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「こっち来んな！　バカキョン！」(2011/01/05 (水) 17:37:26) の最新版変更点

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<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ここは、どこだろう？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">五月に見た夢と似ているような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけど、違う。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あそこは邪悪な世界じゃなかった気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの建物をぶち壊していた巨人もあたしの味方だったような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどここは…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">決してあたしの味方じゃあない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">巨大な洞窟の中のようにも見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ただっぴろい、大きくくりぬかれたような空間。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでも中の様子はよく見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">岩壁には、鍾乳石のように垂れ下がった岩のようなもの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それが天井だけじゃなく、ウニのトゲのようにすべての壁に生えている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">きっと太陽の光など絶対に入ってこない、地中の奥深く。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">早くここから逃げ出さなきゃいけない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そう思った途端、まわりの細長い岩が生き物のようにするする伸びて、あたしの両腕にからみついた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「放しなさいよ、バカッ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あたしの叫び声にもかかわらず、そのからみついたモノはみるみるあたしの体を持ち上げ、洞窟の中央にぶら下げてしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何する気？！　ヘンなことをしたら承知しないわよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">すると目に見える限りの鍾乳石みたいなものがうねうね動き出した。気持ち悪いわね…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と思った途端、そのイソギンチャクの触手のようなものが、突然槍みたいに鋭く尖った！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その矛先は全てあたしの方を向いている…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">磔にされたあたしには、逃れるすべはない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無数の槍がいっせいにあたしに向かって伸びてきた！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「くっ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
目をつぶった時、ものすごい大音響と、瞼の内側からでもわかるような閃光があたしの耳と目を貫いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おそるおそる目を開ける。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
大爆発が起きている。あたしを襲おうとした触手たちが、ぶすぶすという音を立てて焼け焦げている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮さん…、大丈夫ですかあ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
下を見た。あたしから見て右側の岩壁の近く。栗色のウェーブのかかった長髪。あどけない声。どでかい胸。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">みくるちゃん？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
みくるちゃんはレザーのような質感の、ライダースーツのようなものを着て、ゴーグルをかけている。手には流線形の、ＳＦマンガに出てくるような銃を手にしていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「光線銃です。ビルの一つや二つふっとびますよ！　それより、わかりますよね。こいつらは鈴宮さんの敵。ＳＯＳ団の敵です！　あたしだって団員です。鈴宮さんを守りますよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
みくるちゃんは銃を乱射し始めた。狙う必要はないらしい。そこら中が敵だから必ず当たる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
音響と閃光で何がなにやらわからなくなった。煙がもうもうとたちこめる。みくるちゃんが撃つのをやめた。と同時にさっきの無数の槍が、今度はみくるちゃんに狙いを定めている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いっせいにみくるちゃんの小さな体に向かってそいつらが突進する！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そいつらが体に突き刺さる一瞬前に、みくるちゃんの姿が消えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どういうこと？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と思う前にみくるちゃんがそこから三メートルくらい左側に突然姿を現した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ほっとしたのもつかの間、やっぱりみくるちゃんはみくるちゃんだった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">バランスを崩したのか、何かにつまずいたのか、ころんでしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こんな時にドジッ子属性を発揮しなくてもいいじゃない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ってあんた、銃を落としてどうするのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「みくるちゃん、うしろ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「きゃあああっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
みくるちゃんが口をおさえる。くそ、あたしの体さえ動けば、あんな奴ギッタンギッタンにしてやるのに！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そいつが体を貫く前に、みくるちゃんの姿が消えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「みくるちゃん……？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度はみくるちゃんは姿を現さなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
敵によって消されてしまったのだろうか。それともさっきのように姿を消して逃げることができたのだろうか……。そうであると信じたい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきの触手たちが再び針のように尖る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">確実にあたしに狙いをつけている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度こそ最期だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もう目をつぶらない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなのはあたしらしくない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しっかりと見てやる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いっせいにそれが飛びかかってきた時、空中に二メートル位の紅い玉がぼうっと現れた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしの体の前にある紅い玉にあたって、無数の槍がべきべきと音を立てて折れる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「味方……なの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「当たり前じゃないですか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">紅い玉は声が出せるらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「誰……？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おやおやひどいですね……。副団長をお忘れですか、団長殿？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まさか……あなたは……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「僕です。古泉一樹ですよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
まさか…、紅い玉になって空を飛べるなんて…。だけど、さっきみくるちゃんは光線銃を持っていたし、どういうことなの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「申し訳ないですが、今は説明している暇がありません。忙しくなりそうだ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無数の槍があたしたちを襲う。だけど古泉君の戦いぶりには危なげがなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
火の玉のようなものを次々と発射し、槍を確実に撃ち落とす。それでいて本体はあたしの前から微動だにしない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さすが副団長、頼りになるわ。みくるちゃんとは違うわね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">助けてもらってあんまりだけど、さっきはあたしの方がハラハラさせられたし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、一本の槍が古泉君の火の玉をくぐり抜けて迂回し、あたしの背後に回った！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉君！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「大丈夫です！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
後ろを振り返ると左側から槍があたしに迫ってくる。それを紅い玉が右上方から二倍以上のスピードでぶちあたり、殴り飛ばすように撃ち落とした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふう……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「驚かせてしまってすみません。以後気をつけます。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こういう所が紳士なんだわ、古泉君は…。どっかの誰かに見習わせたいわね…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だけど槍は何本でも伸びてくる。キリがない。それになんだか紅い玉の光がだんだん弱くなってきているような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「古泉君、このままじゃ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「わかってます。僕は時間稼ぎにしかすぎません。バトンは渡しましたよ、長門さん！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">紅い玉がぼうっと消えた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">代わりに空中に浮かんでいるのは、セーラー服に小柄な体、見慣れたショートヘア…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">後ろ姿だけど見間違えようもない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「有希なの……？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「話しかけないで。気が散る。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何よあんた、愛想がないわね…。キョンの前ではけっこうしゃべるくせに…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">妬いてる場合じゃないけど。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどあたしがいちばん不安なんだから、話し相手になってくれてもいいじゃない…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その点古泉君は偉いわね。あたしを守るだけじゃなく、不安にさせないようにしてくれたみたいだし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">無数の槍は相変わらずこちらに伸びてくる。ワンパターンの攻撃ね。つまんないわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
有希が手をかざすと、槍が次々に消えていく。古泉君はいちいち撃ち落としてたけど、こっちの方がスゴイ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">三人ともすごいけど、有希がいちばん強いんじゃないかしら…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ついに有希は全ての槍を消してしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">岩壁は尖った岩も触手もなにもないのっぺらぼうになっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">急に静かになった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やったの…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいじょうぶ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしはやっと安堵のため息をついた。どうにかなったらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどみくるちゃんと古泉君は大丈夫だろうか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ねえ有希、みくるちゃんと古泉君は…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「来る。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">来るって、何が来るのよ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
するとさっきまでのっぺらぼうだった全ての岩壁に、にょっきりと無数の槍がいっせいに生えてきた！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何よ！　ずるいじゃない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度は伸びてくるんじゃなくて、弓矢のように飛んできた！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「うかつ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">有希が手をかざす暇もなかったらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ、ドスッ…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いやな音がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">有希の体に無数の槍が突き刺さっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
一本は肩から脇腹にかけて、一本は胸から背中にかけて、一本はお腹から肩にかけて、一本はお腹から背中にかけて、もう一本は脇腹から背中にかけて…、小さな体を貫いていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">空中に浮いていた有希がゆっくりと下降していく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「有希！　有希！　ゆきぃ……。返事をしなさい！　ゆきいっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">下を向いて大声で叫ぶ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何も聞こえない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">有希は大丈夫だろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんなことになったんだ。大丈夫なはずがない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">不安と焦燥と恐怖がたちまちあたしを包み込む。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もう、あたしを守ってくれるひとは誰もいない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
みんなが守ってくれたのにこんなことを考えるのは利己主義的だとは思うけど、やっぱり死ぬのは怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">岩壁にあった無数の槍がつぎつぎに収斂して一本の巨大な棒になっていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">完成したそれはあまりにも禍々しく、気持ち悪かった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そしてそれはなんのためらいもなく、あたしに向かって飛んできた！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度こそ本当に最期なのだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と思った時、下降していった有希が岩の床を蹴って、天井に向かってジャンプした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">有希は天井近くでトンボを切ると、そのまま下降してあたしの前にふさがった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ドスッ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">のあとに、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">メキッ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">という音がした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ビシャッという音がして、あたしの体になにかがかかる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ひいっ…血？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">有希は自分の体の幅の七割くらいある太いものに貫かれている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきまで体を貫いていた五本の槍は、これに押し出されてしまったらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">どこかから声がする。きっと敵の声だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「有機結合情報連結解除。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
何のことだかわからないけど、有希にとってよくないことをしようとしているのは気配でわかる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「情報連結、解除開始……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">声がやむと、有希を貫いている太い棒と、有希の体が棒のそばから光っていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">光は粒子となる。光の粒がまるで砂粒のように崩れ落ちていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">みるみるうちに有希の全身が崩れていく…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ゆ…有希…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">もう有希の体は首から上しかない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ヨカナーンの首のように空中に浮いている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">有希が首だけであたしの方に振り返った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へいき。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「へいきって…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「まだ彼がいる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼って…アイツのこと…？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そう。わたしも時間稼ぎ。もうすぐ彼が来る。あなたを守る、最後の砦…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ちょっと待ってよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">有希はそれだけ言うと、結晶となって消えていった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">呆然とした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
有希が消えて、やっぱり古泉君とみくるちゃんも逃れたのではなく、どこにもいなくなってしまったのではないかという気がしてきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、大丈夫か？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「大丈夫なわけないじゃないの、バカ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">姿を捜す前に怒鳴りつけてしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
下を見るとアイツが制服のポケットに手をつっこんだまま、やる気のなさそうな顔をしてこっちを見上げていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">けっこう遠くにいるようにも見えるけれど、声ははっきり聞こえる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なあ、おまえ、けっこう子供っぽいところがあるんだな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なに言ってんのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえは上にいて、おれは下にいるわけだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから何よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それで、おまえは制服の、わりと短いスカートをはいているわけだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ま、まさかこいつ……。あわててスカートを押さえ…たかったんだけど両手が動かない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
足をぶらんと垂れさせていたのを、無理に空中で閉じた。多分こんなことをしても無駄だろう。なんかこんなことをすること自体が屈辱的。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「かわいいと思うぞ、俺には紐属性は無いし。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「この、えろっきょおおおおおおん！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">い、いつもはそんなこと絶対言ってくれないくせに、こんな時に「かわいい」って…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
ちっとも嬉しくないわよ！　大体その「かわいい」っていうのはあたしじゃなくて、あたしのパンツのことなの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その上「子供っぽい」って最初に言われたら、「かわいい」って言われても素直に受け取れないわよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたに見られると知ってたら、あたしだって、少しは気を使ったわよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">って、何考えてるのよ、あたしは。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうじゃなくて、あんたに「かわいい」なんて言われても嬉しくないわよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それに、たとえ見えてしまったとしても、それを言わないのがマナーでしょ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その点古泉君は紳士だわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
絶対に下に回ろうとしなかったし、紅い玉になってたからよくわからないけど、あたしの背後に危険が迫っていてさえ後ろを振り向かなかったみたいだもの。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だけどしまりのない表情をしていたキョンが、急に真顔になった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの三人に関する大事な話かもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なに。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「似合ってるぞ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">最っ低！　最っ低！　最っ低！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あ、あたしがいちばん大切にしている思い出を、本人のあんたがよごすなぁぁぁぁぁっ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
これから先、あの時のことを思い出すたびに「子供っぽいパンツが似合ってる」って言われたことも思い出さなきゃならなくなるじゃない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あんた、あたしを怒らせたいの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そうだって…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういうことよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけどこれくらいじゃあ、どうにもならないようだなあ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたねえ、みくるちゃんと古泉君と有希が…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「今は敵側の攻撃も止んでるな。それには理由があるんだ。だからおまえのパンツの話もできる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そしてあの三人は……おまえ次第だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、どういうことよ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「前にも言ったが、長門は宇宙人で、朝比奈さんは未来人で、古泉は超能力者だ。今なら信じられるな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「信じるわ。それぞれが何なのかはよくわからないけど、三人とも普通じゃなかった。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いちばん普通でないのはおまえだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういうことよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「自律進化の可能性、時空の歪み、神様、ＳＯＳ団団長。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「最後の以外はよくわからないわ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ＳＯＳ団団長が普通だとは思わないけど。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「要するに、おまえは何もないところから情報を生み出すことができる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どういうことよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
さっきからあたし、「どういうことよ」ばかり言っているわね。それほどコイツの話はワケがわからないわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ここでおまえが捕らわれの身となり、あの三人が消えてしまったという情報を上書きすることができる。つまり、なかったことにできるわけだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしにそんなことができるわけがないでしょ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえはその力があるが、制御することができない。そこで外部から情報爆発を起こす必要がある。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どうするのよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「『あるモノ』をおまえに見せれば、おまえは情報爆発を起こす。おまえはここから脱出することができる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その『あるモノ』ってここにあるわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ねえな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたねえ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「どこぞの神様が言ってたな。ないモノは作ればいいんだよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたが今から、ここで作るわけ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「そうだ。朝倉がそう言っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
俺にはそれだけの影響力があるとは思えないが、試してみる価値はある。というより俺にはそれしか方法がない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それを見ればおまえは完全に心のタガが外れる…らしい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「らしいって何よ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺は普通の男子高校生だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">朝比奈さんのように未来の道具を使えるわけじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉のように超能力が使えるわけじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">長門のように宇宙的パワーを使えるわけじゃない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでも、おまえを守るすべを何も持たないとは思わないでくれ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺はただの男だが、おまえの鍵だ。『鈴宮ハルヒの鍵』だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、『あるモノ』って何よ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それはな、ハルヒ…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こんなに遠いのにアイツがニヤリと笑うのがわかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おれの死体だ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こ、こ、こ、このバカ、何を言い出すのよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「今までおまえがこれだけのことをされながら情報爆発を起こさなかったのは、怒りより恐怖を感じているからだ。しかしこれを見れば、おまえは怒りのあまり恐怖を忘れる…、俺がおまえの能力を開く鍵となる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あ、あんた…自分が何言ってるか、わかってんの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「わかってるぞ。うまくいけばあの三人は帰ってこれるし、おまえも脱出することができる。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたは？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「おまえはあの三人が消えたところを見ただけだから、あの三人は帰ってくる可能性はあるが、死体を見てしまえば俺の死を受け入れざるを得ないだろうな。まあ、死にっぱなしだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「自惚れないことね。あんたが死んだくらいであたしがそんなにショックを受けるわけが…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「さっきも言っただろう。俺には他の方法なんかないんだよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんた……、怖くないの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカ言え。これから死ぬんだ。怖え。今にもゲロが出そうなほど怖え！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だったらやめなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「ハルヒ、俺はおまえを三日間だけ永遠に失ったことがある。だから今の俺は、おまえを失うくらいならどんなことでもするんだよ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「団長命令よ！　今すぐここから逃げなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「抗命する。俺が本当は頑固なことをおまえは知っているだろう？　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
それにおまえにはさんざんバカにされてきたが、やっぱりおまえに軽蔑だけはされたくない。臆病者だと思われたくない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふざけるんじゃないわよ！　あたしはあんたを軽蔑したことなんか一度もないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきの…、のぞき行為は…、許してあげるわよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なぜこんな話をおまえにしたかわかるか？　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">これは情報爆発を起こすことが目的なんだ。死ぬのが目的じゃあない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからおまえには、俺が死んでいくところをしっかり見てもらわなきゃならない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さらに、何で敵側の攻撃がさっきから止んでいるかわかるか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あたしにわかるわけがないでしょ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「この敵っていうのは…。まあ、おまえに説明しても無意味だから『敵』ですませるが、あいつらの目的も、おまえに情報爆発を起こさせることなんだ。それを観測したいらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だからさんざんおまえの肉体を、損傷させることまで見切って攻撃してきた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">その直後におまえが死んでもかまわなかったようだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">しかしあの三人がそれを邪魔した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
そこでこいつらは俺を使うことを考えたんだ。俺がおまえに説明する猶予を与えたのもそのせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
おまえが俺の死体を見て、あいつらの情報を上書きするほどの、つまりあいつらを消すほどの情報爆発を起こせば俺の勝ち。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ただのサンプルデータになってしまえば俺の負け。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">つまり……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おまえに賭ける。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「トークタイムは終わりだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今、おまえの体のそばには敵によって結界のようなものが張られている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
だから古泉や長門は近くに寄ることができたが、普通の肉体を持った俺や朝比奈さんは異物として排除される。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、俺の場合は排除されるというより攻撃されるわけだが、それを利用する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今からそこに突っ込む！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それに俺は……、死ぬんなら１センチでもおまえの近くがいい…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは、本当にこっちに走ってきた！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「来るな、バカァ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
触手の一本があいつの体に向かって伸びる。左腕を取られてあいつの体が宙に浮く。そのまま岩の床に叩き付けられようとした時、あいつは右腕を伸ばして受け身を取ろうとした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
その瞬間、別の触手が右腕にからみついた。あいつはバランスを崩して受け身を取れず、尖った岩が脇腹にぶつかる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">な、なんて陰険な……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐえええっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは四つんばいになってゲエゲエやっている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン、もう一回命令するわ。いますぐ逃げなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「くそ。簡単には死なせないってことだな。わかってるな、あいつらも。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺の死に方がみじめならみじめなほど、おまえが怒ることがわかってるんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから、ハルヒ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ちゃんと見てろよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おれの死体を見ておまえが何のリアクションも取らなかったら、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">俺は死に損だ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">からみついていた触手があいつの体をほどいた。あいつが立ち上がる。また走り出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度は足に触手がからみつく。勢いよく転んだ。顔面から血が出ている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">よつんばいになったあいつの体のそばに、触手がゆっくりと移動する。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">触手は槍ではなく、ドリルのような形状になった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ドリルの先端があいつの右肩の、腕の付け根に触れる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">きりを揉み込むように、ぐいっ、ぐいっと回転しながらあいつの体に入っていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぐっ、ぐっ、ぐっ、ぐっ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ドリルが停止した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは肩で息をしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">と、いきなりドリルがズボッと抜かれた！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ぎゃああああっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">傷口からあいつの血と、なんだかわからないものが一気に噴き出した。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「はあっ、はあっ、はぁっ、はあっ…………。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでもあいつは立ち上がろうとする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
左手を肩の傷口に添え、片膝立ちになって右手を膝に添えると、勢いをつけて立ち上がった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">よろよろ歩きながらこっちに来ようとする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……見ていられない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">胸が痛い。心が痛い。ぎりぎり痛い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">涙がボロボロこぼれる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン、お願いよお……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">お願いだから逃げてよお………。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今ならまだ逃げられるでしょ……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんた、あたしの命令に従わなかったことはたくさんあったけど、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしのお願いを無視したことだけは一度もなかったじゃない…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あの時も、あたしがいっしょうけんめいお願いしたら、ちゃんと目を覚ましてくれたじゃない……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「……ハルヒ、忘れないでいてくれ……、おれがここにいたことを。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「何言ってんのよ、バカ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたはなんにもわかってない！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時あたしがどんなに怖かったかわかってない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あの時あたしがどんなに嬉しかったかわかってない！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">触手があいつの背中に回る。あいつは気がついているのだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それでもあいつはこちらに向かって歩いてくる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">槍があいつの背中を串刺しにした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いやな音を立てて槍が抜かれる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが口から血を吐いて倒れる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが倒れたのは何回目だろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「急所は……、外したようだな……。わざとか……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつはそれでも、立ち上が……れない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは這ったままこちらに来ようとする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">触手があいつの前方に回り込んで待ちかまえている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「来……来ちゃだめ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">表情がはっきりと見えるところまであいつは来ている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">さっきは不思議とあいつがニヤリと笑ったのがわかったけど、</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつがどんな顔をしているかわかっても不思議じゃないところまで来ている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの顔を……見るのが怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「見ろよ、ハルヒ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">おまえが見てなきゃ意味がねえんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">悔し涙がボロボロこぼれる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">みくるちゃんも古泉君も有希も、そしてキョンも、あたしを守ろうとする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしはただ守られるだけの存在なんだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">みんなを守ることなんてできないのだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なにが団長だ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
あたしにものすごいパワーがあるとあいつは言ってたけど、あいつを守ることができない力なんて、あったってしょうがないじゃない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">前方にあった触手はフェイントだったらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの背後から触手が伸び、あいつの首にからみついた！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつは……、首にそれを巻き付けたまま、前に出ようとしている！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんなことをしたら……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつが前に出ようとするたびに、気管がぎりぎりしめつけられているのがわかる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あいつの顔を見てしまった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">顔色は土のようだったが、なんだか笑っているようにも見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「こ、こないで……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハ、ハルヒ……、すこしでも……おまえのそばで……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">……こいつはあたしのお願いを聞いてくれない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつはあたしのお願いを無視しようとしている！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">猛烈に腹が立った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">ちっくしょぉぉぉぉぉぉ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「こっち来んなあ！　バカキョン！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">叫ぶと同時にあたしは立ち上がった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">立ち上がった？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">みくるちゃんが口に手を当ててあわあわしているのが見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">有希が本から視線を上げて、こちらをじっと見ているのが見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">古泉君があっけにとられたような顔をしているのが見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">部室？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「なんだよ、うなされてるから起こしてやろうと思ったのに…、こっち来んなって……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつは根本的な勘違いをしているみたいね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだ、おまえ泣いてるのか？　そーかそーか。泣くほど俺がいやか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">キョンが背中を向けて団長席から遠ざかろうとしている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたが拗ねてもかわいくないわ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「待ちなさい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あんたが誤解しているのはわかっているけど、解いてやらないわよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">そんな気分じゃないし。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは涙を拭いて鼻をかんだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「その椅子をこっちに持ってきてここに座りなさい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだよ、来るなって言ったり、来いって言ったり……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いいから早く！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">キョンはいつもの「やれやれ」の表情を浮かべてあたしの前に座った。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン、あたしは真面目に聞くから、あんたも真面目に答えなさい。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いきなり何を言い出すんだ？　俺が真面目に答えたらからかおうっていう魂胆か？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　まあ、いつものことだからいいけど。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">なんかムカツクわね。だけどこれは聞かなきゃならない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたさあ……、あたしを失うくらいならなんでもするとか考えてる？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">いつものキョンだったらここで皮肉か何かで返すだろう。それならそれでいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">キョンがため息をひとつついた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「やれやれ……何で知ってる？　おまえにはそれを言ったことはないはずだが。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まあ、これはおれの勝手な思いだから、おまえには関係ないことだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
真面目に答えたぞ。からかいたかったらからかえばいいさ。おまえにバカにされるのは慣れてるんだ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「余計なことまで言わなくていいわよ。それで、『なんでもする』っていうのは、命を失うようなことでもするっていうことなの？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ああ、多分な。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
もちろんその場面になってみなければわからないが、今のおれはおまえを失わないためなら死ぬことだってできるような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それは嘘じゃない。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">キョンの顔は真剣で、嘘を言っているようには見えなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ただ……その時は、死ぬ瞬間には、おまえの笑顔が見たいな。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「キョン……、あんたって……」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「最低ね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">夢でも現実でも。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">五月の悪夢の行為は許してあげるけど、今日のはどうしたって許せないわよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あたしを失うくらいなら死ぬって、結局自分のことしか考えてないってことじゃないの！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">渾身のビンタをかましてやった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「痛ってえ、なにしやが……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あんたはそれでいいかもしれないけどね、あたしはどうなるのよ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">今度は左手で思いっきりひっぱたく。往復ビンタだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「しかもあたしの目の前で死ぬって……、あんた、あたしを殺す気？！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">最後はグーで締めた。完璧だ。いや、もう一つ残っていたわね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「最後にもう一つ……おまえが死んで、あたしが笑うかぁぁぁぁぁぁぁっ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">キョンの顔をおもいっきりひっつかむと、渾身の頭突きを叩き込んでやった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「脳震盪が……、おまえ、世界を狙えるぞ。今からでもジムに通ったらどうだ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">何わけのわからないこと言ってるのよ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは椅子にすわったままのキョンの頭を、思いっきり抱え込んだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まだ言うことが残っている。こうしていれば逃げられないはず。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">こいつの体温をじかに感じる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしの胸の鼓動がこいつの頭に当たって、トクトクいっているのがわかる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">それがこいつの鼓動のようにも感じる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">まぎれもない、こいつは生きている！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「だから……、どんなことがあったって死なないって言ってよぉ……。あたしのお願いを聞いてよぉ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「おやおや、今日の鈴宮さんはずいぶん素直ですね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">思いのたけをすべてぶちまけていらっしゃいます。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「………まさに、情報爆発。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ふええ、長門さん、上手いですねえ……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">外野がなんか言ってるわ。うるさいわね。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ハルヒ、あたってるから放せ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは飛び退いた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あててるわけじゃないわよ、バカ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あのなハルヒ、さっき『こっち来んな』とか言ってたけど、夢の中のおれがおかしなことでもしたのか？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「した。最低の行為をした。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしの目の前で死のうとした。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしを殺そうとした！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だから、責任取りなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「いや、おまえの夢の中のおれの行為に全て責任取るのはな。まだ覚悟ができてないっていうか。心の準備ができてないっていうか……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だけどキョン君はいつものようにヘタレですね……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">『おまえを失うくらいだったらなんでもする』って言えたのに……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「彼自身は言っていない。鈴宮ハルヒの質問に肯定の返事を与えただけ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「心の準備をするのに百年以上かかりそうですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">だから外野、うるさいわよ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「今までのことはいいの。そっちはまあ、今はまだ許してあげるから。だけど、今日のことは許せないわ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしはビシッと指を突きつけた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「今からあんたの家に連れて行きなさい！　駐輪場まで腕にぶら下がらせなさい！　自転車の後ろに乗せなさい！　あんたのご家族と晩ご飯をご一緒させなさい！　その時はあんたの隣に座らせなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「ああわかった、わかった……。いま家に連絡するからちょっと待ってろ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「それだけじゃないわよ……。今夜はあんたの部屋に泊めなさい！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだ、泊まるつもりか？　しょうがねえな……って、俺の部屋って、ええええ？」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">あたしのパンツ見たんだからね！　当然その責任も取らせるわよ！</div>
<p><span style="font-size:10.5pt;">　　　　　　　　　　　</span></p>