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「水晶の夜③」(2020/03/07 (土) 01:26:38) の最新版変更点

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<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">よっぽど俺の動揺ぶりが顔に出ていたんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だらしないわねえ…、自分が散々使った手なのに。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「目を剥いてるわね……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「口をパクパク開けてるわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ガタガタ震えてるわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「明らかに挙動不審ね……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「このまま外に出たら職質されるわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「こういう返しが来るのはある程度予想できたのにね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自分が不意打ち掛けられるのには慣れてないのね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だまれ、外野うるさい…。そういうのに慣れている奴って一体どんなや…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、自分のものにしたいとか考えないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おいっ、今どう答えるべきか考えてるんだから、追い打ちをかけるな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自分だけのものにしたくはないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とどめを刺すな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これはどういうことだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いや、ここは余計なことは考えるべきではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いくら考えてもわからないものはわからない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だいたい今まで、あらかじめ考えておいてどうにかなったことなんかあったか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全ては流れの中で解決していったんじゃないのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">流れにまかせる、いや、流れに乗るんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">深読みはせず、見た物聞いた物をそのまま受け取るんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒたちに付き合っていて俺が唯一得た教訓だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全ては感じたままに……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全てはただあるがままに……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
それで恥をかくことになったとしても、それは俺がここで恥をかくべき奴だったということでしかない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やらずに後悔するよりは、やって後悔した方がいい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">風は常に、勇者の望む方に吹く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">運命は、どんな時でも勇者の下僕だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この事態を素直に受け取れば、正念場だということだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰にだって正念場というものがある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺にとっては、今がその時なんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それで後悔したっていい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">このまま直進する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もらって撃沈されたなら、それまでだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">正念場なんだ、こいつはもらうぞ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「きゃー！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「がんばれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「がんばりなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「『こいつは』じゃなくて、『こいつを』もらうんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その子をもらっちゃいなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">初めて外野をうるさいと思わなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">むしろ後押ししてくれている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、その、おまえがくれるって言うんだったら……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そんなこと言ってないでしょ！　あたしがどうするかじゃなくて、あんたがほしいと思うかを聞いてんの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わかった…、トラップだこれは！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は右手で舵輪をつかんで思いっきり左に廻した！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「１０５円の鏡でも嬉しいと思うぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一瞬にして水を打ったように静かになった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">スピーカーからも外野からも何も聞こえてこない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「か、かわした……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「意気地なし…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">スピーカーから聞こえたのか、店の中から聞こえてきたのかはわからなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「根性無し…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「臆病者…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ヘタレ野郎…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「がっかり…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この子がかわいそう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女どもが勝手なことを言っているがこれで良かったんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">よし、かわしたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">転舵した。思い切り舵を切った。取り舵一杯だ。敵前回頭だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">最後のはちょっと違うな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">相手が急降下してきたギリギリでかわすことができた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ふふん、駆逐艦は戦艦より防御力攻撃力ともにまるっきり劣るが、スピードと小回りの効きは桁違いだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
もう二度と特攻はしない。水上部隊の特攻なんて大和でさえ撃沈されるだけだった。なんの戦果もない。駆逐艦が特攻したってそうだとさえ誰も気づかないだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは「これ」としか言ってない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わざと俺をからかうためにそうしたんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしはそんなことは言っていない。あたしがどうするかじゃなくて…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
と言っていたのは、俺がなかなか答えを出さないのを聞いていて、思わず焦って本音が出たんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは俺をどうするつもりもなければ、俺に何を言うつもりもないんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことは初めからわかっていたことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ざまあみろ、ハルヒ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何マジな声出してんの。あたしが言ったのは鏡のことよ、鏡！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そう言ってゲラゲラ笑うつもりだったんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">孤島での「大好…」の寸止めを思い出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうそういつもいつもやられてたまるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが無意識に出した台詞から、俺はおまえの趣味の悪いたくらみをとっさに見やぶ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「意気地なし…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度ははっきりと聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あきらかにスピーカーからだ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">大事なことだから二度言ったのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まさかとは思うが、もしかしたら……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今のはトラップなんかじゃなくてそのまんまだったんじゃ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">周囲のあまりにも冷ややかな視線をようやく痛く感じ始めた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺の頭の中で舵輪が空しく回っているのが見えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">カラカラという音まで聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここまでやってきた機会が魚雷のような速さで遠ざかっていくのが見えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ホーミングモードじゃないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さよなら、ハルヒ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なにがさよならだ、バカッ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ああ、本体はここにいたか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどこれは、さっきまでの本体ではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだかものすごく損をしたような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こんな機会はめったになかったんじゃ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今のはかわさずにもらえば良かった…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君ねえ、『ほしいんだったらほしいってちゃんと言いなさい』って子供のときに言われなかった？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが軽蔑しきったような視線を投げてくる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「結果論ですよ。あいつが『鏡のことだわよ、バカ』とか言って俺を笑いものにしてくる可能性だってありました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あの子がそう言ったとしても、君が『おまえが何のことを言ったのかなんてどうでもいい。俺がほしいのはおまえだ』っておっかぶせてしまえば、それであの子はぐうの音もでないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俺にそんなことができたら、俺達はいつまでもこんなバカなことをやってませんよ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふーん。『俺達』ね……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二人してえらい恥をかいてしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あいつが『これ』としか言わないのが悪いんですよ。抽象的すぎます。もっと具体的に言ってくれれば…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君だって抽象的なわけのわからない言い方をしてたじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これが俺達の限界でしょうね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱり、『俺』じゃなくて『俺達』なんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">携帯が鳴った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉、俺が何をしでかしたかは聞くな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">絶対聞くな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は勇者ではない、それだけのことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">剛速球が来たんで思わずバッターボックスを外しただけだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ビーンボールかと思ってよけたら、ミットに納まった時には絶好球だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">東郷ターンは無茶苦茶な攻撃機動だったが、俺はギリギリで防御機動をとった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はリスクを承知で相手に肉薄したりはしないんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はルビゴン河で賽を振るような男じゃないんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
いきなり間合いに入ってこられたら防御の姿勢を取るのが普通だろう。おいっ、それが普通だって言え！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わかるな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかりません！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鈍い奴だな。いつもは鋭いのに。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一気に早口で言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「実は誰よりも臆病なあいつが勇気をふりしぼって差し出したプレゼントを受け取るのに失敗しただけだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君さあ、そこまでわかってて『だけ』ってのはないんじゃないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
女性陣全てに非難されたあげく店長さんにとどめを刺された。見事な集団戦法だ。モンゴル人もびっくりだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんとなくでもわかったか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「はっきりとわかりました。涼宮さんの命がけの告白を断ったわけですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「断ってねえ！　はぐらかしただけだ。そんな勿体ないことするか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君のＭＯＴＴＡＩＮＡＩ精神は女の子を傷つけるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それで古泉、閉鎖空間は？　さっきよりマシだと思うが。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君ねえ、わけのわからない話をしてないで人の話を聞きなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わかってもらっちゃ困るんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「確かにさっきのように拒絶されたわけじゃないですからいくらかマシだとも言えますが、じんわりと効いてくる恐れがあります。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきのがテンプルへの一撃だとすれば今度のはボディーブローでしょうか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえの比喩はいつでもわかりにくいんだよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あのな、なんで『結婚式に呼ばなくてもいい』っていうのが拒絶になるんだ？　あいつはそんなに俺を自分の結婚式に呼びたかったのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">できればそんなところを見たくはないんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まだ閉鎖空間は発生していません。しかし予断を許さない状況であることは確かです。何かをきっかけにして噴出するおそれがあります。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえも人の話を聞け。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その件については、あなたとは後でじっくり話し合う必要がありそうですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「説教なら勘弁しろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「多分そうなります。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この野郎…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だいたい閉鎖空間ならお前らがなんとかすればいいだろうが。俺が失敗したらどうする！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もちろんできる範囲のことはしますよ。それが我々の仕事ですからね。しかしあなたがどうにもできないことを我々にどうにかできるとお思いですか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「買い被りだ！俺はあいつに対して髪型変えさせる程度の影響力しかないぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんだか余計なことを言ったかもしれないが、スルーしよう。今はそんなことにかかずらっている暇はない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは知らないでしょうけどね。中学時代の涼宮さんはそれはもうひどい荒れようでした。あなたはそんな彼女の心の壁をほんの数週間で打ち破ってしまいました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そんなたいそうなことじゃねえ。おれの後ろに仏頂面をしたものすごい美人が座った。こいつが笑ったらきっとかわいいだろうと思った。だから笑顔にさせた。おれがやったことはそれだけだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「へえ君、あの子を本気で怖がらせることもできれば、本気で泣かせることもできる、本気で怒らせることもできれば、笑わせることもできるんだ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何が『ナントカ程度の影響力』よ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何でもできるってことじゃない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だったら笑わせてあげなさいよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつもはそうしてますよ……。今日はなんかがズレただけです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">笑われているだけっていう気もするがな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もっとも同じことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが笑っているっていうことに変わりはない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「危なくなったら連絡します。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえと悠長に電話している暇はなさそうだ。メールで送れ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう一つ問題があります。長門さんが誤作動を起こす恐れがあります。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなことまでよく知ってるな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門に入っちまったスイッチを落とせということか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかってしまうのだから仕方がありません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おまえが自然にわかることっていうのはハルヒの心理状態とその影響だけだったはずだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いえ、実は涼宮さんが長門さんの部屋にいるということがようやくわかったものですから、盗聴させていただきました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「悪趣味だな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「全くです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
全くです、ですませるな。こいつらにプライバシーっていう概念は…。概念だけはありそうだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しかも盗聴していたっていうことは、俺が何をしでかしたか最初からわかっていたってことじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「つまり、ハルヒの機嫌を取るのと長門のバグを消去するのを俺に両方やれと言っているのか、おまえらは。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話が早くて助かります。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「勝手に話を終わらせるんじゃねえ！　なんでもかんでも俺にやらせやがって。かたっぽだけでもおまえらがやれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「無理です。あなたができないようなことが我々に…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あのな、最後の砦っていう意味がわかるか？　そこを抜かれたらオシマイってことだぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつもそこまで楽々と侵入されるんだから仕方ないでしょう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかったよ……。とりあえずハルヒをどうにかして長門は見殺しにする」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかってないじゃないですか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店にいた全員がギロリと俺をにらんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……わけではない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでそんな言い方をするんですか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつもはおまえがこんな感じだぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「二正面作戦は避ける。各個撃破だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「つまり、シュリーフェン作戦…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「を修正しない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">シュリーフェン・プラン。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ウィルヘルム二世の外交下手によってドイツ第二帝国はロシアとフランス、すなわち東西の大国二つを同時に敵にすることとなった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ならばロシア軍の動員速度が遅いのを利用してドイツ全軍が一斉にフランスに襲い掛かり、一気にフランス軍を撃破したのち反転して東に駆け、ロシア軍を撃滅する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ドイツ参謀本部、シュリーフェン元帥の芸術的なまでの名作戦だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかし第一次世界大戦はこの通りには運ばなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ロシア軍の動員速度はドイツ側が予想していたより速く、東部戦線にほとんど兵力を置いていなかったドイツはその領土をロシア軍に侵食されることになり、パリ陥落とベルリン陥落のどちらが先かという状況になった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここでドイツはベルリンを一時明け渡してでもフランス軍を撃滅させるべきだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しかし本土を侵攻されることに耐えられなくなったドイツ軍はフランスにとどめを刺さずに反転し、長躯ドイツ領にもどり、ロシア軍を追い払った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しかしそれによってフランスは息を吹き返し、ベルギー領を通ってフランス領に侵攻したことなどからイギリス、アメリカ、日本などを敵にしたドイツは四年間の敢闘ののちついに敗れた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この作戦を修正せず、目先のリスクを気にせずやりとげる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「要するに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「博打だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">博打は嫌いなんだが。俺はどちらかといえば石橋を叩いて渡るタイプだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「石橋を叩いて渡らない、の間違いなんじゃないですか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うるせえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「石橋を叩きすぎて橋もなにもかもぶちこわしてしまう、の間違いでしょ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">息が合っているな、おまえら。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まあ、俺はそういう性格だからはっきり言って苦手なんだが…、今度はこっちから仕掛ける。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はかわすのは得意だがもらうのは苦手だ。自分の方から仕掛けるのはもっと苦手だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「少なくとも今日はあいつが俺に仕掛けてくることはないだろうし。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「当たり前でしょ。まだあの子の方からなんか言わせるつもり？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「とにかく作戦目的が分裂するのはまずい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">同時に二人に働きかけても二兎を追うことにしかならない。つまり…、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「意思の集中。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「力の集中。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度は俺と古泉の息が合った。おまえと以心伝心になれてもうれしくないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「しかし何でこんなことをいちいち宣言するんですか？　だまってどんどん行動すればいいでしょう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これは、保険だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういう意味ですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俺がここまで手の内をさらけ出したんだから盗聴はカットしろ。全て俺にまかせるんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれだけが理由じゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺のことだから他人に宣言しないと、迷ったり途中で引き返したりするかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だからそんなことはしないと一応ひとに言っておくわけだ。おれなりに自分を追い詰めてるんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君はそういうところがへタレなのよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何もしないよりはいいと思いますよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「とりあえず、ハルヒに向かう。あいつをこれ以上ほったらかしにしておくのは危険だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それがわかってるんだったら携帯で長電話してないでさっさとやりなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">覚悟というか、心の準備というものが必要なんですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「こちらがどうにかなったら反転して長門に向かう。攻略の順序は重要性の序列ではない。現時刻の必要性の違いにすぎない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言い訳してないでさっさとやれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俺の意思と力の全てをハルヒに集中させる。今はそのことだけを考える。それによってどっちか一人、もしかしたら二人を決定的に傷つけてしまったとしても…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は携帯を耳から離して待ち受けに向かって叫んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺を責めるな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ブツッと切った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「大丈夫よ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ああ、あなたが大丈夫だと言ってくれれば成功するような気がしてきました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしたちが責めるから！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そっちかよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それどころじゃないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は再び固定電話に向かった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでも電話はつながっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こっちから切らない限り、今の状況では向こうから切ることはない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おい、ハルヒ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さよならって何よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まだ根にもってたのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どんなことになっても自分の性格を見失わないな。執念深さは基本設定なのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからこそ電話を切らないだろうと思ったんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、俺が本当にほしいと思っているのは、１０５円の鏡とかじゃなくてだな…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたには２１円のチロルチョコでも勿体ないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえもＭＯＴＴＡＩＮＡＩ精神なのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、十五分でいいから時間を巻き戻せ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当に巻き戻すなよ。そのつもりになればいいんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いや。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺がこう言っているんだからそう思え！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「絶対いや！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきもこんなやりとりをしたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえにとっても悪い話じゃないはずだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いやよ！　どうせあんたのことだからね…、何回巻き戻しても同じことをするんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一万五千回以上も同じことを繰り返してたおまえに言われたくないぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「すまん。俺はおまえを怒らせた。そのことは認めよう。だけどなあ、そこまで怒ることはねえだろ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">所詮おまえは俺にとって高嶺の花なんだし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「た…、高嶺の花って…。あんたよくこのあたしに！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">怒ってるのか？　褒めたんだぞ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そんなこと言われて喜ぶ女がいると思う？　高嶺の花ってのは男が女をフる時の常套句だわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
この店長はわかってないな。それがもし普通だとしたら、こいつがそんな普通の受け取り方をする訳がない。普通が大嫌いな奴だからな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……そんな残酷なことが言えるわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだ？　俺の方がわかってなかったのか！？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「怒るな！　泣くな！　すねるな！　殴るな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ここまで手が届くわけはないが、こいつが望めば頭の上になんか落ちてくるかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんてな。「あんたに何か言われたぐらいであたしが泣いたりすねたりするわけが…」とか言ってくるはず…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……殺す。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ころすなぁぁぁぁっ！　俺を殺したくないと、心の底からそう思え！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">神様が「殺す」だなんて、シャレにならん。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おまえ、秋の文化祭のころだったか十二月の末のころからだったかよくわからないが、「死刑」とか「殺す」だとか物騒なことを言わなくなったと思ってたが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえにそのころ何があったのかは知らんが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聞いても教えてくれないだろうし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は必死に「高嶺の花」の辞書的な意味を思い出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ただ見ているばかりで、手に取ることのできないもののたとえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">完璧に褒めてるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
どういうことだ？　わかった。こいつは俺に褒められてもうれしくないっていうことをアピールしたいわけだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あるいは俺の言うことを言葉通りに受け取るほど素直じゃないっていうこと…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「この意気地なし…、臆病者…、怯懦きわまりない…、へタレ野郎…、根性なし…、軟弱男…、惰弱野郎…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ただのアピールではなさそうだな。一言一言がぐさぐさ突き刺さる。朝倉のナイフなみの破壊力だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当に刺されるよりはましだが。こいつは俺を本気で殺す気はないようだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それにしても語彙が豊富だな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………いじわる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ、最後のがいちばん効いたぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………自業自得。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、いたのか。すっかり忘れてたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど各個撃破っていうことはそれでいいのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もっとも撃破するどころか速攻で返り討ちになりそうなんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、俺がおまえを大切に思っていることは嘘じゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが必要だっていうことも嘘じゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえは強い女だが、それでもおまえを守りたい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「なんであたしがあんたみたいなへタレコシヌケビビリ野郎に守られなきゃならないのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんた、あたしのためなら死ねるとか言い出すつもり？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「死ぬのは怖いな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどおまえのためになるとわかっているならできるかもしれない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">できないと思うが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしはあんたのために絶対に死んだりしないからね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「当たり前だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの三日間を思い出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが死ぬこと自体がおれのためにならない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「不意打ちは卑怯だって言ってるでしょ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本気にするじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">不意打ちじゃない。サプライズだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、なんであんたみたいな卑劣な男にあたしが守られなきゃならないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはさっき説明したはずだからここでは繰り返さない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが大事だからだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おあいにく様。あたしはあんたなんかちっとも大事じゃないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたりまえだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからおまえは俺を守らなくてもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえは俺のために何もしなくていい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな図々しいことは一切期待していない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが俺のために何かしてくれるとは思わない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえは俺のために指一本動かさない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それが当然なんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">日米安保と同じ片務条約だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こんなことを考えている場合じゃないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">意思の集中、力の集中だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけど俺はおまえのために何かがしたい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はおまえよりはるかに弱いが、それでもおまえを支えてやりたい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">要するに、俺はおまえの…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「魂の護衛なんだよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言葉は決まったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「何カッコつけてんのよ！　それであたしが納得するとでも思ってんの！　あんたいったいあたしの何のつもり！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり駄目か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたがあたしの何なのかしっかりと教えてあげるわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり女王様と下僕か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたはねえ、モノに過ぎないの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしの所有物に過ぎないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">予想通りひどい答えが返ってきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">利用されているだけだっていうのは本当のようだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ここの店長さんにそう言ってみたのは自意識過剰からくる自嘲にすぎなかったが、おまえが本気でそう思っているとはさすがにショックだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だからあんたのモノはあたしのモノ。あたしのモノはあたしだけのモノ。あんたの全てがあたしのモノ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それは前にも聞いたぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だからあんたの時間はあたしの時間。あんたの携帯はあたしの携帯。あんたの財布はあたしの財布。あんたのごはんはあたしのごはん…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ああ、夜中に携帯に電話かけてきて用件だけ言って切っちまうとか、俺に飯を奢らせておいて、さらに俺の皿からおかずをどんどん持っていって食っちまうあれな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そのうちこいつは俺の鞄から弁当を勝手に持ち出すようになるんじゃなかろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからあんたの敵は……、あたしの敵！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……俺の当面の敵はここのブティックの店長と店員と客どもなんだけどな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつらはどう考えてもおまえの敵じゃなくて味方だぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それに俺の人生最大の敵って言ったら…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この店に入ってすぐに考えたことを思い出しそうになった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思い出すのはやめよう。また口から漏れたらまずい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、ケーキ的な意味での敵なんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから誰であれ、あんたの心にかすり傷でもつけるようなマネは…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">続きがあったのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「「あたしがさせない。」」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハモるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっと有希、なんであんたもそれを言うのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはもともとわたしのセリフ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ふーん。セリフはあんたのものかもしれないけど、キョンはあたしの所有物なんだからね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この分なら閉鎖空間は大丈夫かもしれないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門とじゃれているうちに気がまぎれるだろうし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかしあなたは彼のものではない。彼のものになれなかった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「思い出させるんじゃないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、思い出させるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">五月のことをまだ覚えていたおまえならわかるはずだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつはおまえと同じくらい執念深いんだぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは彼を守ってなどいない。ただ守られているだけ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、うらやましいんでしょ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わたしは彼を守っている。そして守られている。私と彼の間には強い信頼関係がある。うらやましい？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ただの信頼関係でしょ。そんなもの親子でも兄弟でも友達どうしでも女どうしでも普通にあるわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…やる気？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何を？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話切ってもいいか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">っていうより、俺帰ってもいいか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もちろん駄目よ。なんとかしなさい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんとかねえ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ああ、めんどくせえ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえらこれ以上話をややこしくするんじゃねえ！　モメるんだったら切るぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思わずスピーカーに向かって思い切り怒鳴っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いや、ぴたりとやめられても困るんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まあ、あんたがそこまで言うんならやめてあげるわよ。有希、キョンに感謝しなさい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたこそ彼に感謝すべき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門はともかくおまえは俺の言うことをすぐに聞くような素直さだったか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど今がチャンスかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おいハルヒ、俺はおまえの質問に答えた。だからさっきの約束どおり受話器を持ってスピーカーモードをオフにしろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「土下座は？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱりすぐに言うことを聞くような奴じゃなかったか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">というより、さっきのヘタレを根に持ってるのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「電話に向かって土下座しても意味ないだろ。そこから見えるわけじゃないんだから俺が本当にしてるかどうかわからんぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もっとも何人にも見張られているから嘘をついてごまかすということはできないんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「明日、部室でおまえの前で土下座するから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わたしは、あなたがなぜ受話器に対してではなく直接涼宮ハルヒの前で土下座したがるのかを知っている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">えーと、おまえは何が言いたいんだ？　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒはあなたに土下座をさせるとき、かならず机を脇にどけてパイプ椅子に浅く腰かけ、顔を紅潮させて腕組みをして、最後に足を組む。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゆゆゆ有希ぃ…、あんた何を言おうとしてるの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえまさか…。いや、ここで黙れと言うのはまずい。認めているようなものだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
こっちの電話がスピーカーになっていることを言うか？　いや、ハルヒがキレるだろう。だいいちこの情報はハルヒにダメージがあるだけで長門にはなんのリスクもない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここはもう祈るしかできなのか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そしてあなたが頭を上げるタイミングに合わせて…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ながとぉ…、言うなよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「足を、組みかえる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わーっ、わーっ、わーっ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わーっ、わーっ、わーっ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺とスピーカーが全く同じようにわめいている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「阿吽の呼吸…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「デキレース…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「暗黙の了解…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカップル…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">久しぶりに外野の出番がきたらしい。良かったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「馬鹿であることは肯定するが、この二人はカップルではない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門…、後半は肯定するが、前半は否定したいぞ…。って、それどころじゃない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「偶然よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「偶然だ、偶然。予定調和とかじゃねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「予定調和って何なの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この店長はキリスト教神学について議論…、したいわけじゃなさそうだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「簡単に言えば、最初からそう決まっている、程度の意味です。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そのものじゃないの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、こっちはどうでもいいか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「長門、俺は手段と目的を混同したりはしねえ！　何であろうが衣服は衣服にすぎない。中に何が入っているかが重要なんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君さあ、ここが何の店だかわかってる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お洋服屋さんですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかってるんだったら営業妨害しないでね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「偶然とはとても思えない。この間などタイミングがずれたため三回仕切りなおしをしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれは、ハルヒがもう一回頭を下げろっていうから…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれは、キョンがもう一回頭を下げたいっていうから…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう二回やっていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「八百長相撲の立ち合いが合わずに何回も待ったをかけたって感じね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰だ上手いことを言った奴は…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが頭を上げた後涼宮ハルヒは必ずあなたに好きな色を聞く。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「色を聞いてるだけじゃない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ、誰だって好きな色ぐらいあるだろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「白、ピンク、グリーン、淡いブルー、オレンジ、レモンイエロー、珍しい例ではバイオレット。その他十パターン以上ある。なぜかあなたの好きな色は毎回違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒは男に土下座をさせるからには自分も何らかのコストを覚悟しなければならないと考えている…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そうよ、ただのコストなんだから、できれば無い方がいいの。キョン、もしあんた…その…、覗いてたりしたら死刑…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だけではない。あなたに土下座をさせる前にわざわざトイレに行って清潔な下着にはき替えるのはなんらかの準備としか思えない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんた、それじゃその、覗かれてるんじゃなくて、わざとあたしが覗かせてるみたいに…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「事実。あなたは彼に見られたくて見られたくて仕方がない……、変態。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あ、あんたねえ…。そういうのは言っちゃだめなの！　あんたも女の子でしょ！　なんで女のあたしに恥をかかせるようなことを言うのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「人間を染色体の形によって区別する意味がわたしには理解できない。あなたは本来そんな風に人間を区別したりはしない。あなたにとって人間とは『彼』と『それ以外』でしかない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに弁護してやるぜ、ハルヒのためにな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それは八ヶ月も前の話だ。こいつはもう世界を『自分と俺』と『それ以外』で分別したりはしねえ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
分別を細かくするようになった。リサイクル精神だな。こいつもＭＯＴＴＡＩＮＡＩなんだ。簡単に切り捨てたりしなくなっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ハルヒがおまえとの間に女同士の連帯を感じているんだったらそれは成長しているってことだ。こいつはおまえらＳＯＳ団女子に対してはなんらかの絆を感じている。いいことじゃないか。一つだけ言えることは、こいつはもう二度とあんなことはしねえってことだ。長門、おまえちょっと黙ってろ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
急にハルヒと俺に連帯感が生まれたような気がする。長門を仲間はずれにしたような気がするが、各個撃破なんだ。しかたがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「何よ急に黙りこくっちゃって…。あんた、キョンがあたしの味方をしたもんだから拗ねてるわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「みんなあたしのことばっかり言うけどね…、あんたもけっこうなやきもち焼きじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まったく、どいつもこいつも…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だれのせいかしら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無視しよう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涙目であたしをにらむのはよしなさいよ！　あたしのせいじゃないわよ。キョンのせい…、ていうより自分のせいでしょ！　あたしはね、キョンがいつもいつもあんたやみくるちゃんの味方をするのを我慢して見てるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「じっとこちらを見据えながら唇をかむなぁ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン、なんとかしなさい！　あたしじゃどうにもならないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いま長門にしゃべらせるのはまずい…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わかってるけどね。あんたと違ってあたしは目の前に有希がいるのよ！　この無言のプレッシャーには耐えられないわ。あっ、ポロポロ涙をこぼしはじめた…。それでもあたしをにらむのをやめないわ。ああっ、噛んだ唇から血を流してぶるぶる震えだしたわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">困ったな。血を出してるのはわざとだろうが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、なんとか言ってあげたら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今は長門より、ハルヒのことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「どうせ君のことだから長門さんに冷たい態度を取り続けることなんかできないんでしょ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきそのことを責められたような気がするんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しょうがねえな。ハルヒがそう言うからだ。決して作戦を修正したわけではないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、命令解除だ。しゃべっていいぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「共犯者どうしの連帯感ほどいやらしいものはない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しゃべっていいって言ったらいきなりそれかい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたたちはわたしの部室でいやらしいことをしている。このままでは部室がチーズイカ臭くなる。無視できないレベル。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたねえ、いくらなんでもまだそんなことはしてないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒ…、長門が最高速で突っ込んでくるぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まだ…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やはりそこをツッコンできたか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは罰として椅子になったと言っていたが、実は背中に当たる涼宮ハルヒの臀部の感触を楽しんでいた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン～、あんた罰を受けているくせにそんなこと考えていたの？　団長に対してよこしまな思いを抱いた罰として…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、仲間割れはやめだ。次はおまえに来るぞ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「仲間割れって、あたしはあんたと仲間になったおぼえは…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この流れだといやでもそうなる…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そして涼宮ハルヒは、あなたに臀部を意識させることを楽しんでいた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「一時間の間、同じ場所に座っていることは少なく、頻繁に臀部の位置を背中から腰、腰から肩に変え…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そ、それは、さすがにいくらこいつでも、同じ所に座ってられたら痛いだろうし、かわいそうだと思ったから…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さらに首にまで臀部を乗せ、頭に乗せようとしてさすがに失敗した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんだか女どもの目がギラギラしてきた。あんたら大人の女だろうが…。女子高生じゃあるまいし、こんな話が好きなのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒは『全自動式移動椅子』などと称してあなたを床の上で這い歩かせ、わざとバランスを崩したフリをして上半身をふらつかせ、あなたはそれを見て右手を床から外して背中の上に手を伸ばし、彼女の体を支えるフリをしながら、そうっと腰と臀部の上の場所をさわった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ハルヒが俺に罵声を浴びせてくるだろうな。言葉で俺がやったことを明らかにされた以上はそうするほかは…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゆ、有希ぃ、言っちゃだめぇ。その後あたしが何をしたかは言っちゃだめぇ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">違った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒは『あぶないじゃないのバカ』などと言いながらふとももであなたの胴をはさみつけ、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門よ…「あぶないじゃないのバカ」が嫌味なくらい棒読みだな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ふくらはぎで腹部をはさみつけ、腹の下で両足首を交錯させた。腰を折って上半身をあなたの背中にもたれかからせ、胸部を背中にぴったりととはりつかせた。腕をあなたの胸にからみつけて顔をあなたの顔に近づけ、わざと吐息を耳に吹きかけた。もはやドサクサにまぎれてなどとは言えないレベル。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あああ、あんた…、うらやましいわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うらやましい。わたしもあなたのように彼の体にイタズラをしてみたい。許可を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ！　トラップだ。答えるな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「駄目に決まってるでしょ！　部室で言ったはずよ！　キョンに変なことをしたら承知しないって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは今認めた。あなたは変なことをしている。彼の体に性的なイタズラをしている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「う……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ひっかかりやがった。脊髄反射しやがって…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君…、君たちって言った方がいいかしら。なんでここまでしてるのに告白の一つもできないわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「きっと、それとは別のスイッチなんですよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「二人とも、言葉に出すのは怖いのね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それは後のことだ。スピーカーに集中しよう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あれは、たまたま部室が狭かったからいろいろぶつかったりしてバランスを崩しただけよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「広いところでもやっていた。あなたは孤島でビキニの水着を着ていたが、そのまま彼に肩車をしてもらい…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女どもがギラギラした目をこっちに向けた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うわ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「水着で肩車…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この子が水着にこだわってたわけって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いや、だから俺はフェチズムに陥っているわけじゃなくて…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「中になにが入ってるかか重要なんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「北高ってショートパンツじゃなくてブルマーなのよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「水着も体操着も、入ってるものの形と量がはっきりと確認できるからいいんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あ、あんたたちもけっこうえげつないこと言ってますよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あんた…、これ以上言ったらさっきのあんたみたいに泣くわよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「なぜ女であるわたしが女の涙に動揺しなければならない？　彼も言っていた通り、わたしたちは女どうし。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた…、さっきのことまだ拗ねてるんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「認めることにする。わたしはあなた以上のやきもち焼き。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そういうことは自分で認めちゃだめなの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「……肩車をしてもらっていたあなたは片手に水鉄砲を持ちわざとバランスを取りにくい状況を作り出し、落ちないためという弁明を誰にともなく行い、彼の顔をそのふとももではさみつけ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、反論するな！　トラップだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
長門が次に何を言い出すかはわからないが、あえて事実と違うことを言い出すということは、ハルヒに何か反論させようとしているとしか思えない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは彼の両頬をふとももで強くはさみつけていた。その目的は、彼に自分の脚を意識させることを楽しむのが第一。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しゃべるなよ、ハルヒ。何か言ったらドツボにはまるぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「主目的は彼の唇を両脚で奪うこと。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、しつこいぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人を殺しそうな目で長門を見ているハルヒの姿がはっきりと見える。我慢しろよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたはその脚の付け根で彼の顔をおおい、唇にふとももをぴったりつけることによってまるで彼に足にキスしてもらったようなつもりに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、我慢しろ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン、うるさいわよ！　有希！　あたしはあの時足ではさみつけたりしてないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり…、こらえ性のない奴だ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの時あなたの姿勢は大変不安定だった。なぜ恐怖を感じなかったのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョンに両手で支えさせたからよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そう、あなたは両足のももに彼の手のひらを感じていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「う………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これで終わりか？　いや、もう一段階あるような…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは彼の本気の忠告に従って後悔したことなど一度もない。彼の言うことを聞かずに本気で後悔したことが一度だけある。今日が二度目になる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた何が言いたいわけ？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">墓穴を掘りに行きやがって…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「彼を脚ではさみつけていないからには、重心を前に持ってくるしかない。あなたはあの時黒い水着を着ていた。アンダーウェアは必要なかったと推測される。あなたは前傾姿勢を取って下半身を彼の首にこすりつけた。これではまるでオ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ばかぁ、有希のばかぁ！　なんてこと言うのよ！　これであたしがキョンに軽蔑されたら絶対あんたを許さないからね！　一生許さないからね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、長門を殴るなよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「彼の忠告には従った方がいい。そうしなければ後悔することになる。今のあなたのように。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたよくそんなことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんがこちらを心配そうに見ていた。こんな表情をされるのは初めてだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ねぇ君、さっきみたいに長門さんを黙らせたら？　いくらなんでもひどすぎるわ。君の言うことなら聞くでしょう？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いや、今あいつを黙らせるのはまずい。俺とハルヒが気まずくなるだけです。あいつはかならず次に俺を攻撃してきます。うまくいけば空気を変えられるはずです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まあ…、任せるしかないようね。大いに不安だけど。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういうこと言わないで下さい。俺まで不安になります。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だいたい土下座にしても椅子にしても肩車にしてもあなたたちは言わなくても十分わかっていることのはず。あえて言葉に出されただけで憤慨する意味がわからない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門…、おまえには「公然の秘密」っていう概念がわからないようだな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「その言葉は矛盾している。公然であったら秘密ではないし、秘密であったら公然ではない。説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえ本当はわかってるだろ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン！　あんたもバカね！　公然の秘密って言っちゃったら公然の秘密じゃなくなるでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…いまさら遅い。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒ。泣きながらわたしの襟をつかまなくても良い。彼があなたを軽蔑するなどありえない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。俺は絶対おまえのことを軽蔑したりは…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なぜなら、彼も同じようなことをしているから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺をフォローするかのようなことを一度言ったが、やっぱり俺に矛先を向けるか。まあいい。望んだ通りだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「孤島に行った時、彼は水着姿のあなたをひそかに携帯で隠し撮りをしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">していたな、確かに。ハルヒ、早くののしれ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「データを携帯から取り出してパソコンに移し…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからハルヒ、早くののしれ。この段階でそうしてくれれば空気が変わる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「拡大してプリントアウトした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そろそろののしってくれないと困るんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「彼の部屋にはポルノグラフィーと呼ばれる雑誌がある。ＤＶＤ以上に厳重に保管している。いわゆるエロ本。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒ、なんで黙ってるんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まさか、これを最後まで聞きたいのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼はあなたの水着姿の写真を、エロ本と同じ引き出しに隠している。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">気まずい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まわりの女どもの目が、今日一日の中でいちばん痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しょうがねえだろ。男子高校生のやることなんだから…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「最低…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おいっ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ハルヒ、その、おまえを汚したことは謝る。しかしそれはあまりにもおまえが魅力的だからであって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしを汚したあ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この言い方はまずかったか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたが汚したのはあたしの写真でしょ！　あんたにあたしを汚す度胸があるの？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぐ…痛い…。左胸を押さえて撫でた。て、てめえ……、傷ついたぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うわあ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いくらなんでも…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ひどい…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「事実とはいえ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だからまわりの女どもめ、かわいそうなものを見る目で俺を見るな…。ここに来て初めて同情されたが、それがかえってつらい。さっきの軽蔑しきった目の方がなんぼかマシだ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたはいいわよねっ！　あたしの写真見ながらせんずりかいてればそれでいいんだ…。あんたはそれで満足かもしれないけど、あたしはどうなるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「せんずり」とか言うんじゃねえ。惨めな気持ちになるだろうが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハ、ハルヒ…。てめえ、俺にも男の尊厳というものが…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっきあたしの女の尊厳をコナゴナにブチ砕いてくれたのはどこの誰だあ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お、おまえの女の尊厳は眼鏡の構成部品で出来てるのかよう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なぜ黙りこむ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたし、何がそうさせたかは言ってないわよね。あんた、有希の眼鏡を外させることがあたしを傷つけるってわかっててやったんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いや、おまえが聞いてるとは思わなかったから…。後で、もしかしたらそうかなーって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしは有希みたいに自分がやきもち焼きだなんて認めたりはしないわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたも認めればいい。認めれば楽になる。下手なプライドに邪魔されることなく、思い切りやきもちが焼ける。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「認めたら負けた気になるでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんがぼそりと言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなこと考えてる時点で負けなのに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">勝ち負けの問題なのか、これは？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、俺は毎日の生活の中で思い知らされていることがある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はどんなことであれ絶対におまえに勝てないってことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからおまえが俺にやきもちを焼くことなどありえない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたりまえじゃないの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからおまえは、おまえの前で俺が長門に何をしても許してくれ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「調子に乗るな。せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">てっ、てめえ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お、俺は、目的と手段を逆転させたりはしねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふーん。そうなんだ…。あんたの目的っていうのはあたしの写真なんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから、俺はフェチズムに陥ったりしないって言ってるだろうが！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「返しなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「返せって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしの恥ずかしい写真！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「恥ずかしいって…、普通に海に行った時の写真だろうが…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたにそういう使い方をされてると思うと無性に恥ずかしいのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「い、いやだぁ…。おまえはしょせん俺のものにはならないけれど、あの写真は俺のものだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたねえ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店の中からあきれ果てたような声がした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「また余計なことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いや、今はこっちの方はどうでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうなんだ。あんたが大切なのはあたしの姿がうつったモノなんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">写真はあたしと違って、泣いたり拗ねたり怒ったりしないもんね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">殴らないしな。……いやいやそうじゃないだろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたはあたしより、あたしの写真のほうが大事なんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">大事だなんて言ってねえだろ…。ただ手に入れやすいだけで…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんた、どうせあたしの外見しか見てないんだ…。あたしのことをちゃんと見てくれてるわけじゃないんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ、なんでそういう話になる！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">飛躍のしすぎだろうが！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっき『俺はおまえの表情を見ているんだ』とか言ってたけどね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたし知ってるのよ！　あんたほんとはものすごい面食いなんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店の中の女どもが全員首肯して俺を睨み付けた。さっきは俺に同情してなかったか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「みくるちゃん、有希、それにあ・た・し！　あんたが声をかける女の子ってみんな…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しっかり（最後とはいえ）自分を入れてくるあたりおまえらしいが、その言い方には事実との重大な乖離があるぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「待て。ちょっと待て。それは明らかに間違いだろうが。長門はおまえに連れられて行った部屋に最初からいたし、朝比奈さんはおまえが連れてきたんだろう。声をかけたのはおまえであって俺じゃない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけど二人ともあたしよりあんたの方になついてるじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どんどん話がズレてくな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それはまた別の問題だろ！　だいいちそれは向こうの都合であって俺のせいじゃない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「じゃああんた、あたしがあんたに対してどんな気持ちになったとしても、それはあたしの都合で自分には責任がないって言いたいわけ？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そうじゃあないんだが。今日はそうとうおまえを怒らせたからな。それに責任がないとは思ってない。というより、話がズレすきだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「違うんだ、とにかく。だいたい最初に俺の方から声をかけた女子っていうのは、おまえと佐々……。いや、なんでもない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしと、さ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まずい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしと、さ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺の方から声をかけたのはおまえだけだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「白状しろ…。誰なんだその女は…。吐かないとずっとこう呼び続けるぞ、せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「て、てめえ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
完全に俺の弱みを握ってやがる。惨めだ。店の中を見回した。こんなにかわいそうなのに、誰も俺に同情しやがらねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「早く吐け、せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おまえだって似たようなことをしてたじゃねえか…。と、これだけは言うわけにはいかないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり女はずるい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これを言っておまえの機嫌が良くなるとは思えないんだが。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたしがどんな気持ちになっても、それはあたしの都合であって、あんたに責任はないんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、今日おまえを怒らせたのは反省してるんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話をズラすな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが言うか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「質問に答えろ、せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「てめえ、これ以上その呼称を続けると…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「呼び名が気に入らないの？　だったらこういうのはどう？　へタレキョン、略してヘタキョン。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「男にヘタとか言うんじゃねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんにもしてないうちから、へたくそ呼ばわりするなあっ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが周りには聞こえないくらいの声で言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キスはしたわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お、おまえにあの時のことをヘタって言われたら、俺はもう立ち直れないぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「下手じゃなかったんじゃないの？　それでこの子の人生が変わったわけだし。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
まあ、ヘタとかなんとかにこだわるのはよそう。人と付き合うのに技巧とかテクニックは必要ない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ただ正直な気持ちがあればいい。かけひきなんかはいらない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その通りだけどね。君が言うんじゃないわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺が言うとおかしいのか？　そうだ、技巧とテクニックは同じ意味だな。重複表現だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やはり難しい言葉を使おうとするのは、俺には合わないということか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういうのは長門の方が似合っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へえ、気に入らないの？　だったらこっちの方がいいわけね、このせんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「て、てめえ、涼宮って呼ぶぞ。二度と髪をなでてやらんぞ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしねえ、脅迫されるのって嫌いなの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ好きな奴はいねえな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ましてあたしが世界でいちばん大切にしているものを取り上げようとする奴なんか、大っ嫌い！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うわあ、また大っ嫌いって言われた…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰か同情…してねえな、この空気は。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかしおまえにとって一番大切なものっていうのは名前なのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とにかくこれは使えるな。あの呼称だけは撤回させるぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おい、涼宮。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なによ、せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここはガマンだ。妥協したら負けだ。多分負けるだろうが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「せん………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「せ………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「す・ず・み・や。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うぐっ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">変な声を出すな。不安になるだろうが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカｧ、泣くなあ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">泣かれたらまずい。非常にまずい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いま泣いたらおまえのことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「一生、涼宮って呼ぶぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いっしょ………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それだけ聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何だ？　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">沈黙が続く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつ今なんて言った？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いっしょ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一緒？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺と一緒にいたい？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だとしたらこんなに苦しそうなわけがないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺と一緒にいるのがいやだとかそういうことか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">へコむぞ、くそ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それにしても沈黙が長いな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まるっきりハルヒの様子がわからないというのは今日初めてだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">スピーカー以上に店内の沈黙が怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ものすごく怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なに。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何をやってるんだこいつは。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いきなり顔をあげて上を見ている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うえぇ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">変な声が出てしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分も上を見てみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">天井だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">天井だな、あれは。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ブティックの天井っていうのは……、何の変哲もないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">白い柄つきの壁紙がはってあるだけだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おしゃれな雰囲気を出すっていうのは天井はあまり関係ないのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なぁ、長門…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なに。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえの部屋の天井には何か面白いものでもあるのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒが何か面白いものでも見つけたのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「同じものを見て面白いと思うかどうかは人それぞれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そりゃまあそうだろう。ハルヒが見て面白いと思うかどうかなんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">不思議なものとか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは自分の部屋の天井を見てどう思う？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ユニーク」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうなのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…とは思えない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だよな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたはどう思うの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれは人の家の天井なんかじっくり見る趣味はねえ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「目が覚めた時に視界に入ったはず。ユニークだと思った？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「コタツでうたた寝をして悪かったな。みんなで鍋をしに行った時か。つっぷして寝ていたから天井は見ていない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誘導尋問するんじゃねえ。油断のならない奴だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒは今、ティッシュペーパーを所望している。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">花粉症なのか？　そんな季節ではないはずだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「取りに行けばいいだろうが。いくら俺が雑用係でもそこまでティッシュを持って行くのはやだぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼女は今一歩も動けない状態。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一歩も動けないっていったい…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが取ってきてやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでわたしが…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「命令に理由を尋ねるな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今はハルヒの機嫌を取らなきゃならない（ちっとも上手くいっていないが）。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから少しぐらい長門の機嫌をそこねても仕方がない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">各個撃破だからな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もうちょっと傲慢なことを言ってみるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだか長門に冷たくした方が、今はハルヒの機嫌がよくなるみたいだし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「と、言いたいところだが、特別に理由を教えてやろう。おまえがティッシュを取りにいかなければならないのは、俺がやれと言ったからだ。おまえにはそれ以外の理由が必要なのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………不要。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だったらやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「了解した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、今はハルヒちゃんの機嫌を取らなきゃならないわけよね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうしてるでしょうが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「八方美人になってどうするのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">意味がわからんことばかり言う人だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">スピーカーからガサゴソ音がしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「で、なんでこいつはさっきから黙ってるんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたが今涼宮ハルヒに声を出すように要求することは、さっきの命令と矛盾する。もう少し待つべき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえまで意味がわからないことを言うな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とにかく俺は今のこの沈黙が痛いんだぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さんざんひどいことを言われ、男の尊厳さえも傷つけられたあげく、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この空気の中でいつしゃべり出すかわからん奴を待てというのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんてえ悲惨な立場だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒに同情する…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれに同情しろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ずっと考えていたことだが、誰も俺をかわいそうには思わんのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきはつらかったが、今はそんな同情でもほしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰も君に同情なんかできないわよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当に今日はひどいことばかり言われる日だな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきは同情されてたような気がしたけど、あれでさえ軽蔑かなんかだったのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君さあ、かわいそうっていうのは強者が弱者に与える感情だって言ってたわよね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その通りですね。同情も軽蔑も下に見られていることに変わりはないです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君のどこが弱者なのよ！　絶対君主じゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">絶対君主はブティックの一室に監禁されたりしないと思うぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ヨーロッパの王様とか中国の皇帝で臣下に監禁された人はいくらでもいるけど、監禁された時点で絶対君主じゃないはずだ。チャールズ１世とか、宣統帝溥儀とか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっとしゃべり出したか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう一度ハルヒって呼んでよ…。あたしの名前を呼んでよう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえがおれの「名前」を呼んだことが一度でもあったか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「泣くなって言ったはずだぜ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこが絶対君主だ。誰も俺の言うことなんか聞かねえじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
まあ、こいつのことだ。「なんであたしがあんたの言うことを聞かなきゃならないの！」とか言い出すに決まってるが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ほんと…なの？　いま泣いたら一生涼宮って…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">違った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">っていうより、そんなところにこだわってたのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いまハルヒって呼んだだろうが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、この子を一生『涼宮』にしておくつもり？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「姓を変えるっていうことですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もちろん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そういう制度があるって聞いたことがあります。自分がいやな名前だったら役所にいろいろ書類を提出すれば変えることができるそうですね。それとも養女にでも行きたいんでしょうか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺以外にあいつを受け入れられる人間がたくさんいるとは思えないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もっと簡単に苗字を変える方法があるでしょう！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ということは、あれか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えーと、結婚したらば氏姓が変わるっていう話ですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">｢他に何があるっていうのよ！｣</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
さっき俺は「一生涼宮と呼ぶ」って言ったな。これは「おまえは一生結婚できない」って言っちまったわけか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがにまずいな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかしこいつが結婚なんかにあこがれるとは思えませんが。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そんなことないわよ。君がウェディングドレスを指さした時、明らかに動揺してたじゃない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、無難にフォローしておくか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ。おまえだったら幸せな結婚生活を送れると思うぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ほんとに？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いやに普通のことに関心があるんだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「本当だ。俺を信じろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたやけに自信たっぷりじゃないの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ちょっと待てよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いくらなんでも脈絡がなさすぎるだろう…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんでこいつの結婚生活と俺の自信が関係あるんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、困惑してないで、『俺には自信がある』って言いなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「は？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この子の機嫌を取るんでしょ！　さっきの失言をフォローするにはそれしかないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ええと、具体的にはわからないんですが、そんなことを言ったら何らかの責任が発生するような気がするんですけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「『俺を信じろ』って言った時点で発生してるのよ。言いなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俺を信じろ」っていうのは、「きっと幸せな結婚生活を送れる」と俺が言ったことについて信じろという意味で別に俺が何かしようというわけではなく、「俺には自信がある」というのも「おまえが幸せになるということについて客観的な立場から自信がある」という意味しかないが、このままそう言ってしまうと、言語による情報伝達に齟齬が生じるおそれがある…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「早く！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「はい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と言ってしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり女どもの言いなりになってるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつもと同じだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当に弱い立場だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは幸せになれる。俺には自信があるんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「フン、期待しないで待ってるわよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">期待してないか…。やっぱりひどいことを言われたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
それはともかく、待っているって、こいつが何かを待つなんておよそ似合いそうにないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何言ってるのよ。これほど辛抱強く待っている女の子なんてそうはいないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その意見には賛同しがたいが仮にそうだとして、こいつが辛抱強く待ってるものって何だろう…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君、本当はわかってるんでしょう？　そこの試着室に入ってじっくり確認してみたら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな暇はない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鏡の前で無為に時間をつぶす趣味など俺にはない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒが洋服を買う時に何回も着替えるのは結局何を着ても似合うからだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうではない俺は早めに妥協することができる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人間は時に開きなおることが必要なのだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「期待しない」とあいつは言った。期待されてないってことは、責任も無いってことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無い以上は、それが何の責任かを考えるのはやめておこう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱり男ってずるいわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン、思い出したわ！　最初にあんたの方から声をかけた女ってのはあたしと誰よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり来たか。やっぱり執念深いな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ええと、だからそれは…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしと、さ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さ」がついてしかもこいつに聞かせても無難な名前を必死に探した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">佐伯？　阪中？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無難かどうかわからん。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">榊？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに男はムリがあるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さ、さ、さ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしと、ささ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ささ」まで聞いてやがったか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">危うく誘導にひっかかるところだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">性格悪いぞ、おまえも長門も…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やはりあなたはやきもち焼き……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、話をそらしてくれてありがとう。ナイスフォローだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン、あたしがあんたにやきもちを焼くなんてことは万が一にも、温暖化が原因で恐竜が復活するとか、地球に隕石が衝突して押し出された地底人がトコロテンみたいに飛び出してくるとかくらいの確率でもありえないけどね…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど、仮定として聞きなさい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もしあたしがやきもちを焼いたら、あんたうれしい？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういう風に食いついてきやがったか。長門、やっぱりフォローになってないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もしあんたが『うれしくない』って言ったら、あたしのことなんかどうでもいいってことになるわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わからん。どっちが正解なんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女性の立場から言えば、どっちを答えてもらいたいんだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はそっと店内を見回してみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたしは、『うれしい』って言うべきだと思うわよ。相手に好意を持ってるんだったら、当たり前だもの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「この子の場合はわざとそうさせている節があるから、そう言っちゃったらまずいんじゃない？　わざわざ他の女の名前を言いかけてやめるなんて、うっかりでやることじゃないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">悪かったな、うっかりさんで。さっきのは天然だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だけど『うれしくない』って明言しちゃうのもまずいわよ。『おまえの結婚式には呼べ』とか、『一生涼宮って呼ぶぞ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">』とか、『おまえは女じゃない』とかと同じになっちゃうわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけどさあ、うれしいって言われて喜ぶ人もいないと思うわよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけど、全くうれしくない、って言われてもちょっとね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">バラバラだ。何の参考にもならん。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんをちらりと見てみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ため息をつくな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君の場合はね…、何でも深読みするからいけないのよ。君の正直な気持ちさえ伝えられれば、あの子を傷つけることなんてないはずなのに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">正直な気持ちねえ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言ってみるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン～、さっさと答えなさい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがやきもちを焼いたらうれしいの？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は電話のマイクに口を寄せて長門ばりの小さな声を出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………………………………少しだけ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しばらく返事がなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「最っ低！　最っ低！　最っ低！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いきなりスピーカーが叫びだした。音が割れてるぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた楽しんでたんだ！　あたしがこんなに苦しいのに！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ、うれしいのと楽しんでるのとではニュアンスが違うだろ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「似たようなもんよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もしかしたらこの質問は、どっちを答えても地雷だったんじゃなかろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたし知ってるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきもそんなこと言ってたな。いろんなことを知ってるな、おまえは。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたもそうだってことをね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あたしが古泉君に副団長の腕章を渡した時、あんた泣きながらあたしをにらんでたじゃない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な、泣いてない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涙目だったわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「てめえ、楽しんでやがるな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたしはね、あんたと違って、自分の好きな人が苦しんでいるのを見て喜んだりはしないのよ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あの時のあんたがあんまりかわいそうだったから、二度と古泉君に物をあげるようなことはしてないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが俺になんかくれたことがあったか！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「バレンタインのおねだりでもしてるの！？　あんただってあたしになにかくれたことなんかないじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「少なくともお茶代は全員分出してるぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんた、意地でも遅く来てるんじゃないの？！　あたしが一時間前に集合してるのを知ってるくせに、何のいやがらせよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえこそ、俺がいる前でわさわざ古泉のことばかり褒めるのは何のいやがらせだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉君はね、たくさん団に貢献してるのよ！　あんたとは違うの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あいつから聞いたぞ。おまえ、俺がいない時はほとんど古泉を無視してるそうじゃねえか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたこそ、あたしが見ている時にわざわざみくるちゃんばっかり見ているのはあたしをイライラさせるためだけでしょ！　あの娘を本気にさせちゃったらどうするつもりよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その時はおまえが間に…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「連帯責任だ。もともとおまえが…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしが、何？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俺をへんな気持ちにさせるためだけの理由で、５センチくらいまで顔を近づけてじっと見つめるからだろうが！　心臓がもたん！　ていうか、あきらかに楽しんでるだろ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あれは、あんただって悪い気分じゃないはずよ！　さっきも言ったけどね、あたしは自分の好きな人を苦しめてまで、その人に対して自分が影響力を持っていることを確かめるようなマネをしないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえみたいな性格の悪い女の言うことなんか信じられるか！　おまえこそ古泉を本気にさせたらどうするつもりだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その時はあんたが間に…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「断る！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたに拒否権はないの！　団長の信用にかかわることなんだから、あんたが嘘でもいいから『こいつは俺の女だ』とでも言えばいいのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「嘘でもいいのか？　信用されないかもしれんぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だったら嘘じゃなきゃいいじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まだおまえにも何も言ってないのに、なんであいつに言わなきゃならん！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だったらさっさとあたしに言いなさいよ！　あんた女の子を焦らして喜んでるんでしょう？　変態！」、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっきからなんだ、何回も！　俺は変態でもスケコマシでもねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「……あたしまだ、スケコマシとは言ってないんだけど、誰かに言われたの？　どこの女よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんでそこに食いつくんだ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長を睨んでみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんは軽く腕組みをしながら視線を上げた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全く動じてないな、この人。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あのさあ、根本的な所を聞きたいんだけど。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何です？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつもこんなこと言い合ってるの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつもではないですがね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでこんな状態なのに片思いだと思うわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「相思相愛に見えますか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっと違うわね…。あえて言えば、お互いに片思い？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">両方が片思いか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">不思議、かどうかはわからんが珍しいのは確かだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒが喜ぶかもしれん。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「喜ぶわけないでしょ、こんなヘンテコな関係。さっさと決着つけなさいよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「心の準備というか、覚悟が必要なんですよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの子を何年待たせるつもりよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何年も待たせてません。心の準備を始めてからまだ十か月しか…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今日じゅうに決着つけなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それで、どこの女にスケコマシって呼ばれたの？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おお、ハルヒ。ちょっとの間忘れてたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いや、おまえを忘れてたんじゃなくてスケコマシ疑惑についてだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……何で女だって決まってるんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「確かにあんたがやってることを見たら男でも女でもそう言いたくなるわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店内全員が首肯した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういうのはもうやめてほしいんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だいたいおまえは告白を断るのは得意だろうが。『好きな人がいる』と嘘でも言えばそれですむ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">また黙り込みやがった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">地雷か…。もう慣れたような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あのな、『嘘でも言えば』っていうのは、それが嘘だっていうことじゃなくてな、たとえそれが嘘であってもっていうことで、つまり…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……なんでそんなことを言うの…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺の話聞いてたか？　つまりおまえがさっき言ったのとおんなじ意味で…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そっちじゃないわよ！　あたしが告白を断るのが得意だっていう方！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえだってしょっちゅう妬いてるじゃねえか！　俺が昔のおまえに妬いたらいけないのかよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんていう言い方をしたら「あたしは団長であんたは雑用。なんで同じ権利が…」とか言い出すんだろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたし…、変われたのに！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">また違ったか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とにかく聞こう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたと出会えて変われたのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたのために変われたのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんであんたに出会う前のことなんか言うのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの伝説の、告白をＯＫして五分でフッたというあれか？</div>
<div style="text-align:left;margin:0mm 0mm 0pt;" align="left">
「他人を傷つければ自分が痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたを傷つければあたしが痛い！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">心が痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぎりぎり痛い！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それを教えてくれたあんたが、なんでそんなこと言うのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おい…、おまえはそこまで俺を傷つけたことなんかないぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">日本刀で麻のロープを切断するかのような切れ味のある声で断言した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしは、あんたみたいな超絶ウルトラバカ級のお人好しに手をあげさせた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたみたいなやさしい男に、女を殴らせそうになった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな自分がいやでいやで…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉君には感謝している。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もしあの時、あんたにあたしを殴らせてしまったら…、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたという男に、とりかえしのつかない傷をつけるところだった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そこまであんたを傷つけたら…、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">きっと立ち直れなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">恥ずかしくて、二度とあんたの前になんか立てなかった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それで気がついた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたに会う前のあたしが、どんなにバカだったか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どんなに簡単に、ひとを傷つけていたか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれは仕方のないことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰かに恨まれても仕方がないことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰かに軽蔑されても仕方がないことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どんなに悔やんでも過去は変えられない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">過去は変えられなくても、自分が変わればいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそんな恥ずかしい過去を、あんたに指摘されるのだけはいや！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">バカバカしいことかもしれないけれど、あたしはあんたの前でだけはカッコつけたい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな姿をさらすくらいだったら、あんたの見ている前で裸になった方がましだわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え、えーと…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ホントにやらないわよ、バカ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今のはものの例えよ、例え。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どうせあんたのことだからね、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしが裸になって立ってたら、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一切あたしの体には触らないで、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでいてじっくり見るだけは見といて、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『自分を大切にしろ、ハルヒ』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とか、わけのわからないことを言いながら外に出て、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分の部屋にとびこんでせんずりかきはじめるんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うわあ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やりそう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「最低…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いや、やってもいないことを最低とか言われても…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうせあたしはね、あんたのおかずなんでしょ。主食じゃないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺は人肉を食ったりしねえよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
変な言い方かな。まあもとはと言えば、比喩だかなんだかわからないような言い方をしたこいつが悪い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　　　　　　　　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　　　　　　　　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　　　　　　　　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　　　　　　　　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから女どもめ、白けきった顔をして俺を見るなあ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「主食云々はともかく、涼宮ハルヒがあなたの心にかすり傷さえつけさせないというのは、ただのレトリックではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言葉通りの意味。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
こいつの言葉をそのまま受け取ってたら身がもたんぞ。今日なんか相当ひどいことを言われたし。いつもだって、しょっちゅう怒鳴りやがるし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼女があなたを怒鳴る時の言葉は８７パーセントの確率で『遅い』というもの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
自分に会いたくてたまらない女に『遅い』と怒鳴られてなぜ傷つく必要があるのかわたしにはわからない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">説明しろって言われてもな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしたちも説明してほしいわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが身を乗り出してきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、いい加減にしろ、くどいぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まだ聞き続けたらあなたはわたしを嫌いになるのか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………ならねえよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんて聞き方しやがる。だから女はずるいんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君が言うんじゃないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「別におまえを嫌いになったりはしねえが、その質問はやめろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「命令？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わざと追いつめるような言い方をするんじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………そうだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「了解した。あなたには逆らえない…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「フン、権力でねじふせたわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門てめえ…、今の俺の状況をわかっててこういう言い方をしやがったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女どもの目がさらにさらに冷たくなったぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン、そうよ。あんた遅いのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">探索の集合時間の話か？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんであんたに出会うのに十五年も待たなきゃならなかったのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたがもっと早くあたしの前に来てくれたら、あんなバカな真似をしなかったのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ひとりぼっちじゃなかったのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今みたいに笑っていられたのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">毎日笑っていられたのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたし、さびしかったのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ずっと、待ってたのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたみたいな人に会うことを！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたに会えることを！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">責任取りなさい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしの十五年間を返しなさいよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「これはいくらなんでもこの子のわがままね。この若さで最愛の人にめぐり会えるなんて、幸運としか言いようがないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おい、ハルヒ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一瞬の沈黙の後になんだかおかしな空気が流れた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度は何が起きたんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぷっ、くくくっ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえ……、笑ってるのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「本気にした？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだこれは…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今のはあんたをからかっただけ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やれやれ、そういうことか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしがあんたに会えたことをうれしいとか思うわけないでしょう？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたこそあたしに会えたことを感謝しなさい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もっと早くあたしにあたしに会えなくて残念だったわね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがあんたを傷つけることなんか気にすると思う？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あんたはね、あたしにからかわれてストレス解消されるためだけにこの世にいるんだから！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつはそういう奴だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺が恥をかけば嬉しい奴だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺に恥をかかせるためだけに演技していたわけか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかし迫真の演技だったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、ほっとしたが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はゆっくりと店の中を見渡した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これが普段の俺に対する扱いなんですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へへーんだ。なに必死になってんのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あーおかしい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ゲラゲラ笑う声が聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしがあんたに『遅い』って怒鳴るのはね、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">別にあんたに会いたいからじゃないの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんた程度の人間が、あたしの時間を無駄にさせたのが許せないのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからあんたはいつまで経っても雑用、ペーペー、平団員なのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だいたいあたしがあんたにやきもちなんか焼くと思う？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがあんたなんかに泣かされると思う？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがあんたの名字なんかほしがると思う？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたがあたしを自分のものにするなんて、そんなことが許されると思う？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全部ウソよ、大ウソ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたをからかうためのウソ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それなのにあんた、いちいちあわてちゃって…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">身の程を知ることね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは神聖不可侵なＳＯＳ団の団長。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたはお情けで雑用係にしてあげているだけなのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">変な勘違いをしないでね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしはあんたがどんなに傷ついても平気なのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことよりあんたこそあたしにもっと気を配りなさい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だってあたしはあんたなんかよりずっと価値のある人間なんだから！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつもの俺を見下した目を思い出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつ、今そんな目をしてるんだろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの「大好き」の寸止めと同じだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつものハルヒじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お帰り、ハルヒ。もどってきたか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">はっきり言ってかなりむかつくが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それもいつものことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、よかったと思うことにしよう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これでだいじょうぶだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">完全にもとにもどったはずだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">後は長門のハグをどうにかすればすむ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長い一日だったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">メールの着信音がした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉からだろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本文　「閉鎖空間、発生の予兆あり。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">………おかしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どういうことだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺をからかってストレス解消ができたんじゃないのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この子はね…、さっき君に過大な要求をしすぎたと気がついて焦ったのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それであわててひっこめたわけ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君に負担をかけすぎないために、こんなことを言い出したのよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この子が気がついたんだから、これはそのままスルーすればいいわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君がいなかった時間をとりもどさせるだなんて、いくら君でもできないわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">実はそれよりも、さっきから気にかかっていることがあった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ。おまえに聞きたいことがあるんだが。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なあに？　あたしの時間を無駄にさせるのはたいがいにしてよね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかった。手短に話す。おまえは映画撮影の時のことを覚えているのか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ああ、あたしの名作映画ね。視聴覚教室が超満員になって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そのことじゃない。朝比奈さんを鶴屋さんの家に連れて行った時のことだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、よく団長のあたしに暴力を振るおうとしたわね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
本来なら厳罰の上、団から追放して当たり前だったけど、特別の温情によって許してあげたわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">感謝しなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「感謝してやるから追放は勘弁してくれ。とにかくその時のことを覚えてるんだな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「なによ、感謝してやるってえらそうに。あんたなんか団にとって全然必要のない人材なんだけどね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでも追い出さないのは団長の広い心によるものなのよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだかいつもよりパワーアップしてるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきとは逆のスイッチが入ったのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういう流れになっちまったのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんまり流れに身を任せるもんじゃないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺も人のことはいえないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ならばその次の日のことを覚えているか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……あんたは覚えてるの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺が部室に入っていったらおまえがパソコンの前でカ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「髪型変えてなんかいないわよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしはあのときあんたのことなんか全然考えてなかったわ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんであたしがあんたに媚を売るようなことしなくちゃならないのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自意識過剰もたいがいにしなさい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自惚れもたいがいにすることね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえがカレーパンを食っていたことまで覚えている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐ…、ひっかけたわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何の話だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">覚えているようだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まだ聞きたいことがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だから、あたしの時間を無駄にさせるなって言ったでしょ！　ちっとも手短じゃないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">質問は手短だったぞ。時間を食ったのはおまえのしつこい返答のせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは俺に初めて声をかけられた時のことを覚えているか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「『なあ。しょっぱなの自己紹介のアレ、どのへんまで本気だったんだ？』ってあんたが…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">食いつくかな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「思い出したわ！　あんたから最初に声をかけた女ってあたしと誰なのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしはね、あんたが誰に声をかけようがどうでもいいけどね、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">団員の素行は知っておく必要があるのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、あんたが有希やみくるちゃんに相手にされないことくらいわかってるけど、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あんたがあたし以外の女の子におかしなことをしたら、団長のあたしの責任問題になるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">食いついてきたか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえの執念深さを利用させてもらった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが責任を取る必要はない。彼にとってもらう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン、あんたまさか有希にも変なことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「してねえよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">また話がそれたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが今聞きたいのはそのことか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そうだったわね。あとで糾弾するわ。それはともかく、あんたが声をかけた女ってのは、あたしとささ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、俺の方から声をかけたのは、おまえとささ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ささ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ささ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ささ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに勇気がいるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「笹の葉が全国でたなびいている日に出会った少女だけだ…。」</div>

<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">よっぽど俺の動揺ぶりが顔に出ていたんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だらしないわねえ…、自分が散々使った手なのに。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「目を剥いてるわね……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「口をパクパク開けてるわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ガタガタ震えてるわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「明らかに挙動不審ね……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「このまま外に出たら職質されるわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「こういう返しが来るのはある程度予想できたのにね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自分が不意打ち掛けられるのには慣れてないのね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だまれ、外野うるさい…。そういうのに慣れている奴って一体どんなや…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、自分のものにしたいとか考えないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おいっ、今どう答えるべきか考えてるんだから、追い打ちをかけるな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自分だけのものにしたくはないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とどめを刺すな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これはどういうことだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いや、ここは余計なことは考えるべきではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いくら考えてもわからないものはわからない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だいたい今まで、あらかじめ考えておいてどうにかなったことなんかあったか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全ては流れの中で解決していったんじゃないのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">流れにまかせる、いや、流れに乗るんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">深読みはせず、見た物聞いた物をそのまま受け取るんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒたちに付き合っていて俺が唯一得た教訓だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全ては感じたままに……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全てはただあるがままに……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
それで恥をかくことになったとしても、それは俺がここで恥をかくべき奴だったということでしかない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やらずに後悔するよりは、やって後悔した方がいい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">風は常に、勇者の望む方に吹く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">運命は、どんな時でも勇者の下僕だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この事態を素直に受け取れば、正念場だということだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰にだって正念場というものがある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺にとっては、今がその時なんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それで後悔したっていい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">このまま直進する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もらって撃沈されたなら、それまでだ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">正念場なんだ、こいつはもらうぞ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「きゃー！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「がんばれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「がんばりなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「『こいつは』じゃなくて、『こいつを』もらうんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その子をもらっちゃいなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">初めて外野をうるさいと思わなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">むしろ後押ししてくれている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、その、おまえがくれるって言うんだったら……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そんなこと言ってないでしょ！　あたしがどうするかじゃなくて、あんたがほしいと思うかを聞いてんの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わかった…、トラップだこれは！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は右手で舵輪をつかんで思いっきり左に廻した！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「１０５円の鏡でも嬉しいと思うぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一瞬にして水を打ったように静かになった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">スピーカーからも外野からも何も聞こえてこない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「か、かわした……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「意気地なし…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">スピーカーから聞こえたのか、店の中から聞こえてきたのかはわからなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「根性無し…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「臆病者…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ヘタレ野郎…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「がっかり…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この子がかわいそう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女どもが勝手なことを言っているがこれで良かったんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">よし、かわしたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">転舵した。思い切り舵を切った。取り舵一杯だ。敵前回頭だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">最後のはちょっと違うな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">相手が急降下してきたギリギリでかわすことができた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ふふん、駆逐艦は戦艦より防御力攻撃力ともにまるっきり劣るが、スピードと小回りの効きは桁違いだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
もう二度と特攻はしない。水上部隊の特攻なんて大和でさえ撃沈されるだけだった。なんの戦果もない。駆逐艦が特攻したってそうだとさえ誰も気づかないだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは「これ」としか言ってない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わざと俺をからかうためにそうしたんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしはそんなことは言っていない。あたしがどうするかじゃなくて…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
と言っていたのは、俺がなかなか答えを出さないのを聞いていて、思わず焦って本音が出たんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは俺をどうするつもりもなければ、俺に何を言うつもりもないんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことは初めからわかっていたことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ざまあみろ、ハルヒ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何マジな声出してんの。あたしが言ったのは鏡のことよ、鏡！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そう言ってゲラゲラ笑うつもりだったんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">孤島での「大好…」の寸止めを思い出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうそういつもいつもやられてたまるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが無意識に出した台詞から、俺はおまえの趣味の悪いたくらみをとっさに見やぶ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「意気地なし…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度ははっきりと聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あきらかにスピーカーからだ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">大事なことだから二度言ったのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まさかとは思うが、もしかしたら……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今のはトラップなんかじゃなくてそのまんまだったんじゃ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">周囲のあまりにも冷ややかな視線をようやく痛く感じ始めた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺の頭の中で舵輪が空しく回っているのが見えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">カラカラという音まで聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここまでやってきた機会が魚雷のような速さで遠ざかっていくのが見えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ホーミングモードじゃないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さよなら、ハルヒ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なにがさよならだ、バカッ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ああ、本体はここにいたか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどこれは、さっきまでの本体ではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだかものすごく損をしたような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こんな機会はめったになかったんじゃ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今のはかわさずにもらえば良かった…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君ねえ、『ほしいんだったらほしいってちゃんと言いなさい』って子供のときに言われなかった？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが軽蔑しきったような視線を投げてくる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「結果論ですよ。あいつが『鏡のことだわよ、バカ』とか言って俺を笑いものにしてくる可能性だってありました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あの子がそう言ったとしても、君が『おまえが何のことを言ったのかなんてどうでもいい。俺がほしいのはおまえだ』っておっかぶせてしまえば、それであの子はぐうの音もでないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俺にそんなことができたら、俺達はいつまでもこんなバカなことをやってませんよ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふーん。『俺達』ね……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">二人してえらい恥をかいてしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あいつが『これ』としか言わないのが悪いんですよ。抽象的すぎます。もっと具体的に言ってくれれば…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君だって抽象的なわけのわからない言い方をしてたじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これが俺達の限界でしょうね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱり、『俺』じゃなくて『俺達』なんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">携帯が鳴った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉、俺が何をしでかしたかは聞くな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">絶対聞くな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は勇者ではない、それだけのことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">剛速球が来たんで思わずバッターボックスを外しただけだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ビーンボールかと思ってよけたら、ミットに納まった時には絶好球だった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">東郷ターンは無茶苦茶な攻撃機動だったが、俺はギリギリで防御機動をとった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はリスクを承知で相手に肉薄したりはしないんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はルビゴン河で賽を振るような男じゃないんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
いきなり間合いに入ってこられたら防御の姿勢を取るのが普通だろう。おいっ、それが普通だって言え！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わかるな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかりません！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鈍い奴だな。いつもは鋭いのに。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一気に早口で言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「実は誰よりも臆病なあいつが勇気をふりしぼって差し出したプレゼントを受け取るのに失敗しただけだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君さあ、そこまでわかってて『だけ』ってのはないんじゃないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
女性陣全てに非難されたあげく店長さんにとどめを刺された。見事な集団戦法だ。モンゴル人もびっくりだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんとなくでもわかったか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「はっきりとわかりました。涼宮さんの命がけの告白を断ったわけですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「断ってねえ！　はぐらかしただけだ。そんな勿体ないことするか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君のＭＯＴＴＡＩＮＡＩ精神は女の子を傷つけるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それで古泉、閉鎖空間は？　さっきよりマシだと思うが。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君ねえ、わけのわからない話をしてないで人の話を聞きなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わかってもらっちゃ困るんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「確かにさっきのように拒絶されたわけじゃないですからいくらかマシだとも言えますが、じんわりと効いてくる恐れがあります。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきのがテンプルへの一撃だとすれば今度のはボディーブローでしょうか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえの比喩はいつでもわかりにくいんだよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あのな、なんで『結婚式に呼ばなくてもいい』っていうのが拒絶になるんだ？　あいつはそんなに俺を自分の結婚式に呼びたかったのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">できればそんなところを見たくはないんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まだ閉鎖空間は発生していません。しかし予断を許さない状況であることは確かです。何かをきっかけにして噴出するおそれがあります。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえも人の話を聞け。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その件については、あなたとは後でじっくり話し合う必要がありそうですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「説教なら勘弁しろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「多分そうなります。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この野郎…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だいたい閉鎖空間ならお前らがなんとかすればいいだろうが。俺が失敗したらどうする！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もちろんできる範囲のことはしますよ。それが我々の仕事ですからね。しかしあなたがどうにもできないことを我々にどうにかできるとお思いですか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「買い被りだ！俺はあいつに対して髪型変えさせる程度の影響力しかないぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんだか余計なことを言ったかもしれないが、スルーしよう。今はそんなことにかかずらっている暇はない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは知らないでしょうけどね。中学時代の涼宮さんはそれはもうひどい荒れようでした。あなたはそんな彼女の心の壁をほんの数週間で打ち破ってしまいました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そんなたいそうなことじゃねえ。おれの後ろに仏頂面をしたものすごい美人が座った。こいつが笑ったらきっとかわいいだろうと思った。だから笑顔にさせた。おれがやったことはそれだけだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「へえ君、あの子を本気で怖がらせることもできれば、本気で泣かせることもできる、本気で怒らせることもできれば、笑わせることもできるんだ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何が『ナントカ程度の影響力』よ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何でもできるってことじゃない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だったら笑わせてあげなさいよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつもはそうしてますよ……。今日はなんかがズレただけです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">笑われているだけっていう気もするがな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もっとも同じことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが笑っているっていうことに変わりはない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「危なくなったら連絡します。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえと悠長に電話している暇はなさそうだ。メールで送れ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう一つ問題があります。長門さんが誤作動を起こす恐れがあります。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなことまでよく知ってるな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門に入っちまったスイッチを落とせということか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかってしまうのだから仕方がありません。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おまえが自然にわかることっていうのはハルヒの心理状態とその影響だけだったはずだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いえ、実は涼宮さんが長門さんの部屋にいるということがようやくわかったものですから、盗聴させていただきました。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「悪趣味だな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「全くです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
全くです、ですませるな。こいつらにプライバシーっていう概念は…。概念だけはありそうだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しかも盗聴していたっていうことは、俺が何をしでかしたか最初からわかっていたってことじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「つまり、ハルヒの機嫌を取るのと長門のバグを消去するのを俺に両方やれと言っているのか、おまえらは。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話が早くて助かります。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「勝手に話を終わらせるんじゃねえ！　なんでもかんでも俺にやらせやがって。かたっぽだけでもおまえらがやれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「無理です。あなたができないようなことが我々に…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あのな、最後の砦っていう意味がわかるか？　そこを抜かれたらオシマイってことだぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつもそこまで楽々と侵入されるんだから仕方ないでしょう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかったよ……。とりあえずハルヒをどうにかして長門は見殺しにする」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかってないじゃないですか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店にいた全員がギロリと俺をにらんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……わけではない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでそんな言い方をするんですか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつもはおまえがこんな感じだぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「二正面作戦は避ける。各個撃破だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「つまり、シュリーフェン作戦…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「を修正しない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">シュリーフェン・プラン。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ウィルヘルム二世の外交下手によってドイツ第二帝国はロシアとフランス、すなわち東西の大国二つを同時に敵にすることとなった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ならばロシア軍の動員速度が遅いのを利用してドイツ全軍が一斉にフランスに襲い掛かり、一気にフランス軍を撃破したのち反転して東に駆け、ロシア軍を撃滅する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ドイツ参謀本部、シュリーフェン元帥の芸術的なまでの名作戦だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかし第一次世界大戦はこの通りには運ばなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ロシア軍の動員速度はドイツ側が予想していたより速く、東部戦線にほとんど兵力を置いていなかったドイツはその領土をロシア軍に侵食されることになり、パリ陥落とベルリン陥落のどちらが先かという状況になった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここでドイツはベルリンを一時明け渡してでもフランス軍を撃滅させるべきだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しかし本土を侵攻されることに耐えられなくなったドイツ軍はフランスにとどめを刺さずに反転し、長躯ドイツ領にもどり、ロシア軍を追い払った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しかしそれによってフランスは息を吹き返し、ベルギー領を通ってフランス領に侵攻したことなどからイギリス、アメリカ、日本などを敵にしたドイツは四年間の敢闘ののちついに敗れた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この作戦を修正せず、目先のリスクを気にせずやりとげる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「要するに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「博打だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">博打は嫌いなんだが。俺はどちらかといえば石橋を叩いて渡るタイプだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「石橋を叩いて渡らない、の間違いなんじゃないですか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うるせえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「石橋を叩きすぎて橋もなにもかもぶちこわしてしまう、の間違いでしょ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">息が合っているな、おまえら。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まあ、俺はそういう性格だからはっきり言って苦手なんだが…、今度はこっちから仕掛ける。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はかわすのは得意だがもらうのは苦手だ。自分の方から仕掛けるのはもっと苦手だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「少なくとも今日はあいつが俺に仕掛けてくることはないだろうし。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「当たり前でしょ。まだあの子の方からなんか言わせるつもり？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「とにかく作戦目的が分裂するのはまずい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">同時に二人に働きかけても二兎を追うことにしかならない。つまり…、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「意思の集中。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「力の集中。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度は俺と古泉の息が合った。おまえと以心伝心になれてもうれしくないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「しかし何でこんなことをいちいち宣言するんですか？　だまってどんどん行動すればいいでしょう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これは、保険だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういう意味ですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俺がここまで手の内をさらけ出したんだから盗聴はカットしろ。全て俺にまかせるんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれだけが理由じゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺のことだから他人に宣言しないと、迷ったり途中で引き返したりするかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だからそんなことはしないと一応ひとに言っておくわけだ。おれなりに自分を追い詰めてるんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君はそういうところがへタレなのよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何もしないよりはいいと思いますよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「とりあえず、ハルヒに向かう。あいつをこれ以上ほったらかしにしておくのは危険だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それがわかってるんだったら携帯で長電話してないでさっさとやりなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">覚悟というか、心の準備というものが必要なんですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「こちらがどうにかなったら反転して長門に向かう。攻略の順序は重要性の序列ではない。現時刻の必要性の違いにすぎない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「言い訳してないでさっさとやれ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俺の意思と力の全てをハルヒに集中させる。今はそのことだけを考える。それによってどっちか一人、もしかしたら二人を決定的に傷つけてしまったとしても…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は携帯を耳から離して待ち受けに向かって叫んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺を責めるな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ブツッと切った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「大丈夫よ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ああ、あなたが大丈夫だと言ってくれれば成功するような気がしてきました。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしたちが責めるから！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そっちかよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それどころじゃないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は再び固定電話に向かった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでも電話はつながっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こっちから切らない限り、今の状況では向こうから切ることはない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おい、ハルヒ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さよならって何よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まだ根にもってたのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どんなことになっても自分の性格を見失わないな。執念深さは基本設定なのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからこそ電話を切らないだろうと思ったんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、俺が本当にほしいと思っているのは、１０５円の鏡とかじゃなくてだな…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたには２１円のチロルチョコでも勿体ないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえもＭＯＴＴＡＩＮＡＩ精神なのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、十五分でいいから時間を巻き戻せ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当に巻き戻すなよ。そのつもりになればいいんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いや。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺がこう言っているんだからそう思え！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「絶対いや！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきもこんなやりとりをしたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえにとっても悪い話じゃないはずだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いやよ！　どうせあんたのことだからね…、何回巻き戻しても同じことをするんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一万五千回以上も同じことを繰り返してたおまえに言われたくないぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「すまん。俺はおまえを怒らせた。そのことは認めよう。だけどなあ、そこまで怒ることはねえだろ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">所詮おまえは俺にとって高嶺の花なんだし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「た…、高嶺の花って…。あんたよくこのあたしに！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">怒ってるのか？　褒めたんだぞ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そんなこと言われて喜ぶ女がいると思う？　高嶺の花ってのは男が女をフる時の常套句だわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
この店長はわかってないな。それがもし普通だとしたら、こいつがそんな普通の受け取り方をする訳がない。普通が大嫌いな奴だからな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……そんな残酷なことが言えるわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだ？　俺の方がわかってなかったのか！？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「怒るな！　泣くな！　すねるな！　殴るな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ここまで手が届くわけはないが、こいつが望めば頭の上になんか落ちてくるかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんてな。「あんたに何か言われたぐらいであたしが泣いたりすねたりするわけが…」とか言ってくるはず…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……殺す。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ころすなぁぁぁぁっ！　俺を殺したくないと、心の底からそう思え！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">神様が「殺す」だなんて、シャレにならん。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おまえ、秋の文化祭のころだったか十二月の末のころからだったかよくわからないが、「死刑」とか「殺す」だとか物騒なことを言わなくなったと思ってたが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえにそのころ何があったのかは知らんが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">聞いても教えてくれないだろうし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は必死に「高嶺の花」の辞書的な意味を思い出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ただ見ているばかりで、手に取ることのできないもののたとえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">完璧に褒めてるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
どういうことだ？　わかった。こいつは俺に褒められてもうれしくないっていうことをアピールしたいわけだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あるいは俺の言うことを言葉通りに受け取るほど素直じゃないっていうこと…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「この意気地なし…、臆病者…、怯懦きわまりない…、へタレ野郎…、根性なし…、軟弱男…、惰弱野郎…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ただのアピールではなさそうだな。一言一言がぐさぐさ突き刺さる。朝倉のナイフなみの破壊力だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当に刺されるよりはましだが。こいつは俺を本気で殺す気はないようだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それにしても語彙が豊富だな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………いじわる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ、最後のがいちばん効いたぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………自業自得。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、いたのか。すっかり忘れてたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど各個撃破っていうことはそれでいいのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もっとも撃破するどころか速攻で返り討ちになりそうなんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、俺がおまえを大切に思っていることは嘘じゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが必要だっていうことも嘘じゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえは強い女だが、それでもおまえを守りたい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「なんであたしがあんたみたいなへタレコシヌケビビリ野郎に守られなきゃならないのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんた、あたしのためなら死ねるとか言い出すつもり？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「死ぬのは怖いな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどおまえのためになるとわかっているならできるかもしれない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">できないと思うが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしはあんたのために絶対に死んだりしないからね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「当たり前だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの三日間を思い出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが死ぬこと自体がおれのためにならない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「不意打ちは卑怯だって言ってるでしょ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本気にするじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">不意打ちじゃない。サプライズだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、なんであんたみたいな卑劣な男にあたしが守られなきゃならないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはさっき説明したはずだからここでは繰り返さない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが大事だからだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おあいにく様。あたしはあんたなんかちっとも大事じゃないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたりまえだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからおまえは俺を守らなくてもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえは俺のために何もしなくていい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな図々しいことは一切期待していない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが俺のために何かしてくれるとは思わない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえは俺のために指一本動かさない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それが当然なんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">日米安保と同じ片務条約だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こんなことを考えている場合じゃないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">意思の集中、力の集中だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけど俺はおまえのために何かがしたい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はおまえよりはるかに弱いが、それでもおまえを支えてやりたい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">要するに、俺はおまえの…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「魂の護衛なんだよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言葉は決まったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「何カッコつけてんのよ！　それであたしが納得するとでも思ってんの！　あんたいったいあたしの何のつもり！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり駄目か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたがあたしの何なのかしっかりと教えてあげるわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり女王様と下僕か。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたはねえ、モノに過ぎないの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしの所有物に過ぎないのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">予想通りひどい答えが返ってきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">利用されているだけだっていうのは本当のようだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ここの店長さんにそう言ってみたのは自意識過剰からくる自嘲にすぎなかったが、おまえが本気でそう思っているとはさすがにショックだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だからあんたのモノはあたしのモノ。あたしのモノはあたしだけのモノ。あんたの全てがあたしのモノ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それは前にも聞いたぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だからあんたの時間はあたしの時間。あんたの携帯はあたしの携帯。あんたの財布はあたしの財布。あんたのごはんはあたしのごはん…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ああ、夜中に携帯に電話かけてきて用件だけ言って切っちまうとか、俺に飯を奢らせておいて、さらに俺の皿からおかずをどんどん持っていって食っちまうあれな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そのうちこいつは俺の鞄から弁当を勝手に持ち出すようになるんじゃなかろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからあんたの敵は……、あたしの敵！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……俺の当面の敵はここのブティックの店長と店員と客どもなんだけどな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつらはどう考えてもおまえの敵じゃなくて味方だぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それに俺の人生最大の敵って言ったら…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この店に入ってすぐに考えたことを思い出しそうになった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思い出すのはやめよう。また口から漏れたらまずい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、ケーキ的な意味での敵なんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから誰であれ、あんたの心にかすり傷でもつけるようなマネは…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">続きがあったのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「「あたしがさせない。」」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハモるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっと有希、なんであんたもそれを言うのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはもともとわたしのセリフ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ふーん。セリフはあんたのものかもしれないけど、キョンはあたしの所有物なんだからね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この分なら閉鎖空間は大丈夫かもしれないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門とじゃれているうちに気がまぎれるだろうし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかしあなたは彼のものではない。彼のものになれなかった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「思い出させるんじゃないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、思い出させるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">五月のことをまだ覚えていたおまえならわかるはずだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつはおまえと同じくらい執念深いんだぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは彼を守ってなどいない。ただ守られているだけ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、うらやましいんでしょ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わたしは彼を守っている。そして守られている。私と彼の間には強い信頼関係がある。うらやましい？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ただの信頼関係でしょ。そんなもの親子でも兄弟でも友達どうしでも女どうしでも普通にあるわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…やる気？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何を？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">電話切ってもいいか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">っていうより、俺帰ってもいいか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もちろん駄目よ。なんとかしなさい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんとかねえ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ああ、めんどくせえ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえらこれ以上話をややこしくするんじゃねえ！　モメるんだったら切るぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思わずスピーカーに向かって思い切り怒鳴っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いや、ぴたりとやめられても困るんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「まあ、あんたがそこまで言うんならやめてあげるわよ。有希、キョンに感謝しなさい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたこそ彼に感謝すべき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門はともかくおまえは俺の言うことをすぐに聞くような素直さだったか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど今がチャンスかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おいハルヒ、俺はおまえの質問に答えた。だからさっきの約束どおり受話器を持ってスピーカーモードをオフにしろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「土下座は？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱりすぐに言うことを聞くような奴じゃなかったか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">というより、さっきのヘタレを根に持ってるのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「電話に向かって土下座しても意味ないだろ。そこから見えるわけじゃないんだから俺が本当にしてるかどうかわからんぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もっとも何人にも見張られているから嘘をついてごまかすということはできないんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「明日、部室でおまえの前で土下座するから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わたしは、あなたがなぜ受話器に対してではなく直接涼宮ハルヒの前で土下座したがるのかを知っている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">えーと、おまえは何が言いたいんだ？　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒはあなたに土下座をさせるとき、かならず机を脇にどけてパイプ椅子に浅く腰かけ、顔を紅潮させて腕組みをして、最後に足を組む。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゆゆゆ有希ぃ…、あんた何を言おうとしてるの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえまさか…。いや、ここで黙れと言うのはまずい。認めているようなものだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
こっちの電話がスピーカーになっていることを言うか？　いや、ハルヒがキレるだろう。だいいちこの情報はハルヒにダメージがあるだけで長門にはなんのリスクもない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここはもう祈るしかできなのか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そしてあなたが頭を上げるタイミングに合わせて…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ながとぉ…、言うなよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「足を、組みかえる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わーっ、わーっ、わーっ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わーっ、わーっ、わーっ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺とスピーカーが全く同じようにわめいている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「阿吽の呼吸…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「デキレース…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「暗黙の了解…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカップル…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">久しぶりに外野の出番がきたらしい。良かったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「馬鹿であることは肯定するが、この二人はカップルではない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門…、後半は肯定するが、前半は否定したいぞ…。って、それどころじゃない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「偶然よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「偶然だ、偶然。予定調和とかじゃねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「予定調和って何なの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この店長はキリスト教神学について議論…、したいわけじゃなさそうだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「簡単に言えば、最初からそう決まっている、程度の意味です。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そのものじゃないの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、こっちはどうでもいいか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「長門、俺は手段と目的を混同したりはしねえ！　何であろうが衣服は衣服にすぎない。中に何が入っているかが重要なんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君さあ、ここが何の店だかわかってる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お洋服屋さんですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかってるんだったら営業妨害しないでね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「偶然とはとても思えない。この間などタイミングがずれたため三回仕切りなおしをしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれは、ハルヒがもう一回頭を下げろっていうから…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あれは、キョンがもう一回頭を下げたいっていうから…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう二回やっていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「八百長相撲の立ち合いが合わずに何回も待ったをかけたって感じね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰だ上手いことを言った奴は…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが頭を上げた後涼宮ハルヒは必ずあなたに好きな色を聞く。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「色を聞いてるだけじゃない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ、誰だって好きな色ぐらいあるだろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「白、ピンク、グリーン、淡いブルー、オレンジ、レモンイエロー、珍しい例ではバイオレット。その他十パターン以上ある。なぜかあなたの好きな色は毎回違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒは男に土下座をさせるからには自分も何らかのコストを覚悟しなければならないと考えている…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そうよ、ただのコストなんだから、できれば無い方がいいの。キョン、もしあんた…その…、覗いてたりしたら死刑…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だけではない。あなたに土下座をさせる前にわざわざトイレに行って清潔な下着にはき替えるのはなんらかの準備としか思えない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんた、それじゃその、覗かれてるんじゃなくて、わざとあたしが覗かせてるみたいに…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「事実。あなたは彼に見られたくて見られたくて仕方がない……、変態。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あ、あんたねえ…。そういうのは言っちゃだめなの！　あんたも女の子でしょ！　なんで女のあたしに恥をかかせるようなことを言うのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「人間を染色体の形によって区別する意味がわたしには理解できない。あなたは本来そんな風に人間を区別したりはしない。あなたにとって人間とは『彼』と『それ以外』でしかない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに弁護してやるぜ、ハルヒのためにな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それは八ヶ月も前の話だ。こいつはもう世界を『自分と俺』と『それ以外』で分別したりはしねえ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
分別を細かくするようになった。リサイクル精神だな。こいつもＭＯＴＴＡＩＮＡＩなんだ。簡単に切り捨てたりしなくなっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ハルヒがおまえとの間に女同士の連帯を感じているんだったらそれは成長しているってことだ。こいつはおまえらＳＯＳ団女子に対してはなんらかの絆を感じている。いいことじゃないか。一つだけ言えることは、こいつはもう二度とあんなことはしねえってことだ。長門、おまえちょっと黙ってろ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
急にハルヒと俺に連帯感が生まれたような気がする。長門を仲間はずれにしたような気がするが、各個撃破なんだ。しかたがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「何よ急に黙りこくっちゃって…。あんた、キョンがあたしの味方をしたもんだから拗ねてるわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「みんなあたしのことばっかり言うけどね…、あんたもけっこうなやきもち焼きじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まったく、どいつもこいつも…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だれのせいかしら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無視しよう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涙目であたしをにらむのはよしなさいよ！　あたしのせいじゃないわよ。キョンのせい…、ていうより自分のせいでしょ！　あたしはね、キョンがいつもいつもあんたやみくるちゃんの味方をするのを我慢して見てるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「じっとこちらを見据えながら唇をかむなぁ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン、なんとかしなさい！　あたしじゃどうにもならないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いま長門にしゃべらせるのはまずい…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わかってるけどね。あんたと違ってあたしは目の前に有希がいるのよ！　この無言のプレッシャーには耐えられないわ。あっ、ポロポロ涙をこぼしはじめた…。それでもあたしをにらむのをやめないわ。ああっ、噛んだ唇から血を流してぶるぶる震えだしたわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">困ったな。血を出してるのはわざとだろうが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、なんとか言ってあげたら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今は長門より、ハルヒのことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「どうせ君のことだから長門さんに冷たい態度を取り続けることなんかできないんでしょ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきそのことを責められたような気がするんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しょうがねえな。ハルヒがそう言うからだ。決して作戦を修正したわけではないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、命令解除だ。しゃべっていいぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「共犯者どうしの連帯感ほどいやらしいものはない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しゃべっていいって言ったらいきなりそれかい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたたちはわたしの部室でいやらしいことをしている。このままでは部室がチーズイカ臭くなる。無視できないレベル。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたねえ、いくらなんでもまだそんなことはしてないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒ…、長門が最高速で突っ込んでくるぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まだ…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やはりそこをツッコンできたか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは罰として椅子になったと言っていたが、実は背中に当たる涼宮ハルヒの臀部の感触を楽しんでいた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン～、あんた罰を受けているくせにそんなこと考えていたの？　団長に対してよこしまな思いを抱いた罰として…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、仲間割れはやめだ。次はおまえに来るぞ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「仲間割れって、あたしはあんたと仲間になったおぼえは…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この流れだといやでもそうなる…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そして涼宮ハルヒは、あなたに臀部を意識させることを楽しんでいた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「一時間の間、同じ場所に座っていることは少なく、頻繁に臀部の位置を背中から腰、腰から肩に変え…、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そ、それは、さすがにいくらこいつでも、同じ所に座ってられたら痛いだろうし、かわいそうだと思ったから…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さらに首にまで臀部を乗せ、頭に乗せようとしてさすがに失敗した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんだか女どもの目がギラギラしてきた。あんたら大人の女だろうが…。女子高生じゃあるまいし、こんな話が好きなのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒは『全自動式移動椅子』などと称してあなたを床の上で這い歩かせ、わざとバランスを崩したフリをして上半身をふらつかせ、あなたはそれを見て右手を床から外して背中の上に手を伸ばし、彼女の体を支えるフリをしながら、そうっと腰と臀部の上の場所をさわった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ハルヒが俺に罵声を浴びせてくるだろうな。言葉で俺がやったことを明らかにされた以上はそうするほかは…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゆ、有希ぃ、言っちゃだめぇ。その後あたしが何をしたかは言っちゃだめぇ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">違った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒは『あぶないじゃないのバカ』などと言いながらふとももであなたの胴をはさみつけ、」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門よ…「あぶないじゃないのバカ」が嫌味なくらい棒読みだな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ふくらはぎで腹部をはさみつけ、腹の下で両足首を交錯させた。腰を折って上半身をあなたの背中にもたれかからせ、胸部を背中にぴったりととはりつかせた。腕をあなたの胸にからみつけて顔をあなたの顔に近づけ、わざと吐息を耳に吹きかけた。もはやドサクサにまぎれてなどとは言えないレベル。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あああ、あんた…、うらやましいわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うらやましい。わたしもあなたのように彼の体にイタズラをしてみたい。許可を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ！　トラップだ。答えるな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「駄目に決まってるでしょ！　部室で言ったはずよ！　キョンに変なことをしたら承知しないって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは今認めた。あなたは変なことをしている。彼の体に性的なイタズラをしている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「う……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ひっかかりやがった。脊髄反射しやがって…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君…、君たちって言った方がいいかしら。なんでここまでしてるのに告白の一つもできないわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「きっと、それとは別のスイッチなんですよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「二人とも、言葉に出すのは怖いのね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それは後のことだ。スピーカーに集中しよう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あれは、たまたま部室が狭かったからいろいろぶつかったりしてバランスを崩しただけよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「広いところでもやっていた。あなたは孤島でビキニの水着を着ていたが、そのまま彼に肩車をしてもらい…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女どもがギラギラした目をこっちに向けた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うわ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「水着で肩車…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この子が水着にこだわってたわけって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いや、だから俺はフェチズムに陥っているわけじゃなくて…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「中になにが入ってるかか重要なんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「北高ってショートパンツじゃなくてブルマーなのよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「水着も体操着も、入ってるものの形と量がはっきりと確認できるからいいんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あ、あんたたちもけっこうえげつないこと言ってますよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あんた…、これ以上言ったらさっきのあんたみたいに泣くわよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「なぜ女であるわたしが女の涙に動揺しなければならない？　彼も言っていた通り、わたしたちは女どうし。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた…、さっきのことまだ拗ねてるんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「認めることにする。わたしはあなた以上のやきもち焼き。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そういうことは自分で認めちゃだめなの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「……肩車をしてもらっていたあなたは片手に水鉄砲を持ちわざとバランスを取りにくい状況を作り出し、落ちないためという弁明を誰にともなく行い、彼の顔をそのふとももではさみつけ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、反論するな！　トラップだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
長門が次に何を言い出すかはわからないが、あえて事実と違うことを言い出すということは、ハルヒに何か反論させようとしているとしか思えない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは彼の両頬をふとももで強くはさみつけていた。その目的は、彼に自分の脚を意識させることを楽しむのが第一。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しゃべるなよ、ハルヒ。何か言ったらドツボにはまるぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「主目的は彼の唇を両脚で奪うこと。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、しつこいぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人を殺しそうな目で長門を見ているハルヒの姿がはっきりと見える。我慢しろよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたはその脚の付け根で彼の顔をおおい、唇にふとももをぴったりつけることによってまるで彼に足にキスしてもらったようなつもりに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、我慢しろ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン、うるさいわよ！　有希！　あたしはあの時足ではさみつけたりしてないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり…、こらえ性のない奴だ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの時あなたの姿勢は大変不安定だった。なぜ恐怖を感じなかったのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョンに両手で支えさせたからよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そう、あなたは両足のももに彼の手のひらを感じていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「う………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これで終わりか？　いや、もう一段階あるような…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたは彼の本気の忠告に従って後悔したことなど一度もない。彼の言うことを聞かずに本気で後悔したことが一度だけある。今日が二度目になる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた何が言いたいわけ？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">墓穴を掘りに行きやがって…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「彼を脚ではさみつけていないからには、重心を前に持ってくるしかない。あなたはあの時黒い水着を着ていた。アンダーウェアは必要なかったと推測される。あなたは前傾姿勢を取って下半身を彼の首にこすりつけた。これではまるでオ……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ばかぁ、有希のばかぁ！　なんてこと言うのよ！　これであたしがキョンに軽蔑されたら絶対あんたを許さないからね！　一生許さないからね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、長門を殴るなよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「彼の忠告には従った方がいい。そうしなければ後悔することになる。今のあなたのように。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたよくそんなことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんがこちらを心配そうに見ていた。こんな表情をされるのは初めてだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ねぇ君、さっきみたいに長門さんを黙らせたら？　いくらなんでもひどすぎるわ。君の言うことなら聞くでしょう？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いや、今あいつを黙らせるのはまずい。俺とハルヒが気まずくなるだけです。あいつはかならず次に俺を攻撃してきます。うまくいけば空気を変えられるはずです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まあ…、任せるしかないようね。大いに不安だけど。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういうこと言わないで下さい。俺まで不安になります。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だいたい土下座にしても椅子にしても肩車にしてもあなたたちは言わなくても十分わかっていることのはず。あえて言葉に出されただけで憤慨する意味がわからない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門…、おまえには「公然の秘密」っていう概念がわからないようだな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「その言葉は矛盾している。公然であったら秘密ではないし、秘密であったら公然ではない。説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえ本当はわかってるだろ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン！　あんたもバカね！　公然の秘密って言っちゃったら公然の秘密じゃなくなるでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…いまさら遅い。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「涼宮ハルヒ。泣きながらわたしの襟をつかまなくても良い。彼があなたを軽蔑するなどありえない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。俺は絶対おまえのことを軽蔑したりは…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なぜなら、彼も同じようなことをしているから。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺をフォローするかのようなことを一度言ったが、やっぱり俺に矛先を向けるか。まあいい。望んだ通りだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「孤島に行った時、彼は水着姿のあなたをひそかに携帯で隠し撮りをしていた。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">していたな、確かに。ハルヒ、早くののしれ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「データを携帯から取り出してパソコンに移し…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからハルヒ、早くののしれ。この段階でそうしてくれれば空気が変わる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「拡大してプリントアウトした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そろそろののしってくれないと困るんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「彼の部屋にはポルノグラフィーと呼ばれる雑誌がある。ＤＶＤ以上に厳重に保管している。いわゆるエロ本。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒ、なんで黙ってるんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まさか、これを最後まで聞きたいのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼はあなたの水着姿の写真を、エロ本と同じ引き出しに隠している。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">気まずい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まわりの女どもの目が、今日一日の中でいちばん痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しょうがねえだろ。男子高校生のやることなんだから…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「最低…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おいっ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ハルヒ、その、おまえを汚したことは謝る。しかしそれはあまりにもおまえが魅力的だからであって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしを汚したあ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この言い方はまずかったか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたが汚したのはあたしの写真でしょ！　あんたにあたしを汚す度胸があるの？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぐ…痛い…。左胸を押さえて撫でた。て、てめえ……、傷ついたぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うわあ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いくらなんでも…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ひどい…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「事実とはいえ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だからまわりの女どもめ、かわいそうなものを見る目で俺を見るな…。ここに来て初めて同情されたが、それがかえってつらい。さっきの軽蔑しきった目の方がなんぼかマシだ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたはいいわよねっ！　あたしの写真見ながらせんずりかいてればそれでいいんだ…。あんたはそれで満足かもしれないけど、あたしはどうなるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「せんずり」とか言うんじゃねえ。惨めな気持ちになるだろうが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハ、ハルヒ…。てめえ、俺にも男の尊厳というものが…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっきあたしの女の尊厳をコナゴナにブチ砕いてくれたのはどこの誰だあ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お、おまえの女の尊厳は眼鏡の構成部品で出来てるのかよう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なぜ黙りこむ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたし、何がそうさせたかは言ってないわよね。あんた、有希の眼鏡を外させることがあたしを傷つけるってわかっててやったんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いや、おまえが聞いてるとは思わなかったから…。後で、もしかしたらそうかなーって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしは有希みたいに自分がやきもち焼きだなんて認めたりはしないわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたも認めればいい。認めれば楽になる。下手なプライドに邪魔されることなく、思い切りやきもちが焼ける。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「認めたら負けた気になるでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんがぼそりと言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そんなこと考えてる時点で負けなのに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">勝ち負けの問題なのか、これは？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、俺は毎日の生活の中で思い知らされていることがある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はどんなことであれ絶対におまえに勝てないってことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからおまえが俺にやきもちを焼くことなどありえない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたりまえじゃないの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だからおまえは、おまえの前で俺が長門に何をしても許してくれ…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「調子に乗るな。せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">てっ、てめえ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「お、俺は、目的と手段を逆転させたりはしねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふーん。そうなんだ…。あんたの目的っていうのはあたしの写真なんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから、俺はフェチズムに陥ったりしないって言ってるだろうが！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「返しなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「返せって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしの恥ずかしい写真！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「恥ずかしいって…、普通に海に行った時の写真だろうが…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたにそういう使い方をされてると思うと無性に恥ずかしいのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「い、いやだぁ…。おまえはしょせん俺のものにはならないけれど、あの写真は俺のものだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたねえ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店の中からあきれ果てたような声がした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「また余計なことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いや、今はこっちの方はどうでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうなんだ。あんたが大切なのはあたしの姿がうつったモノなんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">写真はあたしと違って、泣いたり拗ねたり怒ったりしないもんね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">殴らないしな。……いやいやそうじゃないだろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたはあたしより、あたしの写真のほうが大事なんだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">大事だなんて言ってねえだろ…。ただ手に入れやすいだけで…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんた、どうせあたしの外見しか見てないんだ…。あたしのことをちゃんと見てくれてるわけじゃないんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ、なんでそういう話になる！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">飛躍のしすぎだろうが！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっき『俺はおまえの表情を見ているんだ』とか言ってたけどね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたし知ってるのよ！　あんたほんとはものすごい面食いなんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店の中の女どもが全員首肯して俺を睨み付けた。さっきは俺に同情してなかったか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「みくるちゃん、有希、それにあ・た・し！　あんたが声をかける女の子ってみんな…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
しっかり（最後とはいえ）自分を入れてくるあたりおまえらしいが、その言い方には事実との重大な乖離があるぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「待て。ちょっと待て。それは明らかに間違いだろうが。長門はおまえに連れられて行った部屋に最初からいたし、朝比奈さんはおまえが連れてきたんだろう。声をかけたのはおまえであって俺じゃない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけど二人ともあたしよりあんたの方になついてるじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どんどん話がズレてくな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「それはまた別の問題だろ！　だいいちそれは向こうの都合であって俺のせいじゃない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「じゃああんた、あたしがあんたに対してどんな気持ちになったとしても、それはあたしの都合で自分には責任がないって言いたいわけ？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そうじゃあないんだが。今日はそうとうおまえを怒らせたからな。それに責任がないとは思ってない。というより、話がズレすきだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「違うんだ、とにかく。だいたい最初に俺の方から声をかけた女子っていうのは、おまえと佐々……。いや、なんでもない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしと、さ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まずい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしと、さ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺の方から声をかけたのはおまえだけだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「白状しろ…。誰なんだその女は…。吐かないとずっとこう呼び続けるぞ、せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「て、てめえ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
完全に俺の弱みを握ってやがる。惨めだ。店の中を見回した。こんなにかわいそうなのに、誰も俺に同情しやがらねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「早く吐け、せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おまえだって似たようなことをしてたじゃねえか…。と、これだけは言うわけにはいかないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり女はずるい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「これを言っておまえの機嫌が良くなるとは思えないんだが。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたしがどんな気持ちになっても、それはあたしの都合であって、あんたに責任はないんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、今日おまえを怒らせたのは反省してるんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話をズラすな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが言うか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「質問に答えろ、せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「てめえ、これ以上その呼称を続けると…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「呼び名が気に入らないの？　だったらこういうのはどう？　へタレキョン、略してヘタキョン。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「男にヘタとか言うんじゃねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんにもしてないうちから、へたくそ呼ばわりするなあっ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが周りには聞こえないくらいの声で言った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キスはしたわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お、おまえにあの時のことをヘタって言われたら、俺はもう立ち直れないぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「下手じゃなかったんじゃないの？　それでこの子の人生が変わったわけだし。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
まあ、ヘタとかなんとかにこだわるのはよそう。人と付き合うのに技巧とかテクニックは必要ない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ただ正直な気持ちがあればいい。かけひきなんかはいらない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その通りだけどね。君が言うんじゃないわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺が言うとおかしいのか？　そうだ、技巧とテクニックは同じ意味だな。重複表現だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やはり難しい言葉を使おうとするのは、俺には合わないということか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういうのは長門の方が似合っている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へえ、気に入らないの？　だったらこっちの方がいいわけね、このせんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「て、てめえ、涼宮って呼ぶぞ。二度と髪をなでてやらんぞ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしねえ、脅迫されるのって嫌いなの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ好きな奴はいねえな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ましてあたしが世界でいちばん大切にしているものを取り上げようとする奴なんか、大っ嫌い！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">うわあ、また大っ嫌いって言われた…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰か同情…してねえな、この空気は。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかしおまえにとって一番大切なものっていうのは名前なのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とにかくこれは使えるな。あの呼称だけは撤回させるぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おい、涼宮。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なによ、せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「せんずり野郎。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここはガマンだ。妥協したら負けだ。多分負けるだろうが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「せん………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「せ………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「す・ず・み・や。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うぐっ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">変な声を出すな。不安になるだろうが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカｧ、泣くなあ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">泣かれたらまずい。非常にまずい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いま泣いたらおまえのことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「一生、涼宮って呼ぶぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いっしょ………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それだけ聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何だ？　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">沈黙が続く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつ今なんて言った？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いっしょ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一緒？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺と一緒にいたい？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だとしたらこんなに苦しそうなわけがないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺と一緒にいるのがいやだとかそういうことか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">へコむぞ、くそ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それにしても沈黙が長いな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まるっきりハルヒの様子がわからないというのは今日初めてだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">スピーカー以上に店内の沈黙が怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ものすごく怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なに。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何をやってるんだこいつは。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いきなり顔をあげて上を見ている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うえぇ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">変な声が出てしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分も上を見てみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">天井だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">天井だな、あれは。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ブティックの天井っていうのは……、何の変哲もないな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">白い柄つきの壁紙がはってあるだけだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おしゃれな雰囲気を出すっていうのは天井はあまり関係ないのか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なぁ、長門…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なに。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえの部屋の天井には何か面白いものでもあるのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒが何か面白いものでも見つけたのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「同じものを見て面白いと思うかどうかは人それぞれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そりゃまあそうだろう。ハルヒが見て面白いと思うかどうかなんだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">不思議なものとか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは自分の部屋の天井を見てどう思う？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ユニーク」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうなのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…とは思えない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だよな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたはどう思うの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれは人の家の天井なんかじっくり見る趣味はねえ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「目が覚めた時に視界に入ったはず。ユニークだと思った？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「コタツでうたた寝をして悪かったな。みんなで鍋をしに行った時か。つっぷして寝ていたから天井は見ていない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誘導尋問するんじゃねえ。油断のならない奴だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒは今、ティッシュペーパーを所望している。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">花粉症なのか？　そんな季節ではないはずだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「取りに行けばいいだろうが。いくら俺が雑用係でもそこまでティッシュを持って行くのはやだぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼女は今一歩も動けない状態。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一歩も動けないっていったい…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが取ってきてやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでわたしが…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「命令に理由を尋ねるな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今はハルヒの機嫌を取らなきゃならない（ちっとも上手くいっていないが）。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから少しぐらい長門の機嫌をそこねても仕方がない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">各個撃破だからな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もうちょっと傲慢なことを言ってみるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだか長門に冷たくした方が、今はハルヒの機嫌がよくなるみたいだし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「と、言いたいところだが、特別に理由を教えてやろう。おまえがティッシュを取りにいかなければならないのは、俺がやれと言ったからだ。おまえにはそれ以外の理由が必要なのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………不要。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だったらやれ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「了解した。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、今はハルヒちゃんの機嫌を取らなきゃならないわけよね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうしてるでしょうが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「八方美人になってどうするのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">意味がわからんことばかり言う人だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">スピーカーからガサゴソ音がしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「で、なんでこいつはさっきから黙ってるんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたが今涼宮ハルヒに声を出すように要求することは、さっきの命令と矛盾する。もう少し待つべき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえまで意味がわからないことを言うな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とにかく俺は今のこの沈黙が痛いんだぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さんざんひどいことを言われ、男の尊厳さえも傷つけられたあげく、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この空気の中でいつしゃべり出すかわからん奴を待てというのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんてえ悲惨な立場だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮ハルヒに同情する…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれに同情しろ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ずっと考えていたことだが、誰も俺をかわいそうには思わんのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきはつらかったが、今はそんな同情でもほしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰も君に同情なんかできないわよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当に今日はひどいことばかり言われる日だな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきは同情されてたような気がしたけど、あれでさえ軽蔑かなんかだったのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君さあ、かわいそうっていうのは強者が弱者に与える感情だって言ってたわよね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その通りですね。同情も軽蔑も下に見られていることに変わりはないです。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君のどこが弱者なのよ！　絶対君主じゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">絶対君主はブティックの一室に監禁されたりしないと思うぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ヨーロッパの王様とか中国の皇帝で臣下に監禁された人はいくらでもいるけど、監禁された時点で絶対君主じゃないはずだ。チャールズ１世とか、宣統帝溥儀とか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっとしゃべり出したか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もう一度ハルヒって呼んでよ…。あたしの名前を呼んでよう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえがおれの「名前」を呼んだことが一度でもあったか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「泣くなって言ったはずだぜ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこが絶対君主だ。誰も俺の言うことなんか聞かねえじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
まあ、こいつのことだ。「なんであたしがあんたの言うことを聞かなきゃならないの！」とか言い出すに決まってるが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ほんと…なの？　いま泣いたら一生涼宮って…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">違った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">っていうより、そんなところにこだわってたのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いまハルヒって呼んだだろうが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、この子を一生『涼宮』にしておくつもり？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「姓を変えるっていうことですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もちろん。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そういう制度があるって聞いたことがあります。自分がいやな名前だったら役所にいろいろ書類を提出すれば変えることができるそうですね。それとも養女にでも行きたいんでしょうか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺以外にあいつを受け入れられる人間がたくさんいるとは思えないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「もっと簡単に苗字を変える方法があるでしょう！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ということは、あれか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「えーと、結婚したらば氏姓が変わるっていう話ですか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">｢他に何があるっていうのよ！｣</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
さっき俺は「一生涼宮と呼ぶ」って言ったな。これは「おまえは一生結婚できない」って言っちまったわけか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがにまずいな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかしこいつが結婚なんかにあこがれるとは思えませんが。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そんなことないわよ。君がウェディングドレスを指さした時、明らかに動揺してたじゃない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、無難にフォローしておくか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ。おまえだったら幸せな結婚生活を送れると思うぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ほんとに？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いやに普通のことに関心があるんだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「本当だ。俺を信じろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたやけに自信たっぷりじゃないの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ちょっと待てよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いくらなんでも脈絡がなさすぎるだろう…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんでこいつの結婚生活と俺の自信が関係あるんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君、困惑してないで、『俺には自信がある』って言いなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「は？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この子の機嫌を取るんでしょ！　さっきの失言をフォローするにはそれしかないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ええと、具体的にはわからないんですが、そんなことを言ったら何らかの責任が発生するような気がするんですけど…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「『俺を信じろ』って言った時点で発生してるのよ。言いなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俺を信じろ」っていうのは、「きっと幸せな結婚生活を送れる」と俺が言ったことについて信じろという意味で別に俺が何かしようというわけではなく、「俺には自信がある」というのも「おまえが幸せになるということについて客観的な立場から自信がある」という意味しかないが、このままそう言ってしまうと、言語による情報伝達に齟齬が生じるおそれがある…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「早く！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「はい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と言ってしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり女どもの言いなりになってるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつもと同じだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本当に弱い立場だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは幸せになれる。俺には自信があるんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「フン、期待しないで待ってるわよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">期待してないか…。やっぱりひどいことを言われたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
それはともかく、待っているって、こいつが何かを待つなんておよそ似合いそうにないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何言ってるのよ。これほど辛抱強く待っている女の子なんてそうはいないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その意見には賛同しがたいが仮にそうだとして、こいつが辛抱強く待ってるものって何だろう…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君、本当はわかってるんでしょう？　そこの試着室に入ってじっくり確認してみたら？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな暇はない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">鏡の前で無為に時間をつぶす趣味など俺にはない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒが洋服を買う時に何回も着替えるのは結局何を着ても似合うからだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうではない俺は早めに妥協することができる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">人間は時に開きなおることが必要なのだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「期待しない」とあいつは言った。期待されてないってことは、責任も無いってことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無い以上は、それが何の責任かを考えるのはやめておこう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やっぱり男ってずるいわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン、思い出したわ！　最初にあんたの方から声をかけた女ってのはあたしと誰よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり来たか。やっぱり執念深いな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ええと、だからそれは…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしと、さ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さ」がついてしかもこいつに聞かせても無難な名前を必死に探した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">佐伯？　阪中？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無難かどうかわからん。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">榊？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに男はムリがあるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さ、さ、さ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしと、ささ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ささ」まで聞いてやがったか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">危うく誘導にひっかかるところだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">性格悪いぞ、おまえも長門も…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やはりあなたはやきもち焼き……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門、話をそらしてくれてありがとう。ナイスフォローだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「キョン、あたしがあんたにやきもちを焼くなんてことは万が一にも、温暖化が原因で恐竜が復活するとか、地球に隕石が衝突して押し出された地底人がトコロテンみたいに飛び出してくるとかくらいの確率でもありえないけどね…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど、仮定として聞きなさい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もしあたしがやきもちを焼いたら、あんたうれしい？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういう風に食いついてきやがったか。長門、やっぱりフォローになってないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もしあんたが『うれしくない』って言ったら、あたしのことなんかどうでもいいってことになるわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わからん。どっちが正解なんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女性の立場から言えば、どっちを答えてもらいたいんだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はそっと店内を見回してみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたしは、『うれしい』って言うべきだと思うわよ。相手に好意を持ってるんだったら、当たり前だもの。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「この子の場合はわざとそうさせている節があるから、そう言っちゃったらまずいんじゃない？　わざわざ他の女の名前を言いかけてやめるなんて、うっかりでやることじゃないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">悪かったな、うっかりさんで。さっきのは天然だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だけど『うれしくない』って明言しちゃうのもまずいわよ。『おまえの結婚式には呼べ』とか、『一生涼宮って呼ぶぞ</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">』とか、『おまえは女じゃない』とかと同じになっちゃうわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけどさあ、うれしいって言われて喜ぶ人もいないと思うわよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけど、全くうれしくない、って言われてもちょっとね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">バラバラだ。何の参考にもならん。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんをちらりと見てみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ため息をつくな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「君の場合はね…、何でも深読みするからいけないのよ。君の正直な気持ちさえ伝えられれば、あの子を傷つけることなんてないはずなのに…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">正直な気持ちねえ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言ってみるか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン～、さっさと答えなさい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがやきもちを焼いたらうれしいの？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は電話のマイクに口を寄せて長門ばりの小さな声を出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……………………………………少しだけ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しばらく返事がなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「最っ低！　最っ低！　最っ低！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いきなりスピーカーが叫びだした。音が割れてるぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた楽しんでたんだ！　あたしがこんなに苦しいのに！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おいっ、うれしいのと楽しんでるのとではニュアンスが違うだろ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「似たようなもんよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もしかしたらこの質問は、どっちを答えても地雷だったんじゃなかろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたし知ってるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきもそんなこと言ってたな。いろんなことを知ってるな、おまえは。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたもそうだってことをね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あたしが古泉君に副団長の腕章を渡した時、あんた泣きながらあたしをにらんでたじゃない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「な、泣いてない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涙目だったわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「てめえ、楽しんでやがるな！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたしはね、あんたと違って、自分の好きな人が苦しんでいるのを見て喜んだりはしないのよ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あの時のあんたがあんまりかわいそうだったから、二度と古泉君に物をあげるようなことはしてないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが俺になんかくれたことがあったか！？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「バレンタインのおねだりでもしてるの！？　あんただってあたしになにかくれたことなんかないじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「少なくともお茶代は全員分出してるぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんた、意地でも遅く来てるんじゃないの？！　あたしが一時間前に集合してるのを知ってるくせに、何のいやがらせよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえこそ、俺がいる前でわさわざ古泉のことばかり褒めるのは何のいやがらせだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉君はね、たくさん団に貢献してるのよ！　あんたとは違うの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あいつから聞いたぞ。おまえ、俺がいない時はほとんど古泉を無視してるそうじゃねえか！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたこそ、あたしが見ている時にわざわざみくるちゃんばっかり見ているのはあたしをイライラさせるためだけでしょ！　あの娘を本気にさせちゃったらどうするつもりよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その時はおまえが間に…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いやよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「連帯責任だ。もともとおまえが…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしが、何？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「俺をへんな気持ちにさせるためだけの理由で、５センチくらいまで顔を近づけてじっと見つめるからだろうが！　心臓がもたん！　ていうか、あきらかに楽しんでるだろ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あれは、あんただって悪い気分じゃないはずよ！　さっきも言ったけどね、あたしは自分の好きな人を苦しめてまで、その人に対して自分が影響力を持っていることを確かめるようなマネをしないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえみたいな性格の悪い女の言うことなんか信じられるか！　おまえこそ古泉を本気にさせたらどうするつもりだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その時はあんたが間に…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「断る！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あんたに拒否権はないの！　団長の信用にかかわることなんだから、あんたが嘘でもいいから『こいつは俺の女だ』とでも言えばいいのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「嘘でもいいのか？　信用されないかもしれんぞ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だったら嘘じゃなきゃいいじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まだおまえにも何も言ってないのに、なんであいつに言わなきゃならん！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だったらさっさとあたしに言いなさいよ！　あんた女の子を焦らして喜んでるんでしょう？　変態！」、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっきからなんだ、何回も！　俺は変態でもスケコマシでもねえ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「……あたしまだ、スケコマシとは言ってないんだけど、誰かに言われたの？　どこの女よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんでそこに食いつくんだ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長を睨んでみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんは軽く腕組みをしながら視線を上げた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全く動じてないな、この人。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あのさあ、根本的な所を聞きたいんだけど。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何です？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつもこんなこと言い合ってるの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いつもではないですがね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんでこんな状態なのに片思いだと思うわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「相思相愛に見えますか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっと違うわね…。あえて言えば、お互いに片思い？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">両方が片思いか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">不思議、かどうかはわからんが珍しいのは確かだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒが喜ぶかもしれん。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「喜ぶわけないでしょ、こんなヘンテコな関係。さっさと決着つけなさいよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「心の準備というか、覚悟が必要なんですよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あの子を何年待たせるつもりよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何年も待たせてません。心の準備を始めてからまだ十か月しか…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今日じゅうに決着つけなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それで、どこの女にスケコマシって呼ばれたの？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おお、ハルヒ。ちょっとの間忘れてたぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いや、おまえを忘れてたんじゃなくてスケコマシ疑惑についてだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……何で女だって決まってるんだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「確かにあんたがやってることを見たら男でも女でもそう言いたくなるわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店内全員が首肯した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういうのはもうやめてほしいんだが…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だいたいおまえは告白を断るのは得意だろうが。『好きな人がいる』と嘘でも言えばそれですむ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">また黙り込みやがった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">地雷か…。もう慣れたような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あのな、『嘘でも言えば』っていうのは、それが嘘だっていうことじゃなくてな、たとえそれが嘘であってもっていうことで、つまり…」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……なんでそんなことを言うの…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺の話聞いてたか？　つまりおまえがさっき言ったのとおんなじ意味で…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そっちじゃないわよ！　あたしが告白を断るのが得意だっていう方！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえだってしょっちゅう妬いてるじゃねえか！　俺が昔のおまえに妬いたらいけないのかよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
なんていう言い方をしたら「あたしは団長であんたは雑用。なんで同じ権利が…」とか言い出すんだろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたし…、変われたのに！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">また違ったか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とにかく聞こう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたと出会えて変われたのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたのために変われたのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんであんたに出会う前のことなんか言うのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの伝説の、告白をＯＫして五分でフッたというあれか？</div>
<div align="left" style="text-align:left;margin:0mm 0mm 0pt;">
「他人を傷つければ自分が痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたを傷つければあたしが痛い！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">心が痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ぎりぎり痛い！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それを教えてくれたあんたが、なんでそんなこと言うのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おい…、おまえはそこまで俺を傷つけたことなんかないぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「違う。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">日本刀で麻のロープを切断するかのような切れ味のある声で断言した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしは、あんたみたいな超絶ウルトラバカ級のお人好しに手をあげさせた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたみたいなやさしい男に、女を殴らせそうになった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな自分がいやでいやで…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉君には感謝している。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もしあの時、あんたにあたしを殴らせてしまったら…、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたという男に、とりかえしのつかない傷をつけるところだった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そこまであんたを傷つけたら…、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">きっと立ち直れなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">恥ずかしくて、二度とあんたの前になんか立てなかった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それで気がついた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたに会う前のあたしが、どんなにバカだったか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どんなに簡単に、ひとを傷つけていたか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそれは仕方のないことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰かに恨まれても仕方がないことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">誰かに軽蔑されても仕方がないことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どんなに悔やんでも過去は変えられない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">過去は変えられなくても、自分が変わればいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどそんな恥ずかしい過去を、あんたに指摘されるのだけはいや！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">バカバカしいことかもしれないけれど、あたしはあんたの前でだけはカッコつけたい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな姿をさらすくらいだったら、あんたの見ている前で裸になった方がましだわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「え、えーと…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ホントにやらないわよ、バカ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今のはものの例えよ、例え。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どうせあんたのことだからね、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしが裸になって立ってたら、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一切あたしの体には触らないで、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでいてじっくり見るだけは見といて、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『自分を大切にしろ、ハルヒ』</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">とか、わけのわからないことを言いながら外に出て、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自分の部屋にとびこんでせんずりかきはじめるんでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うわあ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やりそう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「最低…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いや、やってもいないことを最低とか言われても…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうせあたしはね、あんたのおかずなんでしょ。主食じゃないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺は人肉を食ったりしねえよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
変な言い方かな。まあもとはと言えば、比喩だかなんだかわからないような言い方をしたこいつが悪い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………………………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　　　　　　　　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　　　　　　　　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　　　　　　　　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　　　　　　　　　　：</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから女どもめ、白けきった顔をして俺を見るなあ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「主食云々はともかく、涼宮ハルヒがあなたの心にかすり傷さえつけさせないというのは、ただのレトリックではない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">言葉通りの意味。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
こいつの言葉をそのまま受け取ってたら身がもたんぞ。今日なんか相当ひどいことを言われたし。いつもだって、しょっちゅう怒鳴りやがるし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼女があなたを怒鳴る時の言葉は８７パーセントの確率で『遅い』というもの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
自分に会いたくてたまらない女に『遅い』と怒鳴られてなぜ傷つく必要があるのかわたしにはわからない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">説明しろって言われてもな…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わたしたちも説明してほしいわね…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">店長さんが身を乗り出してきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「説明を。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「長門、いい加減にしろ、くどいぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まだ聞き続けたらあなたはわたしを嫌いになるのか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………………ならねえよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんて聞き方しやがる。だから女はずるいんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「君が言うんじゃないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「別におまえを嫌いになったりはしねえが、その質問はやめろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「命令？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">わざと追いつめるような言い方をするんじゃねえ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………そうだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「了解した。あなたには逆らえない…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「フン、権力でねじふせたわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門てめえ…、今の俺の状況をわかっててこういう言い方をしやがったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">女どもの目がさらにさらに冷たくなったぞ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン、そうよ。あんた遅いのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">探索の集合時間の話か？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんであんたに出会うのに十五年も待たなきゃならなかったのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたがもっと早くあたしの前に来てくれたら、あんなバカな真似をしなかったのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ひとりぼっちじゃなかったのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今みたいに笑っていられたのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">毎日笑っていられたのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたし、さびしかったのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ずっと、待ってたのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたみたいな人に会うことを！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたに会えることを！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">責任取りなさい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしの十五年間を返しなさいよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「これはいくらなんでもこの子のわがままね。この若さで最愛の人にめぐり会えるなんて、幸運としか言いようがないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おい、ハルヒ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">一瞬の沈黙の後になんだかおかしな空気が流れた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度は何が起きたんだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぷっ、くくくっ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえ……、笑ってるのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「本気にした？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだこれは…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「今のはあんたをからかっただけ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">やれやれ、そういうことか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしがあんたに会えたことをうれしいとか思うわけないでしょう？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたこそあたしに会えたことを感謝しなさい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もっと早くあたしにあたしに会えなくて残念だったわね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがあんたを傷つけることなんか気にすると思う？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あんたはね、あたしにからかわれてストレス解消されるためだけにこの世にいるんだから！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつはそういう奴だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺が恥をかけば嬉しい奴だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺に恥をかかせるためだけに演技していたわけか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかし迫真の演技だったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、ほっとしたが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はゆっくりと店の中を見渡した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これが普段の俺に対する扱いなんですよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へへーんだ。なに必死になってんのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あーおかしい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ゲラゲラ笑う声が聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしがあんたに『遅い』って怒鳴るのはね、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">別にあんたに会いたいからじゃないの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんた程度の人間が、あたしの時間を無駄にさせたのが許せないのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからあんたはいつまで経っても雑用、ペーペー、平団員なのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だいたいあたしがあんたにやきもちなんか焼くと思う？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがあんたなんかに泣かされると思う？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしがあんたの名字なんかほしがると思う？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたがあたしを自分のものにするなんて、そんなことが許されると思う？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">全部ウソよ、大ウソ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたをからかうためのウソ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それなのにあんた、いちいちあわてちゃって…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">身の程を知ることね！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは神聖不可侵なＳＯＳ団の団長。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたはお情けで雑用係にしてあげているだけなのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">変な勘違いをしないでね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしはあんたがどんなに傷ついても平気なのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことよりあんたこそあたしにもっと気を配りなさい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だってあたしはあんたなんかよりずっと価値のある人間なんだから！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつもの俺を見下した目を思い出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつ、今そんな目をしてるんだろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの「大好き」の寸止めと同じだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつものハルヒじゃねえか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お帰り、ハルヒ。もどってきたか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">はっきり言ってかなりむかつくが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それもいつものことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、よかったと思うことにしよう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これでだいじょうぶだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">完全にもとにもどったはずだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">後は長門のハグをどうにかすればすむ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長い一日だったな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">メールの着信音がした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉からだろうな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">本文　「閉鎖空間、発生の予兆あり。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">………おかしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どういうことだ？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺をからかってストレス解消ができたんじゃないのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この子はね…、さっき君に過大な要求をしすぎたと気がついて焦ったのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それであわててひっこめたわけ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君に負担をかけすぎないために、こんなことを言い出したのよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">この子が気がついたんだから、これはそのままスルーすればいいわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">君がいなかった時間をとりもどさせるだなんて、いくら君でもできないわよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">実はそれよりも、さっきから気にかかっていることがあった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ。おまえに聞きたいことがあるんだが。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なあに？　あたしの時間を無駄にさせるのはたいがいにしてよね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかった。手短に話す。おまえは映画撮影の時のことを覚えているのか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ああ、あたしの名作映画ね。視聴覚教室が超満員になって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そのことじゃない。朝比奈さんを鶴屋さんの家に連れて行った時のことだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた、よく団長のあたしに暴力を振るおうとしたわね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
本来なら厳罰の上、団から追放して当たり前だったけど、特別の温情によって許してあげたわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">感謝しなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「感謝してやるから追放は勘弁してくれ。とにかくその時のことを覚えてるんだな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「なによ、感謝してやるってえらそうに。あんたなんか団にとって全然必要のない人材なんだけどね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでも追い出さないのは団長の広い心によるものなのよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんだかいつもよりパワーアップしてるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきとは逆のスイッチが入ったのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そういう流れになっちまったのか？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんまり流れに身を任せるもんじゃないぞ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺も人のことはいえないが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ならばその次の日のことを覚えているか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……あんたは覚えてるの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺が部室に入っていったらおまえがパソコンの前でカ」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「髪型変えてなんかいないわよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしはあのときあんたのことなんか全然考えてなかったわ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんであたしがあんたに媚を売るようなことしなくちゃならないのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自意識過剰もたいがいにしなさい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">自惚れもたいがいにすることね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえがカレーパンを食っていたことまで覚えている。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐ…、ひっかけたわね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何の話だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">覚えているようだな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まだ聞きたいことがある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だから、あたしの時間を無駄にさせるなって言ったでしょ！　ちっとも手短じゃないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">質問は手短だったぞ。時間を食ったのはおまえのしつこい返答のせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは俺に初めて声をかけられた時のことを覚えているか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「『なあ。しょっぱなの自己紹介のアレ、どのへんまで本気だったんだ？』ってあんたが…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">食いつくかな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「思い出したわ！　あんたから最初に声をかけた女ってあたしと誰なのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしはね、あんたが誰に声をかけようがどうでもいいけどね、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">団員の素行は知っておく必要があるのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、あんたが有希やみくるちゃんに相手にされないことくらいわかってるけど、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あんたがあたし以外の女の子におかしなことをしたら、団長のあたしの責任問題になるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">食いついてきたか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえの執念深さを利用させてもらった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたが責任を取る必要はない。彼にとってもらう。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン、あんたまさか有希にも変なことを…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「してねえよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">また話がそれたな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえが今聞きたいのはそのことか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「そうだったわね。あとで糾弾するわ。それはともかく、あんたが声をかけた女ってのは、あたしとささ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、俺の方から声をかけたのは、おまえとささ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ささ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ささ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ささ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすがに勇気がいるな。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「笹の葉が全国でたなびいている日に出会った少女だけだ…。」</div>