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「二人の3月末日」(2020/07/24 (金) 15:38:07) の最新版変更点
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<p> 唐突に吹きつけてきた風は、肌を刺すように冷たかった。<br />
朝、9時30分。<br />
私は、いつもの待ち合わせ場所でキョンを待っていた。<br />
今日は寒かった。明日から4月だっていうのに、理不尽だわ。<br />
<br />
しばらく待っていると、キョンが間抜け面をさらしてやってきた。<br />
<br />
「遅刻! 罰金!」<br />
私はいつものように、右手の人差し指をつきつけてそう宣告する。<br />
「約束の時間には遅れてねぇよ」<br />
「女を待たせてる時点で遅刻なのよ!」<br />
「それは、どこの世界の法律だ?」<br />
<br />
たわいもないやりとりのあと、二人連れ立って歩き出す。<br />
私が寒がっているのに気づいたキョンは、自分の上着を脱いで羽織わせてくれた。<br />
やっぱりキョンは優しい。<br />
<br />
そうやって歩いていると、前方から嘘っぽい微笑みを浮かべているイケメンっぽい男の子と、人形みたいに無表情な女の子が歩いてきた。女の子は北高の制服を着ている。<br />
北高の生徒? どっかで見たことがあるような気がするけど、思い出せない。<br />
男の子がキョンに話しかけてきた。<br />
「今回は会えましたね」<br />
「これで何回目だ?」<br />
キョンの質問には、女の子が抑揚のない声で答えた。<br />
「134286129回目」<br />
「そうか。あと、これも前に質問したことがあるような気がするが……」<br />
キョンが全部言い終わる前に、男の子が答えた。<br />
「ええ、彼女ならいません。巻き込まれる前に、強制的に避難させられたのでしょう。それはともかく、あなたには期待してますよ」<br />
「このゆ……いに、何を期待するってんだ? おまえらも少しは努力してみようという気にならないのか?」<br />
キョンの言葉の一部が聞こえなかった。<br />
とても重要なことを言ったような気がするのに……。<br />
「僕たちではいかんともしがたい問題ですよ。万策尽きたというのが正直なところです」<br />
「まったく。やれやれだ」<br />
「それでは、僕たちはこれで」<br />
<br />
二人が去っていく後姿を、キョンはしばらく眺めていた。<br />
<br />
「今の二人、キョンの友達?」<br />
「ああ、親友といってもいいだろうな」<br />
「ふうん」<br />
さっきの会話は意味不明で気になるところだらけだったけど、なぜか、追及しようという気にはなれなかった。<br />
<br />
そのあと、二人で映画館に行き、映画を見た。<br />
内容はたいして面白くなかった。<br />
そのあと、お昼ごはんをレストランでとった。もちろん、キョンの奢りで。<br />
私が映画の内容に散々文句をつけて、キョンが突っ込みを入れる。いつもの調子の会話。<br />
<br />
レストランを出て、また二人で歩く。<br />
<br />
「桜を見にいくわよ!」<br />
私の思いつきで、川沿いの桜並木に来た。<br />
ちょうど桜が満開で、花見客も結構いた。<br />
「桜が満開だと気分がいいわね!」<br />
「花は散り際ともいうがな」<br />
「桜なんて、花が散っちゃったら、ただの木じゃない」<br />
「そりゃ酷い言い様だな。木にだってちゃんと存在価値はあるさ。花が咲くのも、木が水や養分を花まで運んでくれるからであってだな」<br />
「分かってるわよ。でも、やっぱり、花が散っちゃうのは寂しいわ」<br />
「気持ちは分かるけどな」<br />
<br />
やがて、桜並木が終わり、普通の道に入る。<br />
そして、最初の交差点。<br />
私はなぜか直進するのを避けて、信号の直前で曲がった。<br />
「こっちだと遠回りだぜ」<br />
「今日は遠回りしたい気分なの!」<br />
キョンの疑問に、私は理由にもなってない言葉で答えた。<br />
「そうかい」<br />
キョンもそれ以上は突っ込んでこなかった。<br />
<br />
「明日から4月よね」<br />
「ああ」<br />
「三年よ、三年。あんた、進路のことちゃんと考えてるの?」<br />
「いや、さっぱりだ。考えても仕方がないしな」<br />
「そんなんじゃ駄目よ。ちゃんと考えなさいよね」<br />
「そういうおまえは、考えてるのかよ?」<br />
「もちろんよ。この世の不思議を解き明かすまで私は止まらないわ」<br />
「そりゃ、大変結構なことだ」<br />
「いっとくけど、キョンも一緒だからね」<br />
「……」<br />
<br />
キョンは急に無言になった。<br />
私は不安になってきた。<br />
<br />
「私と一緒が嫌なの……?」<br />
「そんなことはねぇよ。おまえと一緒になんやかんやするのはいつだって楽しいさ。俺だって、いつまでもハルヒと一緒にいたい。でも、すべてが希望通りになるとは限らん」<br />
キョンったら、何弱気なことを言ってるかしら。<br />
「希望通りになるように努力すべきよ」<br />
「それも正論なんだがな……。なあ、ハルヒ。明日は、何月何日だ?」<br />
キョンは突然そんなことを訊いてきた。<br />
「4月1日よ」<br />
「昨日は?」<br />
「3月31日だわ」 <br />
「じゃあ、今日は何月何日なんだろうな?」<br />
えっ……?<br />
疑問符を浮かべた瞬間、私は目を疑った。<br />
<br />
キョンの姿が透けて見える。<br />
<br />
「うそ……」<br />
「昨日、俺はあそこの交差点で交通事故にあって死んだ。これは事実なんだ。死人は蘇ったりしない。どんなに精巧に再構築したつもりでも、それはちょっとしたことで消えちまう幻でしかないんだ」<br />
「うそよ! そんなことあるわけない!」<br />
「おまえは一人じゃない。古泉も長門もいる。世界が正常化すれば、朝比奈さんだって帰ってくるだろう。だから、こんなことを繰り返すのはもうやめようぜ」<br />
<br />
それが最後の言葉だった。<br />
そこにいたはずのキョンの姿はない。<br />
<br />
うそ……。<br />
こんなのうそよ。<br />
キョンのいない世界なんて、私には考えられない。<br />
<br />
<br />
<br />
唐突に吹きつけてきた風は、肌を刺すように冷たかった。<br />
朝、9時30分。<br />
私は、いつもの待ち合わせ場所でキョンを待っていた。<br />
今日は寒かった。明日から4月だっていうのに、理不尽だわ。<br />
<br />
終わり<br />
</p>
<p> 唐突に吹きつけてきた風は、肌を刺すように冷たかった。<br />
朝、9時30分。<br />
私は、いつもの待ち合わせ場所でキョンを待っていた。<br />
今日は寒かった。明日から4月だっていうのに、理不尽だわ。<br />
<br />
しばらく待っていると、キョンが間抜け面をさらしてやってきた。<br />
<br />
「遅刻! 罰金!」<br />
私はいつものように、右手の人差し指をつきつけてそう宣告する。<br />
「約束の時間には遅れてねぇよ」<br />
「女を待たせてる時点で遅刻なのよ!」<br />
「それは、どこの世界の法律だ?」<br />
<br />
たわいもないやりとりのあと、二人連れ立って歩き出す。<br />
私が寒がっているのに気づいたキョンは、自分の上着を脱いで羽織わせてくれた。<br />
やっぱりキョンは優しい。<br />
<br />
そうやって歩いていると、前方から嘘っぽい微笑みを浮かべているイケメンっぽい男の子と、人形みたいに無表情な女の子が歩いてきた。女の子は北高の制服を着ている。<br />
北高の生徒? どっかで見たことがあるような気がするけど、思い出せない。<br />
男の子がキョンに話しかけてきた。<br />
「今回は会えましたね」<br />
「これで何回目だ?」<br />
キョンの質問には、女の子が抑揚のない声で答えた。<br />
「134286129回目」<br />
「そうか。あと、これも前に質問したことがあるような気がするが……」<br />
キョンが全部言い終わる前に、男の子が答えた。<br />
「ええ、彼女ならいません。巻き込まれる前に、強制的に避難させられたのでしょう。それはともかく、あなたには期待してますよ」<br />
「このゆ……いに、何を期待するってんだ? おまえらも少しは努力してみようという気にならないのか?」<br />
キョンの言葉の一部が聞こえなかった。<br />
とても重要なことを言ったような気がするのに……。<br />
「僕たちではいかんともしがたい問題ですよ。万策尽きたというのが正直なところです」<br />
「まったく。やれやれだ」<br />
「それでは、僕たちはこれで」<br />
<br />
二人が去っていく後姿を、キョンはしばらく眺めていた。<br />
<br />
「今の二人、キョンの友達?」<br />
「ああ、親友といってもいいだろうな」<br />
「ふうん」<br />
さっきの会話は意味不明で気になるところだらけだったけど、なぜか、追及しようという気にはなれなかった。<br />
<br />
そのあと、二人で映画館に行き、映画を見た。<br />
内容はたいして面白くなかった。<br />
そのあと、お昼ごはんをレストランでとった。もちろん、キョンの奢りで。<br />
私が映画の内容に散々文句をつけて、キョンが突っ込みを入れる。いつもの調子の会話。<br />
<br />
レストランを出て、また二人で歩く。<br />
<br />
「桜を見にいくわよ!」<br />
私の思いつきで、川沿いの桜並木に来た。<br />
ちょうど桜が満開で、花見客も結構いた。<br />
「桜が満開だと気分がいいわね!」<br />
「花は散り際ともいうがな」<br />
「桜なんて、花が散っちゃったら、ただの木じゃない」<br />
「そりゃ酷い言い様だな。木にだってちゃんと存在価値はあるさ。花が咲くのも、木が水や養分を花まで運んでくれるからであってだな」<br />
「分かってるわよ。でも、やっぱり、花が散っちゃうのは寂しいわ」<br />
「気持ちは分かるけどな」<br />
<br />
やがて、桜並木が終わり、普通の道に入る。<br />
そして、最初の交差点。<br />
私はなぜか直進するのを避けて、信号の直前で曲がった。<br />
「こっちだと遠回りだぜ」<br />
「今日は遠回りしたい気分なの!」<br />
キョンの疑問に、私は理由にもなってない言葉で答えた。<br />
「そうかい」<br />
キョンもそれ以上は突っ込んでこなかった。<br />
<br />
「明日から4月よね」<br />
「ああ」<br />
「三年よ、三年。あんた、進路のことちゃんと考えてるの?」<br />
「いや、さっぱりだ。考えても仕方がないしな」<br />
「そんなんじゃ駄目よ。ちゃんと考えなさいよね」<br />
「そういうおまえは、考えてるのかよ?」<br />
「もちろんよ。この世の不思議を解き明かすまで私は止まらないわ」<br />
「そりゃ、大変結構なことだ」<br />
「いっとくけど、キョンも一緒だからね」<br />
「……」<br />
<br />
キョンは急に無言になった。<br />
私は不安になってきた。<br />
<br />
「私と一緒が嫌なの……?」<br />
「そんなことはねぇよ。おまえと一緒になんやかんやするのはいつだって楽しいさ。俺だって、いつまでもハルヒと一緒にいたい。でも、すべてが希望通りになるとは限らん」<br />
キョンったら、何弱気なことを言ってるかしら。<br />
「希望通りになるように努力すべきよ」<br />
「それも正論なんだがな……。なあ、ハルヒ。明日は、何月何日だ?」<br />
キョンは突然そんなことを訊いてきた。<br />
「4月1日よ」<br />
「昨日は?」<br />
「3月31日だわ」 <br />
「じゃあ、今日は何月何日なんだろうな?」<br />
えっ……?<br />
疑問符を浮かべた瞬間、私は目を疑った。<br />
<br />
キョンの姿が透けて見える。<br />
<br />
「うそ……」<br />
「昨日、俺はあそこの交差点で交通事故にあって死んだ。これは事実なんだ。死人は蘇ったりしない。どんなに精巧に再構築したつもりでも、それはちょっとしたことで消えちまう幻でしかないんだ」<br />
「うそよ! そんなことあるわけない!」<br />
「おまえは一人じゃない。古泉も長門もいる。世界が正常化すれば、朝比奈さんだって帰ってくるだろう。だから、こんなことを繰り返すのはもうやめようぜ」<br />
<br />
それが最後の言葉だった。<br />
そこにいたはずのキョンの姿はない。<br />
<br />
うそ……。<br />
こんなのうそよ。<br />
キョンのいない世界なんて、私には考えられない。<br />
<br />
<br />
<br />
唐突に吹きつけてきた風は、肌を刺すように冷たかった。<br />
朝、9時30分。<br />
私は、いつもの待ち合わせ場所でキョンを待っていた。<br />
今日は寒かった。明日から4月だっていうのに、理不尽だわ。<br />
<br />
終わり<br />
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