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まぞ☆もり2」(2009/05/31 (日) 12:08:02) の最新版変更点

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<p> </p> <p> 遠くで虫が鳴いている、蒸し暑い夜だった。<br />  赤信号の光に、僕がペダルを漕ぐ足を止めると、僕の右手にぶら下げられたコンビニエンスストアのビニールの袋が、カサカサと音を立てた。<br />  時刻は二十三時。信号機の赤い光の玉のすぐ隣に、僅かに書けた丸い月が浮かんでいる。<br />  信号が青に変わるのを待ち、横断歩道を渡る。交差点を右に曲がると、機関の寮の裏門に取り付けられた、オレンジ色の蛍光灯が光っているのが見えた。<br />  やがて、蛍光灯の光の元に、僕はたどり着く。<br />  自転車を止め、常温のスポーツドリンクが二本だけ入った袋を手に、急ぎ足で屋内へ向かう。<br />  エレベーターで四階へ移動し、一番奥の部屋。表札には何も書かれていない。僕と森さんの暮らす部屋だ。<br />  <br />  「森さん?」<br />  <br />  玄関に入り、室内に向けて声をかける。返事は無いが、居間の電気がついていて、そこからうー、うーと唸る声が聞こえる。<br />  ダイニングの食卓の上にスポーツドリンクを置き、居間を覗く。二人掛けのソファの上に、横になってうずくまる森さんの姿があった。<br />  月に一度。おそらくこの世で唯一の、彼女が恐怖する痛みが、彼女の体を襲う期間。<br />  今日はまさにその、佳境の日だった。</p> <p> </p> <p> <br />  「森さん、スポーツドリンク買って来ましたよ。今飲みます?」<br />  「……冷たくない?」<br />  「はい、大丈夫です」<br />  「薄くして」<br />  <br />  いつもの彼女と比べて、極端に口数が少ない。<br />  うずくまった体勢では、表情も見て取れないため、一瞬、長門さんあたりと会話をしているような気分になる。<br />  僕は言われたとおり、ガラスのコップに半分ほど、スポーツドリンクを注ぎ、そこに常温のミネラルウォーターを注ぎ、彼女の元に届ける。<br />  森さんは体を起し、ソファの背もたれに力なく体を預けて待っている。細い両手が、コップをしっかりと握ったのを確認し、手を離す。<br />  彼女がスポーツドリンクを飲んでいる間に、僕は洗面所からタオルを持ってきて、蛇口の水でぬらし、固く絞ったあと、電子レンジへ放り込んだ。<br />  <br />  「まだつらいですか?」<br />  「……少しマシになった」<br />  「何か食べます?」<br />  「それはまだいい」<br />  <br />  引き続き長門さんモードの森さんは、コップの中身にちびちびと口をつけながら、僕に掠れた声でそう返した。<br />  クーラーの風が、僕の足元とフローリングの床を一度に冷やしている。<br />  電子レンジが声を上げるのを待って、僕は彼女の元にタオルを届ける。<br />  <br />  「頭に乗せます?」<br />  「お腹がいい」<br />  <br />  そういうと、彼女はコップを右手に持ち替え、左手でタンクトップのすそをたくし上げる。<br />  白いお腹と、その中心にぽっかりと空いたくぼみに、一瞬僕の左胸が高鳴る。<br />  何を今更。と、心の中で呟き、僕は彼女の穿いているホットパンツのホックを外し、チャックを下ろし、下腹部を露出させる。<br />  黒い下着と白い肌の境目の辺りに、湯気を立てるタオルを乗せる。うー。と、森さんが唸る。<br />  <br />  「入院中のほうが楽だったなー」<br />  「退院していきなりこれですもんね」<br />  「お前はいいなー古泉、コレが無くて。私もコレが無いなら、男に生まれたかった」<br />  <br />  含み笑いをしながらそう言う口調は、最も過酷なときのそれと比べれば、随分と余裕を取り戻しているようだった。<br />  彼女の言うとおり、僕には生理の経験はない。よって、そのつらさがどの程度のものなのかは分からない。<br />  しかし、彼女のそれは同年代の女性たちが覚える症状と比べて、いささか重過ぎるものであるようなのは分かった。<br />  と、言うよりも、彼女自身がそう言うから、そうなのだろう。という程度のことなのだが。<br />  <br />  「この世にこの苦しみさえ無かったらなー」<br />  「この世で唯一、森さんが怖がる痛みですもんね」<br />  「ばか、他にも少しはあるよ。なあ、それよりもうちょっと味のあるもの飲みたい」<br />  「いいですよ、何がいいですか?」<br />  「レモネード。アメリカンなほう」<br />  <br />  彼女の唇がにやりと半月形を描く。彼女が所望しているのは、レモネードとは名ばかりの、レモンと砂糖とシナモンを入れたホットワインだった。<br />  <br />  「ワインがないんですよ、ザンネンながら」<br />  「じゃあ透明なほうでいいや。てか、そっちのがいい」<br />  <br />  そういって、森さんは再びソファに体を預けた。<br />  僕の見る限りも、彼女の体が今、アルコールを求めているとは思えない。<br />  冷蔵庫からレモンジュースの瓶を取り出し、きつめのレモネードを作る。<br />  <br />  「閉鎖空間が出なくて良かった、一昨日から」<br />  <br />  グラスにストローを添えたところで、彼女がぽつりと呟く。<br />  <br />  「もったいないもん、こんなときに出たら」<br />  <br />  僕はなんと返すべきか少し考えた後、それが彼女の独り言であるという事実に思い当たり、小さくため息をつく。<br />  <br />  「サンキュー」<br />  <br />  僕が無言でグラスを差し出す。彼女はストローに口をつけ、ふう。と息を吐く。<br />  手持ち無沙汰になった僕は、彼女の右隣のスペースに腰を下ろし、左手で、汗によって彼女の額に張り付いた髪の毛を指先で取り払う。<br />  上気した肌に触れていると、やがて彼女の上半身が、こつりとこちらへと倒れこんでくる。<br />  濃く濃密な匂いを孕んだ彼女の頭が、僕の左胸の辺りにくる。<br />  僕は心臓の音が彼女に聞こえてしまわないかと、下らない心配をする。<br />  先週まで続いた治療で、彼女の体は幾分軽くなっているようだった。<br />  強がってはいたものの、体中の傷を完治させるのに掛かった体力は、傷の重さ相応の、多くを要したようである。<br />  つい先日まで包帯に包まれていた彼女の肩に、僕はそっと手を乗せる。<br />  お互いの汗によって、濡れた肌同士がぺたりとはりつく。<br />  <br />  「最近優しいなお前」<br />  <br />  彼女が髪の毛の間から僕を見上げ、軽口をたたく。<br />  何か言葉を返す代わりに、僕はため息をつく。<br />  森さんの言うとおり、僕は近頃彼女に甘い。大概のわがままは聞き入れているし、自分で言うのもなんだが、日常生活では、彼女が女王様のようだった。<br />  <br />  「やっぱりお前、私が好きなんだな」<br />  <br />  その一言で、僕はあの日、彼女が入院した初日の病室でのやりとりを思い出す。<br />  そして、そのときとまったく同じ思考を走らせる。<br />  僕は森さんが好きなのだろうか?<br />  彼女の体から立ち上るにおいを嗅ぎながら、考える。<br />  やがて、前回と同じ答えに行き着き、僕は三つ目のため息をつく。<br />  <br />  「ええ、好きですよ」<br />  「あれ、素直になったな」<br />  「この状況でそれを聴くのはズルです」<br />  <br />  森さんが笑うと、彼女の体と僕のからだが触れたところを介して、彼女が揺れ動くのが伝わってくる。<br />  それが一瞬、彼女が体を痙攣させているような気がして、僕はひやりとする。<br />  <br />  「耳の後ろの傷、消えたな」<br />  <br />  彼女の指先が、僕の髪の毛を掻き分け、敏感な部分に触れる。<br />  ひと月前に彼女に噛まれたその箇所には、もう痛みはない。<br />  <br />  「新しいの、つけてやろうか」<br />  「元気になったらにしましょう」<br />  「そうだな。明日だな」<br />  <br />  そういって、彼女は再び体を僕に預ける。<br />  僕は不意に、今、携帯電話が鳴らないものかと心配になる。<br />  <br />  「あのさあ、さっき、私にも怖いものがあるって言っただろ」<br />  「ええ」<br />  「知りたくないか? 私の弱みだぞ」<br />  「罠っぽいですね。まんじゅう怖いですか」<br />  「あはは、そうかもな」<br />  <br />  短く笑った後<br />  <br />  「私さ、怖いよ。閉鎖空間が」<br />  <br />  彼女は、言った。</p> <p> <br />  窓の向こうで光る夜の街の光景が、一瞬、閉鎖空間を舞う狩り手たちのように見える。<br />  窓を開けたら、涼しい風が入ってきそうだった。<br />  <br />  「あそこにいるとさ、自分がどんどん取り返しが付かなくなってくのがわかるんだ」<br />  <br />  森さんはぽつぽつと、空中に風船を浮かべるように語った。<br />  <br />  「こないださ。あのイカみたいなのにやられたとき、武装を解いて落下したの。あれ、わざとだった」<br />  <br />  僕の記憶の中に、ひと月ほど前。彼女と共に戦った、あの三体の神人たちの姿が蘇ってくる。<br />  僕には東京タワーに見えたあの神人は、彼女にとってはイカの神人であったようだ。<br />  <br />  「吹っ飛ばされながら、このまま落ちたら、どうなるんだろうって思ったの覚えてるんだ。そしたらもう、体が言うこと利かなかった」<br />  「僕を助けてくださった、あの日、ですよね?」<br />  「助けたのかな。どうなんだろう」<br />  <br />  少しの沈黙の後<br />  <br />  「私はただ、あそこから落ちたかっただけかもしれない。そう考えると、怖くて怖くて仕方ないんだ」<br />  <br />  僕は黙っていた。<br />  <br />  「最高だったよ。お前も狩り手なら、わかるだろ? ドキドキした、頭からどんどん血が抜けてくのが分かってさ。<br />   全身がぞくぞくして、ドンドン体が軽くなって。ああ、こりゃイッたなって思ったよ、正直。<br />   だって、あんな最高の気分が、人生の最後じゃなかったら、そのあとの人生、何を求めて生きたらいいんだってぐらい良かった」<br />  <br />  僕は想像してみる。彼女の言う、自分が死へと駆け下りているときに生じるであろう快感を。<br />  それは僕の想像でしかなく、おそらく、本来のそれとはまったく違うものだろう。<br />  それでも、僕はその快感を想像することが出来る。<br />  自分のからだが傷つく快感を知っているのだ。<br />  <br />  「でも、私は生きてた。たったの三週間ですっかり元通りになっちゃった。<br />   なあ古泉。私さ、あのときのアレが愛しくてしょうがないんだよ。<br />   そのために、また同じことをやるかもしれない。<br />   でも、それでもまた、私は生きてるかもしれない。<br />   あと何回、こんなことが出来るんだろう?<br />   入院してる間、ずっとそんなこと考えてた。お前が来てくれてるとき以外」<br />  「森さん」<br />  <br />  それは、僕が何度となく考えたのと、まったく同じことだった。<br />  森さんが、どんどん閉鎖空間に捕らわれていく。<br />  僕から見てもわかるそのことが、彼女自身に分からないはずがなかったのだ。<br />  <br />  「おかしいよな。私はあの神人どもを倒して、神様ができるだけ閉鎖空間を作らないようにするためにいるのに。<br />   なのになんで……私が、あの空間がないと生きていけないみたいになってるんだろうな。<br />   ていうか、本気でさ。私、閉鎖空間が無くなったらどうなるんだろう?」<br />  「それは……」<br />  <br />  僕は黙り込んでしまう。<br />  <br />  「生理のときがさ、一番まともだよ、私は。このときだけは、普通の人間と同じように、痛みにうーうー言ってる。<br />   でも、明日の朝になったらそれもおわりだろうな。私は元気になって、またドマゾに戻ってる。<br />   もうさ、なんか疲れたなって思ったんだ。さっき、お前がコンビニ言ってるとき。<br />   このまま、生理で苦しんでるまともな女のままで死んだら――――」<br />  <br />  森さんの言葉は、そこで遮られる。<br />  僕が、彼女の体を抱き寄せたからだ。<br />  <br />  「……古泉?」<br />  「すいません」<br />  <br />  僕らの周囲の湿度が、僅かに上がったような気がした。<br />  彼女の体から漂う、月経のにおいで、頭がくらくらする。<br />  僕は彼女の言葉を、最後まで聴かずに済んだことを安堵した。<br />  <br />  「……お願いします。行ってしまわないでください」<br />  <br />  自分の言葉が、どこか遠くの世界で鳴く、虫の鳴き声のように聞こえた。<br />  <br />  「古泉」<br />  「すみません、でも……僕は、たとえ閉鎖空間がなくなっても。<br />   あなたがいなくなってしまったら……僕は、ダメなんです」<br />  <br />  それが、怖いんです。<br />  自分が何を口走っているのか、うまく整理が出来なかった。<br />  ただ、遥か前から、彼女に告げたかったいくつもの言葉や気持ちが、火蓋を切られた流水のように、頭の中に押し寄せていた。<br />  <br />  「あなたを失いたくないんです」<br />  <br />  あふれ出す。<br />  <br />  「僕はあなたのことが好きなんです」<br />  <br />  ひとしきりの気持ちが流れ出してしまうと、僕の頭は熱暴走を起したように、まったく回らなくなってしまった。<br />  クーラーの風がそよぐ部屋の中心で、僕は彼女を抱きしめたまま、しばらくの間放心していた。<br />  どれくらいの時間が経ったのか、それは一瞬、数秒であったようにも思えたし、一時間も二時間もそうしていたようにも思えた。<br />  <br />  「ふふ」<br />  <br />  やがて、僕の腕の中で、彼女が小さく笑った。<br />  それを合図に、僕の意識はゆっくりと動き出す。<br />  僕は今まで何をしていたんだっけ? ああ、そうだった。たしか、森さんのためにコンビニへ行って……<br />  <br />  「ありがとうな、古泉」<br />  <br />  ぽんぽん。と、彼女の手が、僕の頭をたたく。<br />  生理の発熱と、僕の体温とで、赤く上気した森さんの頬に、一筋、涙が伝っていた。<br />  絶頂のとき以外では見たことの無い、彼女の涙の意味が、僕にはしばらく分からなかった。<br />  <br />  「なんで、私とお前みたいのが、同じところにいるんだろうな」<br />  <br />  そう言いながら、彼女は僕の頭をなで続けた。<br />  彼女の言葉の答えを考えようとしたけれど、早くなった心音に邪魔されて、うまく考えることは出来なかった。<br />  ただ、今までで一番、僕から近い場所に、森さんがいる。その一つだけが理解できた。<br />  <br />  <br />      ◆<br />  <br />  <br />  僕は閉鎖空間の夢を見ている。<br />  どこかの街ではない、ただ、360度、地平線以外を見つけることが出来ない、空と地面だけの閉鎖空間だった。<br />  僕の目の前に、一体の神人がいる。あの日に戦ったのと同じ、イカ、あるいは東京タワーの姿に酷似した神人だ。<br />  僕の体は半ば自動的に、赤い波動を纏い、目の前の神人に攻撃を始める。<br />  僕は空中を大きく迂回しながら、赤い波動球を四つ放ち、そのうちの三つが神人の体に触れ、爆ぜる。<br />  神人の体が折れ曲がり、僕は更に攻撃をしようと、接近する。<br />  ……そこで、気づく。<br />  <br />  ああ。これはあの日と同じだ。<br />  このままでは、僕は――――<br />  <br />  気が付いたときには、もう時は遅い。神人の肉体から、まっすぐに、僕に向けて、新たな触手が放たれる。<br />  細い触手が、一瞬で僕の周囲を舞い、次の瞬間、首元につよい圧迫感を感じる。呼吸ができない。僕は、首を絞められている。<br />  <br />  「う……」<br />  <br />  触手は僕の首に強力に巻きついている。それを取り払おうと、両手で掴みかかるが、触手を引く力は強く、それはままならない。<br />  やがて、僕の脳は、ぼんやりとした、温かい水のようなものに包まれる。<br />  目の前が薄く曇っていき、今の今まで苦しみに満たされていた胸が、すっと軽くなる。<br />  <br />  ――ああ、これが。<br />  彼女の言っていたものなのだろうか。<br />  <br />  頭の中から、余計なものが一切抜けていき、ただ、体が軽くなって行く。<br />  上を向いているのか、下を向いているのかも分からない。喉の熱さと、頭を燃やすぼんやりとした快楽だけが、世界を包み込んでいた。</p> <p> </p> <p> </p> <p>     ◆</p> <p> <br />  <br />  「うっ……!!」<br />  <br />  泥濘に包まれた意識の中で、首に撒きつくそれを引き剥がしたのは、僕と言う人間の最後の本能だった。<br />  喉に張り付くやわらかいものを掴み、一心不乱にかきむしる。<br />  やがて、強力な力で僕の呼吸を遮っていた何かが、木の実が枝から離れるような感触と共に取り除かれる。<br />  求めていた酸素が、一気に僕の体に流れ込んでくる。それを上手く処理することが出来ず、僕は強く咳き込んだ。<br />  <br />  「はあ、はあ……」<br />  <br />  気が付くと、僕は仰向けに寝転がっていた。<br />  ここは閉鎖空間ではない。僕と森さんの暮らす部屋の、今のソファの上だった。<br />  酸素の供給と共に、ぼやけた視界がゆっくりと明確になってゆく。<br />  窓から差し込む朝の光が見える。そして、それを背に、僕のからだの上に、何かが圧し掛かっている。<br />  <br />  「……こいずみ」<br />  <br />  頭の上から、声が降りそそぐ。森さんの声だ。<br />  僕はたった今まで締め付けられていた首に両手を当て、もう三度、深く咳き込む。<br />  <br />  「も、り……さん?」<br />  <br />  やがて、僕の体の上に覆いかぶさっているその物体が、森さんの肉体であることに、僕は気づく。<br />  逆光で暗く焼きついた森さんの表情は、笑顔。<br />  どうして、森さんが、僕の上に乗っているのだろう。<br />  <br />  「古泉、お前も来いよ」<br />  <br />  森さんが何を言っているのか分からない。喉が痛い。もう一度咳をする。<br />  </p> <p> <br />  森さんは、僕の前で、更に笑顔を綻ばせて<br />  やがて、右手を僕のほうへと差し出してきた。<br />  何がなにやら分からずに、僕は差し出された手を見る。<br />  指の外側に、爪の跡のような傷がある。まだ新しいものだ。<br />  手のひらの中心に、何かが乗っている。<br />  それは、白い錠剤のように見えた。<br />  <br />  森さん?<br />  <br />  <br />  <br />  「古泉、一緒になろう」<br />  <br />  森さんが、笑う。<br />  <br />  <br />  <br />  <br />  「私と一緒に」<br />  <br />  <br />  <br />  <br />  <br />  END</p> <p> </p>
<p> </p> <p> 遠くで虫が鳴いている、蒸し暑い夜だった。<br />  赤信号の光に、僕がペダルを漕ぐ足を止めると、僕の右手にぶら下げられたコンビニエンスストアのビニールの袋が、カサカサと音を立てた。<br />  時刻は二十三時。信号機の赤い光の玉のすぐ隣に、僅かに書けた丸い月が浮かんでいる。<br />  信号が青に変わるのを待ち、横断歩道を渡る。交差点を右に曲がると、機関の寮の裏門に取り付けられた、オレンジ色の蛍光灯が光っているのが見えた。<br />  やがて、蛍光灯の光の元に、僕はたどり着く。<br />  自転車を止め、常温のスポーツドリンクが二本だけ入った袋を手に、急ぎ足で屋内へ向かう。<br />  エレベーターで四階へ移動し、一番奥の部屋。表札には何も書かれていない。僕と森さんの暮らす部屋だ。<br />  <br />  「森さん?」<br />  <br />  玄関に入り、室内に向けて声をかける。返事は無いが、居間の電気がついていて、そこからうー、うーと唸る声が聞こえる。<br />  ダイニングの食卓の上にスポーツドリンクを置き、居間を覗く。二人掛けのソファの上に、横になってうずくまる森さんの姿があった。<br />  月に一度。おそらくこの世で唯一の、彼女が恐怖する痛みが、彼女の体を襲う期間。<br />  今日はまさにその、佳境の日だった。</p> <p> </p> <p> <br />  「森さん、スポーツドリンク買って来ましたよ。今飲みます?」<br />  「……冷たくない?」<br />  「はい、大丈夫です」<br />  「薄くして」<br />  <br />  いつもの彼女と比べて、極端に口数が少ない。<br />  うずくまった体勢では、表情も見て取れないため、一瞬、長門さんあたりと会話をしているような気分になる。<br />  僕は言われたとおり、ガラスのコップに半分ほど、スポーツドリンクを注ぎ、そこに常温のミネラルウォーターを注ぎ、彼女の元に届ける。<br />  森さんは体を起し、ソファの背もたれに力なく体を預けて待っている。細い両手が、コップをしっかりと握ったのを確認し、手を離す。<br />  彼女がスポーツドリンクを飲んでいる間に、僕は洗面所からタオルを持ってきて、蛇口の水でぬらし、固く絞ったあと、電子レンジへ放り込んだ。<br />  <br />  「まだつらいですか?」<br />  「……少しマシになった」<br />  「何か食べます?」<br />  「それはまだいい」<br />  <br />  引き続き長門さんモードの森さんは、コップの中身にちびちびと口をつけながら、僕に掠れた声でそう返した。<br />  クーラーの風が、僕の足元とフローリングの床を一度に冷やしている。<br />  電子レンジが声を上げるのを待って、僕は彼女の元にタオルを届ける。<br />  <br />  「頭に乗せます?」<br />  「お腹がいい」<br />  <br />  そういうと、彼女はコップを右手に持ち替え、左手でタンクトップのすそをたくし上げる。<br />  白いお腹と、その中心にぽっかりと空いたくぼみに、一瞬僕の左胸が高鳴る。<br />  何を今更。と、心の中で呟き、僕は彼女の穿いているホットパンツのホックを外し、チャックを下ろし、下腹部を露出させる。<br />  黒い下着と白い肌の境目の辺りに、湯気を立てるタオルを乗せる。うー。と、森さんが唸る。<br />  <br />  「入院中のほうが楽だったなー」<br />  「退院していきなりこれですもんね」<br />  「お前はいいなー古泉、コレが無くて。私もコレが無いなら、男に生まれたかった」<br />  <br />  含み笑いをしながらそう言う口調は、最も過酷なときのそれと比べれば、随分と余裕を取り戻しているようだった。<br />  彼女の言うとおり、僕には生理の経験はない。よって、そのつらさがどの程度のものなのかは分からない。<br />  しかし、彼女のそれは同年代の女性たちが覚える症状と比べて、いささか重過ぎるものであるようなのは分かった。<br />  と、言うよりも、彼女自身がそう言うから、そうなのだろう。という程度のことなのだが。<br />  <br />  「この世にこの苦しみさえ無かったらなー」<br />  「この世で唯一、森さんが怖がる痛みですもんね」<br />  「ばか、他にも少しはあるよ。なあ、それよりもうちょっと味のあるもの飲みたい」<br />  「いいですよ、何がいいですか?」<br />  「レモネード。アメリカンなほう」<br />  <br />  彼女の唇がにやりと半月形を描く。彼女が所望しているのは、レモネードとは名ばかりの、レモンと砂糖とシナモンを入れたホットワインだった。<br />  <br />  「ワインがないんですよ、ザンネンながら」<br />  「じゃあ透明なほうでいいや。てか、そっちのがいい」<br />  <br />  そういって、森さんは再びソファに体を預けた。<br />  僕の見る限りも、彼女の体が今、アルコールを求めているとは思えない。<br />  冷蔵庫からレモンジュースの瓶を取り出し、きつめのレモネードを作る。<br />  <br />  「閉鎖空間が出なくて良かった、一昨日から」<br />  <br />  グラスにストローを添えたところで、彼女がぽつりと呟く。<br />  <br />  「もったいないもん、こんなときに出たら」<br />  <br />  僕はなんと返すべきか少し考えた後、それが彼女の独り言であるという事実に思い当たり、小さくため息をつく。<br />  <br />  「サンキュー」<br />  <br />  僕が無言でグラスを差し出す。彼女はストローに口をつけ、ふう。と息を吐く。<br />  手持ち無沙汰になった僕は、彼女の右隣のスペースに腰を下ろし、左手で、汗によって彼女の額に張り付いた髪の毛を指先で取り払う。<br />  上気した肌に触れていると、やがて彼女の上半身が、こつりとこちらへと倒れこんでくる。<br />  濃く濃密な匂いを孕んだ彼女の頭が、僕の左胸の辺りにくる。<br />  僕は心臓の音が彼女に聞こえてしまわないかと、下らない心配をする。<br />  先週まで続いた治療で、彼女の体は幾分軽くなっているようだった。<br />  強がってはいたものの、体中の傷を完治させるのに掛かった体力は、傷の重さ相応の、多くを要したようである。<br />  つい先日まで包帯に包まれていた彼女の肩に、僕はそっと手を乗せる。<br />  お互いの汗によって、濡れた肌同士がぺたりとはりつく。<br />  <br />  「最近優しいなお前」<br />  <br />  彼女が髪の毛の間から僕を見上げ、軽口をたたく。<br />  何か言葉を返す代わりに、僕はため息をつく。<br />  森さんの言うとおり、僕は近頃彼女に甘い。大概のわがままは聞き入れているし、自分で言うのもなんだが、日常生活では、彼女が女王様のようだった。<br />  <br />  「やっぱりお前、私が好きなんだな」<br />  <br />  その一言で、僕はあの日、彼女が入院した初日の病室でのやりとりを思い出す。<br />  そして、そのときとまったく同じ思考を走らせる。<br />  僕は森さんが好きなのだろうか?<br />  彼女の体から立ち上るにおいを嗅ぎながら、考える。<br />  やがて、前回と同じ答えに行き着き、僕は三つ目のため息をつく。<br />  <br />  「ええ、好きですよ」<br />  「あれ、素直になったな」<br />  「この状況でそれを聴くのはズルです」<br />  <br />  森さんが笑うと、彼女の体と僕のからだが触れたところを介して、彼女が揺れ動くのが伝わってくる。<br />  それが一瞬、彼女が体を痙攣させているような気がして、僕はひやりとする。<br />  <br />  「耳の後ろの傷、消えたな」<br />  <br />  彼女の指先が、僕の髪の毛を掻き分け、敏感な部分に触れる。<br />  ひと月前に彼女に噛まれたその箇所には、もう痛みはない。<br />  <br />  「新しいの、つけてやろうか」<br />  「元気になったらにしましょう」<br />  「そうだな。明日だな」<br />  <br />  そういって、彼女は再び体を僕に預ける。<br />  僕は不意に、今、携帯電話が鳴らないものかと心配になる。<br />  <br />  「あのさあ、さっき、私にも怖いものがあるって言っただろ」<br />  「ええ」<br />  「知りたくないか? 私の弱みだぞ」<br />  「罠っぽいですね。まんじゅう怖いですか」<br />  「あはは、そうかもな」<br />  <br />  短く笑った後<br />  <br />  「私さ、怖いよ。閉鎖空間が」<br />  <br />  彼女は、言った。</p> <p> <br />  窓の向こうで光る夜の街の光景が、一瞬、閉鎖空間を舞う狩り手たちのように見える。<br />  窓を開けたら、涼しい風が入ってきそうだった。<br />  <br />  「あそこにいるとさ、自分がどんどん取り返しが付かなくなってくのがわかるんだ」<br />  <br />  森さんはぽつぽつと、空中に風船を浮かべるように語った。<br />  <br />  「こないださ。あのイカみたいなのにやられたとき、武装を解いて落下したの。あれ、わざとだった」<br />  <br />  僕の記憶の中に、ひと月ほど前。彼女と共に戦った、あの三体の神人たちの姿が蘇ってくる。<br />  僕には東京タワーに見えたあの神人は、彼女にとってはイカの神人であったようだ。<br />  <br />  「吹っ飛ばされながら、このまま落ちたら、どうなるんだろうって思ったの覚えてるんだ。そしたらもう、体が言うこと利かなかった」<br />  「僕を助けてくださった、あの日、ですよね?」<br />  「助けたのかな。どうなんだろう」<br />  <br />  少しの沈黙の後<br />  <br />  「私はただ、あそこから落ちたかっただけかもしれない。そう考えると、怖くて怖くて仕方ないんだ」<br />  <br />  僕は黙っていた。<br />  <br />  「最高だったよ。お前も狩り手なら、わかるだろ? ドキドキした、頭からどんどん血が抜けてくのが分かってさ。<br />   全身がぞくぞくして、ドンドン体が軽くなって。ああ、こりゃイッたなって思ったよ、正直。<br />   だって、あんな最高の気分が、人生の最後じゃなかったら、そのあとの人生、何を求めて生きたらいいんだってぐらい良かった」<br />  <br />  僕は想像してみる。彼女の言う、自分が死へと駆け下りているときに生じるであろう快感を。<br />  それは僕の想像でしかなく、おそらく、本来のそれとはまったく違うものだろう。<br />  それでも、僕はその快感を想像することが出来る。<br />  自分のからだが傷つく快感を知っているのだ。<br />  <br />  「でも、私は生きてた。たったの三週間ですっかり元通りになっちゃった。<br />   なあ古泉。私さ、あのときのアレが愛しくてしょうがないんだよ。<br />   そのために、また同じことをやるかもしれない。<br />   でも、それでもまた、私は生きてるかもしれない。<br />   あと何回、こんなことが出来るんだろう?<br />   入院してる間、ずっとそんなこと考えてた。お前が来てくれてるとき以外」<br />  「森さん」<br />  <br />  それは、僕が何度となく考えたのと、まったく同じことだった。<br />  森さんが、どんどん閉鎖空間に捕らわれていく。<br />  僕から見てもわかるそのことが、彼女自身に分からないはずがなかったのだ。<br />  <br />  「おかしいよな。私はあの神人どもを倒して、神様ができるだけ閉鎖空間を作らないようにするためにいるのに。<br />   なのになんで……私が、あの空間がないと生きていけないみたいになってるんだろうな。<br />   ていうか、本気でさ。私、閉鎖空間が無くなったらどうなるんだろう?」<br />  「それは……」<br />  <br />  僕は黙り込んでしまう。<br />  <br />  「生理のときがさ、一番まともだよ、私は。このときだけは、普通の人間と同じように、痛みにうーうー言ってる。<br />   でも、明日の朝になったらそれもおわりだろうな。私は元気になって、またドマゾに戻ってる。<br />   もうさ、なんか疲れたなって思ったんだ。さっき、お前がコンビニ言ってるとき。<br />   このまま、生理で苦しんでるまともな女のままで死んだら――――」<br />  <br />  森さんの言葉は、そこで遮られる。<br />  僕が、彼女の体を抱き寄せたからだ。<br />  <br />  「……古泉?」<br />  「すいません」<br />  <br />  僕らの周囲の湿度が、僅かに上がったような気がした。<br />  彼女の体から漂う、月経のにおいで、頭がくらくらする。<br />  僕は彼女の言葉を、最後まで聴かずに済んだことを安堵した。<br />  <br />  「……お願いします。行ってしまわないでください」<br />  <br />  自分の言葉が、どこか遠くの世界で鳴く、虫の鳴き声のように聞こえた。<br />  <br />  「古泉」<br />  「すみません、でも……僕は、たとえ閉鎖空間がなくなっても。<br />   あなたがいなくなってしまったら……僕は、ダメなんです」<br />  <br />  それが、怖いんです。<br />  自分が何を口走っているのか、うまく整理が出来なかった。<br />  ただ、遥か前から、彼女に告げたかったいくつもの言葉や気持ちが、火蓋を切られた流水のように、頭の中に押し寄せていた。<br />  <br />  「あなたを失いたくないんです」<br />  <br />  あふれ出す。<br />  <br />  「僕はあなたのことが好きなんです」<br />  <br />  ひとしきりの気持ちが流れ出してしまうと、僕の頭は熱暴走を起したように、まったく回らなくなってしまった。<br />  クーラーの風がそよぐ部屋の中心で、僕は彼女を抱きしめたまま、しばらくの間放心していた。<br />  どれくらいの時間が経ったのか、それは一瞬、数秒であったようにも思えたし、一時間も二時間もそうしていたようにも思えた。<br />  <br />  「ふふ」<br />  <br />  やがて、僕の腕の中で、彼女が小さく笑った。<br />  それを合図に、僕の意識はゆっくりと動き出す。<br />  僕は今まで何をしていたんだっけ? ああ、そうだった。たしか、森さんのためにコンビニへ行って……<br />  <br />  「ありがとうな、古泉」<br />  <br />  ぽんぽん。と、彼女の手が、僕の頭をたたく。<br />  生理の発熱と、僕の体温とで、赤く上気した森さんの頬に、一筋、涙が伝っていた。<br />  絶頂のとき以外では見たことの無い、彼女の涙の意味が、僕にはしばらく分からなかった。<br />  <br />  「なんで、私とお前みたいのが、同じところにいるんだろうな」<br />  <br />  そう言いながら、彼女は僕の頭をなで続けた。<br />  彼女の言葉の答えを考えようとしたけれど、早くなった心音に邪魔されて、うまく考えることは出来なかった。<br />  ただ、今までで一番、僕から近い場所に、森さんがいる。その一つだけが理解できた。<br />  <br />  <br />      ◆<br />  <br />  <br />  僕は閉鎖空間の夢を見ている。<br />  どこかの街ではない、ただ、360度、地平線以外を見つけることが出来ない、空と地面だけの閉鎖空間だった。<br />  僕の目の前に、一体の神人がいる。あの日に戦ったのと同じ、イカ、あるいは東京タワーの姿に酷似した神人だ。<br />  僕の体は半ば自動的に、赤い波動を纏い、目の前の神人に攻撃を始める。<br />  僕は空中を大きく迂回しながら、赤い波動球を四つ放ち、そのうちの三つが神人の体に触れ、爆ぜる。<br />  神人の体が折れ曲がり、僕は更に攻撃をしようと、接近する。<br />  ……そこで、気づく。<br />  <br />  ああ。これはあの日と同じだ。<br />  このままでは、僕は――――<br />  <br />  気が付いたときには、もう時は遅い。神人の肉体から、まっすぐに、僕に向けて、新たな触手が放たれる。<br />  細い触手が、一瞬で僕の周囲を舞い、次の瞬間、首元につよい圧迫感を感じる。呼吸ができない。僕は、首を絞められている。<br />  <br />  「う……」<br />  <br />  触手は僕の首に強力に巻きついている。それを取り払おうと、両手で掴みかかるが、触手を引く力は強く、それはままならない。<br />  やがて、僕の脳は、ぼんやりとした、温かい水のようなものに包まれる。<br />  目の前が薄く曇っていき、今の今まで苦しみに満たされていた胸が、すっと軽くなる。<br />  <br />  ――ああ、これが。<br />  彼女の言っていたものなのだろうか。<br />  <br />  頭の中から、余計なものが一切抜けていき、ただ、体が軽くなって行く。<br />  上を向いているのか、下を向いているのかも分からない。喉の熱さと、頭を燃やすぼんやりとした快楽だけが、世界を包み込んでいた。</p> <p> </p> <p> </p> <p>     ◆</p> <p> <br />  <br />  「うっ……!!」<br />  <br />  泥濘に包まれた意識の中で、首に撒きつくそれを引き剥がしたのは、僕と言う人間の最後の本能だった。<br />  喉に張り付くやわらかいものを掴み、一心不乱にかきむしる。<br />  やがて、強力な力で僕の呼吸を遮っていた何かが、木の実が枝から離れるような感触と共に取り除かれる。<br />  求めていた酸素が、一気に僕の体に流れ込んでくる。それを上手く処理することが出来ず、僕は強く咳き込んだ。<br />  <br />  「はあ、はあ……」<br />  <br />  気が付くと、僕は仰向けに寝転がっていた。<br />  ここは閉鎖空間ではない。僕と森さんの暮らす部屋の、今のソファの上だった。<br />  酸素の供給と共に、ぼやけた視界がゆっくりと明確になってゆく。<br />  窓から差し込む朝の光が見える。そして、それを背に、僕のからだの上に、何かが圧し掛かっている。<br />  <br />  「……こいずみ」<br />  <br />  頭の上から、声が降りそそぐ。森さんの声だ。<br />  僕はたった今まで締め付けられていた首に両手を当て、もう三度、深く咳き込む。<br />  <br />  「も、り……さん?」<br />  <br />  やがて、僕の体の上に覆いかぶさっているその物体が、森さんの肉体であることに、僕は気づく。<br />  逆光で暗く焼きついた森さんの表情は、笑顔。<br />  どうして、森さんが、僕の上に乗っているのだろう。<br />  <br />  「古泉、お前も来いよ」<br />  <br />  森さんが何を言っているのか分からない。喉が痛い。もう一度咳をする。<br />  </p> <p> <br />  森さんは、僕の前で、更に笑顔を綻ばせて<br />  やがて、右手を僕のほうへと差し出してきた。<br />  何がなにやら分からずに、僕は差し出された手を見る。<br />  指の外側に、爪の跡のような傷がある。まだ新しいものだ。<br />  手のひらの中心に、何かが乗っている。<br />  それは、白い錠剤のように見えた。<br />  <br />  森さん?<br />  <br />  <br />  <br />  「古泉、一緒になろう」<br />  <br />  森さんが、笑う。<br />  <br />  <br />  <br />  <br />  「私と一緒に」<br />  <br />  <br />  <br />  <br />  <br />  END</p> <p> </p>

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