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「未来の過去の話 1話」(2020/10/14 (水) 04:18:52) の最新版変更点
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<p>文字サイズ小で上手く表示されると思います</p>
<hr /><p> </p>
<p> 全身を包む柔らかく暖かな液体、そこは何一つ危険の無い穏やかな場所。<br />
この上ない安らぎの中で私は生きていた。<br />
時折、私がいる場所を外から誰かがそっと押す事があった。<br />
それが誰なのかを知りたくて、私は押されている場所を押し返してみる。<br />
すると――<br />
「あ、起きてるのね。……ふふ、元気かな? ママですよ~」<br />
優しい声が私の居る空間に直接響いてくる。<br />
その声を聞くと何故か私は嬉しかった。<br />
「あ~もう、早く会いたいわ」<br />
「どんな子なのかな?」<br />
自分をママだと言うその人は、私に何度も何度も話しかけてくれる。<br />
その内容の殆どは意味がわからなかったけれど、ママの声を聞けるだけで私は満足だった。<br />
けれど――<br />
「ふぅただいま」<br />
ママとは違う、低い声。<br />
「遅い! 罰金!」<br />
「……その口癖、いい加減にどうにかしないか? 俺の小遣いが残ってないのは知ってるだろ」<br />
「だ~め。ほら! お金が無いならいつもみたいに体で払うの!」<br />
「へいへい」<br />
「――へへ~。おかえりなさい!」<br />
「おい! 急に抱きつくな! 子供が潰れるっ?!」<br />
……その低い声が聞こえると、ママの興味は私から離れてしまう。<br />
自分の事をパパだと名乗るその低い声の人が、私は嫌いだった。</p>
<p> </p>
<p><br />
ママによると、パパは不器用らしい。<br />
「ほら、そんなそっとじゃ赤ちゃんにわからないでしょ?」<br />
「お前はそう言うけどな……強く押したら出てきちゃうんじゃないかって不安なんだよ」<br />
「馬鹿ね~出るわけないじゃない。ね、押し返してくるのがわかるでしょ?」<br />
嫌、パパには押し返したくない。<br />
「……わからん」<br />
「ちゃんと触りなさいよ! ふふ……男の子かな~? 女の子かな~?」<br />
私の事?<br />
「最近は調べさえすれば産まれる前に性別はわかるらしいぞ」<br />
「そんな味気ない事するわけないじゃない」<br />
「お前は知りたいのか知りたくないのか、どっちなんだ?」<br />
「だーかーら! 知りたくて知りたくないの!」<br />
……それってどっちなんだろう?<br />
「でも男の子だったらパパにだけは似ないでね? 優柔不断でいい加減でスケベで……」<br />
そっか、パパってそんな人なんだ。<br />
「今日の夕飯、作るの止めていいか」<br />
「駄目!」<br />
「……へいへい」</p>
<p> </p>
<p><br />
「じゃ、産んでくるね」<br />
「えらく余裕な妊婦だな」<br />
「このあたしを誰だと思ってるのよ」<br />
「納得だ」<br />
「ま、あんたはその固いソファーでせいぜい歯痒い顔して待ってなさい」<br />
「へいへい」<br />
なんだろう、ママは凄く楽しそう。<br />
これから何をするんだろう?<br />
「さ~いよいよね。ふふっもうすぐ会えるからね~」<br />
会えるの?<br />
ママに会えるの?!<br />
――暗かったその場所から抜け出した時、あまりの眩しさに私は目を閉じていた。<br />
でも、ママの顔が見たくて一生懸命に目を開こうと力を入れる。<br />
「……あ、あれ? この子泣かないわね……」<br />
「呼吸は?」<br />
「――正常です。喉ももう通っているはずなんですが……」<br />
ママ? ママはどこ?<br />
色んな人の間を手渡されていく中、私はママを探していた。<br />
急に寒くなってしまった体に次々と触れる誰かの手。<br />
そして――<br />
「……やっと会えたね」<br />
ようやく目を開いた私を愛しそうに見つめるその人の声は、あの暗い場所で聞いていた声と<br />
同じだった。<br />
潤んだ大きな瞳を縁取る長い睫毛、恐る恐る私の体を手にとって、力を入れたら壊れてしま<br />
うみたいにそっと抱きかかえてくれる。その胸からは、暖かい陽だまりの様な匂いがした。<br />
この人が、私のママ。<br />
やっと会えた。</p>
<p> </p>
<p><br />
「女の子か」<br />
「何よ、不満なわけ?」<br />
「お前も子供も無事だったのに不満があるわけないだろうが」<br />
「当たり前よ! ……ふふ、凄いのよ? この子。産まれてから一度も泣いてないの! お医<br />
者さんに向かって一回「あー」って言っただけなの! 赤ちゃんの産声ってね? 本当は体内<br />
から出たくないって悲鳴なんだって。つまり、それだけ外に出たかったって事よね!」<br />
意味はわからないけど、ママは嬉しそう。<br />
「俺としては陣痛が来ても平然としてて、泣きもせず出産をこなしたお前の方が理解不能なん<br />
だけどな」<br />
「何か言った?」<br />
「別に」<br />
「ふふ……あたしに似て本当に可愛いわぁ……さすが、あたしの子よね」<br />
「俺の遺伝子は無視かよ。で、名前はどうする? お前が赤ちゃんの顔を見てから決めるって<br />
言い張ってたから何も「有希!」<br />
「……はぁ?」<br />
私の名前は有希。<br />
「だって有希みたいに大人しくて可愛いじゃない! だから……あ、でもあんたが有希ちゃん<br />
大好き~とか言ってたら、何だか浮気されてるみたいでむかつくわね」<br />
「自己完結が早すぎだ」<br />
「じゃあ有希はやめて……雪って意味でスノーってのはどう?」<br />
訂正、スノー。<br />
「この子は日本人だぞ」<br />
「ん~……じゃあ……サノウってのは?」<br />
再度訂正、サノウ。<br />
「脳の片方の発達が良さそうな名前だな」<br />
「シノウはありあえないし、スノウも駄目なのよね……セノウとか?」<br />
再々度訂正、セノウ。<br />
「背中に何か載せるのかよ」<br />
「そのう……うん、そのう! 決まりね! 漢字も思い浮かんだわ、花園の園に、生まれるっ<br />
て書いて園生!」<br />
「……お前が一度言い出したら聞かないのはわかってるが、本当にそれでいいんだな? この<br />
子の一生に関わるんだぞ?」<br />
「もちろんよ! 園ちゃん、ママですよ~」<br />
確定、私は園生。<br />
「……まあ、いい名前だとは思うけどな」<br />
私は園生、パパは嫌い。<br />
「でしょ!」<br />
「きっとこの子は有希みたいに何でも出来て、みくるちゃんみたいにメイド服が似合う可愛い<br />
子に育つに違いないわ!」<br />
「……俺はお前にも似て欲しいんだけどな」<br />
「え?」<br />
「……いや、なんでもない」<br />
「ちょっと! 今なんて言ったのよ! こら! もう一回大きな声で言いなさい! 携帯で録<br />
音するから!」<br />
「聞こえてたんじゃねーか!」</p>
<p> </p>
<p><br />
母によると、私はとても大人しい子供だったらしい。<br />
夜泣きも好き嫌いもせず、親の言いつけはきちんと守る。<br />
ただ――<br />
「ね? 園ちゃんお願い。ママはどうしても仕事に行かなくちゃいけないの」<br />
それはいい。<br />
貴女の仕事は理解している。<br />
「だから、今日はパパがお休みだからパパと一緒に居て?」<br />
それが納得できない。<br />
「大丈夫だって、な? 園」<br />
無理。<br />
そう言い切る私を2人は困った顔で見ていたが、困っているのは私の方。<br />
保育所、もしくは1人であれば構わないのに、何故パパと一日過ごさなければならないのか<br />
教えて欲しい。<br />
「何でこんなにパパを嫌うのかしら……あんた、園に何かしたでしょ」<br />
「するわけないだろうが」<br />
「あ~もう! 時間がないわ」<br />
「後は何とかするから、お前はもう行けって」<br />
「ん~ごめんね! じゃあ園ちゃん、また夕方ね!」<br />
いってらっしゃい。<br />
優先されるべきは仕事、そうでなければ困る。<br />
ママが手を振りながら慌てて出て行き、家には私が残った。<br />
「おい、園。パパは無視なのか?」<br />
たまには1人もいい。<br />
今日はテレビを見て一日過ご<br />
「よし、一緒にテレビを見るか」<br />
――すのは止める。<br />
絵本を読む事にしよう。<br />
「お、本か。何を読んで欲しいんだ?」<br />
大丈夫。自分で読める。<br />
「そう……だったな……そ、そうだ。園、お昼は何が食べたい? 何でも好きな物をパパが」<br />
お昼ご飯は昨日のおかずが残っているからそれを食べる。ママがそう言っていた。<br />
「そうでした」<br />
無理しなくてもいい。<br />
「え?」<br />
無理に、父親として頑張らなくてもいい。<br />
何故か座り込んでしまったパパを残して、私は部屋に戻った。<br />
私のママは凄い。<br />
何でも知っていて、何でもできる。<br />
なのに何故かパパが好き。<br />
私よりも。<br />
どうしても理解できない。<br />
しばらく1人で本を読んでいると、リビングの方から誰かの話し声が聞こえてきた。<br />
……パパではない男の人の声、誰だろう?<br />
「――わざわざ悪いな。学校の方はいいのか?」<br />
「ええ、大丈夫です。それに、僕も貴方の顔を見たいと思っていましたので」<br />
「気持ち悪い事を言うな。……それにしても、まさかお前を呼ぶとはね。そんなに俺が信用で<br />
きないのかよ」<br />
「そうではないと思いますよ? 彼女は僕に園生ちゃんを見せたいと以前から言っていました<br />
から、ちょうどいい機会だと思ったのでしょう」<br />
「そうかね……園生は今、自分の部屋で本を読んでるよ。あ、先に言っておくが園生は何故か<br />
男に懐かないんだ」<br />
「そうなんですか? 僕が聞いた内容では、貴方にだけ懐かないと聞いていたんですが……」<br />
「……そうか、そこまでお前に言ってるのか」<br />
「やきもち、ですか?」<br />
「まさか」<br />
「顔が引き攣ってますよ?」<br />
「長居してもらって悪かったな、また10年後くらいに遊びに来い」<br />
「じょ、冗談です! ――あ」<br />
リビングに居たのは、パパと私の知らない人だった。<br />
知らない人が家にきた時の対処法――<br />
『い~い園。知らない人が家に来たら、まず頭を下げて丁寧に挨拶するのよ。園くらい可愛か<br />
ったらそれだけで主導権はがっちり握れるわ。後は何でもやりたい放題よ』<br />
ママの言う事に間違いは無い。<br />
最初にお辞儀をしてから、声は相手に聞き取り易い音程にしてペースはゆっくりと――<br />
こんにちわ、いらっしゃいませ。<br />
「ど、どうもご丁寧に。……あの、園生ちゃんってまだ2歳ですよね?」<br />
「ああ。親もびっくりな成長っぷりだ。外見はちゃんと子供だってのに、頭はお前よりいいか<br />
もしれんぞ」<br />
パパ、この人は?<br />
「こいつは新聞の勧誘員だ。今度家に来たら間に合ってますと言って玄関を開けなくていいぞ」<br />
「これは手厳しい……はじめまして僕は古泉一樹といいます。どうぞよろしく」<br />
園生といいます。こちらこそよろしくお願いします。<br />
涼やかな声に、落ち着いた立ち振る舞い。パパと同じ位の年齢のその人は、まるで懐かしい<br />
友達を見るような目で私を見ていた。<br />
今でも、彼の微笑みがとても優しかった事を覚えている。<br />
――私は、古泉一樹と出会った。</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> <a href="http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5457.html">2話へ</a></p>
<p> </p>
<p> <a href="http://www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5245.html">その他の作品</a></p>
<p>文字サイズ小で上手く表示されると思います</p>
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<p> 全身を包む柔らかく暖かな液体、そこは何一つ危険の無い穏やかな場所。<br />
この上ない安らぎの中で私は生きていた。<br />
時折、私がいる場所を外から誰かがそっと押す事があった。<br />
それが誰なのかを知りたくて、私は押されている場所を押し返してみる。<br />
すると――<br />
「あ、起きてるのね。……ふふ、元気かな? ママですよ~」<br />
優しい声が私の居る空間に直接響いてくる。<br />
その声を聞くと何故か私は嬉しかった。<br />
「あ~もう、早く会いたいわ」<br />
「どんな子なのかな?」<br />
自分をママだと言うその人は、私に何度も何度も話しかけてくれる。<br />
その内容の殆どは意味がわからなかったけれど、ママの声を聞けるだけで私は満足だった。<br />
けれど――<br />
「ふぅただいま」<br />
ママとは違う、低い声。<br />
「遅い! 罰金!」<br />
「……その口癖、いい加減にどうにかしないか? 俺の小遣いが残ってないのは知ってるだろ」<br />
「だ~め。ほら! お金が無いならいつもみたいに体で払うの!」<br />
「へいへい」<br />
「――へへ~。おかえりなさい!」<br />
「おい! 急に抱きつくな! 子供が潰れるっ?!」<br />
……その低い声が聞こえると、ママの興味は私から離れてしまう。<br />
自分の事をパパだと名乗るその低い声の人が、私は嫌いだった。</p>
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ママによると、パパは不器用らしい。<br />
「ほら、そんなそっとじゃ赤ちゃんにわからないでしょ?」<br />
「お前はそう言うけどな……強く押したら出てきちゃうんじゃないかって不安なんだよ」<br />
「馬鹿ね~出るわけないじゃない。ね、押し返してくるのがわかるでしょ?」<br />
嫌、パパには押し返したくない。<br />
「……わからん」<br />
「ちゃんと触りなさいよ! ふふ……男の子かな~? 女の子かな~?」<br />
私の事?<br />
「最近は調べさえすれば産まれる前に性別はわかるらしいぞ」<br />
「そんな味気ない事するわけないじゃない」<br />
「お前は知りたいのか知りたくないのか、どっちなんだ?」<br />
「だーかーら! 知りたくて知りたくないの!」<br />
……それってどっちなんだろう?<br />
「でも男の子だったらパパにだけは似ないでね? 優柔不断でいい加減でスケベで……」<br />
そっか、パパってそんな人なんだ。<br />
「今日の夕飯、作るの止めていいか」<br />
「駄目!」<br />
「……へいへい」</p>
<p> </p>
<p><br />
「じゃ、産んでくるね」<br />
「えらく余裕な妊婦だな」<br />
「このあたしを誰だと思ってるのよ」<br />
「納得だ」<br />
「ま、あんたはその固いソファーでせいぜい歯痒い顔して待ってなさい」<br />
「へいへい」<br />
なんだろう、ママは凄く楽しそう。<br />
これから何をするんだろう?<br />
「さ~いよいよね。ふふっもうすぐ会えるからね~」<br />
会えるの?<br />
ママに会えるの?!<br />
――暗かったその場所から抜け出した時、あまりの眩しさに私は目を閉じていた。<br />
でも、ママの顔が見たくて一生懸命に目を開こうと力を入れる。<br />
「……あ、あれ? この子泣かないわね……」<br />
「呼吸は?」<br />
「――正常です。喉ももう通っているはずなんですが……」<br />
ママ? ママはどこ?<br />
色んな人の間を手渡されていく中、私はママを探していた。<br />
急に寒くなってしまった体に次々と触れる誰かの手。<br />
そして――<br />
「……やっと会えたね」<br />
ようやく目を開いた私を愛しそうに見つめるその人の声は、あの暗い場所で聞いていた声と<br />
同じだった。<br />
潤んだ大きな瞳を縁取る長い睫毛、恐る恐る私の体を手にとって、力を入れたら壊れてしま<br />
うみたいにそっと抱きかかえてくれる。その胸からは、暖かい陽だまりの様な匂いがした。<br />
この人が、私のママ。<br />
やっと会えた。</p>
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<p><br />
「女の子か」<br />
「何よ、不満なわけ?」<br />
「お前も子供も無事だったのに不満があるわけないだろうが」<br />
「当たり前よ! ……ふふ、凄いのよ? この子。産まれてから一度も泣いてないの! お医<br />
者さんに向かって一回「あー」って言っただけなの! 赤ちゃんの産声ってね? 本当は体内<br />
から出たくないって悲鳴なんだって。つまり、それだけ外に出たかったって事よね!」<br />
意味はわからないけど、ママは嬉しそう。<br />
「俺としては陣痛が来ても平然としてて、泣きもせず出産をこなしたお前の方が理解不能なん<br />
だけどな」<br />
「何か言った?」<br />
「別に」<br />
「ふふ……あたしに似て本当に可愛いわぁ……さすが、あたしの子よね」<br />
「俺の遺伝子は無視かよ。で、名前はどうする? お前が赤ちゃんの顔を見てから決めるって<br />
言い張ってたから何も「有希!」<br />
「……はぁ?」<br />
私の名前は有希。<br />
「だって有希みたいに大人しくて可愛いじゃない! だから……あ、でもあんたが有希ちゃん<br />
大好き~とか言ってたら、何だか浮気されてるみたいでむかつくわね」<br />
「自己完結が早すぎだ」<br />
「じゃあ有希はやめて……雪って意味でスノーってのはどう?」<br />
訂正、スノー。<br />
「この子は日本人だぞ」<br />
「ん~……じゃあ……サノウってのは?」<br />
再度訂正、サノウ。<br />
「脳の片方の発達が良さそうな名前だな」<br />
「シノウはありあえないし、スノウも駄目なのよね……セノウとか?」<br />
再々度訂正、セノウ。<br />
「背中に何か載せるのかよ」<br />
「そのう……うん、そのう! 決まりね! 漢字も思い浮かんだわ、花園の園に、生まれるっ<br />
て書いて園生!」<br />
「……お前が一度言い出したら聞かないのはわかってるが、本当にそれでいいんだな? この<br />
子の一生に関わるんだぞ?」<br />
「もちろんよ! 園ちゃん、ママですよ~」<br />
確定、私は園生。<br />
「……まあ、いい名前だとは思うけどな」<br />
私は園生、パパは嫌い。<br />
「でしょ!」<br />
「きっとこの子は有希みたいに何でも出来て、みくるちゃんみたいにメイド服が似合う可愛い<br />
子に育つに違いないわ!」<br />
「……俺はお前にも似て欲しいんだけどな」<br />
「え?」<br />
「……いや、なんでもない」<br />
「ちょっと! 今なんて言ったのよ! こら! もう一回大きな声で言いなさい! 携帯で録<br />
音するから!」<br />
「聞こえてたんじゃねーか!」</p>
<p> </p>
<p><br />
母によると、私はとても大人しい子供だったらしい。<br />
夜泣きも好き嫌いもせず、親の言いつけはきちんと守る。<br />
ただ――<br />
「ね? 園ちゃんお願い。ママはどうしても仕事に行かなくちゃいけないの」<br />
それはいい。<br />
貴女の仕事は理解している。<br />
「だから、今日はパパがお休みだからパパと一緒に居て?」<br />
それが納得できない。<br />
「大丈夫だって、な? 園」<br />
無理。<br />
そう言い切る私を2人は困った顔で見ていたが、困っているのは私の方。<br />
保育所、もしくは1人であれば構わないのに、何故パパと一日過ごさなければならないのか<br />
教えて欲しい。<br />
「何でこんなにパパを嫌うのかしら……あんた、園に何かしたでしょ」<br />
「するわけないだろうが」<br />
「あ~もう! 時間がないわ」<br />
「後は何とかするから、お前はもう行けって」<br />
「ん~ごめんね! じゃあ園ちゃん、また夕方ね!」<br />
いってらっしゃい。<br />
優先されるべきは仕事、そうでなければ困る。<br />
ママが手を振りながら慌てて出て行き、家には私が残った。<br />
「おい、園。パパは無視なのか?」<br />
たまには1人もいい。<br />
今日はテレビを見て一日過ご<br />
「よし、一緒にテレビを見るか」<br />
――すのは止める。<br />
絵本を読む事にしよう。<br />
「お、本か。何を読んで欲しいんだ?」<br />
大丈夫。自分で読める。<br />
「そう……だったな……そ、そうだ。園、お昼は何が食べたい? 何でも好きな物をパパが」<br />
お昼ご飯は昨日のおかずが残っているからそれを食べる。ママがそう言っていた。<br />
「そうでした」<br />
無理しなくてもいい。<br />
「え?」<br />
無理に、父親として頑張らなくてもいい。<br />
何故か座り込んでしまったパパを残して、私は部屋に戻った。<br />
私のママは凄い。<br />
何でも知っていて、何でもできる。<br />
なのに何故かパパが好き。<br />
私よりも。<br />
どうしても理解できない。<br />
しばらく1人で本を読んでいると、リビングの方から誰かの話し声が聞こえてきた。<br />
……パパではない男の人の声、誰だろう?<br />
「――わざわざ悪いな。学校の方はいいのか?」<br />
「ええ、大丈夫です。それに、僕も貴方の顔を見たいと思っていましたので」<br />
「気持ち悪い事を言うな。……それにしても、まさかお前を呼ぶとはね。そんなに俺が信用で<br />
きないのかよ」<br />
「そうではないと思いますよ? 彼女は僕に園生ちゃんを見せたいと以前から言っていました<br />
から、ちょうどいい機会だと思ったのでしょう」<br />
「そうかね……園生は今、自分の部屋で本を読んでるよ。あ、先に言っておくが園生は何故か<br />
男に懐かないんだ」<br />
「そうなんですか? 僕が聞いた内容では、貴方にだけ懐かないと聞いていたんですが……」<br />
「……そうか、そこまでお前に言ってるのか」<br />
「やきもち、ですか?」<br />
「まさか」<br />
「顔が引き攣ってますよ?」<br />
「長居してもらって悪かったな、また10年後くらいに遊びに来い」<br />
「じょ、冗談です! ――あ」<br />
リビングに居たのは、パパと私の知らない人だった。<br />
知らない人が家にきた時の対処法――<br />
『い~い園。知らない人が家に来たら、まず頭を下げて丁寧に挨拶するのよ。園くらい可愛か<br />
ったらそれだけで主導権はがっちり握れるわ。後は何でもやりたい放題よ』<br />
ママの言う事に間違いは無い。<br />
最初にお辞儀をしてから、声は相手に聞き取り易い音程にしてペースはゆっくりと――<br />
こんにちわ、いらっしゃいませ。<br />
「ど、どうもご丁寧に。……あの、園生ちゃんってまだ2歳ですよね?」<br />
「ああ。親もびっくりな成長っぷりだ。外見はちゃんと子供だってのに、頭はお前よりいいか<br />
もしれんぞ」<br />
パパ、この人は?<br />
「こいつは新聞の勧誘員だ。今度家に来たら間に合ってますと言って玄関を開けなくていいぞ」<br />
「これは手厳しい……はじめまして僕は古泉一樹といいます。どうぞよろしく」<br />
園生といいます。こちらこそよろしくお願いします。<br />
涼やかな声に、落ち着いた立ち振る舞い。パパと同じ位の年齢のその人は、まるで懐かしい<br />
友達を見るような目で私を見ていた。<br />
今でも、彼の微笑みがとても優しかった事を覚えている。<br />
――私は、古泉一樹と出会った。</p>
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<p> <a href="//www25.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5457.html">2話へ</a></p>
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