないと思ったし、まだ高校一年生だからおばさんって言われても怒らないかと思ったんだが（３歳の長門から見れば１６歳のハルヒはおばさんなのか？ そう考えてみるとますます朝比奈さんの本当の年齢を知りたくなった）。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしは許してもらえたと考えて話を続ける。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰も許したなんて言ってないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「許してくれないとあなたの定期入れに何が入っているかを彼に暴露する。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえ、電車通学じゃないだろ。なんで定期入れなんか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うっさいわよ、バカ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なぜ俺が馬鹿呼ばわりされるんだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やはりわたしは許してもらえたらしい。話を続ける。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰が許したなんて言ったのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「こうまで言って許さないということは、あなたはスカートの中と同じように定期入れの中も彼に知られたいと思っているということになる。本当は秘めた思いに気づいてほしい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「許すわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「団長、寛大な処置に感謝する。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「有希がこんな卑怯者だとは思わなかったわ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう一つ印象的だったのはあなたたち二人の表情。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやー、あの時のおまえの表情は見てないなー。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あたしもあの時のあんたの表情は見てないわ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「当然のこと。まず涼宮ハルヒが四つん這いになり、それに覆い被さってあなたが四つん這いになっていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">互いの表情など確認できるわけがない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だから、ルーレットでそうなったって言ってるでしょ！ キョン、あんたからもそう言いなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺が言っても長門には通用しないんだって…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もっともあなたたちのこと。あの状況では相手の表情など確認できる姿勢であっても見ることなどできるわけがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分を抑えるのに必死。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あ、あんたまさか、楽しんでたわけじゃないわよね…、ルーレットで最悪の数字が出て、あたしがあんなに嫌がってたのに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">え、えーと。これは何て答えればいいんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒ、あなたは全然嫌そうな顔をしていなかった。真っ赤な顔をして目を細め、鼻の穴を思い切りふくらませ、口をうっすら開けていた。真似をしてみると、こんな顔をしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやぁぁぁぁっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「恍惚。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やめてぇぇぇぇっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきもこんなやりとりをしてたな、おまえら…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そして彼の表情……。鼓動をあなたに悟られたくないのか胸を背中につけたくない、だけどつけたいと顔に書いてあった。何回もつばを飲みこみながら、三秒ごとにつけたり離したりしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれは、腕が疲れただけだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「最後にはぴったりくっつけていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから疲れたんだって！ 体をずっと同じ状態に保つってのは大変なんだぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえにはわからないだろうけどな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おまえだったらじっとしていようと思えば一週間でも十日でも同じ姿勢で読書していられるだろうが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「たしかに、体を同じ状態に保つことの難しさはわたしにはわからない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「女のわたしには。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">う………。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン……、あんたあの時、ずっと体を同じ状態になんかしてなかったわよね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">できるか、バカ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「時間が経つにつれて変化していく様子が観測できたんだけど……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒが吐き捨てるような口調で言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ああ、イヤだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは……、そういうおれを軽蔑するのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「出たっ、卑怯な質問！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけとさっきと違って認めちゃってるからね…、さっきのようにはいかないわよ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">後ろで店員どもがこそこそ話している。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">体の変化を認めたことがまずかったんだろうか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたを軽蔑するかって、当たり前じゃないの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">団長たるあたしに変な気持ちになるなんて、何を考えてるのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんた、いつもボーっとした顔してるけど、そんなこと考えてたの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">気色悪い！ 気色悪い！ 気色悪い！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これからは部室であんたと二人だけにならないように気をつけなきゃね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もう一回言うわよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしはあんたを軽蔑しているの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あんたをＳＯＳ団に入れたのは、何の役にも立ちそうにないけど、あたしにバカにされるためだけならば部室に置いておいてもいいかと思っただけよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だってね、本当にあんた何の取り柄もないもの！ </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
勉強もスポーツも音楽も、ぶっちぎりであたしより下だし、みくるちゃんみたいに可愛くもないし、有希みたいな万能選手でもないし、古泉君みたいな美少年でもないしね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがあんた程度の男を軽蔑するのは当然のことでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は何も言えずに黙っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒもそれ以上は続けることなく黙りこんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺があまりにも何も言わないのに焦れたのか、ハルヒが叫んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「嘘よ…。嘘を言ってるの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえはクレタ人か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから……、さっき言ったことは全部嘘なの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうかい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それしか言えなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">静寂。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
さっきから幾度もあったような俺だけが針のむしろに座っているようなそれではなく、ましてさっきのようなやさしい静けさでは勿論なく、お互い何を言ったらばいいのかわからず、それでいてこのままにしておけば何かが壊れてしまいそうな沈黙。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど俺はこの時口に出すべき言葉なんか持っていなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒがまた同じことを叫んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから聞いてた？
ウソだって言ってんでしょうが！ あんたわかってるんでしょう？ このあたしがあんたを軽蔑なんかできるわけないでしょうが！ バカ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">バカ、ね………。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">バカという言葉には頭が悪いという意味しかないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはため息をついて言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やれやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">嘘だろうが本当だろうが、おまえからあんな言葉を聞くのはつらい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たしかに俺はおまえが嘘をつくのが下手だということを認めた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれが嘘だと誰にでもわかるからといって、何でも言っていいわけじゃないんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まして言い終わってから「嘘だ」と言えば何でも許されるわけじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒもとうとう言うべき言葉を失ってしまったらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二人して黙り込んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話をもどす。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もどせ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今のは君が悪いのよ。あの子が絶対に答えられないようなことを聞くからよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しっかり答えてましたけどね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あんなことを言わなくても、否定したいなら否定すればいいし、肯定したいなら沈黙すればいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「否定しかできないような質問をしておいて、沈黙は肯定ってあんまりじゃないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とにかく今は長門の一言がありがたい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「女の体でも自らの意志と関係なく変化することがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱりありがたくない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「冬合宿から帰ってきてから、涼宮ハルヒはあなたをじっと見つめることが多くなってきた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに観測対象のことはよく見てるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「というより、あなたの下半身ばかり見るようになった。かつてはあなたの表情ばかり見ていたことと比べるとこれは重大な変化。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゆゆゆ、有希ぃ……、あんた何を言おうとしているの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だいじょうぶ。あなたが彼の体の変化を観測しても軽蔑したりしないように、彼があなたの変化を知ったとしても決して軽蔑したりしない。あなたの懸念は杞憂。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そういうことじゃないの！ 嘘だろうが本当だろうが口に出しちゃいけないことがあるの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今ので少しは懲りたかハルヒ……ってそれどころじゃない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしはウソをついたりしない。これから述べることは全て事実。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたはパソコンのディスプレーを見るふりをしながら彼を盗み見ていることが多い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼の目線がそこにあるわけでもないのに、何度も何度も足を組みかえる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
いきなり立ち上がったかと思うと、顔をうつむき加減にして内股にした足をモゾモゾ動かす。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
かと思えば椅子に深く腰掛け、天井を仰ぎ、舌をほんの少し出したかと思うとひっこめる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
両手で机の縁を強く握りしめ、何かに耐えているかのように、組んだ両脚を内側にしならせながら座ったままの体を反らす。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒがあーとかうーとか言ってるが、長門は無視して話を続ける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「言葉にする勇気がないなら、清潔なものだけでなくこの時の下着を彼に見せることを推奨する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おそらくその内側は彼に対する想いでべトべ………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒっ、受話器は誰が持ってる？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつの間にか有希が持ってるわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門から受話器を取り上げてスピーカーをカットしろ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんであんたがあたしに命令するのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「限界なんだ！ やれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかったわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">メールが来た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「閉鎖空間が拡大する一方。危険領域に入る。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「有希、団長命令よ！ その受話器をよこしなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これはわたしの家の電話…。なぜあなたに渡さなければならない？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これ以上キョンにおかしなことを吹き込ませないためよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから大丈夫だと。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これ以上あいつに変なことを聞かせたら殴るわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼からそれをするなと忠告されたはず。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「有希っ、キョンがやれって言ってんのよ。あんた逆らうつもり？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「くっ、わたしの唯一最大の弱点を突いてくるとは……、卑怯者。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「卑怯者って…、今日のあんたに言われたくないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだかバタバタしている音が聞こえてくる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">メールの続きが来た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「デッドラインまであと８分。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">また８分か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">同じ一日でやることだ。しかも同じ約８分前に前段階を終えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">世界改変の方向は、さっきと同じだと考えられる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">すると…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョ、キョン……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒっ、やったか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「抵抗してたけどね、あんたの名前出したらおとなしくなったわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">キョンっていうのは俺の名前じゃないけどな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「よくやったぞ、ハルヒ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、ありがと。じゃなくて、なんであんたにほめられて喜ばなきゃならないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うれしくないなら喜ぶな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それであたしにこんなことをさせてどうするつもり？ さっきから変なことばかり言って、今日のあんたは信用できないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ハルヒ、７分半だけ俺を信じろ。さっきも言った通り、おまえだけに話したいことがあるんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
（なんで７分半だけなのよ。ただ「俺を信じろ」ってどうして言えないのかしらね、このヘタレ野郎は…。）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ブツブツ言ってるのがはっきり聞こえるぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">というか、受話器持ってるっていうことは、わざと俺に聞こえるように言ってるだろ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話したい…、というより聞きたいことと言った方がいいか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何を聞きたいわけ？ 下らないことだったらぶっとばすわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">多分下らないことを聞く。だけどぶっとばすのは勘弁してくれ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はおまえのことだからこんな下らないことでさえ知りたい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うわぁ、また不意打ち。今日何回目かしら…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「四回目、五回目？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう数えるのも面倒になってきたわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「一日の間に何度でも同じ手にひっかかるこの子もこの子だけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">外野、本当にうるさい。今必死なんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえもスピーカーから変な声を出すんじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もうっ、わかったわよ！ 何を聞きたいわけ？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何よ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これからもそう呼んでいいか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「はぁ？ 下らないことを聞くって言ってたけど、ここまで下らないとは思わなかったわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえにとっては下らないことかもしれないが、おれにとっては大切なことなんだ。おまえの正式な許可をもらったわけじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんとなくいつの間にかドサクサでこう呼ばせてもらっているような気がする。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いつの間にかじゃないでしょ！ あんたが初めてそう呼んだのがあたしのポニーテールを褒めてくれた時だったから、特別に許してんのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「夏合宿の時は悪かったな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何が？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「痛くなかったか？ 手が。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しばらく沈黙したままだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ちよっと痛かったわよね…。あんた、風が強かったから必死にあたしの手にしがみついてたのね。いつもは手をブラブラさせてるくせに……あれが初めてだったわね。あたしを重しにするつもりだったの？ 言っておくけどあたしはあんたよりはるかに軽い…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたりまえだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「夏よりも冬の方がちょっとふっくらするのはあたりまえなんだからね！ 夏は水着になったり薄着になったりするから緊張感があるんだから！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことはどうでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だったらあんなこと言うな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり執念深い。昨日のことなのに根に持ってる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あれだけ軽かったんだから、引っ張り上げてくれれば良かったじゃないの！ 一緒に崖から落ちてどうすんのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえ、おれの上に落ちてきたじゃねえか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしの方が軽いから遅く落ちたの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえ、物理の成績は俺よりずっといいはずだよな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれが三日間昏睡していた時のことを覚えているか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">また沈黙した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでそんなこと思い出させるのよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">悪かったか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「せっかく忘れかけてたのになんで思い出させるのよ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんた三日間もあたしの前にいなかったのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">団長たるあたしを、三日間もひとりぼっちにしたのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時おまえもおれの前からいなくなってたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、なんにもわかってないみたいね……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時あたしがどんなに怖かったか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時あたしがどんなに嬉しかったか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あんたあの後、みくるちゃんは泣いたのに、あたしは泣かなかったってスネてたけどね…、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人間はね、本当に怖い時は涙なんか出てこないの…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゲロが出てくんのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「女の子を泣かせただけでも重罪なのに、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
恐怖のどん底にいる女の子を夜中の病院のトイレと病室を往復させるなんて、あんた何様よ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本来なら罰金なんていう軽い刑じゃすまされないような凶悪犯罪だわ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あの時あたしなんにも食べられなくて、胃の中が空っぽになって、胃液だけげえげえ吐いて……、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そのうち胃液さえも無くなって、出てくるものがすっぱい液から苦い液になって……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんた目をさました時『ヨダレを拭け』なんて言ってくれたけど、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あれは涎なんかじゃないわ。腸液よ、腸液！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえそんなこと一言も……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっきあたしが言ったこと覚えてないの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは、あんたの前でだけはカッコつけたいの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど釘を刺しておかないとあんた、またこのことを話題にしそうだからね……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんな怖い目に遭わせて！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">責任取りなさい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今すぐあの時のことを忘れさせなさいよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">断る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえにとっては恐ろしい記憶かもしれないが、おれにとってはこれも大切な思い出だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「万一またあんなことになったら…、あたしはどうやってあんたを守ればいいのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだ、そんなことか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「祈ればいいさ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">実はこの答えはさっきおまえ自身が出していたんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「気休め言うんじゃないわよ！ 祈るだけでどうなるっていうのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえあの時、祈ってくれなかったのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「………ふざけるんじゃないわよ。寝ても覚めても、夢の中でも、ゲロを吐きながらでも祈ってたわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その祈りはかなえられたはずだ。おまえは祈るだけでおれを守ることができる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやにきっばりと断言するのね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「事実だからな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「７分半はおれを信じろって言ったはずだぜ。まだタイムアップじゃないはずだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………ほんとうにそうなの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが祈ってくれたからおれは目を覚ますことができたんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうなの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………わかった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここで案外時間を食ったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">時計を見た。あと…何分だ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">アナログ時計ってのは案外不便だな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
今日みたいなことがあるんなら、千円くらいのストップウォッチつきのデジタルにでも変えるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やめといてあげなさい。それはあの子のご両親の君に対する覚悟の証なんだから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうしますか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とにかくもう時間が無い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">三年前の七夕のことは聞けない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどこれは最後に聞きたい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえその……、悪い夢のことを覚えていないか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どんな夢よ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どんな夢かは……、言えないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……、おまえが八ヶ月前に見た夢だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それだけじゃわからないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだよな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「すまん、何でもない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたねえ……。質問はもう終わり？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ひどく中途半端な気分だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だったら今度はあたしの質問に答えなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聞かれても答えられないことの方がはるかに多いが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっき……、おかずとか主食とか言ってたけど、あたしって何なの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そう言ってたのはおまえだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはその……、おれにとってのおまえがどんな存在かっていう意味か？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたりまえ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「団長だとかいつもおれのうしろに必ずいるやつっていうことだけじゃないな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたりまえでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その質問になら答えられそうだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれはそのことについてギリギリまで突き詰めて考えたことがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……それで、答えが出たの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もちろん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「で、答えは？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この答えはさっき長門が口に出している。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今日、有希の言ったことなんてたくさんありすぎておぼえてられないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「珍しいな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから答えは？ もったいぶらずに教えなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">イライラしてやがるな。タイムアップが早まると困るんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえはＳｌｅｅｐｉｎｇ ｂｅａｕｔｙ……、眠れる美女だ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………意味がわからないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やはりヒント一つでは無理か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが眠り姫だとわかったおれはおまえに対してある行動に出た。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ある行動って何よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ここで一つ聞きたいことがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「質問に質問で返すな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「質問自体が答えということもある。それにこのことはさっきも聞いた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは、五月に見た悪夢をおぼえているか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ずいぶん長い沈黙。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはそれをじっと待った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………、わかんないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「大切なことなんだ！ よく思い出してくれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度の沈黙を待つことはできなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お願いだ！ 思い出してくれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………てるわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「たのむ、もう一回言ってくれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おぼえてるわよ！ 忘れられるわけがないでしょ！ バカァ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえはそのことをおぼえてるんだな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「念押しするな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「忘れてはいないんだな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………うん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そ…、そうか……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">次の言葉が出せなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた………、泣いてるの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">気づかれたか……。バカにされるだろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お、おまえ……、さっき…、全部忘れたって言ったじゃねえか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">手の平で両方の眼をこすった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカね………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あっ、やっぱりバカって言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ほんとうにバカね、……あんた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二回言うほど大事なことなのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそんなことはもうどうでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">忘れないでいてくれた！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはおまえを忘れない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから、おまえもおれを忘れるな……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒ、忘れないでいてくれ、ここにおれがいたことを。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「『ここにいた』じゃなくて、『ここにいる』でしょ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだった。まだ終わったわけじゃない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">口に出してはっきり言ってみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれは、ここにいる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはここにいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえがここにいるかぎり、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かならずおれはここにいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かならずおまえのそばにいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからおまえもここにいろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二度とだまって</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここからいなくならないでくれ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた……、絶対そこにいなさいよ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからここにいると。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしが行くまで、決してそこを動くんじゃないわよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">えーと、ハルヒさん、話がつながって…、いるのかな？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もし逃げたりしたら…、許さないわよ……、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">すーっと息を吸う音が聞こえた。なんかデジャブ。今度はなんて言われるんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「たとえあんたでもねっ！」</div>
<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒが沈黙した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これを言うのはまずいかもしれんが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">仕方がない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その子、名前は？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「聞かなかった。自分からも言わなかった」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そう……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこでとか、いつの話かとか聞かれても答えられないがな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……そう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだかしんみりしているみたいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえはあの日のことを忘れてないのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえと俺の本物の出会いの日を、ちゃんと覚えているのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聞くことはできない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどこれだけは言える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえ……、ほんとうにひとりぼっちだったのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">静寂が店の中を包み込む。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきまでの針のむしろのような沈黙とはちがい、本当にやさしい静けさだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しばらくしてからハルヒが声を出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた本当に有希に変なことしてないでしょうね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえのしんみりは三十秒続かないんだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「してねえよ。さっき言ったろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「変なことをしているのは、あなた達。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、その台詞は部室で聞いたからもういいだろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いい加減その手の話題は勘弁してもらいたいんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あの、孤島に行った時、あなたはピンクのキャミソールに、直立していなければ中が見えそうなミニスカートをはいていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれはキャミソールじゃないわよ！ ただのノースリーブよ！ そうよね、キョン！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「正直言ってよくわからん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「彼はあの時、あなたの服装など見ていない。彼が見ていたのはあなたの肩と腕と脚と臍と……下着。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あああ、あれはキャミソールだ、キャミソール。長門が言ってる下着ってのはそのことだ、うん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そうよね、あれはキャミソールなのよ。あんたあたしのキャミソール姿をジロジロみてたわよねえ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ、俺が見てたのはキャミソールだ。ピンクでかわいかったぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたにかわいいって言われてもうれしくともなんともないわよ、バカ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これは手厳しいな、ハハハ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつもこんな感じじゃないのよ、ウフフ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……俺たち二人以外は誰も笑ってないな。ああ、なんか連帯感…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたはギリギリのミニスカートでありながら彼に臀部を向けて何度も四つん這いになっていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、やっぱり許してくれないのか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたたちのこんな会話まで聞こえてきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『ハルヒ、もうちょい右だ。』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『こんな感じ？』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『いいぞ、ありがとう。』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『いくわよ…、３、２、１…』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その後、彼が唾を飲みこむ音が聞こえた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うーん…、右って何のことだったかしら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え、えーとあれだ。王様ゲームの割り箸のことじゃねえか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それを引く時に３、２、１って…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">で、緊張のあまり唾を飲みこんだんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あ、あの時はよく恥をかかせてくれたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『大好き』の寸止めなんかしやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれはおしおきよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがズボンはいてきたらあんたあきらかに不機嫌そうだったじゃないの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時は古泉君や妹ちゃんもいたんだからね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ちょっとは場所をわきまえなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「３・２・１の後、ミニスカートのあなたは彼に向かって立て膝をした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、俺たちの会話をスルーするな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかも王様ゲームの後わざわざスカートに履き替えて彼の正面でずっと安座し続けた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼は拗ねていたからか見ないようにしていたが、結局あなたの方を見た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼が自分の方を見てくれた時のあなたのホッとした顔は今でも忘れない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、忘れていいぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは女ばかりになったらいきなりジャージに着替えた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あそこは冷房が強すぎるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">墓穴を掘るな……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「冷房が強いのは館中全て同じ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたは女たちの前より彼の前の方が露出度が高い。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ひ、ひとを露出狂みたいに言わないで！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さらにその日の夜……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な、長門それだけは…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたと彼は泥酔したフリをしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、俺はなんにも覚えてないんだが、おまえは覚えているか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あたしも…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいじょうぶ。わたしが覚えているから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門てめえ、さっきの俺のセリフをパクッたな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">またメールが来た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本文 「一度はストレスが沈静化したものの、ついに閉鎖空間が発生。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉…、これは俺のせいじゃなくて長門のせいだぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">…まだいいか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今はこっちをどうにかしないと。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">がんばれ機関。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">がんばれ古泉。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「泥酔したフリをしたあなたは彼に抱きつき……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしが抱きついたんじゃないわ！ キョンが抱き寄せたのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う、おまえが抱きついたんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたが抱き寄せたの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうじゃなくておまえが…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、まだあたしに恥をかかせたいわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ごめんなさい…。じゃなくて……、そうだ、俺がソファーに座って背もたれにそって腕を伸ばしていたら、おまえが酔っぱらってたまたまこっちに倒れ込んできたんだ。そうに違いない。うん、……ハルヒ、そうだって言え！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「………、あんたさあ、あの時、あたしの方をチラッと見たかと思うとあさっての方を見て、腕を伸ばしたかと思うとまたしばらくしたら引っ込めて、またあたしの方を上目遣いで見て、また腕を伸ばして…ってそれを何回くり返してんのよ！ 有希はにらんでるし、みくるちゃんは真っ赤になるし、古泉君は笑いをこらえてるし、相方のあたしが恥ずかしいわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが早く空気を読まないからじゃねえか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんであたしまかせなのよ！ ……って、あんたどれだけヘタレなのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うるせえ！ 俺がヘタレでおまえに迷惑をかけたことがあったか？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、今のは本気かしら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……さすがにこれはまずい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、今のはつっこむな、命令だ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">問題はこいつだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、今の発言はなしにしてくれるとうれし」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いきなりスピーカーが叫びだした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「みなさーん、ここにヘタレ野郎がいますよー。こいつはねえ、ずっと昔からあたしのことがほしくてほしくてたまらないくせに、一年近く手を出せない、意気地なしですよー。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お、おまえまさか、今の俺の状況をわかってて言ってるんじゃねえだろうな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君……、耳をふさいでも状況は変わらないわよ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハ、ハルヒてめえ…、恥かかせやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「今のはあたしが恥をかいたの！ こういうことを女の子に言わせること自体が恥をかかせてるの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">見なくてもわかる。女どもが全員首肯してるんだろうな、くそ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたはさらに彼の腿の上に座った。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「腿の上とか言うな。せめて膝の上と言え！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「膝の上に座ることなど不可能。言語による伝達には齟齬が生じることが多いが、それでもなるべく正確に表現すべき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どっちでも同じよ、バカ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ちょうど背もたれのある椅子が近くにあったので電話の前まで引きずってきて座った。長時間立ちっぱなしだったからな。疲れた。足を組んで座った。よし完璧だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン～、あんたまさかあたしの体を思い出して、おっきくしたりしてないわよねえ～。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
女どもの視線が突き刺さっているのが後ろをふり返らなくてもわかる。身の潔白を証明しようと思っても動きようがないのがつらい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ハルヒ、俺が今どんな状況に置かれているか、おまえにわかっているとしか思えないんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">見えるのか？ 実はこれがテレビ電話だったり…、さすがにそれはないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたし知ってるのよ～。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それは知ってるだろうな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたあの時もおっきく……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれは！ おまえが！ その上に座るからだろうが！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「へええ、あたしのせいなんだ…。だけどあんた、あの後あたしの体の、エッチなところをさわったりしたわよねえ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「エ、エッチな場所とか抽象的な言いまわしをするんじゃねえ！ 人に聞かれたら勝手に想像されるだろうが！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「具体的に言ってほしいの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言ってほしくありません！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なぜそういうことをわたしたちの前でやる。二人で部屋でやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「二人っきりでできるわけないじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">恥ずかしくて死んでしまう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あのなあ、ハルヒ。あのことはお互い無かったことにしたんじゃ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれえ、そんなこと話し合ったっけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">話し合ったら無かったことにできないだろうが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まあとにかく覚えてはいるんだな…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、あたしに忘れてほしいの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">忘れてほしいわけじゃない。忘れてほしいわけじゃないんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それとも、覚えててほしいわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういうのとも違うな。忘れないでいながら、無かったことにしてほしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、それは虫が良すぎるわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わかってますよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あのことは、忘れないでいて、そのまましまっていてほしい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ニュアンスが伝わったかな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたいいの？ あたしにそんなことを言って。しまっておいていいんなら必要なときに取り出すわよ。あの夜のことをあんたの人生を縛るのに使っちゃおうかな～。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何を言い出すんだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「よく考えろ！ 俺もおまえも１６歳だ。お互い無限の可能性が…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたの可能性なんて一つでいいの！ どうせあんたのことだから選択肢がいくつもあるといつまでも選ばないからね…。あたしがかわりに選んであげるわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">冷や汗がじっとりとシャツににじんで気持ちが悪い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱ受話器に向かって土下座か？ とりあえずあやま……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「謝ったりしたら、あんたを警察に突き出すわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">くそ……。どうすりゃいいんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうねえ。あれを着せてあげたら許してくれるんじゃないかしら。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが外の結婚相談所のウィンドーを指さす。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだな。古泉に言ってあそこのパンフレットのモデルのアルバイトをさせよう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君に着せてもらえなければ意味がないのよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはウェディングドレスの着付けなんかできませんよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そういう意味じゃないってわかってるでしょう？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">現実逃避くらいさせて下さい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わった……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">な、何が？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたの十八年ちょうどの人生。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、俺は十六歳だ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この国の法律によると男性は…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うるせえ！ 他人事だと思いやがって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……キョン、あんたいやなの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">急に不安そうな声を出すな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「階段じゃないんだからなんでもかんでも三段とばしするんじゃねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ひどく寒い。暖房強めてくれ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「フン、冗談よ。あたしがあんたの人生なんかほしがると思う？ 自惚れないことね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぜえぜえ息が切れているのがわかる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……良かった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきのこういう反応にはムカついたが、今は本当に良かったと思う。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">助かった……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんでメールが来るんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本文 「閉鎖空間が急速に拡大。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">冗談じゃなかったのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「半分は冗談。半分は本気っていうところかしら。君があまりにも乗り気じゃないから、まるっきりの冗談っていうことにしたみたいね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">泣きたくなった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒ、おまえの趣味はおれを困らせることか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何が違うんだよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒの趣味はあなたに甘えること。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはあんたの趣味でしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしはあなたほどには彼に甘やかされていない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「要するにうらやましいわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………やる気？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やるわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっさとやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えっ………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わったら教えろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんで俺が一日に三回も女のケンカにまきこまれなきゃならん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえら二人の異常なほどの負けず嫌いが今回の騒動の原因の一つだとわかってるか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「朝比奈さんだったらきっとおまえらに譲るだろうな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わったのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わったわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わった……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何がだ？ 俺の十六年余りの人生とか言うなよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「終わったのは、あなたの青春。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「スルーしないでほしい。ジョーク……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきの会話を蒸し返しているのかと思ったぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それよりも、あたしの方があんたより甘やかされているってどういうことよ！ あたしは団長なのよ！ こいつに甘えるわけないじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒは何もないところから情報を生み出す力を持っている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おいっ、それはハルヒに聞かれちゃまずいだろ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わけのわからないことを言うんじゃないわよ！ キョンはみくるちゃんには優しいし、あんたのことを気遣っているけどね。あたしには…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言葉を変えていえば、あなたは嘘つき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ…、あたしがいつ嘘をついたって言うのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「彼が朝比奈みくるに優しいのは朝比奈みくるが彼に優しいから。彼がわたしに嘘をつかないのは、わたしが彼に嘘をつかないから。あなたは彼に優しくもできなければ、正直な態度を取ることもできない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしがキョンに優しくないっていうのは認めるけどね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはあなたが、彼よりもはるかに価値がある人間だから？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「誰がそんなことを言ったのよ！ あたしの前に連れて来なさい！ なぶり殺しにしてやるわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そう言ったのはおまえだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「この子なりの謝罪なのよ。君に対してついひどいことを言ってしまったことへの、ね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そう、嘘。あなたはそんなことを思っていない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「うそじゃないわよ！ 誰であっても自分と等価交換できるモノなんか、この世のどこを探しても見つかったりしないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたはコンピ研との勝負の前にもそんなことを言っていた。そして負けたら自分が出ていけと言われて、彼を涙目でにらんでいた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたはあたしには平気でうそをつくのね！ あたしあの時泣いてなんかいなかったわよ！ だって、キョンがあんな奴らに負けるわけがないでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんな奴ら」呼ばわりするな。あの時点ではコンピ研は完全な被害者だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういうこと？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は店長さんにことのあらましを説明した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まあ、負けてもいい勝負だったんですがね。ハルヒに勝たせてやりました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">閉鎖空間を恐れたわけではないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君はあの子をお隣さんに取られても良かったわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「先方が断ってきました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつらにハルヒを受け入れられるとは思えん。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話をもどす。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もどすな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、あたしがいつ嘘をついたって言うのよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼のことが少しも大切ではないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼が迎えに来ることなど期待していないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼が自分にとってからかいの対象でしかないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もっと早く彼に出会いたかったわけではないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼に会いたいわけではないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼の行動にやきもちをやいたことなどないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼の名字がほしくないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼のせいで泣いたわけではないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼のものになりたくないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼が傷ついてもかまわないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼と人生をともにしたくないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼の好きな髪型に変えていないという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何よりも、彼のことが大嫌いだという嘘。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたは今日だけでも彼にこれだけの嘘をついている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから告白じみたことをしても信じてもらえない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今のあなたは眠り姫ではなく狼少年。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから起こしてもらえない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたはうそつき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、いい加減にしろ！ いくらなんでも嘘つき呼ばわりするな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「事実と違うと知りながら発言することを嘘というはず。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「嘘をつくっていうのは誰かをだまそうとすることだ。３歳の子供でもだませないような嘘を嘘とは言わねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">久しぶりに後ろから声がした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あーあ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ずいぶん楽しそうな声だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言っちゃった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが俺を見てにやりと笑った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「知らないわよ～。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺の何を知らないのか知りませんがきっと知らないんでしょうね。あなたとは今日が初対面のはずです。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、あたしはねえ、今まで嘘をついたことなんか一度もないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それが嘘だろうが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな人間がいるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえはもっと上手に嘘をつく練習をしろ。下手すぎて聞いていて苦しい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何言ってんのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえに『大嫌い』と言われて本当に嫌われていると思えれば、あきらめもつく。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、あたしに『大嫌い』って言われて、それが嘘だと思いたくないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それが嘘だろうが本当だろうがおまえにそんなことを言われたくない。だけどおまえが今日言った『大嫌い』はただの嘘じゃないな。あの時の本音がいくらかなりとも含まれている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「つまりあんたは、さっき有希が言った大部分のことを全て嘘だと思ってるわけね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ん？ なんだか俺の方が追いつめられていないか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">完璧なまでに余計なことを言ったような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「つまりあんたは、あたしがあんたのことを大切に思っていて、実はあんたが迎えに来ることを期待していて、あんたが決してからかいの対象なんかじゃなくて、あたしがもっとあんたに早く出会えれば良かったと思っていて、あたしがいつもあんたに会いたがっていて、あんたが有希やみくるちゃんを見ているたびにあたしがやきもちを焼いていて、実はあんたの苗字を欲しがっていて、さっきあたしを泣かした犯人はあんたで、あたしがあんたのものになりたがっていて、あたしがあんたを傷つけることを何よりも恐れていて、あんたの残りの人生を欲しがっていて、実はあんたの気を引くためにポニーテールにしたことがあることを知っているっていうわけね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………そこまで自惚れてねえよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ふふん。そうね、バカ。そんなことあるわけないじゃないの。だけどあんたはそう思ってるっていうことね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ということは、今言ったようなことは改めてあたしからあんたに言わなくてもいいってことね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだろう、この敗北感は…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とりあえず先に進もう……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、結局おまえはハルヒに何が言いたいんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒ、あなたは朝比奈みくるのように彼に優しくできない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わたしのように彼に対して正直になれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでもあなたは彼に守られている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたがいちばん甘やかされているというのはそのこと。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だから、あたしはキョンみたいな奴に守られているなんて嬉しくないって、何回言えばわかるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは今、この瞬間でさえ、彼に守られている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「仲たがいをしている今でさえも、あなたは守られている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒ、気持ち悪い笑い方をするな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あんた女の子に気持ち悪いって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「目じりが思い切り垂れ下がっているにもかかわらず、頬の緩みをなんとか顔中の筋肉を使って引締めようとしているため細かく痙攣している。まるでニラメッコをしているヒョットコのよう。今の顔を携帯のカメラで撮った。今から彼の携帯に送信する。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやぁぁぁぁっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ジョーク。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あっ、あんたねえ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけどなぜ？ あなたが笑っていれば彼が喜ぶ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうせなら最高の笑顔で……って違うわ！
なんであたしが恥ずかしい思いをしてまでキョンを喜ばせなきゃならないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そう。あなたがミニスカートをはいて彼の前で体育座りをしたり、立て膝をしたり安座したりするのは羞恥に耐えてまで彼を喜ばすためではない。どんなことをしてでも彼に見てもらいたいから。つまり自分のため。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、それじゃあこいつがそれをして自分で喜んでるみたいじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつは俺を警察に突き出すとか言ってたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「二人とも馬鹿。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いきなりバカとか言うなよ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒ。彼を警察に突き出すことなどできない。あの時のあなた達の体勢はあなたの協力なしにはありえなかった。つまり犯罪ではない。あの場にいた目撃者たちの一致した見解。あれは猥褻行為ではあっても強制猥褻ではない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ワイセツとか言うんじゃねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたも馬鹿。涼宮ハルヒに土下座などしても喜ばない。彼女はあなたの卑屈な姿勢を見たいと思ったことなど一度もない。彼女があなたに土下座をさせるのはあなたに新しい下着を買ったことを自慢したいため。色を聞くのはあなたの好みに対するリサーチ。あなたがどんな色でも似合っているかのように言うので内心不満に思っている。なぜなら、事前準備だから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんの準備だよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「本人には聞かない方がいい。きっとあなたを殴る。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聞かねえよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「クリスマスイブ、わたしの部屋に全員来た時のことを思い出した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は長門が次に何を言い出すのかはっきりと予想することができた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ツイスターゲーム。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒ、あなたは彼とツイスターゲームをすることを望んだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれは古泉君が用意したんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが望んだから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしは古泉君にそんな指示をしてないわよ！
古泉君はキョンと違って気が利くの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ツイスターゲームを用意した古泉一樹を気が利くと評価している。つまり、あなたはあのゲームを望んでいたということ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐ………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかし長門ってここまで弁が立つやつだったかな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつもほとんどしゃべらないくせに今日は完全にハルヒを圧倒している。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もともと頭がいい奴だからな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけど、誰とやるかはルーレットで決めたじゃないの！
あたしはキョンと押し合いへしあいするなんて絶対いやだったんだからね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その理屈は長門には通用しねえぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは彼とゲームをすることを強く望んだ。わたしの操作が及ばないほどに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「操作って……、あんたまさかインチキしようとしてたの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自分以外と彼がゲームをすることを望まなかったと言ってもいい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「こらぁ、有希！ 自分に都合の悪いことはスルーするなぁ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自分が彼以外とゲームをすることを望まなかったと言ってもいい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まさかあんた、実はキョンとツイスターゲームをしたかったとかそんないやらしいことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まるっきりかみ合っていないにもかかわらず先に進んでいく会話っていうのも珍しいな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやらしいなどとあなただけには言われたくない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かみ合ったぞ。長門が妥協したな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたし達はね、ルーレットの通りのことをしたにすぎないのよ。古泉君が何がなんでも出た数字の通りにやらなきゃだめだって言うし。体に触りたかったわけでも、触られたかったわけでもないのよ！ もう一回言うわよ。全てはルーレットの数字！ 偶然よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">実は墓穴を掘ってるっていうことをおまえは知らないんだよな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどいい。長門はハルヒが偶然を必然に変えてしまうことを言うことはできない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無意識を証明することなど絶対に出来ないはずだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒがそうさせたとは言えないからな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「味をしめたあなたは、冬合宿の時も同じことをした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれも古泉君が…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの時の、あなたの服装。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思い出した。やばい……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは真冬にもかかわらず彼とツイスターゲームをする時にはノースリーブとホットパンツ一枚、生足で登場した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あそこは暖房が効きすぎていたわね、キョン。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだな。部屋着でも暑いくらいだった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「やはり共犯者のいやらしい連帯感を発揮する。あなたが涼しげな格好をしていたのは彼の前だけ。女ばかりになるとダブダブフカフカのスエットに分厚い靴下を履いていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おばさん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「団長？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ゆ、許してほしい……。今の発言だけは謝罪する…。二度と彼に聞こえるように『おばさん』などと呼ばない…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「許してくれないと、さっきのヒョットコのような顔を彼に見せる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたやっぱり写真撮ってたの？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う。わたしが顔真似をする。さっきのあなたの顔はこんな感じ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやぁぁぁぁっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これをあなたの顔だと言って彼に見せる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やめてぇぇぇぇっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだかすごく見たくなってきたぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたは黙ってなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うるさいぞ、おばさん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………あたしは拗ねた！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「冗談だ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
女と話す時に体重のことと年齢のことだけは冗談にしちゃいけないってのはほんとだったんだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたりまえ…。だいたいこの騒動の大本は君があんなスタイルのいい子をデブ呼ばわりしたからでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
スタイルのいい奴だからふとってるって言われても気にしないと思ったし、まだ高校一年生だからおばさんって言われても怒らないかと思ったんだが（３歳の長門から見れば１６歳のハルヒはおばさんなのか？ そう考えてみるとますます朝比奈さんの本当の年齢を知りたくなった）。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしは許してもらえたと考えて話を続ける。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰も許したなんて言ってないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「許してくれないとあなたの定期入れに何が入っているかを彼に暴露する。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえ、電車通学じゃないだろ。なんで定期入れなんか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うっさいわよ、バカ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なぜ俺が馬鹿呼ばわりされるんだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やはりわたしは許してもらえたらしい。話を続ける。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰が許したなんて言ったのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「こうまで言って許さないということは、あなたはスカートの中と同じように定期入れの中も彼に知られたいと思っているということになる。本当は秘めた思いに気づいてほしい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「許すわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「団長、寛大な処置に感謝する。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「有希がこんな卑怯者だとは思わなかったわ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう一つ印象的だったのはあなたたち二人の表情。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやー、あの時のおまえの表情は見てないなー。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あたしもあの時のあんたの表情は見てないわ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「当然のこと。まず涼宮ハルヒが四つん這いになり、それに覆い被さってあなたが四つん這いになっていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">互いの表情など確認できるわけがない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だから、ルーレットでそうなったって言ってるでしょ！ キョン、あんたからもそう言いなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺が言っても長門には通用しないんだって…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もっともあなたたちのこと。あの状況では相手の表情など確認できる姿勢であっても見ることなどできるわけがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分を抑えるのに必死。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あ、あんたまさか、楽しんでたわけじゃないわよね…、ルーレットで最悪の数字が出て、あたしがあんなに嫌がってたのに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">え、えーと。これは何て答えればいいんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒ、あなたは全然嫌そうな顔をしていなかった。真っ赤な顔をして目を細め、鼻の穴を思い切りふくらませ、口をうっすら開けていた。真似をしてみると、こんな顔をしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやぁぁぁぁっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「恍惚。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やめてぇぇぇぇっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきもこんなやりとりをしてたな、おまえら…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そして彼の表情……。鼓動をあなたに悟られたくないのか胸を背中につけたくない、だけどつけたいと顔に書いてあった。何回もつばを飲みこみながら、三秒ごとにつけたり離したりしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれは、腕が疲れただけだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「最後にはぴったりくっつけていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから疲れたんだって！ 体をずっと同じ状態に保つってのは大変なんだぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえにはわからないだろうけどな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おまえだったらじっとしていようと思えば一週間でも十日でも同じ姿勢で読書していられるだろうが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「たしかに、体を同じ状態に保つことの難しさはわたしにはわからない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「女のわたしには。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">う………。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン……、あんたあの時、ずっと体を同じ状態になんかしてなかったわよね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">できるか、バカ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「時間が経つにつれて変化していく様子が観測できたんだけど……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒが吐き捨てるような口調で言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ああ、イヤだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは……、そういうおれを軽蔑するのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「出たっ、卑怯な質問！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけとさっきと違って認めちゃってるからね…、さっきのようにはいかないわよ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">後ろで店員どもがこそこそ話している。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">体の変化を認めたことがまずかったんだろうか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたを軽蔑するかって、当たり前じゃないの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">団長たるあたしに変な気持ちになるなんて、何を考えてるのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんた、いつもボーっとした顔してるけど、そんなこと考えてたの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">気色悪い！ 気色悪い！ 気色悪い！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これからは部室であんたと二人だけにならないように気をつけなきゃね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もう一回言うわよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしはあんたを軽蔑しているの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あんたをＳＯＳ団に入れたのは、何の役にも立ちそうにないけど、あたしにバカにされるためだけならば部室に置いておいてもいいかと思っただけよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だってね、本当にあんた何の取り柄もないもの！ </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
勉強もスポーツも音楽も、ぶっちぎりであたしより下だし、みくるちゃんみたいに可愛くもないし、有希みたいな万能選手でもないし、古泉君みたいな美少年でもないしね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがあんた程度の男を軽蔑するのは当然のことでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は何も言えずに黙っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒもそれ以上は続けることなく黙りこんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺があまりにも何も言わないのに焦れたのか、ハルヒが叫んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「嘘よ…。嘘を言ってるの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえはクレタ人か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから……、さっき言ったことは全部嘘なの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうかい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それしか言えなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">静寂。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
さっきから幾度もあったような俺だけが針のむしろに座っているようなそれではなく、ましてさっきのようなやさしい静けさでは勿論なく、お互い何を言ったらばいいのかわからず、それでいてこのままにしておけば何かが壊れてしまいそうな沈黙。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど俺はこの時口に出すべき言葉なんか持っていなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒがまた同じことを叫んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから聞いてた？
ウソだって言ってんでしょうが！ あんたわかってるんでしょう？ このあたしがあんたを軽蔑なんかできるわけないでしょうが！ バカ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">バカ、ね………。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">バカという言葉には頭が悪いという意味しかないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはため息をついて言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やれやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">嘘だろうが本当だろうが、おまえからあんな言葉を聞くのはつらい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">たしかに俺はおまえが嘘をつくのが下手だということを認めた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれが嘘だと誰にでもわかるからといって、何でも言っていいわけじゃないんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まして言い終わってから「嘘だ」と言えば何でも許されるわけじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒもとうとう言うべき言葉を失ってしまったらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二人して黙り込んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話をもどす。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もどせ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今のは君が悪いのよ。あの子が絶対に答えられないようなことを聞くからよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しっかり答えてましたけどね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あんなことを言わなくても、否定したいなら否定すればいいし、肯定したいなら沈黙すればいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「否定しかできないような質問をしておいて、沈黙は肯定ってあんまりじゃないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とにかく今は長門の一言がありがたい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「女の体でも自らの意志と関係なく変化することがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱりありがたくない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「冬合宿から帰ってきてから、涼宮ハルヒはあなたをじっと見つめることが多くなってきた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに観測対象のことはよく見てるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「というより、あなたの下半身ばかり見るようになった。かつてはあなたの表情ばかり見ていたことと比べるとこれは重大な変化。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゆゆゆ、有希ぃ……、あんた何を言おうとしているの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だいじょうぶ。あなたが彼の体の変化を観測しても軽蔑したりしないように、彼があなたの変化を知ったとしても決して軽蔑したりしない。あなたの懸念は杞憂。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そういうことじゃないの！ 嘘だろうが本当だろうが口に出しちゃいけないことがあるの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今ので少しは懲りたかハルヒ……ってそれどころじゃない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしはウソをついたりしない。これから述べることは全て事実。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あなたはパソコンのディスプレーを見るふりをしながら彼を盗み見ていることが多い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">彼の目線がそこにあるわけでもないのに、何度も何度も足を組みかえる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
いきなり立ち上がったかと思うと、顔をうつむき加減にして内股にした足をモゾモゾ動かす。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
かと思えば椅子に深く腰掛け、天井を仰ぎ、舌をほんの少し出したかと思うとひっこめる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
両手で机の縁を強く握りしめ、何かに耐えているかのように、組んだ両脚を内側にしならせながら座ったままの体を反らす。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒがあーとかうーとか言ってるが、長門は無視して話を続ける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「言葉にする勇気がないなら、清潔なものだけでなくこの時の下着を彼に見せることを推奨する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おそらくその内側は彼に対する想いでべトべ………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒっ、受話器は誰が持ってる？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつの間にか有希が持ってるわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門から受話器を取り上げてスピーカーをカットしろ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんであんたがあたしに命令するのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「限界なんだ！ やれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかったわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">メールが来た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「閉鎖空間が拡大する一方。危険領域に入る。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「有希、団長命令よ！ その受話器をよこしなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これはわたしの家の電話…。なぜあなたに渡さなければならない？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これ以上キョンにおかしなことを吹き込ませないためよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから大丈夫だと。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これ以上あいつに変なことを聞かせたら殴るわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼からそれをするなと忠告されたはず。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「有希っ、キョンがやれって言ってんのよ。あんた逆らうつもり？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「くっ、わたしの唯一最大の弱点を突いてくるとは……、卑怯者。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「卑怯者って…、今日のあんたに言われたくないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだかバタバタしている音が聞こえてくる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">メールの続きが来た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「デッドラインまであと８分。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">また８分か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">同じ一日でやることだ。しかも同じ約８分前に前段階を終えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">世界改変の方向は、さっきと同じだと考えられる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">すると…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョ、キョン……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒっ、やったか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「抵抗してたけどね、あんたの名前出したらおとなしくなったわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">キョンっていうのは俺の名前じゃないけどな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「よくやったぞ、ハルヒ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、ありがと。じゃなくて、なんであんたにほめられて喜ばなきゃならないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うれしくないなら喜ぶな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それであたしにこんなことをさせてどうするつもり？ さっきから変なことばかり言って、今日のあんたは信用できないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ハルヒ、７分半だけ俺を信じろ。さっきも言った通り、おまえだけに話したいことがあるんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
（なんで７分半だけなのよ。ただ「俺を信じろ」ってどうして言えないのかしらね、このヘタレ野郎は…。）</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ブツブツ言ってるのがはっきり聞こえるぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">というか、受話器持ってるっていうことは、わざと俺に聞こえるように言ってるだろ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話したい…、というより聞きたいことと言った方がいいか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何を聞きたいわけ？ 下らないことだったらぶっとばすわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">多分下らないことを聞く。だけどぶっとばすのは勘弁してくれ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はおまえのことだからこんな下らないことでさえ知りたい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うわぁ、また不意打ち。今日何回目かしら…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「四回目、五回目？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう数えるのも面倒になってきたわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「一日の間に何度でも同じ手にひっかかるこの子もこの子だけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">外野、本当にうるさい。今必死なんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえもスピーカーから変な声を出すんじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もうっ、わかったわよ！ 何を聞きたいわけ？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何よ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これからもそう呼んでいいか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「はぁ？ 下らないことを聞くって言ってたけど、ここまで下らないとは思わなかったわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえにとっては下らないことかもしれないが、おれにとっては大切なことなんだ。おまえの正式な許可をもらったわけじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんとなくいつの間にかドサクサでこう呼ばせてもらっているような気がする。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いつの間にかじゃないでしょ！ あんたが初めてそう呼んだのがあたしのポニーテールを褒めてくれた時だったから、特別に許してんのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「夏合宿の時は悪かったな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何が？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「痛くなかったか？ 手が。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しばらく沈黙したままだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ちよっと痛かったわよね…。あんた、風が強かったから必死にあたしの手にしがみついてたのね。いつもは手をブラブラさせてるくせに……あれが初めてだったわね。あたしを重しにするつもりだったの？ 言っておくけどあたしはあんたよりはるかに軽い…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたりまえだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「夏よりも冬の方がちょっとふっくらするのはあたりまえなんだからね！ 夏は水着になったり薄着になったりするから緊張感があるんだから！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことはどうでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だったらあんなこと言うな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり執念深い。昨日のことなのに根に持ってる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あれだけ軽かったんだから、引っ張り上げてくれれば良かったじゃないの！ 一緒に崖から落ちてどうすんのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえ、おれの上に落ちてきたじゃねえか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしの方が軽いから遅く落ちたの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえ、物理の成績は俺よりずっといいはずだよな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれが三日間昏睡していた時のことを覚えているか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">また沈黙した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでそんなこと思い出させるのよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">悪かったか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「せっかく忘れかけてたのになんで思い出させるのよ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんた三日間もあたしの前にいなかったのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">団長たるあたしを、三日間もひとりぼっちにしたのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時おまえもおれの前からいなくなってたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、なんにもわかってないみたいね……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時あたしがどんなに怖かったか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時あたしがどんなに嬉しかったか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あんたあの後、みくるちゃんは泣いたのに、あたしは泣かなかったってスネてたけどね…、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人間はね、本当に怖い時は涙なんか出てこないの…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゲロが出てくんのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「女の子を泣かせただけでも重罪なのに、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
恐怖のどん底にいる女の子を夜中の病院のトイレと病室を往復させるなんて、あんた何様よ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本来なら罰金なんていう軽い刑じゃすまされないような凶悪犯罪だわ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あの時あたしなんにも食べられなくて、胃の中が空っぽになって、胃液だけげえげえ吐いて……、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そのうち胃液さえも無くなって、出てくるものがすっぱい液から苦い液になって……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんた目をさました時『ヨダレを拭け』なんて言ってくれたけど、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あれは涎なんかじゃないわ。腸液よ、腸液！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえそんなこと一言も……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっきあたしが言ったこと覚えてないの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは、あんたの前でだけはカッコつけたいの！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど釘を刺しておかないとあんた、またこのことを話題にしそうだからね……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんな怖い目に遭わせて！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">責任取りなさい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今すぐあの時のことを忘れさせなさいよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">断る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえにとっては恐ろしい記憶かもしれないが、おれにとってはこれも大切な思い出だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「万一またあんなことになったら…、あたしはどうやってあんたを守ればいいのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだ、そんなことか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「祈ればいいさ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">実はこの答えはさっきおまえ自身が出していたんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「気休め言うんじゃないわよ！ 祈るだけでどうなるっていうのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえあの時、祈ってくれなかったのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「………ふざけるんじゃないわよ。寝ても覚めても、夢の中でも、ゲロを吐きながらでも祈ってたわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その祈りはかなえられたはずだ。おまえは祈るだけでおれを守ることができる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやにきっばりと断言するのね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「事実だからな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「７分半はおれを信じろって言ったはずだぜ。まだタイムアップじゃないはずだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………ほんとうにそうなの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが祈ってくれたからおれは目を覚ますことができたんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうなの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………わかった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここで案外時間を食ったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">時計を見た。あと…何分だ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">アナログ時計ってのは案外不便だな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
今日みたいなことがあるんなら、千円くらいのストップウォッチつきのデジタルにでも変えるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やめといてあげなさい。それはあの子のご両親の君に対する覚悟の証なんだから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうしますか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とにかくもう時間が無い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">三年前の七夕のことは聞けない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどこれは最後に聞きたい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえその……、悪い夢のことを覚えていないか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どんな夢よ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どんな夢かは……、言えないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……、おまえが八ヶ月前に見た夢だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それだけじゃわからないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだよな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「すまん、何でもない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたねえ……。質問はもう終わり？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ひどく中途半端な気分だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だったら今度はあたしの質問に答えなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聞かれても答えられないことの方がはるかに多いが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっき……、おかずとか主食とか言ってたけど、あたしって何なの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そう言ってたのはおまえだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはその……、おれにとってのおまえがどんな存在かっていう意味か？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたりまえ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「団長だとかいつもおれのうしろに必ずいるやつっていうことだけじゃないな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたりまえでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その質問になら答えられそうだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれはそのことについてギリギリまで突き詰めて考えたことがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……それで、答えが出たの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もちろん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「で、答えは？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この答えはさっき長門が口に出している。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今日、有希の言ったことなんてたくさんありすぎておぼえてられないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「珍しいな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから答えは？ もったいぶらずに教えなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">イライラしてやがるな。タイムアップが早まると困るんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえはＳｌｅｅｐｉｎｇ ｂｅａｕｔｙ……、眠れる美女だ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………意味がわからないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やはりヒント一つでは無理か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが眠り姫だとわかったおれはおまえに対してある行動に出た。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ある行動って何よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ここで一つ聞きたいことがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「質問に質問で返すな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「質問自体が答えということもある。それにこのことはさっきも聞いた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは、五月に見た悪夢をおぼえているか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ずいぶん長い沈黙。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはそれをじっと待った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………、わかんないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「大切なことなんだ！ よく思い出してくれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度の沈黙を待つことはできなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お願いだ！ 思い出してくれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………てるわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「たのむ、もう一回言ってくれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おぼえてるわよ！ 忘れられるわけがないでしょ！ バカァ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえはそのことをおぼえてるんだな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「念押しするな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「忘れてはいないんだな……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………うん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そ…、そうか……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">次の言葉が出せなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた………、泣いてるの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">気づかれたか……。バカにされるだろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お、おまえ……、さっき…、全部忘れたって言ったじゃねえか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">手の平で両方の眼をこすった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカね………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あっ、やっぱりバカって言われた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ほんとうにバカね、……あんた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二回言うほど大事なことなのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそんなことはもうどうでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">忘れないでいてくれた！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはおまえを忘れない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから、おまえもおれを忘れるな……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒ、忘れないでいてくれ、ここにおれがいたことを。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「『ここにいた』じゃなくて、『ここにいる』でしょ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだった。まだ終わったわけじゃない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">口に出してはっきり言ってみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれは、ここにいる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれはここにいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえがここにいるかぎり、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かならずおれはここにいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">かならずおまえのそばにいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからおまえもここにいろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二度とだまって</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここからいなくならないでくれ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた……、絶対そこにいなさいよ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからここにいると。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしが行くまで、決してそこを動くんじゃないわよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">えーと、ハルヒさん、話がつながって…、いるのかな？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もし逃げたりしたら…、許さないわよ……、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">すーっと息を吸う音が聞こえた。なんかデジャブ。今度はなんて言われるんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「たとえあんたでもねっ！」</div>
