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「悪夢の背中」(2010/12/31 (金) 15:29:36) の最新版変更点

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<p> </p>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「本当は誰も入れるべきではないんだけれど、あなたを信用します。あなたなら大丈夫だと。古い付き合いだしね。だけど、花嫁におかしなことをしたら、許さないわよ。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">今日はあたしの結婚式。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">人生の門出。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは古泉君と結ばれる。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
大学を卒業して就職したあと、古泉君に告白された。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
三年ほどおつき合いをしてプロポーズされた。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ＳＯＳ団は不滅だと言っていたけど、あたしが高校を卒業すると同時にみくるちゃんは遠い外国に行ってしまった。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
有希は、あたしが知らない間に行方不明になっていた。あのマンションの部屋はいつのまにか何ひとつなくなっていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　今あたしのそばにいるのは……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もう一度いいます。わたしは最後まで反対しました。しかしどうしても娘があなたに会いたいと。だから私はあなたを信用しました。決して花嫁におかしな真似をしないで下さい。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ここは、ホテルの部屋。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは、豪華な椅子に座っている。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
大理石の床に高い天井。大きなシャンデリア。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">大きな鏡がある。全身を映す鏡。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
純白のウェディングドレスをまとった、あたしを映している鏡。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ママがキョンにしつこく念を押している。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">馬鹿ね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">鏡の中のあたしがクスリと笑った。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
そんなに心配しなくても、あいつがあたしに変なことなんかできるわけがないのに。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮さん」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">キョンの声が聞こえた。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">久しぶりに聞く声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり大人になったのね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">太くて、練れた声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">男の声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あたしは鏡から目を離して、頑丈そうな木の扉を見た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、俺を信用しているのですか。信用していないのですか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「何を言っているのですか。あなたを信用していると言ったでしょう。だから新郎以外決して入れるべきではない所にあなたを案内しようとしているのです。あなたは拗ねているのですか。ここに新郎以外の男性を入れることの意味がわかっているのですか。そんなことを言うのなら、やはり信用すべきではないですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたが俺を信用するのならば、何も言わずにここに俺を連れてくるべきでした。信用しないのならばこんな所に俺を連れてくるべきじゃなかった。違いますか。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
キョンったら、理屈っぽいところは変わってないのね。だけどそんなことを言ったら逆効果よ。ほら、親父が露骨に舌打ちをしているわ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「あなたねえ、いい加減にしてちょうだい。あなたを信用しているって言ったでしょう。だけど万一のことがあったら困るから、釘を刺しただけ。わかりますね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、俺を信用するのなら、信用したことについて責任を負うべきだ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ここに俺を連れてきて何があったとしても自分で責めを負うだけのね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あなたが信用しないというなら、信用しないことについての責任を取るべきだ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつがあきらめるまで反対するべきだ。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">何だか様子がおかしい。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">キョン…、何言ってるの？　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり拗ねてるの？</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしに、会いたくないの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺には何の責任もない。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺は古泉一樹君と涼宮ハルヒさんの門出を祝福するだけのためにここに来た。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺は二人の友人です。それ以外のものでは決してありません。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺がここでやるべきことはご祝儀を持ってくることと、披露宴を盛り上げることだけ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">違いますか。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺には何の責任もありません。あなたがあいつに反対しきれなかったことに対する責任を負うつもりは毛頭ありません。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ではもう一度聞きます。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
何の責任も負っていない俺を信用するんですか。しないんですか？　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">責任を持って決めて下さい。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ママ、お願い！　キョンを信用するって言って！　あいつがあたしに乱暴したりするわけないわ！　あたしはどうしてもあいつに会わなきゃならないの！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ママが息を飲む音が聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「失礼をお許し下さい。どうぞ娘に会ってやって下さい。お願いいたします。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　数秒間、誰も何も言わなかった。親父も我慢しているらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカだ、おまえら。親子そろって大バカだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだと、小僧、いい加減に……。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
親父の声が聞こえる。親父がキョンを殴るかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いい加減にしてほしいのはこっちだ！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒもバカだが、親はもっとバカだ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
高校生のころから知っているからっていつまでも人を高校生のガキ扱いするんじゃねえ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">これだけ言ってもまだ俺を花嫁の仕度部屋に入れようとするのか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あんたらがすべきことは、おまえは信用できないと言って、俺をここから追い払うことだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…大人だったらわかるだろう。おまえ、花嫁になんかしたら大恥かくことに…。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「それで俺が大恥かいたら古泉がなんと思う？　あいつが傷つかないとでも思ったのか！　何事もなかったとしても、それがあいつに対する裏切りだとは思わないのか！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それがあいつに知られたとしても、きっとあいつは許すだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だったらそれでいいのか？　許してくれるんだったら裏切ってもいいのか？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あいつはもう高校生のガキじゃねえ！　立派な大人だ！　</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　これからハルヒを養っていく、一家の主だ！」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あの強面親父が完全に気圧されている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　映画撮影の時にあたしを惚れ直させた、本気のあいつ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが絶対にやっちゃいけないことをしたら、本気で怒ってくれる、キョン。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけど今、そんなことを感じさせられたら、覚悟が…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョン、ここに来てくれないの？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたし、あんたに「あの言葉」を言ってもらえたら、覚悟を決められるはずなのに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒがなんかしてほしいんだったら古泉にやらせろ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんでただの友人の俺にやらせるんだ！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺の友人としての立ち位置はあいつが決めたことだ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
自分で決めたことだ！　一人で決めたことだ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
花嫁の仕度部屋でやらせるようなことだったらどんなことであれ古泉にやらせろ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">頭おかしいのか、おまえらは！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
こんなこと、言い出す方も言い出す方だが、伝える方も伝える方だ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
こんな親に育てられたから、ハルヒもあそこまで傲岸不遜なバカ女になっちまったんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンは、ここに来てくれない。ここに入ってきてくれない…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいたいこんなことを聞かされて、俺が冷静でいられるとでも思ったのか！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ちったあ、他人の、俺の気持ちっていうものを考えやがれ！」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">俺の気持ち？　あいつの、気持ち…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしは椅子から立ち上がった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ドレスの裾がまとわりついて走りにくい。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
<span> </span>あたし、なんでこんなもの着てるんだろう？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　突進するようにドアを開けた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　同時にキョンが背中を向けた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　廊下に両親が真っ青な顔をして立ちつくしているのが見える。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなことはどうでもいい。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒ、それは古泉に最初に見せろ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョンは、あたしに礼服の背中を向けたまま言った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんでこんなことになっちゃったんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっとこいつのことが好きだった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけどあたしはこいつにつらく当たってきた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それでもこいつはあたしについてきてくれた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしはこいつにつらく当たりつづけた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　きっと、許してくれていると確認したかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　まだ、見捨てられていないと確認したかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうしないと、もう見捨てられたのかもしれないと怖かったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こんなあたしを、こいつが好きになってくれるはずがないと思っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっとあたしの片思いだと思っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうじゃないと気づいた時には遅すぎた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　両家の結婚話は、もう後戻りのできない段階に入っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしのわがままが通るような状況ではなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんな段階ではなかったから？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　違う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　たとえ裏切ったとしても、古泉君は許してくれたと思う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　両親は、許してくれたかどうかはわからないが、許してくれなくてもかまわなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけど、キョンが許してくれるはずがなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが古泉君を裏切ることを、キョンが許すはずがなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だから、あたしは覚悟を決めた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　もう、キョンのそばにいられなくても仕方がないと覚悟を決めた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　決めた、はずだった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　だけど不安だった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だからキョンに「あの言葉」を言ってもらえればふっきれると思った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　最後に「あの言葉」を言ってもらいたかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「あの言葉」をもらえさえすれば、未練がなくなると思った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「おまえが今やろうとしていたことは決して許されることじゃない。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そう。誰が見たって、決して褒めてくれない行為。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんで、こんなことしようとしたんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　答えは、はっきりしている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつがそばにいなかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつのそばにいなかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしは、こいつがそばにいなきゃダメだ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなこと、ずっと昔からわかっていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　くしゃりと視界が歪んだ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　大粒の涙が後から後からこぼれ落ちてくる。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟が…、あんたのそばにはもういられないという覚悟が…、覚悟が、覚悟が！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「泣くなよ！　おまえがもしここで泣いたら、古泉への最大の侮辱だ。そんなことは……俺が許さん！」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうだ、覚悟なんかはじめから無かった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟を決めたつもりだっただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　いや、そうですらない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟を決めたと自分に言い聞かせただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「あの言葉」を聞けば覚悟が固められるなんて嘘。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ただ、こいつにそう言ってほしかっただけ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
<span> </span></div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「泣くんだったら…、古泉の前で泣け。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
<span> </span>あいつの手を見た。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　何回も何回もつかんだ手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　嵐の中で初めて握り返してくれた手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが崖から落ちても離そうとしなかった手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　後悔…、後悔、後悔、後悔！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　もう一度あのころにもどりたい！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　毎日こいつの背中を見ていたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　毎日こいつの声を聞いていたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたりまえのようにこいつのそばにいられたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　神様、今まで一度も信じたことなんかなかったのに虫が良すぎるけど、たった一つのお願い！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしをあの、北高の部室にもどして！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「じゃあな、披露宴のキャンドルサービスで会おう。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あいつの背中が遠ざかっていく。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それを追いかけることは許されない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョンが、許してくれない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　大好きな背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　ずっと見ていた背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっと見ていたい背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんで、しがみつかなかったんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なにが邪魔したんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　みんなに美人だともてはやされていたプライド？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勉強もスポーツも音楽さえもあいつより優れているという自己満足？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　平凡な容姿のあいつと結ばれるのは嫌だという女の見栄？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　違う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　そんなものじゃない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなもの、この背中に比べれば、ジュースの空き缶ほどの価値もない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勇気が、足りなかっただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　それさえも、嘘。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勇気を、ふりしぼらなかっただけ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつにしがみついて振り払われるのが怖かった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　ただそれだけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こんなに大事なものだとわかっていたなら、何回振り払われてでもしがみつくべきだった！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつが「やれやれ、しょうがないな」と言ってあたしを背中に乗せてくれるまで、何度でもしがみつけばよかった！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「おまえをこう呼ぶのも最後になるな。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　キョンが扉を開ける。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　この廊下からさえも出ていく。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あの夜の校庭で、あたしだけをつれて駆けた背中が、あたしの前から消えようとしている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　せっかく、出会えたのに！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　この広い世界で、キョンに出会えたのに！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「おれは断じて見ていない。断じて見ていないが…、やっぱり意地があるようだ。…これだけは言わせてくれ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　いや…、あれほど聞きたかった言葉だけど、今は聞くのが怖い。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そう。あたしの生涯でいちばん大切な思い出。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしにとって宝物のような、宝石みたいな思い出。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　今それを聞いてしまったら…あたし…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「ハルヒ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「…なに。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「似合ってるぞ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">扉がパタンと閉じた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">パソコンのディスプレーが見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">電源は…、落ちているみたいだ。何も映っていない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">夕方のようだ。後ろに窓があるのだろうか。夕陽が照りつけている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ディスプレーの向こうに、長机が見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">その先に、ボロボロの扉が見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
見慣れた場所のような気もするし、ひどく懐かしい場所のような気もする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">自分の体を見てみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">北高のセーラー服を着ている！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">左袖…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">見間違うはずもない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">真っ赤なＳＯＳ団団長の腕章！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">だけど…、まだ安心できない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">そうだ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">学生カバンの中を必死に探る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あのホテルの部屋にあったバカでかい代物とは全く違う、高校生の身の丈にあった粗末な鏡。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">意を決して見る！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
涙と鼻水でボロボロのひどい顔をしている。だけどそんなことはどうだっていい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あたしの髪には、あのティアラとかいう用途不明の装飾品ではなく、黄色いリボン付きカチューシャがはめられていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">悪い夢を見ていたのだろうか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
それとも、神様があたしのたった一度のお願いを聞いてくれたのだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
そう言えば、今日一日授業を受けた後団活をして、団長机で居眠りをしてしまったような記憶がある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
だけど、高校を卒業して大学に進み、就職をして古泉君と交際をして…、という記憶もあるような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">どっちでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あたしは、ここにいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">北高の部室にいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ここにいる…はず。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">自信がない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あれは、夢なんかじゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">そう、あれはきっと、もう一つの現実。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">体の震えがまだ止まらない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あれが現実で、今あたしが見ているのが、ホテルの救護室で見ている夢だったら…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">深く考えるのが怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">立ってあの扉を開けるのが怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">やっぱりあたしは臆病ものだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">勇気をふりしぼることができない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あの扉の向こうのどこにも、キョンがいなかったらと思うと怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">なんでこんなに怖いんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンが、あたしのいる部屋に入ってこなかったせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
キョンが、あたしを廊下に残して、後ろ手にドアを閉めてしまったせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンがあの扉を開けて、ここに入ってくるまでは安心できな……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ガチャ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒ、起きたか？　他の三人は帰ったぞ。コーヒー買ってきたんだけど飲むか？　一本しかないから半分こな。まあ、おまえに半分と言ってもほとんど飲まれちまう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">さっきまでの焦燥と不安がみるみる消えていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">胸の辺りから生まれた安心感がゆっくりと全身を包みこむ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あたしは、声に出して言っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「か、か、かみざま……、あ…、あじがどう……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカだ、おまえら。親子そろって大バカだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだと、小僧、いい加減に……。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
親父の声が聞こえる。親父がキョンを殴るかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いい加減にしてほしいのはこっちだ！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒもバカだが、親はもっとバカだ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
高校生のころから知っているからっていつまでも人を高校生のガキ扱いするんじゃねえ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">これだけ言ってもまだ俺を花嫁の仕度部屋に入れようとするのか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あんたらがすべきことは、おまえは信用できないと言って、俺をここから追い払うことだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…大人だったらわかるだろう。おまえ、花嫁になんかしたら大恥かくことに…。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「それで俺が大恥かいたら古泉がなんと思う？　あいつが傷つかないとでも思ったのか！　何事もなかったとしても、それがあいつに対する裏切りだとは思わないのか！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それがあいつに知られたとしても、きっとあいつは許すだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だったらそれでいいのか？　許してくれるんだったら裏切ってもいいのか？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あいつはもう高校生のガキじゃねえ！　立派な大人だ！　</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　これからハルヒを養っていく、一家の主だ！」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あの強面親父が完全に気圧されている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　映画撮影の時にあたしを惚れ直させた、本気のあいつ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが絶対にやっちゃいけないことをしたら、本気で怒ってくれる、キョン。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけど今、そんなことを感じさせられたら、覚悟が…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョン、ここに来てくれないの？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたし、あんたに「あの言葉」を言ってもらえたら、覚悟を決められるはずなのに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒがなんかしてほしいんだったら古泉にやらせろ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんでただの友人の俺にやらせるんだ！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺の友人としての立ち位置はあいつが決めたことだ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
自分で決めたことだ！　一人で決めたことだ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
花嫁の仕度部屋でやらせるようなことだったらどんなことであれ古泉にやらせろ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">頭おかしいのか、おまえらは！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
こんなこと、言い出す方も言い出す方だが、伝える方も伝える方だ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
こんな親に育てられたから、ハルヒもあそこまで傲岸不遜なバカ女になっちまったんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンは、ここに来てくれない。ここに入ってきてくれない…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいたいこんなことを聞かされて、俺が冷静でいられるとでも思ったのか！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ちったあ、他人の、俺の気持ちっていうものを考えやがれ！」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">俺の気持ち？　あいつの、気持ち…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしは椅子から立ち上がった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ドレスの裾がまとわりついて走りにくい。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
 あたし、なんでこんなもの着てるんだろう？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　突進するようにドアを開けた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　同時にキョンが背中を向けた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　廊下に両親が真っ青な顔をして立ちつくしているのが見える。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなことはどうでもいい。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒ、それは古泉に最初に見せろ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョンは、あたしに礼服の背中を向けたまま言った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんでこんなことになっちゃったんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっとこいつのことが好きだった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけどあたしはこいつにつらく当たってきた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それでもこいつはあたしについてきてくれた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしはこいつにつらく当たりつづけた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　きっと、許してくれていると確認したかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　まだ、見捨てられていないと確認したかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうしないと、もう見捨てられたのかもしれないと怖かったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こんなあたしを、こいつが好きになってくれるはずがないと思っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっとあたしの片思いだと思っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうじゃないと気づいた時には遅すぎた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　両家の結婚話は、もう後戻りのできない段階に入っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしのわがままが通るような状況ではなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんな段階ではなかったから？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　違う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　たとえ裏切ったとしても、古泉君は許してくれたと思う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　両親は、許してくれたかどうかはわからないが、許してくれなくてもかまわなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけど、キョンが許してくれるはずがなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが古泉君を裏切ることを、キョンが許すはずがなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だから、あたしは覚悟を決めた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　もう、キョンのそばにいられなくても仕方がないと覚悟を決めた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　決めた、はずだった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　だけど不安だった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だからキョンに「あの言葉」を言ってもらえればふっきれると思った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　最後に「あの言葉」を言ってもらいたかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「あの言葉」をもらえさえすれば、未練がなくなると思った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「おまえが今やろうとしていたことは決して許されることじゃない。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そう。誰が見たって、決して褒めてくれない行為。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんで、こんなことしようとしたんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　答えは、はっきりしている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつがそばにいなかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつのそばにいなかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしは、こいつがそばにいなきゃダメだ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなこと、ずっと昔からわかっていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　くしゃりと視界が歪んだ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　大粒の涙が後から後からこぼれ落ちてくる。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟が…、あんたのそばにはもういられないという覚悟が…、覚悟が、覚悟が！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「泣くなよ！　おまえがもしここで泣いたら、古泉への最大の侮辱だ。そんなことは……俺が許さん！」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうだ、覚悟なんかはじめから無かった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟を決めたつもりだっただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　いや、そうですらない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟を決めたと自分に言い聞かせただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「あの言葉」を聞けば覚悟が固められるなんて嘘。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ただ、こいつにそう言ってほしかっただけ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「泣くんだったら…、古泉の前で泣け。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> あいつの手を見た。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　何回も何回もつかんだ手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　嵐の中で初めて握り返してくれた手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが崖から落ちても離そうとしなかった手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　後悔…、後悔、後悔、後悔！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　もう一度あのころにもどりたい！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　毎日こいつの背中を見ていたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　毎日こいつの声を聞いていたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたりまえのようにこいつのそばにいられたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　神様、今まで一度も信じたことなんかなかったのに虫が良すぎるけど、たった一つのお願い！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしをあの、北高の部室にもどして！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「じゃあな、披露宴のキャンドルサービスで会おう。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あいつの背中が遠ざかっていく。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それを追いかけることは許されない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョンが、許してくれない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　大好きな背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　ずっと見ていた背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっと見ていたい背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんで、しがみつかなかったんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なにが邪魔したんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　みんなに美人だともてはやされていたプライド？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勉強もスポーツも音楽さえもあいつより優れているという自己満足？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　平凡な容姿のあいつと結ばれるのは嫌だという女の見栄？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　違う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　そんなものじゃない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなもの、この背中に比べれば、ジュースの空き缶ほどの価値もない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勇気が、足りなかっただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　それさえも、嘘。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勇気を、ふりしぼらなかっただけ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつにしがみついて振り払われるのが怖かった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　ただそれだけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こんなに大事なものだとわかっていたなら、何回振り払われてでもしがみつくべきだった！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつが「やれやれ、しょうがないな」と言ってあたしを背中に乗せてくれるまで、何度でもしがみつけばよかった！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「おまえをこう呼ぶのも最後になるな。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　キョンが扉を開ける。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　この廊下からさえも出ていく。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あの夜の校庭で、あたしだけをつれて駆けた背中が、あたしの前から消えようとしている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　せっかく、出会えたのに！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　この広い世界で、キョンに出会えたのに！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「おれは断じて見ていない。断じて見ていないが…、やっぱり意地があるようだ。…これだけは言わせてくれ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　いや…、あれほど聞きたかった言葉だけど、今は聞くのが怖い。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そう。あたしの生涯でいちばん大切な思い出。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしにとって宝物のような、宝石みたいな思い出。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　今それを聞いてしまったら…あたし…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「ハルヒ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「…なに。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「似合ってるぞ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">扉がパタンと閉じた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">パソコンのディスプレーが見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">電源は…、落ちているみたいだ。何も映っていない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">夕方のようだ。後ろに窓があるのだろうか。夕陽が照りつけている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ディスプレーの向こうに、長机が見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">その先に、ボロボロの扉が見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
見慣れた場所のような気もするし、ひどく懐かしい場所のような気もする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">自分の体を見てみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">北高のセーラー服を着ている！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">左袖…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">見間違うはずもない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">真っ赤なＳＯＳ団団長の腕章！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">だけど…、まだ安心できない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">そうだ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">学生カバンの中を必死に探る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あのホテルの部屋にあったバカでかい代物とは全く違う、高校生の身の丈にあった粗末な鏡。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">意を決して見る！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
涙と鼻水でボロボロのひどい顔をしている。だけどそんなことはどうだっていい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あたしの髪には、あのティアラとかいう用途不明の装飾品ではなく、黄色いリボン付きカチューシャがはめられていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">悪い夢を見ていたのだろうか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
それとも、神様があたしのたった一度のお願いを聞いてくれたのだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
そう言えば、今日一日授業を受けた後団活をして、団長机で居眠りをしてしまったような記憶がある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
だけど、高校を卒業して大学に進み、就職をして古泉君と交際をして…、という記憶もあるような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">どっちでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あたしは、ここにいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">北高の部室にいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ここにいる…はず。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">自信がない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あれは、夢なんかじゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">そう、あれはきっと、もう一つの現実。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">体の震えがまだ止まらない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あれが現実で、今あたしが見ているのが、ホテルの救護室で見ている夢だったら…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">深く考えるのが怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">立ってあの扉を開けるのが怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">やっぱりあたしは臆病ものだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">勇気をふりしぼることができない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あの扉の向こうのどこにも、キョンがいなかったらと思うと怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">なんでこんなに怖いんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンが、あたしのいる部屋に入ってこなかったせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
キョンが、あたしを廊下に残して、後ろ手にドアを閉めてしまったせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンがあの扉を開けて、ここに入ってくるまでは安心できな……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ガチャ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒ、起きたか？　他の三人は帰ったぞ。コーヒー買ってきたんだけど飲むか？　一本しかないから半分こな。まあ、おまえに半分と言ってもほとんど飲まれちまう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">さっきまでの焦燥と不安がみるみる消えていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">胸の辺りから生まれた安心感がゆっくりと全身を包みこむ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あたしは、声に出して言っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「か、か、かみざま……、あ…、あじがどう……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「本当は誰も入れるべきではないんだけれど、あなたを信用します。あなたなら大丈夫だと。古い付き合いだしね。だけど、花嫁におかしなことをしたら、許さないわよ。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">今日はあたしの結婚式。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">人生の門出。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは古泉君と結ばれる。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
大学を卒業して就職したあと、古泉君に告白された。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
三年ほどおつき合いをしてプロポーズされた。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ＳＯＳ団は不滅だと言っていたけど、あたしが高校を卒業すると同時にみくるちゃんは遠い外国に行ってしまった。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
有希は、あたしが知らない間に行方不明になっていた。あのマンションの部屋はいつのまにか何ひとつなくなっていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　今あたしのそばにいるのは……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もう一度いいます。わたしは最後まで反対しました。しかしどうしても娘があなたに会いたいと。だから私はあなたを信用しました。決して花嫁におかしな真似をしないで下さい。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ここは、ホテルの部屋。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは、豪華な椅子に座っている。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
大理石の床に高い天井。大きなシャンデリア。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">大きな鏡がある。全身を映す鏡。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
純白のウェディングドレスをまとった、あたしを映している鏡。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ママがキョンにしつこく念を押している。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">馬鹿ね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">鏡の中のあたしがクスリと笑った。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
そんなに心配しなくても、あいつがあたしに変なことなんかできるわけがないのに。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮さん」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">キョンの声が聞こえた。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">久しぶりに聞く声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり大人になったのね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">太くて、練れた声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">男の声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あたしは鏡から目を離して、頑丈そうな木の扉を見た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、俺を信用しているのですか。信用していないのですか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「何を言っているのですか。あなたを信用していると言ったでしょう。だから新郎以外決して入れるべきではない所にあなたを案内しようとしているのです。あなたは拗ねているのですか。ここに新郎以外の男性を入れることの意味がわかっているのですか。そんなことを言うのなら、やはり信用すべきではないですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたが俺を信用するのならば、何も言わずにここに俺を連れてくるべきでした。信用しないのならばこんな所に俺を連れてくるべきじゃなかった。違いますか。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
キョンったら、理屈っぽいところは変わってないのね。だけどそんなことを言ったら逆効果よ。ほら、親父が露骨に舌打ちをしているわ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「あなたねえ、いい加減にしてちょうだい。あなたを信用しているって言ったでしょう。だけど万一のことがあったら困るから、釘を刺しただけ。わかりますね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、俺を信用するのなら、信用したことについて責任を負うべきだ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ここに俺を連れてきて何があったとしても自分で責めを負うだけのね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あなたが信用しないというなら、信用しないことについての責任を取るべきだ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつがあきらめるまで反対するべきだ。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">何だか様子がおかしい。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">キョン…、何言ってるの？　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり拗ねてるの？</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしに、会いたくないの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺には何の責任もない。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺は古泉一樹君と涼宮ハルヒさんの門出を祝福するだけのためにここに来た。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺は二人の友人です。それ以外のものでは決してありません。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺がここでやるべきことはご祝儀を持ってくることと、披露宴を盛り上げることだけ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">違いますか。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺には何の責任もありません。あなたがあいつに反対しきれなかったことに対する責任を負うつもりは毛頭ありません。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ではもう一度聞きます。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
何の責任も負っていない俺を信用するんですか。しないんですか？　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">責任を持って決めて下さい。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ママ、お願い！　キョンを信用するって言って！　あいつがあたしに乱暴したりするわけないわ！　あたしはどうしてもあいつに会わなきゃならないの！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ママが息を飲む音が聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「失礼をお許し下さい。どうぞ娘に会ってやって下さい。お願いいたします。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　数秒間、誰も何も言わなかった。親父も我慢しているらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカだ、おまえら。親子そろって大バカだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだと、小僧、いい加減に……。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
親父の声が聞こえる。親父がキョンを殴るかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いい加減にしてほしいのはこっちだ！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒもバカだが、親はもっとバカだ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
高校生のころから知っているからっていつまでも人を高校生のガキ扱いするんじゃねえ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">これだけ言ってもまだ俺を花嫁の仕度部屋に入れようとするのか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あんたらがすべきことは、おまえは信用できないと言って、俺をここから追い払うことだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…大人だったらわかるだろう。おまえ、花嫁になんかしたら大恥かくことに…。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「それで俺が大恥かいたら古泉がなんと思う？　あいつが傷つかないとでも思ったのか！　何事もなかったとしても、それがあいつに対する裏切りだとは思わないのか！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それがあいつに知られたとしても、きっとあいつは許すだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だったらそれでいいのか？　許してくれるんだったら裏切ってもいいのか？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あいつはもう高校生のガキじゃねえ！　立派な大人だ！　</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　これからハルヒを養っていく、一家の主だ！」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あの強面親父が完全に気圧されている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　映画撮影の時にあたしを惚れ直させた、本気のあいつ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが絶対にやっちゃいけないことをしたら、本気で怒ってくれる、キョン。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけど今、そんなことを感じさせられたら、覚悟が…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョン、ここに来てくれないの？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたし、あんたに「あの言葉」を言ってもらえたら、覚悟を決められるはずなのに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒがなんかしてほしいんだったら古泉にやらせろ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんでただの友人の俺にやらせるんだ！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺の友人としての立ち位置はあいつが決めたことだ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
自分で決めたことだ！　一人で決めたことだ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
花嫁の仕度部屋でやらせるようなことだったらどんなことであれ古泉にやらせろ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">頭おかしいのか、おまえらは！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
こんなこと、言い出す方も言い出す方だが、伝える方も伝える方だ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
こんな親に育てられたから、ハルヒもあそこまで傲岸不遜なバカ女になっちまったんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンは、ここに来てくれない。ここに入ってきてくれない…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいたいこんなことを聞かされて、俺が冷静でいられるとでも思ったのか！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ちったあ、他人の、俺の気持ちっていうものを考えやがれ！」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">俺の気持ち？　あいつの、気持ち…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしは椅子から立ち上がった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ドレスの裾がまとわりついて走りにくい。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
 あたし、なんでこんなもの着てるんだろう？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　突進するようにドアを開けた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　同時にキョンが背中を向けた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　廊下に両親が真っ青な顔をして立ちつくしているのが見える。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなことはどうでもいい。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒ、それは古泉に最初に見せろ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョンは、あたしに礼服の背中を向けたまま言った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんでこんなことになっちゃったんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっとこいつのことが好きだった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけどあたしはこいつにつらく当たってきた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それでもこいつはあたしについてきてくれた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしはこいつにつらく当たりつづけた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　きっと、許してくれていると確認したかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　まだ、見捨てられていないと確認したかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうしないと、もう見捨てられたのかもしれないと怖かったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こんなあたしを、こいつが好きになってくれるはずがないと思っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっとあたしの片思いだと思っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうじゃないと気づいた時には遅すぎた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　両家の結婚話は、もう後戻りのできない段階に入っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしのわがままが通るような状況ではなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんな段階ではなかったから？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　違う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　たとえ裏切ったとしても、古泉君は許してくれたと思う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　両親は、許してくれたかどうかはわからないが、許してくれなくてもかまわなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけど、キョンが許してくれるはずがなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが古泉君を裏切ることを、キョンが許すはずがなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だから、あたしは覚悟を決めた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　もう、キョンのそばにいられなくても仕方がないと覚悟を決めた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　決めた、はずだった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　だけど不安だった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だからキョンに「あの言葉」を言ってもらえればふっきれると思った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　最後に「あの言葉」を言ってもらいたかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「あの言葉」をもらえさえすれば、未練がなくなると思った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「おまえが今やろうとしていたことは決して許されることじゃない。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そう。誰が見たって、決して褒めてくれない行為。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんで、こんなことしようとしたんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　答えは、はっきりしている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつがそばにいなかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつのそばにいなかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしは、こいつがそばにいなきゃダメだ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなこと、ずっと昔からわかっていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　くしゃりと視界が歪んだ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　大粒の涙が後から後からこぼれ落ちてくる。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟が…、あんたのそばにはもういられないという覚悟が…、覚悟が、覚悟が！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「泣くなよ！　おまえがもしここで泣いたら、古泉への最大の侮辱だ。そんなことは……俺が許さん！」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうだ、覚悟なんかはじめから無かった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟を決めたつもりだっただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　いや、そうですらない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟を決めたと自分に言い聞かせただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「あの言葉」を聞けば覚悟が固められるなんて嘘。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ただ、こいつにそう言ってほしかっただけ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「泣くんだったら…、古泉の前で泣け。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> あいつの手を見た。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　何回も何回もつかんだ手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　嵐の中で初めて握り返してくれた手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが崖から落ちても離そうとしなかった手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　後悔…、後悔、後悔、後悔！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　もう一度あのころにもどりたい！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　毎日こいつの背中を見ていたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　毎日こいつの声を聞いていたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたりまえのようにこいつのそばにいられたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　神様、今まで一度も信じたことなんかなかったのに虫が良すぎるけど、たった一つのお願い！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしをあの、北高の部室にもどして！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「じゃあな、披露宴のキャンドルサービスで会おう。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あいつの背中が遠ざかっていく。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それを追いかけることは許されない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョンが、許してくれない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　大好きな背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　ずっと見ていた背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっと見ていたい背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんで、しがみつかなかったんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なにが邪魔したんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　みんなに美人だともてはやされていたプライド？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勉強もスポーツも音楽さえもあいつより優れているという自己満足？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　平凡な容姿のあいつと結ばれるのは嫌だという女の見栄？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　違う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　そんなものじゃない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなもの、この背中に比べれば、ジュースの空き缶ほどの価値もない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勇気が、足りなかっただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　それさえも、嘘。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勇気を、ふりしぼらなかっただけ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつにしがみついて振り払われるのが怖かった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　ただそれだけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こんなに大事なものだとわかっていたなら、何回振り払われてでもしがみつくべきだった！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつが「やれやれ、しょうがないな」と言ってあたしを背中に乗せてくれるまで、何度でもしがみつけばよかった！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「おまえをこう呼ぶのも最後になるな。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　キョンが扉を開ける。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　この廊下からさえも出ていく。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あの夜の校庭で、あたしだけをつれて駆けた背中が、あたしの前から消えようとしている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　せっかく、出会えたのに！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　この広い世界で、キョンに出会えたのに！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「おれは断じて見ていない。断じて見ていないが…、やっぱり意地があるようだ。…これだけは言わせてくれ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　いや…、あれほど聞きたかった言葉だけど、今は聞くのが怖い。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そう。あたしの生涯でいちばん大切な思い出。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしにとって宝物のような、宝石みたいな思い出。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　今それを聞いてしまったら…あたし…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「ハルヒ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「…なに。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「似合ってるぞ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">扉がパタンと閉じた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">パソコンのディスプレーが見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">電源は…、落ちているみたいだ。何も映っていない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">夕方のようだ。後ろに窓があるのだろうか。夕陽が照りつけている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ディスプレーの向こうに、長机が見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">その先に、ボロボロの扉が見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
見慣れた場所のような気もするし、ひどく懐かしい場所のような気もする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">自分の体を見てみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">北高のセーラー服を着ている！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">左袖…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">見間違うはずもない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">真っ赤なＳＯＳ団団長の腕章！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">だけど…、まだ安心できない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">そうだ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">学生カバンの中を必死に探る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あのホテルの部屋にあったバカでかい代物とは全く違う、高校生の身の丈にあった粗末な鏡。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">意を決して見る！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
涙と鼻水でボロボロのひどい顔をしている。だけどそんなことはどうだっていい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あたしの髪には、あのティアラとかいう用途不明の装飾品ではなく、黄色いリボン付きカチューシャがはめられていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">悪い夢を見ていたのだろうか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
それとも、神様があたしのたった一度のお願いを聞いてくれたのだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
そう言えば、今日一日授業を受けた後団活をして、団長机で居眠りをしてしまったような記憶がある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
だけど、高校を卒業して大学に進み、就職をして古泉君と交際をして…、という記憶もあるような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">どっちでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あたしは、ここにいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">北高の部室にいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ここにいる…はず。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">自信がない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あれは、夢なんかじゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">そう、あれはきっと、もう一つの現実。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">体の震えがまだ止まらない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あれが現実で、今あたしが見ているのが、ホテルの救護室で見ている夢だったら…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">深く考えるのが怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">立ってあの扉を開けるのが怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">やっぱりあたしは臆病ものだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">勇気をふりしぼることができない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あの扉の向こうのどこにも、キョンがいなかったらと思うと怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">なんでこんなに怖いんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンが、あたしのいる部屋に入ってこなかったせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
キョンが、あたしを廊下に残して、後ろ手にドアを閉めてしまったせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンがあの扉を開けて、ここに入ってくるまでは安心できな……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ガチャ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒ、起きたか？　他の三人は帰ったぞ。コーヒー買ってきたんだけど飲むか？　一本しかないから半分こな。まあ、おまえに半分と言ってもほとんど飲まれちまう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">さっきまでの焦燥と不安がみるみる消えていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">胸の辺りから生まれた安心感がゆっくりと全身を包みこむ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あたしは、声に出して言っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「か、か、かみざま……、あ…、あじがどう……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「本当は誰も入れるべきではないんだけれど、あなたを信用します。あなたなら大丈夫だと。古い付き合いだしね。だけど、花嫁におかしなことをしたら、許さないわよ。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">今日はあたしの結婚式。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">人生の門出。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは古泉君と結ばれる。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
大学を卒業して就職したあと、古泉君に告白された。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
三年ほどおつき合いをしてプロポーズされた。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ＳＯＳ団は不滅だと言っていたけど、あたしが高校を卒業すると同時にみくるちゃんは遠い外国に行ってしまった。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
有希は、あたしが知らない間に行方不明になっていた。あのマンションの部屋はいつのまにか何ひとつなくなっていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　今あたしのそばにいるのは……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もう一度いいます。わたしは最後まで反対しました。しかしどうしても娘があなたに会いたいと。だから私はあなたを信用しました。決して花嫁におかしな真似をしないで下さい。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ここは、ホテルの部屋。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは、豪華な椅子に座っている。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
大理石の床に高い天井。大きなシャンデリア。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">大きな鏡がある。全身を映す鏡。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
純白のウェディングドレスをまとった、あたしを映している鏡。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ママがキョンにしつこく念を押している。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">馬鹿ね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">鏡の中のあたしがクスリと笑った。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
そんなに心配しなくても、あいつがあたしに変なことなんかできるわけがないのに。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮さん」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">キョンの声が聞こえた。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">久しぶりに聞く声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり大人になったのね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">太くて、練れた声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">男の声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あたしは鏡から目を離して、頑丈そうな木の扉を見た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、俺を信用しているのですか。信用していないのですか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「何を言っているのですか。あなたを信用していると言ったでしょう。だから新郎以外決して入れるべきではない所にあなたを案内しようとしているのです。あなたは拗ねているのですか。ここに新郎以外の男性を入れることの意味がわかっているのですか。そんなことを言うのなら、やはり信用すべきではないですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたが俺を信用するのならば、何も言わずにここに俺を連れてくるべきでした。信用しないのならばこんな所に俺を連れてくるべきじゃなかった。違いますか。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
キョンったら、理屈っぽいところは変わってないのね。だけどそんなことを言ったら逆効果よ。ほら、親父が露骨に舌打ちをしているわ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「あなたねえ、いい加減にしてちょうだい。あなたを信用しているって言ったでしょう。だけど万一のことがあったら困るから、釘を刺しただけ。わかりますね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、俺を信用するのなら、信用したことについて責任を負うべきだ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ここに俺を連れてきて何があったとしても自分で責めを負うだけのね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あなたが信用しないというなら、信用しないことについての責任を取るべきだ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつがあきらめるまで反対するべきだ。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">何だか様子がおかしい。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">キョン…、何言ってるの？　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり拗ねてるの？</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしに、会いたくないの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺には何の責任もない。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺は古泉一樹君と涼宮ハルヒさんの門出を祝福するだけのためにここに来た。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺は二人の友人です。それ以外のものでは決してありません。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺がここでやるべきことはご祝儀を持ってくることと、披露宴を盛り上げることだけ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">違いますか。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺には何の責任もありません。あなたがあいつに反対しきれなかったことに対する責任を負うつもりは毛頭ありません。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ではもう一度聞きます。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
何の責任も負っていない俺を信用するんですか。しないんですか？　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">責任を持って決めて下さい。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ママ、お願い！　キョンを信用するって言って！　あいつがあたしに乱暴したりするわけないわ！　あたしはどうしてもあいつに会わなきゃならないの！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ママが息を飲む音が聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「失礼をお許し下さい。どうぞ娘に会ってやって下さい。お願いいたします。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　数秒間、誰も何も言わなかった。親父も我慢しているらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカだ、おまえら。親子そろって大バカだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだと、小僧、いい加減に……。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
親父の声が聞こえる。親父がキョンを殴るかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いい加減にしてほしいのはこっちだ！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒもバカだが、親はもっとバカだ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
高校生のころから知っているからっていつまでも人を高校生のガキ扱いするんじゃねえ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">これだけ言ってもまだ俺を花嫁の仕度部屋に入れようとするのか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あんたらがすべきことは、おまえは信用できないと言って、俺をここから追い払うことだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…大人だったらわかるだろう。おまえ、花嫁になんかしたら大恥かくことに…。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「それで俺が大恥かいたら古泉がなんと思う？　あいつが傷つかないとでも思ったのか！　何事もなかったとしても、それがあいつに対する裏切りだとは思わないのか！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それがあいつに知られたとしても、きっとあいつは許すだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だったらそれでいいのか？　許してくれるんだったら裏切ってもいいのか？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あいつはもう高校生のガキじゃねえ！　立派な大人だ！　</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　これからハルヒを養っていく、一家の主だ！」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あの強面親父が完全に気圧されている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　映画撮影の時にあたしを惚れ直させた、本気のあいつ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが絶対にやっちゃいけないことをしたら、本気で怒ってくれる、キョン。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけど今、そんなことを感じさせられたら、覚悟が…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョン、ここに来てくれないの？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたし、あんたに「あの言葉」を言ってもらえたら、覚悟を決められるはずなのに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒがなんかしてほしいんだったら古泉にやらせろ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんでただの友人の俺にやらせるんだ！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺の友人としての立ち位置はあいつが決めたことだ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
自分で決めたことだ！　一人で決めたことだ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
花嫁の仕度部屋でやらせるようなことだったらどんなことであれ古泉にやらせろ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">頭おかしいのか、おまえらは！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
こんなこと、言い出す方も言い出す方だが、伝える方も伝える方だ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
こんな親に育てられたから、ハルヒもあそこまで傲岸不遜なバカ女になっちまったんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンは、ここに来てくれない。ここに入ってきてくれない…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいたいこんなことを聞かされて、俺が冷静でいられるとでも思ったのか！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ちったあ、他人の、俺の気持ちっていうものを考えやがれ！」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">俺の気持ち？　あいつの、気持ち…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしは椅子から立ち上がった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ドレスの裾がまとわりついて走りにくい。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
 あたし、なんでこんなもの着てるんだろう？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　突進するようにドアを開けた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　同時にキョンが背中を向けた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　廊下に両親が真っ青な顔をして立ちつくしているのが見える。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなことはどうでもいい。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒ、それは古泉に最初に見せろ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョンは、あたしに礼服の背中を向けたまま言った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんでこんなことになっちゃったんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっとこいつのことが好きだった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけどあたしはこいつにつらく当たってきた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それでもこいつはあたしについてきてくれた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしはこいつにつらく当たりつづけた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　きっと、許してくれていると確認したかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　まだ、見捨てられていないと確認したかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうしないと、もう見捨てられたのかもしれないと怖かったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こんなあたしを、こいつが好きになってくれるはずがないと思っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっとあたしの片思いだと思っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうじゃないと気づいた時には遅すぎた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　両家の結婚話は、もう後戻りのできない段階に入っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしのわがままが通るような状況ではなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんな段階ではなかったから？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　違う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　たとえ裏切ったとしても、古泉君は許してくれたと思う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　両親は、許してくれたかどうかはわからないが、許してくれなくてもかまわなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけど、キョンが許してくれるはずがなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが古泉君を裏切ることを、キョンが許すはずがなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だから、あたしは覚悟を決めた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　もう、キョンのそばにいられなくても仕方がないと覚悟を決めた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　決めた、はずだった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　だけど不安だった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だからキョンに「あの言葉」を言ってもらえればふっきれると思った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　最後に「あの言葉」を言ってもらいたかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「あの言葉」をもらえさえすれば、未練がなくなると思った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「おまえが今やろうとしていたことは決して許されることじゃない。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そう。誰が見たって、決して褒めてくれない行為。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんで、こんなことしようとしたんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　答えは、はっきりしている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつがそばにいなかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつのそばにいなかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしは、こいつがそばにいなきゃダメだ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなこと、ずっと昔からわかっていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　くしゃりと視界が歪んだ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　大粒の涙が後から後からこぼれ落ちてくる。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟が…、あんたのそばにはもういられないという覚悟が…、覚悟が、覚悟が！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「泣くなよ！　おまえがもしここで泣いたら、古泉への最大の侮辱だ。そんなことは……俺が許さん！」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうだ、覚悟なんかはじめから無かった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟を決めたつもりだっただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　いや、そうですらない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟を決めたと自分に言い聞かせただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「あの言葉」を聞けば覚悟が固められるなんて嘘。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ただ、こいつにそう言ってほしかっただけ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「泣くんだったら…、古泉の前で泣け。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> あいつの手を見た。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　何回も何回もつかんだ手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　嵐の中で初めて握り返してくれた手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが崖から落ちても離そうとしなかった手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　後悔…、後悔、後悔、後悔！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　もう一度あのころにもどりたい！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　毎日こいつの背中を見ていたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　毎日こいつの声を聞いていたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたりまえのようにこいつのそばにいられたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　神様、今まで一度も信じたことなんかなかったのに虫が良すぎるけど、たった一つのお願い！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしをあの、北高の部室にもどして！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「じゃあな、披露宴のキャンドルサービスで会おう。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あいつの背中が遠ざかっていく。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それを追いかけることは許されない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョンが、許してくれない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　大好きな背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　ずっと見ていた背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっと見ていたい背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんで、しがみつかなかったんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なにが邪魔したんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　みんなに美人だともてはやされていたプライド？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勉強もスポーツも音楽さえもあいつより優れているという自己満足？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　平凡な容姿のあいつと結ばれるのは嫌だという女の見栄？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　違う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　そんなものじゃない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなもの、この背中に比べれば、ジュースの空き缶ほどの価値もない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勇気が、足りなかっただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　それさえも、嘘。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勇気を、ふりしぼらなかっただけ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつにしがみついて振り払われるのが怖かった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　ただそれだけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こんなに大事なものだとわかっていたなら、何回振り払われてでもしがみつくべきだった！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつが「やれやれ、しょうがないな」と言ってあたしを背中に乗せてくれるまで、何度でもしがみつけばよかった！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「おまえをこう呼ぶのも最後になるな。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　キョンが扉を開ける。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　この廊下からさえも出ていく。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あの夜の校庭で、あたしだけをつれて駆けた背中が、あたしの前から消えようとしている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　せっかく、出会えたのに！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　この広い世界で、キョンに出会えたのに！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「おれは断じて見ていない。断じて見ていないが…、やっぱり意地があるようだ。…これだけは言わせてくれ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　いや…、あれほど聞きたかった言葉だけど、今は聞くのが怖い。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そう。あたしの生涯でいちばん大切な思い出。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしにとって宝物のような、宝石みたいな思い出。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　今それを聞いてしまったら…あたし…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「ハルヒ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「…なに。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「似合ってるぞ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">扉がパタンと閉じた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">パソコンのディスプレーが見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">電源は…、落ちているみたいだ。何も映っていない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">夕方のようだ。後ろに窓があるのだろうか。夕陽が照りつけている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ディスプレーの向こうに、長机が見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">その先に、ボロボロの扉が見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
見慣れた場所のような気もするし、ひどく懐かしい場所のような気もする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">自分の体を見てみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">北高のセーラー服を着ている！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">左袖…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">見間違うはずもない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">真っ赤なＳＯＳ団団長の腕章！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">だけど…、まだ安心できない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">そうだ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">学生カバンの中を必死に探る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あのホテルの部屋にあったバカでかい代物とは全く違う、高校生の身の丈にあった粗末な鏡。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">意を決して見る！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
涙と鼻水でボロボロのひどい顔をしている。だけどそんなことはどうだっていい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あたしの髪には、あのティアラとかいう用途不明の装飾品ではなく、黄色いリボン付きカチューシャがはめられていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">悪い夢を見ていたのだろうか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
それとも、神様があたしのたった一度のお願いを聞いてくれたのだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
そう言えば、今日一日授業を受けた後団活をして、団長机で居眠りをしてしまったような記憶がある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
だけど、高校を卒業して大学に進み、就職をして古泉君と交際をして…、という記憶もあるような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">どっちでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あたしは、ここにいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">北高の部室にいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ここにいる…はず。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">自信がない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あれは、夢なんかじゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">そう、あれはきっと、もう一つの現実。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">体の震えがまだ止まらない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あれが現実で、今あたしが見ているのが、ホテルの救護室で見ている夢だったら…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">深く考えるのが怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">立ってあの扉を開けるのが怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">やっぱりあたしは臆病ものだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">勇気をふりしぼることができない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あの扉の向こうのどこにも、キョンがいなかったらと思うと怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">なんでこんなに怖いんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンが、あたしのいる部屋に入ってこなかったせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
キョンが、あたしを廊下に残して、後ろ手にドアを閉めてしまったせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンがあの扉を開けて、ここに入ってくるまでは安心できな……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ガチャ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒ、起きたか？　他の三人は帰ったぞ。コーヒー買ってきたんだけど飲むか？　一本しかないから半分こな。まあ、おまえに半分と言ってもほとんど飲まれちまう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">さっきまでの焦燥と不安がみるみる消えていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">胸の辺りから生まれた安心感がゆっくりと全身を包みこむ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あたしは、声に出して言っていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「か、か、かみざま……、あ…、あじがどう……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「本当は誰も入れるべきではないんだけれど、あなたを信用します。あなたなら大丈夫だと。古い付き合いだしね。だけど、花嫁におかしなことをしたら、許さないわよ。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">今日はあたしの結婚式。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">人生の門出。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは古泉君と結ばれる。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
大学を卒業して就職したあと、古泉君に告白された。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
三年ほどおつき合いをしてプロポーズされた。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ＳＯＳ団は不滅だと言っていたけど、あたしが高校を卒業すると同時にみくるちゃんは遠い外国に行ってしまった。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
有希は、あたしが知らない間に行方不明になっていた。あのマンションの部屋はいつのまにか何ひとつなくなっていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　今あたしのそばにいるのは……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「もう一度いいます。わたしは最後まで反対しました。しかしどうしても娘があなたに会いたいと。だから私はあなたを信用しました。決して花嫁におかしな真似をしないで下さい。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ここは、ホテルの部屋。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしは、豪華な椅子に座っている。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
大理石の床に高い天井。大きなシャンデリア。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">大きな鏡がある。全身を映す鏡。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
純白のウェディングドレスをまとった、あたしを映している鏡。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ママがキョンにしつこく念を押している。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">馬鹿ね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">鏡の中のあたしがクスリと笑った。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
そんなに心配しなくても、あいつがあたしに変なことなんかできるわけがないのに。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「涼宮さん」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">キョンの声が聞こえた。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">久しぶりに聞く声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり大人になったのね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">太くて、練れた声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">男の声。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あたしは鏡から目を離して、頑丈そうな木の扉を見た。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、俺を信用しているのですか。信用していないのですか。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「何を言っているのですか。あなたを信用していると言ったでしょう。だから新郎以外決して入れるべきではない所にあなたを案内しようとしているのです。あなたは拗ねているのですか。ここに新郎以外の男性を入れることの意味がわかっているのですか。そんなことを言うのなら、やはり信用すべきではないですね。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">
「あなたが俺を信用するのならば、何も言わずにここに俺を連れてくるべきでした。信用しないのならばこんな所に俺を連れてくるべきじゃなかった。違いますか。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
キョンったら、理屈っぽいところは変わってないのね。だけどそんなことを言ったら逆効果よ。ほら、親父が露骨に舌打ちをしているわ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「あなたねえ、いい加減にしてちょうだい。あなたを信用しているって言ったでしょう。だけど万一のことがあったら困るから、釘を刺しただけ。わかりますね！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「あなたは、俺を信用するのなら、信用したことについて責任を負うべきだ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ここに俺を連れてきて何があったとしても自分で責めを負うだけのね。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あなたが信用しないというなら、信用しないことについての責任を取るべきだ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
あいつがあきらめるまで反対するべきだ。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">何だか様子がおかしい。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">キョン…、何言ってるの？　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">やっぱり拗ねてるの？</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">あたしに、会いたくないの？</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「俺には何の責任もない。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺は古泉一樹君と涼宮ハルヒさんの門出を祝福するだけのためにここに来た。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺は二人の友人です。それ以外のものでは決してありません。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺がここでやるべきことはご祝儀を持ってくることと、披露宴を盛り上げることだけ。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">違いますか。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺には何の責任もありません。あなたがあいつに反対しきれなかったことに対する責任を負うつもりは毛頭ありません。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ではもう一度聞きます。</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
何の責任も負っていない俺を信用するんですか。しないんですか？　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">責任を持って決めて下さい。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ママ、お願い！　キョンを信用するって言って！　あいつがあたしに乱暴したりするわけないわ！　あたしはどうしてもあいつに会わなきゃならないの！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ママが息を飲む音が聞こえた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「失礼をお許し下さい。どうぞ娘に会ってやって下さい。お願いいたします。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">　数秒間、誰も何も言わなかった。親父も我慢しているらしい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「バカだ、おまえら。親子そろって大バカだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「なんだと、小僧、いい加減に……。」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
親父の声が聞こえる。親父がキョンを殴るかもしれない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「いい加減にしてほしいのはこっちだ！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">ハルヒもバカだが、親はもっとバカだ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
高校生のころから知っているからっていつまでも人を高校生のガキ扱いするんじゃねえ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">これだけ言ってもまだ俺を花嫁の仕度部屋に入れようとするのか！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あんたらがすべきことは、おまえは信用できないと言って、俺をここから追い払うことだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「…大人だったらわかるだろう。おまえ、花嫁になんかしたら大恥かくことに…。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「それで俺が大恥かいたら古泉がなんと思う？　あいつが傷つかないとでも思ったのか！　何事もなかったとしても、それがあいつに対する裏切りだとは思わないのか！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それがあいつに知られたとしても、きっとあいつは許すだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だったらそれでいいのか？　許してくれるんだったら裏切ってもいいのか？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あいつはもう高校生のガキじゃねえ！　立派な大人だ！　</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　これからハルヒを養っていく、一家の主だ！」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あの強面親父が完全に気圧されている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　映画撮影の時にあたしを惚れ直させた、本気のあいつ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが絶対にやっちゃいけないことをしたら、本気で怒ってくれる、キョン。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけど今、そんなことを感じさせられたら、覚悟が…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョン、ここに来てくれないの？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたし、あんたに「あの言葉」を言ってもらえたら、覚悟を決められるはずなのに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒがなんかしてほしいんだったら古泉にやらせろ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんでただの友人の俺にやらせるんだ！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
俺の友人としての立ち位置はあいつが決めたことだ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
自分で決めたことだ！　一人で決めたことだ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
花嫁の仕度部屋でやらせるようなことだったらどんなことであれ古泉にやらせろ！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">頭おかしいのか、おまえらは！　</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
こんなこと、言い出す方も言い出す方だが、伝える方も伝える方だ！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
こんな親に育てられたから、ハルヒもあそこまで傲岸不遜なバカ女になっちまったんだ！」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンは、ここに来てくれない。ここに入ってきてくれない…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt;">「だいたいこんなことを聞かされて、俺が冷静でいられるとでも思ったのか！</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">
ちったあ、他人の、俺の気持ちっていうものを考えやがれ！」</div>
<div style="text-indent:10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt;">俺の気持ち？　あいつの、気持ち…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしは椅子から立ち上がった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ドレスの裾がまとわりついて走りにくい。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
 あたし、なんでこんなもの着てるんだろう？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　突進するようにドアを開けた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　同時にキョンが背中を向けた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　廊下に両親が真っ青な顔をして立ちつくしているのが見える。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなことはどうでもいい。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「ハルヒ、それは古泉に最初に見せろ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョンは、あたしに礼服の背中を向けたまま言った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんでこんなことになっちゃったんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっとこいつのことが好きだった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけどあたしはこいつにつらく当たってきた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それでもこいつはあたしについてきてくれた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしはこいつにつらく当たりつづけた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　きっと、許してくれていると確認したかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　まだ、見捨てられていないと確認したかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうしないと、もう見捨てられたのかもしれないと怖かったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こんなあたしを、こいつが好きになってくれるはずがないと思っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっとあたしの片思いだと思っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうじゃないと気づいた時には遅すぎた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　両家の結婚話は、もう後戻りのできない段階に入っていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしのわがままが通るような状況ではなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんな段階ではなかったから？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　違う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　たとえ裏切ったとしても、古泉君は許してくれたと思う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　両親は、許してくれたかどうかはわからないが、許してくれなくてもかまわなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だけど、キョンが許してくれるはずがなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが古泉君を裏切ることを、キョンが許すはずがなかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だから、あたしは覚悟を決めた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　もう、キョンのそばにいられなくても仕方がないと覚悟を決めた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　決めた、はずだった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　だけど不安だった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　だからキョンに「あの言葉」を言ってもらえればふっきれると思った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　最後に「あの言葉」を言ってもらいたかった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「あの言葉」をもらえさえすれば、未練がなくなると思った。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「おまえが今やろうとしていたことは決して許されることじゃない。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そう。誰が見たって、決して褒めてくれない行為。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんで、こんなことしようとしたんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　答えは、はっきりしている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつがそばにいなかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつのそばにいなかったから。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしは、こいつがそばにいなきゃダメだ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなこと、ずっと昔からわかっていた。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　くしゃりと視界が歪んだ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　大粒の涙が後から後からこぼれ落ちてくる。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟が…、あんたのそばにはもういられないという覚悟が…、覚悟が、覚悟が！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「泣くなよ！　おまえがもしここで泣いたら、古泉への最大の侮辱だ。そんなことは……俺が許さん！」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そうだ、覚悟なんかはじめから無かった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟を決めたつもりだっただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　いや、そうですらない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　覚悟を決めたと自分に言い聞かせただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「あの言葉」を聞けば覚悟が固められるなんて嘘。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ただ、こいつにそう言ってほしかっただけ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「泣くんだったら…、古泉の前で泣け。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> あいつの手を見た。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　何回も何回もつかんだ手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　嵐の中で初めて握り返してくれた手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしが崖から落ちても離そうとしなかった手。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　後悔…、後悔、後悔、後悔！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　もう一度あのころにもどりたい！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　毎日こいつの背中を見ていたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　毎日こいつの声を聞いていたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたりまえのようにこいつのそばにいられたあのころに…。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　神様、今まで一度も信じたことなんかなかったのに虫が良すぎるけど、たった一つのお願い！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしをあの、北高の部室にもどして！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
「じゃあな、披露宴のキャンドルサービスで会おう。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あいつの背中が遠ざかっていく。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　それを追いかけることは許されない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　キョンが、許してくれない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　大好きな背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　ずっと見ていた背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　ずっと見ていたい背中。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なんで、しがみつかなかったんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　なにが邪魔したんだろう。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　みんなに美人だともてはやされていたプライド？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勉強もスポーツも音楽さえもあいつより優れているという自己満足？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　平凡な容姿のあいつと結ばれるのは嫌だという女の見栄？</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　違う。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　そんなものじゃない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そんなもの、この背中に比べれば、ジュースの空き缶ほどの価値もない。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勇気が、足りなかっただけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　それさえも、嘘。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　勇気を、ふりしぼらなかっただけ！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつにしがみついて振り払われるのが怖かった。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　ただそれだけ。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こんなに大事なものだとわかっていたなら、何回振り払われてでもしがみつくべきだった！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　こいつが「やれやれ、しょうがないな」と言ってあたしを背中に乗せてくれるまで、何度でもしがみつけばよかった！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「おまえをこう呼ぶのも最後になるな。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">　キョンが扉を開ける。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　この廊下からさえも出ていく。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あの夜の校庭で、あたしだけをつれて駆けた背中が、あたしの前から消えようとしている。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　せっかく、出会えたのに！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　この広い世界で、キョンに出会えたのに！</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　「おれは断じて見ていない。断じて見ていないが…、やっぱり意地があるようだ。…これだけは言わせてくれ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　いや…、あれほど聞きたかった言葉だけど、今は聞くのが怖い。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　そう。あたしの生涯でいちばん大切な思い出。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　あたしにとって宝物のような、宝石みたいな思い出。</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
　今それを聞いてしまったら…あたし…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「ハルヒ。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「…なに。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「似合ってるぞ。」</div>
<div style="text-indent:-10.5pt;margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">扉がパタンと閉じた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">パソコンのディスプレーが見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">電源は…、落ちているみたいだ。何も映っていない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">夕方のようだ。後ろに窓があるのだろうか。夕陽が照りつけている。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ディスプレーの向こうに、長机が見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">その先に、ボロボロの扉が見える。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
見慣れた場所のような気もするし、ひどく懐かしい場所のような気もする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">自分の体を見てみた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">北高のセーラー服を着ている！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">左袖…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">見間違うはずもない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">真っ赤なＳＯＳ団団長の腕章！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">だけど…、まだ安心できない！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">そうだ！　</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">学生カバンの中を必死に探る。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あった！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あのホテルの部屋にあったバカでかい代物とは全く違う、高校生の身の丈にあった粗末な鏡。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">意を決して見る！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
涙と鼻水でボロボロのひどい顔をしている。だけどそんなことはどうだっていい！</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あたしの髪には、あのティアラとかいう用途不明の装飾品ではなく、黄色いリボン付きカチューシャがはめられていた。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">悪い夢を見ていたのだろうか…。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
それとも、神様があたしのたった一度のお願いを聞いてくれたのだろうか。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
そう言えば、今日一日授業を受けた後団活をして、団長机で居眠りをしてしまったような記憶がある。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
だけど、高校を卒業して大学に進み、就職をして古泉君と交際をして…、という記憶もあるような気がする。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">どっちでもいい。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あたしは、ここにいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">北高の部室にいる。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ここにいる…はず。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">自信がない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あれは、夢なんかじゃなかった。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">そう、あれはきっと、もう一つの現実。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">体の震えがまだ止まらない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
あれが現実で、今あたしが見ているのが、ホテルの救護室で見ている夢だったら…</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">深く考えるのが怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">立ってあの扉を開けるのが怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">やっぱりあたしは臆病ものだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">勇気をふりしぼることができない。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あの扉の向こうのどこにも、キョンがいなかったらと思うと怖い。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">なんでこんなに怖いんだろう。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンが、あたしのいる部屋に入ってこなかったせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">
キョンが、あたしを廊下に残して、後ろ手にドアを閉めてしまったせいだ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">キョンがあの扉を開けて、ここに入ってくるまでは安心できな……。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">ガチャ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
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「ハルヒ、起きたか？　他の三人は帰ったぞ。コーヒー買ってきたんだけど飲むか？　一本しかないから半分こな。まあ、おまえに半分と言ってもほとんど飲まれちまう…。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">さっきまでの焦燥と不安がみるみる消えていく。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">胸の辺りから生まれた安心感がゆっくりと全身を包みこむ。</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">あたしは、声に出して言っていた。</div>
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<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;">「か、か、かみざま……、あ…、あじがどう……。」</div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>
<div style="margin:0mm 0mm 0pt 10.5pt;"> </div>