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第〇七〇七小隊SOS団 最終章 海ゆかば」(2009/08/15 (土) 14:30:54) の最新版変更点

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<p> </p> <p> </p> <p> 価値観を超えたもの、ってあるよな。<br />  正義と悪とか、愛情と憎悪とか、そんな枠組みに収まらないもの、俺はあると思う。<br />  そういうのって、人間が一番輝いている場面じゃないか?<br />  まあいい。俺はいつものように生きるだけさ。<br /><br /><br />  ~最終章 海ゆかば~ </p> <p> </p> <p> </p> <p> 目が覚める。真っ白な天井が目に映る。<br />  ゆっくりと体を起こすと、ベランダから仄かな光が、白いカーテン越しに差し込んでいる、<br /> そんな光景が目に映った。<br />  いつも通りの、俺の部屋。<br />  それなのに、何年もの間ここを留守にしていたような気がする。<br />  久しぶりに、ここに帰ってきたような気がする。<br />  何か、夢を見ていたような。内容が思い出せない。<br />  俺の心は、長編映画を見た後のような、濁りの無い穏やかさに包まれていた。<br /><br />  眠い目を擦りながら部屋を出る。<br />  ドアを開けると、俺を起こしに来たのだろう、パジャマ姿の妹と鉢合わせになった。<br /> 「キョン、くん」<br />  妹は、立ち尽くしたままぽつりと呟いた。<br />  穢れの無い両目が、しっかりと俺を捉えている。<br />  少しの間の後、妹は地面を蹴って俺に飛び込んできた。<br /> 「キョンくん」<br />  妹は、俺の腕の中でひたすら泣きじゃくっている。<br />  妹を体に寄せる。するとなぜだろう、勝手に涙が溢れてきた。<br />  俺たち二人は、互いの肩を借りて止め処なく泣いた。 <br /><br />  家を出て、妹と別れ、学校までの坂を登る。<br />  いつもの街並み、いつもの人たち。だよな。<br />  だが、俺はそんな当たり前の風景が、とてつもなく懐かしく感じた。<br />  見慣れた店、その壁についた汚れが俺の胸に突き刺さる。<br />  俺は、馴れ親しんだ路地裏の一角に道を逸れて、蹲って涙を流した。<br /><br />  自分でも驚いた。<br />  今までひいひい言いながら歩いていた坂を、今日は軽々と登ることができたからである。<br />  夏場なので汗はかいたが、それまでだった。<br />  校門に辿りつき、「県立北高等学校」と渋い字で書かれた立て札に目をやってから、俺はゲートを潜った。<br /><br />  毎日のように足を踏み入れる教室。<br />  今日は、それすらもいとおしく感じる。どうしちまったんだよ俺は。<br />  クリーム色の引き戸に手をかけて、それをゆっくりとスライドさせる。<br />  俺の後ろの席には、退屈そうに頬杖をつくハルヒが座っている。<br />  いつも通りだ。いや、確かめる必要はないだろ。<br /> 「よ、ハルヒ」<br />  木製の椅子に腰を下ろしてから、俺は朝陽に包まれたハルヒにいつも通りの挨拶をした。返答はなかった。<br />  ご機嫌斜めというよりは、疲れきったような表情だった。寝不足か。</p> <p>「よし、ホームルームを始める」<br />  なんてことは無い。朝のホームルームだ。<br />  それなのに、無意識に俺の背筋が伸びていた。<br /> 「今日は、転校生を紹介するぞ」<br />  岡部教諭は、笑顔混じりに俺たちに宣言した。途端に教室が騒がしくなる。<br />  まあ、夏休み前のこの時期に転校生なんて、めったに来るもんじゃないからな。<br /> 「お前たちも知っている生徒だぞ。<br />  さあ、入ってくれ」<br />  そう言った直後、前のドアが音を立てて開く。<br />  俺たちが知っている人? ふわりと浮かんだ疑問は、すぐに解消された。<br /> 「元一年五組、朝倉涼子です。覚えている人もいるかな」<br />  浅葱色の長髪が、風に煽られて揺れる。<br />  純朴な笑みを浮かべる朝倉が、扉の前に立っていた。<br />  あれ、久しぶりだよな。そうだよな。<br />  そのはずなのに、昨日会ったばかりのような感覚だった。<br />  懐かしいとか、そういった類の感情はどこにも見当たらない。<br />  それに加えて、朝倉に対する警戒心は、いつの間にか完全に失われていた。<br /><br /> 「さて、朝倉の机と椅子を運んできてほしいんだが……」<br />  先生は、監視員のように辺りをぐるりと見回している。<br />  次の瞬間、俺と目が合ってしまった。息が詰まる。<br /> 「そうだな、キョン上等兵やってくれ」<br /> 「はい! 連隊長殿!」<br />  気がつくと、俺は椅子を蹴って立ち、右手を額に当てていた。<br />  いや、確かにキョン「上等兵」って言ったよな。何の冗談だ。つうか、今俺は何をしているんだ。<br />  脊髄反射のように、勝手に体が動いていた。なぜだ。<br />  俺は、朝倉そっちのけでクラス中の注目を一手に引き受けてしまった。<br />  どの顔も引きつった笑顔だ。なんてこった。<br />  しかし、谷口と国木田だけは、真顔のまま首を傾げて俺を見つめていた。</p> <p> それから、「ご苦労であります」などといったちょっかいを出されたものの、無事に今日の授業を終えた。<br />  そして、毎度同じく部室へと向かう。<br />  ノックをしてからドアノブに手をかけて、俺はぎこちなくそれを捻った。<br />  中央には長机、左側には金属の本棚、右側には衣装やらなんやらが置いてある。<br />  なぜだろう。久々に訪れたような気がする。<br />  古泉と朝比奈さんが正対して椅子に座っている。珍しく、朝比奈さんも制服姿だ。<br />  長門は、窓際のパイプ椅子で黙々と難解な本を読んでいる。タイトルは「補給戦」か。<br /> 「オセロでもいかがですか」<br />  音を立てて椅子に座ると、爽やかスマイルの古泉に勧められた。<br /><br />  俺は黒、古泉は白。<br />  両者がせめぎ合い、互いの陣地を奪っていく。<br />  うーん、何かが引っかかる。<br /> 「古泉。こうやってオセロをしていると、なんか思い出さないか」<br />  不意に、そんなことを問いかけてみた。<br /> 「奇遇ですね。僕もそう考えていたところなんですよ。<br />  その『なにか』というのは、未だに足取りが掴めないので困っているのですが」<br />  俺と同じ事を考えていた、か。ただの偶然だろう。<br />  決着した盤面を見てみると、殆どを埋め尽くす黒の中に、白が点々と孤立していた。</p> <p>「遅れてごめん! さっそく活動を始めるわ」<br />  破れるような音を立てて、ハルヒが部室へと入ってきた。<br /> 「今日は何をするんだ」<br /> 「そうねえ、中庭で匍匐前進でもしようかしら」<br /> 「結構な考えかと」<br />  よっしゃ行くか。<br /><br />  それから俺たちは部室を飛び出し、階段を駆け下りた。<br />  激しい太陽光線が照りつける中、俺たち五人は一斉に伏せる。<br /> 「全軍前進!」<br />  慣れ親しんだハルヒのかけ声と共に、我先にと対岸を目指す。<br />  だが、半分が過ぎたところで、俺は動きを止めた。<br />  俺たちは何をやっているんだ。避難訓練じゃあるまいし。<br />  それに、どうして俺はこうも慣れた動きだったんだ。気味が悪い。<br />  他の四人も気がついたのだろう。俺たちは同時に立ち上がった。<br />  泥だらけの制服を手ではたく。砂埃が宙に舞う。<br />  それから暫くの間、俺たちはその場で立ち尽くした。 </p> <p> 全員無言のままで部室に戻り、各々が定位置の椅子に座ったとき、不意にハルヒが俺に向かって呟いた。<br /> 「ねえ、キョン。第二次世界大戦って何のために始まったの」<br />  突拍子も無いやつだなお前は。<br />  突然こんなことを言い出すから、目の前のパソコンにでも聞いてくれ、という台詞が喉まで出かかった。<br />  しかし、それは無意識に押さえつけられてしまう。<br /> 「そうだな……。大切なものを護るため、じゃないか」<br />  俺の頭では、このひとことをひねり出すのが精一杯だった。<br /> 「何それ。バカじゃないの」<br />  ハルヒは、あからさまなしかめっ面をしてそう言った。<br />  だったら聞くな。</p> <p> それから程なくして解散命令が出され、俺は自宅の扉を潜った。<br />  夕食を終え、自室に戻り、何気なく机に着く。宿題でもするか。<br />  そのとき、俺の脳が急激に痛み始めた。鈍い痛みが、大脳を容赦なく刺激する。<br />  耐え切れず、俺はベッドに飛び込んで頭を抑えた。<br />  痛みが引いた。と同時に、様々な光景がフラッシュバックされる。<br />  軍服姿。土だらけの顔。銃声。死体。<br />  見覚えの無い光景、のはずだ。いや、これは。<br />  書かないと、書かないと。<br />  俺は、何かに追い立てられるようにして机に戻り、ペンと白紙のノートを取り出した。</p> <p> 俺は何かに取り憑かれたかのように、毎日時間を見つけては家で物を書き続けた。<br />  終業式を迎え、夏休みに入っても、暇さえあればペンを持ってノートを広げていた。<br />  そして八月に入り、ようやく俺はぴたりと手を止めた。<br />  全てを書き終えた。そんな気がする。<br />  しかし、何を書いたかがさっぱりわからない。<br />  びっしりと書かれた文字の羅列を読み返してみても、何のことだかわからない。<br />  なんでこんなものを書いたんだ。<br />  だが、この中の俺たちは、みんな生き生きしているような気がする。<br />  生と死の狭間で必死に生きながらえ、みんな光り輝いているじゃないか。羨ましさすら感じる。<br />  そう、夢のような世界、と形容すればいいのだろうか。<br />  歪んでいる世界に活きる俺たちは、まっすぐに伸びていた。<br />  いつの間にか、陽が暮れた。 </p> <p> </p> <p> 翌日、俺は勝手に携帯電話を取り出し、長門に電話をかけていた。<br />  俺の口が長門の家に行くことを伝えて、俺の手が電話を切った。<br />  体の部位が全て分離しているような、そんな感覚だ。<br />  それからあのノートを携えて、俺の足は家を飛び出していた。<br />  体中から気力が溢れてくる。なんだか怖い。</p> <p> 長門の部屋に入った俺は、何を喋るよりも先にノートを見せた。<br />  脇目も振らず読み続ける長門を見て、納得したのだろう、俺はようやく無意識の束縛から解放された。<br />  試しに、手を閉じて開いてみた。よし、体が自由に動くようだ。<br /> 「長門、わけがわからないんだ。<br />  気がついたらそんなものを書いていた」<br />  取り敢えず、突然部屋に押し入ったことへの釈明をしておいた。<br />  辺りを見回す。やはり机以外には何も無い。<br />  俺、座っていたんだな。今気がついた。<br />  ベランダからは、暑苦しい西日が照りつけている。<br />  それなのにこの部屋が快適なのは、情報操作とやらの所為だろうか。<br />  よく見ると、外に一着の洗濯物があった。こげ茶色をさらに黒くしたような色合いだ。<br />  男物の私服を持っているとは知らなかった。いや、着ている姿を飽きるほど見たような気がする。<br />  一通り読み終えたのだろう、長門はノートから目線を放し、俺の目をじっと見つめ始めた。<br /> 「あなたに記憶の断片が残っていると判断。<br />  緊急で記憶の改竄を行う」<br />  何の前触れも無く、長門の口が動き出す。<br />  ん? 記憶の、なんだって?<br /> 「わたしも記憶を凍結する。だから安心して」<br />  ちょっと、どういうことだ?<br /> 「ありがとう」<br />  直後、俺の意識は遥か彼方へと飛んでいった。 </p> <p> </p> <p> </p> <p> ああ、よく寝た。<br />  ん、地面が固い。机で寝ていたのか。<br />  体を起こして机を見ると、中央に一冊のノートが鎮座していた。<br />  第〇七〇七小隊SOS団? なんだこれは。<br />  なんとなく、なんとなくだが、このノートは開いてはいけないような気がする。<br />  俺はノートの端を手に取り、ガラクタが詰められた引き出しの一番底に、それを敷いた。</p> <p> </p> <p><br /><br />  終 </p>
<p> </p> <p> </p> <p> 価値観を超えたもの、ってあるよな。<br />  正義と悪とか、愛情と憎悪とか、そんな枠組みに収まらないもの、俺はあると思う。<br />  そういうのって、人間が一番輝いている場面じゃないか?<br />  まあいい。俺はいつものように生きるだけさ。<br /><br /><br />  ~最終章 海ゆかば~ </p> <p> </p> <p> </p> <p> 目が覚める。真っ白な天井が目に映る。<br />  ゆっくりと体を起こすと、ベランダから仄かな光が、白いカーテン越しに差し込んでいる、<br /> そんな光景が目に映った。<br />  いつも通りの、俺の部屋。<br />  それなのに、何年もの間ここを留守にしていたような気がする。<br />  久しぶりに、ここに帰ってきたような気がする。<br />  何か、夢を見ていたような。内容が思い出せない。<br />  俺の心は、長編映画を見た後のような、濁りの無い穏やかさに包まれていた。<br /><br />  眠い目を擦りながら部屋を出る。<br />  ドアを開けると、俺を起こしに来たのだろう、パジャマ姿の妹と鉢合わせになった。<br /> 「キョン、くん」<br />  妹は、立ち尽くしたままぽつりと呟いた。<br />  穢れの無い両目が、しっかりと俺を捉えている。<br />  少しの間の後、妹は地面を蹴って俺に飛び込んできた。<br /> 「キョンくん」<br />  妹は、俺の腕の中でひたすら泣きじゃくっている。<br />  妹を体に寄せる。するとなぜだろう、勝手に涙が溢れてきた。<br />  俺たち二人は、互いの肩を借りて止め処なく泣いた。 <br /><br />  家を出て、妹と別れ、学校までの坂を登る。<br />  いつもの街並み、いつもの人たち。だよな。<br />  だが、俺はそんな当たり前の風景が、とてつもなく懐かしく感じた。<br />  見慣れた店、その壁についた汚れが俺の胸に突き刺さる。<br />  俺は、馴れ親しんだ路地裏の一角に道を逸れて、蹲って涙を流した。<br /><br />  自分でも驚いた。<br />  今までひいひい言いながら歩いていた坂を、今日は軽々と登ることができたからである。<br />  夏場なので汗はかいたが、それまでだった。<br />  校門に辿りつき、「県立北高等学校」と渋い字で書かれた立て札に目をやってから、俺はゲートを潜った。<br /><br />  毎日のように足を踏み入れる教室。<br />  今日は、それすらもいとおしく感じる。どうしちまったんだよ俺は。<br />  クリーム色の引き戸に手をかけて、それをゆっくりとスライドさせる。<br />  俺の後ろの席には、退屈そうに頬杖をつくハルヒが座っている。<br />  いつも通りだ。いや、確かめる必要はないだろ。<br /> 「よ、ハルヒ」<br />  木製の椅子に腰を下ろしてから、俺は朝陽に包まれたハルヒにいつも通りの挨拶をした。返答はなかった。<br />  ご機嫌斜めというよりは、疲れきったような表情だった。寝不足か。</p> <p>「よし、ホームルームを始める」<br />  なんてことは無い。朝のホームルームだ。<br />  それなのに、無意識に俺の背筋が伸びていた。<br /> 「今日は、転校生を紹介するぞ」<br />  岡部教諭は、笑顔混じりに俺たちに宣言した。途端に教室が騒がしくなる。<br />  まあ、夏休み前のこの時期に転校生なんて、めったに来るもんじゃないからな。<br /> 「お前たちも知っている生徒だぞ。<br />  さあ、入ってくれ」<br />  そう言った直後、前のドアが音を立てて開く。<br />  俺たちが知っている人? ふわりと浮かんだ疑問は、すぐに解消された。<br /> 「元一年五組、朝倉涼子です。覚えている人もいるかな」<br />  浅葱色の長髪が、風に煽られて揺れる。<br />  純朴な笑みを浮かべる朝倉が、扉の前に立っていた。<br />  あれ、久しぶりだよな。そうだよな。<br />  そのはずなのに、昨日会ったばかりのような感覚だった。<br />  懐かしいとか、そういった類の感情はどこにも見当たらない。<br />  それに加えて、朝倉に対する警戒心は、いつの間にか完全に失われていた。<br /><br /> 「さて、朝倉の机と椅子を運んできてほしいんだが……」<br />  先生は、監視員のように辺りをぐるりと見回している。<br />  次の瞬間、俺と目が合ってしまった。息が詰まる。<br /> 「そうだな、キョン上等兵やってくれ」<br /> 「はい! 連隊長殿!」<br />  気がつくと、俺は椅子を蹴って立ち、右手を額に当てていた。<br />  いや、確かにキョン「上等兵」って言ったよな。何の冗談だ。つうか、今俺は何をしているんだ。<br />  脊髄反射のように、勝手に体が動いていた。なぜだ。<br />  俺は、朝倉そっちのけでクラス中の注目を一手に引き受けてしまった。<br />  どの顔も引きつった笑顔だ。なんてこった。<br />  しかし、谷口と国木田だけは、真顔のまま首を傾げて俺を見つめていた。</p> <p> それから、「ご苦労であります」などといったちょっかいを出されたものの、無事に今日の授業を終えた。<br />  そして、毎度同じく部室へと向かう。<br />  ノックをしてからドアノブに手をかけて、俺はぎこちなくそれを捻った。<br />  中央には長机、左側には金属の本棚、右側には衣装やらなんやらが置いてある。<br />  なぜだろう。久々に訪れたような気がする。<br />  古泉と朝比奈さんが正対して椅子に座っている。珍しく、朝比奈さんも制服姿だ。<br />  長門は、窓際のパイプ椅子で黙々と難解な本を読んでいる。タイトルは「補給戦」か。<br /> 「オセロでもいかがですか」<br />  音を立てて椅子に座ると、爽やかスマイルの古泉に勧められた。<br /><br />  俺は黒、古泉は白。<br />  両者がせめぎ合い、互いの陣地を奪っていく。<br />  うーん、何かが引っかかる。<br /> 「古泉。こうやってオセロをしていると、なんか思い出さないか」<br />  不意に、そんなことを問いかけてみた。<br /> 「奇遇ですね。僕もそう考えていたところなんですよ。<br />  その『なにか』というのは、未だに足取りが掴めないので困っているのですが」<br />  俺と同じ事を考えていた、か。ただの偶然だろう。<br />  決着した盤面を見てみると、殆どを埋め尽くす黒の中に、白が点々と孤立していた。</p> <p>「遅れてごめん! さっそく活動を始めるわ」<br />  破れるような音を立てて、ハルヒが部室へと入ってきた。<br /> 「今日は何をするんだ」<br /> 「そうねえ、中庭で匍匐前進でもしようかしら」<br /> 「結構な考えかと」<br />  よっしゃ行くか。<br /><br />  それから俺たちは部室を飛び出し、階段を駆け下りた。<br />  激しい太陽光線が照りつける中、俺たち五人は一斉に伏せる。<br /> 「全軍前進!」<br />  慣れ親しんだハルヒのかけ声と共に、我先にと対岸を目指す。<br />  だが、半分が過ぎたところで、俺は動きを止めた。<br />  俺たちは何をやっているんだ。避難訓練じゃあるまいし。<br />  それに、どうして俺はこうも慣れた動きだったんだ。気味が悪い。<br />  他の四人も気がついたのだろう。俺たちは同時に立ち上がった。<br />  泥だらけの制服を手ではたく。砂埃が宙に舞う。<br />  それから暫くの間、俺たちはその場で立ち尽くした。 </p> <p> 全員無言のままで部室に戻り、各々が定位置の椅子に座ったとき、不意にハルヒが俺に向かって呟いた。<br /> 「ねえ、キョン。第二次世界大戦って何のために始まったの」<br />  突拍子も無いやつだなお前は。<br />  突然こんなことを言い出すから、目の前のパソコンにでも聞いてくれ、という台詞が喉まで出かかった。<br />  しかし、それは無意識に押さえつけられてしまう。<br /> 「そうだな……。大切なものを護るため、じゃないか」<br />  俺の頭では、このひとことをひねり出すのが精一杯だった。<br /> 「何それ。バカじゃないの」<br />  ハルヒは、あからさまなしかめっ面をしてそう言った。<br />  だったら聞くな。</p> <p> それから程なくして解散命令が出され、俺は自宅の扉を潜った。<br />  夕食を終え、自室に戻り、何気なく机に着く。宿題でもするか。<br />  そのとき、俺の脳が急激に痛み始めた。鈍い痛みが、大脳を容赦なく刺激する。<br />  耐え切れず、俺はベッドに飛び込んで頭を抑えた。<br />  痛みが引いた。と同時に、様々な光景がフラッシュバックされる。<br />  軍服姿。土だらけの顔。銃声。死体。<br />  見覚えの無い光景、のはずだ。いや、これは。<br />  書かないと、書かないと。<br />  俺は、何かに追い立てられるようにして机に戻り、ペンと白紙のノートを取り出した。</p> <p> 俺は何かに取り憑かれたかのように、毎日時間を見つけては家で物を書き続けた。<br />  終業式を迎え、夏休みに入っても、暇さえあればペンを持ってノートを広げていた。<br />  そして八月に入り、ようやく俺はぴたりと手を止めた。<br />  全てを書き終えた。そんな気がする。<br />  しかし、何を書いたかがさっぱりわからない。<br />  びっしりと書かれた文字の羅列を読み返してみても、何のことだかわからない。<br />  なんでこんなものを書いたんだ。<br />  だが、この中の俺たちは、みんな生き生きしているような気がする。<br />  生と死の狭間で必死に生きながらえ、みんな光り輝いているじゃないか。羨ましさすら感じる。<br />  そう、夢のような世界、と形容すればいいのだろうか。<br />  歪んでいる世界に活きる俺たちは、まっすぐに伸びていた。<br />  いつの間にか、陽が暮れた。 </p> <p> </p> <p> 翌日、俺は勝手に携帯電話を取り出し、長門に電話をかけていた。<br />  俺の口が長門の家に行くことを伝えて、俺の手が電話を切った。<br />  体の部位が全て分離しているような、そんな感覚だ。<br />  それからあのノートを携えて、俺の足は家を飛び出していた。<br />  体中から気力が溢れてくる。なんだか怖い。</p> <p> 長門の部屋に入った俺は、何を喋るよりも先にノートを見せた。<br />  脇目も振らず読み続ける長門を見て、納得したのだろう、俺はようやく無意識の束縛から解放された。<br />  試しに、手を閉じて開いてみた。よし、体が自由に動くようだ。<br /> 「長門、わけがわからないんだ。<br />  気がついたらそんなものを書いていた」<br />  取り敢えず、突然部屋に押し入ったことへの釈明をしておいた。<br />  辺りを見回す。やはり机以外には何も無い。<br />  俺、座っていたんだな。今気がついた。<br />  ベランダからは、暑苦しい西日が照りつけている。<br />  それなのにこの部屋が快適なのは、情報操作とやらの所為だろうか。<br />  よく見ると、外に一着の洗濯物があった。こげ茶色をさらに黒くしたような色合いだ。<br />  男物の私服を持っているとは知らなかった。いや、着ている姿を飽きるほど見たような気がする。<br />  一通り読み終えたのだろう、長門はノートから目線を放し、俺の目をじっと見つめ始めた。<br /> 「あなたに記憶の断片が残っていると判断。<br />  緊急で記憶の改竄を行う」<br />  何の前触れも無く、長門の口が動き出す。<br />  ん? 記憶の、なんだって?<br /> 「わたしも記憶を凍結する。だから安心して」<br />  ちょっと、どういうことだ?<br /> 「ありがとう」<br />  直後、俺の意識は遥か彼方へと飛んでいった。 </p> <p> </p> <p> </p> <p> </p> <p> </p> <p> ああ、よく寝た。<br />  ん、地面が固い。机で寝ていたのか。<br />  体を起こして机を見ると、中央に一冊のノートが鎮座していた。<br />  第〇七〇七小隊SOS団? なんだこれは。<br />  なんとなく、なんとなくだが、このノートは開いてはいけないような気がする。<br />  俺はノートの端を手に取り、ガラクタが詰められた引き出しの一番底に、それを敷いた。</p> <p> <br /><br />  終 </p> <p> </p>

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