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「饒舌な殺人者」(2008/10/18 (土) 21:27:50) の最新版変更点
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<p>プロローグ</p>
<p>宿題がない長期休暇など存在せず、世間一般でそれでも宿題が少ないと言われている春休みが終わった新学期のことだった<br />
特に何の感動もなく進級し、せいぜい考えていたことといえばあと1年で朝比奈さんが卒業かということぐらいだった<br />
受験で忙しくなるだろうから部室にもあまり顔を出せなくなるのだろうか<br />
この破天荒な日常の中で唯一と言っても過言ではない俺の心の癒しがなくなるのはどうにもいたたまれない気持ちだとそんなことを考えながら登校すると俺の後ろの席に座っていた100Wの笑顔が俺のところに飛んできた<br />
「キョン!今日、転入生が来るらしいわよ!どうせ転入してくるならやっぱり、宇宙人がいいわよね!」<br />
おもちゃ箱を引っ繰り返した子供のような顔でハルヒが騒いでいる<br />
冗談じゃない、これ以上宇宙人が増えられても困るだけだ<br />
それにしても転校生の好きな奴だ<br />
きっとそういうゲームでもハルヒは転校生から攻略するに違いな…<br />
やめておこう<br />
例え女性向けであったとしてもハルヒがそういうゲームをやるとは思えないし、もちろん俺もやったことがないのでこれ以上語れない<br />
「転校生はシナリオが逸材って相場は決まってるものよ!!」<br />
…ってやったことあるのかよ!<br />
それが男性向けか女性向けかによって今後のハルヒとの付き合い方を考えなければならん<br />
「しかしだなぁハルヒ、あんまり一つのシナリオに期待しすぎるとそのシナリオがいまいちだった時の脱力大きいぞ」<br />
ハルヒは満面の笑みを崩さずに続けた<br />
「大丈夫よ!そういうときは大して期待してなかったキャラのシナリオが逸材だったりするから!!」<br />
なるほど、一理ある…<br />
そんなことを考えていると岡部がやってきてこの会話はお開きとなる<br />
俺は前に向き直り、噂の転校生の紹介を待った<br />
「今日はみんなが驚く転校生が来ているぞ、それとハンドボールしないか?」<br />
俺は危惧するべきだったのだ<br />
さっきのハルヒの言葉に<br />
入ってきたのはまさに宇宙人だったからだ<br />
入ってくると同時にあがる野郎共の歓声に反するように俺の背筋は凍り付き、冷や汗がだらだらと流れた<br />
イカレたあの空間と銀色に光るナイフの記憶がフラッシュバックする<br />
「あー、朝倉はカナダで親御さんにこの高校に戻りたいと悲願して一人で戻ってきたそうだ、それとハンドボールしないか?」<br />
自分でも顔が引きつっているのがわかるほど動揺している俺の心境を尻目に岡部は説明を付け加えた<br />
朝倉はというと少しきょろきょろしたあとに俺と目を合わせ、笑顔で手を振りやがった<br />
それと同時に向けられる全男子の鋭い目<br />
その目からは「どうしてお前が!?」という意味を汲み取れる<br />
一番読みやすい谷口からは「てめえ、涼宮だけじゃなくて朝倉涼子にまで手を出してやがったのか!?しかも長門有希といい、朝比奈さんといいどうしてお前のまわりには美人が集まるんだ!?お前はギャルゲーの主人公か!?ようし、決めた…お前の妹が大きくなったら俺が嫁にもらうからな!!」<br />
と伝わった<br />
冗談じゃない、お前なんかに妹はやらん<br />
と現実逃避をしていると後ろからシャーペンが刺された<br />
朝倉涼子がそこにいるという理由だけで俺はナイフじゃなくてよかったと安堵した<br />
「まさか転校生が朝倉涼子だったなんてね、これは不思議の匂いだわ」<br />
朝倉から不思議の匂いがするかどうかは山根に聞いてくれ<br />
やたらご機嫌なハルヒに気付かれぬように俺はため息を着いた<br />
やれやれ、どうして俺が悩むときはこいつがご機嫌かね</p>
<p><br />
第1文節<br />
「長門!」<br />
HRを終えて俺は文芸部室に走ってきた<br />
次は体育館に移動して始業式だからもしかしていないかとも思ったが変わらず長門は指定の席で分厚いハードカバーを読んでいた<br />
「……あなたの危惧は杞憂」<br />
視線を本から外さないまま長門がぽそりとつぶやいた<br />
「朝倉涼子は以前のことをあなたに謝りたいと思っている」<br />
長門が淡々と続ける<br />
謝る?あいつが?<br />
謝るくらいなら最初からするなっていうのは誰の台詞だったかね<br />
「それだけでは安心できん、もっと能力的な…例えば他の方々のSSみたいに情報の改竄ができなくなっているとかはないのか?」<br />
長門が言うなら間違いはないだろうが、人間のトラウマというものはそう簡単に構築されてはいない<br />
溺れてる奴がわらに縋る気持ちが今ならちょっとわかる<br />
「朝倉涼子のヒューマノイド・インターフェースとしての能力は以前より向上している、これは情報統合思念体の急進派が主流派に統合され、朝倉涼子がバックアップとしてではなく私とは別の目的をもって再構築されたため」<br />
別の目的?<br />
なんだ、それは?<br />
「涼宮ハルヒを退屈させないこと」<br />
退屈させないとはね<br />
情報統合なんとやらも古泉のところの機関みたいになってきたな<br />
「情報統合思念体は以前の事象により、涼宮ハルヒを怒らせたり悲しませたりすることは宇宙消滅の可能性があり、危険と判断した…情報統合思念体は人間の感情というものを理解していないがどういったファクターで感情と呼ばれるものが発生するかは理解している」<br />
ええと…要するになんとか思念体はハルヒのご機嫌とりに撤するってことか?<br />
でもそうすると長門のいう情報フレアの発生がなくなるんじゃないか?<br />
「あなたと涼宮ハルヒが以前次元相違空間に転移し、この次元に復帰した際、情報統合思念体でも解読に時間のかかる情報フレアが涼宮ハルヒから発生した、今から43時間38分12秒前に解読を完了し、その情報が我々の自律進化の可能性に大きく近づくことがわかったことからその1時間後、情報統合思念体は朝倉涼子を再構築した」<br />
待てよ、その俺が閉鎖空間から帰ってきたことと朝倉の再構築とどう関係があるんだ?<br />
「この情報フレアは涼宮ハルヒが嬉しいと感じたときに検出されている、事実、涼宮ハルヒが朝比奈みくるの胸部を揉んでいるときにも微量ながら発生が確認された、そのため朝倉涼子が涼宮ハルヒを喜ばせるため再構築された」<br />
なるほど、だいたい理解できたよ<br />
朝倉は宇宙の消滅を防ぐためとその情報フレアの発生促進のために現われたんだな<br />
とりあえず、朝倉涼子に危険性はないってことでいいんだな?<br />
「いい」<br />
その短い返事を聞いて満足した俺は遅れないように早足で体育館へ向かった<br />
この時、俺は背後で交わされる会話を聞き逃してしまっていた<br />
「長門さんも嘘がうまくなったわね」<br />
「…あなたほどではない」<br /><br />
時は流れて放課後である<br />
もともと始業式なんてものは長いだけで何の生産性もない校長の話ぐらいしかすることがないので何もなかったというほかないのだ<br />
いつものように、文芸部室の扉をノックするといつもとは違う声が返ってくる<br />
「どうぞ♪」<br />
俺はその声に脊髄反射的に後退りをした<br />
トラウマを抉る声だったからだ<br />
長門が保証してくれたにも関わらず恐怖を感じるのはやはり命の危機のトラウマはでかいということだな<br />
とまぁそんなことを納得していても仕方ないのでゆっくりドアノブを握って、ゆっくり開いた<br />
「で、向こうでどんな不思議なことがあったの!?」<br />
部室には俺以外の全員とさっきの声の主、朝倉がいて、ハルヒに全力で質問攻めされていた<br />
2人が座っているのは普段俺と古泉が座っている席だ<br />
その古泉はといえば部室の端に立っていて俺と目が合うと小さく肩をすくめた<br />
仕方がないので俺は団長席に座る<br />
すると間髪入れずにハルヒの声が飛んできた<br />
「キョン!絶対にして不可侵なあたしの団長席に座るなんて10000000000年早いわよ!」<br />
お前が俺の席に座っているというのに身勝手な奴だ<br />
それに数字にされると読みにくい<br />
えーと…百億年か<br />
「じゃあ俺はいったいどうしたらいいんだ」<br />
不満をぼやく俺に対し、我らが団長様はこう言った<br />
「そこでハレ晴レユカイでも踊ってなさい!」<br />
命令された俺は部室の隅でハレ晴レユカイを踊り始める<br />
途中から古泉も入ってきて、そのカオスっぷりはホントに投下はこのスレでよかったのかわからなくなるほどだった<br />
俺たちが一曲フルコーラスで踊りきる頃にはハルヒも何もなかったと言い張る朝倉に飽きたらしく団長席に戻っていた<br />
「カナダよ!カナダ!なのにどうして宇宙人の一人や二人いないのかしら」<br />
宇宙人ならここにいるぞしかも二人もな<br />
何よりお前が質問攻めしていた張本人が宇宙人だ<br />
その後は特に何もなく…ああ、そういえばハルヒが朝倉にSOS団の団活に参加してもいいと許可をしていたな<br />
まぁめぼしいことといえばそれくらいで、古泉とチェスをやっているうちに長門が本を閉じる<br />
さて帰るかと支度をしていると朝倉が気配もなく俺に耳打ちした<br />
「よかったら、これから1年5組の教室に来て」</p>
<p> </p>
<p>と、いうわけで1年5組の教室にやってきた<br />
なぜ俺はこんなにお人好しなのだろうか<br />
お人好しを治す薬があるならぜひがぶ飲みしたいね<br />
扉を開けて中を覗けば朝倉が笑顔を向けてくる<br />
「よかった、来てくれないと思ってたから」<br />
しかし、その笑顔に裏がないとは今の俺には到底思えず、入り口で教室に入るのを躊躇していた<br />
「入ったら?」<br />
そんな俺を催促する朝倉の笑顔にどうリアクションしていいのかわからず、引き続き立ちすくむしかなかった<br />
「…はぁ仕方ないわね」<br />
朝倉が例の何か呪文のような言葉を発する<br />
まずい、逃げろと思った時にはすでに遅く、壁に押されるような力で俺は教室に押し入れられて尻餅をついてしまった<br />
その瞬間、見慣れた教室が以前のようなわけのわからない空間に変わっていた<br />
まずい、二の舞か!?<br />
危険性はなかったんじゃないのかよ、長門!<br />
「長門さんの助けを期待しても無駄よ、長門さんは今の私に協力的だもの」<br />
立ち上がった俺にゆっくりと近づいてくる朝倉<br />
距離がだんだん縮まっていくのは俺の背後が壁だからだ<br />
…長門が協力的!?<br />
なんだってんだ!?情報なんとか体は俺を殺すっていうのか!?<br />
もう古泉でもスネークでもいいから助けてくれ!<br />
ん…なんだ!?体が動かないぞ!<br />
くそっ!前にもあったぞ、こんなこと!<br />
「今度は始めからこうするの、だって逃げられたくないじゃない♪」<br />
満面の笑みの朝倉はまだナイフを持っていない<br />
だからこそどういう手段で俺を殺そうとしているのかが不安でしょうがない<br />
朝倉が零距離まで近づいてきて、俺は恐怖で目を瞑った<br />
だが次に感じたのは痛みではなく、ぽふっと優しく当たる感触だった<br />
肩透かしを食らった俺は思わず目を開けた<br />
そんな俺を驚愕させたのは朝倉が俺の胸に顔を埋め俺を抱き締めているその光景だった<br />
なぜ?WHY?<br />
「…ごめんなさい」<br />
蝶の羽音ぐらいの声で弱々しく発される朝倉の台詞<br />
わけのわからない空間で女が男を抱き締めているという光景だけ見ればなかなかシュールなひとこまだったが、俺の思考はシリアスだった<br />
「宇宙人産のアンドロイドでも申し訳ないと思うのか?」<br />
「…いじわる」<br />
朝倉の声に先程までの悲観さはなかった<br />
俺の声から悟ったからだろう<br />
もう、俺にとって朝倉はトラウマではないと<br />
さっきトラウマはそんな簡単に構成されていないと言ったが撤回しよう<br />
ごめんなさいの一言で消滅するトラウマならわりと単純に構成されていた<br />
「情報統合思念体はね、長門さんから採取されたエラーをもとに私に感情を実装したの…もちろんまだ試験的だけどね」<br />
俺を抱き締めたままの朝倉が俺に言う<br />
宇宙人産アンドロイドが感情か<br />
…意味がわからないし…笑えないな<br />
なぜって今の朝倉に俺も特別な感情が芽生えちまったからな<br />
「ところでそろそろ離してくれないか」<br />
少し間を空けたあと朝倉が何か呪文を唱えた<br />
そしてまわりの光景が教室に戻る<br />
…って何で体が動かないままなんだ?<br />
「うん、それ無理♪だって私は本当に放課後の教室で抱き合う男女っていうシチュエーションに憧れていたんだもの」<br />
朝倉は俺の胸の中で初めて俺に視線を向けた<br />
潤んだ目で頬を赤く染めている<br />
しかも態勢からどうしても上目使いになっているわけで<br />
…ありかよ!?反則だ!!<br />
どれほどの間、理性と本能が格闘をしていただろうか、最低でも教室のドアががらりという音を出すまで思考も体もとまったままだった<br />
「WAWAWA忘れ物~♪ってぬおっ!!」<br />
ザ・WAールド!<br />
時が止まった<br />
この光景を見られてどう弁解しようかなんて考えても無駄無駄<br />
「すまん!」<br />
ネクタイの位置を調整して谷口はきびすを返す<br />
「…羨ましいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」<br />
忘れ物番長はロベルト・カルロスの蹴ったボールぐらいの勢いで駆けていった<br />
どうでもいいが、前回といい今回といい忘れ物は持って帰らないのか?<br />
あ、体が動く、谷口GJ<br />
さて…なぜこんなに俺が落ち着いていられるかというと…<br />
「朝倉、情報操作で谷口の記憶をなんとかしてくれないか?」<br />
こいつはあの頃の長門とは違う<br />
この言葉の意味も理解してくれるだろう<br />
「やだ」<br />
頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向く朝倉<br />
…お前、そんなキャラだったか?<br />
「やだってお前…そんなこと言ったらハルヒに知られてとんでもないことに…」<br />
もちろん、世界がではなく俺が<br />
増えるわかめ一袋丸飲みの刑で俺のお腹がパンパンになり、破裂して喜緑さんが生まれてしまうかもしれん<br />
「言ったでしょ?私には感情があるの、どうしてもって言うなら彼の該当記憶の私の部分を古泉くんにしてもいいわよ♪」<br />
「そのままでいいです」<br />
ここはプリンなんだ<br />
そういうのはアナルでやれ<br />
と、いうわけでハルヒの時とはまた違った意味で俺の意見は受け入れられず、せめてもの抵抗に明日の増えるわかめ一袋丸飲みに備え、夕飯をあまり食べずにした<br />
そしてあの上目遣いが忘れられず、いささか睡眠不足で次の日を迎えた</p>
<p>
登校という名のハイキングコースであくせく足を動かし、あくびをしながらなぜ子供の頃は昇龍拳コマンドができなかったのか、今はブリスコマンドすら余裕でできるのにとどうでもいいことを考えていたら声がかけられる<br />
「おはよう!キョン君!」<br />
誰であろう、他でもない、俺の睡眠不足の元凶朝倉だ<br />
「よお」<br />
ここでこいつに会うなんて珍しい…って当然か、こいつはずっといなかったんだから<br />
「昨日長門さんにおでん持ってったんだけど、餅巾着がないって怒られちゃった」<br />
他愛もない日常会話というものである<br />
こんな話をしながらこいつと登校するなんて一昨日までは思いもよらなかったな<br />
そんな他愛のない話をしながら下駄箱までやってくると下駄箱の中に封筒にすら入っていない破れたノートの破片のようなものを発見した<br />
…朝比奈さん(大)ではない?<br />
朝倉から見られないようにメモの内容を確認するとそこには走り書きで‘そのままの足で屋上前の踊り場へ来い’と書いてあった<br />
教室の前まで来てから朝倉にトイレに行くと告げ、踊り場に急いだ<br />
「遅かったなぁ、キョン」<br />
そこにいたのは谷口であった<br />
「何のようだ?」<br />
こう聞いておきながら俺はある程度の予想がついていた<br />
恐らく昨日のことだ<br />
前回の長門の時は特に何のフラグにもならず、ちょっとした笑えるハプニングとして収まっていたから今回もそうなるだろうとたかをくくっていたが、どうやらそうもいかないらしい<br />
「まぁなんだ…朝倉涼子はAAランク+だ、迫られて断りきれないのもわかる…だがお前、涼宮はどうするんだ?」<br />
こいつはまだ俺とハルヒが付き合ってるとか思っているのか?<br />
それに昨日のことは断る断らないじゃない、あの時はなすすべなかったんだ<br />
身動きも取れずただ抱き締められていたんだよ<br />
まぁそんな悪い気もしなかったかと聞かれればそうだなと答えるが<br />
ん?もしかして俺Mなのか?<br />
「浮気は男の甲斐性っていうしな、このことは誰にもいわん、だがな…いつまでもこんなこと続けてたらいつかお前、痛い目見るぞ」<br />
大きなお世話だ、浮気ってなんだ浮気って<br />
俺はこの高校生活でそんなドロドロになりうる要素を持った覚えはない<br />
ただハルヒに知られないというのはすばらしい<br />
そのことだけは感謝できるからここは何も言わず穏便にすませよう<br />
増えるわかめ一袋丸飲みに備えて場所を空けておいた胃が安心したのか高らかに空腹を訴えだす<br />
「すまんな」<br />
谷口への感謝の言葉を一言流して俺たちは教室へ戻った<br /><br />
教室に戻って席に着くと上機嫌のハルヒが俺に話し掛けてくる<br />
「明日の不思議探索朝倉も来れるって!やっぱり、人海戦術は重要よね」<br />
そう、始業式が木曜日だったため、今日は金曜日<br />
故に明日の土曜日は不思議探索である<br />
俺も昨日の出来事から朝倉に対して負の感情は抱いていない<br />
むしろ今まで感じたことのないような暖かい気持ちを抱いている<br />
ハルヒの上機嫌に倣うように俺も機嫌がよくなる<br />
だが、機嫌がよくても授業は無情にも開始するのである<br /><br /><br />
…腹が減った<br />
昨日の夕飯をあまり食べていない+朝飯を抑えたことが災いして俺の腹はミュージシャンのライブのアンコール並に騒いでいる<br />
史上最大の変則マッチ<br />
眠気&空腹タッグVS俺の我慢<br />
何度も諦めて眠気に降伏しようとしたのだが腹が減って眠れないという悪循環の前には無意味な降伏であり、いっそ寝てしまって昼休みまでBooooonとワープ作戦は失敗に終わった<br />
生き地獄のような気分を味わいつつ長い長い午前の授業の終了を待った<br /><br />
…やっと昼休みである<br />
これほど母親の弁当を待ち遠しく思ったことはない<br />
さて…<br />
意気揚揚とカバンを開けて弁当を探す<br />
…ん?嘘だろ!?<br />
俺の手が最悪の状況を知らせる<br />
俺は何度もカバンの中を確認する<br />
この時点で俺の焦りは最大級に達していた<br />
厳しい現実を認めるのを拒む脳の命令を従順に実行する俺はカバンの中身を全部引っ繰り返した<br />
そして認めたくない現実を認めざるをえなくなる<br />
…弁当忘れた<br />
なんということだろう、このSSの作者は金がなくて今月どうやって生きようと考えている時に5000円拾うというタイミングの良すぎるラッキーを経験しているというのに俺はなんとタイミングの悪いアンラッキーだ<br />
何か!?何か食料はないのか!?<br />
…だからないって!<br />
仕方なく俺は明日の不思議探索で減るのが確定している財布の中身を確認する<br />
…仕方ない、古泉に借りて学食にいこう<br />
過去稀に見るとぼとぼ歩きで席を立ったら朝倉が話し掛けてきた<br />
「あ、キョン君…よかったらご飯一緒に食べない?ちょっと作りすぎちゃったの」<br />
あなたが神か!<br />
いや、古泉によると神はハルヒらしいが<br />
今はそんなこと知ったこっちゃねえや<br />
俺は目の前にいる女神の提案に飛び付き、2つ返事で了承した<br /><br />
場所は階段の踊り場である<br />
午後の気温と日差しが美しい桜を際立たせる光景が広がっていて、俺は朝倉とシートを広げ弁当を広げ話題を広げている<br />
正直いって朝倉の料理はうまいともまずいとも言えない、なんとも微妙な出来だったが大変腹が減っている俺にとっては砂漠のオアシスよりも有り難いものだった<br />
「ねえ、おいしい?」<br />
不意に朝倉が聞いてくる<br />
今話していた話題を切ってまで言うことなのかは甚だ疑問だが俺は返答をする<br />
「まぁうまいぞ」<br />
この答えでは満足しなかったのか、朝倉は芋む…げふんげふん、眉毛を吊り上げて中央に寄せる<br />
「まぁじゃなくておいしいかまずいで答えて」<br />
遊び幅のない完全2択か<br />
だったらこれはうまいだろう<br />
「うまいぞ」<br />
その言葉を聞いた朝倉は安堵のため息混じりに<br />
「よかった~」<br />
と胸を撫で下ろした<br />
…さっきこの料理を正直微妙だと言った俺を増えるわかめ一袋丸飲みの刑にしてやりたい<br />
この料理は朝倉の笑顔という調味料があって完成なのだ<br />
人の想いがこもった料理ならうまいに決まってる<br />
今なら言える、これは今まで食ったことのないぐらい最高にうまい料理だった<br />
…なんてのはクサすぎるか?</p>
<p> </p>
<p>そして放課後である<br />
なぜ午後の授業の描写がないかといえば朝倉の料理がうますぎて大量に食べ過ぎてしまったからで、それが午後の授業を爆睡せざるをえない理由には十分なものだからである<br />
俺は掃除当番だったため俺が部室にいくころには朝倉を含む全員が揃っていた<br />
「遅いわよ、キョン!」<br />
失礼な、俺はお前と違って真面目に掃除するからそれだけ時間がかかるんだ<br />
「まあまあ、彼も来たことですしそろそろ始めませんか?」<br />
古泉がハルヒを促す<br />
やれやれ何を始める気だ<br />
俺が苦労することじゃなければいいが<br />
「SOS団!ミーティングの開催をここに宣言します!」<br />
机に片足をかけ、高らかに人差し指を天に指差し、ハルヒが叫ぶ<br />
「議題は明日の不思議探索!せっかく朝倉が参加するんだもの、今まで通りじゃダメよ!」<br />
意気揚揚と話を続けるハルヒ<br />
あまり長くなってもあれなので、細かい描写を割愛させてもらって、ダイジェストで説明すると明日の不思議探索は2人ペアを3組、より効率的に進むため1日同じペアで探索するという<br />
ハルヒの思い付きにしては無茶が足りないなと思ってしまった俺は相当ハルヒに毒されているな<br />
そしてその日の活動は基本いつも通り、違うところといえば古泉とやっていた囲碁に朝倉と長門が入ってきて俺&朝倉VS古泉&長門のペア碁になっていたことぐらいか<br />
勝敗?いくら長門でもカバー仕切れなかったとだけ言っておこう<br />
そしてなんら変哲のない夜を越えて翌朝である<br /><br />
「キョンく~ん朝だよ~」<br />
妹のフライングエルボーがいいところに決まりさわやかな朝がやってきた<br />
時間はまだ余裕がある<br />
うん、フライングエルボーは置いておいて、いい仕事をしたな妹よ<br />
さてそろそろ俺以外の誰かの財布を軽くしてやりたい俺はいつもより少し早めに集合場所へ向かった<br /><br />
「遅い!罰金!」<br />
なんということだろう、集合時間の30分前に着いたにも関わらずそこには俺以外の全員が揃っていた<br />
理不尽な奢りに嘆きながら喫茶店に移動する<br />
「くじびきするわよ!無印、赤、黒だからね!」<br />
全員の飲み物が運ばれて来てからハルヒが爪楊枝を握る<br />
結果は古泉&長門ペア、ハルヒ&朝比奈さんペア、俺&朝倉ペアとなった<br />
どうでもいいが、ハルヒは何度も自分の爪楊枝と朝倉の爪楊枝を見比べていた<br />
「いい!?デートじゃないんだからね!」<br />
お決まりの常套句を聞いて探索開始である<br />
俺と朝倉は舞う桜吹雪の眩しい並木道を歩いている<br />
「くじびきズルしちゃった」<br />
朝倉が照れ笑いをしながら舌を出す<br />
ズルってあれか?情報操作ってやつか?<br />
「うん、今日はどうしてもキョン君と一緒がよかったから」<br />
そう言った朝倉の笑顔に一瞬陰りが出る<br />
しかし、見間違いだったのかすぐにもとの笑顔に戻る<br />
「少し座らない?」<br />
朝倉の提案に乗っかることにした俺は朝倉が座ったベンチの隣に少し間を空けて座った<br />
「涼宮さんには悪いことしちゃったかな」<br />
口元を押さえてクスッと笑う朝倉<br />
なぜハルヒに?<br />
「なんでもない♪」<br />
機嫌よく一言言った朝倉は俺の頭をつかみ、俺を横にした<br />
…これ膝枕じゃねーか!?<br />
「…いや?」<br />
全然いやじゃないです<br />
朝倉はただにっこり笑うと俺の頭を撫で始めた<br /><br /><br />
「ぶるぁ!!」<br />
決して某緑色ではない<br />
ちなみに某24時間の人の気絶からの目覚めのシーンでもない<br />
俺のケータイがマグナムバイブレーションしたのだ<br />
つーか寝ちまってた<br />
それは朝倉の膝枕が気持ち良かったからに相違ない<br />
「キョン!昼の集合時刻とっくに過ぎてるわよ!早く来なさい!5秒以内!」<br />
体を起こして恐る恐る取った電話が叫び、すぐ切れる<br />
俺は一つ大きなため息をついた<br />
「ごめんなさい、起こせばよかったね」<br />
ため息に反応したのか俺の横に座る朝倉が芋む…げふんげふん眉をへの字にした笑顔で謝る<br />
「気にすんな」<br />
心のままに俺は朝倉の頭をポンポンとした<br />
さてと、我らが団長様の機嫌がさらに悪くならないうちにとっとと集合場所に向かうとするかね<br /><br />
「遅い!今何時だと思ってるの!!」<br />
12時45分だな<br />
「そういうことを聞いてるんじゃないの!お昼ご飯、全員分あんたのおごりだからね!」<br />
なんということだ<br />
それに朝倉はいいのかよ<br />
…今月はやっぱり厳しくなるに違いない<br />
ハルヒは俺の危惧を知るよしもなく、ずかずかとファミレスに入っていった</p>
<p> </p>
<p>…結論から言おう、最悪だ<br />
ハルヒが料理を大量に頼んではそれを平らげている<br />
古泉も遠慮なしに食べたいものを頼むし、あの朝比奈さんですら今日はちょっと多めである<br />
唯一助かったことと言えばもう一人の大食漢、長門が少なめに頼んでいることだった<br />
俺は一番安かった炒飯を口に入れながら隣を見れば朝倉が笑顔でおでんを突いていた<br />
なんでこのファミレスにはおでんなんてメニューがあるのだろうか<br />
それを言えば古泉の食べている広島風お好み焼きもファミレスにあるにはいささか疑問符の浮かぶメニューであるし、朝比奈さんが頬張っているシシケバブもここのファミレスがよくわからない趣向を持っているのが丸分かりなものである<br />
おまけと言ってはなんだが、長門が食べているのはハヤシライスでこの中で一番ファミレスらしいメニューだ<br />
ハルヒは…いちいちあげていたらキリがないほどの量なのでここでは割愛させていただく<br />
なけなしの金で食べる炒飯はどこか切ない味だった<br />
それをしっかりと味わいながら食べ、俺が最後の一口を口に入れた時、ハルヒがのたもうた<br />
「味はいまいちね」<br />
だったらそんなに食べるんじゃない!<br />
それに店の人に聞こえるだろ<br />
「さ、行きましょ」<br />
気付くと全員食べおわっているようだった<br />
それほど俺は味わって食べていたらしい<br />
俺が会計を終わらせて店をでるころには‘フェザーライト’の異名を持つショットガンを思い出させるくらい俺の財布は軽量化がはかられていた<br />
「何度も言うけどデートじゃないんだからね!」<br />
ハルヒ、歯に青海苔付けて言っても迫力ないぞ<br />
…俺はこの時気付くべきだったのだ<br />
こんな一言を言ってハルヒがどう思うのかを<br />
…俺はこの一言のせいで脇腹にいい拳をもらってしまった<br /><br />
「いてて…」<br />
朝倉は俺の脇腹を気遣ってあまり歩かないようにと俺を喫茶店へ連れてきた<br />
俺は大丈夫だと言ったのだが朝倉がボディーは後半になって効いてくるからと言って聞かなかった<br />
しかし、朝倉の言ったことはなかなか当たっていたらしく、俺の脇腹が鈍痛を訴え始める<br />
「大丈夫?」<br />
「なんとかな」<br />
気遣う朝倉に強がりを言ってみる<br />
それでも痛みは収まらないので雑談に気を紛らわせることにする<br />
「しかし、またお前に会うことになるとは思わなかったよ」<br />
いまさらな気もするが、この話題を本来出すべき時期は正直それどころではなかったのだ<br />
「そうね、私も再構築されるなんて思わなかった」<br />
ホットコーヒーを啜りながら朝倉が言う<br />
「でも、それは嬉しい誤算だったな」<br />
これは心からの言葉だ<br />
その直後は焦りしか感じなかったが、今となっては朝倉がそこにいることがとても嬉しい<br />
「ふふっ、ありがとう…私もキョン君に謝ることができてすごくよかったと思うわ」<br />
穏やかな笑顔を見せる朝倉<br />
プログラムではない、感情からの笑顔<br />
「そういえば、長門が協力してくれたんだよな」<br />
長門も朝倉が謝ることに協力するなんてだいぶ人間味を帯びてきたよな<br />
「うん、再構築された時に長門さんのところに行って、謝りたいから協力してって言ったらプリンを口に頬張ったままひょうひょふふるって言ってくれたの」<br />
それはおもしろいな<br />
容易に想像でき…<br />
…ん?おかしいぞ、想像出来ない?<br />
長門がプリン?<br />
いや、長門といえばフルー…<br />
「おかげであのフィールドを張っても長門さんが乱入して来なかったからね」<br />
…俺は今、何を考えていた?<br />
何か重要なことを考えていた気がするが気のせいだっただろうか<br />
「…ね、あのさ…」<br />
頬を赤らめて目を泳がせる朝倉<br />
その萌え要素の詰め合せに俺の思考は停止していた<br />
「明日…暇?」<br />
明日か…特に用事はないな<br />
「ああ、暇だ」<br />
俺のその一言に可愛らしい、はにかんだ笑顔をみせる朝倉<br />
やばい、これは反則級だ<br />
「じゃあさ……」<br />
そこまで言って言葉を止める朝倉<br />
俺はといえば朝倉の可愛さに見惚れながらも、続く台詞を待っていた<br />
「明日…デート…しない?」<br />
言い切ったというより言ってしまったといった感じで照れ隠しにあさっての方向を向く朝倉<br />
そして内容の確認だ、デートか、なるほど…ん?…デート?…デートだと!?<br />
ああああ慌てるな、おおおおおお落ち着け<br />
おおお落ち着いて素数を数えるんだ<br />
1、2、3、ダー!!<br />
よし、落ち着いた<br />
1が素数じゃないってツッコミはなしだぞ<br />
そんなこといったらダーなんて数ですらないし<br />
ああ、早く顔を真っ赤にしている目の前の美少女に返事をしなくちゃな<br />
「俺は全然構わんぞ」<br />
俺の一言で朝倉の顔がパーっと輝く笑顔になる<br />
そして糸が切れたように安堵の溜め息を深く吐き出した<br />
「よかった~すごいドキドキしてたんだから」<br />
安堵の表情をみせる朝倉はやっぱり可愛い<br />
これは明日に期待が膨らむね<br />
「あ、そろそろ時間…行きましょうか」<br />
俺はその提案を了承し伝票を持って席を立った<br />
するとレジ前に長門と古泉がいた<br />
「おや、あなたたちもここに来ていたのですか、ここの喫茶店に夜な夜な幽霊が出るという噂はなかなか有名なようですね」<br />
そんな話聞いたことないぞ、どうせ不思議探索をさぼっていたことの言い訳だろう?<br />
「その噂があると仮定すればあなたたちもサボりにはならないと思いますが?」<br />
失礼な、俺たちはなぜボディーが後半になって効いてくるか話し合っていたところだ<br />
犬神了のデッドボールもそれに関係あるのでは、ってところで話は終わったがな<br />
それにそんな噂ハルヒの耳に入れてみろ、ここの喫茶店の売り上げが激減するぞ<br />
「それは困りましたね、では互いにここで会ったことは内密にしましょう」<br />
当たり前の一言を言って古泉は会話を終わらせた<br />
そしてお互いに会計を済ませ集合場所に向かい、帰路に着く<br />
俺は遠足の前日の子供のような心待ちで眠りに着いた</p>
<p> </p>
<p>朝、である<br />
といきたいところだったが、そうはいかなかった<br />
改めて昼、である<br />
状況を確認しよう<br />
俺は起床したばかりで本日は日曜日SOS団関連のイベントはなく、そのため朝倉とデートの約束をしている<br />
その待ち合わせは10:00に駅前<br />
現時刻は11:30<br />
……だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!完全に遅刻だ!<br />
ケータイを確認すればメールが5件に着信が11件<br />
全部朝倉だ<br />
俺は大慌てで支度をして急いで家を飛び出す<br />
交通ルールって何?と言わんばかりの大爆走で自転車を走らせる<br />
…今思えば、あの時転んだら死んでいたかもしれない<br />
俺が駅前に着く頃には無情な時計の針は12時を平気で越えた時間を示していた<br /><br />
「……」<br />
あぁ、居たたまれない<br />
この括弧は息も絶え絶えになりながら集合場所にやっとこさ着いた、平謝りの一手を尽くそうとした俺を朝倉が睨んでいるのを描写するものである<br />
唯一にして最大の策、平謝りを封じられた俺に出来ることはなく、下手に言い訳をする気も失せ正直に寝坊したと言う以外の選択肢を生まなくなった<br />
「…心配したじゃない」<br />
へ?心配?<br />
睨んでいた朝倉の表情からは想像できなかった第一声に俺は思わず唖然とした<br />
あんぐりと開いた口に胃カメラでも突っ込まれたら今は無痛で検査が出来そうだ<br />
「遅れるなら遅れるで何で連絡してくれないの!事故に遭ったかもって思っちゃったんだから…」<br />
しおらしく俯く朝倉に俺の胸が締め付けられた<br />
次の言葉は俺が意識する必要もなく自然に口から零れた<br />
「すまん」<br />
この言葉に朝倉は顔を上げ、微笑む<br />
「まぁいいか、来てくれたんだもんね」<br />
俺はこの台詞を許してくれたと思い、ホッと胸を撫で下ろした<br />
だが、今日遊ぶことに頭を切り替えようとしたその時にそれは起こった<br />
「で、なんで遅れたの?理由によっては、あのナイフで眉毛剃ってあげるわよ」<br />
あのナイフとはやはり俺を襲った時のトラウマのナイフだろう<br />
…やっぱりわかってたんだな、あれが俺のトラウマって<br />
そんなところまで人間っぽいのかよ<br />
まぁネタに使えるぐらいまでになったとプラスに考えるべきか<br />
「寝坊したんだ」<br />
「え?」<br />
「だから寝坊だ、今日が楽しみでなかなか眠れなかったんだ」<br />
あー…言っちまったかっこ悪い、小学生かよ<br />
冗談混じりに目を細めていた朝倉がアハハと笑いだす<br />
もう笑いたきゃ笑えよ<br />
「だって小学生でもそんなことないわよ、楽しみにしてくれてたのはうれしいけど」<br />
喋りながらも笑いをおさえきれずにいる朝倉に俺はいくらか安堵した<br />
どうやら眉毛はなくならずにすみそうだ<br />
「でも、遅刻は遅刻なんだからそれなりの覚悟はしてよね」<br />
表情こそ笑顔だが、黒いオーラを纏った朝倉に俺は修羅を見た<br />
なぜか、ここ2、3日安堵した瞬間に打ち壊される展開がとても多い気がする<br />
俺は朝倉に気付かれない程度に溜め息を着いた<br />
それはもちろんこの作者の展開力のなさにだ<br />
「で、今日はどこに行くんだ?」<br />
一つ気を取り直し、今日の予定を確認する<br />
男のクセに投げっ放しだって?安心しろ、夕飯スポットだけは押さえてある<br />
「遊園地!」<br />
子供のような無邪気な笑顔で単語だけを言い放つ朝倉は本当に今日を楽しみにしていたとわかるぐらいはしゃいでいる<br />
思わず頬が緩み、頭でも撫でてやりたくなる<br />
「わかった、じゃあ行くぞ」<br />
駅で二人分の切符を買い、俺たちは遊園地へと向かった<br /><br />
電車を乗り繋いで数十分、俺たちは遊園地に到着した<br />
電車に乗っている間、ずっと朝倉は遊園地が楽しみであるという意のことを話していた<br />
よく数十分も話が尽きなかったものだ<br />
さて、俺たちがやってきたこの遊園地、ここは東京の冠をかぶっているのに他県にある某ネズミーランドや、関西の期待を一心に集めた国際的ヒーローがいるスタジオの日本版や、関東地方じゃないのに甲信越と言われて関東と一括りにされる場所で富士山を臨みながら絶叫マシーンに力を入れる遊園地ほど大きかったり、有名だったりはせず、どちらかといえば植物園から動物園を経て、日本最初の遊園地となった某下町の遊び場に近い佇まいを持っている<br />
十分、その下町の遊び場もおもしろいと付け加えたうえでもう一つのメリットを話しておこう<br />
学生である俺たちからすればその料金がお財布にやさしいということだ<br />
ましてや、昨日のことも手伝って俺の財布はやたら軽い<br />
カードしか入っていない本物の金持ちの財布も軽いといえば軽いだろうが、俺は本物の金持ちではないので財布が軽い理由は一つである<br />
役割的にはフリーパスに近いチケットを2枚購入し、俺たちは中へ入った<br />
「わぁ~すごい♪」<br />
中へ入った瞬間朝倉が歓喜の声をあげる<br />
この遊園地にはメリーゴーラウンドやジェットコースター、おばけ屋敷などよくいえばオーソドックス、悪くいえばベタなものが所狭しと並んでいる<br />
手始めにミラーハウスへと歩を進めた<br /><br />
「わぁ~私がいっぱい♪情報操作で分身したらどうなるかしら?」<br /><br />
「やめてくれ」<br /><br />
「大丈夫、キョン君も増やしてあげるから」<br /><br />
「…遠慮しておく」<br /><br />
「なぁんだ、残念」<br /><br />
続いてビックリハウス<br /><br />
「重力は下に向いたままよね、どうなってるのかしら?」<br /><br />
「まわりが動いてるんだ」<br /><br />
「…種明かしされると面白みが薄れるわね」<br /><br />
「そうか、だったらここは本当に回ってるぞ」<br /><br />
「キャー、怖ーい」<br /><br />
「…」<br /><br />
「…」<br /><br />
「…アホだな、俺ら」<br /><br />
「…ええ」<br /><br />
次はゴーカート<br /><br />
「何人たりとも俺の前は走らせん!」<br /><br />
「そうはいかないわ!赤甲羅!」<br /><br />
「いて!お前、コーラ投げんなよ!」<br /><br />
「いいじゃない、パッケージは赤いし」<br /><br />
「色の問題じゃない!」<br /><br />
そしてコーヒーカップ<br /><br />
「キャー!そんなに回さないでー!」<br /><br />
「これがコーヒーカップの醍醐味だー!」<br /><br />
「キャー!…あ、やっと止まったわね」<br /><br />
「…」<br /><br />
「あら?どうしたの?」<br /><br />
「…気持ち悪ぃ」<br /><br />
「だからいったのに」<br /><br />
少し遅い昼ご飯<br /><br />
「はい、あ~ん♪」<br /><br />
「言っておくがそんな恥ずかしいこと絶対やらんぞ」<br /><br />
「なぁんだ、つまんない」<br /><br />
「同じもの食べといて分け合うこともないだろう」<br /><br />
「…」<br /><br />
「…な、なんだよ?」<br /><br />
「あ~ん♪」<br /><br />
「逆でも同じだ!」<br /><br />
なぜか見てしまったヒーローショー<br /><br />
「…」<br /><br />
「…」<br /><br />
「…なぁ」<br /><br />
「…ええ」<br /><br />
「…何でだろうな」<br /><br />
「…同意見ね」<br /><br />
「何で」<br /><br />
『ヒーローがかびの生えた食パンなのか』<br /><br />
「かび食パン…か」<br /><br />
「…きっとそこに自律進化の可能性が」<br /><br />
「絶対にないな」<br /><br />
「同意見ね」<br /><br />
やはり定番ジェットコースター<br /><br />
「だぁぁぁぁぁぁぁ!!」<br /><br />
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」<br /><br />
「なかなか迫力あったな」<br /><br />
「…」<br /><br />
「どうした?」<br /><br />
「腰が…抜けた」<br /><br />
「そんなに怖かったか?」<br /><br />
「…高いとこダメなの」<br /><br />
「…なぜ、乗ろうと言ったんだ?」<br /><br />
「…キョン君となら大丈夫だと思ったの」<br /><br />
「やれやれ、そう言われたら文句も言えないな…少し休もう」<br /><br />
と、いうわけで近くのベンチに二人で座っている<br />
腰の抜けている朝倉がここまでどうやって来たか、というのは割愛させていただく<br />
あえていうなら朝倉が「当ててるの♪」という台詞をほざいたという情報だけ伝えておく<br />
「もう大丈夫か?」<br />
背もたれに寄り掛かっていた朝倉が寄り掛かることをやめたため俺は聞く<br />
腰が抜けたのがどうやって治るかなんて俺は知らないし、作者も知らないから治った状況をどう表していいのかわからんが、情報操作とか言っておけば辻褄合わせぐらいにはなるだろう<br />
「ええ、なんとか…キョン君ごめんね」<br />
本当に申し訳なさそうな顔の朝倉に俺は逆に罪悪感を感じてしまった<br />
だから俺の次の台詞は朝倉へのフォローだけではなく、俺自身へのごまかしも含まれる<br />
「気にするな」</p>
<p>さて、話は変わるがそろそろ日が西に傾き始めている</p>
<p>散々遊んだから仕方ないが、あといくつか乗ったら帰らなくてはいけない時間だろう</p>
<p> また、言い替えるならカップルがこぞって観覧車に並び始める時間でもある<br />
高いところから見る夕焼けは、どれほどの絶景だろうか<br />
そう思ったら観覧車に乗りたくなったが、今から並んで夕日に間に合う気はしないし、並んでいたら時間が過ぎ最後の乗り物になるだろう<br />
何より朝倉が高所恐怖症なのだから乗るわけにはいかなかった、少しだけ残念だ<br />
というわけで次は何に乗るか、締めは何にするかと考えていたら朝倉が口を開いた<br />
「ね、観覧車乗らない?」<br />
その提案は俺の考えていたことを2つとも解決する提案だった…というのはさっき述べたばかりだ<br />
ただ、他にも述べたことがあったはずだ<br />
「高所恐怖症じゃなかったのか?」<br />
俺の質問に対し笑顔を崩さない朝倉は答える<br />
「大丈夫よ」<br />
そして頬を赤く染めて一言付け加える<br />
「密閉空間だもの」<br /><br />
どうやらジェットコースターはまわりが曝け出されているから怖いのであって個室内と呼べる観覧車は平気…ということらしい<br />
「なら、乗るか」<br />
俺の了承に最高の笑顔で頷いた朝倉をとても可愛いと思った俺を誰が責められようか<br />
「行こ♪」<br />
朝倉に手を引かれ歩きだす<br />
俺の手は朝倉の手にしっかり握られていて少し気恥ずかしくなり、朝倉の方は見れなかった<br />
こんな耳まで赤い顔見られたかないしな<br />
観覧車の列に並んでいる最中も手は繋いだままで、結局俺は耳まで赤い顔を朝倉に直視されてしまう<br />
だが、同じように朝倉も赤い顔をしていたので恥ずかしさよりも心の中での微笑ましさが打ち勝ったようだ<br />
今日一日を振り返るような雑談をしつつ、あと数人で乗れるというところで日は完全に落ちた<br />
俺たちは遊園地の中にいるから眩しいまでの光に照らされて明るいが遥か彼方では闇が渦巻いている<br />
視線を少しずらせば遊園地から帰っていく人もちらほらみられる<br />
…今日はこれ乗って終わりなんだよな<br />
「どうぞ~」<br />
っと、俺たちの番のようだ<br />
中に入って座ってから気付いた<br />
俺たちは手を繋いだままだ<br />
手を繋いだまま座ってしまったということは、そういうことであり、朝倉は少し躊躇ってから俺のとなりに腰掛けた<br />
…落ち着かない<br />
さっきまでいろんな話をしてくれていた朝倉だがここにきて沈黙している<br />
しかも俯いているため顔も伺うことができない<br />
だから雰囲気が重く感じられてこちらから話し掛けることも憚られる<br />
為す術なく、俺は顔をあげて外を見た<br /><br /><br />
―言葉を失った<br /><br /><br />
観覧車で夕日を見たかったと思って今の状況を残念に思っていたさっきまでの自分に不幸の手紙を送ってやりたい<br />
人の営みを純粋に映す夜景<br />
目立って派手な建物はなく、それぞれが必要不可欠な光<br />
もちろん大自然がみせる夕日のパノラマも綺麗だが夕日に勝るとも劣らない絶景がそこにあった<br />
「朝倉、外見てみろ」<br />
朝倉の肩を叩き、視線を外へと促す<br />
顔を上げた朝倉が出した声はその光景への感嘆の声だった<br />
「綺麗…」<br />
きらきらと目を輝かせながら夜景を眺める朝倉も十分綺麗だった…なんて月並みな言葉が出てきたが言ったら寒い男になってしまうので胸にしまっておいた<br />
「すごく…尊い光ね」<br />
朝倉の言葉は少しだけだが憂いを帯びていて、俺の心を切なくさせる<br />
続ける言葉が見つからず、何をするでもなく、ただ朝倉を見続けることしか出来ずにいた<br />
だが、その時何も出来ないでいる俺に助け船を出すかごとく、突風でも吹いたのか、ゴンドラが揺れた<br />
「きゃっ!!」<br />
揺れに驚き、朝倉が俺にしがみついて来た<br />
その一瞬、俺の顔と朝倉の顔の距離がほんの数センチまで近づいた<br />
…ドキドキさせられた、鼓動が揺れる、顔が熱い<br />
俺に回された朝倉の腕は小刻みに震えていたがしっかりと俺を捉えて自らの体温を伝えていた<br />
俺が手を伸ばせば届く距離に朝倉がいる<br />
視線を落とせばそれがよくわかる<br />
俺にしがみついたままの無防備な姿がある、ミニスカートから伸びた太ももが艶めかしく理性を殺しかける<br />
…まずい、これはまずいぞ<br />
俺は残った理性を総動員し、太ももに釘付けになる視線を無理矢理あげた<br />
意識を朝倉の太ももから逸らす、という目的をもって行動したのだが、偶然入ってきた光景に俺は少し安心し、少し…落胆した<br />
…もうすぐ地上だ<br />
幸か不幸か今まで檻の中で大暴れしていた本能という獣は理性という飼育係を総動員せずとも、麻酔銃を打たれたかのように静かになり、名誉の殉職を迎えたはずの理性達も何事もなかったかのように配置に戻っていた<br />
ガコンと派手な音をたてて観覧車の扉が開かれる<br />
俺と朝倉の閉鎖空間もこれで終わりだ<br />
朝倉がスッと立ち上がりゴンドラを出ていく<br />
俺は名残惜しさをゴンドラの中に置き去りにして外へと歩み進める朝倉に着いていった<br />
さっきまで繋がれていた手は…もう、引き合うことすら忘れていた<br />
とっとと歩いていってしまう朝倉の後ろ姿にに早歩きで追い付いく<br />
ゴンドラを出てからずっと直進しているだけでどこかに向かおうとしているわけではなさそうだ<br />
「朝倉、そろそろ帰ろうぜ…これ以上いると親に怒られちまう」<br />
言葉を聞いて朝倉は歩くのをやめたが、こちらを見ようとはしない<br />
そして数秒の沈黙の後<br />
「いくじなし」<br />
とだけ言って遊園地の出口へと歩き始めた<br /><br />
帰り道でも朝倉のその雰囲気は続いていて、厳かな空気に俺は沈黙以外の選択肢を選ぶことができなかった<br />
状況に焦りを感じる俺はどうにかして沈黙以外の選択肢が出ないものかと、カーソルを上下左右に動かしたり、一度キャンセルしてみたりしたが、結果は同じで、朝倉の隣でポケットに手を突っ込み歩いていた<br />
結局その日のうちに再び朝倉の声を聞くことは叶わず、せっかく調べた夕飯スポットも無駄に終わり、帰ってやった一人反省会でもなぜ、朝倉が怒っていたのかわからず、月曜日の朝、眠りが浅かったのか疲れがたもったままの体を妹のフライングボディプレスを食らう前に起こして、溜め息をついた</p>
<p> </p>
<p> 朝、通学路<br />
重々しい気分で重りでもついてるんじゃないかと思うぐらい進みにくい足をそれでも必死に動かして地獄の坂道を某川原で石積みをするがごとくの気の遠さで登っていた<br />
いくら溜め息をついても幸せが逃げていかない気がするのはすでに幸せって奴が俺の中にもう残っていないからなのかね<br />
「よお、キョン!朝からしけた面してんな」<br />
やれやれ、朝から騒がしい奴に会っちまったもんだ、しかもこんな時に<br />
「ほっとけ、谷口…俺にだって悩みの一つや二つある」<br />
この瞬間、おもしろそうなものを見つけたと言わんばかりのむかつく谷口の笑顔を俺は生涯忘れないだろう<br />
それくらい腹が立った<br />
「なんだ!?ついに涼宮にばれたか!?」<br />
「違う」<br />
しかもこの食い付き方<br />
イライラするなという方が無理だ<br />
それにこいつは未だに…いややめておこう、今更何を言っても無駄な気がする<br />
というわけで俺はしつこくいろんなことを聞いてくる谷口を軽く流しつつ教室まで歩いた<br /><br />
教室ではハルヒが憂鬱そうな雰囲気で窓の外を眺め、溜息をついていた<br />
退屈さに打ち負けて、いつもの破天荒が消失している<br />
暴走されていても困るが、こう静かなのも動揺する<br />
「よお」<br />
俺が声をかけると、今までの負のオーラが嘘のようにハルヒがにやりと笑う<br />
いったい誰の陰謀だ<br />
ハルヒがこうやって笑う時は憤慨するでもなく喜怒哀楽が分裂したかのようにいじられるのだ<br />
それはお約束と言っても過言ではない事実である<br />
「昨日はお楽しみだったようね」<br />
…ハルヒの目は笑っていなかった<br />
昨日といえば朝倉と遊園地に行った日だ<br />
いったい何がハルヒをこんなに怒らせたのかわからず、戸惑を隠せずにおろおろしているとハルヒがドスのきいた低い声で続ける<br />
「あたしの電話は無視したわね」<br />
慌ててケータイの着信履歴を調べる<br />
…あった、寝坊した俺に何度も電話をかける朝倉の着信の中に一つだけ、ハルヒの名前が<br />
全部朝倉だと思っていたのは思い込みか…しかもあの時は慌てていたからそれどころじゃなかったしな<br />
「さぁ、どういうことか説明してもらおうかしら?」<br />
イライラ、怒り、他にも何か<br />
すべての詰合のような声が俺の逃げ場をなくす<br />
この状況で適当なことを言って回避できる可能性はSOS団が公式に認められるぐらい低い<br />
…だったら、とるべき道は一つ、最高の言い訳を考えるんだ<br />
「あー、ハルヒ…本当はな妹がミヨキチと行く予定だったんだ」<br />
とっさに思いついた嘘だがそれなりに辻褄は合わせられた<br />
一か八か<br />
「だけど当日の朝、妹が熱を出してな、急いで病院に連れていった…ケータイはその時家に忘れたんだ」<br />
ハルヒは威嚇するような顔をしているが黙って聞いている<br />
「それでミヨキチが病院まで来てくれたんだが、これじゃあ遊園地にはいけないってなってな、持っていた2人分のチケットをもったいないからと俺に譲ってくれたんだ」<br />
微動だにせずまっすぐ俺を見ているハルヒにたじろぎながらも俺は続ける<br />
「それで、誰か誘おうと家にケータイを取りに行く途中、朝倉に会ってな…ちょうどいいから誘ったんだ」よし!全部言い切った<br />
反論来るなら来い、なんとかしてやるぜ<br />
「ふーん…あんた達遊園地行ったんだ」<br />
くっ、変化球か<br />
予想外の一言に態勢が崩れた<br />
「駅で見ただけだからね、どこに行くのかと思ったけど」<br />
…目撃した場所をいまさら言うなんてずるいじゃないか<br />
「でも、それ嘘でしょ?」<br />
な…!ばれた!?いや、落ち着け、かまかけてるだけかもしれん<br />
なぜ嘘だと思うんだ?<br />
「だって朝倉、土曜日の不思議探索よりよっぽどお洒落してたもの、あんなにスカート短かったら襲われても文句言えないわね、なんてたってエロキョンだし」<br />
エロをあだ名の冠にするんじゃない、失礼だな俺は健全な男子高校生としての丁度基準値ぐらいのエロさだと思うぞ<br />
「きっと、何もない日に一番お洒落したくなる特異体質なんだろう」<br />
そんな体質聞いたことないが、そういう奴も中にはいるだろう<br />
「そんな体質聞いたことないわよ」<br />
そりゃそうだ<br />
なんてたってその台詞は俺が今言ったばかりだからな<br />
「そういう人間も中にはいるだろう」<br />
世の中広いからな、まぁ朝倉が人間かどうかは微妙なところだが<br />
「ふーん…でも運が悪いわね、そんな日にキョンに遊園地に誘われて襲われちゃうんだから」<br />
なんだ?お前は俺をけだものにしたいのか?<br />
「神に誓って何もしとらん」<br />
古泉曰く、神はこの目の前にいる尋問者であるらしいので尋問してある人間に誓うっていうのも変な話だ<br />
要するにお前に誓ってなにもしていないというわけでただのバカップルみたいで質が悪い<br />
星条旗を持っているなんて驚きだなんて言っているカップルより質が悪い<br />
「本当に?」<br />
「本当だ」<br />
「本当に本当に?」<br />
「本当に本当だ」<br />
などと埒のあかないやりとりを繰り返したあと、ハルヒの一言でこの水掛け論に終止符が打たれた<br />
「じゃあ、朝倉が来たら聞いてみるからね」<br />
…なんだと?<br />
それはまずい気がする<br />
昨日あんな状態で別れていて、口裏を合わせてくれるか心配だ<br />
だが、俺の心配は杞憂に終わる<br />
岡部曰く、朝倉は風邪をひいて欠席だそうだ<br />
…ヒューマノイド・インターフェースが風邪などひくのか?<br />
否、ひかない<br />
昨日の朝倉の様子を思い出してみるが何の情報も得られない<br />
「もしかして、あんたたち野外プレイ…」<br />
「なんでやねん!」<br />
アホなことを言うハルヒにツッコミを入れて時は流れる<br /><br /><br />
―放課後、掃除当番のハルヒをおいて部室にやってきた<br />
いつものようにノックをすると<br />
「…どうぞ」<br />
と長門の声がした<br />
舌っ足らずの可愛らしい声はしなかったので恐らくまだ長門だけだろう<br />
丁度いい、朝倉のことを聞いてみよう<br />
「長門、朝倉はどうしたんだ?」<br />
長門は大型本に注いでいた視線を俺に向け、ぽそりと言った<br />
「…エラーの副作用」<br />
エラー?副作用?<br />
どういうことだ、俺にもわかるように説明してくれ<br />
「…あなたたちが感情と呼んでいる、私たちにとってのエラー、それのために朝倉涼子は登校を拒んだ」<br />
要するにそれは登校拒否ということか?<br />
不登校の宇宙人製アンドロイド<br />
どうなんだそれ<br />
まぁ、冬休みの時の長門みたいにならなくてよかった<br />
「…へたれ」<br />
「ん?何か言ったか、長門?」<br />
「何も」<br />
まぁとにかく、朝倉はなぜこないのか…と気になったが、一つ心当たりがある<br />
やっぱり、謝らなきゃいけないんだよな<br />
俺が何したのかはわからんが、怒らせちまった以上俺が悪い<br />
「そうだ」<br />
ん?どうした長門?<br />
「家に帰ったら読んで」<br />
いつぞやのように本を一冊渡される<br />
長門が家に帰って読めというならまだ読むべきではないな<br />
俺はカバンに本をしまった<br />
「こんにちはぁ」<br />
おっと、朝比奈さんのご登場だ<br />
いったん部室の外に出るか<br />
「こんにちは、朝比奈さんは着替え中ですか?」<br />
部室の扉を閉めた瞬間、にやけ面のお出ましである<br />
なんかにやけ面が2割増しぐらいになっているがなんかあったのか<br />
「やはり、あなたは鋭いですね、わかってしまいますか」<br />
俺が当てたっていうより、お前が話したくてしょうがないって感じだけどな<br />
「いや、実はですね…昨日長門さんとデートに赴きまして」<br />
聞いていないのに話し始める古泉<br />
しかも内容が驚愕だ<br />
「それでムフフ…ククク……ハッハッハ」<br />
キモいことこの上なかった古泉が壊れた<br />
もともと壊れやすいキャラではあったが<br />
もしかしてお前はアナルの方の古泉か<br />
「いや、失礼…もちろん僕はプリンの古泉ですよ、アナルの方でしたら長門さんではなく、あなたを狙っているはずです」<br />
ああ、それもそうだな…想像するのもおぞましいが<br />
ここはプリンの古泉に新たな可能性が見えたということにしておこう<br />
「どうぞ~」<br />
中から可愛らしい声が聞こえて、俺たちは部室へと入った<br /><br />
今日の団活は小三元だった<br />
え?何がって?…満足度だな<br />
十分な役と思うかもしれないが俺はいつも団活は大三元だと思っているのでいつもに比べると何かが足りなかった<br />
と、いうわけで下校し、家に着いた<br />
さっそく長門に借りた本を開いて見る…シャーロック・ホームズ踊る人形か<br />
だがその中に栞は1枚もなく、俺は首を捻る<br />
今度は本のページにも注意しながらパラパラめくってみると、挿し絵の一部に○がついていた<br />
その絵は棒人間にも見えるようなよくわからない記号がバラバラと書かれているものだった<br />
…はっきり言おう、わけがわからん<br />
手がかりがないものかと色々見ているうちにおもしろくなってきて、俺はこの本に読み耽っていた<br /><br />
…何時間たったのだろうか、俺は自転車を走らせていた<br />
本を読んでいるうちに長門が○を付けた人形の意味がわかったからである<br />
向かう場所は長門のマンション<br />
…しかし、長門もこんな手のこんだことをするなんてな</p>
<p> </p>
<p> 長門の部屋<br />
殺風景とも無機質とも言い表せるこの部屋の真ん中、テーブルの前に俺は腰を落ち着かせていた<br />
息を整えながら俺は長門が話し始めるのを待っている<br />
激しい動悸とともに高ぶった心が焦れったさを訴える<br />
だが、やっと話される言葉に俺はこれまでにないぐらいの驚きを覚える<br />
「あなたには死んでもらう」<br />
その言葉の意味を理解できずにいる瞬間、バケツに入った絵の具を引っ繰り返したように一気に景色が変わっていた<br />
狭いとまではいわないが、それでも走り回るのには不十分だった広さの部屋が、どこまで走っても何も見えなさそうな、だだっ広い砂漠に変わった<br />
…長門は今なんて言った?<br />
俺に死んでもらう?<br />
いったい何があったっていうんだ!?<br />
「あなたに以前話した朝倉涼子の再構成の理由は嘘」<br />
嘘だって!?…だったらなぜそんな嘘を?<br />
…俺に知られてはまずいことが…今の状況に関係あるのか<br />
「朝倉涼子はあなたを殺害するために再構成された」<br />
…殺…害…?朝倉…が…?<br />
そんなこと…信じられるか!だって朝倉は…朝倉は…<br />
「そう、朝倉涼子はあなたを殺害するのを試験的に実装された感情と呼ばれるエラーによって拒んだ…だから私があなたを殺害する」<br />
朝倉は急進派だったんだろ!?だったら主流派のお前が俺を殺す理由なんてないじゃないか!<br />
「今の情報統合思念体にそういった概念は皆無…おしゃべりは終わり」<br />
長門は俺に向けて手をかざした<br />
「IANUKATIANIHSUOWATANAOKOYR」<br />
そして例の呪文を詠唱する<br />
すると俺に対し、無数のナイフが飛んでくる<br />
そこにいるいつも本を読んでいて、いざというとき頼りになる寡黙な少女は、ただ冷酷に俺の命を奪おうとする饒舌な殺人者に変貌していた<br />
ナイフと俺の距離がどんどん縮んでいく…チェックメイトだ、これは避けきれない、俺は諦めて目をつぶった<br />
…爆発音がした<br />
ナイフが俺に届く前だった<br />
何が起きたか確認する暇もなく爆発音とともに発生した爆風と思われる強風にあおられ、俺は後方に吹っ飛んだ<br />
倒れながらも慌てて目を開けると、すべてのナイフを吹き飛ばした爆発音の中心に朝倉が立っていた<br />
「お前…どうして!?」<br />
長門と対峙していた朝倉はこちらを見るとニコッと笑顔になって言った<br />
「喧嘩したままお別れっていうのはいやなの、何よりあなたに死んでほしくないっていうのが一番ね」<br />
助けがきたと考えていいんだよな<br />
…この状況、いつぞやと逆だ…まさか、長門に襲われて朝倉に助けられるとは思ってもみなかったぜ<br />
「長門さんにしては情報の構成プログラムが稚拙ね、ホントはキョン君を殺したくないんじゃない?」<br />
朝倉のこの言葉に長門は子供の口喧嘩よろしく口を開く<br />
「あなたは駄作、このSSぐらい駄作…感情など我々にとってエラーでしかない」<br />
何の表情も見せない長門は抑揚なく言い切る<br />
「そんなことないわ、このSSだって本スレでwktkって言ってくれる人ぐらいいるのよ」<br />
ちょっと待て、フォローするのはそっちなのか?<br />
俺の生きるか死ぬかのシリアスな場面でお前らは何の言い争いをしているんだ<br />
「それは社交辞令、まとめの雑談所でこのSSが話題にあがったことはない」<br />
…この話を止める気はないらしい<br />
俺はしばらく傍観者の立場を貫くことにした<br />
「残念ね、一度赤コーラうめえwwwwって書き込みがあったわ」<br /><br />
「…しまった…情報不足…ただ、その内容はこのSS自体ではなく、ギャグの流れを誉めただけ…やっぱりこのSSは駄作」<br /><br />
「それでも評価は評価よ」<br /><br />
「聞こえない、それと一度、なんもおもしろくないとかうんことかの書き込みが本スレであったが、あの評価は妥当」<br /><br />
「あら、あの人達荒らし扱いされてたじゃない」<br /><br />
「そんなことはない、彼らは感想を言っただけ」<br /><br />
「あんまり言うと作者が凹むわよ」<br /><br />
「大丈夫、私にこの台詞を言わせているのは作者」<br /><br />
「自虐的ね、危ない趣味があったりして」<br /><br />
「そう、作者はドM」<br /><br />
「…流れはこれでいいの?」<br /><br />
「しまった…これはきっと作者の陰謀…話を戻す」<br /><br />
「彼を殺さなければあなたは消えてしまう…わかっているはず」<br />
ん?俺を殺さないと朝倉が消える…どういうことだ<br />
「…」<br />
朝倉が俯く、こいつあゆみちゃんのこと好きなんだぜーとあゆみちゃんの目の前で言われた小学生の男の子のような悔しそうな、恥ずかしそうな顔で<br />
「タイムリミットは今日の24時、それまでに彼の生命活動を停止させないとあなたは消滅する」<br />
言い聞かせるように長門が淡々と言葉を吐く<br />
「そうね、何度も何度も考えたわ…私が消えるか…キョン君が死ぬか…でも、いつでも答えは同じだった」<br />
俯いていた朝倉は真っすぐに長門を見る<br />
そして力強く言い放った<br />
「私は大好きな人がいる世界を守りたい!キョン君がいる世界を守りたい!」<br />
朝倉の言葉を聞いた長門はわずかに落ち込んだように見えた<br />
「…そう……」<br />
待て、話をまとめよう<br />
現在時刻23:30あと30分で俺が死なないと朝倉は消滅する<br />
朝倉は自らが消滅するのを望んだ<br />
長門は俺を殺すことを望んだ<br />
…だったら…俺の答えは…?<br />
記憶がフラッシュバックする<br />
教室で俺に謝った朝倉のはにかんだ表情<br />
不思議探索の時の朝倉の膝枕<br />
俺をデートに誘った朝倉の赤い顔<br />
遅刻してしまった時に見た朝倉の怒った顔<br />
観覧車の中にいた、朝倉の妖艶な雰囲気…<br />
朝倉の笑顔<br />
朝倉の声<br />
朝倉の<br />
朝倉の…<br />
「長門!俺を殺せ!」<br />
俺は叫んでいた<br />
…朝倉は、わざわざ感情なんてものを無理矢理押し込められて勝手に再構成された<br />
そして時間制限まで設けられて命を弄ばれた<br />
…俺も朝倉が大好きだ<br />
こんな…終わり方でいいわけない!<br />
「…殊勝な羊…それでいい」<br />
音もなく長門がこちらに歩いてくる<br />
覚悟はできている…朝倉…生きてくれ<br />
「そうはさせないわ」<br />
長門の前に朝倉が立ちふさがる<br />
その後ろ姿からは俺以上の覚悟を感じた<br />
「退くべき、彼を殺せない」<br />
ジェットの宝石のような目で長門が朝倉を見る<br />
「朝倉…いいんだ、俺はお前に生きてほしい」<br />
俺の目の前で朝倉は振り返り笑顔で俺にこう言った<br />
「あなたが私の消滅を拒んだのが先よ…意地の張り合いね」<br />
言い終わると一つウインクをする<br />
…どうしてこいつは…自分が死ぬための行動を笑顔でできる…!?<br />
「怖く…ないのか?」<br />
思っていたことが口に出てしまう<br />
俺にとっても不意打ちだった質問に朝倉はあっけらかんとした態度で答える<br />
「そりゃ、怖いわよ…だけどね…私はキョン君のためならなんだって笑顔でできるの♪」<br />
…打ち拉がれた<br />
こいつはこんな俺なんかのためにここまでの覚悟をしていたなんて…<br />
だけど、認めたら負けだ<br />
朝倉が消滅しちまう<br />
何か方法はないのか!?<br />
「UROMAMAGIHSATAWAHNUKNOYK」<br />
朝倉が例の呪文を呟く<br />
長門が大きく後ろに飛んだ<br />
「でたらめにも程があるだろ…」<br />
長門のいた場所の地面から俺の身長を余裕で越えるぐらいの無数の針が突き出していた<br />
「あ~あ、残念…奇襲で潰そうと思ってたのに」<br />
この言葉に長門は反応したようだ<br />
話し合いの姿勢を崩し、上へ大きく飛んだ<br />
「…あなたには少し眠っていてもらう」<br />
長門は上空で態勢を作り、呪文を唱える<br />
「EKADIISOHETIKIINATNAAHIHSATAW」<br />
すると、長門の背中から天使のような翼が生える<br />
それだけでも驚愕なのにその羽の一つ一つを飛ばしてきた<br />
「IIHSOHETIKIINNUKNOYKAHIHSATAWODEKIIHSERUAHIHCOMIK」<br />
朝倉は俺を含めた自分のまわりに竜巻を起こして羽を吹き飛ばした<br />
「OYONOMUIOTUOJNAKAGEROKNASOTAGAN」<br />
続け様に朝倉は長門の背後から小規模の隕石を飛来させる<br />
一般人の俺が見ても、朝倉の優勢は明らかだ<br />
「ATIHSNADUYINEUYUOJNAKAHATANAUOS」<br />
長門は空中で呪文を詠唱しながら器用な動きで隕石郡を回避する<br />
「…終わり」<br />
最後の隕石を回避して一言呟く長門<br />
すると上空に多量の剣、刀、槍等の武器が現われる<br />
長門が大きく後方にはばたいた瞬間、その無数の凶器が朝倉に向かって飛んでいく<br />
「この程度で終わりなんて舐められたものね」<br />
長門の言葉とは裏腹に朝倉には余裕があるように見える<br />
「ARAKURAAGONOMUROMAMAWIANIHSETNANNADUY」<br />
朝倉はやたらと口径のでかいガトリングを発生させ、飛来する武器郡を次々に撃ち落とす<br />
怖いものなしと思われた朝倉だったが、次に見た光景はあまりにも信じがたい、信じたくないものだった<br />
「…そんな…!」<br />
刀が勢い良く朝倉の胸を貫いた<br />
前方の大量の武器に気をとられ、背後から突っ込んでくる一本の刀に気付かなかったのだ<br />
両膝をついて崩れ落ちる朝倉の体<br />
勝負はついた、そう言いたいのかずっと上空にいた長門が地上に降りてくる<br />
「まだ終わらないわ♪」<br />
朝倉がにやりと笑った瞬間だった<br />
長門が地面に足をつけた瞬間だった<br />
それは唐突だった<br />
「ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」<br />
聞いたことのないような長門の悲鳴が耳を貫く<br />
長門が着地した地面から電気の帯が発生した<br />
電気が筋肉の収縮を促し、体が痺れ長門はその態勢のまま動けなくなっていた<br />
「あれだけ稚拙な構成プログラムなんだもの、トラップを仕掛けるのは簡単だったわ」<br />
余裕有りげのように朝倉が解説を入れるが、その声に余裕はあまり感じなかった<br />
「ARANUOYASUOTAGIRA」<br />
呪文を唱え、朝倉が暗い声で囁く<br />
「…情報連結解除開始」<br />
光の粒となって長門が消えていく<br />
…これでよかったのか?<br />
これで、長門が消えた<br />
すぐに朝倉も消滅する<br />
俺は長門と朝倉というふたりの友人を失った…<br />
「―――作――戦―――――失敗―――――――」<br />
一言だけ残し、砂浜に書いた絵が風に吹かれてさらさらと消えるように、長門の体も優しく消えてしまった<br />
ドサッという音をたて朝倉が倒れた<br />
膝をついた状態でもきつかったっていうのかよ<br />
「朝倉!!」<br />
俺は慌てて朝倉に駆け寄った<br />
朝倉を抱き抱えれば、腕が確かな重みを伝え、朝倉がまだここにいると訴えてくれる<br />
「意地の…張り合いは…私の勝ちね」<br />
その台詞とその力のない笑顔が俺の頬に一筋数滴を走らせる<br />
時計を見ればすでに11:58をさしている<br />
…もう2分しかない、カップラーメンも一緒に食べられない<br />
「AWIANETIHSAHIAKUOK」<br />
朝倉の呪文が耳に響き、異質な空間は爆音とともに今までいた長門の部屋に戻された<br />
「…キョン君ここ怪我してる」<br />
朝倉の手が俺の頬に触れる<br />
どうやら切り傷があったらしく、鋭い痛みが走った<br />
それは痛みのはずなのに…やさしかった<br />
朝倉の手がまだ温かさを保っていたから<br />
「URETIHSIAIKUSIAD」<br />
傷口が心地よさで包まれる<br />
再び触れた朝倉の手は、痛くなく、ただただ温かかった<br />
「ねぇ…最後にお願い聞いてくれる?」<br />
俺の頬から手を離し、儚い笑顔で朝倉は言った<br />
「なんだ?」<br />
情けなかった<br />
朝倉がせっかく笑顔でいてくれるのに俺は涙声だ<br />
朝倉が俺を生かすために戦ったのに俺には何もできない<br />
「観覧車の中でできなかったこと……して」<br />
俺は黙って頷き、朝倉にキスをした<br />
なんですぐにこの行動を起こしたかと聞かれると困ってしまう<br />
俺が単純にしたかったから、と答えておこう<br />
朝倉の口唇はまだ朝倉が存在していることを証明している<br />
この口唇を離したら朝倉は消えてしまうだろうか<br />
…違う、これは現実逃避だ<br />
例え口唇を離さなくても朝倉は消えてしまう<br />
…もう…会えない…近くて…遠い……<br />
朝倉の最期を看取った証明<br />
朝倉がここにいたという証明<br />
朝倉がまだここにいる証明<br />
互いの証明を貪るこの塩辛いキスは<br />
―塩辛くひたすら苦いキスは<br />
生涯忘れることはないと思われるほど深く俺の心に刻み込まれた<br />
…朝倉を抱き抱える俺の手が楽になっていく<br />
わかっている、朝倉が消え始めたんだ<br />
離れるのではなく、消えていく口唇の感触<br />
タイムリミットを告げる残酷さは無情にして冷静だった<br />
‘さよなら…’<br />
不意に脳に響く朝倉の声<br />
終わった、そう告げるように<br />
最期に聞いた朝倉のさよならは…私はここにいたと、間違いなく存在したとそう、主張していた<br />
別れの言葉が存在の証明になるとはなんと皮肉だろうか<br />
俺は逃げたくなるくらいの悲しみを木偶の坊の体に背負って、長門の家を出た</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>エピローグ<br />
「うかつ…今回のことはすべて私のミス」<br />
俺が学校に行ったのは翌々日のことだった<br />
その日の放課後、いつものように部室に入ったら長門がいてこう言った<br />
ん?なんで長門がいるのかって?<br />
俺もよくわからん<br />
実は長門がいるのを確認した瞬間、俺の本能が逃げろと叫んだ…もちろん昨日の昨日に殺されかけた相手だからだ、しかも俺の命をくれてやる理由などもうないしな…が、俺のすぐあとに古泉が入ってきたため2人いれば殺されないだろうとたかをくくって長門の話を聞くことにした<br />
今、俺にいえるのはそれだけだ<br />
「私はこの1週間、天蓋領域によって機能を停止に近い形で制限されていた」<br />
ん?1週間前っていうと春休み中だよな<br />
長門はちゃんと新学期から学校に通っていたじゃないか<br />
「あれは天蓋領域が造ったヒューマノイド・インターフェースが擬態したもの」言われてみれば新学期からの長門には少しだけ違和感があった<br />
ファミレスでカレーではなくハヤシライスを食べていたこと<br />
朝倉の話に出てきた長門がカレーではなくプリンを食べていたこと<br />
そしていくつかの言葉遣い<br />
なぜそれに気付けなかったのかと考えながら横を見ると古泉が微笑を消して絶句していた<br />
ショックで固まったといった感じだ<br />
…そういえば、古泉が長門とデートしたと言っていたな<br />
それが日曜日…なるほど、古泉がデートした長門は天蓋なんとかの変装だったわけだ、ご愁傷さま<br />
きっとパラレルワールドでは古長が流行るさ、もしかしたらその天蓋なんとかのインターフェースとラブラブになるかもしれんぞ<br />
「今回のことは情報統合思念体と天蓋領域の情報戦が発端」<br />
何もいえずにいる古泉を無視して長門が続ける<br />
何かスケールのでかい話になっているが大丈夫だろうか<br />
「情報戦の一部で情報統合思念体が敗北し、思念体の一部が天蓋領域に吸収される、その中に朝倉涼子の構成情報を含んでいた」<br />
…ほら、ついていけない<br />
宇宙ってすごいよなぁ…<br />
と俺が現実逃避していると、地獄の底から這いずり上がって来たのか、古泉が割ってはいってくる<br />
「では、信長の野望に例えましょう…信長が近畿一帯を有している際、長政に近江に侵攻され、近江の護りについていた秀吉が相手の家の武将になってしまった、といったところでしょうか」<br />
何かに例えるのが好きな奴だな<br />
しかも細かい、長政って誰だ?<br />
黒田か、浅田か<br />
「浅井です、やはり近江地方といえば浅井でしょう、浅井家の家紋が米俵をモチーフとしているのは近江でよく米がとれるからですし」<br />
そんな豆知識いらん<br />
なおさらわからなくなってきたのは気のせいか<br />
「ではMGSで説明しましょう、オタコンがメタルギアを…」<br />
「もういい」<br />
どこまでも説明同好会な古泉を一蹴すると古泉は微笑みのまま肩をすくめた<br />
さっきのことがショックなのはわかるが、お前の説明はわかりにくい<br />
「天蓋領域はその情報をもとに朝倉涼子を構成し、涼宮ハルヒの鍵であるあなたの殺害を試みた」<br />
俺が理解できているかは無視ですかそうですか、まあここのくだりぐらいはわかるぞ<br />
…なんで殺害なんだ?俺はどこぞの宇宙人の恨みを買う真似をした覚えはないぞ<br />
「鍵がなければ門は開かない、天蓋領域は涼宮ハルヒを無効化しようとした」<br />
でも天蓋の方の長門は下手に怒らせると宇宙消滅の危険があるって言ってたぞ<br />
そんな賭けに出たのか?<br />
「天蓋領域にはその際の情報爆発を吸収する術を持っていたと思われる」<br />
佐々木か<br />
「…その発言は謹むべき」<br />
ん?なぜだ?<br />
「このSSの舞台は2年の新学期、タイムパラドックス」<br />
ああ、そうか分裂で佐々木と再会したのはその時期だっけ<br />
だから九曜って言わずに天蓋領域のインターフェースって回りくどい言い方をしてるんだしな<br />
「そう」<br />
そうか、だいたいわかったよ<br />
…俺が想った朝倉もまがい物だったんだよな<br />
「それは本物、以前の朝倉涼子の構成情報と相違は1%未満、記憶データも当時のものを実装された」<br />
…なんだって!朝倉は本物!?<br />
じゃあ感情があったってのは?<br />
「恐らく事実、以前私に生じたエラープログラムも朝倉涼子の構成情報とともに天蓋領域に吸収されているためその際、融合した可能性は99.8%」<br />
…朝倉<br />
心が熱くなった<br />
心が痛くなった<br />
朝倉に会いたい、誰よりも会いたい<br />
「お待たせー!今日もみんな…ってあんた何泣いてるの!?」<br />
どでかい音を立てて入ってきたハルヒに指摘されて気付いた<br />
俺は涙を流している<br />
昨日散々流すだけ流して、もう流さないと決めたはずの涙を流している<br />
俺はなんてことないふりで涙を拭った<br />
「いや、長門が前読んだ本の話をしてくれたんだが、感動してな」<br />
今、俺が吐ける精一杯の嘘を吐く<br />
「へぇー…キョンが泣くほどねぇ…有希!あたしもその話聞きたいわ!」<br />
長門は首をふり、本棚から一冊の本を出した<br />
そしてその本をハルヒに差し出した<br />
「読んで」<br />
「え?」<br />
長門の唐突な行動にハルヒが戸惑っている<br />
長門、それじゃあ言葉が足りん<br />
「あなたには読書家の一面もある…私はあなたにこの本を読んでもらって…あなたと一緒に本の話をしたい」<br />
長門のこの台詞に思わず笑みがこぼれちまった<br />
…長門も人間らしくなったよな<br />
隣にいる古泉の微笑にも温かさを感じることができた<br />
考えていることは一緒らしい<br />
「わかったわ!本の話をするのにキョンじゃ役不足だもんね!ありがたく借りていくわ!」<br />
失礼な奴だ<br />
俺だって本くらい読む<br />
それにお前は役不足の使い方を間違っているぞ<br />
ホントに読書家かどうかあやしいもんだ<br />
なんてやっているうちに朝比奈さんもやってきていつもの団活が開始される<br />
いつもの光景だ<br />
平穏な日常だ<br />
…なのに俺は心にぽっかり穴が空いたような気分だ<br />
目の前のことにも集中できず、久しぶりに古泉にチェスで負けた<br />
…心ここにあらずとはこのことを言うのかもな<br />
どうしょうもないもやもやを抱えたまま長門が本を閉じる音を聞いた<br />
そのうちこの空虚感にも慣れるのかと考えたが、慣れてしまう自分に嫌悪を感じるのもまた事実だった<br /><br />
「本日19時、私の部屋に来てほしい」<br />
ハルヒと朝比奈さんが先頭で料理の話に華を咲かせる帰り道のことだ<br />
長門が俺に言った<br />
長門がそう言ったからには断る理由などなく、俺はさも当たり前のように了承した<br />
「あなたも」<br />
その視線は俺の横、古泉に向けられていた<br />
「僕ですか?」<br />
古泉が疑問を口にする<br />
そりゃそうだ<br />
俺が古泉でも同じ疑問を持つ<br />
しかも日曜のこともあり、複雑な気持ちだろう<br />
「そう」<br />
漆黒の瞳に見つめられる古泉が根負けし、その意見を了承するのに時間はかからなかった<br />
「わかりました」<br /><br />
そんなこんなで長門宅である<br />
マンションの前で会った古泉とともにエレベータを降りる<br />
長門はなぜか自分の部屋の玄関の前で俺たちを待っていた<br />
「こっち」<br />
俺たちの存在を確認すると長門は歩き出した<br />
古泉と顔を見合わせる<br />
…って顔が近い!<br />
俺は一歩退いた<br />
表情を見るかぎりでは古泉にも意図は読めなかったようで互いに疑問符を浮かべながら長門に着いていく<br />
そして辿り着いたのは、マンションの一室…玄関の前だった<br />
「ここから先はあなた一人で行くべき」<br />
…この部屋番号…覚えているぞ<br />
ハルヒとこのマンションに来たとき、管理人のじーさんにいろいろ尋ねた番号だ<br />
…もしかして、と鼓動が揺れる<br />
長門はとっとと古泉を伴って自分の部屋に戻ろうとしている<br />
…期待していいんだよな<br />
俺は逸る気持ちを押さえ、力強く、確かな動きでドアノブを捻った<br /><br /><br />
―夢、じゃないよな<br /><br /><br />
試しに太ももをつねってみる<br />
痛い、間違いない…現実だ<br />
そう確信すると俺の目から大量の涙が溢れ出てくる<br />
「…ただいま、キョン君」<br />
照れ臭そうに薄紅に染まって笑う朝倉が目の前にいる<br />
俺の目が霞んだ視界の中に朝倉を確かに確認している<br />
堪らず、俺は朝倉を強く抱き締めた<br />
映像としてではなく、実体として感じる朝倉の存在<br />
その感触が、その温もりが直に伝わってくる<br /><br />
もう離さない、離したくない<br />
あんな思い二度としたくない<br />
さらに強く朝倉を抱き締めると朝倉が苦しそうに息を漏らす<br />
朝倉は…ここにいる……生きている<br />
ただでさえ溢れ出ていた涙がとめどなく量を増やす<br />
もっと朝倉を感じたかったが、これ以上強く抱き締めるわけにもいかない<br />
だから俺は…代わりに朝倉に口付けた、この想いが誓いに変わるように、このキスが永遠の誓いになるように<br />
俺の心の中、涙のキスで途切れていたた朝倉の存在が、静かにもう一度、涙のキスで動きだす<br />
二つ目の生涯忘れることのないキスは前と同じように塩辛かった<br />
だが決して苦くなく<br /><br />
―ただただ甘かった<br /><br />
FIN<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
おまけ<br />
「朝倉涼子は情報統合思念体により再々構成された」<br /><br />
「そうですか、でもなんでまた?」<br /><br />
「今回のように我々ヒューマノイド・インターフェースが天蓋領域の支配下におかれた際、他のインターフェースが破壊できるように」<br /><br />
「喜緑さんがいらっしゃるじゃないですか」<br /><br />
「1対1より2対1の方が勝率が高い、それに喜緑江美里は穏便派…観察に撤することが多い」<br /><br />
「そういえば今回、彼女の出番はありませんでしたね」<br /><br />
「そう…ただ今回の観察の報告は受けている…日曜日のあなたのことも」<br /><br />
「…あ、あれはですね…」<br /><br />
「…古泉一樹、私はあなたにあの時と同じことをしてほしい」<br /><br />
「若気のい…って長門さん?」<br /><br />
「…」<br /><br />
「…わかりました…じゃあお願いがあるのですが、僕のことをいっちゃんと呼んでくれませんか」<br /><br />
「………いっちゃん……」<br /><br />
「ありがとうございます…これはお礼です」<br /><br />
「…いっちゃ……ん…あ…んん…」<br />
FIN<br /><br /><br /><br /><br /><br />
おまけのおまけ<br />
「あたしの出番全然ありませんでしたぁ~」<br /><br />
「みくる!泣かない泣かない!今回ははるにゃんだって空気だったし、あたしなんか出番ここだけっさ!」<br /><br />
「鶴屋さんも涼宮さんも他のSSで何回も主役はってるじゃないですか!あたしなんて…恋愛系のSSほとんど書かれないんですよ!」<br /><br />
「んん~しょうがないなぁ~…じゃあこのスレにいる職人さん達におねがいしてみる!っていうのはどうにょろ?」<br /><br />
「やってみますぅ~…み、皆さ~ん、あたしのSS書いてくださぁ~い…できれば禁則事項とか関係なくキョン君と結ばれたいですぅ~」<br /><br />
「うん!なんかみくるのSS少ない理由がわかった気がするよ!それじゃ!みんな今度こそめがっさ!めがっさ!」<br />
本当にFIN</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>プロローグ</p>
<p>宿題がない長期休暇など存在せず、世間一般でそれでも宿題が少ないと言われている春休みが終わった新学期のことだった<br />
特に何の感動もなく進級し、せいぜい考えていたことといえばあと1年で朝比奈さんが卒業かということぐらいだった<br />
受験で忙しくなるだろうから部室にもあまり顔を出せなくなるのだろうか<br />
この破天荒な日常の中で唯一と言っても過言ではない俺の心の癒しがなくなるのはどうにもいたたまれない気持ちだとそんなことを考えながら登校すると俺の後ろの席に座っていた100Wの笑顔が俺のところに飛んできた<br />
「キョン!今日、転入生が来るらしいわよ!どうせ転入してくるならやっぱり、宇宙人がいいわよね!」<br />
おもちゃ箱を引っ繰り返した子供のような顔でハルヒが騒いでいる<br />
冗談じゃない、これ以上宇宙人が増えられても困るだけだ<br />
それにしても転校生の好きな奴だ<br />
きっとそういうゲームでもハルヒは転校生から攻略するに違いな…<br />
やめておこう<br />
例え女性向けであったとしてもハルヒがそういうゲームをやるとは思えないし、もちろん俺もやったことがないのでこれ以上語れない<br />
「転校生はシナリオが逸材って相場は決まってるものよ!!」<br />
…ってやったことあるのかよ!<br />
それが男性向けか女性向けかによって今後のハルヒとの付き合い方を考えなければならん<br />
「しかしだなぁハルヒ、あんまり一つのシナリオに期待しすぎるとそのシナリオがいまいちだった時の脱力大きいぞ」<br />
ハルヒは満面の笑みを崩さずに続けた<br />
「大丈夫よ!そういうときは大して期待してなかったキャラのシナリオが逸材だったりするから!!」<br />
なるほど、一理ある…<br />
そんなことを考えていると岡部がやってきてこの会話はお開きとなる<br />
俺は前に向き直り、噂の転校生の紹介を待った<br />
「今日はみんなが驚く転校生が来ているぞ、それとハンドボールしないか?」<br />
俺は危惧するべきだったのだ<br />
さっきのハルヒの言葉に<br />
入ってきたのはまさに宇宙人だったからだ<br />
入ってくると同時にあがる野郎共の歓声に反するように俺の背筋は凍り付き、冷や汗がだらだらと流れた<br />
イカレたあの空間と銀色に光るナイフの記憶がフラッシュバックする<br />
「あー、朝倉はカナダで親御さんにこの高校に戻りたいと悲願して一人で戻ってきたそうだ、それとハンドボールしないか?」<br />
自分でも顔が引きつっているのがわかるほど動揺している俺の心境を尻目に岡部は説明を付け加えた<br />
朝倉はというと少しきょろきょろしたあとに俺と目を合わせ、笑顔で手を振りやがった<br />
それと同時に向けられる全男子の鋭い目<br />
その目からは「どうしてお前が!?」という意味を汲み取れる<br />
一番読みやすい谷口からは「てめえ、涼宮だけじゃなくて朝倉涼子にまで手を出してやがったのか!?しかも長門有希といい、朝比奈さんといいどうしてお前のまわりには美人が集まるんだ!?お前はギャルゲーの主人公か!?ようし、決めた…お前の妹が大きくなったら俺が嫁にもらうからな!!」<br />
と伝わった<br />
冗談じゃない、お前なんかに妹はやらん<br />
と現実逃避をしていると後ろからシャーペンが刺された<br />
朝倉涼子がそこにいるという理由だけで俺はナイフじゃなくてよかったと安堵した<br />
「まさか転校生が朝倉涼子だったなんてね、これは不思議の匂いだわ」<br />
朝倉から不思議の匂いがするかどうかは山根に聞いてくれ<br />
やたらご機嫌なハルヒに気付かれぬように俺はため息を着いた<br />
やれやれ、どうして俺が悩むときはこいつがご機嫌かね</p>
<p><br />
第1文節<br />
「長門!」<br />
HRを終えて俺は文芸部室に走ってきた<br />
次は体育館に移動して始業式だからもしかしていないかとも思ったが変わらず長門は指定の席で分厚いハードカバーを読んでいた<br />
「……あなたの危惧は杞憂」<br />
視線を本から外さないまま長門がぽそりとつぶやいた<br />
「朝倉涼子は以前のことをあなたに謝りたいと思っている」<br />
長門が淡々と続ける<br />
謝る?あいつが?<br />
謝るくらいなら最初からするなっていうのは誰の台詞だったかね<br />
「それだけでは安心できん、もっと能力的な…例えば他の方々のSSみたいに情報の改竄ができなくなっているとかはないのか?」<br />
長門が言うなら間違いはないだろうが、人間のトラウマというものはそう簡単に構築されてはいない<br />
溺れてる奴がわらに縋る気持ちが今ならちょっとわかる<br />
「朝倉涼子のヒューマノイド・インターフェースとしての能力は以前より向上している、これは情報統合思念体の急進派が主流派に統合され、朝倉涼子がバックアップとしてではなく私とは別の目的をもって再構築されたため」<br />
別の目的?<br />
なんだ、それは?<br />
「涼宮ハルヒを退屈させないこと」<br />
退屈させないとはね<br />
情報統合なんとやらも古泉のところの機関みたいになってきたな<br />
「情報統合思念体は以前の事象により、涼宮ハルヒを怒らせたり悲しませたりすることは宇宙消滅の可能性があり、危険と判断した…情報統合思念体は人間の感情というものを理解していないがどういったファクターで感情と呼ばれるものが発生するかは理解している」<br />
ええと…要するになんとか思念体はハルヒのご機嫌とりに撤するってことか?<br />
でもそうすると長門のいう情報フレアの発生がなくなるんじゃないか?<br />
「あなたと涼宮ハルヒが以前次元相違空間に転移し、この次元に復帰した際、情報統合思念体でも解読に時間のかかる情報フレアが涼宮ハルヒから発生した、今から43時間38分12秒前に解読を完了し、その情報が我々の自律進化の可能性に大きく近づくことがわかったことからその1時間後、情報統合思念体は朝倉涼子を再構築した」<br />
待てよ、その俺が閉鎖空間から帰ってきたことと朝倉の再構築とどう関係があるんだ?<br />
「この情報フレアは涼宮ハルヒが嬉しいと感じたときに検出されている、事実、涼宮ハルヒが朝比奈みくるの胸部を揉んでいるときにも微量ながら発生が確認された、そのため朝倉涼子が涼宮ハルヒを喜ばせるため再構築された」<br />
なるほど、だいたい理解できたよ<br />
朝倉は宇宙の消滅を防ぐためとその情報フレアの発生促進のために現われたんだな<br />
とりあえず、朝倉涼子に危険性はないってことでいいんだな?<br />
「いい」<br />
その短い返事を聞いて満足した俺は遅れないように早足で体育館へ向かった<br />
この時、俺は背後で交わされる会話を聞き逃してしまっていた<br />
「長門さんも嘘がうまくなったわね」<br />
「…あなたほどではない」<br /><br />
時は流れて放課後である<br />
もともと始業式なんてものは長いだけで何の生産性もない校長の話ぐらいしかすることがないので何もなかったというほかないのだ<br />
いつものように、文芸部室の扉をノックするといつもとは違う声が返ってくる<br />
「どうぞ♪」<br />
俺はその声に脊髄反射的に後退りをした<br />
トラウマを抉る声だったからだ<br />
長門が保証してくれたにも関わらず恐怖を感じるのはやはり命の危機のトラウマはでかいということだな<br />
とまぁそんなことを納得していても仕方ないのでゆっくりドアノブを握って、ゆっくり開いた<br />
「で、向こうでどんな不思議なことがあったの!?」<br />
部室には俺以外の全員とさっきの声の主、朝倉がいて、ハルヒに全力で質問攻めされていた<br />
2人が座っているのは普段俺と古泉が座っている席だ<br />
その古泉はといえば部室の端に立っていて俺と目が合うと小さく肩をすくめた<br />
仕方がないので俺は団長席に座る<br />
すると間髪入れずにハルヒの声が飛んできた<br />
「キョン!絶対にして不可侵なあたしの団長席に座るなんて10000000000年早いわよ!」<br />
お前が俺の席に座っているというのに身勝手な奴だ<br />
それに数字にされると読みにくい<br />
えーと…百億年か<br />
「じゃあ俺はいったいどうしたらいいんだ」<br />
不満をぼやく俺に対し、我らが団長様はこう言った<br />
「そこでハレ晴レユカイでも踊ってなさい!」<br />
命令された俺は部室の隅でハレ晴レユカイを踊り始める<br />
途中から古泉も入ってきて、そのカオスっぷりはホントに投下はこのスレでよかったのかわからなくなるほどだった<br />
俺たちが一曲フルコーラスで踊りきる頃にはハルヒも何もなかったと言い張る朝倉に飽きたらしく団長席に戻っていた<br />
「カナダよ!カナダ!なのにどうして宇宙人の一人や二人いないのかしら」<br />
宇宙人ならここにいるぞしかも二人もな<br />
何よりお前が質問攻めしていた張本人が宇宙人だ<br />
その後は特に何もなく…ああ、そういえばハルヒが朝倉にSOS団の団活に参加してもいいと許可をしていたな<br />
まぁめぼしいことといえばそれくらいで、古泉とチェスをやっているうちに長門が本を閉じる<br />
さて帰るかと支度をしていると朝倉が気配もなく俺に耳打ちした<br />
「よかったら、これから1年5組の教室に来て」</p>
<p> </p>
<p>と、いうわけで1年5組の教室にやってきた<br />
なぜ俺はこんなにお人好しなのだろうか<br />
お人好しを治す薬があるならぜひがぶ飲みしたいね<br />
扉を開けて中を覗けば朝倉が笑顔を向けてくる<br />
「よかった、来てくれないと思ってたから」<br />
しかし、その笑顔に裏がないとは今の俺には到底思えず、入り口で教室に入るのを躊躇していた<br />
「入ったら?」<br />
そんな俺を催促する朝倉の笑顔にどうリアクションしていいのかわからず、引き続き立ちすくむしかなかった<br />
「…はぁ仕方ないわね」<br />
朝倉が例の何か呪文のような言葉を発する<br />
まずい、逃げろと思った時にはすでに遅く、壁に押されるような力で俺は教室に押し入れられて尻餅をついてしまった<br />
その瞬間、見慣れた教室が以前のようなわけのわからない空間に変わっていた<br />
まずい、二の舞か!?<br />
危険性はなかったんじゃないのかよ、長門!<br />
「長門さんの助けを期待しても無駄よ、長門さんは今の私に協力的だもの」<br />
立ち上がった俺にゆっくりと近づいてくる朝倉<br />
距離がだんだん縮まっていくのは俺の背後が壁だからだ<br />
…長門が協力的!?<br />
なんだってんだ!?情報なんとか体は俺を殺すっていうのか!?<br />
もう古泉でもスネークでもいいから助けてくれ!<br />
ん…なんだ!?体が動かないぞ!<br />
くそっ!前にもあったぞ、こんなこと!<br />
「今度は始めからこうするの、だって逃げられたくないじゃない♪」<br />
満面の笑みの朝倉はまだナイフを持っていない<br />
だからこそどういう手段で俺を殺そうとしているのかが不安でしょうがない<br />
朝倉が零距離まで近づいてきて、俺は恐怖で目を瞑った<br />
だが次に感じたのは痛みではなく、ぽふっと優しく当たる感触だった<br />
肩透かしを食らった俺は思わず目を開けた<br />
そんな俺を驚愕させたのは朝倉が俺の胸に顔を埋め俺を抱き締めているその光景だった<br />
なぜ?WHY?<br />
「…ごめんなさい」<br />
蝶の羽音ぐらいの声で弱々しく発される朝倉の台詞<br />
わけのわからない空間で女が男を抱き締めているという光景だけ見ればなかなかシュールなひとこまだったが、俺の思考はシリアスだった<br />
「宇宙人産のアンドロイドでも申し訳ないと思うのか?」<br />
「…いじわる」<br />
朝倉の声に先程までの悲観さはなかった<br />
俺の声から悟ったからだろう<br />
もう、俺にとって朝倉はトラウマではないと<br />
さっきトラウマはそんな簡単に構成されていないと言ったが撤回しよう<br />
ごめんなさいの一言で消滅するトラウマならわりと単純に構成されていた<br />
「情報統合思念体はね、長門さんから採取されたエラーをもとに私に感情を実装したの…もちろんまだ試験的だけどね」<br />
俺を抱き締めたままの朝倉が俺に言う<br />
宇宙人産アンドロイドが感情か<br />
…意味がわからないし…笑えないな<br />
なぜって今の朝倉に俺も特別な感情が芽生えちまったからな<br />
「ところでそろそろ離してくれないか」<br />
少し間を空けたあと朝倉が何か呪文を唱えた<br />
そしてまわりの光景が教室に戻る<br />
…って何で体が動かないままなんだ?<br />
「うん、それ無理♪だって私は本当に放課後の教室で抱き合う男女っていうシチュエーションに憧れていたんだもの」<br />
朝倉は俺の胸の中で初めて俺に視線を向けた<br />
潤んだ目で頬を赤く染めている<br />
しかも態勢からどうしても上目使いになっているわけで<br />
…ありかよ!?反則だ!!<br />
どれほどの間、理性と本能が格闘をしていただろうか、最低でも教室のドアががらりという音を出すまで思考も体もとまったままだった<br />
「WAWAWA忘れ物~♪ってぬおっ!!」<br />
ザ・WAールド!<br />
時が止まった<br />
この光景を見られてどう弁解しようかなんて考えても無駄無駄<br />
「すまん!」<br />
ネクタイの位置を調整して谷口はきびすを返す<br />
「…羨ましいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」<br />
忘れ物番長はロベルト・カルロスの蹴ったボールぐらいの勢いで駆けていった<br />
どうでもいいが、前回といい今回といい忘れ物は持って帰らないのか?<br />
あ、体が動く、谷口GJ<br />
さて…なぜこんなに俺が落ち着いていられるかというと…<br />
「朝倉、情報操作で谷口の記憶をなんとかしてくれないか?」<br />
こいつはあの頃の長門とは違う<br />
この言葉の意味も理解してくれるだろう<br />
「やだ」<br />
頬を膨らませ、ぷいっとそっぽを向く朝倉<br />
…お前、そんなキャラだったか?<br />
「やだってお前…そんなこと言ったらハルヒに知られてとんでもないことに…」<br />
もちろん、世界がではなく俺が<br />
増えるわかめ一袋丸飲みの刑で俺のお腹がパンパンになり、破裂して喜緑さんが生まれてしまうかもしれん<br />
「言ったでしょ?私には感情があるの、どうしてもって言うなら彼の該当記憶の私の部分を古泉くんにしてもいいわよ♪」<br />
「そのままでいいです」<br />
ここはプリンなんだ<br />
そういうのはアナルでやれ<br />
と、いうわけでハルヒの時とはまた違った意味で俺の意見は受け入れられず、せめてもの抵抗に明日の増えるわかめ一袋丸飲みに備え、夕飯をあまり食べずにした<br />
そしてあの上目遣いが忘れられず、いささか睡眠不足で次の日を迎えた</p>
<p>
登校という名のハイキングコースであくせく足を動かし、あくびをしながらなぜ子供の頃は昇龍拳コマンドができなかったのか、今はブリスコマンドすら余裕でできるのにとどうでもいいことを考えていたら声がかけられる<br />
「おはよう!キョン君!」<br />
誰であろう、他でもない、俺の睡眠不足の元凶朝倉だ<br />
「よお」<br />
ここでこいつに会うなんて珍しい…って当然か、こいつはずっといなかったんだから<br />
「昨日長門さんにおでん持ってったんだけど、餅巾着がないって怒られちゃった」<br />
他愛もない日常会話というものである<br />
こんな話をしながらこいつと登校するなんて一昨日までは思いもよらなかったな<br />
そんな他愛のない話をしながら下駄箱までやってくると下駄箱の中に封筒にすら入っていない破れたノートの破片のようなものを発見した<br />
…朝比奈さん(大)ではない?<br />
朝倉から見られないようにメモの内容を確認するとそこには走り書きで‘そのままの足で屋上前の踊り場へ来い’と書いてあった<br />
教室の前まで来てから朝倉にトイレに行くと告げ、踊り場に急いだ<br />
「遅かったなぁ、キョン」<br />
そこにいたのは谷口であった<br />
「何のようだ?」<br />
こう聞いておきながら俺はある程度の予想がついていた<br />
恐らく昨日のことだ<br />
前回の長門の時は特に何のフラグにもならず、ちょっとした笑えるハプニングとして収まっていたから今回もそうなるだろうとたかをくくっていたが、どうやらそうもいかないらしい<br />
「まぁなんだ…朝倉涼子はAAランク+だ、迫られて断りきれないのもわかる…だがお前、涼宮はどうするんだ?」<br />
こいつはまだ俺とハルヒが付き合ってるとか思っているのか?<br />
それに昨日のことは断る断らないじゃない、あの時はなすすべなかったんだ<br />
身動きも取れずただ抱き締められていたんだよ<br />
まぁそんな悪い気もしなかったかと聞かれればそうだなと答えるが<br />
ん?もしかして俺Mなのか?<br />
「浮気は男の甲斐性っていうしな、このことは誰にもいわん、だがな…いつまでもこんなこと続けてたらいつかお前、痛い目見るぞ」<br />
大きなお世話だ、浮気ってなんだ浮気って<br />
俺はこの高校生活でそんなドロドロになりうる要素を持った覚えはない<br />
ただハルヒに知られないというのはすばらしい<br />
そのことだけは感謝できるからここは何も言わず穏便にすませよう<br />
増えるわかめ一袋丸飲みに備えて場所を空けておいた胃が安心したのか高らかに空腹を訴えだす<br />
「すまんな」<br />
谷口への感謝の言葉を一言流して俺たちは教室へ戻った<br /><br />
教室に戻って席に着くと上機嫌のハルヒが俺に話し掛けてくる<br />
「明日の不思議探索朝倉も来れるって!やっぱり、人海戦術は重要よね」<br />
そう、始業式が木曜日だったため、今日は金曜日<br />
故に明日の土曜日は不思議探索である<br />
俺も昨日の出来事から朝倉に対して負の感情は抱いていない<br />
むしろ今まで感じたことのないような暖かい気持ちを抱いている<br />
ハルヒの上機嫌に倣うように俺も機嫌がよくなる<br />
だが、機嫌がよくても授業は無情にも開始するのである<br /><br /><br />
…腹が減った<br />
昨日の夕飯をあまり食べていない+朝飯を抑えたことが災いして俺の腹はミュージシャンのライブのアンコール並に騒いでいる<br />
史上最大の変則マッチ<br />
眠気&空腹タッグVS俺の我慢<br />
何度も諦めて眠気に降伏しようとしたのだが腹が減って眠れないという悪循環の前には無意味な降伏であり、いっそ寝てしまって昼休みまでBooooonとワープ作戦は失敗に終わった<br />
生き地獄のような気分を味わいつつ長い長い午前の授業の終了を待った<br /><br />
…やっと昼休みである<br />
これほど母親の弁当を待ち遠しく思ったことはない<br />
さて…<br />
意気揚揚とカバンを開けて弁当を探す<br />
…ん?嘘だろ!?<br />
俺の手が最悪の状況を知らせる<br />
俺は何度もカバンの中を確認する<br />
この時点で俺の焦りは最大級に達していた<br />
厳しい現実を認めるのを拒む脳の命令を従順に実行する俺はカバンの中身を全部引っ繰り返した<br />
そして認めたくない現実を認めざるをえなくなる<br />
…弁当忘れた<br />
なんということだろう、このSSの作者は金がなくて今月どうやって生きようと考えている時に5000円拾うというタイミングの良すぎるラッキーを経験しているというのに俺はなんとタイミングの悪いアンラッキーだ<br />
何か!?何か食料はないのか!?<br />
…だからないって!<br />
仕方なく俺は明日の不思議探索で減るのが確定している財布の中身を確認する<br />
…仕方ない、古泉に借りて学食にいこう<br />
過去稀に見るとぼとぼ歩きで席を立ったら朝倉が話し掛けてきた<br />
「あ、キョン君…よかったらご飯一緒に食べない?ちょっと作りすぎちゃったの」<br />
あなたが神か!<br />
いや、古泉によると神はハルヒらしいが<br />
今はそんなこと知ったこっちゃねえや<br />
俺は目の前にいる女神の提案に飛び付き、2つ返事で了承した<br /><br />
場所は階段の踊り場である<br />
午後の気温と日差しが美しい桜を際立たせる光景が広がっていて、俺は朝倉とシートを広げ弁当を広げ話題を広げている<br />
正直いって朝倉の料理はうまいともまずいとも言えない、なんとも微妙な出来だったが大変腹が減っている俺にとっては砂漠のオアシスよりも有り難いものだった<br />
「ねえ、おいしい?」<br />
不意に朝倉が聞いてくる<br />
今話していた話題を切ってまで言うことなのかは甚だ疑問だが俺は返答をする<br />
「まぁうまいぞ」<br />
この答えでは満足しなかったのか、朝倉は芋む…げふんげふん、眉毛を吊り上げて中央に寄せる<br />
「まぁじゃなくておいしいかまずいで答えて」<br />
遊び幅のない完全2択か<br />
だったらこれはうまいだろう<br />
「うまいぞ」<br />
その言葉を聞いた朝倉は安堵のため息混じりに<br />
「よかった~」<br />
と胸を撫で下ろした<br />
…さっきこの料理を正直微妙だと言った俺を増えるわかめ一袋丸飲みの刑にしてやりたい<br />
この料理は朝倉の笑顔という調味料があって完成なのだ<br />
人の想いがこもった料理ならうまいに決まってる<br />
今なら言える、これは今まで食ったことのないぐらい最高にうまい料理だった<br />
…なんてのはクサすぎるか?</p>
<p> </p>
<p>そして放課後である<br />
なぜ午後の授業の描写がないかといえば朝倉の料理がうますぎて大量に食べ過ぎてしまったからで、それが午後の授業を爆睡せざるをえない理由には十分なものだからである<br />
俺は掃除当番だったため俺が部室にいくころには朝倉を含む全員が揃っていた<br />
「遅いわよ、キョン!」<br />
失礼な、俺はお前と違って真面目に掃除するからそれだけ時間がかかるんだ<br />
「まあまあ、彼も来たことですしそろそろ始めませんか?」<br />
古泉がハルヒを促す<br />
やれやれ何を始める気だ<br />
俺が苦労することじゃなければいいが<br />
「SOS団!ミーティングの開催をここに宣言します!」<br />
机に片足をかけ、高らかに人差し指を天に指差し、ハルヒが叫ぶ<br />
「議題は明日の不思議探索!せっかく朝倉が参加するんだもの、今まで通りじゃダメよ!」<br />
意気揚揚と話を続けるハルヒ<br />
あまり長くなってもあれなので、細かい描写を割愛させてもらって、ダイジェストで説明すると明日の不思議探索は2人ペアを3組、より効率的に進むため1日同じペアで探索するという<br />
ハルヒの思い付きにしては無茶が足りないなと思ってしまった俺は相当ハルヒに毒されているな<br />
そしてその日の活動は基本いつも通り、違うところといえば古泉とやっていた囲碁に朝倉と長門が入ってきて俺&朝倉VS古泉&長門のペア碁になっていたことぐらいか<br />
勝敗?いくら長門でもカバー仕切れなかったとだけ言っておこう<br />
そしてなんら変哲のない夜を越えて翌朝である</p>
<p> </p>
<p>第二文節<br />
「キョンく~ん朝だよ~」<br />
妹のフライングエルボーがいいところに決まりさわやかな朝がやってきた<br />
時間はまだ余裕がある<br />
うん、フライングエルボーは置いておいて、いい仕事をしたな妹よ<br />
さてそろそろ俺以外の誰かの財布を軽くしてやりたい俺はいつもより少し早めに集合場所へ向かった<br /><br />
「遅い!罰金!」<br />
なんということだろう、集合時間の30分前に着いたにも関わらずそこには俺以外の全員が揃っていた<br />
理不尽な奢りに嘆きながら喫茶店に移動する<br />
「くじびきするわよ!無印、赤、黒だからね!」<br />
全員の飲み物が運ばれて来てからハルヒが爪楊枝を握る<br />
結果は古泉&長門ペア、ハルヒ&朝比奈さんペア、俺&朝倉ペアとなった<br />
どうでもいいが、ハルヒは何度も自分の爪楊枝と朝倉の爪楊枝を見比べていた<br />
「いい!?デートじゃないんだからね!」<br />
お決まりの常套句を聞いて探索開始である<br />
俺と朝倉は舞う桜吹雪の眩しい並木道を歩いている<br />
「くじびきズルしちゃった」<br />
朝倉が照れ笑いをしながら舌を出す<br />
ズルってあれか?情報操作ってやつか?<br />
「うん、今日はどうしてもキョン君と一緒がよかったから」<br />
そう言った朝倉の笑顔に一瞬陰りが出る<br />
しかし、見間違いだったのかすぐにもとの笑顔に戻る<br />
「少し座らない?」<br />
朝倉の提案に乗っかることにした俺は朝倉が座ったベンチの隣に少し間を空けて座った<br />
「涼宮さんには悪いことしちゃったかな」<br />
口元を押さえてクスッと笑う朝倉<br />
なぜハルヒに?<br />
「なんでもない♪」<br />
機嫌よく一言言った朝倉は俺の頭をつかみ、俺を横にした<br />
…これ膝枕じゃねーか!?<br />
「…いや?」<br />
全然いやじゃないです<br />
朝倉はただにっこり笑うと俺の頭を撫で始めた<br /><br /><br />
「ぶるぁ!!」<br />
決して某緑色の若本ではない<br />
ちなみに某24時間の人の気絶からの目覚めのシーンでもない<br />
俺のケータイがマグナムバイブレーションしたのだ<br />
つーか寝ちまってた<br />
それは朝倉の膝枕が気持ち良かったからに相違ない<br />
「キョン!昼の集合時刻とっくに過ぎてるわよ!早く来なさい!5秒以内!」<br />
体を起こして恐る恐る取った電話が叫び、すぐ切れる<br />
俺は一つ大きなため息をついた<br />
「ごめんなさい、起こせばよかったね」<br />
ため息に反応したのか俺の横に座る朝倉が芋む…げふんげふん眉をへの字にした笑顔で謝る<br />
「気にすんな」<br />
心のままに俺は朝倉の頭をポンポンとした<br />
さてと、我らが団長様の機嫌がさらに悪くならないうちにとっとと集合場所に向かうとするかね<br /><br />
「遅い!今何時だと思ってるの!!」<br />
12時45分だな<br />
「そういうことを聞いてるんじゃないの!お昼ご飯、全員分あんたのおごりだからね!」<br />
なんということだ<br />
それに朝倉はいいのかよ<br />
…今月はやっぱり厳しくなるに違いない<br />
ハルヒは俺の危惧を知るよしもなく、ずかずかとファミレスに入っていった</p>
<p> </p>
<p>…結論から言おう、最悪だ<br />
ハルヒが料理を大量に頼んではそれを平らげている<br />
古泉も遠慮なしに食べたいものを頼むし、あの朝比奈さんですら今日はちょっと多めである<br />
唯一助かったことと言えばもう一人の大食漢、長門が少なめに頼んでいることだった<br />
俺は一番安かった炒飯を口に入れながら隣を見れば朝倉が笑顔でおでんを突いていた<br />
なんでこのファミレスにはおでんなんてメニューがあるのだろうか<br />
それを言えば古泉の食べている広島風お好み焼きもファミレスにあるにはいささか疑問符の浮かぶメニューであるし、朝比奈さんが頬張っているシシケバブもここのファミレスがよくわからない趣向を持っているのが丸分かりなものである<br />
おまけと言ってはなんだが、長門が食べているのはハヤシライスでこの中で一番ファミレスらしいメニューだ<br />
ハルヒは…いちいちあげていたらキリがないほどの量なのでここでは割愛させていただく<br />
なけなしの金で食べる炒飯はどこか切ない味だった<br />
それをしっかりと味わいながら食べ、俺が最後の一口を口に入れた時、ハルヒがのたもうた<br />
「味はいまいちね」<br />
だったらそんなに食べるんじゃない!<br />
それに店の人に聞こえるだろ<br />
「さ、行きましょ」<br />
気付くと全員食べおわっているようだった<br />
それほど俺は味わって食べていたらしい<br />
俺が会計を終わらせて店をでるころには‘フェザーライト’の異名を持つショットガンを思い出させるくらい俺の財布は軽量化がはかられていた<br />
「何度も言うけどデートじゃないんだからね!」<br />
ハルヒ、歯に青海苔付けて言っても迫力ないぞ<br />
…俺はこの時気付くべきだったのだ<br />
こんな一言を言ってハルヒがどう思うのかを<br />
…俺はこの一言のせいで脇腹にいい拳をもらってしまった<br /><br />
「いてて…」<br />
朝倉は俺の脇腹を気遣ってあまり歩かないようにと俺を喫茶店へ連れてきた<br />
俺は大丈夫だと言ったのだが朝倉がボディーは後半になって効いてくるからと言って聞かなかった<br />
しかし、朝倉の言ったことはなかなか当たっていたらしく、俺の脇腹が鈍痛を訴え始める<br />
「大丈夫?」<br />
「なんとかな」<br />
気遣う朝倉に強がりを言ってみる<br />
それでも痛みは収まらないので雑談に気を紛らわせることにする<br />
「しかし、またお前に会うことになるとは思わなかったよ」<br />
いまさらな気もするが、この話題を本来出すべき時期は正直それどころではなかったのだ<br />
「そうね、私も再構築されるなんて思わなかった」<br />
ホットコーヒーを啜りながら朝倉が言う<br />
「でも、それは嬉しい誤算だったな」<br />
これは心からの言葉だ<br />
その直後は焦りしか感じなかったが、今となっては朝倉がそこにいることがとても嬉しい<br />
「ふふっ、ありがとう…私もキョン君に謝ることができてすごくよかったと思うわ」<br />
穏やかな笑顔を見せる朝倉<br />
プログラムではない、感情からの笑顔<br />
「そういえば、長門が協力してくれたんだよな」<br />
長門も朝倉が謝ることに協力するなんてだいぶ人間味を帯びてきたよな<br />
「うん、再構築された時に長門さんのところに行って、謝りたいから協力してって言ったらプリンを口に頬張ったままひょうひょふふるって言ってくれたの」<br />
それはおもしろいな<br />
容易に想像でき…<br />
…ん?おかしいぞ、想像出来ない?<br />
長門がプリン?<br />
いや、長門といえばフルー…<br />
「おかげであのフィールドを張っても長門さんが乱入して来なかったからね」<br />
…俺は今、何を考えていた?<br />
何か重要なことを考えていた気がするが気のせいだっただろうか<br />
「…ね、あのさ…」<br />
頬を赤らめて目を泳がせる朝倉<br />
その萌え要素の詰め合せに俺の思考は停止していた<br />
「明日…暇?」<br />
明日か…特に用事はないな<br />
「ああ、暇だ」<br />
俺のその一言に可愛らしい、はにかんだ笑顔をみせる朝倉<br />
やばい、これは反則級だ<br />
「じゃあさ……」<br />
そこまで言って言葉を止める朝倉<br />
俺はといえば朝倉の可愛さに見惚れながらも、続く台詞を待っていた<br />
「明日…デート…しない?」<br />
言い切ったというより言ってしまったといった感じで照れ隠しにあさっての方向を向く朝倉<br />
そして内容の確認だ、デートか、なるほど…ん?…デート?…デートだと!?<br />
ああああ慌てるな、おおおおおお落ち着け<br />
おおお落ち着いて素数を数えるんだ<br />
1、2、3、ダー!!<br />
よし、落ち着いた<br />
1が素数じゃないってツッコミはなしだぞ<br />
そんなこといったらダーなんて数ですらないし<br />
ああ、早く顔を真っ赤にしている目の前の美少女に返事をしなくちゃな<br />
「俺は全然構わんぞ」<br />
俺の一言で朝倉の顔がパーっと輝く笑顔になる<br />
そして糸が切れたように安堵の溜め息を深く吐き出した<br />
「よかった~すごいドキドキしてたんだから」<br />
安堵の表情をみせる朝倉はやっぱり可愛い<br />
これは明日に期待が膨らむね<br />
「あ、そろそろ時間…行きましょうか」<br />
俺はその提案を了承し伝票を持って席を立った<br />
するとレジ前に長門と古泉がいた<br />
「おや、あなたたちもここに来ていたのですか、ここの喫茶店に夜な夜な幽霊が出るという噂はなかなか有名なようですね」<br />
そんな話聞いたことないぞ、どうせ不思議探索をさぼっていたことの言い訳だろう?<br />
「その噂があると仮定すればあなたたちもサボりにはならないと思いますが?」<br />
失礼な、俺たちはなぜボディーが後半になって効いてくるか話し合っていたところだ<br />
犬神了のデッドボールもそれに関係あるのでは、ってところで話は終わったがな<br />
それにそんな噂ハルヒの耳に入れてみろ、ここの喫茶店の売り上げが激減するぞ<br />
「それは困りましたね、では互いにここで会ったことは内密にしましょう」<br />
当たり前の一言を言って古泉は会話を終わらせた<br />
そしてお互いに会計を済ませ集合場所に向かい、帰路に着く<br />
俺は遠足の前日の子供のような心待ちで眠りに着いた</p>
<p> </p>
<p>第3文節</p>
<p>朝、である<br />
といきたいところだったが、そうはいかなかった<br />
改めて昼、である<br />
状況を確認しよう<br />
俺は起床したばかりで本日は日曜日SOS団関連のイベントはなく、そのため朝倉とデートの約束をしている<br />
その待ち合わせは10:00に駅前<br />
現時刻は11:30<br />
……だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!完全に遅刻だ!<br />
ケータイを確認すればメールが5件に着信が11件<br />
全部朝倉だ<br />
俺は大慌てで支度をして急いで家を飛び出す<br />
交通ルールって何?と言わんばかりの大爆走で自転車を走らせる<br />
…今思えば、あの時転んだら死んでいたかもしれない<br />
俺が駅前に着く頃には無情な時計の針は12時を平気で越えた時間を示していた<br /><br />
「……」<br />
あぁ、居たたまれない<br />
この括弧は息も絶え絶えになりながら集合場所にやっとこさ着いた、平謝りの一手を尽くそうとした俺を朝倉が睨んでいるのを描写するものである<br />
唯一にして最大の策、平謝りを封じられた俺に出来ることはなく、下手に言い訳をする気も失せ正直に寝坊したと言う以外の選択肢を生まなくなった<br />
「…心配したじゃない」<br />
へ?心配?<br />
睨んでいた朝倉の表情からは想像できなかった第一声に俺は思わず唖然とした<br />
あんぐりと開いた口に胃カメラでも突っ込まれたら今は無痛で検査が出来そうだ<br />
「遅れるなら遅れるで何で連絡してくれないの!事故に遭ったかもって思っちゃったんだから…」<br />
しおらしく俯く朝倉に俺の胸が締め付けられた<br />
次の言葉は俺が意識する必要もなく自然に口から零れた<br />
「すまん」<br />
この言葉に朝倉は顔を上げ、微笑む<br />
「まぁいいか、来てくれたんだもんね」<br />
俺はこの台詞を許してくれたと思い、ホッと胸を撫で下ろした<br />
だが、今日遊ぶことに頭を切り替えようとしたその時にそれは起こった<br />
「で、なんで遅れたの?理由によっては、あのナイフで眉毛剃ってあげるわよ」<br />
あのナイフとはやはり俺を襲った時のトラウマのナイフだろう<br />
…やっぱりわかってたんだな、あれが俺のトラウマって<br />
そんなところまで人間っぽいのかよ<br />
まぁネタに使えるぐらいまでになったとプラスに考えるべきか<br />
「寝坊したんだ」<br />
「え?」<br />
「だから寝坊だ、今日が楽しみでなかなか眠れなかったんだ」<br />
あー…言っちまったかっこ悪い、小学生かよ<br />
冗談混じりに目を細めていた朝倉がアハハと笑いだす<br />
もう笑いたきゃ笑えよ<br />
「だって小学生でもそんなことないわよ、楽しみにしてくれてたのはうれしいけど」<br />
喋りながらも笑いをおさえきれずにいる朝倉に俺はいくらか安堵した<br />
どうやら眉毛はなくならずにすみそうだ<br />
「でも、遅刻は遅刻なんだからそれなりの覚悟はしてよね」<br />
表情こそ笑顔だが、黒いオーラを纏った朝倉に俺は修羅を見た<br />
なぜか、ここ2、3日安堵した瞬間に打ち壊される展開がとても多い気がする<br />
俺は朝倉に気付かれない程度に溜め息を着いた<br />
それはもちろんこの作者の展開力のなさにだ<br />
「で、今日はどこに行くんだ?」<br />
一つ気を取り直し、今日の予定を確認する<br />
男のクセに投げっ放しだって?安心しろ、夕飯スポットだけは押さえてある<br />
「遊園地!」<br />
子供のような無邪気な笑顔で単語だけを言い放つ朝倉は本当に今日を楽しみにしていたとわかるぐらいはしゃいでいる<br />
思わず頬が緩み、頭でも撫でてやりたくなる<br />
「わかった、じゃあ行くぞ」<br />
駅で二人分の切符を買い、俺たちは遊園地へと向かった<br /><br />
電車を乗り繋いで数十分、俺たちは遊園地に到着した<br />
電車に乗っている間、ずっと朝倉は遊園地が楽しみであるという意のことを話していた<br />
よく数十分も話が尽きなかったものだ<br />
さて、俺たちがやってきたこの遊園地、ここは東京の冠をかぶっているのに他県にある某ネズミーランドや、関西の期待を一心に集めた国際的ヒーローがいるスタジオの日本版や、関東地方じゃないのに甲信越と言われて関東と一括りにされる場所で富士山を臨みながら絶叫マシーンに力を入れる遊園地ほど大きかったり、有名だったりはせず、どちらかといえば植物園から動物園を経て、日本最初の遊園地となった某下町の遊び場に近い佇まいを持っている<br />
十分、その下町の遊び場もおもしろいと付け加えたうえでもう一つのメリットを話しておこう<br />
学生である俺たちからすればその料金がお財布にやさしいということだ<br />
ましてや、昨日のことも手伝って俺の財布はやたら軽い<br />
カードしか入っていない本物の金持ちの財布も軽いといえば軽いだろうが、俺は本物の金持ちではないので財布が軽い理由は一つである<br />
役割的にはフリーパスに近いチケットを2枚購入し、俺たちは中へ入った<br />
「わぁ~すごい♪」<br />
中へ入った瞬間朝倉が歓喜の声をあげる<br />
この遊園地にはメリーゴーラウンドやジェットコースター、おばけ屋敷などよくいえばオーソドックス、悪くいえばベタなものが所狭しと並んでいる<br />
手始めにミラーハウスへと歩を進めた<br /><br />
「わぁ~私がいっぱい♪情報操作で分身したらどうなるかしら?」<br /><br />
「やめてくれ」<br /><br />
「大丈夫、キョン君も増やしてあげるから」<br /><br />
「…遠慮しておく」<br /><br />
「なぁんだ、残念」<br /><br />
続いてビックリハウス<br /><br />
「重力は下に向いたままよね、どうなってるのかしら?」<br /><br />
「まわりが動いてるんだ」<br /><br />
「…種明かしされると面白みが薄れるわね」<br /><br />
「そうか、だったらここは本当に回ってるぞ」<br /><br />
「キャー、怖ーい」<br /><br />
「…」<br /><br />
「…」<br /><br />
「…アホだな、俺ら」<br /><br />
「…ええ」<br /><br />
次はゴーカート<br /><br />
「何人たりとも俺の前は走らせん!」<br /><br />
「そうはいかないわ!赤甲羅!」<br /><br />
「いて!お前、コーラ投げんなよ!」<br /><br />
「いいじゃない、パッケージは赤いし」<br /><br />
「色の問題じゃない!」<br /><br />
そしてコーヒーカップ<br /><br />
「キャー!そんなに回さないでー!」<br /><br />
「これがコーヒーカップの醍醐味だー!」<br /><br />
「キャー!…あ、やっと止まったわね」<br /><br />
「…」<br /><br />
「あら?どうしたの?」<br /><br />
「…気持ち悪ぃ」<br /><br />
「だからいったのに」<br /><br />
少し遅い昼ご飯<br /><br />
「はい、あ~ん♪」<br /><br />
「言っておくがそんな恥ずかしいこと絶対やらんぞ」<br /><br />
「なぁんだ、つまんない」<br /><br />
「同じもの食べといて分け合うこともないだろう」<br /><br />
「…」<br /><br />
「…な、なんだよ?」<br /><br />
「あ~ん♪」<br /><br />
「逆でも同じだ!」<br /><br />
なぜか見てしまったヒーローショー<br /><br />
「…」<br /><br />
「…」<br /><br />
「…なぁ」<br /><br />
「…ええ」<br /><br />
「…何でだろうな」<br /><br />
「…同意見ね」<br /><br />
「何で」<br /><br />
『ヒーローがかびの生えた食パンなのか』<br /><br />
「かび食パン…か」<br /><br />
「…きっとそこに自律進化の可能性が」<br /><br />
「絶対にないな」<br /><br />
「同意見ね」<br /><br />
やはり定番ジェットコースター<br /><br />
「だぁぁぁぁぁぁぁ!!」<br /><br />
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」<br /><br />
「なかなか迫力あったな」<br /><br />
「…」<br /><br />
「どうした?」<br /><br />
「腰が…抜けた」<br /><br />
「そんなに怖かったか?」<br /><br />
「…高いとこダメなの」<br /><br />
「…なぜ、乗ろうと言ったんだ?」<br /><br />
「…キョン君となら大丈夫だと思ったの」<br /><br />
「やれやれ、そう言われたら文句も言えないな…少し休もう」<br /><br />
と、いうわけで近くのベンチに二人で座っている<br />
腰の抜けている朝倉がここまでどうやって来たか、というのは割愛させていただく<br />
あえていうなら朝倉が「当ててるの♪」という台詞をほざいたという情報だけ伝えておく<br />
「もう大丈夫か?」<br />
背もたれに寄り掛かっていた朝倉が寄り掛かることをやめたため俺は聞く<br />
腰が抜けたのがどうやって治るかなんて俺は知らないし、作者も知らないから治った状況をどう表していいのかわからんが、情報操作とか言っておけば辻褄合わせぐらいにはなるだろう<br />
「ええ、なんとか…キョン君ごめんね」<br />
本当に申し訳なさそうな顔の朝倉に俺は逆に罪悪感を感じてしまった<br />
だから俺の次の台詞は朝倉へのフォローだけではなく、俺自身へのごまかしも含まれる<br />
「気にするな」</p>
<p>さて、話は変わるがそろそろ日が西に傾き始めている</p>
<p>散々遊んだから仕方ないが、あといくつか乗ったら帰らなくてはいけない時間だろう</p>
<p> また、言い替えるならカップルがこぞって観覧車に並び始める時間でもある<br />
高いところから見る夕焼けは、どれほどの絶景だろうか<br />
そう思ったら観覧車に乗りたくなったが、今から並んで夕日に間に合う気はしないし、並んでいたら時間が過ぎ最後の乗り物になるだろう<br />
何より朝倉が高所恐怖症なのだから乗るわけにはいかなかった、少しだけ残念だ<br />
というわけで次は何に乗るか、締めは何にするかと考えていたら朝倉が口を開いた<br />
「ね、観覧車乗らない?」<br />
その提案は俺の考えていたことを2つとも解決する提案だった…というのはさっき述べたばかりだ<br />
ただ、他にも述べたことがあったはずだ<br />
「高所恐怖症じゃなかったのか?」<br />
俺の質問に対し笑顔を崩さない朝倉は答える<br />
「大丈夫よ」<br />
そして頬を赤く染めて一言付け加える<br />
「密閉空間だもの」<br /><br />
どうやらジェットコースターはまわりが曝け出されているから怖いのであって個室内と呼べる観覧車は平気…ということらしい<br />
「なら、乗るか」<br />
俺の了承に最高の笑顔で頷いた朝倉をとても可愛いと思った俺を誰が責められようか<br />
「行こ♪」<br />
朝倉に手を引かれ歩きだす<br />
俺の手は朝倉の手にしっかり握られていて少し気恥ずかしくなり、朝倉の方は見れなかった<br />
こんな耳まで赤い顔見られたかないしな<br />
観覧車の列に並んでいる最中も手は繋いだままで、結局俺は耳まで赤い顔を朝倉に直視されてしまう<br />
だが、同じように朝倉も赤い顔をしていたので恥ずかしさよりも心の中での微笑ましさが打ち勝ったようだ<br />
今日一日を振り返るような雑談をしつつ、あと数人で乗れるというところで日は完全に落ちた<br />
俺たちは遊園地の中にいるから眩しいまでの光に照らされて明るいが遥か彼方では闇が渦巻いている<br />
視線を少しずらせば遊園地から帰っていく人もちらほらみられる<br />
…今日はこれ乗って終わりなんだよな<br />
「どうぞ~」<br />
っと、俺たちの番のようだ<br />
中に入って座ってから気付いた<br />
俺たちは手を繋いだままだ<br />
手を繋いだまま座ってしまったということは、そういうことであり、朝倉は少し躊躇ってから俺のとなりに腰掛けた<br />
…落ち着かない<br />
さっきまでいろんな話をしてくれていた朝倉だがここにきて沈黙している<br />
しかも俯いているため顔も伺うことができない<br />
だから雰囲気が重く感じられてこちらから話し掛けることも憚られる<br />
為す術なく、俺は顔をあげて外を見た<br /><br /><br />
―言葉を失った<br /><br /><br />
観覧車で夕日を見たかったと思って今の状況を残念に思っていたさっきまでの自分に不幸の手紙を送ってやりたい<br />
人の営みを純粋に映す夜景<br />
目立って派手な建物はなく、それぞれが必要不可欠な光<br />
もちろん大自然がみせる夕日のパノラマも綺麗だが夕日に勝るとも劣らない絶景がそこにあった<br />
「朝倉、外見てみろ」<br />
朝倉の肩を叩き、視線を外へと促す<br />
顔を上げた朝倉が出した声はその光景への感嘆の声だった<br />
「綺麗…」<br />
きらきらと目を輝かせながら夜景を眺める朝倉も十分綺麗だった…なんて月並みな言葉が出てきたが言ったら寒い男になってしまうので胸にしまっておいた<br />
「すごく…尊い光ね」<br />
朝倉の言葉は少しだけだが憂いを帯びていて、俺の心を切なくさせる<br />
続ける言葉が見つからず、何をするでもなく、ただ朝倉を見続けることしか出来ずにいた<br />
だが、その時何も出来ないでいる俺に助け船を出すかごとく、突風でも吹いたのか、ゴンドラが揺れた<br />
「きゃっ!!」<br />
揺れに驚き、朝倉が俺にしがみついて来た<br />
その一瞬、俺の顔と朝倉の顔の距離がほんの数センチまで近づいた<br />
…ドキドキさせられた、鼓動が揺れる、顔が熱い<br />
俺に回された朝倉の腕は小刻みに震えていたがしっかりと俺を捉えて自らの体温を伝えていた<br />
俺が手を伸ばせば届く距離に朝倉がいる<br />
視線を落とせばそれがよくわかる<br />
俺にしがみついたままの無防備な姿がある、ミニスカートから伸びた太ももが艶めかしく理性を殺しかける<br />
…まずい、これはまずいぞ<br />
俺は残った理性を総動員し、太ももに釘付けになる視線を無理矢理あげた<br />
意識を朝倉の太ももから逸らす、という目的をもって行動したのだが、偶然入ってきた光景に俺は少し安心し、少し…落胆した<br />
…もうすぐ地上だ<br />
幸か不幸か今まで檻の中で大暴れしていた本能という獣は理性という飼育係を総動員せずとも、麻酔銃を打たれたかのように静かになり、名誉の殉職を迎えたはずの理性達も何事もなかったかのように配置に戻っていた<br />
ガコンと派手な音をたてて観覧車の扉が開かれる<br />
俺と朝倉の閉鎖空間もこれで終わりだ<br />
朝倉がスッと立ち上がりゴンドラを出ていく<br />
俺は名残惜しさをゴンドラの中に置き去りにして外へと歩み進める朝倉に着いていった<br />
さっきまで繋がれていた手は…もう、引き合うことすら忘れていた<br />
とっとと歩いていってしまう朝倉の後ろ姿にに早歩きで追い付いく<br />
ゴンドラを出てからずっと直進しているだけでどこかに向かおうとしているわけではなさそうだ<br />
「朝倉、そろそろ帰ろうぜ…これ以上いると親に怒られちまう」<br />
言葉を聞いて朝倉は歩くのをやめたが、こちらを見ようとはしない<br />
そして数秒の沈黙の後<br />
「いくじなし」<br />
とだけ言って遊園地の出口へと歩き始めた<br /><br />
帰り道でも朝倉のその雰囲気は続いていて、厳かな空気に俺は沈黙以外の選択肢を選ぶことができなかった<br />
状況に焦りを感じる俺はどうにかして沈黙以外の選択肢が出ないものかと、カーソルを上下左右に動かしたり、一度キャンセルしてみたりしたが、結果は同じで、朝倉の隣でポケットに手を突っ込み歩いていた<br />
結局その日のうちに再び朝倉の声を聞くことは叶わず、せっかく調べた夕飯スポットも無駄に終わり、帰ってやった一人反省会でもなぜ、朝倉が怒っていたのかわからず、月曜日の朝、眠りが浅かったのか疲れがたもったままの体を妹のフライングボディプレスを食らう前に起こして、溜め息をついた</p>
<p> </p>
<p>第4文節</p>
<p> 朝、通学路<br />
重々しい気分で重りでもついてるんじゃないかと思うぐらい進みにくい足をそれでも必死に動かして地獄の坂道を某川原で石積みをするがごとくの気の遠さで登っていた<br />
いくら溜め息をついても幸せが逃げていかない気がするのはすでに幸せって奴が俺の中にもう残っていないからなのかね<br />
「よお、キョン!朝からしけた面してんな」<br />
やれやれ、朝から騒がしい奴に会っちまったもんだ、しかもこんな時に<br />
「ほっとけ、谷口…俺にだって悩みの一つや二つある」<br />
この瞬間、おもしろそうなものを見つけたと言わんばかりのむかつく谷口の笑顔を俺は生涯忘れないだろう<br />
それくらい腹が立った<br />
「なんだ!?ついに涼宮にばれたか!?」<br />
「違う」<br />
しかもこの食い付き方<br />
イライラするなという方が無理だ<br />
それにこいつは未だに…いややめておこう、今更何を言っても無駄な気がする<br />
というわけで俺はしつこくいろんなことを聞いてくる谷口を軽く流しつつ教室まで歩いた<br /><br />
教室ではハルヒが憂鬱そうな雰囲気で窓の外を眺め、溜息をついていた<br />
退屈さに打ち負けて、いつもの破天荒が消失している<br />
暴走されていても困るが、こう静かなのも動揺する<br />
「よお」<br />
俺が声をかけると、今までの負のオーラが嘘のようにハルヒがにやりと笑う<br />
いったい誰の陰謀だ<br />
ハルヒがこうやって笑う時は憤慨するでもなく喜怒哀楽が分裂したかのようにいじられるのだ<br />
それはお約束と言っても過言ではない事実である<br />
「昨日はお楽しみだったようね」<br />
…ハルヒの目は笑っていなかった<br />
昨日といえば朝倉と遊園地に行った日だ<br />
いったい何がハルヒをこんなに怒らせたのかわからず、戸惑を隠せずにおろおろしているとハルヒがドスのきいた低い声で続ける<br />
「あたしの電話は無視したわね」<br />
慌ててケータイの着信履歴を調べる<br />
…あった、寝坊した俺に何度も電話をかける朝倉の着信の中に一つだけ、ハルヒの名前が<br />
全部朝倉だと思っていたのは思い込みか…しかもあの時は慌てていたからそれどころじゃなかったしな<br />
「さぁ、どういうことか説明してもらおうかしら?」<br />
イライラ、怒り、他にも何か<br />
すべての詰合のような声が俺の逃げ場をなくす<br />
この状況で適当なことを言って回避できる可能性はSOS団が公式に認められるぐらい低い<br />
…だったら、とるべき道は一つ、最高の言い訳を考えるんだ<br />
「あー、ハルヒ…本当はな妹がミヨキチと行く予定だったんだ」<br />
とっさに思いついた嘘だがそれなりに辻褄は合わせられた<br />
一か八か<br />
「だけど当日の朝、妹が熱を出してな、急いで病院に連れていった…ケータイはその時家に忘れたんだ」<br />
ハルヒは威嚇するような顔をしているが黙って聞いている<br />
「それでミヨキチが病院まで来てくれたんだが、これじゃあ遊園地にはいけないってなってな、持っていた2人分のチケットをもったいないからと俺に譲ってくれたんだ」<br />
微動だにせずまっすぐ俺を見ているハルヒにたじろぎながらも俺は続ける<br />
「それで、誰か誘おうと家にケータイを取りに行く途中、朝倉に会ってな…ちょうどいいから誘ったんだ」</p>
<p>よし!全部言い切った<br />
反論来るなら来い、なんとかしてやるぜ<br />
「ふーん…あんた達遊園地行ったんだ」<br />
くっ、変化球か<br />
予想外の一言に態勢が崩れた<br />
「駅で見ただけだからね、どこに行くのかと思ったけど」<br />
…目撃した場所をいまさら言うなんてずるいじゃないか<br />
「でも、それ嘘でしょ?」<br />
な…!ばれた!?いや、落ち着け、かまかけてるだけかもしれん<br />
なぜ嘘だと思うんだ?<br />
「だって朝倉、土曜日の不思議探索よりよっぽどお洒落してたもの、あんなにスカート短かったら襲われても文句言えないわね、なんてたってエロキョンだし」<br />
エロをあだ名の冠にするんじゃない、失礼だな俺は健全な男子高校生としての丁度基準値ぐらいのエロさだと思うぞ<br />
「きっと、何もない日に一番お洒落したくなる特異体質なんだろう」<br />
そんな体質聞いたことないが、そういう奴も中にはいるだろう<br />
「そんな体質聞いたことないわよ」<br />
そりゃそうだ<br />
なんてたってその台詞は俺が今言ったばかりだからな<br />
「そういう人間も中にはいるだろう」<br />
世の中広いからな、まぁ朝倉が人間かどうかは微妙なところだが<br />
「ふーん…でも運が悪いわね、そんな日にキョンに遊園地に誘われて襲われちゃうんだから」<br />
なんだ?お前は俺をけだものにしたいのか?<br />
「神に誓って何もしとらん」<br />
古泉曰く、神はこの目の前にいる尋問者であるらしいので尋問してある人間に誓うっていうのも変な話だ<br />
要するにお前に誓ってなにもしていないというわけでただのバカップルみたいで質が悪い<br />
星条旗を持っているなんて驚きだなんて言っているカップルより質が悪い<br />
「本当に?」<br />
「本当だ」<br />
「本当に本当に?」<br />
「本当に本当だ」<br />
などと埒のあかないやりとりを繰り返したあと、ハルヒの一言でこの水掛け論に終止符が打たれた<br />
「じゃあ、朝倉が来たら聞いてみるからね」<br />
…なんだと?<br />
それはまずい気がする<br />
昨日あんな状態で別れていて、口裏を合わせてくれるか心配だ<br />
だが、俺の心配は杞憂に終わる<br />
岡部曰く、朝倉は風邪をひいて欠席だそうだ<br />
…ヒューマノイド・インターフェースが風邪などひくのか?<br />
否、ひかない<br />
昨日の朝倉の様子を思い出してみるが何の情報も得られない<br />
「もしかして、あんたたち野外プレイ…」<br />
「なんでやねん!」<br />
アホなことを言うハルヒにツッコミを入れて時は流れる<br /><br /><br />
―放課後、掃除当番のハルヒをおいて部室にやってきた<br />
いつものようにノックをすると<br />
「…どうぞ」<br />
と長門の声がした<br />
舌っ足らずの可愛らしい声はしなかったので恐らくまだ長門だけだろう<br />
丁度いい、朝倉のことを聞いてみよう<br />
「長門、朝倉はどうしたんだ?」<br />
長門は大型本に注いでいた視線を俺に向け、ぽそりと言った<br />
「…エラーの副作用」<br />
エラー?副作用?<br />
どういうことだ、俺にもわかるように説明してくれ<br />
「…あなたたちが感情と呼んでいる、私たちにとってのエラー、それのために朝倉涼子は登校を拒んだ」<br />
要するにそれは登校拒否ということか?<br />
不登校の宇宙人製アンドロイド<br />
どうなんだそれ<br />
まぁ、冬休みの時の長門みたいにならなくてよかった<br />
「…へたれ」<br />
「ん?何か言ったか、長門?」<br />
「何も」<br />
まぁとにかく、朝倉はなぜこないのか…と気になったが、一つ心当たりがある<br />
やっぱり、謝らなきゃいけないんだよな<br />
俺が何したのかはわからんが、怒らせちまった以上俺が悪い<br />
「…そうだ」<br />
ん?どうした長門?<br />
「家に帰ったら読んで」<br />
いつぞやのように本を一冊渡される<br />
長門が家に帰って読めというならまだ読むべきではないな<br />
俺はカバンに本をしまった<br />
「こんにちはぁ」<br />
おっと、朝比奈さんのご登場だ<br />
いったん部室の外に出るか<br />
「こんにちは、朝比奈さんは着替え中ですか?」<br />
部室の扉を閉めた瞬間、にやけ面のお出ましである<br />
なんかにやけ面が2割増しぐらいになっているがなんかあったのか<br />
「やはり、あなたは鋭いですね、わかってしまいますか」<br />
俺が当てたっていうより、お前が話したくてしょうがないって感じだけどな<br />
「いや、実はですね…昨日長門さんとデートに赴きまして」<br />
聞いていないのに話し始める古泉<br />
しかも内容が驚愕だ<br />
「それでムフフ…ククク……ハッハッハ」<br />
キモいことこの上なかった古泉が壊れた<br />
もともと壊れやすいキャラではあったが<br />
もしかしてお前はアナルの方の古泉か<br />
「いや、失礼…もちろん僕はプリンの古泉ですよ、アナルの方でしたら長門さんではなく、あなたを狙っているはずです」<br />
ああ、それもそうだな…想像するのもおぞましいが<br />
ここはプリンの古泉に新たな可能性が見えたということにしておこう<br />
「どうぞ~」<br />
中から可愛らしい声が聞こえて、俺たちは部室へと入った<br /><br />
今日の団活は小三元だった<br />
え?何がって?…満足度だな<br />
十分な役と思うかもしれないが俺はいつも団活は大三元だと思っているのでいつもに比べると何かが足りなかった<br />
と、いうわけで下校し、家に着いた<br />
さっそく長門に借りた本を開いて見る…シャーロック・ホームズ踊る人形か<br />
だがその中に栞は1枚もなく、俺は首を捻る<br />
今度は本のページにも注意しながらパラパラめくってみると、挿し絵の一部に○がついていた<br />
その絵は棒人間にも見えるようなよくわからない記号がバラバラと書かれているものだった<br />
…はっきり言おう、わけがわからん<br />
手がかりがないものかと色々見ているうちにおもしろくなってきて、俺はこの本に読み耽っていた<br /><br />
…何時間たったのだろうか、俺は自転車を走らせていた<br />
本を読んでいるうちに長門が○を付けた人形の意味がわかったからである<br />
向かう場所は長門のマンション<br />
…しかし、長門もこんな手のこんだことをするなんてな</p>
<p> </p>
<p> 長門の部屋<br />
殺風景とも無機質とも言い表せるこの部屋の真ん中、テーブルの前に俺は腰を落ち着かせていた<br />
息を整えながら俺は長門が話し始めるのを待っている<br />
激しい動悸とともに高ぶった心が焦れったさを訴える<br />
だが、やっと話される言葉に俺はこれまでにないぐらいの驚きを覚える<br />
「あなたには死んでもらう」<br />
その言葉の意味を理解できずにいる瞬間、バケツに入った絵の具を引っ繰り返したように一気に景色が変わっていた<br />
狭いとまではいわないが、それでも走り回るのには不十分だった広さの部屋が、どこまで走っても何も見えなさそうな、だだっ広い砂漠に変わった<br />
…長門は今なんて言った?<br />
俺に死んでもらう?<br />
いったい何があったっていうんだ!?<br />
「あなたに以前話した朝倉涼子の再構成の理由は嘘」<br />
嘘だって!?…だったらなぜそんな嘘を?<br />
…俺に知られてはまずいことが…今の状況に関係あるのか<br />
「朝倉涼子はあなたを殺害するために再構成された」<br />
…殺…害…?朝倉…が…?<br />
そんなこと…信じられるか!だって朝倉は…朝倉は…<br />
「そう、朝倉涼子はあなたを殺害するのを試験的に実装された感情と呼ばれるエラーによって拒んだ…だから私があなたを殺害する」<br />
朝倉は急進派だったんだろ!?だったら主流派のお前が俺を殺す理由なんてないじゃないか!<br />
「今の情報統合思念体にそういった概念は皆無…おしゃべりは終わり」<br />
長門は俺に向けて手をかざした<br />
「IANUKATIANIHSUOWATANAOKOYR」<br />
そして例の呪文を詠唱する<br />
すると俺に対し、無数のナイフが飛んでくる<br />
そこにいるいつも本を読んでいて、いざというとき頼りになる寡黙な少女は、ただ冷酷に俺の命を奪おうとする饒舌な殺人者に変貌していた<br />
ナイフと俺の距離がどんどん縮んでいく…チェックメイトだ、これは避けきれない、俺は諦めて目をつぶった<br />
何も見えない、瞼の裏側の暗闇の中…爆発音がした<br />
ナイフが俺に届く前だった<br />
何が起きたか確認する暇もなく爆発音とともに発生した爆風と思われる強風にあおられ、俺は後方に吹っ飛んだ<br />
倒れながらも慌てて目を開けると、すべてのナイフを吹き飛ばした爆発音の中心に朝倉が立っていた<br />
「お前…どうして!?」<br />
長門と対峙していた朝倉はこちらを見るとニコッと笑顔になって言った<br />
「喧嘩したままお別れっていうのはいやなの、何よりあなたに死んでほしくないっていうのが一番ね」<br />
助けがきたと考えていいんだよな<br />
…この状況、いつぞやと逆だ…まさか、長門に襲われて朝倉に助けられるとは思ってもみなかったぜ<br />
「長門さんにしては情報の構成プログラムが稚拙ね、ホントはキョン君を殺したくないんじゃない?」<br />
朝倉のこの言葉に長門は子供の口喧嘩よろしく口を開く<br />
「あなたは駄作、このSSぐらい駄作…感情など我々にとってエラーでしかない」<br />
何の表情も見せない長門は抑揚なく言い切る<br />
「そんなことないわ、このSSだって本スレでwktkって言ってくれる人ぐらいいるのよ」<br />
ちょっと待て、フォローするのはそっちなのか?<br />
俺の生きるか死ぬかのシリアスな場面でお前らは何の言い争いをしているんだ<br />
「それは社交辞令、まとめの雑談所でこのSSが話題にあがったことはない」<br />
…この話を止める気はないらしい<br />
俺はしばらく傍観者の立場を貫くことにした<br />
「残念ね、一度赤コーラうめえwwwwって書き込みがあったわ」<br /><br />
「…しまった…情報不足…ただ、その内容はこのSS自体ではなく、ギャグの流れを誉めただけ…やっぱりこのSSは駄作」<br /><br />
「それでも評価は評価よ」<br /><br />
「聞こえない、それと一度、なんもおもしろくないとかうんことかの書き込みが本スレであったが、あの評価は妥当」<br /><br />
「あら、あの人達荒らし扱いされてたじゃない」<br /><br />
「そんなことはない、彼らは感想を言っただけ」<br /><br />
「あんまり言うと作者が凹むわよ」<br /><br />
「大丈夫、私にこの台詞を言わせているのは作者」<br /><br />
「自虐的ね、危ない趣味があったりして」<br /><br />
「そう、作者はドM」<br /><br />
「…流れはこれでいいの?」<br /><br />
「しまった…これはきっと作者の陰謀…話を戻す」<br /><br />
「彼を殺さなければあなたは消えてしまう…わかっているはず」<br />
ん?俺を殺さないと朝倉が消える…どういうことだ<br />
「…」<br />
朝倉が俯く、こいつあゆみちゃんのこと好きなんだぜーとあゆみちゃんの目の前で言われた小学生の男の子のような悔しそうな、恥ずかしそうな顔で<br />
「タイムリミットは今日の24時、それまでに彼の生命活動を停止させないとあなたは消滅する」<br />
言い聞かせるように長門が淡々と言葉を吐く<br />
「そうね、何度も何度も考えたわ…私が消えるか…キョン君が死ぬか…でも、いつでも答えは同じだった」<br />
俯いていた朝倉は真っすぐに長門を見る<br />
そして力強く言い放った<br />
「私は大好きな人がいる世界を守りたい!キョン君がいる世界を守りたい!」<br />
朝倉の言葉を聞いた長門はわずかに落ち込んだように見えた<br />
「…そう……」<br />
待て、話をまとめよう<br />
現在時刻23:30あと30分で俺が死なないと朝倉は消滅する<br />
朝倉は自らが消滅するのを望んだ<br />
長門は俺を殺すことを望んだ<br />
…だったら…俺の答えは…?</p>
<p> </p>
<p>記憶がフラッシュバックする<br />
教室で俺に謝った朝倉のはにかんだ表情<br />
不思議探索の時の朝倉の膝枕<br />
俺をデートに誘った朝倉の赤い顔<br />
遅刻してしまった時に見た朝倉の怒った顔<br />
観覧車の中にいた、朝倉の妖艶な雰囲気…<br />
朝倉の笑顔<br />
朝倉の声<br />
朝倉の<br />
朝倉の…<br />
「長門!俺を殺せ!」<br />
俺は叫んでいた<br />
…朝倉は、わざわざ感情なんてものを無理矢理押し込められて勝手に再構成された<br />
そして時間制限まで設けられて命を弄ばれた<br />
…俺も朝倉が大好きだ<br />
こんな…終わり方でいいわけない!<br />
「…殊勝な羊…それでいい」<br />
音もなく長門がこちらに歩いてくる<br />
覚悟はできている…朝倉…生きてくれ<br />
「そうはさせないわ」<br />
長門の前に朝倉が立ちふさがる<br />
その後ろ姿からは俺以上の覚悟を感じた<br />
「退くべき、彼を殺せない」<br />
ジェットの宝石のような目で長門が朝倉を見る<br />
「朝倉…いいんだ、俺はお前に生きてほしい」<br />
俺の目の前で朝倉は振り返り笑顔で俺にこう言った<br />
「あなたが私の消滅を拒んだのが先よ…意地の張り合いね」<br />
言い終わると一つウインクをする<br />
…どうしてこいつは…自分が死ぬための行動を笑顔でできる…!?<br />
「怖く…ないのか?」<br />
思っていたことが口に出てしまう<br />
俺にとっても不意打ちだった質問に朝倉はあっけらかんとした態度で答える<br />
「そりゃ、怖いわよ…だけどね…私はキョン君のためならなんだって笑顔でできるの♪」<br />
…打ち拉がれた<br />
こいつはこんな俺なんかのためにここまでの覚悟をしていたなんて…<br />
だけど、認めたら負けだ<br />
朝倉が消滅しちまう<br />
何か方法はないのか!?<br />
「UROMAMAGIHSATAWAHNUKNOYK」<br />
朝倉が例の呪文を呟く<br />
長門が大きく後ろに飛んだ<br />
「でたらめにも程があるだろ…」<br />
長門のいた場所の地面から俺の身長を余裕で越えるぐらいの無数の針が突き出していた<br />
「あ~あ、残念…奇襲で潰そうと思ってたのに」<br />
この言葉に長門は反応したようだ<br />
話し合いの姿勢を崩し、上へ大きく飛んだ<br />
「…あなたには少し眠っていてもらう」<br />
長門は上空で態勢を作り、呪文を唱える<br />
「EKADIISOHETIKIINATNAAHIHSATAW」<br />
すると、長門の背中から天使のような翼が生える<br />
それだけでも驚愕なのにその羽の一つ一つを飛ばしてきた<br />
「IIHSOHETIKIINNUKNOYKAHIHSATAWODEKIIHSERUAHIHCOMIK」<br />
朝倉は俺を含めた自分のまわりに竜巻を起こして羽を吹き飛ばした<br />
「OYONOMUIOTUOJNAKAGEROKNASOTAGAN」<br />
続け様に朝倉は長門の背後から小規模の隕石を飛来させる<br />
一般人の俺が見ても、朝倉の優勢は明らかだ<br />
「ATIHSNADUYINEUYUOJNAKAHATANAUOS」<br />
長門は空中で呪文を詠唱しながら器用な動きで隕石郡を回避する<br />
「…終わり」<br />
最後の隕石を回避して一言呟く長門<br />
すると上空に多量の剣、刀、槍等の武器が現われる<br />
長門が大きく後方にはばたいた瞬間、その無数の凶器が朝倉に向かって飛んでいく<br />
「この程度で終わりなんて舐められたものね」<br />
長門の言葉とは裏腹に朝倉には余裕があるように見える<br />
「ARAKURAAGONOMUROMAMAWIANIHSETNANNADUY」<br />
朝倉はやたらと口径のでかいガトリングを発生させ、飛来する武器郡を次々に撃ち落とす<br />
怖いものなしと思われた朝倉だったが、次に見た光景はあまりにも信じがたい、信じたくないものだった<br />
「…そんな…!」<br />
刀が勢い良く朝倉の胸を貫いた<br />
前方の大量の武器に気をとられ、背後から突っ込んでくる一本の刀に気付かなかったのだ<br />
両膝をついて崩れ落ちる朝倉の体<br />
勝負はついた、そう言いたいのかずっと上空にいた長門が地上に降りてくる<br />
「まだ終わらないわ♪」<br />
朝倉がにやりと笑った瞬間だった<br />
長門が地面に足をつけた瞬間だった<br />
それは唐突だった<br />
「ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」<br />
聞いたことのないような長門の悲鳴が耳を貫く<br />
長門が着地した地面から電気の帯が発生した<br />
電気が筋肉の収縮を促し、体が痺れ長門はその態勢のまま動けなくなっていた<br />
「あれだけ稚拙な構成プログラムなんだもの、トラップを仕掛けるのは簡単だったわ」<br />
余裕有りげのように朝倉が解説を入れるが、その声に余裕はあまり感じなかった<br />
「ARANUOYASUOTAGIRA」<br />
呪文を唱え、朝倉が暗い声で囁く<br />
「…情報連結解除開始」<br />
光の粒となって長門が消えていく<br />
…これでよかったのか?<br />
これで、長門が消えた<br />
すぐに朝倉も消滅する<br />
俺は長門と朝倉というふたりの友人を失った…<br />
「―――作――戦―――――失敗―――――――」<br />
一言だけ残し、砂浜に書いた絵が風に吹かれてさらさらと消えるように、長門の体も優しく消えてしまった<br />
ドサッという音をたて朝倉が倒れた<br />
膝をついた状態でもきつかったっていうのかよ<br />
「朝倉!!」<br />
俺は慌てて朝倉に駆け寄った<br />
朝倉を抱き抱えれば、腕が確かな重みを伝え、朝倉がまだここにいると訴えてくれる<br />
「意地の…張り合いは…私の勝ちね」<br />
その台詞とその力のない笑顔が俺の頬に一筋数滴を走らせる<br />
時計を見ればすでに11:58をさしている<br />
…もう2分しかない、カップラーメンも一緒に食べられない<br />
「AWIANETIHSAHIAKUOK」<br />
朝倉の呪文が耳に響き、異質な空間は爆音とともに今までいた長門の部屋に戻された<br />
「…キョン君ここ怪我してる」<br />
朝倉の手が俺の頬に触れる<br />
どうやら切り傷があったらしく、鋭い痛みが走った<br />
それは痛みのはずなのに…やさしかった<br />
朝倉の手がまだ温かさを保っていたから<br />
「URETIHSIAIKUSIAD」<br />
傷口が心地よさで包まれる<br />
再び触れた朝倉の手は、痛くなく、ただただ温かかった<br />
「ねぇ…最後にお願い聞いてくれる?」<br />
俺の頬から手を離し、儚い笑顔で朝倉は言った<br />
「なんだ?」<br />
情けなかった<br />
朝倉がせっかく笑顔でいてくれるのに俺は涙声だ<br />
朝倉が俺を生かすために戦ったのに俺には何もできない<br />
「観覧車の中でできなかったこと……して」<br />
俺は黙って頷き、朝倉にキスをした<br />
なんですぐにこの行動を起こしたかと聞かれると困ってしまう<br />
俺が単純にしたかったから、と答えておこう<br />
朝倉の口唇はまだ朝倉が存在していることを証明している<br />
この口唇を離したら朝倉は消えてしまうだろうか<br />
…違う、これは現実逃避だ<br />
例え口唇を離さなくても朝倉は消えてしまう<br />
…もう…会えない…近くて…遠い……<br />
朝倉の最期を看取った証明<br />
朝倉がここにいたという証明<br />
朝倉がまだここにいる証明<br />
互いの証明を貪るこの塩辛いキスは<br />
―塩辛くひたすら苦いキスは<br />
生涯忘れることはないと思われるほど深く俺の心に刻み込まれた<br />
…朝倉を抱き抱える俺の手が楽になっていく<br />
わかっている、朝倉が消え始めたんだ<br />
離れるのではなく、消えていく口唇の感触<br />
タイムリミットを告げる残酷さは無情にして冷静だった<br />
‘さよなら…’<br />
不意に脳に響く朝倉の声<br />
終わった、そう告げるように<br />
最期に聞いた朝倉のさよならは…私はここにいたと、間違いなく存在したとそう、主張していた<br />
別れの言葉が存在の証明になるとはなんと皮肉だろうか<br />
俺は逃げたくなるくらいの悲しみを木偶の坊の体に背負って、長門の家を出た</p>
<p> </p>
<p> </p>
<p>エピローグ<br />
「うかつ…今回のことはすべて私のミス」<br />
俺が学校に行ったのは翌々日のことだった<br />
その日の放課後、いつものように部室に入ったら長門がいてこう言った<br />
ん?なんで長門がいるのかって?<br />
俺もよくわからん<br />
実は長門がいるのを確認した瞬間、俺の本能が逃げろと叫んだ…もちろん昨日の昨日に殺されかけた相手だからだ、しかも俺の命をくれてやる理由などもうないしな…が、俺のすぐあとに古泉が入ってきたため2人いれば殺されないだろうとたかをくくって長門の話を聞くことにした<br />
今、俺にいえるのはそれだけだ<br />
「私はこの1週間、天蓋領域によって機能を停止に近い形で制限されていた」<br />
ん?1週間前っていうと春休み中だよな<br />
長門はちゃんと新学期から学校に通っていたじゃないか<br />
「あれは天蓋領域が造ったヒューマノイド・インターフェースが擬態したもの」</p>
<p>言われてみれば新学期からの長門には少しだけ違和感があった<br />
ファミレスでカレーではなくハヤシライスを食べていたこと<br />
朝倉の話に出てきた長門がフルーチェではなくプリンを食べていたこと<br />
そしていくつかの言葉遣い<br />
なぜそれに気付けなかったのかと考えながら横を見ると古泉が微笑を消して絶句していた<br />
ショックで固まったといった感じだ<br />
…そういえば、古泉が長門とデートしたと言っていたな<br />
それが日曜日…なるほど、古泉がデートした長門は天蓋なんとかの変装だったわけだ、ご愁傷さま<br />
きっとパラレルワールドでは古長が流行るさ、もしかしたらその天蓋なんとかのインターフェースとラブラブになるかもしれんぞ<br />
「今回のことは情報統合思念体と天蓋領域の情報戦が発端」<br />
何もいえずにいる古泉を無視して長門が続ける<br />
何かスケールのでかい話になっているが大丈夫だろうか<br />
「情報戦の一部で情報統合思念体が敗北し、思念体の一部が天蓋領域に吸収される、その中に朝倉涼子の構成情報を含んでいた」<br />
…ほら、ついていけない<br />
宇宙ってすごいよなぁ…<br />
と俺が現実逃避していると、地獄の底から這いずり上がって来たのか、古泉が割ってはいってくる<br />
「では、信長の野望に例えましょう…信長が近畿一帯を有している際、長政に近江に侵攻され、近江の護りについていた秀吉が相手の家の武将になってしまった、といったところでしょうか」<br />
何かに例えるのが好きな奴だな<br />
しかも細かい、長政って誰だ?<br />
黒田か、浅田か<br />
「浅井です、やはり近江地方といえば浅井でしょう、浅井家の家紋が米俵をモチーフとしているのは近江でよく米がとれるからですし」<br />
そんな豆知識いらん<br />
なおさらわからなくなってきたのは気のせいか<br />
「ではMGSで説明しましょう、オタコンがメタルギアを…」<br />
「もういい」<br />
どこまでも説明同好会な古泉を一蹴すると古泉は微笑みのまま肩をすくめた<br />
さっきのことがショックなのはわかるが、お前の説明はわかりにくい<br />
「天蓋領域はその情報をもとに朝倉涼子を構成し、涼宮ハルヒの鍵であるあなたの殺害を試みた」<br />
俺が理解できているかは無視ですかそうですか、まあここのくだりぐらいはわかるぞ<br />
…なんで殺害なんだ?俺はどこぞの宇宙人の恨みを買う真似をした覚えはないぞ<br />
「鍵がなければ門は開かない、天蓋領域は涼宮ハルヒを無効化しようとした」<br />
でも天蓋の方の長門は下手に怒らせると宇宙消滅の危険があるって言ってたぞ<br />
そんな賭けに出たのか?<br />
「天蓋領域にはその際の情報爆発を吸収する術を持っていたと思われる」<br />
佐々木か<br />
「…その発言は謹むべき」<br />
ん?なぜだ?<br />
「このSSの舞台は2年の新学期、タイムパラドックス」<br />
ああ、そうか分裂で佐々木と再会したのはその時期だっけ<br />
だから九曜って言わずに天蓋領域のインターフェースって回りくどい言い方をしてるんだしな<br />
「そう」<br />
そうか、だいたいわかったよ<br />
…俺が想った朝倉もまがい物だったんだよな<br />
「それは本物、以前の朝倉涼子の構成情報と相違は1%未満、記憶データも当時のものを実装された」<br />
…なんだって!朝倉は本物!?<br />
じゃあ感情があったってのは?<br />
「恐らく事実、以前私に生じたエラープログラムも朝倉涼子の構成情報とともに天蓋領域に吸収されているためその際、融合した可能性は99.8%」<br />
…朝倉<br />
心が熱くなった<br />
心が痛くなった<br />
朝倉に会いたい、誰よりも会いたい<br />
「お待たせー!今日もみんな…ってあんた何泣いてるの!?」<br />
どでかい音を立てて入ってきたハルヒに指摘されて気付いた<br />
俺は涙を流している<br />
昨日散々流すだけ流して、もう流さないと決めたはずの涙を流している<br />
俺はなんてことないふりで涙を拭った<br />
「いや、長門が前読んだ本の話をしてくれたんだが、感動してな」<br />
今、俺が吐ける精一杯の嘘を吐く<br />
「へぇー…キョンが泣くほどねぇ…有希!あたしもその話聞きたいわ!」<br />
長門は首をふり、本棚から一冊の本を出した<br />
そしてその本をハルヒに差し出した<br />
「読んで」<br />
「え?」<br />
長門の唐突な行動にハルヒが戸惑っている<br />
長門、それじゃあ言葉が足りん<br />
「あなたには読書家の一面もある…私はあなたにこの本を読んでもらって…あなたと一緒に本の話をしたい」<br />
長門のこの台詞に思わず笑みがこぼれちまった<br />
…長門も人間らしくなったよな<br />
隣にいる古泉の微笑にも温かさを感じることができた<br />
考えていることは一緒らしい<br />
「わかったわ!本の話をするのにキョンじゃ役不足だもんね!ありがたく借りていくわ!」<br />
失礼な奴だ<br />
俺だって本くらい読む<br />
それにお前は役不足の使い方を間違っているぞ<br />
ホントに読書家かどうかあやしいもんだ<br />
なんてやっているうちに朝比奈さんもやってきていつもの団活が開始される<br />
いつもの光景だ<br />
平穏な日常だ<br />
…なのに俺は心にぽっかり穴が空いたような気分だ<br />
目の前のことにも集中できず、久しぶりに古泉にチェスで負けた<br />
…心ここにあらずとはこのことを言うのかもな<br />
どうしょうもないもやもやを抱えたまま長門が本を閉じる音を聞いた<br />
そのうちこの空虚感にも慣れるのかと考えたが、慣れてしまう自分に嫌悪を感じるのもまた事実だった<br /><br />
「本日19時、私の部屋に来てほしい」<br />
ハルヒと朝比奈さんが先頭で料理の話に華を咲かせる帰り道のことだ<br />
長門が俺に言った<br />
長門がそう言ったからには断る理由などなく、俺はさも当たり前のように了承した<br />
「あなたも」<br />
その視線は俺の横、古泉に向けられていた<br />
「僕ですか?」<br />
古泉が疑問を口にする<br />
そりゃそうだ<br />
俺が古泉でも同じ疑問を持つ<br />
しかも日曜のこともあり、複雑な気持ちだろう<br />
「そう」<br />
漆黒の瞳に見つめられる古泉が根負けし、その意見を了承するのに時間はかからなかった<br />
「わかりました」<br /><br />
そんなこんなで長門宅である<br />
マンションの前で会った古泉とともにエレベータを降りる<br />
長門はなぜか自分の部屋の玄関の前で俺たちを待っていた<br />
「こっち」<br />
俺たちの存在を確認すると長門は歩き出した<br />
古泉と顔を見合わせる<br />
…って顔が近い!<br />
俺は一歩退いた<br />
表情を見るかぎりでは古泉にも意図は読めなかったようで互いに疑問符を浮かべながら長門に着いていく<br />
そして辿り着いたのは、マンションの一室…玄関の前だった<br />
「ここから先はあなた一人で行くべき」<br />
…この部屋番号…覚えているぞ<br />
ハルヒとこのマンションに来たとき、管理人のじーさんにいろいろ尋ねた番号だ<br />
…もしかして、と鼓動が揺れる<br />
長門はとっとと古泉を伴って自分の部屋に戻ろうとしている<br />
…期待していいんだよな<br />
俺は逸る気持ちを押さえ、力強く、確かな動きでドアノブを捻った<br /><br /><br />
―夢、じゃないよな<br /><br /><br />
試しに太ももをつねってみる<br />
痛い、間違いない…現実だ<br />
そう確信すると俺の目から大量の涙が溢れ出てくる<br />
「…ただいま、キョン君」<br />
照れ臭そうに薄紅に染まって笑う朝倉が目の前にいる<br />
俺の目が霞んだ視界の中に朝倉を確かに確認している<br />
堪らず、俺は朝倉を強く抱き締めた<br />
映像としてではなく、実体として感じる朝倉の存在<br />
その感触が、その温もりが直に伝わってくる<br /><br />
もう離さない、離したくない<br />
あんな思い二度としたくない<br />
さらに強く朝倉を抱き締めると朝倉が苦しそうに息を漏らす<br />
朝倉は…ここにいる……生きている<br />
ただでさえ溢れ出ていた涙がとめどなく量を増やす<br />
もっと朝倉を感じたかったが、これ以上強く抱き締めるわけにもいかない<br />
だから俺は…代わりに朝倉に口付けた、この想いが誓いに変わるように、このキスが永遠の誓いになるように<br />
俺の心の中、涙のキスで途切れていたた朝倉の存在が、静かにもう一度、涙のキスで動きだす<br />
二つ目の生涯忘れることのないキスは前と同じように塩辛かった<br />
だが決して苦くなく<br /><br />
―ただただ甘かった<br /><br />
FIN<br /><br /><br /><br /><br /><br /><br /><br />
おまけ<br />
「朝倉涼子は情報統合思念体により再々構成された」<br /><br />
「そうですか、でもなんでまた?」<br /><br />
「今回のように我々ヒューマノイド・インターフェースが天蓋領域の支配下におかれた際、他のインターフェースが破壊できるように」<br /><br />
「喜緑さんがいらっしゃるじゃないですか」<br /><br />
「1対1より2対1の方が勝率が高い、それに喜緑江美里は穏便派…観察に撤することが多い」<br /><br />
「そういえば今回、彼女の出番はありませんでしたね」<br /><br />
「そう…ただ今回の観察の報告は受けている…日曜日のあなたのことも」<br /><br />
「…あ、あれはですね…」<br /><br />
「…古泉一樹、私はあなたにあの時と同じことをしてほしい」<br /><br />
「若気のい…って長門さん?」<br /><br />
「…」<br /><br />
「…わかりました…じゃあお願いがあるのですが、僕のことをいっちゃんと呼んでくれませんか」<br /><br />
「………いっちゃん……」<br /><br />
「ありがとうございます…これはお礼です」<br /><br />
「…いっちゃ……ん…あ…んん…」<br />
FIN<br /><br /><br /><br /><br /><br />
おまけのおまけ<br />
「あたしの出番全然ありませんでしたぁ~」<br /><br />
「みくる!泣かない泣かない!今回ははるにゃんだって空気だったし、あたしなんか出番ここだけっさ!」<br /><br />
「鶴屋さんも涼宮さんも他のSSで何回も主役はってるじゃないですか!あたしなんて…恋愛系のSSほとんど書かれないんですよ!」<br /><br />
「んん~しょうがないなぁ~…じゃあこのスレにいる職人さん達におねがいしてみる!っていうのはどうにょろ?」<br /><br />
「やってみますぅ~…み、皆さ~ん、あたしのSS書いてくださぁ~い…できれば禁則事項とか関係なくキョン君と結ばれたいですぅ~」<br /><br />
「うん!なんかみくるのSS少ない理由がわかった気がするよ!それじゃ!みんな今度こそめがっさ!めがっさ!」<br />
本当にFIN</p>
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