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α‐8
「キョンくん、ただいま!」
玄関に入るや否や、妹がかけよってきた。おいおい、ただいまではなくて、おかえりなさいだろ。やっと小学校最上学年にもなってそんな調子でいいのか。こんな時にも、機関の関係者が俺たちを警備しているに違いない。俺の部屋に入ろうとする妹を退け、ベッドに飛び込んだ。なんだってんだ、SOS団に入団希望者が来てただ事ではない事件が起きようとしているのに、長門のあの言葉。
「キョンくん、ごはんだよ!」
悩んでも仕方ない。後で長門に電話するか。夕食を終えた後、部屋へと戻り、長門に電話することにした。
スリーコール待たされた後、
「・・・・・・・・・」
「長門、俺だ」
「・・・・・・・・・」
相変わらず無言の相手に、俺は続けた。
「今日のことなんだが、どういうことか説明してくれないか」
「あなたが九曜周防と呼称される個体に見解を求めるのはこれで三度目」
「すまん・・・言い方が悪かった。俺はおととい電話してなかったと思うのだが。それと、きのうは佐々木たちと会っていない、家でくつろいでいたさ。今日は確かに、昼休みお前に聞きに行ったぞ」
「今日の昼休みのことは了解した。しかし、一昨夜はあなたからの電話があった。着信履歴を確認するとその事実も確認できる」
そうか履歴だな。ちょっと待ってくれよ、と言って、通話のまま携帯を確認すると、
「長門、悪いんだが、俺の携帯には電話をかけた発信履歴は無いんだ。でもおかしいよな」
どういうことだ、俺の携帯を見ると、長門に電話をかけた履歴は無く、事実俺はかけていない。しかし長門は、俺からの電話があり、履歴も存在しているという。
「明日あなたの携帯を解析をすることが望ましい」
そうか、長門ならどこぞの興信所に頼らなくても、その辺は分かるってもんだ。続けて長門は、
「部室で増加した有機生命体の解析は現在も解析中。判明次第、報告する」
「分かった、ありがとうな。じゃあまた明日」
俺の疑問は、確定と申告されたようなものだ。杞憂などではなく、訳の分からない事態になっている。
しょうがない、明日を待つしかないか。
βー8
一度分かれた後、俺は長門の住む708号室へと再びやってきた。部屋にはまた喜緑さんが出迎えてくれ、中にはすでに古泉と朝比奈さんが到着していた。朝比奈さんはホッとした表情で俺を見ている。現に、ホッ、と口に出してしまっている。俺も朝比奈さんが無事でよかったですよ。まだ寝ているが、長門は無事だよな?息はしているようだが。
「お待ちしておりました。あなたが来るまで話を進めないでおこうと思いまして」
「キョンくん、よかった。あの後、古泉くんと一緒に戻ってきたのです。今は危険だからって」
おい古泉よ。俺への心配はどこにあるのだ?
「ご心配なく。実は学校からこのマンションへ向かう途中に、機関に連絡をしてまして。皆さんの護衛はすでに手配しておりました。涼宮さんも今自宅に帰られたようです」
なるほど、俺がハルヒを追いかけている間にやってくれていたんだな。
「それでは、説明していただけないでしょうか、喜緑さん。まずあなたは長門さんの見方と捕らえてかまわないですよね?」
「ええ、もちろんよろしいですよ」
可愛らしいと言える朝比奈さんとは違う感じの、どこかに気品があふれている上級生の喜緑さんは、俺にも分かりやすい口調で説明した。
「まず、長門さんはかろうじて無事といえます。長門さんの自己防衛力と、それと私の力で何とか攻撃を防いでいるといった感じです。攻撃しているのは恐らく周防九曜でしょうね。前起きた症状と似ています。私は何とか彼女からの攻撃を防げたのですが、長門さんは、えっと・・・今の長門さんは予防策を得ることができなかったの。それと一度かかったら治しにくい病気みたいで。今は長門さんを助けることで彼女も私もいっぱいなんです」
長門が予防できなかったのは、去年のクリスマス前の騒動でのことからだろう。あれから長門は過去や未来の自分と同期せずにずにいこうって決めてたんだしな。
ひとまず無事であるとは言えるらしい。しかし、この状況が長く続くと危ないんじゃないか?
「周防九曜がまたいつ攻撃してくるか分かりませんわ。私もうまく予防できたからよかったのです。少しでも対処が遅かったらと考えると・・・長門さんを治す方法は色々探しているのですが」
さっき会った時よりも、喜緑さんは疲れているような表情で語った。それまで聞き手に回っていた古泉は、
「なるほど、了解しました。非常事態です。九曜と名乗る宇宙人は、我々機関と対立している組織と手を組んでいるでしょうし。長門さんのこと、もちろんあなたのこともサポートしたいと思います。個人的にも心配ですしね。早速機関にも連絡してみます」
いつぞや古泉から聞いたことがある。機関に敵対する組織があること、そいつらが他の宇宙人や未来人と手を組むかもしれないこと。そのときは機関も長門たちと協力するだろうと。朝比奈さんは時間移動できるからどうでもいいとかほざいてたな。
「あの、わたしもお助けしたいです」
なんと朝比奈さんまで。
「今回のことは、禁則事項にかかわることなんだけど、あの、未来からこの件について何も聞かされていないんです。でも、わたし、がんばります。いつもあたしは頼ってばかりで、長門さんのこと助けたいんです。もちろん古泉くんのことも」
涙ぐませながらいう朝比奈さんに、この件について何も指令が無いものなのか。現在の朝比奈さんがこうもいっているのに、恐らく上司であろうの朝比奈さん(大)は何もしないのか?これも規定事項だっていうのか?
「ありがとうございます。周防九曜は長門さんと私の身を封じ込ませるのが目的だと思うの。あなたたちへの攻撃は少ないと思うわ。一昨日長門さんが攻撃されてから、その後何も無いようですし。昨日確認しに行ってみて分かりました」
昨日は驚いたな。喫茶店でウェイトレスをしている喜緑さんを見たときは。九曜のやつも驚いていたっけ。・・・ちょっとまってください、今なんて言いました?
「喜緑さん、さっき長門が倒れたのはおとといって言いましたよね。土曜日は団活がありましたから、団活が終わってからですよね。その夜に俺が電話したときはなんとも無かったように思えたのですが・・・」
「ええ、長門さんはその日帰ってから攻撃されたみたいで。周防九曜がその日狙っていたみたいですね。電話ですか?私は長門さんが倒れてからここにいましたが、電話はなかったと思いますが・・・」
そう話すと、喜緑さんは長門の携帯電話を操作し、
「この通り、あなたからの着信はなかったみたいです」
どういうことだ?俺はその日、長門に電話してちゃんと会話したよな。古泉も疑問に思ったらしく、
「おかしいですね。その日私はあなたから電話を頂きました。その前後に長門さんに電話をかけたのでしょうか?あなたにとって、相手が私か長門さんかなんて区別がつかないはずはありませんよね」
間違えるはずは無い。俺は確かに長門に電話した。古泉、お前に電話した後にだ。俺の携帯にはちゃんと発信履歴がある。
「喜緑さん、長門はその時起きていましたか?」
「いえ、私がかけつけたときは倒れていて」
「そうですか。俺が電話したのは割りと遅めの時間だったと思いますが。この履歴の時間に」
「その時間は・・・無かったはずです。それに申し上げにくいのですが、長門さんはずっと寝込んだままですし。今日の夕方に目を覚ました後、また寝てしまって・・・」
ますますおかしい。そう思っていると古泉は、
「そのことも調査することが必要ですね。機関で調べてみましょう」
この際、会話内容を知られてもかまわない。頭がおかしくなりそうだ。
今夜も喜緑さんは長門の家に泊まるらしい。長居しては返って邪魔になるだろう。三人は帰ることで一致した。マンションを出ると、さすが仕事が早い。古泉の上司であろう森さんが立っていて、すぐ近くに見慣れた車がとまっていた。車の中には新川さんがいるに違いないな。
「今日は、私たちが送迎いたします。」
そういった森さんは笑顔で話しかけた。いつぞやの橘にみせた顔は嘘のようだった。
助手席に森さん、後部座席に俺、朝比奈さん古泉と座った。
「朝比奈さんは真ん中に座ってください。男二人で護衛いたしますから」
と古泉がいうと、朝比奈さんは顔を赤くして申し訳なさそうに車に入った。ええい、俺が朝比奈さんを守るのはいいが、俺の安全はどうなるんだ!すると、
「あなたのことは私にお任せください」
と、助手席に座っている森さんが振り向いて微笑んでくれた。
どうやら車の行き先は俺の家に向かっているらしい。その後に朝比奈さんを送るつもりだろう。そんな中、古泉と森さん、運転中である新川さんまで周りを警戒しているようだ。俺も、横から何か飛び出してくるのなら体で受け止めてでも朝比奈さんを守ってやりたい。そう思いながら窓の外を眺めていると、隣に座っていた朝比奈さんが、
「あのう、その日キョンくんはわたしに電話しなかったですよね。やっぱりわたしって頼りないのかなあ」
いえいえそうではなく、あの日は例の未来人が現れなかったじゃないですか、古泉と長門に電話したのは確認したかったからですよ、と伝えると、
「そうですか・・・」
と、知りつぼみに朝比奈さんは答えた。いかんいかん、俺がこんなところで落ちこませてどうする!朝比奈さんは下を向いて少し考え事をしているようだ。
「長門さんが無事でよかったですね。でもやっぱり気になるなあ。ずっと寝込んで、今日ようやく起きたと思ったら、また寝てしまって・・・どうしたらいいんだろう・・・」
そんな落ち込んでいるときでも、他人のことを考えれるのですね。やはりSOS団のメイドである朝比奈さんはいつまでも優しい気持ちでいてくださいね。メイドという単語に、前に座っている森さんの体がピクリと動いたような気がしたが、気のせいにしておこう。
「そうですね、長門さんを助けるためにも、我々にもできることを探さなくてはなりませんね」
そう言った古泉はしばらく考え込んだ後、
「ふむ、起きたのは今日の夕方ごろとおっしゃってましたね。何か思いあたることはありませんでしたか?」
「そうはいってもなあ、」
すると朝比奈さんは、
「夕方って放課後あたりですよね。あたし用事で部室に行くの遅くなっちゃって」
確かに部室に行ったら、誰もいなかったな。まてよ、確か本が・・・
「そういえば俺が部室に入ったら、本がおいてあったんだ。確か帰るところを探している装置だったかなんだか・・・」
その本をちらちら読んだのだが、全く覚えてない。ちくしょう。そうふさぎこんでる俺に古泉は、
「その本に長門さんのメッセージがあるかもしれませんね」
そうなんだ、長門が本にヒントを与えてくれたことが二度もあったんだ。
「明日その本をもう一度見てみよう」
「なるほど今その本は部室にあるのですね。了解しました」
おいおい、いまから取りにいくのか、古泉よ。朝比奈さんはまた下を向いたまま何か考えているようだった。
話しているうちに、車は俺の家についていた。古泉が指差すほうを見ると機関のものと思しき車が何台かとまっている。十分な警備だな。家族にいつばれることやら。俺が車を降りると交替するように俺が座っていたところに森さんが腰を下ろした。今度は機関の二人が朝比奈さんの両隣に座っている。
玄関の扉を開けると、
「ただいま!キョンくん、おそかったね。ゆうごはんもうできてるよー」
と、妹が出迎えてくれた。
夕飯を済ませ自分の部屋に行き、携帯を取り出した。この携帯もおかしなことになっているなと思いながら、開けると、
着信 涼宮ハルヒ12件
いつからこいつはかけてきてるんだ、さぞかし怒り心頭なのだろうと、恐る恐るかけ直した。
「なんで出ないのよ、キョン!」
「悪い悪い、夕飯食い終えて、今気づいたんだ」
「まあいいわ。それよりも、有希大丈夫かしら・・・」
「今日のところはあの喜緑さんがついているらしいしな。なにかあっても大丈夫だろう」
「なにかってなによ。変なこと言わないでよね。さっき電話したんだけど、今日は付き添いしますって言ってたわ。あの人のこと、有希は良く思っていなかったように思えるんだけど・・・」
いきなり電話で確認したのか、こいつは。
「大丈夫だろうさ。今日だけでなく、いつも近所づきあいをしてる人らしいし。困ってるときなら尚更だろ。今日はひとまず喜緑さんに任せとけって」
「まあいいわ・・・明日も学校が終わったら見舞いに行くんだから、早く寝なさいよ、キョン!」
ハルヒはハルヒで長門のことを心配しているのだろう。まあ無理はない。ハルヒの目からも映る今の長門は、心配せずにはいられないのだから。
今度は電話が鳴る。朝比奈さんからだ。
「もしもし」
1コールで出てしまった。
「キョンくん・・・」
なにやら電話の向こうにいる朝比奈さんは、今にも泣き出しそうな声で、
「わたし・・・、また未来に帰れなくなっちゃいましたぁ~」
「どういうことですか?」
「えーっとぉ、帰った後、なんで何にも指令が来ないんだろう、おかしいなあと思ってたんです・・・だから、禁則なんですけどぉ、わたしから連絡を取ってみたんです。そしたらできなくてぇ~・・・ふぇ~ん~」
なんてこった。去年の夏に二週間あまりの時間を何度もループした時のように、朝比奈さんは泣いていた。
「落ち着いてください、朝比奈さん」
とは言ってみたもの、落ち着けるはずなどないだろう。朝比奈さんの持つ唯一の武器である時間移動ができないんだ。
なんとかして朝比奈さんを慰めた後、古泉には俺から連絡しておきますと伝え電話をきった。今度は古泉に電話か。
「おやおや、どういたしましたか。」
俺は朝日奈さんの事情を説明すると、
「そうですか・・・何か悪いことになってなければよいのですが。」
「そうだ、朝比奈さんは今時間移動できないんだからな。分かってるだろ」
「はい、もちろん。機関の方で彼女も護衛させて頂きますよ」
古泉は例の本を入手し解析していることも付け加え、明日話しあうことにした。
またあの時と同じように時間をループしたり、誰かに変な空間に閉じ込められてるんじゃないだろうな。うかうかしておれない。
俺はあることを思い出した。今年の二月、ほんの少し未来の朝比奈さんがやってきた期間だ。ここで使わなくちゃいけないのか。二日にもわたって穴堀りをし、SOS団女性陣からプレゼントされたのとは違うもの。朝比奈さん(大)に対抗するべく鶴屋さんに教えて発掘することのできた、あの光り輝くオーパーツとやらを。あなたはこのときのためにあの指令を出したのですか。過去のあなたは今未来との連絡が取れず泣いているのですよ。このことはやはりあなたにとっても規定事項だったのですか?
いてもたってもおられず、今度は俺が朝比奈さんに電話をかけた。
「もしもし、キョンくん?」
どうやら少し落ち着きを取り戻しているみたいだ。よかった。
「朝比奈さん、鶴屋さんに伝言をお願いできませんか。ええと・・・二月に俺に見せてくれた物を、できれば現物でもう一度見せてくれませんか?と伝えてほしいです。」
「ふぇっ?」
「できたらでいいですと伝えてください」
あのオーパーツは厳重に保管されているのだろうから、そうつけ加えておかないとな。
「分かりました。キョンくんは何か考えがあるのですね」
その後、朝比奈さんの悲しみを少しでも和らげようと他愛のない会話をし、
「ありがとう、キョンくん。わたしもがんばりますから」
そうだ、頑張らなければならない。頑張りどころが他にはないんだ。敵が襲ってきているのに団員同士いがみあっててはいけない。SOS団の力を見せ付けてやるんだ。長門が目覚めるためには。
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