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「涼宮ハルヒの幽鬱」(2010/03/23 (火) 19:22:00) の最新版変更点
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プロローグ
携帯電話が鳴った。俺は電話に出る。
「もしもし?」
あいつの祖母からの電話だった。あいつがこんな時間になっても家に戻って来てないらしい。聞くところによると、いつもと変わらずに帰宅したそうだが、いつの間にかにいなくなっていた、という話だった。俺の所へ来てないかと訪ねられたが、無論、俺の所にはいない。俺は今、ちょうど会社から帰ってきて自分の部屋のドアを開けようとしていたのだが、あいつは鍵を持っていないし、俺に会いにきたのならドア前で待っているはずだ。
今何時だ?
時計を見ると午後八時一〇分をちょっと過ぎている。確かに少し心配になる頃合いだ。
「あいつの携帯電話は繋がりませんか?」
携帯電話は部屋に置いてあったらしい。どうしたんだ? 一体?
「わかりました。俺もそっちに行って探してみます。多分、すぐ見つけられると思います」
ごめんなさいね、とあいつの祖母は言った。そして電話を切った。
俺は電話をポケットにしまい駅に引き返した。ここからあいつの住んでる町まで電車で少しかかる。自然と駆け足で駅に向かった。
あいつの住む町に着く。俺は電車の中であいつが何処をうろついているか、考えていた。電車から見えた夜空を見ながら思い出した事がある。
今日は七夕だ。
あの日の七夕のことを思い出す。そして、直感的にあいつはあの場所にいるだろうなと感じた。
もう何年前になるだろうか。全く、妙な七夕を経験したものだ。よくよく考えると俺は高校一年生の時、何度も七夕を経験するという贅沢な経験をしたわけだ。だが、俺の脳内のスクリーンに浮かぶその七夕の映像は、年月が経つにつれてピンぼけしていくようだった。俺は必死にスクリーンに焦点を合わせようとする。
どうしてピントが合わないんだ?
電車から見える雲一つない星空を眺めた。あの年の七夕の夜空と何一つ変わっていない夜空なのだろうなと俺は思った。
こんちくしょうめ。
到着した駅を出ると俺は、タクシーを止めて行き先を告げた。時計の針は午後九時五分を指そうとしている。
向かう先は東中学校である。
タクシーの中で俺はどうやって中学校に乗り込むか考えた。まぁ以前にも同じ経験をした事があるのでそんなに心配はしていない・・・わけではないが。それと、あいつがいなかったらと懸念したが、どういうわけかその考えはすぐに消えた。俺の第六感はそう告げている。
後から思ったが、それは俺の願望かもしれなかった。
東中の校門前に着く。俺は料金を払って車を降りた。夜風が気持ちいい。タクシーを見送ってから、鉄製の正門の前に立つ。東中学は入ってすぐがグランドになっている。そのグランドの向こうにそびえている校舎は今現在真っ暗だ。ところで俺は会社帰りにこの面倒事に巻き込まれたわけで、俺はネクタイにスーツ、ビジネスバッグという格好であり、つまりは学校にこの姿で乗り込むところを見つかると、どうにもヤバい事態になるだろうということだ。変質者に間違えかねない。あたりを見回し、人影が見えない事を確認する。そうして俺は鉄扉に近づいた。
施錠された南京錠が閂にぶら下がっている。いないのか?
グランドの隅にある体育用具倉庫に目を凝らすと、倉庫の前に小さい人影がとリヤカーの影がある。あいつだ。俺は直感的にそう思った。どうやら奴は重いリヤカーと奮闘しているらしい。鍵は閉まっているので、乗り越えるしかない。やれやれ。門が乗り越えられる高さで良かった。鞄を放り込み、俺は乗り越えて、グランドに飛び降りた。鞄を拾い、もう一度あいつの方を見る。
もの凄い既視感が俺を襲った。脳内のスクリーン映像が目の前の風景と重なる。
歩き出す事ができなかった。俺は今どんな顔をしているのだろうか。恐らく幽霊を見たような顔だろう。いや、もしかしたらあれは本当に幽霊かもしれない。
なんてこった。俺は心の中でリヤカーと奮闘している少女に投げかける。なんでお前はよりによって、この日に、この場所で、この時間に・・・。
既視感は俺に、昔の記憶を呼び起こした。
しばらく突っ立っていると、あいつがこっちにまっすぐ走って近づいてきた。見つかったらしい。だが、体が動かせなかった。
徐々に見えてくるそいつを見て思う。何て小さいんだ。お前はこんなに小さかったのか? 中途半端に長い真っ黒なストレートヘアーが風に靡く。Tシャツに短パン姿の小柄な少女の体には、この上なく整った目鼻立ち、意志の強そうな大きくて黒い目を異常に長いまつげが縁取り、薄桃色の唇を固く引き結んだ顔があった。黒い髪にはカチューシャがついている。その少女は俺の前で止まった。かなり速く走ってきたのに息切れ一つしていない。
「なに、あんた? 変態? 誘拐犯? 怪しいわね」
ぼけた街灯の光がわずかに彼女を白く照らしている。俺の顔は、逆光でそいつには見えないらしい。そいつはあからさまに不審人物を見る目になっていた。俺はやっと声が絞り出せた。情けないか細い声だった。
「おまえこそ、なにをやってるんだ」
「決まってるじゃないの。不法侵入よ」
そんな堂々と犯罪行為を宣言されてもな。居直りにも程があるぜ。
「ちょうどいいわ。誰だか知らないけどヒマなら手伝いなさいよ。でないと通報するわよ」
通報したいのはこっちだ。俺はそいつの名を呼んだ。
そいつはびく、と頬を動かし、大きな黒い瞳で睨んでくる。
「誰に断ってあたしを呼び捨てにするわけ? なんなのよ、あんた。ストーカーを募集した覚えはないわ」
だが、そう言って俺が誰か気づいたらしい。額のしわが消え、笑顔になった。
「キョン!」
やっとわかったか。それと、俺はこの年齢になっても、その名で呼ばれるのか。
「おまえ、お祖母さんが心配してたぞ」
俺は怒声を出した。まぁしかし、俺の怒声は奴には通じまい。
「しょうがなかったの! 意外と手間取って。あとケータイ忘れてさ。キョン、家に電話して」
言われなくとも。俺が見つけられるって言っちまったし。
俺は携帯電話を取り出し、彼女の自宅に電話した。彼女の祖母が電話に出た。見つかってピンピンしてると伝えてる時に、彼女は俺の携帯電話を取り上げ、
「おばーちゃんごめん! まだちょっと時間かかりそうだから。キョンといるから大丈夫! キョンにご飯おごってもらうわよ!」
と一方的に言い、電話を切った。まったく。飯をおごれだと?
で、何をしてたんだ? まぁ、だいたい見当はつくが。
彼女は俺の質問に答えなかった。そのかわり、俺の鞄の持ってない方の手を掴み、体育用具倉庫の方へ走り出した。
こいつらしい。
この中学一年生はえらく元気だ。おじさんはもう体力はない。走らせるな。
「だらしがないわね」
そんなことを言われてもな。時の流れには逆らえない。
グランドの真ん中あたりまで来ると、彼女は足を引きずる俺に諦めたのか、歩き出した。一歩一歩が力強い歩みだったが。
「ねぇ、キョン。宇宙人、いると思う?」
俺の頭の中は沸騰しているような、奇妙な感じだった。記憶が溢れ出てくる。ぼやけていたあいつらの顔が、鮮明になってくる。
「・・・いるんじゃねーの」
あの、無表情な宇宙人の顔が浮かぶ。
「じゃあ、未来人は?」
「・・・まあ、いてもおかしくはないな」
お茶を入れる未来人の顔が浮かんだ。
「超能力者なら?」
「・・・配り歩く程いるだろうよ」
顔を近づける超能力者の顔が浮かぶ。気色悪い。
「異世界人は?」
「・・・それはまだ知り合ってないな」
彼女は間を少し空けて言った。
「幽霊は? いると思う?」
俺は答えなかった。彼女も黙ったままだ。
沈黙のうち、錆びだらけのリヤカーに辿り着く。彼女は俺の手を離してリヤカーに腰掛けた。彼女は下唇を噛んで下を向く。リヤカーには大量の石灰の袋が積まれていた。これじゃあ、こいつには動かせまい。リヤカーの周りには、白線引き、石灰の袋が数個転がっていた。訊かなくともわかるような気がしたが、俺は言った。
「それで、これはいったい何なんだ」
「メッセージを書くの。校庭にでっかく」
「どこ宛だ? まさか織姫と彦星宛じゃないだろうな」
そいつは驚いたように、
「どうしてわかったの?」
「・・・まあ、七夕だしな。似たようなことをしている奴に覚えがあっただけさ」
「へぇ? ぜひ知り合いになりたいわね。誰?」
俺は答えなかった。こんなことをしようとするのはおまえとあいつだけさ。
「今日はよく晴れているな」
俺はそいつの隣に腰掛け、夜空を見上げながら言った。しかし、そいつは自分と同じ行動をとった人物に大いに興味を持ったらしい。
「ねぇキョン! はぐらかさないでよ! 誰? あたしの知ってる人?」
お前のせいで色々と思い出しちまったよ。しかしこいつに話すべきだろうか? 俺は少しの間夜空を眺め、口を開いた。
「あぁ。お前もよーく知ってる人物さ」
「誰? 誰?」
まったく。一体今日はどうしたんだ。しみじみと思う。偶然だと信じたい、と。
「早く話しなさいよ!」
わかった、わかった。そう怒鳴るな。
どこから話すべきかはわかっていた。俺が彼女と出会ったあの日からだ。
そいつと出会ったのは、高校へ入学した、第一日目だ。幸か不幸か、そいつの座席は俺の後ろだった。あんなことを堂々言う奴なんて世界であいつだけじゃないのか? さて、俺の自己紹介が終わってそいつは立ち上がり、クラスの全員の注目の中、こう言いやがった。
「東中学出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
「東中学出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」