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トナカイからのプレゼント」(2007/12/25 (火) 21:49:54) の最新版変更点

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<p>「クリスマスは待ち伏せしてサンタを捕まえるわよ!」<br>  ハルヒがまた無理難題を言い出したのは、クリスマスを間近に控えた、とある冬の寒い日のことだ。<br>  しかし、無理難題と言っても、いつもの宇宙人を始めとする不思議探索がサンタに置き換わっただけで、全く以っていつもと同じなのだが……ここで一つ問題が生まれる。<br>  ハルヒがサンタの存在を未だに信じているのかどうかだ。<br>  もし、先の発言が、<br> 「サンタがいた方が面白いでしょ!」<br>  という、いつものノリなら然程問題はない。<br>  古泉が機関を通じて煙突付きの家を用意し、朝比奈さんがサンタルックのコスプレをさせられ、長門はいつも通り黙って事の成り行きを見守る。<br>  もちろん俺の意見は反映されず、なし崩し的に作戦は決行され、俺と古泉辺りが寒空の下で来るはずのないサンタを一晩中待ち続ける訳だ。<br>  ……今気付いたが、これはこれで問題だな。<br>  ……まぁ、今は置いておこう……問題なのは、もう一つのパターン、ハルヒが完璧にサンタの存在を信じている場合だ。<br>  こちらはかなり厄介だ。どんなに遅くとも中学生辺りには気付く『サンタさんはお父さん』の法則を、同級生の口から非常に言いにくそうに伝えられるのだ。真実を知った時の精神的ダメージは、いくら図太いハルヒと言えど計り知れない。<br>  更にはそれが原因でハルヒとその両親の仲が不和になるかも知れない。毎年毎年、子供のために趣向を凝らした演出で楽しませていた御両親を、ハルヒは逆恨みするんだ。そして、人間不信に陥ったハルヒは非行に走る……。<br>  嗚呼……なんてこった。子供の夢を守ろうとした親心と、子供の夢の象徴であるサンタクロースのせいで人生が狂ってしまうなんて……。<br> 「な~に変な顔してんのよ、キョン」<br>  ……と、まぁ、それは考えすぎにしても、ハルヒがサンタを信じているのかどうかはさりげなく確認しておくか。<br>  さて、ダメージの少ない質問方法は……。<br> 「涼宮さんはサンタさんを信じてるんですかぁ?」<br>  ……って、朝比奈さん!?そんなストレートな尋ね方は――<br> 「当然よ!あたし、サンタにプレゼント貰ったことあるもの!」<br>  はぁ……ハルヒよ、残念ながらそれはお前のお父さんの仕業なんだ。<br>  これから知ることになる残酷な現実と、それによって受けるであろうハルヒの心の傷を思い、憐れみの視線を向けていると、ハルヒは笑顔のままこう続けた。<br> 「もちろん、ありがちな『お父さんがサンタでした』、なんてオチでもないわよ」<br>  ……おや?<br> 「それは興味深い話ですね」<br>  古泉がいつものように微笑みを湛えながら、お約束のようにその話に食い付くと、気をよくしたハルヒは更に話を続けた。<br> 「四年前のクリスマスにね、両親が揃って出張したことがあったの。まぁ、それは仕事だし仕方ないんだけど……そんな両親もいないクリスマスに、寝る前にはなかったクリスマスプレゼントが枕元にあったのよ!」<br>  不思議な話だな……他に可能性はないのか?実は驚かせようとした御両親の仕業とか、近くに住む親戚のおじさんとか。<br> 「考えられる可能性は全部調べたわ。それでも誰の仕業か分からなかったのよ。これはもう、サンタが来たとしか考えられないわね!」<br>  と、得意気に話すハルヒ。<br>  誰の仕業か分からないからサンタのプレゼント、か。確かにそう考えた方が夢はあるだろうが……。<br> 「サンタねぇ……」<br>  不思議な人種にはたくさん会ってきたが、サンタはまた別ベクトルだな。どっちかと言うとファンタジー寄りで、今まで見てきた不思議よりもっと胡散臭い部類だ。<br> 「そういうことだから、今年のクリスマスはサンタを捕まえるわよ!じゃ、詳しい話はまた明日にして、今日は解散ね!」<br>  と、ハルヒは一方的に話を切り上げ、ワクワクを抑え切れないといった感じで走り去っていった。<br>  ……しまった。反対する隙がなかった。<br>  ハルヒが出ていくと本日は一言も発しなかった長門が帰り支度を始め、それを見た古泉もそそくさとゲームを片して、<br> 「では、僕も帰りますか。今度用意するものは煙突のある家、ですかね?」<br>  と、楽しそうに言ってから部室を出ていった。<br>  今年のクリスマスは寒空の下か……と、少しばかり憂鬱な気持ちで俺も部室を出る。すると、<br> 「待って下さい!」<br>  メイド服姿の朝比奈さんが慌てて追い掛けてきた。<br> 「あ、あの……この後、会えませんか?」<br>  そう言う朝比奈さんの顔には、普段は滅多に目にすることのない固い表情が見て取れた。<br>  わざわざ部活が終わった後に二人で会って、更に緊張することと言えば……。<br> 「……まさか」<br>  ……これは……来たのか?俺にも春が?この真冬の時期に?<br>  暴れ馬のように高鳴る気持ちを静め切れず、馬鹿みたいに何度もコクコクと頷いて了承の意思を伝えると、<br> 「例の公園で待ってます」<br>  という言葉を残して、朝比奈さんは部室に戻っていった。<br>  俺はその後ろ姿をドキドキしながら眺めつつ、例の公園という単語から連想出来る、もう一つの可能性を必死に否定しようとしていた。<br>  ……まぁ、その甲斐もなく、もう一つの可能性の方が当たりだと分かるのは、すぐ後のことだったが。<br>  <br>  <br>  例の公園に行くと、申し訳なさそうにしている朝比奈さんと、いつもの無表情の長門がいた。<br>  ……あ、やっぱりハルヒ絡みですか、そうですか。<br> 「……途中からそんな予感はしてましたよ」<br> 「キョン君?」<br>  ……いえ、なんでもありません。ただの虚しい独り言です。<br> 「それで、今回は『いつ』に行くんですか?」<br>  気を取り直して朝比奈さんに問掛ける。この面子が揃っているってことは、言わずもがな、また時間旅行をやらされるってことなんだろう。<br>  俺がそう言うと、曇らせていた表情を明るくして、朝比奈さんは近所のコンビニに行くことを告げるように、軽くこう言ってくれた。<br> 「あ、分かってくれてるなら話が早いです。今回は四年前のクリスマスです」<br>  ……えらくタイムリーな話だ。さっき話題に出たばかりだってのに。<br>  なんとなく引っ掛かるものを感じ、クエスチョンマークを頭の脇に浮かべていると、長門が朝比奈さんの説明を補足してくれた。<br> 「……今回の役割は先程の話に出たプレゼントを、あなたが涼宮ハルヒに届けること」<br> 「え!?そうだったんですか!?」<br>  ……知らなかったんですか、朝比奈さん。<br> 「私が知らされてないことを長門さんが知ってるなんて……」<br>  見るからにへこんでいる朝比奈さんをよそに、長門は淡々と話を続ける。<br> 「……四年前のクリスマスの夜、僅かながら世界が改変される兆候があった。今回の目的はその可能性の除去」<br>  ……それがプレゼントとどう関係があるんだ?<br> 「……兆候が消え去ったのは涼宮ハルヒが起床した直後……つまり、プレゼントを受け取った直後だと予想される」<br>  ……えーと……要するに、ハルヒにプレゼントを届けないと世界が大変なことになる可能性があるかも知れない、と。<br> 「……そう認識して貰って構わない」<br>  ……プレゼントを貰ったから機嫌直したってところか?あいつも意外と子供っぽいな……って、四年前はハルヒも中一か。<br> 「……僅かながら、ってことは最終的にハルヒが力を使わないかも知れないってことだろ?無視出来ないのか?」<br> 「……出来なくはない。でも、推奨はしない」<br>  ……推奨はしない、か。長門がそう言う以上、結局俺たちが出張らなきゃいけないみたいだな。<br> 「……それにしても」<br>  正体不明のサンタさんが実は俺とは……一番不思議体験をしているってのに、なんとも夢をなくす話だ。<br>  そして、また時間移動か……。<br> 「やれやれ……やるしかないのか……」<br>  過去に改変が起こると今がどうなるのかは知らないが、聞いた感じじゃ放っておくことは出来ないみたいようだ。それに、プレゼントを届けるだけなら簡単そうだし。<br> 「で、プレゼントは何なんだ?」<br>  まさか、今から買いに行くって訳じゃないだろうな?<br> 「……それは分からない」<br> 「おいおい……」<br>  何かも分からないものを届けろってのか?<br> 「……私が知っているのはここまで。そして、今回の私の役割もここまで。後は向こうで彼女に聞けばいい」<br>  と、長門は未だにへこんだままでいる朝比奈をちらりと見た。<br>  彼女?……あぁ、朝比奈さん(大)か。<br> 「朝比奈みくる、いつまでも項垂れていないで時間移動の準備を」<br> 「ひゃ、ひゃい!」<br>  長門の冷たさを感じさせる物言いに、朝比奈さんが過敏に反応する。相変わらず苦手意識があるようだ。<br>  長門から受けるプレッシャーにあたふたとしている朝比奈さんに一抹の不安を覚えつつ、俺はいつまでたっても慣れることのなさそうな時間移動の感覚に身を委ねた。<br>  どうか、今回は楽な仕事でありますように。<br>  <br>  <br>  目を覚ますと、そこは北口駅付近のベンチだった。<br> 「……おいおい、こんな人通りのあるところに移動して大丈夫なのか?」<br>  突然現れた(?)俺たちを不審がっている人がいないか周りを見回してみるが、こちらを気にしている人物は全く見当たらない。みんな足早にどこかを目指している感じだ。<br> 「あ、そうか……クリスマスだもんな」<br>  そりゃ、みんな自分たちのことしか頭にないか。<br> 「そうだ。朝比奈さんは……っと」<br>  ふと隣を見ると、愛らしい寝顔の朝比奈さんが、くぅくぅと寝息を立てている。<br> 「……考えてみれば、四年前のとはいえクリスマスに朝比奈さんと二人きりか……そう考えると悪くないな、うん」<br> 「……この時、そんなこと考えてたんですか、キョン君」<br> 「うひゃ!?」<br>  背後から掛けられた声に情けない悲鳴を上げながら振り向くと朝比奈さん(大)がクスクスと笑っていた。<br> 「……心臓に悪い登場の仕方はやめて下さい」<br> 「ふふ……ごめんなさい。懐かしくて、つい」<br>  もう一度だけクスッと笑うと、朝比奈さん(大)は早速本題を持ち出してきた。<br> 「さて、今回お願いするミッションですが……まず、あなたたちには着替えをして貰います」<br>  ……着替え?<br> 「俺たちの役目は寝ているハルヒにプレゼントを届けることじゃないんですか?」<br>  ハルヒは誰かを見たって話はしなかったし、変装とかの必要はないんじゃないだろうか?<br> 「そうなんですけど……まぁ、お約束ですが、詳しくは禁則事項ということで」<br> 「はぁ……?」<br>  なんとも要領を得ない話だな……。<br> 「もうすぐ小さい私が起きます。詳細は彼女に指令として伝えますから詳しくはそっちに聞いて下さい」<br> 「あれ?それだけですか?」<br>  てっきりここでプレゼントとやらを受け取ると思ったんだが……。<br> 「ん~と……では、ヒントを差し上げます」<br> 「ヒント?プレゼントのですか?」<br>  ……って、まさか俺の自腹なのか?<br>  そんな俺の不安には答えをくれず、朝比奈さん(大)はニコリと微笑んで、雲一つない澄んだ星空を指差しながら、こんな謎掛けをしてきた。<br> 「プレゼントは夜空に輝くお星さま、です」<br>  ……お星さまって、<br> 「……また、えらくメルヘンなプレゼントですね」<br> 「女の子にはそれくらいが丁度いいんですよ……じゃあ、そろそろ私が起きるので私は行きますね」<br>  相変わらず、同一人物が一緒にいるってのはややこしい状況だな。<br> 「またね、キョン君」<br> 「……『またね』、ですか」<br>  俺がそう言うと、世の男性の八割は誤魔化せそうな笑顔を振り撒きながら、朝比奈さん(大)は人混みへと消えていった。<br>  ……俺も今は誤魔化されておくとしよう。いつ来るかも分からない厄介事を気にしてちゃ老け込んでしまいそうだ。<br> 「……でも……お星さま、か」<br>  ……ハルヒは枕元にあった、という表現をしていたから、何かモノってことには間違いないだろうけど……うーん……。<br>  星から連想される数々のプレゼントを頭の中であれこれと吟味していると、未だに夢の世界から帰ってこない朝比奈さんの姿が目に入った。<br> 「……取り敢えず、こっちの朝比奈さんが起きるのを待つか」<br>  俺は早々にループし始めた思考を打ち切り、目を覚ました時の彼女のリアクションを楽しみにしながら、その裏表のなさそうな天使の寝顔を堪能することにした。<br>  <br>  <br> 「あ、あの……似合ってますよ?」<br> 「……その慰め方は余計にへこむんでやめて下さい」<br> 「その……ごめんなさい……」<br> 「……朝比奈さんは悪くないですよ」<br>  ……小さい方の朝比奈さんはね。<br>  <br>  さて、この会話だけではイマイチ何のことか分からないだろうから、嫌々ながら説明するとしよう。<br>  <br>  あの後、寝顔を見られていたことを可愛らしく怒っている朝比奈さんに、無理矢理話題を逸らすように本来の目的の話を振ってみた。すると、確かに大きい方の朝比奈さんが言うように細かい指令が来ていたようだ。<br>  俺と朝比奈さんはその指令に従い、駅のコインロッカーの中に用意されていた衣装に着替えた訳だが……。<br>  <br>  まずはテンションを上げるためにも、朝比奈さんの衣装から説明しよう。<br>  上半身は正当派サンタルックでありながら、下半身はミニスカートという、まさに王道を行くサンタコスだった。<br>  一歩間違えればいかがわしいお店のお姉さんに見られそうな格好だが、中の素材が朝比奈さんであるがゆえ、エロティズムよりも可愛らしさが前面に押し出されている。<br>  誰がこの衣装を手配したのかは知らないが、俺はその人物に最大級のグッジョブを送りたい。<br>  ……そして、俺の衣装だが……トナカイの着ぐるみだ。しかも、ご丁寧に顔の部分だけぽっかりと空いた、頭部まで覆うように出来ている全身着ぐるみタイプだ。これ以上の説明は不要だろう。俺もしたくない。<br>  <br> 「こんな格好で何をしろっていうんでしょうね……」<br> 「……何をするんでしょうか?」<br>  もう一つ補足すると、今俺たちは人通りが無茶苦茶多い駅前のアーケード街にいる。<br>  朝比奈さんが受けた指令によると、「行けば分かる」と指定された場所らしいのだが……そこには右を見ても左を見ても通行人しかいない。<br>  ……そして、いくらクリスマスと言えど全身着ぐるみのトナカイ男は目立つらしく、さっきから突き刺さる視線が俺の気力を著しく削ってくれた。<br> 「……見当も付きませんね」<br>  さっさと課題をクリアして着ぐるみを脱いでしまいたいところなのだが……。<br> 「……本当にどうしましょうか?」<br>  ……さっきからずっとこんな感じだ。<br>  道の脇に備え付けられた時計を見てみると、針は夜の七時を指していた。<br>  正確なタイムリミットは分からないが、ハルヒの話を聞く限り、朝までには全てのミッションを終わらせる必要がありそうだ。<br> 「ミッション遂行のために与えられたキーワードは星だけか」<br>  ……というか、飾り付けやお店の商品など、周りはお星さまだらけだ。流石はクリスマス。<br> 「そこのトナカイのお兄さん!クリスマスケーキはどうだい?」<br>  数ある星たちの中から、恐らく一つだけであろう正解を探していると、えらく元気のいいケーキ屋の売り子さんに声を掛けられた。<br>  ケーキか……そう言えば四年後から持ってきたお金は使っていいのだろうか?……なんか問題ありそうな気がするな。<br>  ……まぁ、どっちにしろケーキなんて買ってる場合じゃないけど。<br>  四年後のクリスマスにもう一度声を掛けて下さい、と心の中で謝りつつ、声の主を振り向く。すると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。<br> 「……なんだ、これ?」<br>  いかにも今日限りのお店っぽく、文化祭の模擬店のように並べられた長机の後ろには、長門なら確実に隠れてしまいそうなほど高くケーキの在庫が詰まれていた。そして……それが更に店の周りを二重に囲っている。<br>  クリスマスも残すところ僅かになったこの時間帯に、売れ残りで済まされるレベルなのか?これは。<br> 「あぁ……これかい?いやぁ~参っちまうよ、大口予約のキャンセルやら向こうに出来た有名チェーン店やらの影響でこんな有り様さ……」<br>  と、急に元気をなくし、聞いてもいない身の上話を始める売り子のおじさん。<br>  いや、この量はそれ以前の問題な気がするんですが……。<br> 「去年は足りなかったから今年は張り切っちまってねぇ……お兄さんたちはアレかい?こすぷれパーティーってヤツかい?」<br> 「ま、まぁ、そんなところです」<br>  突如目の前に現れた異様な量のケーキに気を取られ、ものの見事に断るタイミングを失った俺は、気が付けばおじさんの話に適当に相槌を打っていた。<br> 「パーティーか……じゃあ、一つだけでも買っていってくれないか?」<br>  ……しまった。先の身の上話を聞いてしまったがゆえに、非常に断りにくい雰囲気になってしまった。<br>  ……しかし、ここでまごついている訳にもいかないな。すぱっと断ってプレゼントを探さないと。<br> 「すいませんけど、僕たちは――」<br>  やらなきゃいけないことがあるので、と続けようとしたが、俺の言葉は第三者の横槍によって阻まれた。<br> 「サンタのお姉さん、このケーキ頂戴」<br>  俺と同じくケーキの量に呆気に取られていた朝比奈さんに、いきなりサラリーマン風の男性が話し掛けたのだ。<br> 「え?……いや、私は、その……」<br> 「あれ?ケーキ売ってるんじゃないの?」<br>  突然降って湧いた事態におろおろとしている朝比奈さんに、おじさんが素早く助け舟を出す。<br> 「はい!すいません!1500円です!」<br> 「お姉ちゃん、俺はこっちのチョコレートのヤツだ」<br> 「え?え?」<br> 「はいはい!ただいま!」<br>  朝比奈さんを売り子と勘違いした通行人がわらわらと群がり、それをおじさんが捌いていく。<br> 「え?あの、私はお店の人じゃ……」<br>  ……なんか変なことになってるな……これは一度退却すべきか?<br>  俺が朝比奈さんに逃げましょう、とアイコンタクトを送ろうとしたその時、<br> 「ちょっと来てくれ!」<br> 「キャッ!」<br> 「うおッ!?」<br>  おじさんが俺と朝比奈さんの腕を掴み、出店の裏へと強引に引っ張っていった。<br> 「後生だ!ケーキを売るの手伝ってくれ!」<br>  パン!と両手を合わせて頭を下げるおじさん。<br> 「お姉ちゃんが売り子をやってくれればケーキは売れる!ここで踏ん張らないとウチの店は傾いちまうんだ!」<br>  どうやら、さっきのやり取りで朝比奈さんの集客効果を見込まれてしまったらしい。確かに、おじさん一人で売るよりは、看板娘としてどこに出しても恥ずかしくない朝比奈さんがいた方が売り上げは上がるだろうが……。<br> 「そう言われてもなぁ……」<br> 「いきなり接客なんて無理ですよ……」<br>  俺たちが難色を示していると、おじさんはとうとう土下座を始めた。<br> 「じいさんの代から続いてる『びっぷ堂』を俺の代で潰す訳にはいかないんだ!」<br> 「『びっぷ堂』ですって!?」<br>  店の名前を聞くやいなや、くわッ!と目を見開く朝比奈さん。<br>  えっと……知ってるんですか、朝比奈さん?<br> 「詳しくは禁則ですが、私も大好きな洋菓子屋さんです!」<br>  そ、そうですか……。<br>  ……あれ?禁則って言葉が出るってことは、朝比奈さんたちの未来にもあるお店なのか?<br>  俺がそんなことを考えていると、朝比奈さんは普段の彼女からは想像出来ない頼もしい口調でこう言い切った。<br> 「分かりました!お手伝いしましょう!」<br> 「あ、朝比奈さん!?一体何を……」<br> 「本当かい!?助かるよ!じゃあ、俺は一足先に店に戻るからすぐに来てくれ!」<br> 「あ、ちょっと!おじさんも!」<br>  俺の意見だけが置き去りにされたまま、トントン拍子で話がまとまっていく。おじさんは足早に店へと戻り、朝比奈さんは何やら使命感に燃えているようだ。<br> 「びっぷ堂のためにも頑張りますよ!」<br>  ……何が朝比奈さんをそこまで駆り立てるのだろうか?<br>  ……いやいや、それよりも。<br> 「……朝比奈さん、俺たちはケーキを売るためにここへ来た訳じゃないでしょう?」<br>  さっさとハルヒへのプレゼントを探して届けないと。<br>  俺がそう言うと、朝比奈さんはどこか遠くを見据えたまま、<br> 「いえ、びっぷ堂はここで潰れてはいけないのです。あの、ショートケーキの生クリームと苺の見事な調和を、舌でとろけるような素晴らしいチーズケーキを、ここで途絶えさせる訳にはいきません!……これはきっと、私たちにとって既定事項なんです」<br>  と、力強く断言した。<br>  ……なんかかっこいいことを言っているように聞こえるが、<br> 「朝比奈さん……」<br>  もしかして、この人はただ甘いものが好きなだけではないだろうか?<br> 「お~い、兄ちゃんたち!早く手伝ってくれ!」<br> 「はい!今行きます!」<br>  おじさんの呼び掛けに張り切って店の方へと出ていく朝比奈さん。どうやら手伝うことは確定したらしい。<br>  ……仕方ない。朝比奈さんが手伝うと言ってしまった以上、俺も付き合うとしよう。少しだけ売り子をして適当なところで抜け出せばいいだろう。<br> 「兄ちゃんは会計をやってくれ。サンタのお姉ちゃんはケーキを渡す係だ」<br> 「分かりました!」<br> 「……了解です」<br>  はぁ……それにしても、過去の、とはいえクリスマスに働くことになるとは……これが現在なら、そこそこいいバイト代が貰えるだろうに……。<br> 「頑張りましょう!キョン君!」<br> 「はは……そうですね」<br>  <br>  そんな憂鬱な気持ちで始めた仕事なものだから、最初はやる気なんて全くなかった。<br> 「2000円……500円お釣りね。はい、あざっした」<br>  しかし、嫌々始めた会計という仕事だが、実際やってみるとこれがなかなか面白い。<br>  どんどん増えていく売り上げと、目に見えて減っていく在庫たち。そして、たまに掛けられるお客さんからの声。<br> 「はい、1500円丁度お預かりします!ありがとうございました!」<br> 「どうもありがとう。頑張ってね、トナカイのお兄さん」<br> 「はい!」<br>  俺は初めて感じたかも知れない、労働の楽しさというヤツに夢中になっていった。<br>  ……そう、本来の目的も忘れて。<br>  <br>  <br>  ペットボトルの水をぐいっとあおり、見事に在庫が消え去ったお店を見つめる。<br> 「ふぅ……」<br>  こういう仕事もいいな……こう、やり遂げたって感じがする。<br> 「いやぁ~助かったよ!あんたたちのお蔭だ!」<br>  心地好い達成感に身を包まれていると、おじさんが大袈裟に喜びながら俺に握手を求めてきた。<br> 「いえ、俺は何も……」<br>  というか、全ては朝比奈さんのお蔭だろう。<br>  客から見れば、どこで買っても同じようなクリスマスケーキなら、そりゃ愛らしい天使のような美少女から買った方がクリスマスらしいに決まってる。<br>  ちなみにその最功労者の朝比奈さんは慣れない接客に疲れたのか、今は近くのベンチで休んでいる。<br> 「待ってな、今から店に戻ってバイト代を用意するから」<br>  おじさんは俺たちの働きに満足してくれたらしく、にこにこと嬉しそうにそう言ってくれた。これが現在ならありがたい話なのだけれど……。<br> 「そんな、悪いですよ」<br>  いくらバイト代を貰ってもこの時間でしか使えないんじゃな。<br>  それに俺たちには用事が……。<br> 「……あれ?」<br>  …………用事?<br> 「そうだ!プレゼント!」<br>  ケーキ売るのに没頭して、すっかり忘れてた!<br> 「おや?プレゼントが必要なのかい?」<br> 「あ……えーと、親戚の子供にプレゼントを持っていかなきゃいけないんですけど……」<br>  時計を見てみると、クリスマスも残りあと二時間になっていた。残り時間があとどれくらいかは分からないが、確実に猶予を削ってしまったようだ。<br>  どうするんだ?結局プレゼントは何か分からず仕舞いだぞ。<br>  ミッション失敗の文字が頭を寄切り、長門の失望に満ちた冷たい視線がリアルに浮かんでくる。<br>  そんな自分のうっかり加減に呆然としている俺に、おじさんは何やら大きな紙袋を手渡してきた。<br> 「プレゼントならこれを持っていきな。ついでに予備に置いてたケーキもサービスだ」<br> 「え?……これは……?」<br> 「サイズがデカすぎてうちのヤツには合わなかったんだ。子供はこういうの好きだろうよ?」<br>  おじさんから手渡された紙袋の中身を見つめる。<br>  ……どうやら俺たちは知らない内に正解を引き当てていたらしい。<br> 「……これが空に輝くお星さま、ね」<br>  確かにその通りですけど……分かりにくいですよ、大きい方の朝比奈さん……。<br> 「すいません。じゃあ、バイト代の代わりにありがたく頂きます」<br> 「おうよ、こっちこそありがとな!」<br>  ぶんぶんと大きく手を振るおじさんに頭を下げ、ベンチで休んでいる朝比奈さんの元へと急ぐ。これであとはハルヒの家にプレゼントを届けるだけだ。<br> 「朝比奈さん、プレゼントが手に入りましたよ」<br> 「え?……ほ、本当ですか!?」<br> 「はい。ケーキ屋を手伝うっていう朝比奈さんの選択は正解でした。朝比奈さんのお蔭ですよ」<br> 「わ、私、役に立てたんですか?」<br> 「えぇ」<br> 「よかった……」<br>  感極まったように少し涙ぐむ朝比奈さん。任務の役に立てたことが余程嬉しいと見える。<br>  ……それが甘いものに対する食意地による結果だと言うのは……まぁ、ほんわかとした朝比奈さんらしいかな?<br> 「それじゃ、残りの仕事も終わらせてしまいましょうか?」<br> 「あ……はい!」<br>  満面の笑みを浮かべる朝比奈さんと共に、聖夜の街を行く。見上げた空は世界改変の兆しがあるとは思えないほど晴れ渡り、俺の手にあるプレゼントのように星たちは輝きを放っていた。<br>  <br>  <br>  さて、ハルヒの話にはもう一つ不思議な点があった。<br>  それはサンタと思しき人物がどうやってハルヒの家に入ったのかという問題だったんだが……。<br>  こっちの種明かしはもっと簡単だった。<br>  ハルヒの家の合いカギが衣装と共に用意されていたのだ。<br> 「夢もへったくれもないな、本当に……」<br>  そういうことで、今からハルヒ宅に不法侵入を敢行する訳なんだが……。<br> 「……二階の電気がついてますよ?」<br>  まさか、まだ起きてるのか?<br> 「えっと……あそこが涼宮さんの部屋なんですけど……寝てるらしいので多分大丈夫だそうです」<br>  多分って……最後の最後まで不安の残るミッションだな……。<br> 「はぁ……では、最後のお使いに行きますか」<br>  実際、あとは子供のお使いみたいなものだし、大丈夫だろう。<br>  だが、そんな俺の楽観的推測を少しだけ不安にさせることを朝比奈さんは言ってきた。<br> 「えっと……行くのはキョン君だけみたいです」<br> 「え?」<br> 「私は残れと命じられました」<br>  ……まだ何かあるのだろうか?<br> 「……すいません、教えて貰えませんでした……」<br> 「……分かりました。朝比奈さんは待っていて下さい」<br>  また申し訳なさそうな顔をしている朝比奈さんに、作った笑顔で微笑み掛ける。<br>  俺は朝比奈さんに見えないように小さく溜め息を吐き、ミッションの最終フェイズに取り掛かった。<br>  <br>  <br>  恐る恐る電気がついていた部屋のドアを開く。<br> 「……お邪魔します、と」<br>  少し不安だったが、久しぶりに会うチビハルヒは前情報通りおやすみのようだ。勉強の途中だったのか、机に突っ伏すように眠っている。<br> 「電気がついてたのはそういう訳か」<br>  上着を羽織っていただけなので、眠っているハルヒに毛布を掛けてやる。話には出なかったが、これくらいはいいだろう。<br>  これで、あとはプレゼントを置いて立ち去る。それで今回の時間旅行も全て終りなんだが……。<br> 「それで……お前はなんでまた世界を改変しようなんて思ったんだ?」<br>  答えの返ってくるあてのない質問を一人呟く。そのあどけない寝顔は、どこから見てもただの子供のそれにしか見えない。<br>  ……でも、こいつがそういう行動に出る理由ってのは大抵子供っぽいからなぁ……。<br> 「ん……?」<br>  ハルヒの顔をじっと眺めていると、その下にある日記が目に入った。一つ弁解させて貰うと、日記だと分かっていてそれを読んだ訳じゃない。<br>  それが日記だと気が付いたのは内容を読んだためであり、またその内容もふと目に止まっただけなのだが、余りに短い文章だったので、一目で全部読めてしまったんだ。<br>  <br>  <br> 『今日も何も見付からなかった。ついでに一人だけのクリスマス。最悪』<br>  <br>  <br> 「…………」<br>  そうか。こいつ、ずっと一人で不思議探索やってたんだな……。<br>  一人で不思議や謎を追い求めて、そして、いつまで経ってもそいつらは見付からず……。<br> 「……はぁ……」<br>  ここでその気持ちを分かった気になるには俺は恵まれ過ぎていて、分からないと言うには俺はこいつのことを知り過ぎている。<br> 「……なんともやり切れない気持ちにしてくれるな、おい」<br>  その小さな背中を見ていると、今ここでこいつに全てを話したいという衝動に駆られた。<br>  朝比奈さんの泣きそうな顔と長門の真っ直ぐな視線。ついでに、古泉のニヤケ顔を思い出さなかったら、俺はそうしていたかも知れない。<br> 「なるほど……朝比奈さんには見せられない訳だ」<br>  こんなハルヒを見たら、あの心優しい先輩はどんな心理状態になるのやら……。<br>  ……それにしても……。<br> 「なにが仕事だし仕方ないだよ。強がってるだけじゃねーか……」<br>  こいつが意地っ張りなのは知ってたが、案外寂しがり屋の顔もあるのだろうか?<br>  やれやれ、とお決まりの台詞を呟いてから、ハルヒの枕元にプレゼントとケーキを置いてやる。<br> 「ほら、謎のサンタ……もとい、トナカイからのプレゼントだ。中身は気に入って貰えるか分からないが、不思議というエッセンス付きだぞ?」<br>  まぁ、お前の求める不思議には遠く及ばないかも知れないが、もう少し我慢してたら俺たちが加わってやるからな。<br> 「…………」<br>  相変わらず返事のないその背中は、最初に見た時よりも小さく見えた。歯がゆい気持ちが心臓を痛くするが、残念ながらこれ以上俺がしてやれることはないらしい。<br> 「じゃあな、ハルヒ。また四年後……いや、まずは三年後の春か?」<br>  いやいや、正確には二年と……って、どうでもいいか。<br> 「……とにかく、また未来でな……頑張れよ」<br>  <br>  <br>  <br>  <br> 「……ふぁ」<br> 「朝か……あ、そう言えば昨日はクリスマスだっけ……」<br> 「……」<br> 「……あれ?なにこれ?」<br> 「……プレゼントの包装紙?」<br> 「中身は……」<br> 「わぁ……大きな星の飾り……駅前のツリーとかに乗せるアレかしら?」<br> 「……って、こんなモノ貰ってどうしろって言うのよ……気が利かないわね」<br> 「……ふん」<br> 「あ、ケーキもある……でも、一体誰が……?」<br> 「お父さんたちはまだ帰ってないみたいだし……」<br> 「……まさか、サンタクロース?」<br> 「……な~んて、そんな不思議なことある訳ないか」<br> 「……」<br> 「……あるのかな?」<br> 「……」<br> 「……あった方が楽しいわよね?」<br> 「……」<br> 「……うん」<br>  <br>  <br> END</p>
<p>「クリスマスは待ち伏せしてサンタを捕まえるわよ!」<br>  ハルヒがまた無理難題を言い出したのは、クリスマスを間近に控えた、とある冬の寒い日のことだ。<br>  しかし、無理難題と言っても、いつもの宇宙人を始めとする不思議探索がサンタに置き換わっただけで、全く以っていつもと同じなのだが……ここで一つ問題が生まれる。<br>  ハルヒがサンタの存在を未だに信じているのかどうかだ。<br>  もし、先の発言が、<br> 「サンタがいた方が面白いでしょ!」<br>  という、いつものノリなら然程問題はない。<br>  古泉が機関を通じて煙突付きの家を用意し、朝比奈さんがサンタルックのコスプレをさせられ、長門はいつも通り黙って事の成り行きを見守る。<br>  もちろん俺の意見は反映されず、なし崩し的に作戦は決行され、俺と古泉辺りが寒空の下で来るはずのないサンタを一晩中待ち続ける訳だ。<br>  ……今気付いたが、これはこれで問題だな。<br>  ……まぁ、今は置いておこう……問題なのは、もう一つのパターン、ハルヒが完璧にサンタの存在を信じている場合だ。<br>  こちらはかなり厄介だ。どんなに遅くとも中学生辺りには気付く『サンタさんはお父さん』の法則を、同級生の口から非常に言いにくそうに伝えられるのだ。真実を知った時の精神的ダメージは、いくら図太いハルヒと言えど計り知れない。<br>  更にはそれが原因でハルヒとその両親の仲が不和になるかも知れない。毎年毎年、子供のために趣向を凝らした演出で楽しませていた御両親を、ハルヒは逆恨みするんだ。そして、人間不信に陥ったハルヒは非行に走る……。<br>  嗚呼……なんてこった。子供の夢を守ろうとした親心と、子供の夢の象徴であるサンタクロースのせいで人生が狂ってしまうなんて……。<br> 「な~に変な顔してんのよ、キョン」<br>  ……と、まぁ、それは考えすぎにしても、ハルヒがサンタを信じているのかどうかはさりげなく確認しておくか。<br>  さて、ダメージの少ない質問方法は……。<br> 「涼宮さんはサンタさんを信じてるんですかぁ?」<br>  ……って、朝比奈さん!?そんなストレートな尋ね方は――<br> 「当然よ!あたし、サンタにプレゼント貰ったことあるもの!」<br>  はぁ……ハルヒよ、残念ながらそれはお前のお父さんの仕業なんだ。<br>  これから知ることになる残酷な現実と、それによって受けるであろうハルヒの心の傷を思い、憐れみの視線を向けていると、ハルヒは笑顔のままこう続けた。<br> 「もちろん、ありがちな『お父さんがサンタでした』、なんてオチでもないわよ」<br>  ……おや?<br> 「それは興味深い話ですね」<br>  古泉がいつものように微笑みを湛えながら、お約束のようにその話に食い付くと、気をよくしたハルヒは更に話を続けた。<br> 「四年前のクリスマスにね、両親が揃って出張したことがあったの。まぁ、それは仕事だし仕方ないんだけど……そんな両親もいないクリスマスに、寝る前にはなかったクリスマスプレゼントが枕元にあったのよ!」<br>  不思議な話だな……他に可能性はないのか?実は驚かせようとした御両親の仕業とか、近くに住む親戚のおじさんとか。<br> 「考えられる可能性は全部調べたわ。それでも誰の仕業か分からなかったのよ。これはもう、サンタが来たとしか考えられないわね!」<br>  と、得意気に話すハルヒ。<br>  誰の仕業か分からないからサンタのプレゼント、か。確かにそう考えた方が夢はあるだろうが……。<br> 「サンタねぇ……」<br>  不思議な人種にはたくさん会ってきたが、サンタはまた別ベクトルだな。どっちかと言うとファンタジー寄りで、今まで見てきた不思議よりもっと胡散臭い部類だ。<br> 「そういうことだから、今年のクリスマスはサンタを捕まえるわよ!じゃ、詳しい話はまた明日にして、今日は解散ね!」<br>  と、ハルヒは一方的に話を切り上げ、ワクワクを抑え切れないといった感じで走り去っていった。<br>  ……しまった。反対する隙がなかった。<br>  ハルヒが出ていくと本日は一言も発しなかった長門が帰り支度を始め、それを見た古泉もそそくさとゲームを片して、<br> 「では、僕も帰りますか。今度用意するものは煙突のある家、ですかね?」<br>  と、楽しそうに言ってから部室を出ていった。<br>  今年のクリスマスは寒空の下か……と、少しばかり憂鬱な気持ちで俺も部室を出る。すると、<br> 「待って下さい!」<br>  メイド服姿の朝比奈さんが慌てて追い掛けてきた。<br> 「あ、あの……この後、会えませんか?」<br>  そう言う朝比奈さんの顔には、普段は滅多に目にすることのない固い表情が見て取れた。<br>  わざわざ部活が終わった後に二人で会って、更に緊張することと言えば……。<br> 「……まさか」<br>  ……これは……来たのか?俺にも春が?この真冬の時期に?<br>  暴れ馬のように高鳴る気持ちを静め切れず、馬鹿みたいに何度もコクコクと頷いて了承の意思を伝えると、<br> 「例の公園で待ってます」<br>  という言葉を残して、朝比奈さんは部室に戻っていった。<br>  俺はその後ろ姿をドキドキしながら眺めつつ、例の公園という単語から連想出来る、もう一つの可能性を必死に否定しようとしていた。<br>  ……まぁ、その甲斐もなく、もう一つの可能性の方が当たりだと分かるのは、すぐ後のことだったが。<br>  <br>  <br>  例の公園に行くと、申し訳なさそうにしている朝比奈さんと、いつもの無表情の長門がいた。<br>  ……あ、やっぱりハルヒ絡みですか、そうですか。<br> 「……途中からそんな予感はしてましたよ」<br> 「キョン君?」<br>  ……いえ、なんでもありません。ただの虚しい独り言です。<br> 「それで、今回は『いつ』に行くんですか?」<br>  気を取り直して朝比奈さんに問掛ける。この面子が揃っているってことは、言わずもがな、また時間旅行をやらされるってことなんだろう。<br>  俺がそう言うと、曇らせていた表情を明るくして、朝比奈さんは近所のコンビニに行くことを告げるように、軽くこう言ってくれた。<br> 「あ、分かってくれてるなら話が早いです。今回は四年前のクリスマスです」<br>  ……えらくタイムリーな話だ。さっき話題に出たばかりだってのに。<br>  なんとなく引っ掛かるものを感じ、クエスチョンマークを頭の脇に浮かべていると、長門が朝比奈さんの説明を補足してくれた。<br> 「……今回の役割は先程の話に出たプレゼントを、あなたが涼宮ハルヒに届けること」<br> 「え!?そうだったんですか!?」<br>  ……知らなかったんですか、朝比奈さん。<br> 「私が知らされてないことを長門さんが知ってるなんて……」<br>  見るからにへこんでいる朝比奈さんをよそに、長門は淡々と話を続ける。<br> 「……四年前のクリスマスの夜、僅かながら世界が改変される兆候があった。今回の目的はその可能性の除去」<br>  ……それがプレゼントとどう関係があるんだ?<br> 「……兆候が消え去ったのは涼宮ハルヒが起床した直後……つまり、プレゼントを受け取った直後だと予想される」<br>  ……えーと……要するに、ハルヒにプレゼントを届けないと世界が大変なことになる可能性があるかも知れない、と。<br> 「……そう認識して貰って構わない」<br>  ……プレゼントを貰ったから機嫌直したってところか?あいつも意外と子供っぽいな……って、四年前はハルヒも中一か。<br> 「……僅かながら、ってことは最終的にハルヒが力を使わないかも知れないってことだろ?無視出来ないのか?」<br> 「……出来なくはない。でも、推奨はしない」<br>  ……推奨はしない、か。長門がそう言う以上、結局俺たちが出張らなきゃいけないみたいだな。<br> 「……それにしても」<br>  正体不明のサンタさんが実は俺とは……一番不思議体験をしているってのに、なんとも夢をなくす話だ。<br>  そして、また時間移動か……。<br> 「やれやれ……やるしかないのか……」<br>  過去に改変が起こると今がどうなるのかは知らないが、聞いた感じじゃ放っておくことは出来ないみたいだ。それに、プレゼントを届けるだけなら簡単そうだし。<br> 「で、プレゼントは何なんだ?」<br>  まさか、今から買いに行くって訳じゃないだろうな?<br> 「……それは分からない」<br> 「おいおい……」<br>  何かも分からないものを届けろってのか?<br> 「……私が知っているのはここまで。そして、今回の私の役割もここまで。後は向こうで彼女に聞けばいい」<br>  と、長門は未だにへこんだままでいる朝比奈をちらりと見た。<br>  彼女?……あぁ、朝比奈さん(大)か。<br> 「朝比奈みくる、いつまでも項垂れていないで時間移動の準備を」<br> 「ひゃ、ひゃい!」<br>  長門の冷たさを感じさせる物言いに、朝比奈さんが過敏に反応する。相変わらず苦手意識があるようだ。<br>  長門から受けるプレッシャーにあたふたとしている朝比奈さんに一抹の不安を覚えつつ、俺はいつまでたっても慣れることのなさそうな時間移動の感覚に身を委ねた。<br>  どうか、今回は楽な仕事でありますように。<br>  <br>  <br>  目を覚ますと、そこは北口駅付近のベンチだった。<br> 「……おいおい、こんな人通りのあるところに移動して大丈夫なのか?」<br>  突然現れた(?)俺たちを不審がっている人がいないか周りを見回してみるが、こちらを気にしている人物は全く見当たらない。みんな足早にどこかを目指している感じだ。<br> 「あ、そうか……クリスマスだもんな」<br>  そりゃ、みんな自分たちのことしか頭にないか。<br> 「そうだ。朝比奈さんは……っと」<br>  ふと隣を見ると、愛らしい寝顔の朝比奈さんが、くぅくぅと寝息を立てている。<br> 「……考えてみれば、四年前のとはいえクリスマスに朝比奈さんと二人きりか……そう考えると悪くないな、うん」<br> 「……この時、そんなこと考えてたんですか、キョン君」<br> 「うひゃ!?」<br>  背後から掛けられた声に情けない悲鳴を上げながら振り向くと朝比奈さん(大)がクスクスと笑っていた。<br> 「……心臓に悪い登場の仕方はやめて下さい」<br> 「ふふ……ごめんなさい。懐かしくて、つい」<br>  もう一度だけクスッと笑うと、朝比奈さん(大)は早速本題を持ち出してきた。<br> 「さて、今回お願いするミッションですが……まず、あなたたちには着替えをして貰います」<br>  ……着替え?<br> 「俺たちの役目は寝ているハルヒにプレゼントを届けることじゃないんですか?」<br>  ハルヒは誰かを見たって話はしなかったし、変装とかの必要はないんじゃないだろうか?<br> 「そうなんですけど……まぁ、お約束ですが、詳しくは禁則事項ということで」<br> 「はぁ……?」<br>  なんとも要領を得ない話だな……。<br> 「もうすぐ小さい私が起きます。詳細は彼女に指令として伝えますから詳しくはそっちに聞いて下さい」<br> 「あれ?それだけですか?」<br>  てっきりここでプレゼントとやらを受け取ると思ったんだが……。<br> 「ん~と……では、ヒントを差し上げます」<br> 「ヒント?プレゼントのですか?」<br>  ……って、まさか俺の自腹なのか?<br>  そんな俺の不安には答えをくれず、朝比奈さん(大)はニコリと微笑んで、雲一つない澄んだ星空を指差しながら、こんな謎掛けをしてきた。<br> 「プレゼントは夜空に輝くお星さま、です」<br>  ……お星さまって、<br> 「……また、えらくメルヘンなプレゼントですね」<br> 「女の子にはそれくらいが丁度いいんですよ……じゃあ、そろそろ私が起きるので私は行きますね」<br>  相変わらず、同一人物が一緒にいるってのはややこしい状況だな。<br> 「またね、キョン君」<br> 「……『またね』、ですか」<br>  俺がそう言うと、世の男性の八割は誤魔化せそうな笑顔を振り撒きながら、朝比奈さん(大)は人混みへと消えていった。<br>  ……俺も今は誤魔化されておくとしよう。いつ来るかも分からない厄介事を気にしてちゃ老け込んでしまいそうだ。<br> 「……でも……お星さま、か」<br>  ……ハルヒは枕元にあった、という表現をしていたから、何かモノってことには間違いないだろうけど……うーん……。<br>  星から連想される数々のプレゼントを頭の中であれこれと吟味していると、未だに夢の世界から帰ってこない朝比奈さんの姿が目に入った。<br> 「……取り敢えず、こっちの朝比奈さんが起きるのを待つか」<br>  俺は早々にループし始めた思考を打ち切り、目を覚ました時の彼女のリアクションを楽しみにしながら、その裏表のなさそうな天使の寝顔を堪能することにした。<br>  <br>  <br> 「あ、あの……似合ってますよ?」<br> 「……その慰め方は余計にへこむんでやめて下さい」<br> 「その……ごめんなさい……」<br> 「……朝比奈さんは悪くないですよ」<br>  ……小さい方の朝比奈さんはね。<br>  <br>  さて、この会話だけではイマイチ何のことか分からないだろうから、嫌々ながら説明するとしよう。<br>  <br>  あの後、寝顔を見られていたことを可愛らしく怒っている朝比奈さんに、無理矢理話題を逸らすように本来の目的の話を振ってみた。すると、確かに大きい方の朝比奈さんが言うように細かい指令が来ていたようだ。<br>  俺と朝比奈さんはその指令に従い、駅のコインロッカーの中に用意されていた衣装に着替えた訳だが……。<br>  <br>  まずはテンションを上げるためにも、朝比奈さんの衣装から説明しよう。<br>  上半身は正当派サンタルックでありながら、下半身はミニスカートという、まさに王道を行くサンタコスだった。<br>  一歩間違えればいかがわしいお店のお姉さんに見られそうな格好だが、中の素材が朝比奈さんであるがゆえ、エロティズムよりも可愛らしさが前面に押し出されている。<br>  誰がこの衣装を手配したのかは知らないが、俺はその人物に最大級のグッジョブを送りたい。<br>  ……そして、俺の衣装だが……トナカイの着ぐるみだ。しかも、ご丁寧に顔の部分だけぽっかりと空いた、頭部まで覆うように出来ている全身着ぐるみタイプだ。これ以上の説明は不要だろう。俺もしたくない。<br>  <br> 「こんな格好で何をしろっていうんでしょうね……」<br> 「……何をするんでしょうか?」<br>  もう一つ補足すると、今俺たちは人通りが無茶苦茶多い駅前のアーケード街にいる。<br>  朝比奈さんが受けた指令によると、「行けば分かる」と指定された場所らしいのだが……そこには右を見ても左を見ても通行人しかいない。<br>  ……そして、いくらクリスマスと言えど全身着ぐるみのトナカイ男は目立つらしく、さっきから突き刺さる視線が俺の気力を著しく削ってくれた。<br> 「……見当も付きませんね」<br>  さっさと課題をクリアして着ぐるみを脱いでしまいたいところなのだが……。<br> 「……本当にどうしましょうか?」<br>  ……さっきからずっとこんな感じだ。<br>  道の脇に備え付けられた時計を見てみると、針は夜の七時を指していた。<br>  正確なタイムリミットは分からないが、ハルヒの話を聞く限り、朝までには全てのミッションを終わらせる必要がありそうだ。<br> 「ミッション遂行のために与えられたキーワードは星だけか」<br>  ……というか、飾り付けやお店の商品など、周りはお星さまだらけだ。流石はクリスマス。<br> 「そこのトナカイのお兄さん!クリスマスケーキはどうだい?」<br>  数ある星たちの中から、恐らく一つだけであろう正解を探していると、えらく元気のいいケーキ屋の売り子さんに声を掛けられた。<br>  ケーキか……そう言えば四年後から持ってきたお金は使っていいのだろうか?……なんか問題ありそうな気がするな。<br>  ……まぁ、どっちにしろケーキなんて買ってる場合じゃないけど。<br>  四年後のクリスマスにもう一度声を掛けて下さい、と心の中で謝りつつ、声の主を振り向く。すると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。<br> 「……なんだ、これ?」<br>  いかにも今日限りのお店っぽく、文化祭の模擬店のように並べられた長机の後ろには、長門なら確実に隠れてしまいそうなほど高くケーキの在庫が詰まれていた。そして……それが更に店の周りを二重に囲っている。<br>  クリスマスも残すところ僅かになったこの時間帯に、売れ残りで済まされるレベルなのか?これは。<br> 「あぁ……これかい?いやぁ~参っちまうよ、大口予約のキャンセルやら向こうに出来た有名チェーン店やらの影響でこんな有り様さ……」<br>  と、急に元気をなくし、聞いてもいない身の上話を始める売り子のおじさん。<br>  いや、この量はそれ以前の問題な気がするんですが……。<br> 「去年は足りなかったから今年は張り切っちまってねぇ……お兄さんたちはアレかい?こすぷれパーティーってヤツかい?」<br> 「ま、まぁ、そんなところです」<br>  突如目の前に現れた異様な量のケーキに気を取られ、ものの見事に断るタイミングを失った俺は、気が付けばおじさんの話に適当に相槌を打っていた。<br> 「パーティーか……じゃあ、一つだけでも買っていってくれないか?」<br>  ……しまった。先の身の上話を聞いてしまったがゆえに、非常に断りにくい雰囲気になってしまった。<br>  ……しかし、ここでまごついている訳にもいかないな。すぱっと断ってプレゼントを探さないと。<br> 「すいませんけど、僕たちは――」<br>  やらなきゃいけないことがあるので、と続けようとしたが、俺の言葉は第三者の横槍によって阻まれた。<br> 「サンタのお姉さん、このケーキ頂戴」<br>  俺と同じくケーキの量に呆気に取られていた朝比奈さんに、いきなりサラリーマン風の男性が話し掛けたのだ。<br> 「え?……いや、私は、その……」<br> 「あれ?ケーキ売ってるんじゃないの?」<br>  突然降って湧いた事態におろおろとしている朝比奈さんに、おじさんが素早く助け舟を出す。<br> 「はい!すいません!1500円です!」<br> 「お姉ちゃん、俺はこっちのチョコレートのヤツだ」<br> 「え?え?」<br> 「はいはい!ただいま!」<br>  朝比奈さんを売り子と勘違いした通行人がわらわらと群がり、それをおじさんが捌いていく。<br> 「え?あの、私はお店の人じゃ……」<br>  ……なんか変なことになってるな……これは一度退却すべきか?<br>  俺が朝比奈さんに逃げましょう、とアイコンタクトを送ろうとしたその時、<br> 「ちょっと来てくれ!」<br> 「キャッ!」<br> 「うおッ!?」<br>  おじさんが俺と朝比奈さんの腕を掴み、出店の裏へと強引に引っ張っていった。<br> 「後生だ!ケーキを売るの手伝ってくれ!」<br>  パン!と両手を合わせて頭を下げるおじさん。<br> 「お姉ちゃんが売り子をやってくれればケーキは売れる!ここで踏ん張らないとウチの店は傾いちまうんだ!」<br>  どうやら、さっきのやり取りで朝比奈さんの集客効果を見込まれてしまったらしい。確かに、おじさん一人で売るよりは、看板娘としてどこに出しても恥ずかしくない朝比奈さんがいた方が売り上げは上がるだろうが……。<br> 「そう言われてもなぁ……」<br> 「いきなり接客なんて無理ですよ……」<br>  俺たちが難色を示していると、おじさんはとうとう土下座を始めた。<br> 「じいさんの代から続いてる『びっぷ堂』を俺の代で潰す訳にはいかないんだ!」<br> 「『びっぷ堂』ですって!?」<br>  店の名前を聞くやいなや、くわッ!と目を見開く朝比奈さん。<br>  えっと……知ってるんですか、朝比奈さん?<br> 「詳しくは禁則ですが、私も大好きな洋菓子屋さんです!」<br>  そ、そうですか……。<br>  ……あれ?禁則って言葉が出るってことは、朝比奈さんたちの未来にもあるお店なのか?<br>  俺がそんなことを考えていると、朝比奈さんは普段の彼女からは想像出来ない頼もしい口調でこう言い切った。<br> 「分かりました!お手伝いしましょう!」<br> 「あ、朝比奈さん!?一体何を……」<br> 「本当かい!?助かるよ!じゃあ、俺は一足先に店に戻るからすぐに来てくれ!」<br> 「あ、ちょっと!おじさんも!」<br>  俺の意見だけが置き去りにされたまま、トントン拍子で話がまとまっていく。おじさんは足早に店へと戻り、朝比奈さんは何やら使命感に燃えているようだ。<br> 「びっぷ堂のためにも頑張りますよ!」<br>  ……何が朝比奈さんをそこまで駆り立てるのだろうか?<br>  ……いやいや、それよりも。<br> 「……朝比奈さん、俺たちはケーキを売るためにここへ来た訳じゃないでしょう?」<br>  さっさとハルヒへのプレゼントを探して届けないと。<br>  俺がそう言うと、朝比奈さんはどこか遠くを見据えたまま、<br> 「いえ、びっぷ堂はここで潰れてはいけないのです。あの、ショートケーキの生クリームと苺の見事な調和を、舌でとろけるような素晴らしいチーズケーキを、ここで途絶えさせる訳にはいきません!……これはきっと、私たちにとって既定事項なんです」<br>  と、力強く断言した。<br>  ……なんかかっこいいことを言っているように聞こえるが、<br> 「朝比奈さん……」<br>  もしかして、この人はただ甘いものが好きなだけではないだろうか?<br> 「お~い、兄ちゃんたち!早く手伝ってくれ!」<br> 「はい!今行きます!」<br>  おじさんの呼び掛けに張り切って店の方へと出ていく朝比奈さん。どうやら手伝うことは確定したらしい。<br>  ……仕方ない。朝比奈さんが手伝うと言ってしまった以上、俺も付き合うとしよう。少しだけ売り子をして適当なところで抜け出せばいいだろう。<br> 「兄ちゃんは会計をやってくれ。サンタのお姉ちゃんはケーキを渡す係だ」<br> 「分かりました!」<br> 「……了解です」<br>  はぁ……それにしても、過去の、とはいえクリスマスに働くことになるとは……これが現在なら、そこそこいいバイト代が貰えるだろうに……。<br> 「頑張りましょう!キョン君!」<br> 「はは……そうですね」<br>  <br>  そんな憂鬱な気持ちで始めた仕事なものだから、最初はやる気なんて全くなかった。<br> 「2000円……500円お釣りね。はい、あざっした」<br>  しかし、嫌々始めた会計という仕事だが、実際やってみるとこれがなかなか面白い。<br>  どんどん増えていく売り上げと、目に見えて減っていく在庫たち。そして、たまに掛けられるお客さんからの声。<br> 「はい、1500円丁度お預かりします!ありがとうございました!」<br> 「どうもありがとう。頑張ってね、トナカイのお兄さん」<br> 「はい!」<br>  俺は初めて感じたかも知れない、労働の楽しさというヤツに夢中になっていった。<br>  ……そう、本来の目的も忘れて。<br>  <br>  <br>  ペットボトルの水をぐいっとあおり、見事に在庫が消え去ったお店を見つめる。<br> 「ふぅ……」<br>  こういう仕事もいいな……こう、やり遂げたって感じがする。<br> 「いやぁ~助かったよ!あんたたちのお蔭だ!」<br>  心地好い達成感に身を包まれていると、おじさんが大袈裟に喜びながら俺に握手を求めてきた。<br> 「いえ、俺は何も……」<br>  というか、全ては朝比奈さんのお蔭だろう。<br>  客から見れば、どこで買っても同じようなクリスマスケーキなら、そりゃ愛らしい天使のような美少女から買った方がクリスマスらしいに決まってる。<br>  ちなみにその最功労者の朝比奈さんは慣れない接客に疲れたのか、今は近くのベンチで休んでいる。<br> 「待ってな、今から店に戻ってバイト代を用意するから」<br>  おじさんは俺たちの働きに満足してくれたらしく、にこにこと嬉しそうにそう言ってくれた。これが現在ならありがたい話なのだけれど……。<br> 「そんな、悪いですよ」<br>  いくらバイト代を貰ってもこの時間でしか使えないんじゃな。<br>  それに俺たちには用事が……。<br> 「……あれ?」<br>  …………用事?<br> 「そうだ!プレゼント!」<br>  ケーキ売るのに没頭して、すっかり忘れてた!<br> 「おや?プレゼントが必要なのかい?」<br> 「あ……えーと、親戚の子供にプレゼントを持っていかなきゃいけないんですけど……」<br>  時計を見てみると、クリスマスも残りあと二時間になっていた。残り時間があとどれくらいかは分からないが、確実に猶予を削ってしまったようだ。<br>  どうするんだ?結局プレゼントは何か分からず仕舞いだぞ。<br>  ミッション失敗の文字が頭を寄切り、長門の失望に満ちた冷たい視線がリアルに浮かんでくる。<br>  そんな自分のうっかり加減に呆然としている俺に、おじさんは何やら大きな紙袋を手渡してきた。<br> 「プレゼントならこれを持っていきな。ついでに予備に置いてたケーキもサービスだ」<br> 「え?……これは……?」<br> 「サイズがデカすぎてうちのヤツには合わなかったんだ。子供はこういうの好きだろうよ?」<br>  おじさんから手渡された紙袋の中身を見つめる。<br>  ……どうやら俺たちは知らない内に正解を引き当てていたらしい。<br> 「……これが空に輝くお星さま、ね」<br>  確かにその通りですけど……分かりにくいですよ、大きい方の朝比奈さん……。<br> 「すいません。じゃあ、バイト代の代わりにありがたく頂きます」<br> 「おうよ、こっちこそありがとな!」<br>  ぶんぶんと大きく手を振るおじさんに頭を下げ、ベンチで休んでいる朝比奈さんの元へと急ぐ。これであとはハルヒの家にプレゼントを届けるだけだ。<br> 「朝比奈さん、プレゼントが手に入りましたよ」<br> 「え?……ほ、本当ですか!?」<br> 「はい。ケーキ屋を手伝うっていう朝比奈さんの選択は正解でした。朝比奈さんのお蔭ですよ」<br> 「わ、私、役に立てたんですか?」<br> 「えぇ」<br> 「よかった……」<br>  感極まったように少し涙ぐむ朝比奈さん。任務の役に立てたことが余程嬉しいと見える。<br>  ……それが甘いものに対する食意地による結果だと言うのは……まぁ、ほんわかとした朝比奈さんらしいかな?<br> 「それじゃ、残りの仕事も終わらせてしまいましょうか?」<br> 「あ……はい!」<br>  満面の笑みを浮かべる朝比奈さんと共に、聖夜の街を行く。見上げた空は世界改変の兆しがあるとは思えないほど晴れ渡り、俺の手にあるプレゼントのように星たちは輝きを放っていた。<br>  <br>  <br>  さて、ハルヒの話にはもう一つ不思議な点があった。<br>  それはサンタと思しき人物がどうやってハルヒの家に入ったのかという問題だったんだが……。<br>  こっちの種明かしはもっと簡単だった。<br>  ハルヒの家の合いカギが衣装と共に用意されていたのだ。<br> 「夢もへったくれもないな、本当に……」<br>  そういうことで、今からハルヒ宅に不法侵入を敢行する訳なんだが……。<br> 「……二階の電気がついてますよ?」<br>  まさか、まだ起きてるのか?<br> 「えっと……あそこが涼宮さんの部屋なんですけど……寝てるらしいので多分大丈夫だそうです」<br>  多分って……最後の最後まで不安の残るミッションだな……。<br> 「はぁ……では、最後のお使いに行きますか」<br>  実際、あとは子供のお使いみたいなものだし、大丈夫だろう。<br>  だが、そんな俺の楽観的推測を少しだけ不安にさせることを朝比奈さんは言ってきた。<br> 「えっと……行くのはキョン君だけみたいです」<br> 「え?」<br> 「私は残れと命じられました」<br>  ……まだ何かあるのだろうか?<br> 「……すいません、教えて貰えませんでした……」<br> 「……分かりました。朝比奈さんは待っていて下さい」<br>  また申し訳なさそうな顔をしている朝比奈さんに、作った笑顔で微笑み掛ける。<br>  俺は朝比奈さんに見えないように小さく溜め息を吐き、ミッションの最終フェイズに取り掛かった。<br>  <br>  <br>  恐る恐る電気がついていた部屋のドアを開く。<br> 「……お邪魔します、と」<br>  少し不安だったが、久しぶりに会うチビハルヒは前情報通りおやすみのようだ。勉強の途中だったのか、机に突っ伏すように眠っている。<br> 「電気がついてたのはそういう訳か」<br>  上着を羽織っていただけなので、眠っているハルヒに毛布を掛けてやる。話には出なかったが、これくらいはいいだろう。<br>  これで、あとはプレゼントを置いて立ち去る。それで今回の時間旅行も全て終りなんだが……。<br> 「それで……お前はなんでまた世界を改変しようなんて思ったんだ?」<br>  答えの返ってくるあてのない質問を一人呟く。そのあどけない寝顔は、どこから見てもただの子供のそれにしか見えない。<br>  ……でも、こいつがそういう行動に出る理由ってのは大抵子供っぽいからなぁ……。<br> 「ん……?」<br>  ハルヒの顔をじっと眺めていると、その下にある日記が目に入った。一つ弁解させて貰うと、日記だと分かっていてそれを読んだ訳じゃない。<br>  それが日記だと気が付いたのは内容を読んだためであり、またその内容もふと目に止まっただけなのだが、余りに短い文章だったので、一目で全部読めてしまったんだ。<br>  <br>  <br> 『今日も何も見付からなかった。ついでに一人だけのクリスマス。最悪』<br>  <br>  <br> 「…………」<br>  そうか。こいつ、ずっと一人で不思議探索やってたんだな……。<br>  一人で不思議や謎を追い求めて、そして、いつまで経ってもそいつらは見付からず……。<br> 「……はぁ……」<br>  ここでその気持ちを分かった気になるには俺は恵まれ過ぎていて、分からないと言うには俺はこいつのことを知り過ぎている。<br> 「……なんともやり切れない気持ちにしてくれるな、おい」<br>  その小さな背中を見ていると、今ここでこいつに全てを話したいという衝動に駆られた。<br>  朝比奈さんの泣きそうな顔と長門の真っ直ぐな視線。ついでに、古泉のニヤケ顔を思い出さなかったら、俺はそうしていたかも知れない。<br> 「なるほど……朝比奈さんには見せられない訳だ」<br>  こんなハルヒを見たら、あの心優しい先輩はどんな心理状態になるのやら……。<br>  ……それにしても……。<br> 「なにが仕事だし仕方ないだよ。強がってるだけじゃねーか……」<br>  こいつが意地っ張りなのは知ってたが、案外寂しがり屋の顔もあるのだろうか?<br>  やれやれ、とお決まりの台詞を呟いてから、ハルヒの枕元にプレゼントとケーキを置いてやる。<br> 「ほら、謎のサンタ……もとい、トナカイからのプレゼントだ。中身は気に入って貰えるか分からないが、不思議というエッセンス付きだぞ?」<br>  まぁ、お前の求める不思議には遠く及ばないかも知れないが、もう少し我慢してたら俺たちが加わってやるからな。<br> 「…………」<br>  相変わらず返事のないその背中は、最初に見た時よりも小さく見えた。歯がゆい気持ちが心臓を痛くするが、残念ながらこれ以上俺がしてやれることはないらしい。<br> 「じゃあな、ハルヒ。また四年後……いや、まずは三年後の春か?」<br>  いやいや、正確には二年と……って、どうでもいいか。<br> 「……とにかく、また未来でな……頑張れよ」<br>  <br>  <br>  <br>  <br> 「……ふぁ」<br> 「朝か……あ、そう言えば昨日はクリスマスだっけ……」<br> 「……」<br> 「……あれ?なにこれ?」<br> 「……プレゼントの包装紙?」<br> 「中身は……」<br> 「わぁ……大きな星の飾り……駅前のツリーとかに乗せるアレかしら?」<br> 「……って、こんなモノ貰ってどうしろって言うのよ……気が利かないわね」<br> 「……ふん」<br> 「あ、ケーキもある……でも、一体誰が……?」<br> 「お父さんたちはまだ帰ってないみたいだし……」<br> 「……まさか、サンタクロース?」<br> 「……な~んて、そんな不思議なことある訳ないか」<br> 「……」<br> 「……あるのかな?」<br> 「……」<br> 「……あった方が楽しいわよね?」<br> 「……」<br> 「……うん」<br>  <br>  <br> END</p>

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